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ねんぶつ!  作者: Atsu
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ねんぶつ!(中編)

呪文となった言葉。立ち込めた黒雲の中から現れたのは、悪魔、アガレスだったー。契約を迫られる中、明かされる能力に、主人公は一つ、能力を見せてもらう目的も兼ねて、お願いをする。

「テスト、一緒に解いてくれませんでしょうか?」

明かされる悪魔の能力。そして、起こった地震。それが意味することとはー。

 傍らでいちゃもんをつける悪魔に多少苛立ちを覚えながらも、あたしは言われた通り、英単語、英文を書き進めていった。解き終わったのち、採点が終わった小テストには、最後に大きく『100』の文字が付け加えられた。

「この程度の英語もできんのか。情けない」

隣に浮かぶ悪魔は、まるで下劣なものでも見るかのような視線をあたしに向けた。

「勉強途中なんです! あなたみたいな能力でどうのこうのなっちゃう悪魔とは違うんですよ!」

自分で勉強したわけじゃないくせに。あたしはアガレスさんを睨み返した。しかし、睨みに反し、悪魔は呆れた様子でため息をつく。

「最低限というものがあるだろう。これでは、いざ外国人にあった時に自分の思いが伝わらんぞ。仕方ないから私が少し教えてやろう」

「それぐらい自分で勉強出来ますって! それに英語なんてなくてもなんとかなります」

虚勢にになってしまうが、丸め込まれるのが嫌なあたしは、周りのクラスメイトに気づかれない程度に、手でもちゃもちゃとジェスチャーのような動作をする。

「では、英語で『気をつけてね』と言ってみろ」

「気をつけろ、ですか」

え、気をつけろ。え、えっと。気をつけろだから、気を持てで、持つはテイク、気は魂だからソウルで、えっと…。うーん、なんか違う気がする。

「…」

一言も出ないあたしに、悪魔は先程より深いため息をつき、

「ほら、言わんこっちゃない」

お手上げだと言わんばかりに手を広げた。


 まっすぐに伸びる珍しい雲が赤く夕日に反射する放課後、アガレスさんがこの街について知りたいとのことで、学校からほど近く有名な、歴史的観光地の本通りに立ち寄り、散策することにした。

「平和、という言葉が相応しいな。お前たちの先祖が私欲にまみれて世界を壊したのが嘘みたいだ」

歴史でも習ったような光景を、アガレスさんは見てきたのだろう。その言葉にはなんだか重みが感じられた。

通りには、幾つもの商店が林立し、所々に歴史的建造物が存在を際立たせている。石畳の街道を歩いていると、幾つもの細い路地が目に映り、その間から、遠くに古寺が目入った。小学生たちが隠れんぼか鬼ごっこをしているのか、走り回っていた。

「そうですね。日本は比較的治安もいいですから。でも、今でも他の国では紛争とかも起こっていますよ」

「まぁ、人が増えれば、思想も増えるものだ…」

ふと、アガレスさんは言葉をやめ、あたしの手に注目を向けていた。

「それはなんじゃ?」

「あっ、これですか。スマートフォンです。小さなパソコンだと思ってもらえれば。ちなみに電話も写真も撮れますよ」

観光地を案内しようと、アプリを起動していたスマートフォンに悪魔は興味を抱いたようだ。

「それは便利だな。ちょっと使ってみたいな」

「視えないのに触れるんですか?」

「部分的に実体化すれば、問題無い」

その実体化した手の部分は他の人に見えるのでは、と思ったけど、何とかなるんだろう。あたしは特に何も考えずにスマートフォンを手渡した。

「へぇ、便利ですね。はい、どうぞ」

悪魔はタッチパネルに苦戦しながらも操作を始めた。言葉が分かるし、勝手になんとでもなるだろうと特に説明もせず、再び歩き出した。

「あ。ちょっと本屋寄っていっていいですか?」

せっかく本屋の近くまで来てるんし、ついでに悪魔についての文献を漁ってみようと考えた私は、本屋に寄ることにした。神話、伝記コーナーに足を運ぶと、人もまばらで、棚の側に備え付けられた空きのある椅子に座り、すぐに見つかった悪魔事典という本を読んでみた。

「少し、悪魔の本読んでるんで、適当にスマートフォンで時間潰しててください」

「分かった」

視線をこちらに向けずに返事する様子は、もう立派なスマホ中毒者のようだ。

十分ほど読んでいただろうか。その時だった。急に振動を感じ、文章への焦点が大きく歪み始める。目眩か? そう思い視線を上げると、本棚がゆらゆら音を立てて揺れだした。これは地震だ! 慌てて本を閉じて、近くの本棚にしがみつく。幸いにも揺れはそこまで大きくなく、本棚から本が落ちるなどの被害はなく、一瞬で揺れは収まった。

