夜営地にて
翌日、2日分のお弁当を持たされ送り出された。
屋台のおじいさんは無口だった。
聞いた話ではおじいさんも村の人で、月に1回町に仕入れに行っているそうだ。
今日はその仕入れに私が便乗させて貰う形だ。
荷台は空で、靴が重いから乗せて欲しいけど言い出せる空気じゃない。
朝早くに村を出れば、翌日の夜には町に着く。
間に一泊する場所が1つ決まっていて、みんなそこに火を焚いて夜を過ごすらしい。
おじいさんから町まで必要な水の袋だけ買った。
水は村の井戸から入れさせて貰った。
ホントなら、余所者からはお金を取るらしい。
商売上手なのか、お茶を沸かす鍋から料理用の鍋や鉄板だけじゃなくて、毛布やマントも売ろうとしたけど町の方が使いやすい品がありそうで遠慮した。
大金貨1枚出して、金貨9枚と銀貨5枚を貰った。
買った物の値段が銀貨5枚だとおじいさんは言う。
でも、水の袋をじっと見たら粗悪品って字が読めた。
大金貨5枚で半年暮らせるって話なのに、水を入れる袋が銀貨5枚もするのは絶対おかしかった。
大金貨5枚で半年なら、単純計算で大金貨1枚以下で1ヶ月暮らせる計算だ。
この世界の物価が分からないけど、自分がおじいさんに鴨にされてるのは分かった。
おじいさんにぼられてると分かってても町まで連れて行って貰わないと困るから口をつぐんだ。
悔しいけどこれは勉強代だと思って諦めるしかない。
涼しいおじいさんの態度にムカムカした。
夜営の場所は地面も踏み固められてて、村の広場くらいの広さがあった。
先に到着していた人たちが焚き火をしていた。
その焚き火を囲んでみんなも夕食をとる。
食べ終わったおじいさんは薪拾いに行った。
私も行こうとしたら断られた。
後から知ったこの世界のルールだと、人が集まる夜営地では男が燃やす薪を集め火の番をするらしい。
おじいさんは老人だから、薪集めはするけど火の番には加わらなくても良いらしかった。
後から後から到着する人は商売する人が多くて、身軽な人も荷車に商品を満載してる人もいた。
違いは何故なのか考えていたら、魔法の袋が高くて買えないからだとおじいさんはその人の前で言った。
「おじいさん」
思わず上着の裾を引いておじいさんを止めた。
こんな会話が平然と出る世界とか止めて欲しい。
言われた人はムッとして場所を移って行った。
私が見てたからだから謝りたいけど、謝りに行っても更に怒らせるだけに思えて行けなかった。
諦めて、こっそり辺りの観察を始めた。
人によって着ている服も違うように見える。
手ぶらな人の方が良い服を着てる?
考えながら前を見たら、寝るために地面にシートを引いてる商人が目にとまった。
商人はシートの上に毛布を出して腰掛けてから、足に手をかざした。
「ぇ…」
自分と同じ様な形の靴だったから、無意識に見ていたのが幸いした。
私も真似して靴に手をかざしてみた。
「…はは」
昨日の脱げなくて靴のまま寝た苦労は何だったんだ。
ズーンと疲れて立ち直れない。
おじいさんは、と見たら荷台に毛布を広げていた。
「毛布を買うか」
おじいさんはひいてる毛布を指した。
私は買わないと首を振った。
おじいさんが使ってた毛布とか絶対買いたくない。
草の上で2日も寝たんだ、もう1日くらい毛布が無くても何でもなかった。
おじいさんがムッとしたのが分かる。
はぁ、とため息を付いていたらちょっと向こうで言い争ってる声がした。
「文句を言うなら買わなきゃ良い」
見るときっちり服を着てる太目のおじさんが、前に立ってる青年を馬鹿にした顔で見上げていた。
「買わないとは言ってない。なぜその値段なのかを聞いているんだ」
青年の声は明らかに怒っていた。
「初級ポーションの値段は金貨1枚で固定のはずだ」
「移動の費用が掛かる」
おじさんは悠然と言い返した。
初級ポーション!
