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[第7話]

15世紀後半の”オヤケアカハチの乱”をモチーフにしたシリアス歴史ファンタジー第7話目です。


史実の韻を踏んだうえで、自由に解釈させて頂きました。

あくまでパラレルなサキシマの英雄たちの物語として楽しんで頂けましたら幸いです。

(完結済・全10話)


※無断転載を禁じます

※本作は[pixiv]様にも重複投稿しています※




第三章-4


「この……役立たず‼」

 甲板の固い床に叩き付けられたマツーの口から、思わず苦悶の声が漏れた。ねじり上げられていた手首の先が、紫色に変わっている。

「あいつのお気に入りでなければ、簀巻きにして海に放り込んでやるところだ!」

 怒りに顔を上気させ、握りしめた拳を震わせる用緒は本当にそうしかねない勢いで怒鳴り散らした。

「用緒さん、それより豊見親様の手当てを……」

 おろおろと割って入る先ほどの少年の着物が、血でじっとりと染まっている。豊見親の傷から溢れ出た血――。マツーの脳裏に重苦しい理解が広がってゆく。

 うるさい黙れ、と噛みつくように言い返すと、マツーに向かって人差し指を突きつけた用緒は言い放った。

「いいか覚えておけ! 戦場で一番迷惑なのは、お前みたいな半端者だ! 覚悟を決めろ……殺すか、殺されるかを!」

 歯噛みをした用緒はそして、底冷えのする声で言った。

「これであいつが死んだら……お前を、殺す」

 その瞳は、本当にそうするつもりなのだと言っていた。

「これ以上余計なことをしないよう、縛って転がしておけ!」

 雷鳴のような声に、少年が弾かれたように縄を取る。マツーの手足を縛り上げながら、「勘弁してください」と囁く顔は真っ青だった。

 憎悪と軽蔑が混じった視線で見つめていた用緒は、やがて船室へと身を翻した。慌てた様子の少年が続く。手当ての指示を出す用緒の声を遠くに聞きながら、自由を奪われたマツーは甲板の上で跪き茫然としていた。

 脳裏にこびりついた、アカハチの瞳。

 ひどく薄い青の瞳に浮かんだ混じり気の無い殺意。風を切った刃の輝きが生々しく蘇った。

 茫然とする中で、幾何かの時が過ぎる。そして、近づいて来た足音にマツーは目を上げた。

「やれやれ……あやつは私情が入りすぎておるのう。まあ、戦など私情抜きには動かんものじゃがな……」

 戦場に場違いな、鈴を転がすような少女の声――。

「あなたが……」

「そう。クメの島の君南風じゃ」

 マツーは首を振ると、震える声で呟いた。

「なぜあなたほどの方までが……。この戦に加担することは、クメの島の意思なのですか?

