最終話『繋がる想い』
――五郎が姫条家に突入しようとしていた一方、姫条家では、美冬の想定外のことが起きていた。
「……! ご主人様……どうしてここに? 今日は重要な会議があるとお聞きしているのですが……」
「何か妙な予感がしてな。切り上げて戻ってきたのだ」
美冬の前に現れたのは、美冬の主人――アルマンだった。
大変なことになったわ……。早く五郎君に知らせないと……。
「では私はこの辺で失礼いたします」
「どこへ行く。貴様にはなつこと接することを制限したはずだが?」
「……はい」
「今日は私に付いておれ」
「……かしこまりました」
なつこ……。五郎君……。神様、どうにか二人が見つからないようにお願いいたします……。
★
五郎は、裏門の前を警備している使用人や、裏庭を警備している使用人とアンコンタクトを取り、通してもらった。こんなにすんなり通してくれたのは、恐らく美冬さんが予め言っておいてくれたからだろう。
そして裏口から屋敷に入り、廊下を進み、すぐ左にあるドアをノックする。
「……何の用?」
元気のない返事が返ってくる。
「あの……なつこちゃん」
「えっ……! その声……五郎……!?」
ガチャンッとドアが開き、なつこちゃんが僕に抱き付いてきた。
「なつこちゃん……久しぶり」
「ええ。ずっと会いたかったわ!」
こんなところを誰かに見られたら大変なことになるのだけれど、それよりも嬉しさの方が勝ってしまっている。良かった。本当に来てよかった。
――しかしこの時、監視カメラを通して、一番見られてはいけない人物に見られてしまっていることに、僕らは気づかなかった。
「とりあえず、中に入って。ゲームしましょう!」
いつものように、なつこちゃんが明るく提案してくる。
「久々に会ってすることは……ゲームなんだね。なつこちゃんらしいね」
「ふふっ、最初に会ったときもゲームしたじゃない♪」
ゲームがキッカケで僕らは同調して、ゲームを通して仲良くなって……。僕らは知らず知らずのうちにゲームに支えられていたのかもしれない。
「なつこちゃん。最近オンラインゲームやってないんだってね」
「え……どうしてそれを……?」
テレビゲームをしながら会話をする僕ら。
素直に楽しみたいが、僕には話さなくてはいけないことがある。
「桜ちゃんが教えてくれたんだ。君がこの前会った女の子……実は僕の友達なんだ」
「!! ……その話はあまりしたくないわ」
なつこちゃんのテンションが明らかに下がった。
ゲームのコントローラーを床に置き、うつむいている。
「単刀直入に言うよ。君達は友達になれる」
「そんなの……不可能よ」
「いいや、不可能じゃない。僕がここにこうして来れたのと同じことだよ。……君は本当はわかっているんじゃないの? 桜ちゃんが君のことをどう思っているのか」
なつこちゃんの表情は暗いままだ。……ということはつまり、諦めたわけではないってことだ。
好きの反対は嫌いではなく無関心だって言うし、何も心残りがないなら、桜ちゃんのことを話しても反応しなかったはずだ。
「でも私……友達じゃないって言われて……」
「うん……そうらしいね。だけど、君が彼女を嫌いになっていなければ、仲直りはできるんだよ」
「どういうこと……?」
良い反応だ。この様子ならきっと二人は友達になれる。……いや、もう既に友達なんだと思う。
「それは直接会って話さないと。僕の口から桜ちゃんの思いを言うわけにはいかないよ」
「会えないわ……。アンタがここに来れたのもたまたまでしょ?」
「いや、計画を練って来たからきっと、また来れる……」
「――ほう。計画とな? いったい誰がこの小僧に助言したのだろうな?」
突如ドアが開いた。
そこに居たのは数人の使用人たちと、以前パーティーで一度見たことがあるからわかる……なつこちゃんの父親だ。
僕は使用人達に捕まり、身動きができなくなる。
「そ、その人を離しなさい!」
「誰が貴様の言うことなど聞くと思う? なあ美冬よ」
「……」
なつこちゃんの父親は顔こそこちらを向いているが、その声を向けた先はドアの外。この位置からは見えないが、そこに美冬さんがいるのだろう。
