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千獄の天歌  作者: よしふみ
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最終幕    千獄の天歌/血みどろ不帰の竜宮決戦!

千獄の元凶、『シナズヒメ』……圧倒的なその力の前に敗れ去ってしまった天歌とラカン。だが、この武に愛された獣らが、そのまま黙って死ぬわけがない。


呪いを巡る血と戦いに狂った物語……だからこそ、かがやく愛と慈悲もある。

千獄の天歌、最終章です。

最終幕   千獄の天歌/血みどろ不帰の竜宮決戦!



 ―――温かいな……お湯……?

 ―――ふむ。いい香りじゃ……花のような、密のような……甘く、やわらかな……。

 ―――……姉さま……?



『ほう。気がついたようじゃな?』

「―――え」

 蓮華姫は目を覚ましていた。目を覚ました直後に、彼女は怯えなくてはいけなかった。黄金色の瞳と、水色の髪をもつ魔物……『シナズヒメ』がすぐ目の前にいるのだから。

 恐怖に駆られた蓮華姫はその場から逃げようとするが、大きな衝撃がその身に伝わり、湯船のなかへと逆戻りするハメになった。

「な、なんじゃ……これ?……手、手枷に鎖……?」

『そう。おぬしは囚われの姫じゃからのう。それは相応しい格好であろう?』

「しかも……裸って?こ、この変態!」

 少女は湯船のなかにもぐるようにして、幼気な若い肢体を『シナズヒメ』の視線から隠してしまう。湯船にもぐった蓮華姫には、また新たな疑問が湧いていた。

「……なんで、風呂?」

『体をキレイにするためじゃ。食べるにあたり、泥がついておるのはつまらんじゃろ?』

「た、たべる……っ」

 血の気が引く言葉であった。ガタガタと震える蓮華姫。彼女のみせたそのリアクションを、魔物はいたく気に入ったようじゃ。カラカラと高らかに笑っていた。

『嘘じゃ。おぬしのような細身、食ってもつまらぬわ!』

「……また、貧乳いじりか……」

 なぜ死霊にまで貧乳でいじられなくてはならぬのか、蓮華姫は腹が立ってしょうがない。

『……まあ、そう怒るな。ムダに怯えなくてもよいぞ。おぬしを苦しめるつもりはない』

「……どうせ、殺すのだろう?」

『殺すというか、身代わりにするようなものかのう』

「……どういうことじゃ?」

『おぬしを我が子にするつもりじゃ。養子に取るようなものだ』

「よ、養子?本気か……貴様は魔物の霊長だろう?魔王を継げとでも言うのか?」

『魔王など、どうでもよいことよ。わらわの願いは、かねてよりただ一つだ……ほら。これを見てみるがよい』

 『シナズヒメ』はガラスの玉を湯船に落とす。蓮華姫は、お湯の上に漂うそれにつながれた手を伸ばして、手前に引きよせてみる。

「……ガラス球……なかに、何かがあるな……白い骨……っ!人骨か!」

『そう。とても小さな子であった。かわいそうにのう……それは、わらわの腹におった命なのじゃ……』

「……お前の、赤ちゃん……?」

『そう。わらわは都が落とされた日……ショーグンの命により、冥刀十三振りにて人柱とされた……』

「うむ。そう聞いておる。魔道に堕ちたお主は、地獄の扉を開き、この地を千獄へと化した……そう伝わっておるぞ」

『ああ。わらわは確かに世界を呪った。地獄のケモノに死者の群れ、それらを解き放ち、あらゆる生ある者を憎み、破滅を祈った。ヒトが持つ邪悪に嫌悪してのう……』

「……たしかに、ヒトは残酷じゃ。だが、それだけでもあるまい。魔道に堕ちた果てにあるお前でさえ、我が子を悼んでいるじゃないか」

『フフフ。わらわは悼んでなどおらぬぞ?』

「え?」

『……わらわはシドーの愚行をこの竜宮から観察しながら、いろいろと考えを巡らせておった。この竜宮は龍神の城。さまざまな古文書を読み漁ることも出来た。黄泉の女王たる地位に就いたわらわを、冥府の番人どもも拒みはせなんだ。多くを学び……機会に気がついたのじゃ』

 機会?蓮華姫は顔をしかめる。ロクな思いつきではないだろう、直感がそう告げていた。

『シドーを泳がし、龍の出現を待っておった。最悪、ヤツがあやつる屍龍やお前の姉である琥珀でも良かったのじゃが……思いのほか、質のいい新鮮な龍が手に入って幸運じゃ』

「……『新鮮な龍』。自分をそのような言い方で表現されるとはな。まるで、魚か何かにでもされた気分じゃ」

『褒めてやったのに、そう怒るでない』

「フン。それで、『新鮮な龍』で何をしたかった?」

『器にしようと考えている』

「器?」

『そうじゃ。わらわの腹から生まれるはずであった我が子……冥刀十三振りを刺され、流産してしまった、わらわとショーグンのあいだに出来た子だ。その子の魂を呼び出し、そなたの肉体へと移して復活させるつもりじゃ』

「……ほう、私を入れ物にして、中にお前の子の魂を入れるか……器、なるほどまさにそうだな……しかし。おぬし、ショーグンの妻だったのか?」

『四番目のな。わらわは龍神の血が濃かった。あの男は、わらわの血を求めたのだろう。世継ぎを作るためだけの交わりに過ぎなかったが……腹に子がいることが分かったときは、不思議じゃのう。好きでもない男の子供でさえ、愛おしかったぞ……』

「……だが、その子は……」

『ああ。生まれる前に死んでしまった。呪いの贄の一つとなったのだ。哀れなことに、もう魂が宿っておった。わらわの子は、生まれもする前に、『こんがり童子』の一体となってしまった……』

「そんな……」

『哀れな我が子。この世に生まれる歓びも知らなければ、母たるわらわの顔も声も温もりも知らぬ……ただただ、永久に身を焼かれる苦しみに囚われているだけじゃ……知っておるか、蓮華姫よ?この東の地を呪っているのはわらわだけではないぞ?……むしろ、死せる子らの慟哭こそ……この地にあふれる『こんがり童子』たちこそ、この地を千獄たらしめているのじゃ。わらわを斃したところで……この千獄、永劫に終わることなどない』

「そ、そんな……」

『つまらぬ話だろう?みじめな子供とその母親の話だ。この地には、これぐらいの悲劇はあふれておろう。でも、当事者からすれば、他のどのようなことさえ霞んでしまうほどに重たく苦しい。この現実が、ただただ辛いのじゃ』

 『シナズヒメ』が湯船のなかに入ってくる。蓮華姫は、彼女から遠ざかろうとするが、鎖でつながれているせいで、そう遠くまで逃げることは出来なかった。『シナズヒメ』の手が、少女の裸身に触れてくる。

