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illusion  作者: 海東翼
8/10

第8話『サクラ咲き、舞い落ちる』



 なつこちゃんが起こしに来なくなってから、2日が過ぎた。

 なつこちゃんに起こされるようになってからは目覚ましを掛けなくなっていたので、一昨日は完全に寝坊した。

 昨日も目覚めが悪かったし、今朝もそう。

 そして、変化はもう一つあった。

 桜ちゃんが学校に来なくなったのだ。


「……考えてみたら……前と同じ生活に戻ったはず……なんだよな……」


 ふと授業中に寝たフリをしながら呟いた。

 ……ああ……今日は天気悪いな……。

 窓の外は雲が広がり、暗くなっていた。


「…………んん……?」


 いつの間にか、眠っていた。

 午後の授業ももう終わりの時間だ。

 どうやら僕は雨の音で目を覚ましたらしく、外を見てみるとドシャ降りだった。


「きりーつ……礼……着席!」


 終わりの礼だけ周りに合わせて……無気力な一日を送っていた。

 放課後……傘を持っていない僕は、一向に止む気配のない雨の終わりを待てずに、帰路についた。

 これでいいはずが無い。……僕が行動に出ないと……。諦めたら本当に何もかも終わりなんだ。

 髪の毛から雨の滴が垂れるのを見ながら僕は……扉を開いた。

 ――カランコロン


「いらっしゃいませ……って、貴方は……! ど、どうしたんですかその格好……」

「傘忘れたんだ……」

「今日は雨だって数日前から天気予報で言ってましたよ?」

「そっか」


 そんなもの、全く気にしていなかった。


「ところで今日は、抱きつかないんだね」

「えっと……仕事着なので、濡れるとこの後営業できなくなっちゃうんです……」


 もともと客の入りは悪いが、今日は雨降っているから客なんて誰も……

 いや……いるのか。珍しいことに。

 もしかしたらこの店員さんのおかげかもしれない。ハッキリ言ってとても可愛いから。


「あぁわかった、色々理由つけて傷つけないようにしてるけど、本当は僕が嫌いになったんだね」

「ち、違いますよ! その……この服、脱げば大丈夫です。……人前では恥ずかしいのですけど、どうしてもというのなら……」

「冗談だよ」


 僕の周りには、何かあるとすぐに服を脱ごうとする人が二人もいるのか……。


「あ、あの……タオル持ってきますね!」

「うん……ありがと」


 バカなやり取りしている間に、ドンドン身体が冷えていく。もう手足の感覚はほとんど無い。

 ――ドタタタタタタッ

 何か騒がしいな。


「あ、あの……雨でビショビショの人が居るって聞いたので、もしかしたらと思ったのですけど……!」


 慌てて店の奥から駆けてきたのは、私服姿の桜ちゃんだった。


「やっぱり五郎君だったんだね……。……来て!」


 桜ちゃんは……僕の手を引っ張って店の奥へと入って行った。

 二階に上がり、すぐ右にある部屋の中に入るように促される。

 しかしここはどう見ても桜ちゃんの部屋だ。……ビショビショの服で入るわけにはいかない。


「ストーブ入ってるし、誰もいないから安心して服脱いで!」


 おお……桜ちゃんがハッキリと喋っている。珍しい。


「……ぬ、脱がないなら私がその……脱がせちゃいますっ!」

「わかった。自分で脱ぐから……」

「では私はお父さんの着替えを持ってきますね」


 ……どうか、パンツまでは持ってこないでくれよ……。

 でも持ってこなかったら持って来なかったで、下着はどうすればいいんだろうか。

 やっぱりそのままでいいか。


「あ、あの……! 下着なんですけど……」


 扉の向こう側から声を掛けられる。

 下着の解決策があるのか……?

 いや、自分のはビショビショだし、人ん家のオジサンのパンツも嫌なんだけどな……。


「えっと……男の人って、他の人が使っている下着を履くのは嫌だと聞いたことがあります。……けど、女の人のは……その……大丈夫というかその……」

「え……何が言いたいの?」

「わ、私ので良かったら、ど……どうぞ……」


 ……新発想ではある。


「……それをやったら、人として終わりだよ……」


 そんなことをするくらいなら、履かないほうがマシだ。


「では、新しい物があるか、探してきます!」


 ……幼なじみの女の子に替えの下着を探させるのって……ものすごく恥ずかしいことなんだね。今ものすごく実感しているよ。

 っていうか女の子の部屋で服を脱いで待つというのは、ものすごく罪悪感なんだけど……。

 いや……背徳感か……?