本かゲームの世界にしか無いはずの物が実在する。
この感動をどう現せば良いんだろう。
私も実際にそのポーションを見てみたかった。
「お前を教会に告発する」
「私はこの通り教会から許しを貰っている」
おじさんが青年に見せると、青年は悔しそうに口を閉じてその場を立ち去った。
その青年の背中を見ながら思う。
商品管理も仕事のうちの私から言わせて貰えれば、この場合おじさんの言い分の方が正しい。
移送の費用は当然売る価格に含まれる。
それでもおじさんの言い方が強欲に聞こえるから、悪いのはおじさんの方だって空気が場に流れていた。
おじさん、商売が下手だ。
それが何か自分に似てる気がして嫌だった。
それから少しして、女性が子供を連れておじさんのところへポーションを買いに来た。
「初級ポーションを売ってください」
「金貨1枚と銀貨2枚」
おじさんはブスッとした顔で言った。
「え?…」
女性は驚きの声を上げたが、熱っぽい顔の子供を見てお金を払って初級ポーションを受け取っていた。
そのポーションを、目を凝らしてじっと見た。
頭の中に数字がならんだ。
何故か作り方が見えた気がした。
町に着いたら初級ポーションを1本買って、本当に私に作れるのか試してみたい。
思わぬ収穫にホクホクしながらさっきの青年を探すと青年はさっきの親子の近くにいた。
やっぱり。
何と無くそんな気がしてたから驚かなかった。
夜営地には毛布を持たない人も普通にいて、地面に直に横になっていた。
私も真似して横になったところで、また何人か着いたらしく会話が聞こえてきた。
「今日は散々だったな」
頭を持ち上げで声のする方を見ると、腰に剣を差した男が5人こっちへ歩いてくるところだった。
もしかしたら、冒険者?
着てる服の感じが私と違う感じで疑問符が付いた。
5人は焚き火の1番前を陣取った。
う、…汚い。
焚き火に照らされた5人の姿に驚いた。
周りも凄く嫌な顔をしていた。
嫌でも周りの視線が私や他の冒険者らしい格好の人たちにも注がれた。
それは確かに商人や旅の家族に比べればちょっと汚い格好してるけど、目の前の5人ほどは汚くない。
他の冒険者も考えるのは同じみたいで、私は出来なかったけど5人を嫌そうに睨んでいた。
5人はそんな視線に動じる事もなくて、水の袋を回し飲みし始めた。
それが水じゃなくてお酒だと気付いたのは、5人の会話が怪しくなってきてからだ。
5人はお弁当じゃなくて、お酒の合い間に手のひらより小さい薄い何かを食べていた。
後からそれが干し肉だって知ったけど、その時は黒くて何なのか解って無かった。
本やゲームでも冒険者の姿は汚くなく書かれてるのが多いけど、実際それを見るのはちょっと嫌だった。
周りの冒険者も商人や旅人に比べればやっぱり汚い気がして、かなり複雑だった。
5人は何かゴソゴソして、胴から何かを外した。
じっと見てみると、鎧っぽい。
寝るのに外した?
昔の侍みたいな物じゃなくて、西洋の鎧でも無くて、胴だけ守る形の鎧に見えた。
ん?
でも、周りの冒険者は鎧を着けてない。
どう違うんだろう。
答えが出ないうちにみんな寝始めた。
魔物の襲撃は真夜中だった。
ウサギじゃない、狼の姿をした魔物だった。
それも群で襲ってきた。
悲鳴と逃げ惑う人たち。
私は自分の身を守るので精一杯だった。
『こんなに人が居るんだから襲われない』
そんな甘い考えが頭の中にあった。
他の冒険者は分からないけど、私は無防備だった。
もっと悪くて、驚きでパニックになってた。
ウサギに比べられないくらい素早くて、体当たりされても避けられなかったと思う。
だから、あの5人が群を追い払った時、汚いと思った自分を謝ろうと思ったくらい感謝してた。
「討伐した狼は俺たちが貰う。良いな」
みんな頷いた。
それで終われば「怖かったね」だったけど、怪我した人がかなりいて、みんなポーションが必要だった。
それからの事はかなりきつかった。
おじさんが持ってるポーションにも限りがあって、最後は取り合いになった。
その光景を醜いと思うより、何で数を持ち歩いてないのか、の方が不思議だった。
ピリピリした空気で夜明けを向かえ、みんな足早に野営地から出て行った。
おじいさんも行くと思ったら、商魂たくましいおじいさんは怪我したうちの2人と交渉して町までの約束で荷台に乗せたていた。
2人はどちらも商人で、少し先から道を外れて出てきた村とは違う村に行く予定だったらしい。
「町までの道でまた襲われたら…」
商人は私を見て違うと首を振って、他の冒険者に町までの警護を頼んでいた。
悔しいけど、私じゃ警護できない。
逆に警護して欲しいくらいだ。
「今日までは噂だとばかり思ってましたが、やはり氾濫は近いんでしょうかね」
荷台の商人が怯えた顔で言っていた。
氾濫?
まさか、だよね。
そんなのゲームや本の中だけに決まってる。
「前回の氾濫から100年も経ってるんですよ。今さらまた氾濫とか有り得ませんよ」
もう1人の商人がばっさり否定した。
そうよ、有り得ない。
私はそう怯えてる自分に言い聞かせた。
予定通りその日の夜初めての町に着いた。