「さ、さわるでない……おなご同士ではないか」

『おなご同士だ。少々、良かろう?……ふむ。つるつるした肌をしておるな、胸のふくらみはイマイチじゃが、うつくしい顔をしておる。わらわにも似た髪の色……なかなか愛着が湧いてしまうぞ?……よいぞ、そなたならば、いい我が子になろう』

「……私の人格はどうなる?」

『大半が消えて無くなるが、残りカスぐらいは残る。まあ、生まれ変わるようなもの。人生をやり直せると思えば、面白くないか?』

「……死と同じようなものだ。喜べるはずもなかろう」

『だが、そうなる。素直にあきらめろ?……それとも、あの男に来て欲しいのか?』

「……天歌殿。そうだのう……来て欲しいか欲しくないかと訊かれれば、微妙だな!」

『ほう?微妙と?』

「こーんなところで死ぬのはゴメンだ!悪いが、お主の子供の『代役』などやりたくないわ!私は、私でいたいに決まっている!……でもなあ」

 蓮華姫は考える。冥刀十三振りとの死闘、天歌は、あれに負けてしまった。

「……情けない話じゃ!お前に負けてしまった!それは、朝からゾンビの群れや疫神や、ラカンにシドーにサカキに、それに、見知らぬ女とまで喧嘩したあげくのことじゃから、まあ、疲れておったのだろう!万全ならば、お前にも負けぬわ、きっと!」

『ふふ。あれも相当に頑丈なモノノフよのう』

「……だから……今は、もう休んで欲しい……これ以上のムチャをすれば、きっと、あの人は死んでしまう……そりゃ、まだ出会って四日目だ。夫婦としての歴が浅すぎる……夫婦とはいえ、出会って数日の女のことなど、放っておけばいい!」

 ―――じゃないと、死んでしまうよ……。

『―――アレも退かぬ男だが、蓮華よ、そなたもまた意固地な女よのう。そなたが喜ぶかは分からぬが……水鏡を見てみるといい。我が術で、湯船に映してやろう、あの男が今なにをしておるか……』

「……え?ここに、映るのか……?」

 蓮華姫は恐る恐る、湯をのぞき込んでみた。それは最初は揺らいで、しばらくすると鮮明になり、天歌を映し出していた。戦っていた。いつものように、彼はひたすらに戦っている。斬って、斬って、斬りまくっている!

「天歌殿!……良かった、死んでなかった……」

『死にかけておったが、妙な縁がアレを救ったようだ。お前にはどうでもいいことかもしれんが、ラカンも来ておる。アレは、わらわを討つつもりだろうの』

「……ラカンは責任を感じているらしいからな」

『千獄を開いた罪にか?……不器用な。ミカドのように図々しく、罪の意識を考えずに野心へと邁進するだけでも良かろうに』

「……お前、ラカンが嫌いじゃなさそうだな」

『憎しみがないわけではないが、お腹の子供を死に追いやったのはショーグンじゃ。そのショーグンを殺したのがラカン。わらわの復讐の代わりをアレはしてくれたようなもの。それほど憎んではおらぬ』

「……二人は今、どこまで来ておるのじゃ?」

『竜宮に乗り込んだと思っておるのか?』

「ああ。あの二人、負けたままで逃げるような性格はしていない」

『半分以上、登り切っている。鬼神のごとしだな。わらわにやられて、開き直ったのか、また新たに開眼してしまったのか、強くはなっている。で。どうする?ここまで来れば、わらわは全力であれらを仕留めるしかない。不本意だがな』

「……来てくれたことはうれしいが。帰って欲しいな……死んで欲しくはない」

『わらわも雑事が増えるのは好かぬ。そなたの声を伝えてやろう。上手く追い返せ。それが皆のためじゃろう?わらわは、そなたを必要以上に苦しめたくはないのじゃ』



「ハア、ハア、ハア!」

 さすがに呼吸が辛くなっていた。何階まであるんだ、この螺旋階段は?百階どころじゃないほど登ってるってのに、終わりが見えやしねえぞ!

 古代の鎧武者たちは、右から左から襲いかかってくる。だが、それらの古代武者たちの動きには、もはや天歌もラカンも慣れてきた。容易く躱せるようにはなったし、急所を突いて殺すことも難しくなくなってきた。

 ただし、数が多い……。

 この塔に乗り込んでから、もう一時間以上か?脚をつかって、できる限り戦いを避けて来たつもりだが……もう、二人で百体近くは敵を倒していた。ラカンも息があがりはじめている。

「……順を変えるぞ!天歌、しばらく私が前衛で道を開く!私のあとに続け!」

「……へへ。悪いな。んじゃあ、後ろは任せろ!」

「まあ、後ろが楽とも言わないがな!」

 ラカンが再び階段を上り始める。死霊たちの群れを力ずくでこじ開けて行く。天歌は、背後から来る敵の群れをあしらいながら、しばらく足止めすると、階段を素早く駆け上ってラカンに追いついた。

 体力の限界が近づいている……それをお互いが分かっていた。だが、戦いにおいて弱音を吐くような生物では彼らはないのである。

 ―――そんな状況下で、蓮華姫の声が塔のなかに響いてきた。

『―――天歌殿。もう、ムチャするな!』

「……蓮華?」

『そうじゃ。ああ、ほら、よそ見するな!敵だらけじゃ、敵に集中してろ。こっちの声は何となく聞いておれ!』

「……ムチャクチャ言うなよ。テメー助けに来たんだ、気になるだろうが?」

『そ、そう言ってもらえると、思わずはにかんでしまうのだが……いや、いくら何でもムリであろう?リョウゼンやシドーどころではない、『シナズヒメ』が相手じゃ。今日は、いくらなんでも疲れている。そろそろ帰って休め。私は、また今度でいい……』

「んな悠長なこと言ってる場合か?」

『……なぜ、私を助けてくれようとする?』

「はあ?」

『私など、この世に星の数ほどいる貧乳女の一人に過ぎんぞ。出会ったのだって、たった四日前ぐらいのことだ。交流を深めるようなコトもしておらん。祝言だって適当なものだった。夫婦といっても、冗談みたいな夫婦じゃないか』

「はは。まあ、そーかもな」

『ならば。私にこだわらなくても良いではないか?……私なんて、助けてくれなくてもいい。私は、たくさんしてもらったぞ?……リョウゼンを倒してもらった、タツガミの里を守ってもらった、シドーも倒せたし、姉さまの魂も解放できた……たくさんしてもらった』

「……だから、なんだ?」

『……だから!だから、もう十分だ!そこまでしてくれなくていい!そなたは血を流しすぎた!疲れておろう?苦しかろう?痛みだって、あちこちにあるはずじゃ!辛くないはずがない!』

 蓮華姫の叫びが塔のなかに響いていく……天歌は止まらない。彼は、ラカンと再び交替すると、敵の群れに突撃し、次々と斬り捨てていく!