 ……うーん……雨に濡れた状態で来るんじゃ無かったな。


「あ、あの……!」


 再びドアの向こうから声を掛けられる。

 一応脱いだ服で隠してるけど、全裸だからものすごく恥ずかしい。もうホント消えてなくなりたい……。


「見つかりました!」


 未使用のパンツが見つかったらしい。


「……でもどうやって受け取ればいいんだろうね」

「わ、わわ私、目瞑ってますから! 取りに来てください……」


 ところで、なんでさっきから敬語なのだろうか、この子は。


「あの……置いてってくれればそれが一番安心なんだけど……まあ、いっか」


 一周回って冷静になっている僕は、もはや方法とかどうでも良くなってきていた。

 ……が、


「そ、その方法がありましたね……」


 と、桜ちゃんは聞いた途端に行動を始めてしまったため……ドアを開いた瞬間、僕らは目と目が合った。

 僕は瞬時に彼女の手から下着を奪い取り、ドアを閉めた。

 躊躇せずに奪い取るという部分が大事だ。

 考えても見ろ。手に持っているものをグイグイっと引っ張られたら、目線はどこを向く? ……そう、手元だ。手元まで目線を下げられたら間違いなくアウトだった。

 ……と、なんだかんだで危機を乗り越えた僕は、ややダボダボの服に着替え、桜ちゃんに服一式を渡した。……どうやら乾燥機で乾かしてくれるらしい。


「ありがとね、桜ちゃん」

「ううん……いいの。こういうの、好きだから」

「いつも家事、一人でやってるの?」

「うん。楽しいよ」


 家事を楽しいって思う感覚は、僕にはわからないな。

 料理も洗濯もほとんどやったことないし。


「すごいね……僕も将来、君みたいなお嫁さんが欲しいよ」

「えっ……?」


 桜ちゃんは急激に顔を真っ赤にしている。

 何故だ? そんなに恥ずかしいこと言ったかな……?


「……えっと、ところで……」

「あ、あの……! 大丈夫だよ……、五郎君がここに来た理由……私、わかってるから……」


 どうやら、変に気を遣わなくていいということらしい。


「じゃあ単刀直入に訊くよ。どうして、学校来なくなっちゃったの?」

「……私……酷いことしちゃったの……」

「え……」

「心の中では友達だって思ってるのに、怖くて、言えなかったの……」


 なんだ……? 話が見えないぞ……?