一安心したのち、アガレスさんのところを見上げる。どうやら、浮かんでいるからか、それとも集中していたからか、地震には気づいていない様子で浮かんだまま固まっている。それにしても指先すら動いていない様子だけど、どうかしたのだろうか。

ふと、地震というキーワードから、アガレスさんの能力のことを思い出し、尋ねる。

「そういえば、アガレスさんって破壊の代償で地震が起こせるんでしたよね?」

そう尋ねるも、アガレスさんは微動だにしない。

「もしかして、なんか壊しましたか? …あ」

アガレスさんの手元には、無残にも指でスマートフォンの画面が貫通していた。

「あーあ、何してくれてるんですか」

「す、すまない。…つい、ゲームというものをやっていて、指に力が入ってしまってな」

「割と新品なんですよソレ。データはクラウドで保管してるからなんとかなりますけど、修理しないといけないじゃないですか」

「も、申し訳ない。あ、あと地震だが、私ではない。さっき見ただろう。地震雲を」

「来るときに見たやつですか?」

そういえば。さっき、やけに綺麗な変な雲を見たような。

「ああ、そうだ。あの、伸びたやつだ」

「言われてみれば珍しい雲だと思いましたよ。…もう、仕方ないですね」

比較的新しい店だったから、被害が抑えられたのかもしれないので、本を元の場所にしまって、外の様子を確認したほうがいいだろうと思ったので、アガレスさんに提案した。

「とりあえず、まずは地震の被害がないか外に出てみましょう」

「そうだな」

外の街道通りに出ると、多くの人々は何事もなかったかのように日常を再開していた。さすが日本人だ。

「どうやら、被害はなかったようですね」

「日本人は災害に慣れすぎているらしいな。さっき、記事で読んだが本当だったようだ」

「まぁ、地震なんてしょっちゅうですからね。あまり慣れすぎるのも良く無いとは思いますけど」

かく言うあたしも、先ほどの揺れの恐怖はすぐに頭の中から消え去っていた…のだが、あたしは見渡す景色の中に、一つの異変を発見した。対岸の歩道の、ピンクのタンクトップに半ズボン、レギンスにウエストポーチを身につけ、サングラスをかける西洋風な婦人が、辺りをキョロキョロと見渡している。慌てふためいていると言ったほうが正しいだろう。

「見てください、あの人。何かあったんですかね」

両手を頭に乗せ、悩んでいる様子だ。

「ああ。何かあったように見えるな」

なんだか素っ気ない悪魔を横目に一歩踏み出し始める。

「話しかけてみましょう」

歩き出そうとするあたしの腕を掴み、待て、と悪魔は私を止めようとする。

「もし、言葉が通じなかったらどうする?」

不意に、さっきのアガレスさんの言葉が胸に突き刺さる。

『これでは、いざ外国人にあった時に自分の思いが伝わらないぞ』

確かに。今の私には、外国語を、英語ですら話すことができ無い。こんな私が外国人を助けることができるのだろうか。いや、そんなことを言ってる場合じゃない。困った人は助けなきゃいけない。こんな言葉が自然と出るあたり、やはりあたしには寺の子の血が流れているのだなと思った。

「そんなこと、何とでもなります! とりあえず、できることをやってみます!」

あたしたちは駆け寄って、婦人に声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

話しかけるも、流暢な英語を慌てて話されるものだから、何を言っているかさっぱり理解できなかった。唯一強調して発音された『マイソン』という単語だけは聞き取れたが、他がわからない。息子がどうしたんだろうか。