『もう、止めてくれ、天歌殿!それ以上やると、ホントに死ぬぞ!死んじゃうんだぞ、このバカ!帰れ!貧乳女は世界に星の数ほどいるってばッ!!』

「……アホか、お前」

『あ、アホとは、なんだ!』

「貧乳女が世界に腐るほどいるからってどーした?それが何の意味がある?そいつらがいくらいたからって、テメーになれるわけでもねえだろうが」

『……そ、それは……じゃが、私を助けてもらっても、何をそなたにしてやれる?たくさんのことをしてもらった……だが、そなたに私はその代わりに何をしてやればよい?』

「んなこと聞くからアホなんだろうが?」

『アホとか貧乳とか!失礼だ!』

「アホで貧乳だろうが!」

『なにを、この戦闘狂亭主!』

「……こんなキツい戦場で夫婦喧嘩か。貴様たちらしくはあるな!」

 黒麗刃を振り回しながら、ラカンが敵の群れを吹き飛ばしてみせた。彼女の槍術のキレは数段増している。黒麗刃・魔槍モードに慣れてきているのだ。

『夫婦のことにお前だけは口出しするな、このお邪魔虫!私亡き後、天歌殿の後妻にでもなってみろ、かならず三代以上は祟ってやるからな!』

「……逆恨みしてくれるなよ」

『とにかく!さっさと帰れ!このままじゃ、本当に、たどり着いちゃうだろ?『シナズヒメ』だぞ?世界一強い魔物だ!魔物の霊長だ!ヒトが戦って勝てるようなヤツじゃない!命賭けてまで、私を取り戻してどーするんだ!私は、こんな恩になど、報いきれない!』

「……だから、アホだと言ってるんだ」

『なんだと、この戦闘狂!こっちの気持ち、ちょっとは分かれ!死んで欲しくないんだよお!そなたに、死んで欲しくないから、こんなに叫んでいるんじゃないか!!』

「んなもの、こっちも同じだろーが!テメーに死なれたくねえから、ここまで来たんだ!それぐらい、分かれっつーんだ、このアホ龍!」

『アホ龍?変な呼び名で呼ぶなああ!』

「だいたい、さっきから、お前取り戻してどーするんだとか言ってるが、そもそも、テメーの言い分なんざ、オレは聞いちゃいねえんだよ!」

『な、なにおう!?』

「テメーに何かして欲しくて、オレさまはここまで来たんじゃねえんだよ!見返りが欲しいなんて、誰がいつ言った!オレさまはなあ、ただ、自分がそうしたくてここまで来ただけなんだよ!」

『……天歌殿が、そうしたくて、来てくれた……』

「そうだ!それだけのことだ!テメーを助けたいから来ただけだ!」

『……天歌殿。そう言われると、なんだかくすぐったいではないか!』

「はあ?」

『見返り必要なく自己犠牲を捧げてくれるなんて……なんだソレ、愛みたいじゃないか』

 その言葉に第三者であるはずのラカンの方が赤面してしまう。

「愛だか何だかしらねえが、テメーはどうなんだ、蓮華!」

『え?えーと……?』

「どうなって欲しいかだけ言え!オレのことなんて、今は気にするな!テメーがどんなことになりたいかだけ、叫んで伝えろ!」

『私……私は……帰りたい!天歌殿のそばに、帰りたいよ!帰って、また色々話したり、喧嘩したり、もっと、色々なことをしたい!……助けて、天歌っ!!』

「―――おう!任せてろ!!」

 天歌が笑う。獣のようなあの迫力で!そして、彼はまた敵の群れへと突撃していくのだ。恐るべき速さと力、そして技の切れ味はますます強くなる―――ラカンは苦笑する。獣が愛のために戦うか?これはまた、壮絶なものではないか!

『……ホンマ。小娘の恋愛にまつわる叫びは、聞いてて心がキュンキュンするわい』

 銀色の大タヌキが、にやにや笑顔でそうつぶやいていた。螺旋階段の風のような勢いで駆け抜けてきたそのタヌキは、天歌に代わり、最前列の骸骨武者の群れへと飛びついた。その巨体を暴れさせ、骸骨武者どもを粉砕していく!

「……フン。遅かったな」

『これでも全速力や。死都じゅう走ったあげくの階段やで?……乙女の体力的にはこれが限界っちゅうもんやでー』

『あら、だらしない。けっきょく、若いフリしてるだけの古狸なのよ!』

 金色の大キツネが宙を駆け、つむじ風の鎌を呼び出し、死霊どもを刻んで捨てる。

「玉藻か。よくぞ追いついた。ごくろう」

『えへへ♪ラカンさまの命令ですから、玉藻、全力出すに決まっているじゃないですか』

 ラカンは、この塔に入るさいに、地面に槍をつかって書き残していた。

 全軍、突撃せよ。

『シロキジさん率いる後続部隊も、すぐそこまで追いついていますわ。ですから、もう後ろは気になさることありません。大牙さんも、あれで中々やりますし』

「大牙って誰だ?」

『赤色坊主のことですわ、ラカンさま!』

「ああ。鬼の力を封じた僧侶殿か」

「フン。さっさと追いつけって言ってくれ。おい、お里、ちょっと最前列でぶちかませ!ちょびっとだけ休ませろ、それから後はオレが最前列だ!」

『フフフ。ああ、ええよ。天ちゃんと蓮華ちゃんのためなら、うち、がんばったるで!』

 タヌキがその全身に焔を召喚する。焔のタヌキは、恐ろしい勢いで階段を上っていき、迫り来る死霊どもを焼き尽くしながら撥ね飛ばしていく!

 天歌はその隙に精神を集中させ、呼吸を整える―――。

 疲れ切っていた手脚に新たに血と酸素を送り込むようなイメージで、何度かゆっくりと呼吸する。心拍数が落ち着いていくのを感じる……ケガは治らないが、呼吸のリズムは修復できた。これで、まだまだ戦いつづけることが出来るだろう。



「これだけの敵を二人で斬り捨てたっていうのか……とんでもないや」

「さすがは我らの頭領ですな」

 大太刀で死霊を斬り捨てながらシロキジはつぶやく。大牙は鬼の腕で敵を握りつぶしながら、階段上部をあおぎ見た。だいぶ、追いついている……さすがにアヤカシのタヌキとキツネほどには脚が速くはなれないが。

「大将たちのために、退路を確保しないといけないからね。僕ら鈍足にも見せ場があるってことです―――みなさん、僕は先行グループとこのグループのあいだに突撃して、適当に数を減らしていきます」

「私もご同行しましょうか?」

「……いえ。一人で大暴れするほうが、みんなに迷惑かかりませんから」

「なるほど。『赤鬼塚の大牙』……暴虐の赤鬼、『富嶽丸』を殺して食し、その属性を帯びた盗賊……それが貴方でございましたね」

 ―――そう。この赤鬼。

 理性を捨てて暴れるときが、最も強く派手なのである。

 大牙は人外の跳躍力を見せて、螺旋階段のあいだを数メートルの高さずつ跳び越えていく。しばらく行って、後続部隊から離れた彼は、死霊があちこちから自分を見ていることに気がついた。

「目立ってる?……まあ、たまにはいいじゃないか、僕みたいなのが、大暴れしたって?」

 『赤鬼』が解放される。鬼の浸食がすすみ、もはや半身以上が鬼の赤い皮膚に覆われてしまう。髪の毛がどんどん伸びていき、髪のあいだから角まで生えていた。大牙が、いや、赤鬼が咆吼する!