そうか、美冬さんも一緒だったのか……。この人に限っては、この突入計画をバラすことは無いだろう。すると、どうして見つかったのか、疑問ではあるが――そんなことはどうでもいい。
「なつこちゃんのお父さんですね……? ぐっ……イダダダ……」
「おいお前、気安く喋りかけるんじゃねえ」
腕を背中で捻られてしまった。
……こいつ、ゲームセンターの時の金髪ツンツン頭か……。うわ、スキンヘッドの男もいる。
「まあよい。コイツを私の部屋に連れてこい。……どうやら今回が初めてでは無いようだからな」
なつこちゃんの父親は僕の顔を至近距離で覗き込んだ後、去っていった。
僕は、部屋の外に連れ出される際に、美冬さんに一つ頼んだ。
「あの……ポケットの中身出してください」
僕が小声で言うと、美冬さんは戸惑いながらも僕のズボンのポケットから、数枚の紙を取り出した。
そして僕は、使用人達によって身動きが取れないまま、連行された。
「――して、貴様はどういうつもりでなつこと接触したのだ」
部屋に着くなり、なつこちゃんの父親は高級そうな椅子に座り、僕に質問をしてきた。
「どうもこうもないですよ。友達だからです」
「その言葉を信用するやつはここには一人も居ない」
なんだこの人……、わからず屋じゃないか。
「男が女に接触する理由は一つ。……いや、この家の娘である以上、もう一つありうるな。それが何か、わかるか?」
「わかりません」
家がどうとかじゃない。一人の人間として好きだから、そばに居たいと思うんだ。
「一つは身体目当て。もう一つは金目当てだ。……恐らく貴様は後者の方だろう」
「何かを目当てに人付き合いをするなんて、馬鹿げている……」
「なんだと?」
「あなたはなつこちゃんの気持ちを考えたことがありますか?」
ずっと気になっていた。この人の方こそ、何を考えているのかと。
「そんなものは知らん。あやつの気持ちなど問題ではない」
「あなたがなつこちゃんの親なら、大きな問題でしょう? 子供は親の道具じゃないんですから」
「あやつは未熟だ。だから親として最善の方法を考えているではないか」
普通の高校生の僕がこんな大金持ちの、名家のトップの人間を説得できるかわからないが……怯んだら負けだ。こうなったら全部ぶつけてやる。
「最善? 父親のあなたにとっての最善が、なつこちゃんにとっても最善なのだと本気で思っているんですか?」
「そうだ。今は反抗的な態度をとっているが、やがては私に感謝するようになるだろう」
僕らが言い合っている間に、なつこちゃんが部屋に入ってきた。しかし発言はできなさそうだ。……苦手なんだろうな、この人のことが。
「感謝なんてしないですよ、きっと。自分の仮染めの姿を気に入った人と仲良く暮らすなんて、簡単なことじゃないはずですから」
「仮染めなどではない。やがては本物になるのだ」
……本物……か。そうかもしれないな。今思っていることを数年後も同じように思っている保証はない。
今のなつこちゃんの表面的なものが、やがて中身の伴ったものになることだってありえる。つまりこの人が言っていることは正論だ。だけど僕は、僕やなつこちゃんの想いを最後まで突き通す……!
「それじゃあ今のなつこちゃんの本当の姿は消え去ってもいいっていうんですか?」
「あれはただのゲームオタクではないか。堕落しきっておる。その面影が消えることに異議など無い」
後ろの壁際で体育座りしているなつこちゃんを見ると、今にも泣きそうな表情をしている。
「僕は異議あります。僕が好きなのは、今のなつこちゃんなんですから」
「……好きとな。なるほど。貴様、なつこを愛していると申すのか?」
「……はい」
僕が正直に答えると、後ろのほうからボンって音が聞こえてきた。多分なつこちゃんが赤面しているのだろう。
「ならば金輪際、なつことは会わないことだ。あやつの幸せを願うのならな」
「ど、どういうことですか!」
「貴様の存在が、あやつを苦しめるということだ」
僕が居るせいで、なつこちゃんが幸せになれないっていうのか……?
