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illusion  作者: 海東翼
4/10

第4話『チョコと主従の関係と』




 それから一週間が経った。


 今日は、体力のないなつこちゃんでも楽しめるスポーツ……卓球をやることになったのだが、卓球をやるのなら温泉の後だと、なつこちゃんは言い出した。

 恐らく、ゲームでそういうシチュエーションを見てきたからだろう。


「……で、なんで混浴なのかな……」

「男女別だったら何もハプニングが起きないじゃない。そんなのつまらないでしょ」


 なぜハプニングを起こそうとしているのだろうか。


「っていうかなんであのメイドさんも入ってるの?」

「え? なんでって、身体洗ってもらったからに決まってるでしょ?」

「か、身体……!?」

「あ、今変な想像したでしょ!」

「してないって!」


 なんか、よくあるラブコメみたいな展開になってきた。


「実はね、今日は夜も空いてるのよ」

「もうすぐ夕方だけどね」

「アンタも高校生なんだし、門限とか無いでしょ?」

「いや、そんな遅い時間まで遊んでいるのもどうかと思うよ……」

「さすがに深夜まで遊ぶつもりは無いわよ。晩ご飯の前くらいまで……ね?」

「まあ、それくらいの時間帯なら大丈夫だけど」

「じゃあ決定ね!」

「決定って、どこに行くのさ」

「もちろんアタシん家よ♪」


 そういえば、あの日以来行ってないな。あのゲーム部屋。


「それじゃ、お先に上がるわ」


 ……ハラリ。

 なつこちゃんが立ち上がった瞬間、タオルがお風呂の縁に引っ掛かって……取れた。


「きゃあっ!!」


 僕は声を聞いた瞬間、反射的に彼女の方を見てしまったのだが……た、助かった……。湯気で隠れてほとんど見えなかった。

 マンガとかで、湯気で隠すようなシーンは見たことあるけど、こういうの、現実でもあるんだな……。


 あれ……でも……なんか頭がボーっとする……

 ――バシャン


「えっ、ど、どうしたの!?」

「……お嬢様、見せてください。……これは……。すぐにここから運び出しましょう」

「え、ええ。わかったわ」







「……うう……ん……」

「あっ、起きた……?」


 気がついたのは午後6時過ぎのことだった。

 どうやら僕は、のぼせて気を失ってしまったらしい。


「ごめんね、迷惑かけちゃったよね……」

「ううん、いいのよ。いつもアタシがアンタを振り回してるんだからこれくらい……」


 しかし柔らかい枕だな。なつこちゃんの顔も近いし……――って、これはもしかして……


「こ、今度は僕が膝枕されているのか……」

「どう? 頭痛くない?」

「うん……平気」


 ――ってちょっと待て。この状況を誰かに見られたら……非常にまずい!