「どういうこと? 誰に言えなかったの?」

「あの……いつも五郎君と一緒に登校して来てる……なつこさん……」


 そうか……そういうことか……。

 だからなつこちゃんは、全部要らないなんて言ったのか……。

 怖くて言えなかったという桜ちゃんの言葉から察するに……あの日あの使用人達が現れたのは間違い無さそうだ。


「なつこさん……きっと私の事、嫌いって思ってる……。私さえ居なければ……傷つかなかったから……」

「…………それは違うよ。君が居なくてもなつこちゃんは戻ってこなかった」

「……どういうこと?」

「わからない。あの日を境に、突然現れなくなったんだ」

「じゃあ……やっぱり私のせいで……」

「だから……違うんだ。もし、君の考えていることが正解だったとしても、思い悩むのは違う。だって、今からでも――取り戻せるんだから」


 あの時なつこちゃんは桜ちゃんのこと、嫌いなんて言っていなかった。……むしろ、今あるもの全部捨ててでも、友達になりたかったんだと思う。

 ――だったら、一発逆転の可能性もある。


「桜ちゃん。今でもなつこちゃんのこと、友達だと思ってる?」

「……うん」

「じゃあ、仲直りしよう」

「えっ。でも……」

「でもは無し。直接会って、謝るんだ」


 そうだ、きっとそれで全て解決する。


「うん……。だけど、なつこさん……来なくなっちゃったんだよね……? どうやって会ったら良いんだろう……」


 ……考えてみたら、そうだ。

 いつも向こうから会いに来るため、こっちから会う術を知らない。


「あ……そうだ、桜ちゃんはなつこちゃんと、ネットゲームで出逢ったんでしょ? ならそのゲームを使ってメッセージを……」

「それが……。あの日以来、ログインしなくなっちゃったみたい……」


 これはいよいよ、打つ手がなくなったみたいだな……。

 ――いや、考えてみたら、一つだけ方法があるじゃないか。


「直接彼女の家に、行ってみるっていうのはどうかな?」

「なつこさんの家に……?」







 次の日の放課後、二人でなつこちゃん家の前まで来た。


「……すごい家だね……」

「僕もそう思うよ」


 しかしいつもと雰囲気が違う。

 なんだろう……前よりももっと近づき難い雰囲気が漂っているような……。


「本当に会えるのかな……。私……あの黒い服の人達……怖い……」


 ――! そうか、この違和感は、黒服の使用人の数の違いから来るものだったんだ。

 この前来た時に正門の方に使用人が居たのには気づいたが、その時より人数は増えているし……うわ……裏門の方にも人が居るぞ……。


「今日は厳しいかもしれない。……とても忍び込めそうにないから」

「……忍び込むつもりだったの!?」


 僕の発言に桜ちゃんはビックリしているが……その桜ちゃん、黒服の使用人の姿を見た時から身体が震えている。この間の一件でよっぽど怖い思いをしたんだろうな……。

 しかしどうする……? 恐らく、警備体制が厳しいのは今日だけじゃないだろう。するともう、なつこちゃんと接する策は本当に何も無くなってしまう。


「五郎君……私、明日からちゃんと学校行くね」

「えっ……うん。でもどうして急に?」

「えっと……内緒……」


 内緒か……。

 なつこちゃんのことは解決しなかったけど、桜ちゃんに関しては前進したようなので、結果的に良かったと言えるのかもしれない。


 そして次の日。


「おはよう五郎君!」

「あ、うん……おはよう桜ちゃん」


 予想を超えた元気の良い挨拶に少し驚いてしまう僕だった。

 なぜこんなに元気なのかは謎だけど……女心と秋の空って言うし、そういうものなのかもしれない。


「昨日ね……お父さんが五郎君にまたお店に来て欲しいって言ってたよ」

「ああ、この間はコーヒー飲めなかったからね……」


 喫茶ミトウには休日の昼間にでも行って、コーヒーを飲みながらマスターとゆっくり世間話したいところだが……最近はバタバタしてるからなぁ。

 だけど……今週末は暇だから、行ってもいいのかも。


「今度の休みの日に行くって伝えておいてくれるかな」

「うん、わかった。伝えとくね♪」


 桜ちゃん……なんだか人が変わったように明るいな……。何か良いことでもあったのだろうか。

 そして、昼休みになると、桜ちゃんがお昼に誘ってきた。


「五郎君、あのね……私、五郎君の分のお弁当も作ってきたの! 良かったら食べてくれるかな……?」


 手作り弁当を作ってきてくれたのか。

 ありがたいけど、そんなことを教室で堂々と言うのは……昨日までの桜ちゃんからは考えられないな。


「ありがとう。じゃあ早速食べようか」

「うんっ」


 机をくっつけて一緒に同じ弁当を食べるって……傍から見たらラブラブな光景なんじゃないだろうか。

 少し気恥ずかしさを感じつつ、弁当を食べ始める。

 ――パクッ


「うわ……すごく美味しいよ! 桜ちゃんって料理も上手なんだね」


 ハンバーグを一口食べたところで、その味に驚かされる。


「そ、そんなことないよ……。お母さんにも手伝ってもらったから……」 


 謙遜してはいるが、この出来は正直言って半端ない。冷めても美味しいように濃い目の味付けがされているのがかなりいい。

 しかも、わかめご飯との相性も抜群だ。


「……ガツガツ……ガツガツ」

「そんなに一気に食べると、喉詰まっちゃうよ……?」


 その心配通り、次の瞬間にはご飯を喉に詰まらせてしまった。


「あ……っ! お茶……どうぞっ!」


 僕は渡されたペットボトルのお茶を、喉にグイグイっと流し込んだ。


「ぷはーっ……助かったよ。ありがとう桜ちゃん。あんまり美味しいから、一気にかきこみすぎちゃったよ」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。……でも危ないからゆっくり食べようね?」