「幸せというのはその時々により、変わってくる。今のあやつの幸せなど、生涯という長い期間で考えると、ほんの小さなものなのだ。……わかるな?」
なんだか徐々に、言いくるめられているような気がしてきた。
もしかして、僕がしていることは、自分で思っているよりもずっと子供っぽくて、無意味なことなんじゃないだろうか。
「……はい」
「一生を過ごす中で、貴様のような何の力も才能もない男と、高貴で容姿もよく、優秀な男……どちらと過ごすのが、なつこにとって幸せなのか、考えてみたまえ」
一生……か。そうだな、実際、愛さえあれば幸せになれるなんて考え方は現実的じゃない。
愛があっても苦労に押しつぶされることがあるかもしれない。愛がなくても生活面での苦しみは少ないのかもしれない。
僕は、自分勝手な思い込みで、なつこちゃんの幸せを履き違えていたのかな……。
「私に……家を継ぐだけの力があれば良かったのよね……」
なつこちゃんが、下を向いたまま呟いた。
「ありますよ。お嬢様には」
声がした方を見ると、珍しく美冬さんが普通にドアから入ってくるところが目に写った。いつもは突然目の前に現れるから、こういうのは貴重だ。
美冬さんは一人の女の子を連れている。その女の子は――桜ちゃんだ。
「えっ……さ、桜……!? どうして……」
「あの……私……なつこさんに謝らなくちゃいけないことがあって……」
二人は少し気まずそうに、だけど少し嬉しそうな表情で再会を果たした。
「……どういうつもりだ? 美冬、貴様……」
「なんのことですか、アルマン様。私、本日一日限り、五郎様にお仕えすることになりました、黒影美冬と申します」
美冬さんは、本来逆らってはいけない相手に、言い切った。
僕は先ほど美冬さんに数枚の紙を渡したのだが、その内容はマッサージ券5枚と1枚のメモ用紙だった。
マッサージ券5枚によって1日だけ美冬さんを僕のメイドにした後で、メモの内容を実行してもらったのだ。そのメモの内容は『桜ちゃんをここに連れてきて欲しい』……というものだ。
「美冬……こんなことをして、今後どうなるのか、わかっているのだろうな?」
「私は今のご主人様を信じています。……どうやら、あなたが何かを予感していたように、五郎様も何かを予感していたようですね。ふふっ」
逆転の準備は整った――と言いたいところだが、僕はただ思いついたことをやっているだけなので、ここからどうなるのかはわからない。正直言って、桜ちゃんを連れてきたから何だって話だし。
……それでもきっと、何とかなる。そんな気がする。
「なつこちゃんのお父さん――いや、さっき美冬さんが呼んでいましたね、アルマンさん」
「……まだ言いたいことがあるのか、小僧」
小僧と来たか……。
「あなたはさっき、今のなつこちゃんの考えは今後の人生にとっては無意味、みたいなことを言いましたよね?」
「事実、そうだ。あやつが傍若無人な態度をとったところで、現実では何にもならない。あやつには何も成し遂げられないのだ」
「いや……大事なものを得ているんですよ。もちろん現実で」
そうだ。なつこちゃんが桜ちゃんと話をしたのは一回限りじゃない。
会ったのは一度きりかもしれないけど、もっと前から、ネットゲームを通じて繋がっていたんだ。
「どういう意味だ?」
「友達ですよ。あなたはさっき、男が女に求めることは二つあると言いましたけど……女の子同士ではどうなるんですか? 友達と認めなかったら、何になるんですか?」
「フン……。そこの娘は先日、なつことの友人関係を否定したと聞いているが?」