『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』

 ただ、その圧倒的な力と比類無き頑強さを使い、大牙は死霊どもを蹴散らしていく。技などない。ただの力任せ!それでも、骸骨武者どもの巨体を、またたく間に切り裂き、潰していく!天歌ほどではないものの、最近、この坊主、戦いの熱気にハマり始めていた。



「……腹を決めた!天歌殿に助けてもらうぞ!」

 風呂をあがり、『シナズヒメ』が用意した生け贄用の白い服に着替えながら、囚われの姫君はそう断言する。『シナズヒメ』は残念そうだ。

『どうやら、ふたたび無益な殺生を見せるハメになりそうじゃのう……やれやれ、そなたに恨まれるのは、なんとも辛いことよの』

「ふん。私の仲間たちを舐めるでない。大冒険を乗り越えて、ここまで来たのだ!」

『たしかに、修羅を極めつつある者たちばかりよ……わらわから逃れられれば、この世の支配者として君臨するような器どもだ。しかし、その器も、わらわによって砕かれる』

「……そうはならん」

『どうであろうな?……さあ、そろそろ夜明けじゃ。儀式には朝陽のかがやきが要る。わらわの子の魂を継いだ『こんがり童子』もここに呼んでおる』

「……あれ、その『こんがり童子』は」

 『シナズヒメ』が手招きで呼び寄せた『こんがり童子』……その童子の腰帯には、金平糖の入った袋が結わえられている。あの日、蓮華姫と出会った『こんがり童子』であった。

「そうか……お主、たくさんの魂を継いでおるのじゃな」

『顔見知りか。世間は狭いのう』

「……のう。『シナズヒメ』。こやつらをお前の行おうとしている以外の方法で、救ってやることは出来ぬのか?私の身では、世界にあまねくこの不幸な幼子どもを救いきれぬじゃろう……」

『憎しみと怒りで燃ゆる戦の焔……それが無くなれば、それら哀れな子らも生まれまい。ゆえに、永久にそのような救いは来ないのだ』

「……現実というのは、厳しいものだ。たしかに、憎しみは止められん。怒りも消えて無くなることはないのかもしれん……だが、永劫無限の苦しみを、救う手立ては本当に無いものか。神仏にさえムリなことは、誰にもムリなことなのか……」

『……永劫無限……そうじゃのう。来い。わらわは、わらわの子だけでもそれから救ってみせるわ、そなたの肉体を使ってな』

 『シナズヒメ』は蓮華姫の手枷につながった鎖を引っ張り、彼女を儀式の間へと連れて行く。そこは、竜宮の頂上である。死都の全てが見渡せるほどに、そこは地上から遠く、高い場所であった。

 星空が綺麗にかがやいて、秋の夜風はかなり冷たい。とくに風呂上がりの蓮華姫には。少女はくしゃみをした。すると、『シナズヒメ』が心配してくる。

『おお。寒いか、寒かったな。うむ、悪い。さあ、こちらを羽織っておれ』

「あ、ありがとう……私を殺す気なのに、お前、変じゃのう……」

『そなたの母になるのだ。当然であろう?』

「……母か。良い響きじゃ。お前は……憎しみだけではないな。戦をせずにはいられないヒトの強欲と、愛無き婚姻。さらには、腹に宿した子との分かれ……この時代の業そのものに苦しめられて、世界を呪った……どこにでもいる、やさしい女なのかもしれん」

『わらわがそんなに可愛らしいものかのう?』

「あくまで比喩じゃ。お前は確かに恐るべき魔物でもある……だが、哀しいぐらい、世界に翻弄されたヒトでもある……私は、そう感じているぞ」

『母を哀れむのなら、せめていい器として生きてくれ……』

「……いや。私は、蓮華だ。タツガミの里の蓮華。そして、天狗の妻の蓮華姫じゃ」

 朝陽が昇り始める。遠く東の海の果てに、赤い太陽のかがやきが現れていた。『シナズヒメ』は時間が来たことに気がつく。だが、彼女は蓮華姫をその瞬間、殺さなかった。

 そして。

 その数秒後に、天歌がこの頂きにたどり着いていた。蓮華姫が、歓喜の声をあげる。

「ああ!天歌殿ぉおッ!」

「……待たせたな」

「うん……っ。新婚の妻を、他の女にさらわれるなんて、末代までの失態だぞ!」

『まあまあ、うちらもがんばったんや。大目にみてや』

 お里、そしてラカンもこの頂へとたどり着く。

「フフ。元気そうでなによりだ、蓮華姫」

「ラカンか。複雑な感情もあるが、よう来てくれた。そなたがおらぬと、こやつに勝てそうにない。頼むぞ」

「任されよ……『シナズヒメ』。先ほどの戦いはよくもやってくれたな。久方ぶりのみじめな敗北……私の心を引き締め直させてくれた」

『ラカン、竜宮の猛者どもを屠りながら、鍛錬も同時にしておったか?……恐るべき才よのう。じゃが、いくら雁首揃えたところで―――冥府の女王たるわらわに、この龍の気満ちた竜宮の頂で、勝てるとでも?』

 『シナズヒメ』が冥刀十三振りを召喚しながら、宙へと浮かび上がる。お里の毛皮が激しく波立った。な、なんつー、霊威や!こ、こら、天ちゃんやラカンが殺されかけるワケやで!

『ふ、普段やったらタヌキ寝入りとか、全力で逃げ出してまうところやねんけど……ここまで来てしもうたら、もう背中に翼でも生えてない限り、逃げ場なんてどこにもないんや……『正面から倒す』!『天狗党』イズム、ここにありやでッ!!』

「だそうだ。『シナズヒメ』。いつか、テメーとは一対一でやってやりたがったが、今回ばかりは負けられねえ。総力戦で仕留めてやるぜ!」

『ハハハハハハッ!……その傲慢なほどの思い上がり、すぐさま砕いてやろう!』

 冥刀十三振りが怪しくかがやく。

 ―――来る!

 戦士どもはそう確信していた。そして、その予感は実現する。恐ろしい勢いと、もはや幾何学的なまでの軌道を描きながら、十三振りの冥刀たちが天歌たちへと襲いかかった!