 笑顔でそんなことを言われると……なんだかこっちが照れてしまう。


「あ……ごめん。桜ちゃんのお茶、口付けて飲んじゃった。もしアレなら僕、買ってくるけど」

「だ、大丈夫。このままで……」


 少し顔は赤くなっているが、大丈夫らしい。


「あの……五郎君……」


 桜ちゃんは少しモジモジし出した。……うん、いつもの桜ちゃんだ。ちょっと安心した。


「ん……? 何?」

「わ、私を……その……なつこさんの代わりに……」

「――ねえ委員長、朝のホームルームの時のプリント、みんなの分も集めたからよろしく頼めるかな?」


 桜ちゃんの話を遮るように、クラスメイトの女子が話しかけてきた。

 そうだ、桜ちゃんはクラス委員長だった。

 一学期の始め頃に決めたことだが、当時誰もやりたがらない空気を感じて、桜ちゃんが立候補したんだ。


「うん……ありがとね」

「んじゃ、よろしく~」


 女子生徒の用事はそれだけだったようで、すぐさま自分の席へと戻っていった。


「僕もそのプリント、昼休みが終わる前に書いて出さないとだね。……で、さっき言いかけたことって……」

「な、なんでもないの! 気にしないで……」


 その様子を見る限り、気にしないで済むようなことじゃない気がするのだが……。

 弁当を食べ終わり、昼休みが終わると、平和だが退屈な授業が始まる。

 これなら、黒服の人に見つからないように神経を尖らせてなつこちゃんのもとへ向かっていた方が面白いのかもしれない。

 ゲームのように、サササっと影に身を潜めつつ見つからないように潜入する……。それができたらなぁ……。

 と想像をしているうちに眠くなってしまい……僕は机に顔を伏せて、眠りに落ちていった。


「あの……起きて五郎君……」


 ――ゆさゆさゆさ……。

 僕は、久しぶりに人に起こされたものだから思わず……


「なつこちゃん……?」


 その名前を口に出していた。


「えっ……。私、桜です……」


 ……そこで桜ちゃんが気づく。


「もしかして……、なつこさんに起こしてもらったことがあるの……?」


 起こしてもらったことがあるというか、つい最近まで毎日起こされていたというか……。

 でもそれを言ってはいけないと、僕の直感が告げている。


「いや……! たまたまその……夢に出てきたから!」


 ちょっと苦し紛れだが、ごまかそうとする。


「そんなに仲……良いんだね」


 気のせいかな。桜ちゃんは少し寂しそうな表情をしている。

 周りを見ると、もう教室には誰も居なくなっている。……僕と桜ちゃんの二人きりだ。

 夕日が窓から射し込んでいて……なんだか、良い雰囲気だ。告白とか……そういう青春っぽい雰囲気。


「あの……お昼休みに言い掛けたことなんだけど……今、言うね?」


 桜ちゃんは一度、はーっと深呼吸をして、続けた。


「私を……なつこさんの代わりに、五郎君の傍に居させてくれないかな……」


 僕は……身体が固まってしまった。

 本当に告白みたいなことをされてドキッとしたのと同時に……なつこちゃんの代わりにと聞いた瞬間……背中がゾクッとした。


「な、なんでなつこちゃんの代わりなんて言うの……?」

「五郎君……なつこさんと会えなくなってから辛そうだったから。私……なつこさんの代わりになれないかなって思ったの」


 僕が……辛そうにしていた……?

 僕はただ、つまらない日常に戻っただけだと思っていたのに……そういう顔をしていたのか?