ここに来て、全てが繋がって来た。この人のやり方が、全部で無くても間違っていると証明できる材料が、ここにはある。
「桜ちゃん……。頑張って」
僕は後ろへ振り返り、桜ちゃんに声をかけた。
「うんっ。あの……なつこさん。この間はごめんなさい……!」
「……ううん、いいのよ……わかっていたことだから」
桜ちゃんの性格を考えると、黒服の使用人達に歯向かうことは不可能だった。それ故に、なつこちゃんはわかっていたんだろう。
「でも……本当はね、私……なつこちゃんのこと、友達だって思ってる……。勝手かもしれないけど……友達でいたいから……」
「ほ、本当に……?」
なつこちゃんは驚いている。きっと心のどこかで、もしかしたら嫌われているんじゃないかって思っていたのだろう。
「……うん」
「嬉しいわ! ……私達、これからはずっと友達よ!」
なつこちゃんは桜ちゃんの手を取って飛び跳ねている。
「いいの……?」
「うんっ。ありがとね。こんな状況に出会すなんて、思わなかったでしょ?」
「うん……だけど五郎君が背中押してくれたから」
二人とも僕の方を見てくる。僕のおかげなのかどうかはわからないけど、力になれたのなら良かった。
しかし何より、苦手としている人達に見られている中、桜ちゃんはよく頑張ったと思う。
「どうですか、アルマンさん?」
僕はなつこちゃんの父親――アルマンさんに向き直る。
「どうもこうも……よくわからんものを見せられただけだが?」
「わからないんですか? なつこちゃんは、自分の力で友達を作ったんですよ? これはきっと、あなたの言う通りに生活していたら出来なかったはずです」
「……そうかもしれないな。だが、あやつのやり方は認められん。私は私のやり方でこの家の未来のために、素質のあるやつに継がせ……」
「――あの、一つよろしいですか?」
美冬さんが口を挟んできた。
「私はずっと、お嬢様……なつこのそばにいたので感じるのですが、なつこ自身にも、この家を継ぐに値する能力があると思います」
「何……? あやつが私の跡を継ぐと言うのか?」
「はい。それが可能かと」
美冬さんの提案に、僕はポカーンと口を開けて見ていることしかできなかった。僕の周りに居る黒服の使用人たちも唖然としている。
「ありえない。あやつに才能なぞ無い」
「確かに今のままでは無理でしょう。……しかし、あなたがその気になれば、きっと気持ちは変わると思います」
「そもそもあやつにはやる気がないではないか」
「それを変えてくれるのが、五郎様です。彼ならきっと、なつこを良い方向へと導いてくれると思いますよ」
なんだか、僕となつこちゃんは買いかぶられている気がするが……それよりも、自体は急変した。さすが妻だ。最終的に夫を説得できるのは、妻しか居ないのかもしれない。
「……しかし納得がいかん。お前が言うことのどこにも説得力が無い」
だんだんと……夫婦っぽい会話になってきた。見ているこっちとしては少し居心地が悪い。
「説得力……ですか。私のことを信じられなくなりましたか?」
「いや、そういうわけではないが……」
「……見てください、なつこの友達――桜ちゃんを」
美冬さんが桜ちゃんを指差すと、桜ちゃんは顔を赤くして、あわわわわ……と落ち着かなくしている。
「……お前の学生時代にそっくりだな」
衝撃の事実が発覚した。
美冬さんの学生時代は、今の桜ちゃんのような雰囲気だったのか……。
「そして、五郎様は若い頃のあなたにそっくりですよ。ふふふっ」
え……。そ、そうなのか!?
