依頼書と契約書
4個目になって何とかポーションらしい形になった。
倉庫から初級ポーションを出して自分が造ったポーションと見比べてみる。
両方『初級ポーション』と読めて思わず2つの小瓶をぎゅっと握りしめた。
「…出来た」
造れた、と思ったら何かホッとした。
この時は魔法が使えない自分に何故初級ポーションが造れたのか疑問にも思わなくて、お金が無くなって困った時にこれを売れば生活費になる、そんな安堵の気持ちの方が強かった。
そのまま5個、6個と造った。
「これ結構面白い」
私はにこにこでどんどん初級ポーションを作った。
出来上がりが15個くらいになった時、急にくらくらして記憶がプツリと切れた。
夕食を知らせるベルの音で目が覚める。
え?
何でベッドの上で踞ってるの?
固まったまま目だけで部屋の中をぐるぐる見回してみた。
寝た記憶が無い。
「いっ、つ…」
現状が理解できなくて、思わず起き上がろうとしたらあちこち痛くて口から呻き声が出た。
寝違えた時みたいな体の痛さに『ん、もうっ』ってベッドに八つ当たり。
朧気にポーション造りの途中でくらっとした記憶が甦ったらやっと現実が理解できた。
あれ、もしかしたらくらっとしたのって本やゲームの設定に良く使われる『魔力酔い』とかかも?
それなら…。
自分の手を見て、頭の中に数字を出してみた。
HPと次の数字が同じ16になっている。
残念だけど寝る前がいくつだったか、覚えてない。
「もしもだけど…ポーション造り続けたら魔力上がるかな」
上がったら魔法を使えるようになるかも、とか不思議な理論でどん底だったモチベーションが一気に上がった。
急いで食堂へ降りる。
昨夜と同じメニューの夕食も全然気にならなくて逆に食べ終わるまでがもどかしかった。
急いで部屋に戻ってまたポーションを造り始める。
これで明日の朝魔力の数字が上がってたら…期待半分、怖さ半分。
くらっ、とした後の記憶がなかった。
翌朝ハッと目が覚めて、1番に手を見た。
頭の中の数字は予想通り2番目が1増えて17になっている。
やっぱりだ。
最初がHPで今日確認した2番目がMP。
この数字はHPだよとか説明無いのが不思議だけど、最初から親切じゃなかったから期待しない。
毎晩初級ポーション作りが出来るか分からないけど、出来る時は頑張ってMPを上げよう。
魔法使えたら嬉しいし。
起き上がると、昨夜造ったポーションがベッドの下に転がっていた。
この部屋は引き払うから今全部見付けないと厄介な事になりかねない。
ベッドの下まで覗き込んで、失敗作と合わせて18個の初級ポーションを倉庫に回収した。
朝食の前にスカートに着替えようと荷物を出してたら、昨日貰った地図も出てきた。
昨日も思ったけど、印刷が雑で殆んど見えないし読めないし、これじゃ地図の役割果たしてない。
「ただに文句は言えないかぁ」
ペンを買って自分で書き足す方が速い気がした。
商業ギルドに行く前にペンとメモを買おう。
昨日買っておけば良かったな。
朝御飯を食べて、嫌だけど商業ギルドへ重い足を引き摺った。
商業ギルドの前にあの青年が待っていた。
「遅い」
「お店もまだ開いてない時間です」
お店が開いてなくてペンもメモも買えてなかったからつい威圧的な青年に言い返してしまった。
強制されてこの町で働くより伯爵に教えられた乗り合い馬車で次の町へ行って仕事を探した方が確実だと思えた。
「生意気を言うな」
怒鳴る青年に言葉が出なくて、もう無理だった。
町を出よう。
馬車の乗り場を探すために引き返そうとしたら止められた。
「何処へ行く気だ」
「町を出るんです」
二の腕を掴まれそうになって横に逃げた。
今日はあの重い靴を掃いてないから逃げ切れる自信がある。
青年と睨み合う形になりながらも後ずさって距離を取ろうとしてたら信じられない爆弾が飛んできた。
「罰金刑になるぞ」
「私はまだ依頼を受けてない」
「こっちにはサインがある」
青年が見せてきた書類には私の字があった。
まさか魔法でコピーしたの?
