第2話『届かないプレゼント』
次の日の朝。
――ピピピピ……ピピピピ!
いつも通り目覚し時計の音で目を覚ました。
……だがいつも通りなのはその一点だけだった。
「っ!!」
「おはよう! アンタって結構早く起きるのね?」
目の前に女の子の顔があることに驚きすぎて声も出なかった。
「な、なな……なつこちゃん……! なんでここにいるの!?」
「驚かせようと思ってね♪」
その目論見は見事達成されたのだろうけど、そういう問題じゃない。……そういう問題じゃないのだけれど……寝起きの頭じゃ上手く対処できない。
「面白い寝顔だったわよ。ずっと見てても飽きなかったわ」
……一個ずつ、聞いてみよう。
「どうして僕の家が分かったの?」
「ウチのメイドに調べさせたわ」
「え……バレたらまずいんじゃなかったの?」
「もうバレてたのよ、あの時点で。昨日アンタが帰った後、すぐに訊かれたわ。あの方はどなたです? って」
もしかしたら……とは思っていたけど、やっぱりバレてたのか……!
「じゃあこんなことしてる場合じゃ……」
「安心しなさい。秘密にしておいてくれるってさ。それに、協力してくれるとも言っていたわね」
「協力?」
「アンタん家を調べさせたのは一応アタシなんだけど、その前から調べてくれていたのよね」
それって、僕がなつこちゃんにとって害のある存在なら、家ごと消してしまおうって思って調べてたんじゃないのかな……。だとしたらものすごく怖い。
「で、そのメイドさんは……?」
さすがにお嬢様一人で突撃はしてこないだろうと思い、聞いてみる。
「今、リビングでアンタのお母さんとお茶しているわ」
「…………」
母さん……、あなたにとっては知らない人たちでしょうに……なんで家に上げちゃうかな……。
「じゃあ、最後にもう一つ訊くよ」
「ええ、ドンドン聞きなさい」
どうでもいいけど、なんかイキイキしているな……。
「なんで君は、僕のベッドの上にいるんだ」
「…………。これが一番ビックリするかなーと思ったからよ」
なぜ今、微妙な間があったのだろうか。
「とりあえず、出なさい」
「……はーい」
布団から出たなつこちゃんの格好は、どこかの高校の制服姿だった。
「そっか、学校行くんだね」
「当たり前じゃない……。今日、火曜日よ」
そりゃこれだけ非現実的なことが起きれば、そんな日常的なことなんか吹っ飛んでしまうさ。
「驚かせたかったのなら、これで用は済んだよね?」
「そうね……ミッションコンプリートよ!」
カッコつけたポーズ&言い方で言った。
「ホント……何しに来たのさ……」
と、ため息混じりに呟いた。
独り言のつもりだったが、なつこちゃんには聞こえたみたいで、やや真剣な面持ちで告げてきた。
「実は……こういうのに憧れているのよ。ゲームで見たことはあるけど、実際には経験したことがないことって、たくさんあるのよ」
「僕はその実験体か……」
「その……アンタならいいかなって思ったのよ」
昨日の今日でこれは気を許し過ぎだとは思うが……仕方ないのかも。
この子は今まで気を許せる相手がいなくてコミュニケーションの取り方がわからなかったんだ。
友達が居ることで初めて出来ることを"色々"試したくて仕方がないのだろう。
……ん? 色々……?
