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[第9話]

15世紀後半の”オヤケアカハチの乱”をモチーフにしたシリアス歴史ファンタジー第9話目です。


史実の韻を踏んだうえで、自由に解釈させて頂きました。

あくまでパラレルなサキシマの英雄たちの物語として楽しんで頂けましたら幸いです。

(完結済・全10話)


※無断転載を禁じます

※本作は[pixiv]様にも重複投稿しています※




第四章-2


 刃が煌めいた。

「ためらうな! 斬れ! 殺せ‼」

 アカハチの叫びと共に、おびただしい血が大地に飛び散った。

 べっとりと血がついた白金の長髪が顔を覆い、合間から覗く瞳が異様な光を帯びている。その瞳の輝きに、怯えた王府軍の群れがじりじりと遠巻きに後じさった。

 海岸沿いのトノシロからは後退を強いられたものの、反乱軍はシカ村の一歩手前で激戦を繰り広げていた。深夜に始まった戦は、夜明けになっても続いていた。

 アカハチの巨大な両刃の棒が唸るごとに、王府軍の兵士が血と、断末魔の叫びと共に薙ぎ倒される。その様子に煽られるように農民たちが槍や刀を振るえば、にわか仕込みとは思えないほどの鮮やかさで敵の手足が飛んだ。

 加えて、王府軍には地の利が無い。土の地面と砂地が入り混じる複雑な地形の中、茂みから不規則に行われる奇襲に王府軍は予想外の苦戦を強いられていた。


「おぞましい……あの野蛮人、やはり邪神が憑いておる!」

 傍らで震え上がる男に、豊見親はひんやりとした視線を送った。

 視線の先にいるのは、傷一つない鎧を着込んだ王府軍の将、大里である。

 小高い丘から戦況を見下す王府軍の将達の眼前では、農民たちの獰猛な戦いが続いていた。

 この苦戦の一端は、この男の臆病さが引き起こした数々の判断の誤りのせいだと豊見親は嫌と言うほど分かっていた。

 目の前で死んでいったミャークの男たち──豊見親を信じて人生を預けてくれた男たちだった。何本もの人生の糸が断ち切られて行った。それでもなお、豊見親は属国・ミャークの将であり続けなくてはならなかった。

 大里の怯えを感じ取り、相手は農民だと高を括っていた兵士達にもじわじわと動揺が広がってゆくのが分かる。

 群衆が入り乱れる中、アカハチが輝く長髪を振り乱すと、呼応するようにあの化鳥の叫びが響く。兵士たちが耳をふさいで大地を転げまわり、その上を赤と青の羽が乱舞した。飛び散る肉片と異形の叫びに、戦場は阿鼻叫喚の巷と化していた。

