国境へ
10人くらい…冒険者ギルドも正確な人数を把握出来てない気がした。
「アブサンにBランク冒険者が居てくれればこの町も心強いよ」
店主の言葉に受付のお姉さんのきつい顔が浮かんだ。
だけどシンはアブサンを見捨てて家族で王都に移り住む…後味の悪い思いを飲み込んだ。
「最近は魔物の動きが活発で冒険者ギルドも警戒してる。シンにも依頼が来てるだろ」
探るような店主の口振りにアブサンで依頼の話は無かったと言ってももっと言ってくる。
「本当に?この町のギルドでも頼まれなかった?」
「討伐の報酬は貰ったけど、依頼の話は…」
話してる途中で依頼は王都でシンを待ってるメンバーが受けてそうな気がして店主に訂正しようとし掛けて…話せばもっと話が大きくなると気付いて止めた。
店主はもっと話したそうだったけどバタバタとアブサンに行く泊まり客が降りてきて話はそこでおしまいになった。
好奇心丸出しの主人に掴まるのが嫌で昼からは食料の補充に出た。
国境までの食料と国境から隣の国の最初の町までの食料を考えたら最低でも1ヶ月分くらいは倉庫に確保したい。
分かっていたけどこの町には食べ物屋が少なくて、やっと見付けた3つの食堂でお弁当が出来ないか聞いたら明日中に食べきるなら、と2つの食堂で言って貰えたので3つずつお願いした。
「パーティーメンバーの分の分もいりますか?」
「いりますっ!欲しいですっ」
思い切り欲しいとお願いした後、お弁当で思い付いた『持ち帰り』を駄目元でお店に聞いてみる。
「お持ち帰り、とかしてますか?」
汁物でなければ出来ると言われて、お財布と相談しながいくつかテイクアウト。
試しに部屋で1つ食べみて此処はバルサムだったとがっかりした。
王都で買った食料はなるべく温存してこの先気持ちが凹んでる時用にとっておこう。
もし本当に隣の国が貧しかったら…バルサムより悲惨だったら…嫌でも浮かんでくる想像を頭をブンブン振って追い払った。
「今は食べる物が有るからこんな事考える余裕が有るんだよね…これがいざとなったら贅沢言ってらんなくなる…」
そう自分に言い聞かせながら食べ掛けを完食した。
翌朝、冷たい雨の中を乗り合い馬車の乗り場に行った。
乗客は15人。
私ともう1人の冒険者以外は裕福そうな商人と軍人?兵士?
御者が乗客を割り振って最後尾の馬車に年取った商人2人と冒険者と私の4人を押し込んだ。
前の馬車の乗客に比べて、存外に扱われてる感が否めない。
内心『気分悪』と思いながら座った。
「国境までよろしくお願いします」
やっぱりだけど挨拶は返ってこなかった。
隣に座った冒険者は侯爵を笑ったおじさんで、おじさんも国境へ行くらしい。
警護の冒険者パーティーとも親しく話していたし、ちょっと不思議な雰囲気の冒険者だった。
「今日は特別冷えるな」
前に座っていた商人が怒った口調で言った後手を擦り合わせて息を吹き掛けた。
私も肌寒くて熱いお茶が欲しかったけどこの雨では火もおこせない。
爪先や指先が冷たくて困ってたら前に座っているおじいさんが手荷物から毛布を出して周りも気にせずくるまった。
狭い空間でバタバタするのは他の乗客に悪い気がして我慢してたのに、無駄な我慢だったな、って私も毛布を出してくるまった。
隣のおじさんも斜め前のおじさんも毛布を出してくるまる。
おじさんたちも私と同じく遠慮してたんだ。
「嬢ちゃんも国境へ行くのか?」
少し遅れて毛布を出した冒険者のおじさんが聞いてきた。
当然すぎる事を聞かれて返事に困ってしまう。
他に何処かへ行けるなら教えて欲しい、へそ曲がりな返事が頭の中に浮かんだ。
「剣を差してるから冒険者だと思うが…」
今日は冒険者の服にシンの選んだ剣を差してる。
様になってないからからおじさんには胡散臭く見えたみたい。
正直私だってこんな格好はしたくない。
したくないけど国境近くは熊の魔物が出ると聞いたからこんな格好になったのに。
うだうだ思いながら強くなる雨音を聞いていたら急に馬車が止まった。
前から複数の狼の唸り声と冒険者パーティーの声が聞こえてきた。
「雨の昼間に出てくる、か」
おじさんは嫌そうに毛布から出ると馬車を降りて前へ走って行ってしまった。
寒くて雨が降ってるのにわざわざ狩りをする魔物は居ないと思う。
それだけ餌に困っていた?
