ねんぶつ!(後編)完
召喚された悪魔は、ストレス発散の副作用で地震を起こした。歴史的観光地、古き建築物もひしめく。被害を心配する主人公。ふと、ここへ来たばかりの時に話していたことを思い出し、走り出したー。最終話です。
大きく、強く。下から突き抜けるような揺れが、平衡感覚を薄れさせる。恐らく悪魔によって引き起こされている地震。あたしは、建造物から離れ、揺れに体を順応させる。悪魔アガレスの使い魔である、タカのアレックスとワニのクロールズに尋ねる。
「いつもはどのくらい揺れが続くの?」
「だいたい、一息分。叫ぶぐらいの長さ。直ぐ地震は収まると思うよ」
クロールズがあたしの肩に掴まりながら答えた。一方、アレックスは飛び上がって周囲を見渡している。きっと、アガレスさんを探しているのだろう。
「おにーたんの地震はね、マグニチュードというよりは、半径500メートルの周囲に同じ揺れが来る感じなんだ」
半径500メートル。何かあっただろうか。私は頭の中で観光地の地図を展開する。歴史的観光地であるが、近年の大地震の際に、ある程度耐震化は進んでいたが、どこか、見落としはなかったか…。
「もしかしたら、脆い家屋は倒壊するかもしれないよ。昔は、もっとひどかったんだけど」
数秒後、ゆっくりと波が弱まっていった。どうやら、揺れが終わったようだ。
「この辺を歩いていて、揺れで壊れそうな、そう例えるなら古めかしいものは見た?」
二匹に尋ねながら自問する。古そうなもの。ここまで歩いてくる過程を思い出す。ある景色が思い出される。あれは、アガレスさんと歩いていた時だ。確か、子供達が古寺で遊んでいた。老朽化が進み、形だけの管理人がいる中、町内で建て替え直す予定があることを、父の耳から聞いていた。あの場所は危険だ。刹那、あたしは走り出していた。
たどり着いた古寺は酷い有様だった。木造の本殿の天井は崩れ落ち、半壊していた。幸いにも、子供たちや、埋もれた人は見当たらない。
しかし、本当に人がいないのだろうか。あたしは身の安全を保ちつつ、周囲を闊歩し、怪我人がいないか探した。もしかしたら、裏の方でも子供が遊んでいたのではないだろうか。木材が乱積する危険箇所に近寄らないよう、裏手に回りこんだ。
足が止めた。異音を耳が捉えた。小さなうめき声だった。ろうそくの火が消え入るような、微かな声。どこだ。どこだ。どこだ。崩れた木材に反響するダミーの声の中から、発生源を突き止める。急いでその元へ駆け寄ると、少年が瓦礫に挟まれて身動きが取れずにいた。
「たす…けてぇ」
涙ながらに訴える少年の手を握る。
「今助けが来るからね!」
埋もれる様子を見る。上半身は、なんとか木材同士の間で怪我はないが、問題は下半身だ。暗くてよくは見えないが、少年の様子から、骨折、もしくは圧迫、さらには潰れいる可能性が高い。手当を急がなければ、命が危ない。何か、この子のためにできないだろうか。あたしは思考回路を熱くする。
しゃがんだ体制のために、何かがスカートを膨らませていることに気づく。取り出してみると、先ほど悪魔に壊されたスマートフォンだった。壊れてさえいなければ…。これでは、連絡手段がない。
「誰か! 誰かいませんか!」
声を上げる。しかし、山側に面する裏手のため、誰かが来る気配が感じられない
段々と少年の表情が淡白になり、唇は青ざめていく。
「もう…あの悪魔。あんたの大好きなショタがこんなことになってるっていうのに…。アレックス、クロールズ。何か、何かいい方法はない?」
「僕らは力仕事はできなくて」
「ごめん、おねーちゃん」
二人とも、力なくうなだれていた。そんな矢先だった。背後から腑抜けた声が聞こえる。
「あ〜スッキリした。やっぱり泣くのは良いな」
澄まし顔で悪魔がのんきに現れた。首を回したり、腕を回したりして、体のコリをほぐしている。
我慢、できない。怒りに震えるあたしは立ち上がり、数歩下がる。
