切なくなくなくなくないバレンタイン
バレンタインなんて切なくなるだけだ。
積み上げられている小さな紙袋の山を見ながら、そう思った。
いつも遊びに来ている同級生の部屋で今日もダラダラさせてもらっているが、今日の部屋はそのプレゼントの山でえらく狭く感じる。背中を向けて寝転がりながらゲームしているその同級生の後ろで、俺は小さな紙袋の中に入っているチョコレートの出来をチェックしている。
「今年も二桁、12個かぁ。うらやましいなぁ」
「別に全然だよ」
こんなことを軽く言ってのけるなんて、コイツらしい。稀代のモテ男はやっぱり違う。
「だってさ、俺なんてわざわざ放課後にカバン忘れて帰ってるのにさ、帰ってきてもなんにも入ってないんだもん。ここまでウェルカムなのに、ひとつくらいくれないもんかね。切なくない?」
稀代のモテ男と陰キャラの俺がどうしてこうして仲良くしてもらえているのか不思議でたまらないが、どうもコイツにとってはクラスの女子なんて目じゃないらしく、こうしてバレンタインでも一切はしゃごうとしないのである。
「お前はチョコがほしいだけだろ」
「ばれた? てかチョコがほしいだけで何が悪いんだよ。バレンタインはチョコを貰うイベントであって女が男に告白をするイベントじゃないんだっつーの」
そう。バレンタインデーはチョコレート業界が作った販促イベント。俺は毎年、コイツの部屋でコイツがもらったチョコを譲ってもらうのを、密かに楽しみにしていた。
「はいはい、じゃあ全部あげるよ。チョコ好きさん。これで切なくなくない?」
「でもさ、全部お前がもらったもんなんだよな。俺じゃなくってな。そういう意味ではさ、切なくなくなくない?」
「もう訳わかんねぇよ」
そう言ってまたゲームに集中しはじめた。全く、今日はいつもと違って全然一緒に遊んでくれやしない。
暇なので、早速ボリボリ食べ始めた。ハート型のやつ、凝ったやつ、チョコっていうかケーキのやつ、手紙は読んでも仕方がないので無視して、最後に13個めのトリュフチョコに手をかけた。
え?
13個?
計算が合わない。12個もらったはずじゃなかったっけ?
「それ、俺から。これで、切なくなくなくなくない?」
「……え?」
信じられない。本当に?
男から男に渡すなんて相当な勇気が必要なはずなのに。なんだか申し訳ない気分になる。
「別に女から男への愛じゃなくても、伝えるのは自由っしょ?」
マジだ。こいつマジなんだ。どうしよ。じゃあ……。
「実は俺も……」
そう言って俺も、密かに準備していた手作りチョコを手渡した。
もう、切なくなくなくなくない。