episode2
保科莉愛という人間に出会ってから早二週間の時が過ぎた。
八月に入り、セミの鳴き声が相まって余計に暑さを感じる日和が続いている。
「あちい〜とける〜……ってうわ!? あのクソセミ! 俺に小便かけやがった!」
「うわ汚い、新太離れて僕の半径3メートル以内に入らないで」
「ったくひっでェなあ……」
「冗談冗談、ほらこれあげるから」
背負っているリュックの中からウエットティッシュを取り出し、新太に差し出す。
汚らわしいセミの小便がかかったままの新太と、これから一緒に映画を見に行くなんて若干潔癖症を持っている僕には不可能だ。
「さんきゅー」
数枚取り出したその濡れた紙拭きでゴシゴシと自分の腕を拭いて綺麗にしていく。
かけられた体位が腕でよかった。服にかかっていたら僕一人で映画を見に行っていただろう。むしろ帰るまである。
「それにしてもホントに暑いね……早くクーラーの効いた部屋に入りたい……」
「映画館まで後ちょっとの我慢だな」
ギラギラと日照りが肌に射しこみ焼けるような感覚を覚える。
劇場へ辿り着き、大きな自動ドアを超えた時は天国に昇天するかのような心地だった。
やっぱりクーラーが人類の味方だね。
恐らく季節が反転したころには真逆のことを思っているだろうが、そんなことは気にしない。
「さーてと、チケットチケット……」
「新太が見たいのってどんなのだっけ? 僕アニメとか、そっちの方には疎くて」
「昨年やってたファンタジーのアニメで——」
新太のご高説を耳にしながら、販売列へと並ぶと、ふと目の前のカップルらしき男女に目が止まった。
「それで、何が凄いって原作ラノベの売り上げ部数が最近300万部を超えて……って聞いてるか? どうしたんだよセナ」
「いや、何でもないけど……」
「何でもないって言ってもお前、非リアの嫉みみたいにカップルの姿見つめてるけど……」
何でもなくないことには気づいたらしい。流石は僕の親友だ。
と言いたいところだが……なんだよ非リアの嫉みって! 恋人なんて作ろうと思えば幾らでも作れるから!
「知り合い?」
「まあ一応。あの女性の人が例の音ゲーマーさんなんだけど」
でもメガネかけてないんだよね……なんでだろう。
もし人違いだったら恥ずかしいし、それはそれでリアさんに失礼だ。
「そうなのか。綺麗な人じゃん、彼氏は幸せそうだな。羨ましい嫉ましいリア充なんて消えろ爆発しろ!」
一番嫉んでるのは君じゃないか……。
「そ、そうだね」
目の前の恋人たちがチケットを買い終わってからは映画館で見かけることもなくなった。
あれから何度か遊んだ程度の仲だが、何故だか彼女のことが気になってしまう。
頭の中から彼女のことを無理に消し去り、僕たちもチケットを購入して指定の劇場内へ向かった。
どうやら今から観るものは今日から劇場開始らしく、席一つ空きがないほどに人で溢れていた。なかなかに窮屈だ。
「あと少し……早く始まってくれ……」
相当待ち遠しかったのだろう。
オドオドと落ち着きのない様子を見せている。まるで小学生が新作ゲームの発売日が近づいてきて、居ても立っても居られないような。
「おっ、やっとか……」
映画の告知が全て終わり、館内の照明が点滅したところで上映が開始する。
ここにいる誰もが楽しみにして来ているのだろう。
今から観るものを何も知らない僕の場違い感と言ったら、周りは協力プレイでゲーム攻略をしているのに一人だけソロ攻略をしようとしている。そんな感じだ。
実際、映画の内容は僕にはあまりわからなかった。
どこかストーリーが陳腐に思えたし、こういうのにはあまり興味が無いのも事実だが、それ以上に──
──僕の心にポッカリ穴が空いたような、虚しい気持ちがずっと鎮まらなかった。




