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地の底から吹き上がる風

――時を少し経て 平成30年 03月 30日 金曜日 朝9時32分――

「……うっ!!」

 詰まるように履き捨て、正道の体が桜子の隣でこわばるのが触れている肌で共感できる。

 暗闇の中で急に彼が苦しむ声を上げたので、桜子は彼の顔の声が聞こえた辺りを上から覗き込む。

「だ、大丈夫ですか?」

 慌てて頭を出してしまい、彼の呼吸があまりにも近く感じられ、近すぎたかな、と思いすぐさま頭を持ち上げたが、ゴンッと、すぐ上に張り出していた見えない何かに当たってしまった。

「いったぁー」

 このときは見えなかったが、これは彼と彼女が倒れ込んだ交番のスチール机の棚の下の部分だった。

 暗闇に豪快な音がしたので、今度は正道が彼女が怪我をしたのではないかと驚き、痛みのことなど忘れて、

「大丈夫?!」

 と、手をその音から彼女を守るように突き出して両手で彼女の頭を包み込む。

 サラリとした彼女の髪の感覚と、指先でわずかにこぶが出来ているのが確認できたが、怪我はしていないようだと、正道はひと安心する。

 頭を優しく男性に包まれてしまった桜子は、不意に優しい彼の手に身を委ねてしまうことに恥ずかしさを覚えてしまい、手から逃れようと頭を下へ逃すが。

 そこには彼の顔があるわけで――

「――んっ!?」

 こんなに顔が近くにあるなんて事二人とも想像してなかったからなのか、

 明らかに唇同士がぶつかる感じで当たってしまって、

 要はキスしてしまったのだが、その状況に気づくに至るまで数秒かかった。

 思考が追いついてきた桜子は更に慌てて、

「んん!!」

 と、もがく。正道の方は体が引けないので、彼女がもがいたらその分深く口づけしてしまう。

 思考を逃がそうと、両の手で着いている床の指先の感覚に集中すると、豪快に破壊されただろうに、手入れの行き届いている交番内の床はツルツルしており、砕けた破片まみれではないんだななどと、先ほどまでどうしようもない激痛に苛まれていたにもかかわらず、この状況を冷静に捉えようと試みた。

 が、なかなか離れない彼女の濡れた唇の感覚になんとも言えない感じになってしまう。


 ――しかし、その時突然それまで周りの音は水音しか聞こえず、災害に直面した人々の喧噪も、泣き声も、うめき声すら聞こえなかったのに、彼女の背後の闇からと言うよりその更に背後の遙か地下から、

《オオオオオオオオオオ――》

 と獣の遠吠えのような音が、――声が? 聞こえた。次の瞬間、何かが来る予感が二人に去来する。

 正道は彼女と口づけしたままで彼女の腰に先ほどまでと同じように手を回す。

 彼女もその音に身を構えようやく互いの口が離れる。

「っ、はぁ、な――?」

 キスを後悔する隙は無く、彼女の声も湧き上がってくる音に掻き消されてしまった。

 正道は先ほどとは逆の姿勢で彼の上に横たえる彼女の体を抱いた。

 二人の髪を撫でるような風が吹いたあと、ゴッ!! っとものすごい風が駆け抜ける。

 猛烈な音の正体は突風だった。

《ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――》

 台風のようなものすごい風が二人を舐めて駆け抜けていく。

 ――地の底から遙か構造物の裂け目に覗く空に向けて――



 やがて、辺りで鉄の何かが落ちたのか、カランという澄んだ音が聞こえ、

 ピチャン、ピチャンと普通の音が戻ってきたかと思うと、すぐにその音は数瞬前と同じように、

 サーという流れる水の音に戻る。

 彼の胸に眼をつぶりしがみついていた彼女が顔を上げる。

「――なに? 今の?」

 正道も彼女の腰に回した手に入れた力は解かないままで、嵐が過ぎ去った事に気づいて眼を開ける。

「――なんだったんだろう……」

 正道の視線の遙か先の裂け目の高いところに見えている青空には〝薄紫の雲〟が見えていた。


「――いって!!」

 あまりにいろいろな事象がいきなり連続して忘れていたが、右足の激痛がぶり返す。

「……あ、携帯っ。ちょ、ちょっと、待って下さい」

 彼女は今度は頭をぶつけないようにと彼の胸に手をついてそっと身を起こす。彼も辺りがある程度安全になったような感じがしたことから彼女の腰から手を離し、少し上体を持ち上げた。

 彼女が制服の胸ポケットから携帯を取り出す。

 携帯は取り出されただけで自動で画面の照明が点灯し、辺りがぽうっと明るくなる。

 暗がりに初めて明かりが広がった。

 すぐ近くで見る彼女の顔は、瞳は優しい三百眼で、

 綺麗な長い睫をしている、通った鼻筋に細い顎、意外にも美少女だな、などというのは、

 それとして、先ほど意図せず触れ合ってしまった淡い桃色の唇に正道の目は留まってしまう――

 正道はぐっと痛みは堪え、

「さっきはごめん、ね」

 と呟いた。意図せず声は小さくなってしまった。

 桜子は携帯の明かりにぼんやりと照らされた視線をふと下げて瞼を伏せて、首を振って、

 サラサラと彼女の髪の音が聞こえ。

「ううん、私の方こそごめんなさい。あの、その、あと、助けて貰っちゃってありがとうございます」

 と、目線を上げて正道の顔のある方を上目遣いで見て、少し上気した顔を見せた。

 携帯の光は青白い光だから、そう見えるとは思っても居なかったが、スクリーンの壁紙が赤だったのと、遙か空から光が入っているからか、彼女の顔は元気そうに見える。

「良かった」

 正道がぽろりと本音をこぼしていた。

「生きてて――」

 と続けて小さく彼が呟いたのも彼女にはきちんと届いていた。


 彼女がスクリーンの光量を最大にして、携帯を床に置くと、正道の顔と、彼女の体と、

 これまで真っ暗闇で何も見えなかった変わり果てた交番内の様子が照らし出された。

 交番の入り口と奥の部屋の三分の二程は崩壊している。

 正道も桜子も耳から出血したような跡があり、血が流れた跡がある。

 彼はその様子を確認してすぐに上半身を起こしたが右足から来る激痛とともに力は入らない。

「ってぇー!」

「あの、どこか怪我してるんですか?」

 正道が右手を足の方に伸ばしたのを見て携帯を一度拾い上げ、光を彼の足の方に向ける。

 瞬間。

 彼のギャッと言う声と、彼女の息を吸う声が重なった。

 見ると、彼の足を鉄筋の鉄芯が見事に貫通して突き刺さっていた。


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