登録の時に書いたのを悪用されたとしか思えない。
悔しさに顔に血が昇った。
「そんな不正が通用するんですね。最低」
「分かったら来るんだ」
悔しい。
悔しいけど行くしかない。
どんな結果でも決着を付けないと、ずっとこの町に縛り付けられてしまう。
え?ずっとって…。
無意識に自分の言った言葉で現実が降ってきた。
連れて行かれたのは高級な住宅街みたいな所で、その中でも大きな屋敷だった。
執事?と同じ服の少女数人が出迎えてくれた。
「旦那さまが御待ちです」
慇懃無礼な執事に連れられて10畳くらいの応接間に通された。
豪華な調度品の中に、40歳くらいのおじさんがパイプを手に待っていた。
「お待たせしました」
青年が1歩出ておじさんに挨拶した。
おじさんは軽く頷いて青年から私に目線を移した。
「これが約束の時間に来なくて、遅れてスミマセン」
ムカついて言い返したくても言葉が上手く出て来なくて。
悔しくて泣きそうだった。
「それより、帳簿は付けられるんだろうな」
おじさんは青年に不信感丸出しの確認をした。
「はい、計算が出来ると確めてから連れて来ましたから」
え?え?
頭の中はパニックだった。
あんな単純な暗算で出来るのを確かめて来たとか言う青年にビックリした。
看板も読めない私に数字が読めるわけないのに。
呆然と立ち竦んでいたら執事が数枚のメモと綴じてある束の1つを事務的に渡してきた。
「まずこれを」
事務員の習性で受け取った束をパラパラとめくって見る。
メモは伝票で綴じてあるのは帳簿だった。
書き方は変わらない感じなので内心ホッとした。
「ぁ…」
思わず声になった。
文字も数字も読める。
今まで読めなかったのに何故?
「どうした」
おじさんが不審そうに聞いてきた。
「いえ、ペンを忘れたと思って…」
下手な言い訳になってしまった。
「これを」
執事はペンを渡してきて、ソファーの前のローテーブルを使うよう指してきた。
おじさんも青年も見てくるから断れなくて、ソファーに座ってローテーブルに帳簿を広げた。
帳簿は簡単な簿記の範囲で、直ぐに終わった。
問題なのはその前の、間違いだらけの記載だった。
脱税?
毎月少しずつ帳簿からお金が消えてる計算で、もう誤魔化せなくなった感じだった。
「もう終わったのか?」
おじさんが疑わし気に覗いてくる。
教えようか迷ってたけど、面倒になって全部渡した。
「出来ているが。それでも在庫とは合わないな」
おじさんの言葉に耳を疑った。
元が違うのに合うわけ無い。
「間違えたのか」
青年の顔が厳しくなった。
間違えるよりもっと前の話だ。
私の心の声が聞こえたのか、おじさんが青年に持っていた帳簿を突き出した。
青年はムッとした顔をして受け取らない。
何かに気が付いたのか、おじさんは青年に構わず違う帳簿を見始めた。
「これを見てくれ」
暫くして、おじさんが仕入れの帳簿を見せてきた。
「数が変えてあります」
在庫が6から5、とか気付かれないよう減らしてあって、それをずっと続けてるから合わないままだ。
「誰かが抜いてるのか?」
「お金もだと思います」
帳簿の改竄した形跡を指して言った。
「金もか」
おじさんの表情から何故か怒りが消えた。
あ、…多分誰が抜いたのか分かったんだ。
信じたくない、っておじさんの顔にあった。
「金額は分かるか」
メモ用紙を貰って月別に書き出していく。
3ヶ月遡ったところで止めた。
「月に大金貨20枚。月末に消えている計算だと…」
「大金貨20…」
おじさんはかなりショックを受けた様子だった。
この世界の物価は日本よりかなり安い。
昨日の買い物で比べたから間違いない。
銀貨1枚が日本円の4000円から5000円。
大金貨20枚にもなれば大金だ。
ショックなのも当然に思えた。
「最初から帳簿を付け直すのは可能か?」
「伝票が残っているなら可能かと」
私は手元の伝票を持ち上げて言った。
「頼む。君と契約しよう」
おじさんの言葉を受けて、青年が書類を出してきた。
「報酬は月に大金貨2枚。月末に商業ギルドへ払って貰います」
「商業ギルドへ?何でだ?」
契約の書類を書き掛けてたおじさんが手を止めた。
「商業ギルドから彼女に給金を渡します」
「彼女の給金はいくらだ」
おじさんは冷たい目線で青年を見た。
「それは商業ギルドと会員の話ですので」
青年はそれ以上言わなかった。
ならば、とおじさんは私を見て聞いてきた。
「いくらで受けた」
「まだ受けてません」
「おいっ!」
青年の威圧的な声にどくどくしながらも言った。
ここで言い負けたら日本に帰れなくなる!
背中に嫌な汗をかきながらおじさんを必死に見返した。
「書いてないのにこの依頼も受けた事にされてて」
「止めないかっ!」
青年が慌てて走ってきて私の口を押さえようとしてきた。
必死に抵抗しても力の差は歴善だった。
「止めさせろ」
「はい。失礼」
おじさんの言葉で執事が青年を私から引き剥がした。
かなり年配に見えるのに、執事の動きは速かった。
「分かるように話せ」