[第10話] ※完結
15世紀後半に起きたオヤケアカハチの乱をモチーフに、史実の韻を踏んで自由に書かせていただきました物語、最終話でございます。
あくまでパラレルなサキシマの英雄たちの物語として書いて参りましたが、敬意と愛情を大切に、彼らの生き様やエッセンスが私なりに少しでもお伝えできたなら幸いです。
お読みいただきました皆様に最大級の感謝を。
本当にありがとうございました!
(完結済・全10話)
※無断転載を禁じます
※本作は[pixiv]様にも重複投稿しています※
第四章-3 ~終章~
――イシガキ島をはじめとするヤイマの島々を震撼させた「オヤケアカハチの乱」は、シュリ・ミャーク連合軍の圧倒的な勝利に終わり、シュリ王府によるヤイマ圧制の皮切りになった、と伝えられている。
オヤケアカハチは、大逆の異形の蛮人として長きに渡り伝えられることになる。
イシガキ島の南、ミサキの港ではミャークの船団が帆を上げようとしていた。
「まったく、あいつはとんでもないお人好しだな!」
船と陸を繋ぐ戸板の側で、見送りのためか、いつもよりもさらに着飾った用緒が不機嫌な声を上げた。
金糸の刺繍が入った襟元からは、豪華な衣に不似合いな白い包帯が覗いている。
「用緒さんだって相当だと思いますよ?」
太陽に目を細めるオゾロの頬にも、薬草の染みた布が貼りつけてあった。
それでも相変わらず明るい声で笑う少年に、顔をしかめた用緒がこぼす。
「ったく、あいつの頼みじゃなきゃこんなこと……」
二人がどちらともなく投げた視線の先には、大切そうにそれを抱える後ろ姿があった。
腕の中から、ふにゃ、ふにゃ、と柔らかい泣き声が聞こえてきている。
「僕は知らないぞ、これからどうなっても。一体何考えてるんだ、あいつは……」
きっと大丈夫ですよ、と笑ったオゾロはしかし、顔をほんの少し曇らせた。
「でも……さすがにお疲れになったのかな」
気遣わし気な声に、ふん、と用緒は鼻を鳴らす。
「老け込んだって? 違うな、あいつはやっと解放されたんだ。ようやく人間として生き始めたのさ」
腕の中のものが甲高く泣き、慌てた様子の背中が必死で揺すってやっている。
その光景から視線を戻し、朗らかに笑い掛けるオゾロに用緒は肩をすくめてみせた。
やがて眩しい陽の光の下、船はイシガキ島を離れた。
船上で泣きそうな顔で手を振り続けるオゾロが、点のように小さくなってゆく。
「ったく……。あいつ、子育てなんか出来るのか……?」
船が消えた水平線の先を、用緒は長い間見つめ続けた。それから、わざと不機嫌な声を作って振り返る。
「さあ、僕らも帰るぞ」
その声に合わせるかのように爽やかな海風が吹き、艶のある長い黒髪を舞い上げた。
「――かわいいあかちゃんだったねえ」
あどけない声。その響きに眉をひそめた用緒はしかし、対峙する顔に浮かぶ無垢な微笑みを見て首を振った。
見つめ返す、赤子のように澄み切った瞳。
それは、一切の苦しみを感じることをやめた瞳だった。
しばらくその瞳を見つめてから、用緒は呟く。
「まあ、そっちの方が幸せかもしれないね……」
南蛮の衣をひるがえしたイリオモテの頭目に、黒髪の青年が雛鳥のようについてゆく。
オゾロ――後の土原豊見親が仲宗根豊見親に従って最後のまつろわぬ島・ヨナグニに出兵するのはこの二十余年後のことである。
オヤケアカハチの乱後、長田大主はコミ・大シュリ大屋子を拝命し、後にイシガキ頭職に任じられるまでイリオモテに身を隠す。
焼け残ったシカ村の片隅で、二人の女が歩いていた。
寄り添いながら歩を進める女のうち、背の高い方が不意によろめく。その姿を、もう一人の女がいたわるように支えた。