 見つめる将の数人かが怯えの声を漏らすのが聞こえ、豊見親は思わず舌打ちをする。

 空気──そんな微妙なものが勝敗を左右するということを、豊見親はよく分かっていた。

 その刹那──轟音が空気を震わせた。

 遥か視線の先で、巨大な火柱が天を焼いていた。命が焼ける匂い。そして、硝煙と怒号。

「用緒……オゾロ……」

 呟く豊見親は右拳を握りしめる。

 豊見親と二手に分かれた用緒とオゾロの軍が上げた炎に違いなかった。

 彼らもまた、命を賭して戦っていた。

 包帯を巻いた右手が、ゆっくりと刀の柄に掛かる。

 大里を押しのけるように、豊見親は一歩前に出た。

「君南風殿」

「わかっておる」

 感情の無い声に、傍らの少女が無機質な声を返した。纏った長衣の腕がゆっくりと上がって行く。

 魅せられたような兵士たちの声が上がるのが聞こえた。

 少女の掌にちろちろと降り注ぐ火の粉──その炎は今や、色を変えていた。

 朱炎ではない。命を芯まで消し尽くす、青白い炎。

 ゆらめく無慈悲な白い炎が、少女の掌で凝った。そして、それは瞬時に弾けた。

 恐怖と、感嘆が混じり合ったような歓声が上がる。

 少女の手から、無数の白い鳳凰達が戦場に解き放たれていた。

 乱舞する鳳凰達の翼が、戦場に降り続ける化鳥の羽を焼き尽くす。

 白い炎の鳥達はそのまま農民達の背中に爪を喰い込ませ、悲鳴と共に人間たちが燃え上がった。

「……地獄じゃ」

 炎を映す君南風の目元が、急に萎んだように見えた。

「死んでゆく……。老いも、若きも……」

 見つめる豊見親の前で、絹の靴を履いた小さな足がよろめく。その様子に呼応するように鳳凰達の炎が弱まり、何羽かが火の粉を残してかき消えた。

「君南風殿!」

 火の粉が舞い散る中、少女は糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

 咄嗟に支えようと駆け寄った豊見親はしかし、粗野な腕に押しのけられていた。

「……何をする」 

 豊見親の険悪な声など意に介さず、大里が少女の胸ぐらをわしづかみにしていた。

「何をぐずぐずしておるか! 焼け、この田舎島の蛮人娘が!」

 がなり立てる大里の額に青筋が浮いている。

「お前の島の民、殺されたくなければ怠けるな! 妖術使いめが!」

 唾を飛ばしながら大里は君南風の顔を覗き込む。

 そこで男は顔を引きつらせ──わなわなと唇を震わせた。

「あ……」

 君南風は黙ったままだった。

「……ば……化け物!」

 言い終わる前に、豊見親は大里の手をむしり取っていた。

 そのまま渾身の力で手首を捻り上げると、情けない苦痛の声が漏れた。

 予想もしていなかった無礼な振る舞いに大里が顔色を変える。

「き、貴様っ! 属国の田舎侍の分際でっ……!」