「うりゃぁあ!」
思いっきり勢いをつけると、悪魔の顔面に渾身の右ストレートを打ち付けた。勢いそのまま、真下に悪魔を打ち付ける。下ろした拳の先で、悪魔はのびた。
「あんたねぇ、ショタを傷つけないって言ったくせに!」
「な、…なん、だ」
血を吐き倒れこむ悪魔に、少年を指差す。
「あんたのうっぷんばらしのせいで、子供が巻き込まれたのよ。なんとかしなさいよ!」
怒りが収まらない。首根っこを掴み、少年の様子を見せると、悪魔は息苦しい様子で謝意を伝えた。
「そう…か。すまんな少年」
悪魔を地面に下ろすと、血の滴る口元をふき取ると、語り始めた。
「で、どうするのよ?」
「悪魔の能力を、また忘れているようだな。娘」
また嘲笑うかのようにあたしを見た。もう一発ぶちかましてやりたいが、ここは我慢して言葉にとどめる。
「何がてきるっていうのよ! あんた、壊すだけじゃない!」
「要は、言葉の解釈だ。私は『尊厳を破壊する力を持つ』、といったな?」
「結局壊すんじゃない!」
そんなことはいいから、とっとと助けて。促すも、悪魔は語りを止めない。
「死ぬ人間の尊厳が大切にされないといけないわけだ。だがしかし、死ぬ人間の尊厳を壊せばどうなるか。…生き返られることもできるのだよ!」
悪魔は口に含んでいた緑の血を吐き出した。立ち上がり、元の悪魔の姿に戻ると、少年に手をかざした。
「これより、『死の尊厳』を破壊する」
両腕から放射線状に広がる魔法陣が瓦礫を浮かび上がらせ、まるでブラックホールに飲まれるかのように、一点に収束し、消える。魔法陣の巻き付いた両腕を少年の両手と繋ぎ合わせ、指を絡ませた。
「柔らかい。これだから、ショタはいい!」
恍惚とした表情で、唾液を舌でぬぐいながら、魔法陣を少年に送り込む。
「お前の尊厳は破壊した」
言葉のあと、血にまみれ、裂傷する下半身が勢い良く再生を始めた。
かえりに本屋に立ち寄った。
「これだからショタは最高だ」
少年サッカーの雑誌を舐め回すように食い入る上機嫌なアガレスさんは正直引く。あの後、少年を完治させたアガレスさんは、全面的にショタコンを認めた。開き直ったアガレスさんは、たまっていた欲求を満たすため、何か少年の雑誌を買えと言い出した。仕方なく、帰りに先ほどの本屋に寄って買い与えると、まるで成人向け雑誌に食い入る同級生男子のように、本から顔を離さない。その欲望解放された様子に、あたしと二匹は震えていた。
気持ち悪さはさておき、何はともあれ、ひと段落した。自転車を回収し、家路に着く。
「アレックスとクロールズはあたしについていく、って言ってますけど、アガレスさんはこの後どうするんですか」
正直、子供を救ったのは驚いたが、あんな気持ち悪い救い方は二度都見たくない。
「私はもう少し地上にとどまるぞ。現代少年も大いに良きものだと分かったからな!」
堂々宣言するアガレスさんは、その後、それにと付け足す。
「まだ、お前から呪う相手も聞いておらんし、英語も教えねばならないからな」
そっちがメインではなかったのか。困惑するも、あたしは先ほどアレックスとクロールズと約束したことを話した。
「英語ですけど、アレックスとクロールズに教えてもらうんで結構です。それに、気持ち悪いんでうちから出て行ってください」
こんな気持ち悪い悪魔と、たとえ少年の姿の状態でも同居したくない。気持ちをはっきり告げるも、
「いやだ! 家に泊まる!」
子供のようにアガレスさんは駄々をこねた。中身も少年にもどりつつあるな。あたしはため息をついた。
「ねんぶつ、唱えて除霊しますよ?」
聞かないなら、聖書でもいい。この悪魔は毒だ。清めなければ。清めてこの世にとどまれるか知らないけど。
「異教徒の呪文なんぞ、効かんわ」
そんな策略を知ってか知らずか、小娘に除霊されるはずがないと思っているのか、アガレスさんは雑誌から視線を外さない。
「ああ、そうですか。では」