『こ、こんなん避けられるかあッ!』

 お里が口から業火を吹き、迫り来る刀を焔のブレスで妨害しようとしてみる。だが、あまり効果はないようだ。彼女の体に次々と刀が刺さる。

「お、お里殿がいきなり死んじゃったッッ!!」

「そう簡単に死ぬかーい!」

 ドロン!冥刀が突き刺さった大タヌキの体が煙へと変わる。変わり身か、器用なマネを!『シナズヒメ』はその古典的な術に翻弄されたことに、やや怒りを覚えたようだ。煙とともに消えたタヌキ……その本態を探し、すぐに見つける。お里は物陰にこっそりと隠れて戦況を伺っていたようだ。

『死ね。タヌキめ!』

 『シナズヒメ』は冥刀を使わず、手のひらから雷を発生させてお里を狙った。お里はその雷を必死で避けようとしたが、躱すこと叶わず、直撃してしまう!

「いででででっ!し、死ぬ―――ッ!」

『タヌキごときが、出しゃばるからですわ!』

 大キツネが宙を駆け、『シナズヒメ』に突撃を仕掛ける。キツネが牙を剥き、雷を放つ『シナズヒメ』の片腕に噛みついていた。雷が停止する。そのおかげで、お里は感電死を免れたらしい。だが、戦えるような元気はない。バタリとその場に倒れる。

「し、死ぬとこやった……さんきゅーやでー……キツネっ子」

『フフ!救助代、後から請求してやりますから!きちんと利子つけてお払いになることですわねえ!さあ、『シナズヒメ』、このまま、腕を食い千切ってさしあげますわあッ!』

『―――わらわは拷問を受けて呪術体になった。冥刀十三振りをその身に刺されただけと思うか?数多の毒も飲んでおる。わらわの血は、灼熱の酸よ。鉄さえ、溶かすぞ?』

『え……あ、あれ、ほんと、お、お口がとんでもなく熱いですわんッ!?』

 その灼熱に耐えきれず、玉藻が『シナズヒメ』の腕から牙を外した。次の瞬間、『シナズヒメ』の平手打ちが炸裂し、大キツネの巨体が宙でくるくると回る。そのダメージの強さに、変身が解けてしまい、それどころか幼児フォームになるまで消耗してしまう。

 幼児化して落下していく玉藻を、大牙がやさしく受け止めた。

「……きょ、きょうてきにやられてるところを、たすけてみせたからって……ふらぐ、ふらぐが……ふにゃああ」

「気絶しちゃった。まあ、『シナズヒメ』と正面から戦うなんてムチャするから。僕らが来るまで待ってるべきでしたよ、玉藻さん」

 玉藻を床にそっと置き。『赤鬼塚の大牙』が巨大化した腕を振り回しながら『シナズヒメ』に近づいていく。

「初めまして。『赤鬼塚の大牙』と申します」

『ほう。半妖か。いや、シドーと同じく、後天的にバケモノと同化しただけか。なかなか、邪悪な術が好きなようだな』

「ええ。正直、シドーの残した文献があれば、読み漁りたいぐらいですよ……でも今は、天歌の親友として、根性見せるだけかな?」

 大牙は腕を巨大化させ、そして、足先からサーベルのように長い牙をも生やす。そして、我流ながらも構えを見せる。この一年、ときおり天歌に稽古をつけてもらいながら、自らも鍛錬して組み上げた体術だ。異形の身ならではの構え……なかなかの出来である。

『ほう。中々の雰囲気だな。だが、これはどうだ?』

 『シナズヒメ』が大きく息を吸い込むと、次の瞬間、氷雪の嵐を口から吐き出した。鋼のように硬い氷の飛沫が、弾丸のように大牙へと迫る。大牙は巨大な鬼の腕と、獅子牙の脚をつかって、その氷たちをたたき落としていくが―――生身の半身にダメージがたまっていき、すぐに半身が凍り付いてしまう……ッ!

「大牙殿!ええい、くそ、この手枷に鎖、なんて頑丈なのじゃあ!」

 蓮華姫は壁などに手枷をぶつけてみるが、まったくもって壊れてくれない。むしろ、蓮華姫の体を傷つけてしまい、血がにじむ。仲間たちが戦っているというのに!私だけ、こんなことでどうする!足手まといになりたくて、ここまで来たわけじゃない!

『ハハハ!半妖、どうした?アヤカシの血が足りぬのではないか?』

「―――そうでうすね、体によくないけど……こういうのも、出来るんです!」

 大牙が生身のほうの手で印を結ぶ。次の瞬間、凍り付きかけていた大牙が、巨大化する。それは、完全に赤鬼そのものだ。身の丈3メートルはある、筋肉質な赤鬼!

「ええッ!?大牙殿、そんな特技まで!(もう、完全にバケモノだよ!)」

『がぎゅるるうううううううううおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 もはや知性さえ感じない叫びをあげて、赤鬼は『シナズヒメ』に突撃していく。『シナズヒメ』はその赤鬼目掛けて、右手で雷、左手で氷の弾丸を速射して攻撃するが、いきなり物陰から現れて矢を放ってきた狩人シロキジの矢に右腕を射抜かれ、雷の弾幕が消える。

『フフ!色々と出てくるな!』

『がるうううううううううううううううううううおおおッッ!!』

 大牙の両手が、『シナズヒメ』を捕獲する。握りつぶす気か?しかし、『シナズヒメ』の体は鋼よりも頑強。まったく揺るがない。逆に、赤鬼は手首を掴まれ、その肉と骨を潰されてしまう。

「うがああああああああああああッ!」

 あまりの激痛に大牙の変化が解けてしまい、彼はその場に倒れ込み、『シナズヒメ』の蹴りで遠くまで転ばされた。

「あ、あはは。やっぱり、ヒーローになるのは難しいね……」

『ふむ。砕く気で蹴ったが、死ななかった。なかなか丈夫よ』

「……負けてもいいんだよ。僕たちは、自分たちの頭領を信じているのさ」

『ほう?それは、どういうことか?』

「―――彼らは天才なんだ。戦いの天才。力もスピードも人間を超えているわけじゃまったくない。術の才能も無い。でも、武に愛されている……どんなに強い敵だろうが、どんなに速い動きであろうが……すぐに、対応してしまうから、この千獄でも生きぬいてきた」

『……なるほどのう。たしかに……冥刀十三振り、斬撃の五月雨を、あやつらめ……しのぎはじめているようだ』

 『シナズヒメ』が天歌とラカンをにらんだ。冥刀十三振りはそれぞれに人格が宿った魔剣。『シナズヒメ』の命令がなくとも、その刀身に封じられた古の剣豪たちの魂によって最適の攻撃をしてくれる神器である。

 夕暮れ時に戦ったときは……天歌もラカンもその壮絶なまでの攻撃の前に、あっさりと散ってしまっていたが―――今はまったく異なっていた。

 猿のように跳び、四方八方から襲い来る冥刀たちを混沌の闇に誘い込んで空振りさせる天歌。剣聖サカキより授けられた突きの極意を魔槍にて再現し、威力とリーチで迫り来る冥刀を突き崩してみるラカン。ときに回転し、跳び、逃げるのではなく、むしろ冥刀に斬りかかってみせることで、冥刀十三振りを混乱させているようだ。

『……たった数分。だがしかし、その時間のあいだで、冥刀どもの動きを掌握してみせたというのか……フフフ!恐るべき才能!』

 ―――そう。

 こういうことしながら、生きぬいてきたんだよ!