ぼんやり考えてたらおじさんが難しい顔で戻ってきて馬車も動き出した。
狼の始末に時間を取られたのと馬車を引いている魔物がぬかるみに足を取られて時間が掛かったのもあって、その日の夜営地に着いた時はもう真っ暗だった。
国境からの馬車が先に着いていて簡易のテントを雨避けに張って火をおこしてくれていた。
この雨で薪の代わりの枝が濡れていて暖を取れるほど火の勢いは無かったけど順番に夕食の携帯食を煮たりお茶を沸かしたりは出来たからみんなホッとした顔をしてした。
焚き火に手をかざしながら御者と警護の冒険者パーティーが魔物の情報を交換しあう。
その中に侯爵一行とすれ違った話もあった。
「国境前に魔物のボスの群が居るって教えてやったのに奴ら鼻で笑って礼も無い」
国境からの御者が怒った顔で後ろを向いた。
「場所は何処だ?」
「此処だ」
次にパーティーリーダーが地面に大まかな地図を書いて一点にばつを書いた。
「ボスが率いる大きな群がこの辺に居るから近付かない方がいい」
ばつとは逆の方へ丸を書く。
「ボスが居るのかっ!そんな話聞いてない」
商人の1人が御者に向かって怒った声を出した。
通い慣れた道のはずなのにその顔には怯えと恐怖が張り付いていた。
「引き返そう」
その声が引き金になったのか別の商人も不安を口に出した。
「こんなに魔物が多いなんて異常だ」
「やはり引き返そう」
「分かった。心配なら俺たちはこう迂回して行こう」
御者は乗客をなだめながら地図に迂回路を書き足した。
ピリピリした空気の中馬車は国境へ向かう。
もうすぐ国境だと言う所で今までの熊の魔物の倍はありそうな熊には見えない巨体の魔物に襲われた。
右手の森から突然馬車の前に飛び出してきて、魔物の唸り声に驚いた馬車を引いていた魔物が逃げようと強引に向きを変える。
耐えきれず馬車が『ぎぎぎぎ』と軋んだ音を立てた。
「うわぁー」
乗客は外に投げ出されそうになって悲鳴を上げる。
窓枠に掴まっていた私に隣のおじさんがガツンとぶつかってきて思わず馬車が横転した時の痛みと恐怖が甦って逃げたいのに固まって動けなかった。
幸い馬車は横倒しにならずに済んだ。
止まった馬車を守って冒険者パーティーが応戦するが、魔物が振り上げる腕を避けるのが精一杯で逃げる事も出来ない。
「金の分働け!」
乗客の1人が狂ったように叫ぶ。
その怒声がパーティーリーダーを冷静にした。
乗客にとって幸いだったのは魔物が1匹だった事と馬車が横転せずに済んだ事だと思う。
御者が馬車を引いている魔物に鞭を当てて必死に『走れーっ!』と声を張り上げるとパーティーメンバーの1人が馬車に飛び乗り慣れない弓を持ち出して無闇矢鱈に射掛け始めた。
そのうちの1本が魔物の足を掠めたのは幸運としか言えない。
「速く出せっ!」
パーティーリーダーが御者に怒鳴るとメンバーたちも素早く馬車に飛び乗った。
「何とか逃げ切れたな」
パーティーリーダーが冷や汗を拭いながら言ってるのが聞こえてくる。
「国境はもう目の前だぞー」
どの馬車の御者か分からないけど安堵した声が雨の音に邪魔されながら聞こえてみんなもホッとしていたと思う。
私も緊張から詰めていた息を吐き出した。
普通国境って境界線があって柵とかで区切られてると思い込んでいたけど門しかなくて…。
門の向こうもこちらと変わらない景色が見えた。
「なぁ、国境の前に馬車が無いか?」
御者が隣の冒険者へ掛けた声にみんなが窓から国境を見た。
まだ距離があって私には馬車に見えなかったけど御者の隣の冒険者はあっさり肯定した。
「ああ、馬車だな」
「なあ、あの馬車に見覚え無いか」
「悪い冗談はよしてくれ」
不吉な予感に誰もその先を言わなず、近付くにつれ破壊された馬車に息を飲む。
その馬車が侯爵のだと分かっても誰も口を開かなかった。
馬車はスピードを落として壊れた馬車の横を通る。
一目で魔物に襲われたと分かる馬車は魔物の爪痕と血痕が生々しくて血の臭いがしてくる様だった。
当然だけど馬車の中には誰も居ない。
侯爵は無事だろうか。
「あ、…」
バルサムを出た侯爵の馬車は3台だった。
思わず両手を合わせ、生存者が居ます様に…と心の中で祈る。
門の左右には国境らしく兵士が立っていて通るのに形だけの検閲があった。
商人は商業ギルドのカードを出して、冒険者は冒険者ギルドのカードを出した。
私は…服装を考えて冒険者ギルドのカードを出した。
兵士はチラッとカードを見ただけでめんどくさそうに投げ返してきた。
ムッとしても兵士に言い返す乗客は居ない。
前のおじいさんの目線は兵士を通り越して門の横に立つ騎士に向いていた。