 もしかしたら桜ちゃんの言うとおり、僕はなつこちゃんと会えなくなってから、ずっと寂しさを感じていたのかもしれない。

 ……だとしてもだ。……桜ちゃんがなつこちゃんの代わりになるなんてあり得ない。桜ちゃんは桜ちゃんだ。


「私ね……いつも窓から二人を見てたの。いつも楽しそうで羨ましいなーって。きっと、今の私じゃ五郎君に気を遣わせちゃうだけだから……だから……変わろうって思ったの」

「変わろう……ってまさか……」

「私……今日はいつもより明るくお話ができるようにって頑張ってみたんだけど……変じゃなかったかな……?」


 違和感の正体は、これだったんだ。

 桜ちゃんは、なつこちゃんを真似て変わろうとしていたんだ。


「桜ちゃんは桜ちゃんだよ。君が誰かの代わりをする必要ないし、誰にも君の代わりはできないよ」

「……それじゃやっぱり……私なんかじゃダメ……なんだよね……」

「ダメっていうか……どうして君は、そうまでして僕に……?」

「……す……好き……なんです」


 僕はもしかしたら、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


「私……五郎君のことが……好きなんですっ」


 こんな時に考えちゃダメだって思うけど……。どうしても、なつこちゃんの告白が頭に思い浮かんでしまう。

 あの時のなつこちゃん……今の桜ちゃんの表情と、似ていた。

 そして次の瞬間浮かんだのは、なつこちゃんの泣き顔だった。僕がなつこちゃんと会った最後の日に見た表情だ。

 何も……解決していない。なのに……こうして、出来事は重なっていく。


「桜ちゃん……僕はまだ……」


 まだ――君の思いに答えを返すことは出来ない……と言おうとしたその時だった。

 桜ちゃんは――僕の唇に自分の唇を重ねてきた。


「……んむ……!?」


 桜ちゃんは目を瞑っているが、不意打ちなので僕は目を開けていた。

 幼馴染みの、見たことのない表情がすぐそばにあった。それはとても綺麗で……なんだか、夢を見ているような感覚だ。

 このまま、落ちていってしまいそうなくらい……僕の心は彼女に引き込まれていた。


「……あの……その……なつこさんなら……答えを聞く前に、こうするのかなって……」


 顔を真っ赤にして、はにかみながら言ってくる。

 ……これもなつこちゃんの真似なのか……。桜ちゃんから見たなつこちゃんの印象は、事実と少し違うようだけど。


「いいの? こんなこと、僕なんかにして……」

「うん……。初めてのキスは五郎君とが良いなって……ずっと思っていたから……」

「ずっと……」

「うん……ずっと好きだったんだよ……」


 それは全く知らなかった。中学の時には、距離を置かれたのだから。


「そんなわけないよ。だって中学の時……」

「あの時は……私……迷惑を掛けたくなくて……」


 め、迷惑……? どういうことだ? 僕と恋人同士に見えるのがイヤだったんじゃないのか?


「あの……私と付き合っているんじゃないかって噂が流れた時……五郎君、クラスの男の子達に色々言われていたでしょ……?」

「いや……あれは単に冷やかされていただけだよ。って、それってまさか……そういうのを無くすために僕と距離を置いたってこと?」

「……うん」


 ……どこまで人に気を遣っているんだこの子は……。そのせいで、自分の気持ちを全部押し殺していただろうに。


「実はね……。この前なつこさんと会って色々話しているうちに、このままじゃいけないなって思ったの。なつこさんが自分の好きな人に積極的にアプローチしているのを知って……私も頑張ろうって思ったの」


 あの日二人はカフェで色々話をしたのだろうけど……まさか今まで行った憧れのシチュエーション体験記を語られていたとは全く想像もしていなかった……。

 きっとパッキーゲームとかそういう恥ずかしいことは言っていないのだろうけど。


「私も……ご、五郎君と……ぱ……ぱぱ……パッキーゲームとかやってみたい!」


 ……もう色んな意味で恥ずかしい。

 まさかパッキーゲームについても話されていたとは……っていうか、やりたいってどういうことだ。あれは好きな異性と……――ああそうか、この子は僕のことが好きなのか。

 ――いやいや! なんでこんなサエない僕なんかが二人の女の子に好かれるんだ!?


「ちょっと……家に持ち帰らせてもらっていいかな……」

「う……うん。でも、もし私の告白が重荷になるんだったら……ハッキリ、嫌いって言っていいからね。……私はそれでも大丈夫だから」


 とにかく思い悩むなということらしい。親切心が逆にプレッシャーになっているような気がする。


「大丈夫だよ。僕が君のことを嫌いなんて言うわけ無いじゃないか」


 少しうつむきかけていた桜ちゃんの頭をポンポンと撫でて、僕は教室を後にした。

 告白に答えを出すのは、なつこちゃんの問題を解決した後だ。

 