 天歌は思い出す。いつも戦いだった。腹減って、他のガキからメシを奪い取るためにも。年上の坊主どもに武術を習っていたときも。いつも、戦いつづけてきた。よく負けた。そりゃそうだ、なんでも最初は上手くいかないもんだ。

 だから、あきらめなかった。みじめに負けて地面に倒されても。それでも、立ち上がって強さを求めた。何でも、最初は失敗するもんさ。二度目も難しい。三度目も、四度目も、五度目もダメかもな……。

 だけど、慣れてくる。見えてくるんだ。どんなヤツの動きでも。戦いは、シンプルなもんさ。どうにか避けて、どうにか当てるだけ。できるなら素早く。可能なら力強くだ。そういうものが細かく組み合わさっていき、結果として難しく見えるだけ。

「―――そうさ。だいぶ、見えてきたぜ」

 天歌は戦いのリズムを変える。今までよりも、少しだけ速さを上げて、力を強く込めるようにする。さまざまな方向から降り注いでくる冥刀十三振り……その動きが、その考え方が、天歌には読め始めていた。

 右から。下から。後ろから。今度は左斜め前で、今度は―――ッ!

「ここだッ!」

 バキイイイインンッッ!!

『―――まさか』

「天歌殿が、冥刀十三振りを、一つ、叩き折ったぞ!私の旦那さまじゃぞ、あれが!」

「……ああ。見えてる。もう、なれちまったぜ」

 黄金色の瞳が、強く輝いた。

 『シナズヒメ』の背筋に寒いものが走る。それは恐怖にも似た感情だ。いるのか?冥刀十三振りを折るような獣が、この世に、実在していたのか!

「―――お前に見えるなら、むろん、私にも見えているのさ」

 ガギイイイイイイインンンッッ!!

 冥刀十三振り。二本目が、魔槍・黒麗刃の突きにより砕け散っていた。

「おお!さすがは、ラカン様!」

 シロキジが矢を『シナズヒメ』に向かって放ちながら喝采を送る。『シナズヒメ』の気に障ったのか、彼女はシロキジ目掛けて雷を放ち、彼に大ケガを負わす。

 即死させるつもりであった。だが、どうやらシロキジは生きている……あの男も、龍の血にまつわる者か。北の『オロチ』……ッ!

「フフ。副官なんて、いい役回りじゃ、ありませんよね……大牙さーん……っ」

 目を白黒させながら、半焼けのシロキジは似た立場と己を評してくれた男の名前を呼んだ。ズタボロの大牙は、寝転んだまま親指を立てて意思を表明する。グッジョブ!

 そう。いい仕事をしていたのだ。命がけで、『シナズヒメ』が天歌とラカンを攻撃する機会を奪ってみせたのだ、シロキジにせよ大牙にせよ。そのあいだに、武に愛された彼らの頭領たちは、さらに、三本目と四本目の冥刀を叩き折ることに成功していたのだ!

『雑魚どもを使い捨てにするか……なかなかいい根性しておるな?』

「……使い捨てじゃねえよ。どいつもこいつも、換えなんて利かねえ、オレの仲間だ」

 天歌が冥刀の囲い込みを突破し、『シナズヒメ』に肉薄する。『シナズヒメ』は口から焔を吐いて天歌を威嚇する。その業火を天歌は横に飛んで躱した。

『天狗、貴様から、殺してやろう!』

「―――そうはさせん!」

 ラカンが魔槍・黒麗刃を『シナズヒメ』に向かって投げつけていた。唐突に投げつけられたその槍に、『シナズヒメ』は驚愕する。ラカンは自ら最強の武装を投げたのだ。守りを捨てて、攻撃を選ぶ?―――否、仲間のために、危険を顧みなかったのか!

『く!剣たちよ!わらわを守れ!』

 冥刀たちが集まり、『シナズヒメ』を守るために黒麗刃を受け止める。宙で止まった黒麗刃であるが、怪しい紫色の輝きを放ち始めた。

『―――フフ。冥刀たちよ、霊馬の身震い……そんな細身で止められやしないよ』

 あの皮肉屋な声で魔槍は語り、紫色の霊力の波動を解き放つ!それは強烈な衝撃波となって、冥刀三本を砕いてしまう。今までの戦いで、さんざん黒麗刃やサカキの剣としのぎを削ってきたのだ、さしもの冥刀とて、もはや限界であった。

『……まあ、こっちも限界だけどね』

 魔槍はそう言いながら床に落ちていった。霊力を使い果たしてしまったのだろう。

『なんて槍だ。しかし、素手になっておるのは、いかがなものかな、猛将ラカン!!』

 冥刀十三振りの残りたちが、ラカン目掛けて飛来していく。

「咲夜!」

 天歌が素手になったラカンに己の持っていた刀を投げて渡していた。サカキ……かつての師が使っていたその刀を手にしたとき、ラカンはあのたくましい剣聖の後ろ姿を心のなかに思い描いていた。

「―――斑尾の剣……その真髄。お見せしよう」

 ラカン流の『火臓突き』!師にも勝るとも劣らぬ、その神速最強の突き技で、彼女は冥刀たちの囲いをかいくぐりながら、八本目の冥刀を突きの一撃で粉砕してみせるのだ。

 そして、彼女の勢いは止まることはない。『シナズヒメ』へと接近し、ついにその間合いへと侵入を果たす。『シナズヒメ』は雷と焔でラカンを迎え撃とうとしたが―――この達人の間合いに入ったということは、極めて深刻な状況であるのだ。

 一瞬で八回。

 ラカンにとって、最速最強の攻撃剣技であった。斬撃の雨あられが、『シナズヒメ』の鋼のように硬い体へ全て命中していた。

『ぐぅッ!!』

「斑尾流、第二奥義、『雷叢』という……雷のように、速いだろう?」

 かなりのダメージを与えられた『シナズヒメ』だが、手のひらから衝撃波を発生させて、己の首を斬り捨てようとさらに躍動していたラカンを遠くにはじき飛ばすことに成功する。ラカンもラカンで、どうにか転倒することだけは回避し、体の痛みをこらえながら、戦いに備えて構え直すのであった。

『どいつも、こいつも……やりおるなぁ!たしかに技ならそなたらの方がわらわをも上回るであろう!だが、これならどうだ!』

 『シナズヒメ』が天歌とラカン目掛けて遠い間合いから氷のつぶての速射を始める。これを避け続けるのは至難の技であった。わずかながらに、彼らの身を氷の弾丸どもがかすめて、傷を負わせていく。とくに天歌の脚に氷が付着し始め、彼の動きを制限していく。

「やべえ、脚が、重ッ!」

『ハハハ!刀ばかりではない!術も、わらわの脅威―――ッ!!』

「―――どおりゃああああああああああああああああああッ!!」

 少女は叫んでいた。まるで、囚われの姫君であることを否定するために。そうだ、彼女は山賊姫である!囚われの姫君のまま、いつまでも大人しくしているわけがない!