 クメは神高き、平和を愛する島だったはずではありませんか⁉」

「――豊見親が言っておった通りの子供じゃの。お主、オヤケアカハチをこのまま放っておいたらどうなるか、わかっておるのかえ?」

 黙り込むマツーを見やり、小さな君南風は続ける。

「今ですら、戦の炎は止めようもないほど広がってしまっておる。早く消さねば、この島は焦土になろう。シュリの炎に徹底的に焼かれてな」

「…………それは」

「そして、その火を放つシュリもまた、同志討ちをしているうちに寝首を掻かれよう。ヤマトや、ミンの国にな。

 聡いお主ならわかるはずじゃ。今は小国同士が争っている場合ではない。我らは王府の元、一つにならねば潰される。より大きな大国にな」

 一旦言葉を切った君南風は、ひどく疲れた目をした。

「お主、豊見親が……いや、我らが好きでこんなことをやっていると思うのかえ? 少しは大人になることじゃ……」

 俯いたマツーは、ようやく呟く。

「アカハチは……どうなるのですか」

「問題はそこじゃ」

 君南風の声は暗かった。

「普通なら、やつの命をもらっておしまいじゃ。だが、あれにはアマリの神がついてしまった。豊見親の刀であれば、斬ることもできたかもしれんが……」

 マツーは押し黙る。力なくぶら下がった豊見親の右腕が脳裏に浮かんだ。

「もはやあれを止めることが出来るのは――」

 そこでちら、と視線をマツーに投げた君南風は首を振った。

「無理じゃ。最早オヤケアカハチは殺せぬ。あの豊見親が死ねぬのと同じようにな」

「――あなた達は、一体何を言っているのですか? あの刀……。アマリ……」

 じっと見つめていた君南風は、やがて口を開いた。

「その様子じゃと、本当に何も知らんのじゃな?」

 首を振り、眉を寄せたマツーに、君南風はいくらか和らいだ視線を投げた。

「そういう顔は、子供のころと変わらんのう」

 マツーは困惑する。

「儂らは、お主が幼い時に会っておる。お主と、母君と、姉君もな」

 マツーはしばらく言葉を失い、そして掴みかからんばかりの勢いで膝立ちになった。

「どういうことですか……!」

 揺れる甲板に、波の音と、船室で動き回る人々の遠いざわめきだけが響く。

「儂は……お主に謝らなくてはならん。幼いお主をミャークに送るように言ったのは、儂じゃ」

 唖然と見つめるマツーの視線を避けるように、幼い少女は視線を水平線に投げた。

「ナビヤ――お主の母は霊力高きハテルマの神人と評判であった。元々、我らクメの島神と、ヤイマの島神はきょうだい神じゃ。   

 縁の深い神人が、幼い長男のことで悩んでおる――それを聞いて儂はハテルマに出向いた……」

 言葉を切った君南風は、しばらく黙る。

「儂は驚いた。ナビヤの息子には――不思議なものがついておった」

 また、波の音が響く。

「妖や魔邪者ではない。だが、神でもない。それは……なにかの(スダマ)じゃった。無邪気で、純粋な、悪意のない――じゃが、現世(うつしよ)に触りをなすモノであった」

 海鳥がどこか遠くで鳴く。

「ナビヤは恐れておった。あれの息子が、機嫌の良い時に歌えば畑が瞬く間に実り、大漁になり……。

 かと思えば、少しでも悪意を持った相手は病気になり、大けがをし……。ナビヤは尋常でないものを幼い息子から感じ取っておった」

 ようやく少女はマツーに視線を戻す。

「ハテルマはな、あの伝説の大陸のわずかな沈み残りなのじゃ。

 太古の想いや魂が残る島――。ゆえに、あの島で生まれる者は神高い者が多い。

 かつて大地と共に海に沈んだ民の意識の残滓を受け取ってしまうものまでおる。

 じゃが、それはあの島のものを食べ、水を飲み――そうやって、島と意識がつながっておるときだけのことじゃ。

 だから儂は、お主を遠い土地へ遠ざけるよう忠告した。そうすれば、お主の力も弱まり、いつしか消えてしまうと思った……」

 小さく首を振ったマツーに、君南風は続けた。

「じゃが、こうして遠いイシガキ島に来ても、お主の力は消えてはおらなんだ……。それどころか、あのアマリの神まで呼び起こしてしまいおった……」

「――つまり、どういうことですか……」

 また沈黙が落ちる。

「……お主が好きな、あのハテルマの歌にも織り込んであったのう。

 まだあの大陸が沈む前、ヤイマとミャークと、そしてシュリとが一つの大地であったころ、人と、竜宮の竜神は平和に暮らしておった。