 僕は瞬時になつこちゃんから離れた。そして周りを警戒する。


「ど、どうしたのよ突然!? そんなにイヤだった……?」

「そうじゃなくて、こんなところ誰かに見られたら、まずいと思って」

「それなら大丈夫よ。今連れてきてる人達にはアンタに手を出さないように強く言ってあるから」

「そ、そうなの?」

「だから安心してアタシの膝の上に頭を乗せなさい」

「なんでそうなるの!?」


 何事にも積極的なお嬢様だった。


「でもこの時間だと、卓球はできそうに無いわね。残念だけどまた今度にしましょう。それじゃあ帰るわよ」

「いいの? 卓球しなくて」

「卓球よりも、今は家に帰りたいわ。やりたいこともあるしね」

「なんか……嫌な予感しかしないんだけど……」


 そして、久々になつこちゃんの豪邸に来た僕は、当然あのゲーム部屋で遊ぶのだと思っていたが……


「今日はこっちの部屋でいいわね?」

「あれ? ゲームはしないんだね」


 案内された部屋は、明るくて綺麗な部屋。

 ゲーム機はどこにも見当たらない。


「とりあえず、そこ座って待ってて」


 そう言ってなつこちゃんは部屋を出ていった。

 僕は言われたとおり、白いソファに座り、待つ。

 それから少しして、なつこちゃんがお菓子の箱を持って戻ってきた。


「いったい何するの?」

「アンタこのお菓子、知ってる?」


 知ってるも何も、これは超有名な棒状のチョコレート菓子……『パッキー』だ。知らない人のほうが少ないだろう。


「パッキーでしょ?」

「ええ、そうよ。……じゃあ、パッキーゲーム知ってる?」

「ま、まさか……」

「ええ。それを今から行うのよ」


 何を言い出すかと思ったら……パッキーゲームだったか……。

 パッキーゲームとは、一本のパッキーを二人で両端から挟むように口に咥えて食べ進んでいき、口を離したり折ってしまったら負けというゲームだ。

 向かい合って両端から食べ進めていくので……もし成功したら、最後にはキスをすることとなる。


「それも、ネットで得た情報?」

「そうよ。はい、咥えなさい」


 この子は、このゲームの意味をわかっているのだろうか。

 どちらかがワザと負けようとしない限り、口を合わせることになってしまうんだぞ? 僕らはそういう間柄じゃない。

 ――いや、待てよ。なつこちゃんは、ワザと途中で終わらせるつもりで言っているのか?


「……君って変なシチュエーションにばかり憧れるよね……」


 ちょっと悪態をつきつつ、渋々ポッキーのチョコのついていない方を咥える。

 なつこちゃんは恐らく、ドキドキハラハラしたいだけなのだろう。……けどこのゲームだと、僕がしようと思えば強引に成功させられるんだよね……。本当に無防備なお嬢様だ。


「じゃあ行くわよ」


 ――パクッ

 なつこちゃんが反対側を咥え、僕らは至近距離で見つめ合う状態になった。

 そして……なつこちゃんは食べ進んできた。真っ直ぐ僕の目を見て。

 一方僕は、全く進めなかった。

 知らなかった。このゲーム、こんなに勇気が要るものだったのか……。


「……っ」


 僕が思わず目を逸らしてしまっているうちに、なつこちゃんの顔は、もう目と鼻の先まで近づいていた。

 遊びとは思えない真剣な眼差しで僕の目を見つめている。


「――!」


 なつこちゃんは突然、目を瞑った。

 そして唇が触れるか触れないか……というところで、僕は――パッキーを折った。


「あー、失敗しちゃったわね」


 なつこちゃんは真剣な様子から一変して、いつもの楽しそうな雰囲気に戻り、ポスンっとソファに寝転がった。

 僕はというと……、全くその場から動けなくて、まだドキドキが止まらずにいる。

 なつこちゃんは本当にどういうつもりだったんだろうか。


「しかしすごいわね、ポッキーゲーム。私すごくドキドキしたわ!」

「そうは見えなかったけど……?」


 完全に、何かのスイッチが入ったような感じだった。


「うーん……あそこまで行くとなんだか、しちゃってもいいかなって思っちゃって。……でもやっぱり、しなくてホッとしているわ」

「そもそも何でこんなことをやろうと思ったのさ……」

「明日バレンタインデーでしょ? バレンタインと言ったらチョコ。チョコと言ったらパッキーじゃない? それでパッキーゲームが思い浮かんだのよ」


 連想していった結果だったらしい。

 そうか、そういえば明日は2月14日だな。どうせ誰からもチョコを貰えないから全く気にしてなかった。


「でも、こんなの誰かが見たら、絶対勘違いするよ」

「大丈夫よ。この部屋には監視カメラついてないから」

「この部屋には……?」


 となると、ついている場所もあるということか。


「他の部屋にはほとんどついているわね。あと廊下とかも」

「そ……それって、僕がこの屋敷に出入りしていること、バレバレじゃないか!」

「……あっ。考えても見なかったわ……」


 なつこちゃんも口に手を当てて驚いている。

 考えても見なかったって……つまり、何も対策をしていないってことなのか!?


「監視カメラの映像をチェックしている人って、いつもなつこちゃんの護衛をしている、あの黒服の人達なの?」

「いえ……プライベートなことだから、パパやママが見ているはずよ」


 パパ――なつこちゃんのお父さんが見ている可能性があるのか……。


「でもパパはいつも忙しいから、普段は録画データをママが確認して、何か異常はないか、パパに報告しているらしいわ」

「じゃあ、実際にはなつこちゃんのお母さんが……? 母親なのにそんなこと任されてるんだ……」


 なつこちゃんは以前、物心ついた時から一人で寝た記憶しか無いと言っていたけど……それも疑問に感じていた。

 いや、疑問に感じていたのはもっと前からだ。

 なつこちゃんは今まで、母親のことについては一切口に出していない。……なぜだ?


