迷惑な少女②
歩いている貴族の少女に追い付く事は簡単だった。
向かって行った方向まで見ていたから、相当な方向音痴だから追い付けない、なんていう事はなかった。
時にゴミ漁りをする少年は、方向感覚に自信がある。
地図もコンパスも持たない少年にあるのは勘だけだった。
貴族の少女に追い付き、腕を掴むと即座に、怯えた様に振り払われた。
振り返る少女の顔はひきつっていたが、すぐに怒りへと変わった。
「貴方、誰に気安く触れているのっ!? 汚らわしい!」
少女は後ろを見ずに下がりながら、少年の周囲を探った。
体が強張り、ぎこちなく歩いていたからか、脚が縺れて転んでしまう。
「きゃっ」という可愛らしい悲鳴を上げて、怯えを誤魔化すように怒って見せている。
「私を誰だと思っているの!? 私はエネルド・フォン・アイツスルト=ミレニムが娘、アルミア・フォン・アイツスルト=ミレニムよ!!」
首を傾げると少女は金切り声を上げた。
「なんで知らないのよ!?」
知らないからだった。
少年は少し焦っていた。
基本的に我関せずを貫くスラム住人だが、気にならない訳ではなかった。
何処に深い層に住む人達の『目』があるか分からない。
覚悟を決め、強行手段を取る事にした。
少女に詰め寄り、両手を伸ばす。
そのまま肩に乗せて、貧民街から放り出そうと思ったが、無理だった。
少女が小さな杖を向けてきた。
「来ないでっ!」
杖の先端に不可思議な力が集まり、少年を吹き飛ばした。
廃材の中に突っ込んだ少年は苦しそうに呻き、すぐには動けなかった。
好機と見てか、少女は更に奥へと走っていった。
ご丁寧に角を曲がり、少年の視界から自分を外している。
余計だったな、と思い、少年は気を失った。
目を覚ますと、もう日暮れだった。
少年は頭を抱えた。泣きたい気分だったが、泣く程の感受性は残っていない。
今日の成果は一食分。
飢餓感とは既に親友だ。マブダチとも言える。
起き上がり、何処かに怪我してないか自分の体を見ていく。幸い、打撲だけで傷らしい傷はなかった。
少年は胸を撫で下ろした。
感染症は天敵だ。
熱を出したら、休まなければならなくなる。栄養も要る。
そして内職が出来ずに稼げなくなる。
怪我は死活問題だった。
「よぉ、景気良く吹っ飛ばされてたな」
にやにやと、嘲る様に笑うのは腰の曲がった老人だった。
襤褸のローブを着て、何かを背負っているのか背中が膨らんでいる。
勝手に蘊蓄を語って、お金をせびってくる老人を、少年は嫌っていた。
何かと要らない知識を語っては、料金を払えと言ってくる。
ネズミの餌になったと思っていたが、今日もまだ生きていたらしい。早く死んで欲しかった。
「アイツスルトって言やぁ、貴族の名門だな。代々優秀な魔導師を輩出して国に貢献してる超ビッグな貴族様だ」
どうでもよかった。
気になりもしなかった。
そんな知識で腹を膨らませようと企む老人に、哀れみの視線を送って見せる。
「まぁ聞けって。んでよぉ、なもんだからアイツスルトはあっちこっちに伝がある。なんせ子供を婿や嫁にやって繋がりを作ってんだ。一言呟けば周りは動いちまう」
少年は嫌な予感がした。
「なんでこんな都市に来てるのか知らねぇがな。ま、多分婚約者との顔見せってところだろう。んで、子供心にスラム街に来ちまったと。へへっ、大したお転婆じゃねぇの」
にたにた笑う老人に嫌気が差し、廃材の中から手頃な棒を引っ張り出す。
これで老人を殴り殺せればどれだけ爽快だろうか。
「もう察してるだろうが、そんなところの娘が奥の奴に捕まった。いやだねぇ、スラム街のピンチだ。奴等が何かする前にとっとと解放しねぇと取り壊されちまうなぁ?」
そうやって危機感を煽って集めたのだろう。
老人の周りに、粗末な武器を持ったスラム住人が集まる。
皆、貧民街の浅い層に住む人達だ。
スラム街を護る気概なんて全員持ち合わせていない。
明日の寝床を確保する為、各々が武器を取り覚悟を決めている。
今日死ぬか、明日死ぬか。
どちらかを選ぶなら今日を取る。
死んだように生きてる住人が、命に固執する訳がなかった。
寧ろ、さっさと死んで楽になりたい人の方が多い。
少年もそうだった。
「陽動を掛ける。お前は突っ込め。さぁて、楽しい楽しい宴の時間だぁ」
本当にもう、この老い耄れは死んだ方がいい。
(名前)・(~~の)・(貴族名)=(出身地)。
本当はもう少しややこしい。