「ということで、今日からアンタと私で色々なシチュエーションを試してみるからよろしくね!」
なつこちゃんの気持ちを考えて導き出した答えは正に合っていたようで……僕はこれから、憧れのシチュエーションとやらの実験体として彼女と関わっていくことになりそうだった。
☆
「お母さんは今、感動しているわ! 自分の息子があんな可愛くて育ちの良さそうな子と付き合っているなんて……!」
「いいから早く食べなよ。……それと、何度も言うけど、付き合ってないからね」
なつこちゃん達はあの後自分家に帰っていった。それからはいつも通りで、今はこうして朝食を摂っているのだが……母さんはすっかり勘違いする始末だ。
僕は変な空気から逃げるように素早く食事を済ませ、カバンを持って家を出た。
……そこに再び彼女が現れた。
「一緒に行きましょ!」
朝だというのに、なつこちゃんは絶好調だ。
……まさか朝だけで二回も会うとは思わなかったよ。
「……帰ったんじゃなかったの……?」
「帰ったわよ? けど、アンタと一緒に登校するために再び来たってわけ」
恐らくこれもまた、憧れのシチュエーションの一つなのだろう。
……仕方ない、付き合ってあげるか。
「わかったよ。じゃあ行こうか」
母さんに見つからないうちに出発することにした。
「でも全然違う方向なんじゃないの?」
「その辺は平気よ。距離の差はあるけど、アンタの通っている学校と同じ方向だから」
「ハハハ……それも調べてあるんだ……」
恐るべき、なつこちゃんネットワーク。
「しっかし、ただ揃って歩くだけっていうのも結構暇よね」
「普通は世間話とかしながら歩くものなんじゃないかな」
「世間話って、何話すのよ?」
「最近あったこととか」
「……アタシ達だと、生活環境が違いすぎて噛み合わなさそうね」
そうだ。ザ・庶民の僕と、お金持ちのお嬢様なのだから見た目も会話も釣り合うはずがない。
「やっぱり、現実ではゲームみたいに楽しいイベントにはならないよ」
「……いえ、私たちには共通の趣味があるじゃない!」
そういえば、一つだけ思い当たることがある。
「まさか……ゲーム?」
「そうよ。ゲームの話なら普段の生活とか関係ないでしょ?」
確かに、生活環境とゲームの内容は関係ない。
というか、考えてみたら、僕らが打ち解けたのもゲームのおかげだった。
「でもゲームの話をしながら歩くのって、楽しいかな……?」
「やってみてダメだったら諦めればいいじゃない。……とりあえず、エクフォの話でもしましょう。アンタ今、クエストランクいくつまで行った?」
「5の、ガウガウを20匹倒すやつをクリアした所」
ゲームを知らない人が聞いたらなんのことやらわからない会話が始まる。
「あー、あれは結構苦労するわよね。あいつら可愛い見た目で油断させといて、集団で襲ってくるのよね」
「うん。なかなか攻撃するチャンスがなくて、30分位掛かったよ」
「そっか……まあそうよね。でもね私、ガウガウの攻略法見つけたんだよねー」
得意気な顔で言ってくるなつこちゃん。
「え……ホントに? あいつは色んなフィールドで出てくるから困っていたんだけど、攻略法なんてあるの?」
「ええ。実はね……」
そんな話は、僕が通う学校の校門前に辿り着くまで続いた。
「実はあの溶岩、動き回らずに止まっている状態で回避すると上手く避けられるんだよ」
「そうなの!? 今日帰ったら試してみるわね!」
「あ……、もう学校着いたみたいだ」
「え……じゃあもう終わりなの?」
二人でゲームの話をしながら歩くのは、思っていたよりもずっと楽しいことが判明した。
「じゃあ私は自分の学校行くから……、またね!」
「うん。じゃあね」
別れの挨拶をしたあと、なつこちゃんは、校門のすぐ横に停めてあった黒くて長い車の方へ歩いていった。
……あれってもしかして……リムジン……?
乗る際に、『お嬢様、人前ではキチンと礼儀正しく振る舞うようお願い致します』と、なつこちゃんがメイドさんに注意されているのが聞こえてきた。
そしてなつこちゃんが車に乗った後、メイドさんが僕の方を見てお辞儀をしてきた。……なので僕も軽く頭を下げておく。
そうか、あのメイドさんは、本当になつこちゃんのことを思って仕えているんだな。なつこちゃんの本当の姿もよくわかっている……そんな気がする。
さて、僕は日常へと戻るか。
☆
「待っていたわよ」
「……またか」
面白いことこそないが予想外のことも起きない普通の学生生活を送った後、いつもの調子で校門まで歩いていくと、この通り、非日常と出会した。
目的はなんとなくわかるけど、一応聞いてみよう。
「何の用?」
「一緒に帰るわよ!」
……だと思った。
「朝と同じようにゲームの話でもしながら帰るの?」
「いいえ違うわ。学生で放課後といえば……寄り道よ!」
大声で言うことなのだろうか。
「じゃあ行こうか。……ここだと君、目立ってしょうがないよ」
「あ……。ごめんなさい。なんでかアンタと居ると、周りのことが見えなくなっちゃうのよね……」
友達がそばに居ると、不思議と強くなった気持ちになるのはわかる。