「あの人は……お母さんって感じじゃ無いから……」

「え……? どういう意味……?」

「お嬢様、山吹様、お飲み物をお持ちしました」

「うわああああ!」


 突然後ろから声を掛けてきたメイドさんにビックリしてしまった。まあ、この人が突然現れるのはいつものことだけど。

 っていうか――


「な、なんで僕の名前を……?」

「毎朝貴方のお家へお邪魔させて頂いてますので、驚くことは無いと思うのですが……?」


 そ、そういえばそうか。家を突き止められているのに苗字を知らないわけが無いか。


「では山吹五郎様、こちらコーヒーになります」

「な、なんでフルネームで言うんですか!?」


 今更名前を呼ばれると、なんか恥ずかしい。


「アンタ五郎って名前だったのね。そういえば、最初遊んだ日に自己紹介したのアタシだけだったから知らなかったわ……」

「訊かれないと、答えられないものだよ」


 後日急に、『僕、山吹五郎って言うんだ! よろしくね!』なんて言い出したらおかしいだろ。

 しかしそこのメイドさん、最近は僕に打ち解けてきたのか、僕のことをからかってくるんだよな……。


「ところで、メイドさん……あ……えっと、黒影さんでしたね。あなたはなつこちゃんに仕えて何年くらいになるんですか?」


 そろそろこの人とも世間話みたいなことは出来るかと思い、メイドさんに話しかけてみる。


「そうですね……かれこれ16年になりますね」

「えっと……なつこちゃん、いま高校何年生?」

「一年よ。去年の12月で16歳になったわ」


 ってことは……、


「じゃあ……生まれた時から!?」

「そうね……ずっと一緒にいるわ」

「私はこれからも、お嬢様に一生仕えさせて頂くつもりです」


 すごいな。もう意思疎通とか完璧なんだろうな……。


「じゃあなつこちゃんにとっては、第二のお母さんみたいな存在なんだね」

「「…………」」


 二人の表情が暗くなる。

 ……酷い表現だったかな。今の。

 考えてみると、なつこちゃんや、なつこちゃんのお母さんにとってはとても失礼な発言じゃないか。


「あ、ご、ごめん! それくらい仲が良いのかなって思っただけなんだ……」

「それは……ちょっと違うわね」

「お嬢様とは……仕事で仕えさせて頂いている間柄ですので」

「え……」


 普段から仲が良いんじゃないのか……? その言いぶりだと、"仕事だから"仲良くしているってこと……?


「でも、仲良さそうに見えるけどなぁ。心の底から気を許しているっていうかさ……。一緒に居る時とか、二人共素敵な笑顔するしさ」


 なんだかこの二人は似た物同士に見えてくるな。こう……二人並ぶと余計に。

 メイドさんは黒髪で、なつこちゃんは金髪だけど、なんとなく雰囲気とかは似てるんだよね。


「え、笑顔が……素敵……」

「私……誰かにそんなこと言われたの、ご主人様以来ですわ……」


 二人共なぜか頬を赤く染めている。

 そんなところも似てるなぁと思う。


「きっと、仕事以外でも仲良くなれるよ。僕はそう思う」


 僕がそう言うと、二人は顔を見合わせ……ちょっと照れくさそうに、頷いた。

 ――あ、もうこんな時間だ。


「じゃあ僕はそろそろ帰るね」

「あっ……もうそんな時間?」


 もう帰らないと、母さんが晩ご飯の準備したまま待ちくたびれてしまう。


「うん。また今度ね」

「五郎様、今日はありがとうございます」

「えっ? どういう意味ですか……?」

「ふふっ。なんでもありません」


 そう言って黒影さんは可愛らしく微笑んだ。

 ……よくわからないけど、何かの役に立てたのなら良かった。


「それじゃ、また来てね」

「いや、自分から来たことは一度も無いからね……」


 と、冗談混じりの別れの挨拶をして、僕は屋敷を出た。


「はー……」


 息を吐くと、白くなる。今日もそんな寒い夜だ。

 この寒さで凍えないように、人は温もりを分け合って生きているのかな。


 ――なんて……現実主義の僕が考えることじゃないな。







「……お嬢様、そのやり方だと危険です。押さえる方の手は、ねこの手です」

「にゃー……わかっているわよ……。でも集中しないと上手く切れないのよね」


 この子は料理なんてしたこと無いから、手つきがとても危なっかしい。


「チョコレートなんて溶かして型に流せばいいだけなんじゃないの? なんで細かく切る必要があるのよ?」

「その方が湯煎した時に溶けやすいからです」


 まさかなつこが男の子にプレゼントを渡したいなんて言い出すとは思わなかったわ。

 しかも、私に作り方を教えて欲しいと言ってくるなんて……。


「ちょ、ちょっと、なんで涙ぐんでるのよ!?」

「いえ……なんでもありません」


 全て、五郎君のおかげね……。


「あのさ……この部屋、監視カメラ無いのよね?」

「……? はい。ございませんが……」

「だったら……良いんじゃないの、仕事モードじゃなくて。……アイツも言ってたし」

「――!」


 こんな日が来るなんて、本当に夢にも思わなかったわ……!