「──この乱戦だ。一人くらい殺しても、分かるまいな?」

 底冷えのする声に、大里はそれでも虚勢を張った。

「そっ、その腕で何が……」

 消え入る語尾と共に、大里は息を飲む。

 首に、刃が突きつけられていた。豊見親の右手に握られたその刃は、正確に頸の脈に切っ先を沈めようとしていた。

「丁度いい。勘が戻ったか試すとしよう」

 ぷつり、と血の玉が肌に浮き、腑抜けた声が上がる。

 しばらくその目を凝視し、やがて突き飛ばすように腕を離すと、大里は潰れたような声を出して地面に這いつくばった。

 周りの将達も、兵士達も水を打ったように静まり返っていた。

 豊見親は振り向かずに声だけを投げた。

「ご無事ですか」

「……大事ない」

 ゆっくりと振り返った先で、君南風は俯き、長い袖で顔を覆ったままだった。

「……見ないで、くれたか?」

「何も見えてはおりませぬ」

 俯いたまま、君南風は自嘲するように呟いた。

「これが、神の玩具の末路……。使われるだけ使われて、すり減ったぼろのようじゃな……」

 ぱた、と腕を下ろした幼い顔は哀しく微笑んだ。

「それでも我らは踊らねばならぬ。神々の掌の上で……壊れて、動かなくなるまで……」 

 再び上げた小さな掌に、ちろちろと火の粉が集まり始める。

「少し休まれた方がいい。後は我らの仕事です」

 首を振る君南風を止めようと近づいた豊見親はしかし、その音に顔を上げた。

 耳の奥で甲高く鳴る、耳鳴りのような音。思わず、耳を押さえようと手が上がった。だが、それは耳鳴りなどではない。

 それは、この世のものではないものの顕現の音だった。



 大地を埋め尽くす群衆は、一様に空を見上げた。

 昇り始めの太陽の光を受けて、その鳥は羽を広げていた。

 神々しい金色の光を纏った、巨大な鳥。長い尾がきらきらと煌めく光の粒を落とし、青と赤の羽をいっぱいに広げた姿が、雲一つない空を覆い隠さんばかりに浮かんでいた。

『ちっぽけな人間たち──』

 頭の中に、鐘のような声が鳴り響く。目の前で、王府軍も反乱軍も皆、顔を歪めて耳を両手で塞いでいるのが見えた。

『お前たちは思い出す。我を宿した下僕を通じ、偉大な天降(あまり)の神を思い出す』

 鳥はふわりと地上に降り立つと、血塗れのアカハチを包み込むように翼を広げた。

『さあ、愛しい我が下僕──見せてやろうなあ、我らの力。我らを異形と蔑み、消し去ろうとした人間たちに』

 戦場に、金色の光が満ちた。

 豊見親も、君南風もその鳥の名前の形に口を開いた。

 だが、その声は欠き消えた。

 地上のすべての音を消すように、鳥が首を仰け反らせて絶叫していた。

 ──無音の世界の中、バタバタと人が倒れて行った。奇妙なことに、その光景はひどくゆっくりに見えた。王府軍も農民も関係なく、耐えることができなかったもの達が倒れ、大地に折り重なった体が痙攣した。

