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異世界放浪記  作者: まほろば
始まりと村に着くまで
3/43

着いた村は…



あれは町?村?

まだかなりの距離があるけど、不規則に地面に木を突き立てて塀にしたらしい物が見えた。

目印にしていた塔が塀の中に見当たらない。

此処じゃないの?

困惑していると村?町?のずっと先に見覚えの有る塔が見えていた。

まさかあれを見た?

来た方向と向かう方向を冷静に見ても、その考えには無理があった。

何故かって?

最初に私が居た所からの景色と、ここからの景色が変わらないから。

1日歩いた距離は?

オカルトみたいで背中が続々する。

「先ず、行かなきゃ…」

どん底の気力を振り絞る。

この距離なら後2時間も歩けば着けそうだった。

昨日から急に体を動かし始めたから筋肉痛で身体中がゴリゴリ悲鳴を上げている。

翌日に筋肉痛とか、私もまだ若いと喜んだのも本当だけど、現実は痛くて辛い。

それに…。

到着する迄に自分の気持ちを整理しておかなきゃ…。

朝から悶々と考えてた事。

途中からうっすら感じてたけど、きっとすんなりは日本に帰してくれない。

私に何かをさせたくて、ここに呼んだとか思うのは傲慢じゃない気がした。

それって…、逆から見たらそれが終わるまで帰れないって事だよね。

特技も何も無い平々凡々の私に何かを期待してるとしたら、それ間違いだから。

ゲームや本みたいに神様が私を選んだのなら、それって明らかに人選ミスです。

ゲームも本も知らなかったら、こんなお馬鹿な発想なんか思い付かなかったのに。

自分の暇っぷりが恨めしい。

兎に角、当分はゲームのNPC(ノンプレーキャラクター)の位置に徹して様子を見よう。



町か村に入ろうとして、顔を洗えてない事を思い出して慌てて少し戻った。

水が駄目ならせめて顔を拭きたかった。

…拭きたくてもハンカチすら無い。

仕方無く服の袖口でごしごし顔を擦る。

「あれ?…」

昨日草で切った手のひらがもうかさぶたになっていた。

「…はぁ」

覚悟して入った塀の中には今にも倒れそうな15くらいの小屋があった。

内心少しだけ期待してた、村か町に着いたらそこでゲームクリア、とはならなかった。

入って直ぐに手で鼻を押さえた。

襲ってくる悪臭に息が詰まりそうだった。

これって生ゴミ?トイレ?

凄過ぎて吐き気までした。

何故か急に尿意を覚える自分に驚いた。

思い出したら昨日の朝からトイレに行ってない。

丸2日近く行かなかったの?

自分の事なのに驚いた反面、納得もしてた。

社会人になって、昼休みの電話番を頼まれてからは就労時間内のトイレは難しくなった。

みんなが帰ってきてから行こうとすると『昼休みに行っておけ』と怒られ、昼休みに行ったら『電話番も出来ないのか』と怒られる。

理不尽だと思いながら、言い返せない自分がいて…。

だから昼は水分を取らないようにしてた。

飲まないからトイレにも行かない。

体に悪いし悪循環だと思いながら、嫌だと言えないから変えられなかった。

「あ…お茶も飲んでない…」

思い出したら泣きたくなった。

息がしたくて外に出ようとした所を呼び止められた。

「入って来たからには通行料を置いていけ」

…はい?

箱根の関所じゃないんだから。

げんなりして、声の主の方を向いた。

見るとボロボロの茶色のシーツを体に巻いたガリガリのお爺さんが立っていた。

お爺さんの後ろには3人のおじさんがいた。

みんなが汚れてて、ここに居るだけで何か病気が移りそうで怖かった。

後ろのおじさんたちの服は、同じボロボロでもまだ服の形は保っている。

洗っては…いなそうだけど。

「こ汚い冒険者か」

老人が嫌そうに言った。

お爺さんに言われなくない。

これって…お約束な展開、とかなの?

すると後ろにいたおじさんの1人が大声を出した。

「おいっ!あいつ女だっ」

その瞬間中の空気が変わった。

「女だと」

お爺さんの目が私をジロジロ見てくる。

言い様の無い身の危険を関して後退さった。

「どうせ食い潰れた冒険者だ。村の財産にしよう」

別のおじさんが口を挟んだ。

相手が何を言ってるのか理解できなかった。

財産?

私を財産に?

意味が分からなかった。

人間を財産にするって何?