ゲームセンターとかにも、やたらテンションが高い高校生とかいるし。あれは皆、友達と一緒だからなんだろうな。
「で、寄り道ってどこに行くの?」
「ゲームセンターという所がいいわね」
いや、だからゲームセンターには、やたらテンションが高い学生がいるんだって。
「あまりおすすめしないよ? 騒がしいだけだから」
「でも、どのように騒がしいのかもわからないのよ。気になるじゃない」
子供の頃パチンコ屋の前を通った時に、あれは騒がしい場所だと親に教えられたが、その騒がしいっていうのが具体的にはどんな感じなのか気になったものだ。
恐らくそれと同じなのだろう。怖いもの見たさ……みたいな感じだ。
「わかったよ。駅前のゲーセンに行こう」
「ええ。ありがとう」
そう言ってなつこちゃんは微笑んだ。
……笑顔が半端なく可愛いな……この子。
そうして僕らはゲームセンターに到着した。
自動ドアが開いた瞬間……攻撃的な賑やかさを感じる。
「……こ……これがゲームセンター……なのね……」
なつこちゃんは2、3歩後ろに下がって、顔色を悪くしている。
「大丈夫? やめとく?」
「い、いいえ……、世の学生達は平気でこの中に入っていって、日夜遊戯を繰り広げているんでしょう?」
どんな表現だ。
「まあ、店の中には僕らのような学生もいるだろうね」
「なら、行くわ。ここで引き返したら、姫条の名が廃るわ!」
そんなことで廃る名前なんて無いと思う。
「じゃあ、一人で入ってみて」
「えっ……、わ、わかったわ。見てなさい!」
なんとなく、一人で頑張る姿を見てみたくなったので言ってみたが、どうやら本当にやる気らしい。
なつこちゃんは助走のつもりか、4、5歩下がってから、一気に走って突入していった。
……そしてすぐに戻ってきた。
顔を見てみると……ちょっと泣いてる。
「一緒に……来て……。……ぐすっ」
「ごめんごめん。わかったから泣かないで」
なんだか、妹をあやす兄のような気分だった。
店内に入ると、某リズムゲームの筐体やUFOキャッチャー等が、所狭しと並んでいる。
「こ、これが、ゲームセンターなのね……!」
ゲームセンターの中はゲームの音で周りの音が聞こえづらいのだが、今のなつこちゃんの驚いた声は綺麗に聞こえた。
それだけオーバーリアクションなんだろうな……。
「じゃあまず、UFOキャッチャーでもやってみる?」
「ええ! ゲームで見たことあるわ!」
ちょっと違和感を感じた。
テレビゲームでUFOキャッチャーはなかなか珍しいと思う。
「……ちなみにそれ、どんなゲーム?」
「恋愛シュミレーションよ」
「そんなのもやってるんだ……」
かなり幅広いジャンルに手を出してるんだな……。
しかしその経験は、実際にUFOキャッチャーをプレイするのには何も役に立たない気がする。
「これ、どうすればいいの?」
「まず百円入れるんだよ」
「百円……。……えっと……か、カードじゃダメかしら……」
「流石に無理だよ……」
さすがお嬢様、金銭感覚皆無だ。
「しょうがないなぁ、今日は僕が出しておくよ。……でも今あまりお金無くて、千円までしか出せないから、それで頑張ってね」
「ありがとね。後で返すわ」
ゲームセンターで女の子に千円渡して、それを後で返してもらうのって、かなりカッコ悪いことだと思う。断っておこう。
「いいよそれくらい。初めてゲームセンターに来た記念ってことで」
「うん……ありがと! 千円ってことは十回ね……なんとしても取らなきゃね」
取らなかったらやはり、姫条の名が廃るのだろうか。
「どれにするの?」
「あの大きなうさぎのぬいぐるみがいいわね」
かなり大きいぬいぐるみだが、そうするともしかして……。
そう思ってコイン投入口を見てみると、案の定200円で1プレイと書いてある。
「あ……それ一回200円だよ」
「そ、そうなの? すると五回しかできないわけね……」
「それに、あの大きさはかなり難しいよ」
「むぅ……。でもあれが欲しいわ……」
自分の好みにピッタリはまったらしい。
「やるだけやってみたらいいんじゃないかな。簡単だけど要らないものを取ろうとするよりも、そっちのほうがいいと思うよ」
「ええ、わかったわ! 姫条の名に掛けて取ってみせるわ!」
あまり自分の正体を大声で言わないほうがいいと思うのだけれど。でも楽しそうだからいいか。
――チャリン
僕が二百円を投入すると、UFOキャッチャーから楽しそうな音楽が流れ始めた。
「1ボタンを押している間、右に動くんだ。離すと止まる。2ボタンは奥に動くよ」
「理解したわ。行くわよ……」
緊張しながら、1ボタンを押し始めたなつこちゃん。
……よし、結構いいところで止めたぞ。
「次は2ね……」
ジーッとクレーンの動きを見つめる眼差しは真剣そのもの。
ボタンを離した瞬間クレーンは動きを止め、そこから真下へと動き始めた。
「お願い……!」
なつこちゃんは祈るようにクレーンを見つめている。
そのクレーンは、ぬいぐるみの頭部分を抱えるような状態で止まり、上昇を始めた。
――これは、行けるかもしれない!
