アラキまでの話
取り敢えず国境の町『バルサム』に向かう事にした。
バルサムまで2つの町を通る。
『アラキ』『アブサン』『バルサム』、バルサムから外周の隣の国『ヘベロフカ』に行ける、はず。
前回で懲りて、スカートは止めてズボンにした。
ズボンなのに剣を差してない私を御者が不審そうに見てきたから、旅でスカートは動きにくいから、とまた苦しい言い訳をした。
アラキまでの馬車はやかましかった。
馬車6台のうち2台は8人の貸し切りで、踊りと歌で国中を巡業して回る集団だと乗り合わせた商人のおじさんが教えてくれた。
アラキで1ヶ月公演して、アブサンに行くそうだ。
アラキは酪農の町で巡業を楽しみに待ってくれてるらしい。
雨の日を除いて毎晩夜になると焚き火の回りを6人が踊って、1人は歌って1人は太鼓みたいな楽器を叩いていて、乗客からも見物料のお金を取るしっかり者?の集団だった。
踊りと踊りの間に余興みたいな物を折り込んでいて、その1つに水鉄砲のような物があった。
水魔法を使って的に当てる物でかなりの威力があった。
じっと見ててもやはり魔力の流れを掴むことは出来なくて、諦めているけどやっぱりがっかりしてしまった。
「これからも『アラック劇団』をご贔屓に」
団長らしい太鼓のおじさんが踊りの1番最後に乗客へ言った。
みんなゾロゾロと馬車に戻る。
最近あちこちで魔物の被害があるから、夜は安全な馬車の中で寝るよう御者が毎晩言って回る。
中には御者の話を笑い飛ばして外で寝る人たちも居るけど実際に経験してる私は1番に馬車に戻った。
馬車に戻ると商人のおじさんが私を掴まえて眠るまでのお喋りだと色々話した。
この国には『アラック劇団』のような集団が大小いくつもあって、国中を巡業して歩いているそうだ。
劇団の話が一段落付くとこの大陸の話しも出て、真ん中の大国『アスティカ』は戦争が好きだとか、大臣と司祭で権力争いをしているとか面白く話してくれた。
「周りを囲む5か国は大陸の武力を恐れているが実際に戦争になって被害が大きいのはこの『バイトラ』と反対側の端の『テジ』だけだ」
「どうして?」
不思議になって聞いたら嬉しそうに長々と話してくれた。
「いいかい『バイトラ』と『テジ』の間の3国は大国との間に高い山脈がる。だから大国が攻めるなら両端の『バイトラ』か『テジ』から攻めないといけないんだ」
おじさんに言わせれば山脈は『竜使いの死神』の領域だからマスティカの軍も手出しが出来ないのだそうだ。
おじさんは中の3国『ヘベロフカ』『ピスコ』『ダタンカ』は呑気に暮らしてると言った。
「違う説に、中の3国は食べていくのに懸命で攻めても旨味がないから放置しているとか言うのもあるな」
「本当に貧乏なの?」
「ヘベロフカは貧富の差が激しいようだな。わしらは国をまたいでは商いせんから話だけだが、各国を回る冒険者はそう言っておる」
「他の2つの国も?」
「ピスコまでは冒険者も行くがダタンカの話は聞かんな」
反対側のテジの情報もほとんど無いらしい。
「大国は広いからな、真っ直ぐテジに向かって横断してもバイトラの端からヘベロフカの端まで行く以上の距離があるからそうそう行って帰ってくる奴がおらん」
聞いていて何と無く理解できた。
地図の上からでもかなりの距離だから行って帰ってくるのに1年とか掛かりそう。
「バイトラから大国への国境は2つ、下の国境は最近封鎖したから王都アラックから行ける国境とバルサムから行く国境しかない」
「封鎖したの?」
「ああ、荒廃した荒れ地だから大国も放置しておる。開拓しても作物も育たん」
もしかしたら…私が最初に飛ばされた所?