おじさんたちの目が異様にギラギラしていて、嫌でもセクハラしてくる会社の上司を思い出させていた。

これって、最悪のパターンかも…。

「死なない程度には食わせてやるから有り難く思え」

「おい、誰か縄を持ってこいっ!」

唖然と見ている私を他所に、小屋から痩せたおばさんが縄を手に出てきた。

おばさんの無気力な目は何も見てない。

鬱で休職した同僚の表情に似ていて怖かった。

「これで女に飢えずに済むな」

「前のみたいにやり殺すなよ。村の共有財産だからな」

「仕方ねぇだろ」

じりじりと迫ってくるおじさん3人にどうする術も無くて、私もじりじりと後退するしか無かった。



おじさんの1人に左手を捕まれそうになって、思い切り振り払って剣を抜いた。

私の中で何かが切れた瞬間だったと思う。

でも、ホントに切るつもりは無かった。

その時も、私にはまだ現実が見えてなかった。

威嚇になれば充分だって甘い気持ちだった。

「切れる物なら切ってみろ」

おじさんは上半身裸になって、ニヤニヤしながらズンズン近付いてきてしまう。

異性の裸体を見た事より、同じ人間を切る怖さが私を金縛りにした。

「切れねぇだろ。無防備な奴は切れねぇんだよ」

無防備何かじゃないっ!

心の中で叫んだけどそれが声になるはず無くて、また手を捕まれそうになった。

逃げたのにまたしつこく捕まえにくる。

私が右手に剣を持ってるからおじさんは左手を捕まえようとしてきて、私も本能で左手をおじさんから庇っていた。

なのに何度目かで手首を捕まれてしまった。

「捕まえたぞ。ちょこまかしやがって」

おじさんはぎろりと私を見返してから、お爺さんたちに向かって言った。

「もちろん最初は俺だよな」

「好きにしろ」

お爺さんが吐き出すように言った。

「だとよ」

おじさんにニヤリと笑われてゾッとした。

必死に捕まれた腕を取り返そうと体を後ろに引いた。

「逃がすかよ」



その時自分の中に溢れた感情は上手く言い表せない。

ただただ爆発寸前の怒りに近かったと思う。

右の手首まで捕まえようとするおじさんの手が蛇みたいで無性に気持ち悪くて、距離を詰めようと左の手首をグイッて引っ張られたらもう限界だった。

嫌悪感から剣を振り上げてた。

ピシャッ。

水溜まりで跳ねたみたいな音と血の臭いがした。

服にも跳ねた気がして下を向けば、赤黒い点々がグレーの服に付いていた。

…え?

「いでぇっ、いでぇー」

突然大声が響き渡った。

…え?地面が揺れてる?

焦って下を向いたら捕まえに来たはずのおじさんが、血みどろで地面をのたうち回っていた。

何が起こったのか、分からなかった。

手首を捕まれてる感覚が消えないのに、何で?

そんな事思いながら、捕まれてる左手を持ち上げた。

それを見た時、私の中で時間が止まった。

私の手首を掴んでいたのは、おじさんの体から切り離れた骨太の手だった。

「ぁ…」

無駄に息だけ漏れた。

切り口からボトボトと地面に血が落ちていた。

悲鳴が喉の奥に詰まって声にならない。

「ひぃー、人殺しぃー!」

誰かが叫んだ言葉で一斉に金縛りが解けた感じになって、縄を持ってきたおばさんが高い悲鳴を上げた。

それに弾かれたようにビクンと体が跳び跳ねる。

それで、現実に戻って来られた。

咄嗟に周りを見渡した。

逃げなきゃ。

頭の中にはそれしか無かった。

剣を腰の鞘に急いで戻して、がっちり食い込んでるおじさんの手を引き剥がす。

おじさんの指の感触が死ぬほど嫌で、必死に指を広げて左腕を取り戻した。

村人の目が地面のおじさんに釘付けになってるうちに外に出て、塀を伝って先を急いだ。

来た方向に走らなかったのは、無意識に前え進まないと死ぬって本能で分かってたんだと思う。



息が吐けなくなるまで走って後ろを向いた。

追ってくるかもしれない。

耳を澄まして音を聞き分けたいのに、自分の呼吸の音が邪魔をして聞こえなかった。

ドサリとその場に尻餅を付いた。

呼吸が整ってきて思い出すのは、おじさんの顔と左手にぶら下がっていた手。

思い出した途端吐いた。

何も食べてないし飲んでないから出るのは胃液だけなのに、吐き気はずっと続いた。

あのおじさんは死んだのだろうか。

江戸時代でも手を切られても生きてる人居たから、ダイジョブだと思いたい。

思わなかったら、そう自分を誤魔化さなかったら発狂しそうだった。

左の手首に残る感触に身震いする。

無理矢理むしり取った手の感触が忘れられない。

一生トラウマになりそうで怖くて仕方無かった。

震えが止まらないのに、かさりと音がした。

振り向く前から知ってた気がする。

やはり、そこにはウサギが2匹居た。

正直その時は自暴自棄になってたと思う。

今までなら襲ってくるの待って切り返してた。

なのに今、自分から切り掛かって行っていた。

気持ちの奥で、死んでも良いと思っていた。

人を殺したかもしれない恐怖が、自殺を選ばせた。

それが自分から切り掛かって行った理由だと、正気に戻ってから気付いた。




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