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三人目の生存者

――平成30年 03月 30日 金曜日 朝10時42分――

 あまりの状態にその人物が少女であると確認することが出来るまでに少しの間を要した。

 その少女は頭から血糊を被ったかのように頭の髪、顔、上半身が赤黒い血液に濡れていた。

 濡れているといってもその状態でかなり時間が経過していたのか、

 上の方はもう血液が固まりだしているのか赤鉄色になっていて、

 下の方に行くほど鮮血の赤色だった。

「きみ!! 大丈夫か!!」

 正道が桜子を伴って少女から僅か数メートルの位置で声を上げたが、

 彼女はまるでこちらの声が聞こえていないかのように叫び続けている。

 悲惨な様子に桜子は膝が震えてしまい、少女にそれ以上近づこうとした正道の手を引き留める。

 少女の叫びが続く中で、「扇谷さん、大丈夫だから」と告げ桜子の心配までしてくれている。

 正道は彼女の手を引いて、少女の正面に回り込む。

 少女は明かりが途切れた崩落している通路の方を向いていたので、後ろから前に回り込む形になった。

「おい!! 大丈夫なのか!?」

 幽鬼の様に棒立ちのまま叫び続ける少女を無視して、

 正道は一度断りを入れるかのように桜子の方を向き、

 繋いでいる手を離してもいいか? という目線を手の方に送った。

 桜子は少し怯えながらもこくりと頷く。彼の手は優しく彼女から離れる。

 そして彼は叫び続ける少女を一度正面から抱き締めた。

 というよりそのようにして、少女の体に怪我がないかどうかを診ているようだった。

 少女は叫び続けている。

 背に回した手を解いて今度は彼女の頭を触る。

 何処かに大きな怪我をしているのではないかと慎重な手つきになる。

 髪を梳くように手を動かすと、既に固まり始めていた血液がパラパラと床に落ちてゆく。

 彼女の髪は背中まである長い髪だが、半ば血で黒い塊のようになって彼女の上着と繋がっていて、

 その様だけでも異様だ。

 少女は何処かに大怪我を負っているからこの叫びを上げているのか、

 もしそうだとして私たちが助けられるのか、この子の安全を確保できるだろうか、

 少女を丁寧に撫でる正道の横で、不安に駆られ桜子は息を呑む。

「大怪我はしてないみたいだ。だけど、まるで俺が見えてないみたいな……」

 彼女の視線は前方の下を見つめ続けている。血にまみれた顔で黒い瞳が一点を見ている。

 ふと、正道の隣で少女に携帯の明かりを向けていた桜子は少女の視線の先に明かりを向けた。

 崩落したらしい通路。

 少女はなんとかその崩落から逃れたようだが、その破片は直ぐ側まで迫っており、

 瓦礫に塞がれた通路までは三人が居る位置から1メートルも離れてはいなかった。

 ライトを上の方から下の方へ、

 先の交番の前の通路と同じで鉄骨らしいものがそのまま上から落ちてきて通路を完全に潰したようだ。

 三人が立つ床にまでヒビが及んでいるが、潰された通路へ繋がる道は少しそちらに向け沈み込むように――。そして眼に入った光景に桜子の瞳が見開かれる。

「日向さん!! 見て下さい!」

 正道に触れられているにも拘わらず少女は叫び続けている。

 正道が桜子の目線を追って、自分の背後のその崩落した通路に目を向けると――。

 沈み込んだ通路の沈んだ分のへこみには、液体が、明らかに人の血液が溜まっていた。

 この通路に押しつぶされた人々の血だと言うことが解る。

 更に通路から続く少女の足跡と思われる血痕の続く先に、通路の下から出ている腕があった。

 男性の腕だろう。

 まるでこの少女をこの崩落から遠ざけるかのように手を開き払ったかのように、

 崩落した境目から腕が飛び出ている。

 その腕の先には、ほぼ鋼材に潰される形でその腕を出した男性の遺体も。

「……この子の父親か」

 状況を照らすと、この少女を守るために自らが犠牲になったと思われる。

「この子は、この人を見て叫んでいるのか……」

 あまりの悍ましい光景に桜子は口を押さえた。

「この子の、お父さん」

 彼女もまた涙声になっている。

 あまりの状況に正道の精神もまた限界に近く、このままでは集団パニックに陥る危険性を悟る。

 視線を落とした先には自分の足から飛び出る鉄芯が見えた。

 今この状況ではこの痛みが逆に有利に働いた。

 ここで冷静にならないでどうすると自問し、

「扇谷さん、落ち着いて。きみも。もう大丈夫だから。僕たちが助けに来たから」

 目線が合わないにもかかわらず、少女に落ち着いた声音でそう告げた正道は、

 少女を優しく抱きしめる。血液がスーツに付こうが気にしている場合ではない。

 少女は叫び続けている。

「もう大丈夫だから」

 彼女の叫びの切れ目、呼吸の瞬間にゆっくりとした口調でそう告げる。

「助けに来たから」

 何度か正道がそう告げるうち、少女の叫び声は小さくなってゆき、

 当初は言葉を成さない叫びだったそれは、徐々に泣き声になっていった。

 少女は正道に(いだ)かれたまま、

「――わたしの、パパが――」

 と小さく呟いたと思ったら、今度は気を失ったらしく、正道の肩に倒れ込んだ。

 正道が少女を抱きしめたまま支える。

「おっと。――無理もないよね。こんなの、辛すぎる」

 見守っていた桜子だったが、少女が倒れたところで、正道に一歩駆け寄り、

 彼女も少女と正道に抱きついた。

「うん。日向さん、私……」

 桜子の様子に気づいていた正道は片手を桜子の頭にやって、ぽんと撫でると、

「扇谷さんも頑張ったね」

 と告げた。

 すると桜子も緊張の糸が切れてしまい、正道に寄りかかり大泣きを始めてしまった。 


 ――五分後――

 少しだけその凄惨な現場から離れた状態で、彼女を床に横たえていた。

 正道はその父親の手からなんとか指環を抜いてきた。

 いずれ遺体は回収できるだろうが、彼女との結びつきがあるものは必要だ。

 形見にもなるだろう。

 少女の指にはその指環は大きすぎて薬指ではなく人差し指に付けた。

 その様子を見ていた桜子も、大泣きしてから少し気分が落ち着いたらしく、

「日向さん気が利きますね」

 涙が流れた頬をこすりつつそう言った。

「うん、なにかあればなって……」

 すると、

「ん――」

 少女が目覚めた。


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