 人々は生の魚を食べ、果物を齧り……火を知らなんだ。そして争いもな」

 君南風は息を吐く。

「地上を治めていたのは、平和な人々の中でもとりわけ優しく、純粋な者達だったそうじゃ。

 彼らの歌は傷を癒し、恵みをもたらし、心に描いた願いをかなえることが出来たという――」

 波の音が高くなる。

「伝説によれば、」

 深い瞳がマツーを見る。

「あるときそんな者達の一人が、密かに望んでしまった。長い平和と、民の願いを叶え続けるだけの日々に飽き飽きしてな。

 遠いどこかへの憧れ、心に火を灯す何かへの渇望――。

 まるでその願いに応えるように、外つ国から一柱の神が入り来て、天より降り立ったのが……入来天降(イリキヤアマリ)じゃ」

 あの化鳥の叫びが、翼が脳裏に蘇る。

「入来天降は人間に火を使うことを教えた。人は火食を覚え、暖を取ることを覚え……そしてやがて、火を用いて傷つけあうことを知った。

 太古より大海の幸をもたらしてきた竜宮の竜神と、外来の火神・入来天降のいずれを信じるかで、人々は二つに分かれて争うようになった」

 マツーの脳裏に、夢で見た光景がまざまざと蘇った。争い、叫ぶ人々。飛び散る赤い血。

「心を痛めた優しき者達は、戦の終わりをニライカナイの神に祈った。

 神は地上に鍛冶屋を遣わし、三振りの刀を作らせた――。選ばれたものしか使うことのできない、三振りの刀をな」

 マツーの口から、乾いた笑い声が漏れた。

「君南風殿……このおとぎ話はいつまで続くのですか?」

「……あとは歌の通りじゃ。

 一振りの刀は、入来天降を奉じる青年へ。もう一振りの刀は竜神を奉じる青年へ。そして二人は斬り結び、互いの神を弑し――そして、死んだ。  

 戦を起こした神人が最後の一振りで命を絶ち、神の力を失った大陸は沈んだ……そういう、伝説じゃ」

 君南風は遠い目をする。

「お主も薄々気づいておったのではないか? 先祖返り、生まれ変わり……どう言うのが正しいかは、儂も知らぬがな。 

 お前の純粋さ。優しさ、柔さ――それに、引き継いでしまった神世の力。行き場を求めて彷徨う太古の霊たちは、お前に面影を見てまとわりついていたのじゃろう。沈んだ大陸の神人の面影をな。

 魂の凝る燐光の蝶とは、美しい形を選んだものじゃ」

 言葉も無いマツーに痛まし気な視線を投げてから、君南風は続けた。

「豊見親がお主に執着するのもその力のせいじゃな。

 お主の歌で、生血を求めるあの刀は鎮まり、いくばくかの光を取り戻したはずじゃ。あれは元々、神刀――。太古の戦いから長く竜神の胸に刺さっていたせいで、恨みを吸って妖刀に成り下がってしまったがの……」

 言葉を切った君南風はためらうように沈黙し、言う。

「儂が言う事でもなかろうが、豊見親は深く後悔しておったぞ。

 妖刀の暴走を止められず……お主を傷つけてしまったことをな」

 言葉無くマツーは俯く。

「かつて地上で笑い、歌った神人の澄んだ面影……。それを皆、求めておったのじゃ。

 入来天降が永き眠りから目覚めたのも、かつて地上を照らした神人の光の残滓をお主に見たからであろう……」

 茫然と見つめ、ようやく発せられたマツーの声は、混乱し尖っていた。

「ばかばかしい! そんなことが――」

 君南風は俯き、呟く。

「儂は……疲れた。なぜ大いなる意思とは、人の想いとはうらはらなのかのう。この先に待っておるのは……」

「……言って下さい」

「――儂は、尚真王から密命を受けておる。豊見親を使って、アマリの神を容れ物ごと生け捕りにしてこいとな」

 マツーは身をよじった。縄が手足に喰い込む。

「恐ろしいことじゃ。我を容れ物にして宿る鳳凰は、所詮はアマリの眷属。その儂に、アマリを宿したアカハチを殺す力などない。

 まして、あれは刀を媒介に竜神を宿す豊見親とは格が違う。

 三振りの刀の一太刀が揃わぬことを逆手に取って、アマリはアカハチの心の臓を容れ物にして同化してしまいおった。

 神と混じったものは死なぬ。儂にできるのはせいぜい……」

「言って下さい!」

「――捕らえ、燃え尽きぬ程度に焼き続け……閉じ込めておくことぐらいじゃ。あれは未来永劫、神世の力を搾り取られるためだけに生かされる……」

 愕然とするマツーの前で、君南風は小さな両掌で顔を覆った。

「あの男はな、儂のように、永遠に人の体に閉じ込められるのじゃ! 