 ドガアアン!!

 手枷であった。手枷を鈍器代わりにして、少女は『シナズヒメ』を背後から殴っていたのである。無茶な動作である。少女の肩が一発で亜脱臼して、むしろ、ケガをしたのは蓮華姫のほうであった。

『き、貴様ぁああああ!』

「私の旦那さまに、何をしておるのだ!この物の怪がッ!!」

 誇り高き姫はそう怒鳴りつけていた。『シナズヒメ』が少女のことを平手で打った。

「きゃん!」

「蓮華!」

 天歌が心配そうに叫ぶ。蓮華姫は床に転がされた、死んではいないが、ダメージは軽くないようだ。『シナズヒメ』は、彼女に手のひらを向ける。

『……新鮮な器として大切にあつかってやるつもりであったが……そうも暴れるのなら、殺しておこう。なあに、氷漬けにしておれば、鮮度は保つであろう―――ッ!?』

 殺気を高めた『シナズヒメ』の前に、ひとりのアヤカシが立ちふさがっていた。『こんがり童子』である。彼は、蓮華姫の前に立ち、両腕を広げて、かばっている。彼は『シナズヒメ』をじっと見据えながら首を横に振るのだ。

『……そんな。わらわは……わらわは、おぬしを救いとうて……っ』

「蓮華ええええええええええええええええええッ!!」

 ヨメの窮地に天歌は反応した。凍り付いた脚を無理矢理動かし、走った。氷が割れるが、それとともに、彼の皮膚も大きく裂けてしまう。だが、痛みなど無視して彼は走る!走りながら、天歌は『シナズヒメ』にサカキの脇差しを投げつけていた。

 『シナズヒメ』はその飛来物を素手でたたき落としてみせる。

『特攻が好きらしいが、そろそろ殺してやる!冥刀どもよ!』

 主に呼ばれた冥刀たちが『シナズヒメ』の周りに集合する。脚を引きずりながら走ってくる天歌は、素手である。そのようなもの、どこに脅威があろうことか!

『素手でわらわに敵うか、この愚か者がッッ!!』

「―――素手なんかじゃねえぞおおおおおおおッッ!!」

 天歌が腰に差していた古びた太刀を構えた。鞘に入れたまま、『シナズヒメ』に見せつける。その古くボロボロの見かけに、『シナズヒメ』は脅威を感じない。魔剣にしたとしても、まったくの休眠状態に見える。霊威をまったく感じ取れないのだから!

『そんな朽ちかけた剣で、なにが出来る?もはや、死ね!せめて、華々しく、切り裂いてやろう、天狗よッッ!!』

 『シナズヒメ』が冥刀どもに、天狗を切り裂けと命令を飛ばす!冥刀どもが天歌目掛けて殺到する!逃れようがない……だが、そもそも逃げるつもりなんて毛頭ねえッ!

「深谷王ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 彼は仲間の名を叫びながら、その魔剣を抜刀していた。

 ―――ただの一振り。そのときまで、彼は全ての霊威をため込んでいた。

 死にかけの老馬である。もはや、長い戦いは彼にはムリであった。ゆえに、ただ、この一瞬のために。この一撃のために、深谷王は力をため込み続けていたのである!

 瞬間、世界を白い閃きが切り裂いていた。

 深谷王白夜の霊威が光の斬撃となって……迫り来る残りの冥刀十三振りどもを粉砕しながら、『シナズヒメ』の肉体を深々と切り裂いていた―――ッ!!

『―――ば、ばかな……ッ。霊力を持たぬ者が、これほどの……技を……ッ』

 ごふり!

 心臓さえも切り裂かれた『シナズヒメ』が大量に吐血しながら、後ずさり、やがて、その場に仰向けで倒れ込んでしまう……。

「……蓮華……蓮華……っ」

 だが、今の天歌に『シナズヒメ』は見えていなかった。彼が求めたのは、蓮華姫であった。そのまま床に横たわる蓮華姫をのぞき込み、彼女の名前を呼び続ける……。

「……だい、じょうぶ……だよ……ほほ打たれただけ、生きてる……」

「……そうか……そうかよ……よかった……よかった……」

 天歌が魔剣・深谷王を離して、少女のことを抱き起こしていた。キスとかしてくれるのかなあ……と、ひそかに蓮華姫は期待していたが、夫はただただ大事そうに彼女のことを抱きしめてくれていた。血のにおいがすごかった……それだけ、彼はこの瞬間のために戦い抜いたことの証。

「……妻として、嬉しすぎるぞ……そなたのケガが……そなた心が」

 大牙とお里はその新婚夫婦の抱擁を、ニヤニヤしながら観察していた。

 ラカンは、横たわった『シナズヒメ』のそばにいた。

 朝陽を浴びながら、『シナズヒメ』はじつに苦しそうな表情を浮かべていた。

『……シドーの気持ちが分かったぞ……貴様らに関わると……ロクなことにならん……ヤツとちがって……私には、嫌がらせの一つも出来ぬがな……』

「……トドメを刺すつもりだったが、その必要もなさそうだな」

『まあのう……このまま、我は魔界に沈むだろう……死ねるとは限らんが、現世に戻ることは難しかろう……竜宮も、魔界に沈む。はやく、ここから立ち去ることだ……』

「……お前、本気で戦っていたのか?どこか、手加減を感じたような気がするぞ」

『……魔物とて、悩む……そういうことであろう……行け。貴様には役割があるだろう。ショーグンを倒し、私を生んだ。その責任を背負いたければ……この乱世、終わらせてみせよ、そなたの剣とサムライたちで』

「……ああ。地獄で見ているといい。私は、必ずや私の『歌』を完成させてやろう。皆!撤収するぞ!ここは魔界に沈む!すみやかに脱出するぞ!」

「……わかったぜ……おい、蓮華、立てるかよ?」

「うん。大丈夫。そなたこそ、脚は大丈夫なのか、天歌殿?」

「おう、ヨユーだ、ヨユー……ただ、しばらくは戦えそうにねえや」

「……それは良いことだ……戦いばかりしなくていい。たくさん、私と話をしよう……話したいことが、たくさんあるんだ……!」

「ああ、メシ食って寝て……んで、いろいろ話でもしよーや……っ」

 蓮華姫は傷ついた天歌の脚を庇うように肩を貸してやりながら、その若夫婦はこの場からの撤退を開始するのであった……。

 竜宮が揺れ始めたので、山賊とラカンのサムライたちは、さらに大慌てでこの竜宮からの脱出を始めた。階下からようやく追いついてきた後続隊は、むしろ、この撤退のためにいたようなものであった。負傷者を担いだり、引きずりながら、戦士たちはこの地獄のような戦場から退避していく……。



