迷惑な少女①
スラム街と聞いて、人はどんな印象を受けるだろうか。
その日暮らしの貧民街?
犯罪の温床地?
社会不適合者の掃き溜め?
概ね間違いではない。
スラムの住人は今日を生きるのに必死だし、その為に犯罪に走る人達が居る。そうする人は、社会に適応できず転がり落ちて来た者が殆どだ。
都市の外に出来た、小さな街。
約百年程前に何処かからの避難民を受け入れた結果、都市から人が溢れ、出来上がった不格好な街。
今年で十歳になる少年は、この街が好きでも嫌いでもなかった。
スラム街で産まれたから、ただ順応しただけの街。
他を知らないから良いのか悪いのか判断できない、が正確だろう。
産まれ、育ち、そして死んでいく。
貧民街の営みの一つとなり、特に何事もなく人生を終えるとばかり思っていた。
こじんまりとした自宅で、明日の日銭を稼ぐ為せっせと内職に励む少年。
出来上がった成果物は部屋の隅に敷かれた布の上に綺麗に積まれ、山を築いていた。
これで一食分。
少年は日暮れまでに山と同じ量を作るつもりで居た。
突如として、バァン! と立て付けの悪い玄関扉が乱暴に開け放たれる。薄く積もった埃と塵が舞い、振動で山が少し崩れてしまった。
またか、と思い少年は無感動に首を巡らせる。
他所の町からやって来た強盗が勘違いして、押し入って来る事が良くある。
今回もそうだと思ったし、面倒だとも思った。
しかし、今日は少し違うらしい。
無遠慮に不法侵入して来たのは可愛らしい少女だった。
布の多い高価な衣服を着た、気の強そうな少女だった。
少年は中の人か、と思い、変わらず面倒だと思った。
初めての事だけど、知り合いから似たような経験をした事を聞かされている。
時たま、冒険心の強い子供が探検がてらに迷い込んでくるらしかった。
「ふん! 汚ないところね。こんなところさっさと取り壊してしまえばいいのに」
酷い事を呟く少女だった。
中の貴族が――少年は都市を運営する立場の人と理解している――スラム街を忌々しく思っている事は知っている。
言動から、何処かの貴族の娘なのだと察して、厄介なと思った。
少年は嵐が過ぎ去るのを待つ事にした。
身形の良い少女は、少年を背景か何かの様に無視して、玄関扉を開けたままスラム街の奥へと去って行った。
扉を閉めて、成果物の上に積もった埃を払い、指先を布で脱ぐって脚の短い丸テーブルの前に座る。
内職を再開しようと手を伸ばし、少年は首を傾げた。
少年は貧民街の浅い場所に住んでいる。
奥に行けば行く程に、箍の外れた犯罪者が多くなり、虎視眈々と的外れな復讐の機会を狙っている。
現状に不満を持ち、改善する為に何かを企てるのは構わないと思っている。
けど、それで迷惑を被るのは御免だった。
もしもあの少女の身に――自業自得だが――不幸が降り掛かり、スラムが取り壊される事となったら、真っ先に路頭に迷うのは浅い層に住む自分の様な住人だ。
今よりも厳しい環境。もしかしたら奴隷とされ手痛い仕打ちを受ける未来があるかもしれない。
絶対に御免だ。
何がなんでも回避すべき未来だ。
少年は立ち上がり、奥へと無警戒に進んで行った少女を引き留めるべく追い掛けた。
貴族の少女。
約百年の内に腐敗の侵攻したとある貴族の長女。
人生経験を積むと宣い、嫌悪しながらもどんなものか気になっていたスラム街へとやって来た。
なお、主人公から少女に対する好感度が上がる事はない。