 死ぬことも許されず、生きながら鳳凰の炎に焼かれ、永劫に苦しみ続ける!」

 君南風は顔を上げると、跪いたマツーの肩をゆすぶった。その顔が、涙に濡れていた。

「儂も、豊見親も、オヤケアカハチも……皆、神の暇つぶしの玩具じゃ! お主もな! 儂はもう……うんざりじゃ!」

 マツーは黙って、涙を流す君南風の幼い顔を見つめていた。その瞳の絶望に胸を締めつけられながら。

「君南風殿……」

 だが、その声はかき消された。空気を震わせた、あの化鳥の叫び声に。

 弾かれたように目を上げたマツーと君南風の視線の先に、無数の羽が舞っていた。その赤と青の光沢のある巨大な羽は、空中で風を受け、ふわふわと舞い降りようとしていた。

 異形の声に、足音を響かせてミャークの男たちが次々と船室から現れる。

 振り向くと、無数の羽は、遥か後ろに控えた王府軍の船団にも降り注ごうとしていた。

「何だ……?」

 いぶかし気に見上げたマツーのすぐ近くで、嫌な音がした。

 湿ったものが落ちる音。

「それに触ってはならぬ!」

 叫び声と共に、君南風が渾身の力でマツーを突き飛ばす。

 倒れ込んだ甲板の視線の先で、羽に触れた哀れな男の体が金色の光に包まれて爆発した。びちゃ、と音を立てて肉片が散る。

 無数に舞い降りようとする羽に凍り付いたマツーの手足が、不意に自由になった。君南風が小刀で手足の縄を切り捨てていた。

「ぼさっとするでない! 自分の身は自分で守れ!」

 叫ぶ君南風の横で、また一つ悲鳴が上がる。

 シュリの船団からも、怒号と悲鳴が聞こえてきていた。

 マツーは身を翻した。そして、船室へ突進した。


 壊れんばかりの勢いで扉を開けると、薄暗い船室には用緒も、あの少年もいなかった。

 もぬけの殻――ではない。血と、薬草の匂いが充満した部屋の奥、いつかのときとは比べ物にならない簡素な木の寝台の上に、豊見親が身を起こしていた。裸の胸から右腕に掛けて、血で染まった包帯が固く巻き付けられている。そしてその腕は、元の位置に戻されていた。

「眞與……」

 掠れた声で呟く豊見親の額は汗で濡れ、血の気の引いた顔に走る十字傷が苦悶に歪んでいた。それでも、荒い息で見つめる瞳には燃え続ける光があった。

 死ぬことが出来ない――君南風の言葉が脳裏に蘇る。

「玄雅……さん」

 ずっと昔に呼んでいた名前を呟き、マツーはゆっくりと歩を進めた。

「僕はあなたを、誤解していたんだろうか」

 寝台の前まで近づくと、マツーは豊見親の瞳をほんの少しだけ見つめる。

 豊見親もまた、不器用な男だった。答えなど返ってこないのは分かっていた。

「ここで、お別れです」

 マツーはそれを手に取った。寝台の傍らに無造作に立てかけられた、あの刀を。

「――眞與……!」

 豊見親が声を発した。それは、今まで聞いたことのないような響きをしていた。 

「…………行くな!」

 ほんの一瞬、二人の瞳が絡んだ。そして、マツーは視線をもぎ離して背を向けた。背中に豊見親の瞳が刺さっていた。それでも、再び甲板に出て行くマツーに迷いはなかった。


 


 船の甲板から、君南風の悲壮な声が響いていた。

「お主には無理じゃ! お主は、太古の神人ではないのじゃぞ!  

 ただでさえ、もうほとんど霊力(セジ)が残っておらぬのじゃ! 

 刀に取り込まれるか、正気を失うのが関の山じゃ! 戻れ! 戻らんか――!」

 喉を枯らさんばかりの叫びを背に、マツーを乗せた小船は白波の砕ける中をイシガキ島へと漕ぎ去って行った。



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