そう思ったのもつかの間、ぬいぐるみはクレーンのアームから滑り落ち、先ほどとあまり変わらない状態に戻ってしまった。
「あー……残念だったね」
声を掛けるが、返事がない。
顔を覗き込んでみると……なつこちゃんの目には涙が溜まっていた。
この子、すぐ泣きそうになるな。
「だ、大丈夫だよ! 次は取れるさ!」
「ええ……そのつもりよ」
ならばなぜ泣きそうになっているんだ君は……。
結局……その後、うさぎの位置はちょっとずつズラせたものの、ゲットすることは出来なかった。
「…………」
ものすごく悲しい目でうさぎのぬいぐるみを見つめるなつこちゃん。
まるで子供のようだな……と思いつつ、僕はもう二百円投入した。
「え……っ。さっきのでもう千円使っちゃったわよ……?」
「今度は僕の番だよ。あまり期待しないでね」
僕はUFOキャッチャーはあまり得意じゃない。取れるまで粘る気も無いので、数回やってダメなら諦めるタイプだ。
しかしこんな風に、誰かのためにチャレンジしたことは今まで無かったな。
「多分……この辺りを狙えばうまく引っ掛るはず……」
妙に冷静だった。
一人でやるよりプレッシャーは大きいはずなのに、何故か……思ったとおりの位置にクレーンを止めることが出来た。
うさぎは……持ち上がった。かなりバランスは悪いが、上手くアームがタグに引っ掛かっている。
――ゴトッ
「すごい……。と、取れたわ……!」
「はい。これ君にあげるよ」
なつこちゃんにうさぎのぬいぐるみを差し出した。
「いいの……?」
「そのためにやったんだから、むしろ受け取ってもらえないと困るよ」
「ありがとう……!」
今度は嬉し涙だろうか、満面の笑顔で喜ぶ彼女の目から一粒のしずくが流れ落ちた。
「それじゃ、次は何をして……」
「……きゃっ……!」
次に遊ぶゲームを探そうと周りを見回していると、後ろからなつこちゃんの声が聞こえた。
振り返ると、黒いサングラスや黒いスーツに身を包んだ、見るからに怪しい男の姿が二つ。一人はなつこちゃんの腕を掴んでいる……!
「作戦通り、捕らえました。ええ、場所は駅前のゲームセンターです」
もう一人の男は誰かと電話をしている。
なつこちゃんのと違って、明らかに染めたものだとわかる金髪のツンツンヘアーだ。歳は恐らく二十代前半。
なつこちゃんの腕を掴んでいる方は、スキンヘッドで、頭からサングラスの下まで大きな傷跡のある男だ。歳はわからないが……この人は本気でヤバイ。殺気で身体が震えてしまうほどだ。
「離しなさいよ! 私を誰だと思って……」
――ギロッ
スキンヘッドの男がなつこちゃんを睨むと、なつこちゃんは思わず黙ってしまった。
「あの……」
僕が口を開くと、スキンヘッドの男はなつこちゃんを肩に抱えて去って行こうとする。
一方先ほど電話をしていた方の男が、うさぎのぬいぐるみを手にして、僕に訪ねてきた。
「これ、お前のか? それとも、お嬢様にプレゼントしたとか言うんじゃねぇだろうな?」
「それは……」
どうしよう……。正直に言ったら、『はいそうですか』ってなつこちゃんの手に戻してくれるのだろうか。
いや……そんな感じじゃないな、声のトーンから察するに。
「か、返しなさい! それは私のよ! 私が……自分で取ったのよ……」
「……フン」
ツンツン頭の男は僕に『命拾いしたな』……とでも言うように鼻を鳴らして、なつこちゃんの方を向き、「そうでしたか、では私の方でお部屋に運んでおきます」と穏やかな口調で言った。
そうして……やつらは去って行き、僕だけがこの場に残された。
「……なつこちゃん、大丈夫かな」
あの男二人はさっきの態度からして、なつこちゃんのボディーガードなのだろう。
なつこちゃんが連れて行かれたってことは……やはりこの寄り道は、お父さんに内緒だったということか。
二日連続でルールを破ったとなると、行動も自由が利かなくなるのだろうか。
心配だけど、僕には何も出来ない。
……僕は平凡な、高校生なのだから。