あたしは、さっき回収したアレをポケットから取り出す。
「あぁあああああああ! 焼けるぅうう!!」
ネックレスの十字架。アガレスさんに押さえつけると、電撃に打たれたように大きく痙攣を起こし、白い煙を上げた。
「やめてやめて溶ける溶ける、溶けるからぁあ!」
悪い子には、悪いとしっかり教え込まねば。念入りに十字架を押さえつけた。はたから見たら、どっちが悪魔かわからないだろうな。そう思い、アレックスとクロールズを見ると、抱きついて震え上がっていた。
「おしおきです」
ふわりと落下する悪魔を横目に、私はネックレスを付け直す。その後、カバンから、グリモワールを取り出した。
「ねぇ、アレックス。それに、クロールズ。もう少し『まとも』な悪魔はいないの?」
「そ、そうだね。それなら、マルバスさんがいいかも!」
「た、確かに。マルバスさん、一度あったけど、すごく親切な方だったなぁ」
震える二匹をなだめるように、あたしは優しく言う。
「大丈夫。あなたたちに十字架を押さえつけるなんてこと、絶対にしないよ。それで、召喚方法は分かるの?」
あたしの言葉にふわっと明るい表情を見せた二匹は快く答えた。
「うん。もちろん。後で教えてあげるね!」
「絶対マルバスさんの方が合ってるもんね」
「まって。まって。それだけは。それだけはやめてくださいよぅ」
衰弱したアガレスさんはあたしの足にすがりつき、涙を流した。仕方ないか。
「じゃあー」
「じゃあ?」
「これからは地震を起こさないこと。いいですね?」
「は、ハイっ!」
きりりと悪魔は返事した。
「これじゃあ、念仏じゃなくて説教だ」
「おねーちゃん。お母さんみたい」
二匹は笑う。つられて笑うも、しっかりと否定する。
「そういうこと言わないの!」
この歳でお母さんになる気はありません!
夜空は雲ひとつなく、星が瞬いている。家に着くと、父が靴に足を通していた。
「えっ、また旅行? 仕事は?」
「昼で終わったよ。次はカリブ海だ!」
嬉しそうに父は答えた。本当にバイタリティだけは尊敬する。
「お母さんには?」
「ああ、言っておいてくれ」
さも、当たり前のように言う。
「え、嘘でしょ!?」
顔は笑ったままだ。冗談でしょ? いや、この人に冗談なんてなかったんだった。
「早く帰ってきてよね」
「気分次第だな。そうだ、お土産、どうだった?」
「まぁ、読んではみたけど」
左右を見つめる。ニッコリ使い魔と、にやけた悪魔。詠んでみたら、呼んでしまったのよ。なんてことも言えるわけもなく。
「うーん、微妙」
あたしは苦笑した。
靴を履いた父は立ち上がる。相変わらず短パン、白のハイソックスで冒険家みたいだ。
「じゃ、元気でやれよ。お前ら」
まさか、視えて…いた? ああ、侮っていたな、と思う。こう見えて、この人は僧侶。人外の者達が視えていてもおかしくないのだ。結局、あたしはこの人の手のひらで転がされていたのだ。悔しいが、今回は負けを認めよう。そして。
あたしは一呼吸し、笑顔で答えた。
「うん! いってらっしゃい!」
こうして、ショタコン悪魔と二匹、奇妙な物語が始まったのだったー
おわり。
終わりです。読んでいただきありがとうございました。
忙しさの息抜きのために始めたので、ちゃちゃっと終わらすつもりでしたが、気づいたら話が膨れ上がってしまいました。楽しんでいただけたなら幸いです。
よろしければ、評価、感想をお聞かせください。
さて、ここからは本編のお話。
悪魔に関してですが、アガレス、マルバス共に、実際に書かれている書物が存在する悪魔となっています。そのままこういう能力があって、こういうことができますよ、だけでは面白くないので、ショタコン属性の付与などで、色々と変なことが行われるような話にしてみました。
さて、短編がおわり、忙しい時期も一応終わったので、シリーズ物を再開していこうと思います。
では、また。次のお話で。