「……やっぱり今日も昨日と同じか……」


 僕は昨日に続き、今日もなつこちゃん家の前まで歩いて来ていた。

 やはり警備は厚い。というか、むしろどうして今まで裏門がフリーになっていたのか、疑問である。

 何も良い案が浮かばないので帰ろうと思った時だった。


「……五郎様……?」


 ちょうど美冬さんが通りかかった。


「み、美冬さん! どうしてここに……」

「あの……その名前をあまり外で言われると、困ります……」


 ……? 名前だけなら正体はバレないはずだけど。


「じゃあこの前の喫茶店に行きましょうか」

「はい、わかりました」







「あの……私達……親子に見られないでしょうか?」


 絶対に見られない。この人はどう見ても二十代前半だ。


「恋人に見られる可能性はありますけどね……」

「ま、またそんなお戯れを……」


 ちなみに入店するときに、いつもの店員さんは僕に気づいて当たり前のように抱きつこうとしてきたが、隣のメイドさんを見た途端に固まったので、僕らは勝手に席に座った。

 美冬さんは紅茶を、僕はコーヒーを飲みながら話しているのだが……テーブル席だからまたマスターに不審がられるんだろうな……。


「ところで、こちらのお店は五郎様のお友達の親御さんが経営しているお店だそうですね」


 ホント……よく調べてるなーこのメイドさんは……。


「まあ、そうですね」

「でしたら、その五郎様のお友達が私達を見られたら、あらぬ疑惑を抱かせてしまうのではないですか?」


 つまり、桜ちゃんが帰ってきたら、どうごまかすのか。ということらしい。


「心配いらないですよ。彼女はお店の方には顔を出さないですから」


 関係者用入り口から帰ってくるので、出会すことはまず無い。……でも考えてみたら、今日もしも出会したら、ものすごく複雑な状況になるよなぁ……。

 思いつく場所がここしか無かったから仕方ないとはいえ、もうちょっと考えて行動するべきなのかもしれない。


「そうですか。それなら安心です」


 そう言って紅茶を手に取り、全く音を立てずに飲む美冬さん。とても絵になる光景だ。


「可愛いですね」

「…………あ、あの……! そういうことを平然と言わないでください……」


 ……完全に口が滑っていた。

 どうやら僕は、思ったことがすぐに口に出てしまうタイプのようだ。

 でもさすがにこの人は変に意識したりはしないだろう。……だからこそ僕は何でも気軽に言えるのかもしれない。


「それで……なつこちゃんの様子は、どうなんですか?」

「……ご主人様からの命により、私はなつことの接触を制限されているのですが……なつこは以前と変わらずゲーム三昧のようです」


 ご主人様というのは、なつこちゃんのお父さんのことらしいが……自分の妻に、娘と会うのを控えるように命令したっていうのか……?