「なつこぉ……ひぐっ。ぐすっ……」

「な、なな、なんで泣いてるのよ!?」

「私……あなたには母親らしいこと何もしてあげられなかったから……」

「でも、いつだって一緒にいてくれたでしょ。それで充分よ……ママ」







 ピピピピッピピピピッピピピピッ


「……起きて……さい……」

「う……ん……?」


 いつも通り、自分の身体の上に重みを感じる。

 また寝起きドッキリだ。飽きないなこの子は……。

 たまには二度寝させて欲しい。

 なので……


「もうちょっとだけ寝かせて……」


 と、頭をポンポンと撫でて再び横になってみる。

 ――ボンッ

 何か聞こえた。


「あ……あの……五郎様……わた、わたくしでございまする……」


 ……おや? いつもと何か様子が違う。

 声もちょっと大人びているし……。

 見上げてみると、そこには、黒髪の美少女がいた。……そして何故か顔を真っ赤にしている。


「だ、誰ですか……?」

「美冬と……申します」


 顔を赤くしたまま、教えてくれた。

 だが全く聞き覚えのない名前だ。

 っていうかなんで知らない人が僕の上に乗っているんだろうか。


「あの……黒影と言ったらわかるでしょうか……?」

「え……、う、うそ……」

「それは、どういう意味で驚いているのですか……?」


 信じられない。この人があのメイドさん……なのか?


「あ……これを付けてないからわからなかったのでしょうか」


 と言って、頭に付けたのは……ヘッドドレス。正式にはホワイトブリムというらしい。この間、黒影さんに訊いた。

 ――というか目の前にいるのがその黒影さん本人らしいのだが。

 確かに、いつもの見慣れた姿に近づいたが……やはり僕の知っている黒影さんとはちょっと違う。


「あの……ほんと、誰ですか」

「……まだ信じてくれないんですか?」


 黒影さんは、もっとクールで無表情なのだが、この人はものすごく人懐っこい顔をしている。

 しかし、この人……何歳なんだ?

 見た目的には20代前半くらいに見える。


「そういえば、いつもと違うこと、もう一つありました」

「なんですか……?」

「今日、私……五郎様と添い寝をするためにメイクをしてこなかったのです。……お見苦しい姿で申し訳ありません」

「いや、すっごい可愛いですけど……」

「そ、そんなお戯れを……」


 また赤面しているが……イマイチ状況を理解できない。


「正直に申し上げますと、もう私、年増のおばさんなのです……」

「いや、そんな冗談通じると思ってるんですか? 僕らとあまり変わらないでしょうに」

「いったい、何歳に見えるのですか……?」

「21歳くらい……」

「…………」

「なんで黙り込むんですか……。あ、そうだ、もしあなたがあくまで黒影さんだと言い張るなら、年齢教えてくださいよ」

「……教えません。ちなみに貴方の知る黒影さんは何歳だと思うのですか?」

「……えっ。あの人もかなり美人だからなぁ……。に、23とか」

「…………」


 なぜかバカを見るような目で見られている。

 ……うーむ、でも考えてみると、なつこちゃんに16年間仕えているのだから、仮に黒影さんが18の時になつこちゃんが生まれたとすると、34歳!? ウソだ! ありえない……。

 いや、待てよ……? もし何か家庭の事情で子供の頃からメイドとして働かざるを得なかったとしたら、20代もありえなくない……のか?