 顔を歪めながらも顔を上げた豊見親の視線の先に、必死の大里が腕を突きあげて合図をするのが見えた。 

 生き残った兵士達が蒼白の顔で矢をつがえる。力いっぱい振るわれた腕に合わせて、無数の矢が空中に飛んだ。その矢は叫ぶ鳥と、その傍らで立ち尽くすアカハチに向かって一直線に向かい──そして、粉々になって砕け散った。

 大里が絶望の叫びの形に口を開き、頭を抱えてしゃがみ込む。

 砕けた矢の破片が降り注ぐ中、アカハチがまっすぐにこちらを見つめていた。

 血にまみれた、白金の髪の青年。

 薄い薄い、青い色の瞳。

 その瞳が、豊見親の瞳と絡む。

 交差した二人の瞳に宿っていたのは、憎しみだったのか、悲しみだったのか。

 神の傀儡──遠い過去からよられた糸は連綿と続き、人を縛った。

 同じ枷をはめられた二人の男は、互いの瞳を通して己の姿を見ていたのかもしれなかった。

 アカハチの顔が、泣きそうに歪んだ。口が叫びの形に開かれ、腕が刃を振りかぶる。

 刃が、大地に叩き付けられた。

 神の力を得た刃は大地を切り裂き、深い亀裂が戦場に口を開けた。ひび割れ、広がり行く冥府の入り口が、死んだ者も、生きたものも等しく飲み込んでゆく。

 兵士たちの恐怖の叫び声が上がった。

 亀裂の先端は豊見親たちが見下す丘に向けて走り、土煙と共に丘を割ろうとしていた。

 丘の上の陣営は総崩れになり、蜘蛛の子を散らすように男たちが逃げ出して行く。

 そんな中、豊見親は迫り来る亀裂を黙って見つめていた。なぜか、逃げようと思わなかった。

 死ぬことができない──。その束縛も、この神の憤怒の前でなら無効なのだ──そんな考えがうっすらと頭に浮かんでいた。

 神の贄。神の傀儡。その呪縛を課せられた生を、豊見親もまた生きてきた。

「何をぼさっとしておるか! 逃げよ! 逃げぬか──!!」 

 君南風が喉を枯らして叫んでいるのが聞こえていた。

「お主、ここで死んでよいのか! 忘れたのか! そなたには……!」

 澄んだ、幼い声──。豊見親は瞬時に我に返る。

「そうだ……」

 亀裂はすぐ眼下の丘の側面を、轟音と共に昇り上がろうとしていた。

「私は、死ねぬ──!」

 眼前の大地にひびが入るのが見えた。

 だが──割れた大地が豊見親を飲み込む前に、亀裂は走るのを止めていた。

 大地が鎮まっただけではない。宙を舞っていた羽も、化鳥の叫びも、全てが浄化されたように消えていた。

 豊見親はただそれを見つめていた。

 鳥も、意外そうな目をして、その方向を見つめていた。それはアカハチも同じだった。鳥と、神の下僕の視線の向こうに、それはいた。

 純白の馬に乗った、美しい生き物──長い黒髪を風になびかせた青年。白い馬の上で、太陽の光を背に受けた姿は神々しい光を放ち、戦場を見つめていた。

「眞與……」

 青年の手は、一振りの刀を掲げていた。太陽の光を受けた刃は澄み渡るように白く煌めき、大地を隅々まで照らした。

 見つめる先で青年は馬から降りた。そして、その姿はアカハチに向かって一歩ずつ歩いて行った。



「アカハチ……僕は、来たよ」

 呟くマツーの姿は内側から光を放っているようだった。その美しい顔には、ただ穏やかさだけがあった。

 曇りの無い瞳で、マツーは片手を伸ばした。その手から逃れるようにアカハチは後じさる。

「来るな!」

 マツーはもう一歩前に進む。

「見ただろ……俺はもう、人間じゃない! 俺はもう、俺じゃないんだ! それに俺は……お前を殺そうとした!」

 マツーがただ、首を振る。その姿がまた少し、近づいてくる。

 激しく体を震わせ、髪をむしるように掴んだアカハチは叫んだ。

「分かってるだろ! この髪、この目……!」

「僕が一度でも、そんなこと気にしたことがあったか?」

 アカハチのほんの一歩手前まで来たマツーは、不意にアカハチを抱きしめた。

「僕と帰ろう」

 吹き渡る南風のような声が響き渡る。

「お前の心臓に何がいてもかまわない」

 マツーは、まるでその鼓動を聞くようにアカハチの胸に頭を預けた。

「二人で帰ろう。僕たちの果ての珊瑚の島(うるま)に」

 震えるアカハチがほんの少し身をよじってマツーを見つめる。マツーが、柔らかく笑って頷く。

 その時間は多分、ほんの僅かのことだったのだ。

 それでも、その時だけは全ての音も、動きも働きを止めていた。

 二人は互いの名前の形に口を開いた。

 だが──その声は届くことはなかった。

 天降の鳥が、叫んでいた。喉を枯らさんばかりに。血を吐かんばかりの声で。

『お前たちは殺し合う! 遠い昔にそうしたように! 奪い合い、命を散らし、血に染まる!』

 荒ぶる天降の鳥に向き直ったマツーが叫び返した。

「嫌だ! 僕はもう二度と、神の遊びには付き合わない!」

 鳥が怒りに羽を逆立てる。熱を帯びた怒気が渦巻き、空気を激しく震わせた。

『どの口が言うか! お前に呼ばれて私は来た! それなのにお前は我らを弄んだ! 

 二柱の神を手玉に取った神人よ! お前の気まぐれ! お前の美しさ! 

 お前のどっちつかずの態度のせいで我らは傷つき、あの大陸は沈んだ!』

 マツーが毅然と首を振る。

「それは今の僕とは関係ない! 今の僕は、他の誰でもない! 僕は、アカハチを選んだんだ!」

 叫ぶマツーが、刀を鳥に向かって構える。

 震える天降の怒気に、空気が煮えたぎった。

『──ならば死ね! いつの時代も神を愚弄する人の子よ! 