この場にいる全員が驚いた表情をしているが、二人の会話は続いていく。
「あなたもなつこの幸せを願っていることはわかっています。だけど、人の人生を決めつけちゃいけないんですよ。自分の子を……信じてみましょう?」
「……はぁ。仕方ないな。自分のようにはなってほしくないのだが……楽をさせることが幸せとも限らないみたいだしな……」
――どうやら、この対決の決着が着いたようだ。美冬さんによって。
「パパ……」
声がしたので後ろを振り向くと、なつこちゃんは泣いていた。
これはきっと、悲しい涙じゃないのだろう。
☆
「パパが私のことを思ってくれていたなんて……初めて知ったわ」
僕らは、使用人達に開放された後、以前パッキーゲームをした白い部屋のソファに座って話をしていた。
「ずっと目の敵にしてたもんね」
「人の表面しか見ていなかったのは私の方だったのね……」
なつこちゃんは、表面的な自分を好きになる人のことを嫌っているが、自分もまた、目に映る人の姿しか見ていなかったことにショックを受けているみたいだ。
でもきっと、人の本当の姿なんてなかなか気づけないものだ。僕だってアルマンさんの若い頃にそっくりだって言われて、ショックだったんだから。
「なんにせよ。万事解決したわけだし、良かったよね」
なつこちゃんの外出禁止令も解け、美冬さんは以前と同じようにメイドとしてなつこちゃんをそばで支えていくみたいだ。
「呑気でいいわね……アンタは。アタシなんてこの家を継がなきゃいけないのよ?」
確かに、なつこちゃんはいずれ、今のアルマンさんみたいにものすごく忙しい生活を送ることが決定したようだし、憂鬱なんだろうな。
「大変そうだね……。やっぱりその手の才能がある人に継いでもらうほうが良かったんじゃない?」
「ううん、それはお断りよ。……それで、式はどうする? 籍もいつ入れるか考えとかなきゃね」
「え……? 何の話……?」
「だってアタシ達……結婚するでしょ?」
よく考えてみたら、さっきもそんなような話になっていた気がする。
っていうか僕、親御さんに、娘を愛しているのかって訊かれて、はいって答えちゃったんだよね……。
「結婚って……。まだ付き合っても居ないし、早すぎるよ」
「言われてみれば、確かにそうね。じゃあとりあえず、今日から私達は恋人同士ね。よろしくね!」
「まあ……うん、よろしく」
「なんだかテンション低いわね……。もしかして、桜のほうが良かった?」
うっ……。そうだ僕、桜ちゃんにも告白されていたんだった。
「え……冗談のつもりで言ったんだけど……黙るってことは、図星なの?」
「い、いや……。僕は、なつこちゃんだけを好きで居るよ」
僕は自分自身にも言い聞かせるつもりで言った。
なつこちゃんは顔を赤くしているけど……これは一大決心だ。もう迷わない。
――ガチャン
「五郎くん~、私ぃ……ずっとらいすきれすからぁ……」
部屋になんか入ってきた。
「えっと……桜ちゃん?」
「なんれすかぁ……?」
なんでろれつが回っていないのだろうか。
と、そこに美冬さんが現れた。この二人は別室で遊んでいたはずなのだが……。
「あの……お客様用のお茶菓子がですね、只今これしかなかったのでお出ししたのですが……それを口にした途端、桜様のご様子が一変してしまいました」
美冬さんが持ってきたのは、洋酒入りのチョコレート。
桜ちゃん、昔からこういうの、一個でも食べると酔っ払っちゃうんだよね……。
「五郎……どういうことよ。今、桜がアンタのこと、大好きって言ってたわよ」
なつこちゃんにジト目で見られる。
「えっと、好かれるのもダメなの……?」
「ええ、それも立派な浮気よ」
僕の未来の雲行きが怪しくなってきた。
「では私もダメ……なのですね」
あれ……。美冬さんの顔が赤い。
「えっ、もしかしてママ、それ食べちゃったの!?」
「ちょっと待ってなつこちゃん。その言い振りだと、まさか美冬さんもお酒に……?」
「ええ。ものすごく弱いわ。しかも本人は弱いって自覚がないのよ」
タチが悪いな……それ。
「ご主人様ぁ……」
甘えた声で近づいてくる美冬さん。
「気をつけて、五郎。ママは酔うと抱き着いてくるから」
――むぎゅう。
「言うの遅いよ……なつこちゃん」
「ご主人様ぁ……ぎゅぅぅぅ……」
「なんか……見ているとムカムカするわ。何かしらこの感覚」
「さ、さあね」
もしかして、自分の母親に嫉妬しているのだろうか。
と言っている間に、桜ちゃんがいなくなっていることに気づく。
「あ……なつこちゃん。桜ちゃん探して。あの子酔っ払うとすぐにどっか行っちゃうから」
「なんだか早速、慌ただしくなってきたわね。でもまあ、楽しいから良いわ♪」
桜ちゃんを追って部屋を飛び出していったなつこちゃんの表情は、いつにも増して笑顔だった。
「ご主人様ぁ……ちゅう……」
「うわっ!」
気を抜いた瞬間、美冬さんにキスされそうになった。
……なつこちゃん、色んな意味で厄介な親を持ったな……。
「っていうか離れてください!」
「イヤですぅ……」