「どちらにせよ、女の子が男の上に乗っかって起こすのは、ダメだと思うんですけど……」

「はい……この歳でこんなことを行っていたら……その、イタいですものね」

「いえ、そうじゃなくて……気をつけないと、変な気起こされちゃいますよ」


 一応忠告しておいた。

 ……なつこちゃんにしろこの人にしろ、なんでこんなに無防備なのだろうか。


「あのー、来るの遅いから見に来たんだけど……何やってるのかしら……?」


 いつの間にか、ドアの隙間からなつこちゃんがジト目でこっちを見ていた。


「こ、こここ……これは……この人が勝手に……!」


 なんとなく修羅場な気がしたので、慌てて弁明し始める僕。


「……わかってるわよ。ほら、黒影。いつまでやってるのよ」

「すみません。すぐに行きます」

「本当に黒影さんだったの!?」


 その後の朝食の間はずっと気まずかった。

 なつこちゃんはあまり気にしていない様子だったけど、それにしてはソワソワしている気がする。


 朝食を済ませた後、登校している間もなつこちゃんはソワソワしており、好きなゲームの話をしている間も微妙に会話が噛み合っていなかったりした。


「どうしたのさ、なつこちゃん」

「ら、ランスってすごいわよねー。貫通力があるっていうか、真っ直ぐ突っ走れるっていうか」

「うん、なつこちゃんみたいだよね。ってそれはわかったけどさ……君、今日なんか様子おかしいよ?」

「ま……真っ直ぐでいいのよね? 直接、何も気にしないで渡して、いいのよね?」


 何の話だろうか。渡すって何をだ? 引導をか?


「うーん……まずは真っ直ぐ突っ込んでみるって感じでいいと思うよ。じゃないと何も始まらないし。始まったら後はきっと仲間がフォローしてくれるよ」


 今、僕達はオンラインゲームの話をしているのだが、オンラインゲームでは協力が大事になってくる。

 一人より二人。二人より三人。メンバーが増えてくるに連れて役割分担も必要になってくるため、それぞれがそれぞれの弱点を補うことを前提としたパーティーを組む必要がある。