『……フフ……ヒトの可能性に触れたような気がしたのう……あんな雑魚どもが、またたく間に化けおった……殺戮に狂っていた獣が、少しだけ、愛を知っているような……アヤカシたちどもまで……仲間につけて…………ふふ。この世界も、まだ、捨てたものじゃないのかもしれない……』

 『シナズヒメ』は、ゆっくりと目を閉じていく……。

 ―――かあちゃん。

 その言葉に彼女は黄金色の瞳を強く開いていた。彼女を『こんがり童子』がのぞき込んでいる。

『……ここにいてはダメだぞ、『こんがり童子』よ……ここは地獄に戻るのじゃ。お前はそんなところに行きたいのか?』

 ―――いっしょがいい。

 『こんがり童子』はそう語る。ゆえに、『シナズヒメ』はその子を両腕で抱きしめてやる。焔のように熱い体だ。ヒトでは、絶対に抱きしめることなど叶うまい。

『……そうか、この世には、お前を抱きしめてやれる者さえいないものなぁ……ああ、今このときだけは、この呪われた我が身がうれしくてしかたがないぞ……』

 『こんがり童子』は笑う。初めてヒトに抱きしめられたからだ。どこにいてもバケモノと追い払われ、心を通わせたところで他者とふれあうことさえ出来ぬ、この哀れな子供たちの怨霊は、そのとき、確かに幸福を感じていたのだ。

 ―――かあちゃん♪

 『こんがり童子』を構成する数千もの子供たちの魂が、そのとき微笑んでいた。『シナズヒメ』の腕に抱えられ、安らぎの表情を浮かべて……竜宮と共に彼らは地獄へと沈んでいくのだ。

 『シナズヒメ』は『こんがり童子』を抱きしめ、愛おしそうに撫でながら、誓いの言葉を口にするのだ―――。



「いいだろう。わらわが、守ってやろう。そこが地獄であろうとも。そこが千獄であろうとも。どんな場所でも、どんな時でも、わらわがお前を抱きしめつづけてやろう。誰にも文句は言わせん。どんな魔王や神仏が相手でも守ってやる……だから、だから、お休み。わらわの愛しく、かわいい子供……」






エピローグ



 死都の大冒険を果たした山賊どもは、疲れ切った体を引きずり、どうにかこうにかタツガミの里に帰還を果たした。ラカンの軍勢たちもいっしょに来たので、里の者たちは大慌てになってしまったが、まあ、山賊たちが状況を説明したので、混乱はすぐに収まったのだが。

 三日の休養をしながら、ラカンはケガ人をのぞくサムライたちを率いて、タツガミの里の復興に手を貸してやった。タツガミの里と敵対するつもりはない。それをこの里と、おそらくは里の主である蓮華姫と天歌に伝えたかったのであろう。

 四日後の早朝。ラカンたちは旅立った。

「……東にはびこる陰陽師どもを潰す!それが、私の作戦だ!……天歌、やがてお前も国盗りに興味が出るかもしれん!この国が欲しくなったら、お前の山賊たちを引き連れて、私のところにやってこい!」

「おう。まあ、いろいろ考えてみるわ。しばらくは、この里作りなおしに集中だな」

 フラグがどうとかと言っていたキツネも、大牙とお別れである。

「……いいですこと?先の冒険で立った、さまざまなフラグ!あ、あんなもの、忘れちゃいなさいよね!」

「……え?はい、あなたがそうおっしゃるなら―――」

「こら!そんなこと言わない!……ツンデレなんですから……」

「つんどら?」

「……ああ、もう!異文化交流って、難しいですわん!」

 キツネと半鬼の恋の物語……その結末に予想をつけられる人間は少なかった。

 お里とシロキジも妙な交友を保っている。ちなみに、シロキジは思いのほか重傷であった。年齢のせいかもしれない。彼はもう一月ほどこのタツガミの里で休息を取ることにしたそうら。

 シロキジは、北海に眠る宝の話をいろいろとお里に教えている。お里は、北との交易をすることで大金が稼げるんや、とか、龍神海賊の秘宝を発見して、大金持ちやで、うへへへへ、などと夜な夜な天歌に相談を持ちかけてきている。

 霊馬どもはタツガミの里につけると、あっさりと武器から馬に戻れたという。黒麗刃はそのままラカンに従うことを決め、もちろん、深谷王は天歌と蓮華姫の愛馬であることに誇りを持ち続けていた。

 


 千獄の地は……いまだに死霊悪鬼がはびこる地獄以下の地である。リョウゼンなどが殺されたせいもあり、政情はより不安定になっている。代官不在の結果、山賊どもが各地で暴れ始めているのだ。さらにはミカドの側も、また何人もの代官を東に送り込み、西と東の対立はいまだに収まる気配はない。

 死都の主は冥府へ戻ったが、死都そのものは荒廃しきったままそこにある……。

 なかなか、世界は変わらない。



 蓮華姫と天歌はそれなりに夫婦として成長を見せたのか……というほどでもない。年齢が若い彼らのこと、落ち着きも無く、毎日のようにバカなケンカをしているようだ。山賊やバケモノとの戦いに駆り出されることも多く、それなりに忙しい日々にある。

 彼らは若い。

 これから、彼らがどのような道を歩むのか……。

 山賊に戻るのか。

 それとも、豪族として村を治めるのか。

 魔道極めし邪悪な者どもとの戦いを求めてみるのか。

 はたまた、ラカンと合流して国盗りのためにミカドと戦うのか。

 北海の財宝を目指し、異国の海賊どもとの熾烈な戦いと冒険日々を送るのか。

 ―――それはまだ、彼らには未定でる。

 だがしかし。

 彼らのような冒険と戦いを愛する者どもが、小さな里にいつまでもいれるはずがないのは明白のこと。そのうち、馬に乗り、この千獄の地を、あるいは千獄の世界を越えてはるかな大地の果てまで旅をして、その英雄物語が歌として三千世界に広まる日も、そう遠い日ではないのかもしれない―――。



                              おしまい。


長くて血なまぐさいお話を読んで下さり、ありがとうございましたm(_ _)m


天歌や蓮華やラカンたちを、ちょっとでも気に入っていただければうれしゅうございます。腕力的に強いキャラが見せるバトルの濃さ、そして、強くて厳しい連中でなきゃ書けそーにない慈悲というモノを、少しでも表現できたなら嬉しいもんですが……。まだまだ、修行がいりやすぜ。これからも、精進ですにゃあ……つかれたけど、たのしーのね、小説書くって。物語を妄想するって……今度は、SF書いてみたい。あと、超絶パワーなスタミナ系マッチョが活躍するの。


だって、もうすぐ、NFLアメリカのプロのアメフトっすーが開幕するわけですからね。ワクワクです。おいらの今日は、16年9月5日……読まれてる方はどの季節でしょうか……時間を保存できるのも、文章の良いところですね。


ではでは、またの機会にぃ、お会いできたらしあわせでぇす。


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