「じゃあ……元気なんですね?」

「……いえ……。ゲームに没頭する姿は……なんと申しましょうか……その……生ける屍のようなもので……自分の心をごまかしているように見受けられます」


 自分の娘を生ける屍と表現するのはいかがなものかと思うけど……、それだけ負のオーラが出ているんだろうな。


「……だったら、どうして僕の家に来なくなったんですか?」

「それが……外出禁止令が出まして……」


 そうか……この前の事件……単に友達作りに失敗しただけでは無く、無許可で外出をしていたために、そんなものを出されていたのか。


「その禁止令って、いつ解けるんですか?」

「……一年後です」

「そっか、一年後か……。――って……い、一年後!? どうしてそんなに……」

「ご主人様は恐らく、先日のことでなつこのことを見限ったのだと思います。なつこの自由にさせていては、姫条家の今後の成長を認められない……と」


 今後の成長って……そもそも姫条家って何なのだろう。


「あの……姫条家っていったい……」

「……そうですね。その実態に関しては私もあまり存じ上げておりません。……それ故に、私はメイドなのです」


 美冬さんも知らないって……なんかちょっと怖いな。


「ですが一言で言うのならば……社会全体の裏の支配者みたいなものらしいです」


 ……聞けば聞くほどホントにヤバそうな家だな。


「と言っても、名前が表に出ている以上、怪しい家では無いのでしょう」

「美冬さんがその程度の知識であることが怖いですよ……」

「何分、ごく一部の重役人にしか知ることが許されていないことなので……。誠に申し訳ありません」

「いや……謝らないでください。美冬さんは何も悪くないですから」


 美冬さんはうるうるした目でこっちを見てくるのだから、少し罪悪感がある。

 僕なんかよりもずっと、美冬さんのほうが知りたいんだろうな。自分の家のことなんだから。


「しかし、どうすればいいんですかね……」

「あの……つかぬことをお聞きしますが、五郎様はなつこのことを愛しているのですか?」

「え……。そ、その質問は答えづらいですよ……。美冬さんはどうなんですか……?」

「わ、わた……私……ですか……? 私には夫が居ますので……その……五郎様とはそういう関係になるわけには……」


 ……なんだろう。この人はワザとやっているんじゃないだろうか。


「そうじゃなくて、なつこちゃんのことですよ……。母親ならどうにか、状況を変えられないものなんですか?」

「あ……なつこのことでしたか……。年甲斐もなく妙な勘違いをしてしまい、とてもお恥ずかしいところを見せてしまいました」


 ……ダメだ。どれだけの間一緒に居ても、美冬さんは僕よりちょっと年上のお姉さんくらいにしか感じない。年甲斐もなく……とかいう言葉は全く似合わない。


「あの子を取り巻く環境は、私には変えられません。私はあの家に遣える身ですので、妙なことをすれば、すぐに追放されてしまうのです」

「え……っ。でも、美冬さんの旦那さんがあの家を治めてるんじゃ……」

「ご主人様は……今は私の支えなど必要ないみたいですから……」

「そんな……こんなに優しい人を手放しても平気なんて、男として有り得ないですよ!」

「そう言っていただけると嬉しいです。……ですが、あの家を治めるのはそれほど大変な事なのだということをご理解ください」


 なつこちゃんは、そんな親の姿を子供の頃から見てきたんだろうな……。だからその現実から抗おうとしている。

 そうか……僕から見たらこんなの非現実だけど……なつこちゃんから見たら紛れもない現実なんだ。

 そして僕がその立場だったら、絶対に受け入れられないと思う。……だからこそ、なんとかしなくてはならない。


「美冬さん。僕にはやっぱり理解できないです」

「……そうですか。やはりあの家の事情を理解するのは難しいことなのですね……」

「違いますよ。目の前にある現実は僕にも理解できますから。……僕が本当に理解できないのは、美冬さんやなつこちゃんの想いを無視して、家の存続のことだけを考える……なつこちゃんの父親"だけ"です」

「……! 五郎様……お気持ちは嬉しいのですが、行動に移すのはやめておいた方がよろしいかと……」


 確かに、下手なことをしたら、ただじゃ済まないだろう。

 だけど現実は、こんなところで諦めるものじゃない。……今はそう思うんだ。

 それに……美冬さんも、心の底では願っている。それがわかったから、もう迷う必要はない。


「美冬さん。僕はひとまず……なつこちゃんに会いたいと思います。何か方法は無いですか?」

「今となってはそれすらも危険なのですよ? 会ってどうするつもりなんですか?」

「好きな人に会いたくなるのに理由がありますか? 僕は彼女に会うだけで、こう……心が暖かくなるんですよ。さっき……美冬さんと会えて、そう感じましたから」

「僭越ながら……私も五郎様と会えて、ホッと致しました。……これが愛なのですね……」


 ……なんか、ややこしいことになっているような気が。

 っていうかこの人はそういうのを知らないのだろうか。


「とにかく……僕は会いますよ。危険だろうがなんだろうが」

「……わかりました。そこまで意思が固いのなら、私が協力しない理由はございません」

「何か、方法があるんですね?」

「はい。単純ではありますが……」


 それから一通り、あの裏門を突破してなつこちゃんに会いに行く方法を教えてもらった。

 ――っていうか本当に単純な話だった。裏門を警備している使用人が、なつこちゃんサイドの使用人の番になった時に通してもらうだけ……というものだ。

 単純ではあるが、僕一人ではそんなものを見分けられるわけもないので、美冬さんに頼んで正解だった。


「ということで、明日だと……裏門の方は正午から3時間の間、普段なつこに付いている使用人の方が警備を担当しているのですが……裏門を抜けた先にも使用人が配備されておりますので、そちらが話の通じる方になるのは……午後2時半から3時までの30分間だけになります」


 なつこちゃんに会えるのはその30分の間だけらしい。それを越してしまうと、警備の人が交代してしまうため、僕は外に出られなくなってしまう。

 最悪、泊まるという選択肢もあるかと思ったが、屋敷の中も警備は行われている上に各部屋には監視カメラが設置されているため、リアルタイムで映像を確認されたら見つかってしまうらしい。

 ただ、昼間の映像なら美冬さんがなんとか偽装することができるらしいので問題ないらしい。

 とにかくその30分間に賭けるしか無い。


 次の日僕は、作戦を決行した。




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