 しかしそもそも敵に突っ込んでいかないと、回復役や補助役は意味を持たない。そのため突撃役というのはパーティーとして重要な役割なのだ。

 だが仲間が着いて来ず、一人で突っ込んでいっては敵に囲まれてしまい、やられてしまうというパターンも存在する。

 仲間をいかに信用するか、そして、いかに信頼できる仲間を集められるか……が鍵なのだろう。


「決めたわ! ご、五郎! これを受け取りなさい!」

「えっ……」


 突然、吹っ切れたように言い放ち、渡してきたのは……可愛くラッピングされた何か。


「何……?」

「……鈍いわね……。チョコよ。今日、バレンタインデーでしょ」

「ウソ……初めて貰ったよ……! うわぁ、本当に!? ありがとう!!」

「そんなに喜んでくれると、こっちまで嬉しくなるわね……」

「……あ、なつこちゃん、その手……」


 チョコレートをくれたなつこちゃんの手には、絆創膏が貼ってあった。昨日は無かったはずだ。


「もしかしてコレ……手作りなの?」

「え、ええ。だからもしかしたら、美味しくないかも……」

「いや……美味しいよ、絶対」


 自分のために作ってくれたチョコレートが美味しくないはずがない。


「それじゃ……もう学校着くから、またね」

「う……うんっ、また明日会いましょうね!」


 先週から毎日二人で校門まで登校してくるので、僕は最近校内でちょっと有名になりつつある。







「失礼いたします、お嬢様」

「……? どうしたの、黒影?」


 夜……私がゲーム部屋でゲームをしていると、黒影――ママが部屋に入ってきた。

 少し、嫌な予感がする。


「この部屋には監視カメラがあるわ。音声も録音されているはずだし、隣の部屋に行きましょう?」

「いえ……、今夜は私が監視カメラをチェックするので大丈夫です」

「そう……。で、何の用なの、ママ?」

「今朝はチョコレート、渡せたみたいね」

「え、ええ……」


 あの時のアイツの喜ぶ顔は、今でもハッキリ思い出せる。

 ……ふふっ……ほんっと、渡せてよかったわ♪


「でも、なんで今朝、車の中にママはいなかったの?」

「それは、明後日のパーティーの準備で少し忙しくてね……」

「パーティー……。最近、パパは私にそういう機会ばかり作るよね……」

「貴方のパパは……姫条家の未来のために頑張っているのよ」


 姫条家の未来……それがどういう意味なのか、まだまだ子供の私には、いまいちわからない。

 でも私は、パパが私のことをどう思っているかを知っている。


「知ってるわ。……パパは私のことを諦めてるんでしょ。だから跡継ぎのために、私の結婚相手を勝手に選ぼうとしてる」

「だけどあの方は、忙しい中で婚約者候補を出して、貴方に選ばせてあげようとしているのよ」

「それが優しさだっていうの? ……わかってるわよ。この家に生まれた以上、普通の恋愛なんてできないって」

「なつこ……」

「でもアタシは……嫌なの。親に決められた相手の中から選ぶなんて……絶対に嫌」


 高校を自分で選んだのだって……親に自分の人生を決められるのが嫌だったから。

 これから何十年と生きていく中で自分の望んだことは何もできなくなるなんて、考えただけでもゾッとする。

 このままだと……今、表向きで"良きお嬢様"を演じているように、やがては"良き妻"を演じなくてはならなくなる。そんなの――死んでも嫌。


「……私はね、貴方が望むように生きて欲しいって思っているわ。……でもね。どっちにしても、早く決めなくちゃ、貴方はずっと苦しむことになるの」

「どうして……」

「貴方が独り身である限り、あの方は貴方の婚約者候補を探し、提案し続けるからよ」


 それはきっと、歳を取る度に酷くなるのだろう。

 相手の男性だって、歳を増した女性を選ばないだろうし、パパは早く跡取りを欲しがっているのだから……。

 早めに答えを出さないと……やがて、自分を見失ったまま相手を選んで、死んだように生きていくことになるのかもしれない。

 そんなの絶対に嫌……。


「でも私、まだ好きな人なんて……」

「……私が気づいていないと思ったのかしら? これは恐らく最初で最後のチャンスよ。だから私は協力することにしたのよ」

「……無理よ……。アイツ、私とは住む世界が違うって言ってたから……」


 非現実的なことを嫌って、平凡な暮らしを夢見ているアイツが……私のことを好きになるはずがない。

 だから私は以前アイツに、好きってハッキリ言えなかった。困らせたくなかったから。……それに、返ってくる答えはわかっていたから。


「わからないと思いますよ……?」

「ど、どういう意味よ……」


 なんで突然敬語になったの……?


「私は、今までお嬢様と一緒に行動してきました」

「それが……ママの仕事だからね」

「確かに業務の一環ではありますが、お嬢様とあの子が遊んでいる時も、私は一緒でした」


 何が言いたいんだろう。


「二人と一緒にいて、気づいたことがあります。まず、お嬢様は五郎君のことが好きです」

「な……っ!? そんなこと……」

「否定してもらっても構いません。あくまで第三者の私が感じたことですので。……そして、お嬢様と同様に、五郎様も、お嬢様のことが好きです」

「そ……そんなの……ウソよ……」


 ウソだとわかっていても、なぜか頬が緩んでしまう。どうして……?


「先ほどお嬢様が危惧されていたように、このまま普通に交流を重ねても、彼の現実主義には勝てないでしょう」


 ……やっぱり……ダメなのよね……。

 ママから見てもそうなのだから、勝ち目はないってことなのだろう。


「しかし、彼の理性をめちゃくちゃにしてしまえば、勝ち目はあります」

「えっ! どういうこと!?」

「いい食いつきです」


 うう……なんだか手のひらで転がされてるような感じ……。


「つまり、お嬢様の魅力で、五郎様をメロメロにしてしまえばいいのです」

「め、メロメロ……」


 そんなことで解決するのかしら……。


「お嬢様に対する愛が、現実という壁を越えさえすればいいのです」

「あ、愛……」


 さすが私のママ、恥ずかしいことをサラッと言うわね……。


「えっと……具体的にはどうすれば……」

「それは自分でお考えください」


 ここまで教えてくれたのに、その先は自分で考えろっていうのね……。

 でも、そうね。例えママだろうと、言いなりにはなりたくないもの。自分の道は自分で切り開くわ!


「……一つだけ提案なのですが、明後日のパーティー……五郎君もお呼びになってはいかがですか?」

「え……」

「乗り越えるべき非現実を予め見ておいたほうが、彼も決心がつきやすいと思います」

「な、なるほど……。でもパーティーに参加させたらアイツとの関係がパパにバレちゃうじゃない」

「大丈夫です。出席者の確認は私の方で行いますので不正を働くことも可能です。パーティーに参加する方々の人数からしても、隠し通せるかと」

「本気なのね……」


 この人はいつの間にそんな計画を立てていたのだろうか。


「でも、明後日のパーティーはダンスパーティーよ? アイツ……踊れるのかしら」

「その辺は私に考えがあります故、ご安心ください」


 ……そっか。明後日、アイツ来るんだ。

 立場上、アイツと踊ることはできないけど……それでも、同じ場所にいてくれるだけでも嬉しい。

 こういう気持ちを恋というのかしら……。









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