兎に角村か町へ
本当に、本能だったと思う。
手に触る物を手当たり次第に投げた。
ウサギを追い払う事しか頭に無くて必死だった。
気付いたら2匹は逃げて1匹は直ぐ側で倒れていた。
「…え?」
本で良く読む我に返るってこれだと思った。
自分の笑い声で自分が泣きながら笑ってるのに気が付いて大泣きした。
もうごちゃごちゃで、あの時どっちの感情が勝ってたのか後から考えても良く分からなかった。
死んだらしいウサギから目を背けたいのに見ないではいられなくて、私は顔を両手で隠して指の隙間からウサギを見ていた。
そうしたらまた頭の中に数字が出た。
数字の下に何かマークがあった。
数字の最初の1つだけ2桁で後は全部1桁だった。
この子、弱い?
その時は自分が石で殺しちゃったのに気付かなくて、これで危険が去った事が凄く嬉しかった。
ホッとしたら、引っ掻かれた二の腕の痛みと両手の痛みが急に強くなった。
両手を開いて見てみると、石と草で切ったらしく両方血だらけだった。
「…あ」
顔に違和感があった。
かぶれた時みたいな痒みと、…血の臭い?
「あ…」
何かしたっけ?
首を傾げて考えてたら、指の隙間からウサギを見ていたのを思い出した。
「あ、もしかしたら…顔に血が付いてる?」
そーっと頬に指を近付けた。
「あ…」
この微妙なざらざら感。
顔に泥が付いた感覚にちょっと似ていた。
「…水探さなきゃ」
時間が経ってるからこびり付いてる気がする。
この顔じゃ町に入れない。
もうため息しかなかった。
「…兎に角歩こう」
多分もう2時間もすれば暗くなる。
夜行動物が近くにいたら危険だ。
よろよろ立ち上がってからウサギを見たら、もう姿が無くなっていた。
どうして?
思わずウサギがいた場所を二度見して、額に手を乗せ掛けて慌てて手をどけた。
もっと酷い顔になったら敵わない。
ため息を付いて両手を見たら、頭の中にまた文字と数字が並んだ。
これは誰の?
まさか私?
ギョッとしながら見てみる。
1行目は読めない文字の横に『1』とあった。
その下は数字の15。
次は数字の12。
ゲームみたいにこれが私のHPとMPなら、即ゲームオーバーだと思うくらい低い。
更にその下は8と9がいつくも並んでいた。
ゲームならスピードとか耐性とかだよね。
数字しか書かれてないから、どれが何を指してるのかまるっきり分からない。
「…低すぎて不吉な予感しかしない」
もう何回付いたか分からないため息がまた出た。
暗くなってきて、周りの空気が変わった気がして仕方無かった。
神経がピリピリして風の音さえ気になった。
暗くなるまでに町に着くのはもう絶対無理。
それでも、ここで止まってしまったら全部諦める事になる気がして、意地でも足を前に進めた。
その時、後ろからカサカサと背中がゾクゾクする音が聞こえてきた。
振り向いたのは条件反射だと思う。
またウサギ。
気が付いたら走り出していた。
逃げ切れる、とかそんな事考えてる余裕無かった。
重い靴で必死に走った。
きっと本能が『逃げろ』って走らせてたんだと思う。
それでもウサギの方が圧倒的に速くて、後ろから体当たりされて前につんのめった。
前に回転しなかったのは靴が重かったからだと思う。
心の叫びは、怖い、殺される、助けて、消えて、の無限のループで絶望と恐怖しかなかった。
背中に乗られてはね除ける事も出来ない。
もう駄目…。
グシャグシャに引っ掻かれながら、それでも顔を隠してる自分が滑稽で声を上げて泣き出したかった。
どれくらいだろう。
私には凄く長く感じたけど、多分長い時間じゃない。
うつ伏せに近い私を起こしたかったのか、ウサギは両手で二の腕や背中を掴んで引っ張ってきた。
着ていた服がごわごわで掴みにくかったからかウサギは私を引き起こせなかった。
起こすのを諦めたからか後ろから首に噛み付かれそうになって、咄嗟に両手で首を庇ったらその手に噛み付かれた。
あまりの痛さに絶望で目の前が真っ赤になった。
【私はこんなところでウサギに噛まれて死ぬんだ】
そう頭の中に過ったらもう怒りしかなかった。
その後の事は夢中でうろ覚えだけど、多分あれが火事場の馬鹿力ってやつだと思う。
わめきながら背中からウサギを振り落として、向き直って思い切りウサギを突き飛ばした。
逃げようしたら左ももで『カチャカチャ』って何か金属がぶつかり合うような音がした。
腰に手を伸ばしたのは本能だと思う。
聞き慣れない音にナイフだと思ったのは、きっと死にたくない一心からだ。