「大丈夫――もう、すっかり良くなったのだから」
囁く声に頷きながらも、女は支えた姿を濃い木陰に導いた。
地面を軽く払った女は、背の高い女の肩を押す。
「あなたには色々と迷惑をかけましたね、おなりや、いえ、多田屋遠那理――」
促されるように地面に腰を下ろしながら、背の高い女は微笑みかける。
寄り添うように隣に腰を下ろすと、その美しい女は艶のある、しかし毒の抜けた唇で微笑みを返した。
「神は堕ちた――けれど私は、結局その呼び声からは逃れられなかった。
あの戦いを見て悟ったわ。
人は大きなうねりの中で抗い、あるものは自由を手にし、あるものは大いなる意思の浜辺に打ち上げられる……」
女――遠那理は纏った白い神衣の裾に触れてから、遠くを見やった。視線の先で、男たちが地面を埋め戻している。
今、小さな村の片隅に一つの神域が作られようとしているのを、二人は見守っているのだった。
――あそこには、クイツを埋めたのだ。
人の通り道に埋められたそれは、これから多くの人々に踏みしだかれる。家を、王府を裏切り逆賊オヤケアカハチについたクイツ姥は、後の世までもシュリの力を、長田の家の恭順を示すために働くのだ。
「私たち二人は神の孤児……。
神なき世界を行くのも、マイツ、あなたと二人なら……まあ、いいかしら、ね?」
傍らで呟く女の指に自らの指先を絡めると、マイツは遠那理の豊満な胸に頭を預けた。その心臓の鼓動を聞きながら、決して聞くことのなかった神の脈動を思う。
もう何度も心の中で呟いた言葉を、マイツはまた繰り返す。
「クイツ……。私が守ってきた家とは何だったのでしょうか」
マイツの脳裏に、空の棺の蓋を閉める自分の手が蘇る。
「セジなどなければ、私も……あの子も……あなたのように自由に生きられたのでしょうか……」
人は人として。神は神として。
後に王府に対する功績を認められ、イシガキ島出身とされる多田屋遠那理は大阿母の、マイツ姥は永良比金の神職をシュリ王府より授けられる。
ヤイマの土着の信仰がシュリの聞得大君を頂点とする祭祀制度に統合され、神世が人世に替わるのはもう少し先のことである。
「そしてヤイマもまた、王府の支配下に入ったわけだ――。
オヤケアカハチには感謝しなくてはいけないねえ。あの反乱のおかげで堂々とヤイマに攻め入る口実が出来た。
まあ、全てが手に入ったわけではなかったが……」
豪奢な王の私室で、その後ろ姿を見つめる小さな姿は呟いた。
「此度の戦でそなたもよく分かったのではないか?
人の世に神はいらぬ。これに懲りて神世の力を求めるのはやめることじゃ。
お主は自身の力で国を作ってゆくがよい」
振り返った尚真の目には相変わらずの微笑みが浮かんでいた。
「どうかな。なにせ鳥を一羽、捕らえそこねてしまったからね」
何かを言おうとする君南風を、王は爽やかな笑顔で黙らせた。
「あなたの功績は高く評価しているよ。これであなたも、クメの島の地位も安泰だ」
押し黙った君南風はしかし、その足音に目を上げた。
「お主も……来ておったのか」
視線の先の扉には、ミャークの正装を纏った輝くばかりの美丈夫が立っていた。その瞳に宿る、かつては無かった大海のような穏やかな光に君南風は眩しく目を細める。
君南風に包み込むような視線を投げてから、仲宗根豊見親は颯爽と尚真に歩み寄った。そのまま跪くと、傍らに置いた布包みに手を伸ばす。
「本日は、こちらを献上しに参りました」
結び目をほどく傷一つ無い手は、もはや手袋をしていなかった。
捧げ持った渦巻く布のひだの中を見た王が、らしからぬ様子で息を飲む。
覗き込んだ君南風は、そこに折れた刀を見た。
一振りの刀と、一振りの小刀。