 その下僕も、人の世も天降のものだ! おまえには、渡さぬ!』

 絶叫する天降は翼を広げ、天高く飛び上がった。激しい熱風が吹き付ける。歯を食いしばり、踏みとどまろうと無防備になったマツーに向かって、天降は一直線に舞い降りた。

 開いた口の中に、渦巻く炎が見えた。

 アカハチがマツーを庇うように抱きしめる。

 ──喰われる。何が起きようとしているのか理解した二人は、それでも目を逸らさなかった。

 その時──眼前に飛び込んできたものに、マツーも、アカハチも目を見開いた。

 二人の前に、一人の女が躍り出ていた。

 その顔は、マツーによく似ていた。



「──クイツ!」

 炎をまとった牙が体に喰い込み、真紅の血が花弁のように飛び散る。

 それでも、クイツは毅然と振り向くと、マツーの手から刀をもぎ取った。

「ふざけるんじゃ……、」

 クイツの白い指が、自らの胴を食い破る天降の頭を押さえつける。

「ふざけるんじゃ……ないわよ!」

 渾身の力で突き立てられた刀に、鳥の絶叫が響き渡った。血と炎の息を撒き散らし、のたうちまわる天降が大地を揺らす。

 その様子を見つめながら、クイツは愛らしい唇から血を吐いてくずおれた。

「……クイツ! なんで来た!」

 アカハチが、血に染まったクイツの華奢な体を抱きとめる。

 愛する男の腕の中で、クイツは零れる花のように微笑んだ。

「あんた一人じゃ、心配だったから……」

 微笑んだまま、クイツは震える手でアカハチの頬に触れた。

「でも、一人じゃなかったわね……」 

 そのままもう片方の手を伸ばし、茫然と妹の名を呼ぶマツーの手を握る。

「子供は、無事……」

 愕然としたままのアカハチに、クイツは苦しい息で笑いかけた。

「信頼できる人に、預けた……、から」

 おねがい、と掠れた声が続く。

「もう戦いは終わりにして。人の世は、人が、創るの。

 これから生きる子供たちの、ために……戦いを、終わりにして」

 地に堕ちた天降の絶叫が響いていた。その声はどこか悲しげだった。

 クイツの顔が、切なく歪む。大きく息を吐くと、クイツは大きな瞳でマツーとアカハチを順に見つめた。

「私、分かってた。私は身代わりなんだって。

 でも……私、兄さまのことも、アカハチのことも、大好きだったのよ……」

 二人が見つめる前で、微笑むクイツは白い光に包まれたように美しかった。

「兄さまとアカハチが、笑っているのを見るのが、好きだった」

「クイツ!」

 妻と妹の名を呼ぶ声の中、クイツは澄んだ瞳で二人を見つめ、呟いた。

「私の役目はこれでおしまい」

「……クイツ、僕は……」

 震える声で呟く兄に妹は笑いかけた。その瞳は、全てを許す光に満ちていた。

「二人とも、仲良くね……」

 瞼がゆっくりと閉じてゆく。

 そして腕が落ち、白い首が優美にのけ反り──クイツはこと切れた。

「クイツ……」

 その瞳が二度と開かないことを、二人は知っていた。

 茫然とするアカハチの腕から華奢な体がゆっくりとすべり落ち、大地に横たわる。

「戦いを、終わりに……」

 マツーはアカハチを見つめた。

「戦いを、終わりにしよう」

 アカハチの瞳も、何かを削ぎ落したように澄んでいた。

「ああ。俺たち二人で、終わりにしよう」

 火の粉と灰が舞う中、二人は見つめ合い、そして吹っ切れたように笑い合った。

「天降」

 大地に翼をだらりと広げ、憎しみの籠った瞳で見つめる鳥に、マツーは呼びかけた。

「お前も行こう。僕たちと一緒に」

 鳥は沈黙する。そしてやがて、その巨大な翼を羽ばたくように広げると、金色の光の粒になって掻き消えた。二色の羽が残り香のように宙に踊る。

「この先には、僕の村がある」

 マツーが炎に覆われた戦場の彼方を見やった。

「みんなで……僕の家族と、村人達と……みんなで力を合わせて作った村だ。お前のオーハマがそうだったように」

 言葉を切ったマツーは、アカハチを見た。ぱちぱちと炎がはぜる音がしていた。

「だから、場所を変えよう。誰にも邪魔されないところに」

 アカハチも頷く。

「そうだな。二人だけで」

 そして二人はまた目を合わせ、笑い合った。

 マツーが白馬に飛び乗り、アカハチが茶色い軍馬を捕まえる。

 二人は馬上から高らかに叫んだ。

「手出しは無用!」

「これで終わりだ!」

 茫然と遠巻きに見守る群衆の中で、二頭の馬は身を翻し、風のように駆け出した。緑の大地を、濃い木立の中を、飛ぶように走った。

 どちらからともなく、二人は笑い声を上げた。まるで少年の頃のように。風を受け、あの白い浜辺を駆けた日のように。

