迷惑な少女④
やはり、あの老い耄れは殺しておくべきだった。
ガチガチに固定され、首から吊るしている折れた左腕を見る度に、少年は殺意の衝動に駆られる。
少年の他にも重傷を負った者は当然居た。
その全てに報奨金から治療費を分配し、残りのほぼ全てをかっさらっていった老人にスラムの住人は殺気立って居る。
老人は見つけ次第抹殺する。
それは貴族の少女救出劇に参加した者の総意だった。
奴は殺す。絶対だ。
こじんまりとした部屋の中。溢れんばかりの殺意を内職にぶつけていると、予定よりも早く終わってしまった。
少年は左腕の調子を確かめる。
あれから数ヵ月が経過している。貧民街の医者崩れが言うにはそろそろ完治してもおかしくない頃だ。
ギプスと呼ばれる物を切り裂き、貧弱な腕を動かしてみる。
妙な痛みも無く、違和感無く動いてくれた。
満足げに頷いて、座りっぱなしだった少年は固まった体を解していく。
今日は炊き出しの日だ。
貧民街の入り口付近では炊き出しが行われている。
税として納められた麦や、調理で使われた野菜くず等をスープに叩き込んで作られる雑炊だった。
少量ながら肉や魚も使われていて、入っていたら当たりだ。
スラムに住む住人が我先にと配られたお椀を突き出して催促している。
炊き出しをする為に雇われた中の人達は、小汚い住民に顔をしかめながら、仕事だからとひたすら雑炊を盛っていく。
見ていて中々ハードな仕事だと思いながら、少年もその中に混ざって行った。
早くしなければ自分の分が無くなってしまう。
炊き出しの日は誰もが強かになった。
中の人達はきっと、何故町長や領主がわざわざ人を雇ってまで貧民街の住民に施しを与えるのか、分からないに違いない。
無意味だと思っているのだろうし、自分達なんて野垂れ死ぬのがお似合いだとも思っている事だろう。
実際、冬を越せずに毎年凍死者が出ている。
けれど、それでは困るから炊き出しや雑用染みた仕事を貧民街へ回しているのだ。
内職は子供や老人にも出来る仕事だった。
何かの祭りや、催し物をする時などが稼ぎ時で、何百も作って一食分だったりするがありがたかった。
ある程度成長した男達には肉体労働が与えられる事があった。
短期的な重労働だが、稼ぎが良く、競争率の高い仕事だ。
女には酒場などで給士の仕事があった。貧民街にも安い宿があり、そこで働く人も居る。
貧民街には貧民街の生活がある。
中の人達から見ると小汚なくても、毎日きちんと体を拭いているし、洗濯もしている。
少年は独り暮らしだから余裕がないだけで、子供達は元気に遊んでいるし、娯楽も存在している。
それでも、死んで放置されればネズミにかじられるか、腐って病を撒き散らしてしまう。
ネズミは増えるし病は蔓延する。
無視できない問題だった。
空になったお椀を片付けて、少年は自宅に戻る事にした。
早朝に干した洗濯物を取り込み、作り上げた成果物を届けなければならない。
左腕も完治し、懐にも多少の余裕が出来た。
これからの予定を頭の中で組み上げながら自宅に着くと、玄関扉が無惨にも蹴破られていた。
騎士甲冑を着込んだ大人が四人。内二人が少年の自宅に土足で上がり込み、成果物を踏み潰していた。
彼等の顔は心底不機嫌そうで、少年の元まで声が聞こえてくる。
「きったねぇ小屋だな。なんだこりゃ?」
「おい、あんまり荒らすなよ。誇りある騎士が強盗に間違われる」
「良いんじゃねぇの? こんな掃き溜め汚したところで誰も気にしないよ」
「違いない。どうせ将来犯罪者になるゴミ共なんだし、少しくらい減らしとかないとな」
声高々に笑い合う騎士共。
少年は手頃な廃材を探し出し、両手に構えた。
ゆったりと構えたまま近付くと、当然騎士共が気付く。
「あ? なんだこのガキ。何か文句でもあんのか? アァ?」
ご丁寧にも、一番柄の悪い騎士が腰を曲げて少年に凄んできた。
外に居るもう一人が止めさせようとするも、もう遅い。
廃材で顎をかち上げられ、続けざまに三度打ち込んだ。
柄の悪い騎士の前歯が折れ、鼻が折れ曲がり、鼻血を吹いて地べたに這いずる事となった。
もう一人の騎士が腰から剣を抜き、中に居た二人も出て来て同じ様に構えた。
貧民街嘗めんな。そんな気持ちを強く持ち、人の家に土足で上がり込む不届き者共に天誅を下す為、少年は溜まりに溜まった殺意を解放する。
翌日、貧民街の入り口に裸の男四人がボコボコの状態で発見された。
ブチギレ主人公。