真ん中から折れた二組の刀身は、寄り添うように布の中に横たわっていた。
「折れた、サキシマの誇りにございます」
まっすぐに王を見つめた豊見親は、ただ短くそう言った。
尚真の顔から微笑が消えている。長い袖の陰で、その拳が握りしめられたのを君南風は見逃さなかった。
「オヤケアカハチ……あの男は解放したのです。人の世を、神の手から」
豊見親が言葉を継ぐ。
「尚真王、いや、真加戸樽金……
どうか、流された血に恥じることの無い、立派な御治世を――」
強く絡み合った視線は、尚真の方から逸らされた。
「――この刀に、名前はあったのかね?」
答えなど期待していないように問う声に豊見親は首を振り、そして思い直したように呟いた。
「そう、刀の名は……。血攝丸――治金丸とでも」
後に、脇差・治金丸、そしてチャタンナーチリーと冠された小刀が王家の宝剣の列に加わることになる。
シュリの王国が動乱の血にまみれ、やがてさらなる大国に飲み込まれてゆくのはおよそ百年後のことである。
エピローグ
一人の男が、白い砂浜を歩いていた。
小さな白い帆船で小さな南の島にやってきた男に、人々は哀れむような視線を向け、そして無言で首を振った。
太陽の温もりを裸足に感じながら、男はどこまでも続く白砂の浜を歩いてゆく。
小さな声が、やさしい歌を歌っていた。
――むかしむかし、鳥と蛇が大喧嘩。人間たちは大慌て――
包み込むような波の音に、頬に触れる風に、男は微笑む。
「懐かしいね。ほら、こんなに砂が白い」
男は砂浜に跪き、指の間から砂をさらさらと落とす。白い粒が光を受けてきらめく。
「ほら、見てごらん。海がお前の目の色みたいだ」
澄み切った瞳が青と緑の海の濃淡を見つめる中、一陣の風が吹いた。
悲しみを癒すように。苦しみを許すように。
風を追って、男の瞳は遠い波間に動き、そして何かを見つけたように見開かれた。
彼方に向かって、赤い鷹が飛んで行く。
男の唇に笑みが広がり、そして手が伸ばされた。
波を蹴る足ももどかしく、透き通った波に抱かれるように男は海へと入っていった。
どこまでも青い空に、赤い鳥が高く鳴く。
そして潮が満ち、引いた後、浜には誰の姿もなかった。
――少年は顔を上げた。
深みにはまったと思ったのに、裸足に砂の地面が触れている。
見下ろすと、白砂の浅瀬に、透き通った暖かい海が水紋を煌めかせていた。
銀や、青の魚が足の間を悠々と泳いで行く。
困惑した少年が視線を巡らせると、少し先の水の上に、小さなサバニ船に乗った赤毛の少年が笑い声を上げていた。
怒ったように唇を尖らせて見せると、視線の先の少年は笑顔で手招きする。
水をかき分けて進むと、赤毛の少年は緑がかった青い目で笑い、黒髪の少年の手を握って船の上に引っ張り上げた。
見つめる前で、赤毛の少年は得意げに懐から何かを取り出し、広げてみせる。
覗きこんだ黒髪の少年は歓声を上げた。地図。よく知っている島々の遥か南に、その島が浮かんでいる。
二人は笑い合い、そして櫂を取った。
息を合わせて漕ぎだした白い帆のサバニが、遠い南を目指して消えてゆく。
遠い、遠い最果ての宇流麻へと。
<完>
関連作品のご紹介:
天のうるま ─後日譚・最果ての宇流麻─
https://ncode.syosetu.com/n0218ev/
[最果ての宇流麻・番外短編] マッツァーとまほうのしんじゅ
https://ncode.syosetu.com/n0202ev/
[最果ての宇流麻・番外短編] マッツァーとミャークのおじさん
https://ncode.syosetu.com/n0208ev/
(短編)ニシの浜の日
https://ncode.syosetu.com/n0240ev/