「覚えてるか? ハテルマの海!」

「ああ、覚えてる! お前の目の色みたいに綺麗だった!」

 二人は言葉を交わした。

「懐かしいな、お前の歌!」

「これから、いくらでも歌ってやるよ!」

 風にさらわれないように、相手に届くように叫んだ。

 そして二頭の馬は軽やかに駆け──ソコバル山の麓まで行き着くと、二人を降ろして駆け去った。

 慈しむように風が吹く緑の草原で、二人は柔らかな瞳を交わした。

「帰りたいな」

「ああ」

 そしてどちらともなく刃を構えた二人は、斬り結んだ。

 まるで思いを交わすように。

 まるで美しい相踊りのように。

 アカハチの刃が太陽の光を受け、再びあの鳥が大空に羽を広げた。

 喉も枯れんばかりの叫びに呼応するように、マツーの刃から清らかな燐光が溢れ、無数の蝶になって舞い上がった。

 どこまでも蒼い空で鳥と蝶とは絡み合い、常世の光が島を照らした。

 二人はきっと、笑っていたのだ。いつかの日、無邪気に遊んだあの日のように。あの遠い、小さな島で笑い合ったあの日のように。

 本当は二人とも知っていた。あの日、あの石積みが崩れたその時に。

 時は大きく遡り、二人の瞳は映していた。遥か昔の、その光景を。

 激しい戦いの最中に、二振の刀の持ち主が入れ替わった。

 鳥の青年は竜の王を弑した。

 竜の青年は天降の鳥の首を刎ねた。鳥の青年は竜の青年の命を奪った。

 立ち尽くした神人は、小さな刀を握りしめ、抱きしめるように鳥の青年を刺した。

 そして刀は煌めいて、神人の胸に沈んだ。

 

 流れた涙と、飛び散った血の粒と──。

 物語は形を変えて何度も巡り、何度でも繰り返す。


 

 そして──それは一瞬だった。

 神世の刀が、人世の刃を跳ね上げた。アカハチの手から刃が離れ、体が弧を描いて弾き飛ばされる。

 薄い青い瞳が遠い空の色を映した。

 そしてその体が大地に堕ちる前に、その目に美しい黒い瞳が映った。マツーが踊りかかっていた。

 二人の瞳が互いの色に染まり、淡くゆらめく。

 まるで彼方に弾ける波間のように。まるで水面を照らす陽の光のように。

 現世(うつしよ)に生を受けた神人は、両手で柄を握りしめ、神世の刀を突きたてた。

 神を宿した、その脈打つ心臓に。



 ぴい……ん、と何かがはじける音がした。

 鳥の絶叫が世界を揺らし、そして静かになった。

 マツーはゆっくりと理解する。 

 見下す先で、アカハチの胸に突き刺さったままの刀が、真ん中から真っ二つに折れていた。

 アカハチの大きな両手が、小さな刀の柄を握りしめていた。

 ずっと探していた小さな刀。親友がくれた守りの刀。

 自分の元に返って来てから、大切に懐にしまっておいたあの刀──。

 マツーの小刀──アカハチが真横から叩き付けた小さな刀が、神世の刀を折ったのだった。

 そして小刀もまた、まるで後を追うように折れ、大地に落ちた。

 緑の原に倒れたアカハチは、マツーを見つめて笑っていた。

 茫然と跪き、名前を呟くマツーの前で、白金色の髪から光の粒が砂のように零れ始める。さらさらと風に乗って砕ける光の粒の中で、大地に広がった髪はいつかの金髪に、そして懐かしい赤茶けた色に戻って行った。

「これで──自由だ」

 海の色の瞳で笑うアカハチの震える手が上がり、ほんの一瞬マツーの頬に触れた。

 そして、穏やかな笑顔を浮かべたまま──力を失った腕がゆっくりと落ちた。



 熱が抜けてゆく躰に覆いかぶさるように、マツーはアカハチを抱きしめた。

 唇が、名前の形に動く。

 だか、そこからはもうどんな音も漏れて来ることはなく、震える肩に、宙で砕けた蝶の青白い光の雨が降り続けるばかりであった。

 やがて言葉なく視線を巡らせた先に、かつて妖刀だった刃の半身が転がっていた。

 水の中を彷徨うように手を伸ばすと、血塗れの柄に指を絡める。

 目を閉じた友の穏やかな顔を見つめながら、マツーは刀身を自らの首に当てた。

 もう一度だけ、唇が名前の形に動く。

 見つめる先の躰は、もう答えなかった。

 マツーの瞳を、これ以上はないほど澄み切った光が覆った。

 そして、力一杯刃を引いたその手に一切の迷いはなかった。

 




 だが──その手首を掴み、止めた者がいた。

 傍らで、仲宗根豊見親が無言で首を振る。

 茫然と宙を見つめる黒髪の青年の目から涙が一筋零れ、北風が吹き抜けた。



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