気が付けば、目の前に死んでるウサギがいて、私の手には長さ50センチくらいの剣が握られていた。
「…何で…剣」
抜いた記憶は曖昧だった。
でも剣を持ってる手がパンパンに張っていた。
もうキャパが限界で、ドタッとその場に倒れ込んだ。
「何処から出てきたのよ…」
薄れていく意識の中で、自分の声がエコーみたいにボワンボワンと聞こえていた。
目が覚めたら、真っ暗だった。
…終わった。
私は完全に諦めモードだった。
夜中歩いても、もう町に着く気がしない。
今日中に着けなきゃ明日帰れないのに…、いつの間にか町に着けたら自分の世界に帰れると思い込んでた。
まるで夢から覚めた感じで、体から力が抜けた。
そんな時、目の前の暗い空がぼんやりと薄明かるくなって、吹く風が変わった気がした。
「…もしかしたら、夜明け?」
自信無いけど、空の様子が夜明け前に思えて、意識は変わり行く空にのめり込んでいった。
夜明けの朝焼けを見ていたら少しづつだけどやる気が戻ってきて、大きく胸一杯息を吸い込んで、私は勢いを付けて立ち上がった。
歩き出す前に、ウサギを見た。
認めたくないけど、認めたくないけど…。
「…私が、…私が殺したんだ…」
ウサギに向けて手を合わせ、心の中で『ご免なさい』を何回も言った。
初めて命を殺した…。
その現実が受け止めきれなくて重かった。
歩き出そうとして、目の前を何かが動いた。
「え?…」
今まであったはずのウサギの亡骸が無くなっていた。
「…何で…?」
ホラー映画を見た時より怖くてゾッとした。
周りには誰も居ない。
ウサギの亡骸が消えた理由が分からなくて、悪寒で体がぶるぶる震える。
「…助けて」
答えてくれる人が居ないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
その時、また頭の中に読めない文字と数字が出た。
何で?
不思議に思っていたら、数字の横の箱みたいなマークがチカチカと点滅し始めた。
どのくらいその点滅を見てたのか。
見てる内に、まさか押すまで消えない?
そんな疑問と焦りが生まれる。
でもどうやって?
直に押すのは無理、ならどうやって?
試しにボタンを押す動作を頭の中でイメージしてみた。
そうしたら、ステータスの隣にゲームのアイテムボックスみたいな物が出てきた。
「…これって…本に出てる時空間魔法?イン何とかってゲームの倉庫みたいな感じの物?」
その箱にはウサギの姿と『2』が表示されてた。
「ウサギが2?まさか2って最初のも?」
驚きすぎて逆に冷静になれた。
「もし本当なら…」
取り出すイメージを頭の中に浮かべたら、ウサギの亡骸が1体だけ地面に出た。
「嘘…本当…」
恐々ウサギを見下ろすと、ポンと消えて箱に戻った。
自分から試したのにその現実に着いていけなくて、ポカンとしてたら箱の上の文字が日本語の【倉庫】に変わってウサギの姿が『ウサギ』に変わっていた。
ここは本当に本かゲームの世界かもしれない。
倉庫とか、急に出てきた剣とか、日本なら有り得ない事が平気で起こる。
「あ…剣…」
そっと…左足に手を伸ばしたら、腰ベルトに吊るされた剣の鞘が指に触れた。
一瞬目を瞑って空を仰いだ。
否定したいけど、自分が置かれた現実は否定するには重すぎる。
「兎に角、町まで歩こう。何が何でも日本に帰らないと…」
そこから町までの間で、5匹のウサギに襲われた。
それでも幸運だったのは、最初の時みたいに複数で現れなかったから勝てなくても追い払えたし、1対1ならまだ勝てるチャンスもあった。
幸運にも倒せた3匹は倉庫に入れた。
もし売れたら…帰れるまでの生活費に出来るんじゃないかって思ったから。
倉庫の中を何度も見たけど、ウサギしか入ってなくてがっかりだった。
これが本当に本かゲームなら最初の軍資金は用意されてるはずだよね。
ならきっとウサギが軍資金になるんだと思った。
それに…、5匹目を倒した時、頭の中でレベツアップの音を聞いた。
これって、やっぱり、やっぱりだよね。
手を見て、頭の中に自分のだと思う画面を出した。
見ると読めない文字の横が『2』に変わっていた。
やっぱり文字の後ろは『レベル』らしい。
「あ…」
いつの間にか、帰れるまでの生活をどうするか、って考えてる自分に気付いて怖いと思った。
何故?
何か体がむずむずして、嫌な予感しかない。
そして…、改めて意識が最初に戻った。
何故ここに居るのだろう。
何故、私?
納得できない事はもっとあった。
…何回考えても答えは見付からない。
「先ず、町に行こう。その先は着いてから考えよう」