その可能性が高いけど聞くリスクを考えると怖いから聞かなかった。
「おじさんは『竜使いの死神』って見たことある?」
「あんなのに興味を持つな。あいつの姿を見た奴は口封じに殺されるぞ」
「え…」
思わず固まってしまった。
殺される…でも会わないと反対の大陸には行けない。
危険でも日本へ帰るためには会いに行くしかない。
そのためには結界を消して会いに行けるようにしないと…。
「大国も『死神』を捕らえようと躍起になっておる。あいつを従えれば『魔の大陸』も大国の領地に出来ると言ってるそうだ」
「そんな事が出来るの?」
聞き返したらおじさんが笑った。
「大国の司祭は魔法で竜ごと縛れると思っているらしいな。しつこく城に来るよう命令してるらしいが1度も来ないらしい」
「行ったら捕まるんでしょ?普通行かないよね」
「そうとも、城に結界を張って待ち構えてる所に誰が行くか」
おじさんは『ざまあみろ』と暗い外に向かって言った。
「だが、もし『死神』が大国の操り人形になったら、この世界は地獄になる」
おじさんは『竜使いの死神』がこの世界で1番魔力が高い、と言った。
ふ…ともう1人のAランク冒険者を連想してしまった。
「Aランク冒険者はもう1人居るんだよね?おじいさんって聞いたけど…」
「ああ、10年ほど前から寝たきりで、今は魔力も尽きているらしい」
「何処に住んでるの?」
「大陸の1番下の海辺の町だ。孫の少女が世話をして居ると聞いてるな」
「そうなんだ。そのおじいさんは利用しようと思わなかったの?」
「しなかった、いやさせなかった、が正解だな」
「させなかった?」
首を傾げておじさんに聞いた。
「じいさんの得意な魔法が結界魔法だからな。司祭すら寄せ付けなかったそうだ」
「おじいさんのお孫さんは魔法を使うの?」
「そんな話は聞こえて来ないな。使えていたら噂になってるだろう」
頷いてたら、おじさんは驚く話をし始めた。
「魔法は遺伝じゃないと言われているが、親が魔法使いならその子の半分は魔力が高い」
「ならおじいさんの子供は高かったの?」
「孫娘の親は冒険者をするくらいには魔力があったはずだ。先の魔物討伐で夫婦とも死んだ。確かもう1人居たがそっちはまるっきり魔力は無かったはずだ」
「魔物…」
息が喉につかえた。
「それって100年も前の話じゃ…」
「マスティカは公表してないが30年前に起こってるのさ」
「…30年」
「それでじいさんが孫娘を引き取ったんだ。じいさんと息子はあまり仲の良い親子じゃなくてな、息子は若い頃に家を飛び出していたから孫の存在も息子が死ぬまで知らなかったんじゃないか」
「おじいさんがお孫さんを可愛いがってくれてると良いな」
「どうだかな、偏屈なじじいだからな」
おじさんな気の無い返事をしてあくびをした。
次の日の昼間、空を『竜使いの死神』が飛んでいた。
遠くて、やはり竜には見えなかった。
「奴が飛んでるって事は魔物が動いてる証拠だ。今夜辺り危ないかもしれん」
おじさんが空を見て『疫病神が』と憎々しげに言った。
竜使いと魔物の動きが関係してるとかちょっと信じられない話に思えた。
「明日にはアラキに付くってのに」
他の商人も空を見ておじさんに同調していた。
「頼んだぞ」
乗客たちが御者台の冒険者たちへ口々に言っていたけど私は信じてなかった。
だけど、おじさんの予言は当たった。
翌朝明るくなり始めた頃から遠くに魔物の雄叫びが聞こえて、それがあっという間にズンズン肉眼で見えるまで近付いた。
御者は外に寝ていた乗客を放置して懸命に鞭を振るった。
それなのに狼の魔物の集団は馬車を囲んで追ってくる。
「馬車を止めるなっ!」
冒険者の1人が大声を上げた。
真ん中の御者台に居た冒険者が魔法を唱え始める。
魔法が見られる。
それが私を行動に移させた。
馬車の窓枠に掴まって少しだけ顔を出した。
「顔を出すんじゃないっ!お前が狙われたら同じ馬車に乗るわしらも襲われるんだぞ」
おじさんは叫びながら振動で乗り出していた私の腕を思い切り引いた。
狼の群れは馬車を引いている魔物に襲い掛かる。
「えっ、嘘…」
悲鳴のような叫び声を上げて先頭の馬車が止まって後ろに付いていた馬車が先頭の馬車の後ろにぶつかるように止まった。
辺りに生臭い臭いが充満して『うわぁ!』とどの馬車の御者のか分からない悲鳴が聞こえたと思ったら馬車が鈍い振動で揺れた。
体当たりされてるっ!
状況に付いていけなくて悲鳴も上げられなかった。
2度目でも慣れるはずもなく、体当たりの振動にひたすら堪えた。
この前も馬車は走れてたから今回も多少壊れても大丈夫だってその時は思い込んでた。
どーん、とぶつかる振動に馬車が不自然に揺れた。
グラグラして乗っていた馬車が横倒しになった。
私の側から地面に倒れて、私の上におじさんが落ちてきた。
落ちてきたとしか言えなかった。
反動を付けて…。
衝撃と大人の男の重さで息が出来なかった。
馬車とおじさんの間に挟まれて、全身が痛い。
下になった肩が悲鳴を上げていて足は両方とも感覚が無かった。
上側の胸から脇腹まで『ぐにゃ』ってしてる感じで、おじさんの重さで肋骨と背骨が『折れた』と本能が叫んでいた。
おじさんが私を踏み付けて起き上がろうとして、肺が潰れて口から内臓が出てきそうだった。