「ど、どうしましょう?」

理解できないあたしは、テレパシーでアガレスさんに助け舟を求めた。

「ほら、いざという時に言葉が通じないと困るだろう。何とかなるにも限界があるんだ」

私を切り捨てるように言ったアガレスさんは、何でこんな娘に私は呼ばれてしまったんだ、と小声で愚痴った。

「うっ…」

くやしい。こんなチート悪魔に負けたくない。必死に解決策を脳内模索したその時、あることを思い出す。

「そうだ! 確か、会話文の例が英語の教科書に」

急いで、カバンを漁る。すぐにオレンジ色の本が見つかった。これだ。これでなんとかなるという期待と安堵が湧き上がる。

「見ててくださいよ。あたしの凄さを!」

そう悪魔に宣言し、勢い良く本を取り出した、その瞬間だった。悪魔が腹を抱えて大笑いした。

「何で笑うんですか!」

「それ、持ってるものを見てみろよ」

取り出したそれは例の魔導書、グリモワールだった。同じような色しているから、英語の教科書は間違えて学校に置いてきてしまったのか。ああ、どうしよう。

…どうして、こうも大事なときにドジを踏んでしまうんだ。あたしの中の後悔が、さらに大きなうねりとなってあたしの脳内を渦巻く。ああ、英語ちゃんと勉強しておけばー

「ドジっ子というやつか。さっき読んだネットの記事に書いてあったな。しょうもないことでミスをおかす人種のことらしいな」

アガレスさんは、赤の他人だと言わんばかりに、けたけたと嘲笑する。ふと、あたしの反対の手に握られたソレを思い出し、怒りが込み上がってきた。

「よく考えたら、スマートフォンさえ壊れなければ、翻訳機能でナントカなったかもしれないんですよ。アガレスさん、責任とってくださいよ」

逆ギレになるかもしれないが、事実は事実だ。睨みを利かして言った。すると、笑いをやめ、悪魔はため息をついた。

「…どうやら、地震で子供とはぐれてしまったらしい。地震の前までは一緒にいたのに、揺れに驚いて、何処かへ走り去って行ったそうだ」

悪魔は婦人の言葉を翻訳していった。

「何かいい方法はないんですか?」

「私の言ったように真似をして、英語を話してくれ」

「わ、分かりました」

あたしはアガレスさんの言う通り、英語を話す。すると、婦人はパスポートを取り出し、あたしに写真を見せてくれた。

「he is. Did you see him?」

どうやら、これが子供の写真らしい。続けて、ここで待っているように婦人に話し、あたしたちは少年の捜索を始める。幸いにも、あたしにはこの辺の土地勘があったのだった。ここは、父親の付き添いの寺関係の行事で、何度も縦横無尽に歩いているのだ。

「とりあえず、本通りにいないのなら、裏通りに入った可能性が高いと思います」

「なるほど」

「はい、そっちから探してみましょう!」

あたしは急いで身を翻して、裏通りへと向かおうとする。しかし、悪魔は動こうとしない。

「そう、急がなくても良いじゃないか。私の能力を忘れたのか?」

「何かありましたっけ?」

慌てていることもあって、アガレスさんの能力の全容は頭から抜け落ちていた。何か有効な能力があったっけ。

「これだから人間は。『逃亡者を戻ってこさせる能力』があると言っただろう。だから少年の顔を確認したのだ」

「だから、さっき婦人に少年の顔を見せてもらったんですね」

「そうだ。呪文を唱えて連れ戻せる」

そう言うと、アガレスさんは、子供を呼び戻す呪文を詠唱し始めた。瞬間、目の前がまばゆく光る。光の中には、小さな影が、出現する。光が消えると、先ほどの少年が、そこには居たのだった。

「ほんとだ、すごい!」

驚いたのも束の間、どうやら少年の様子がおかしいようだ。私の右上を見て、何か怯えている。

「Evil spirit!」

アガレスさんの姿が視えてしまったようで、驚いた少年は急いで走り去っていった。

「待って!」

声に出したつもりだった。しかし、それは音となって響き渡らない。

「だからテレパシーの使いすぎは良くないと言ったのだ」

声ではなく、テレパシーで少年に声をかけてしまったようだ。数秒遅れて出た声は、かすれており、確かに常用すべきではなかったと深く反省した。

遅れて、あたしたちは急いで少年の跡を追った。この先は、この辺で最も車通りの多いバイパス。嫌な予感がする。少年が曲がった角の先へと追いかけていく。その先には交差点のはずだ。小さな影は交差点へと向かって走っていた。

「まずいです。あそこは車通りが多いのに、視界の悪い交差点で有名なんです」

少年は叫びながら横断歩道に入ろうとした。その時、信号が赤に変わる。対向車線から曲がってくる大型トラックが迫ろうとしていた。

「ヤバイ、間に合わない」

距離にして50メートル。どうあがいても、少年とトラックとの接触を回避させられない。

「取り憑かせろ! でなければ助からんぞ!」

唐突にアガレスさんが声を荒げて言った。

「でも、あたしが」

取り憑かれる恐怖。目の先に少年が轢かれかけているという恐怖があるのに、そんなことまでできるはずがない。

「一時的だ!」

「信じれないですよ! 悪魔なのに!」

「お前は少年を見殺しにするのか!」

見殺し。その言葉は、私の中の畏怖を超える決定打となった。

「そ、それは…」

「大丈夫だ。今だけでいい。改宗しろ。そして、十字架を引き千切れ!」

あたしでは目の前の惨劇を防ぐごうにもどうにもできない。信じるしか、信じるしかないんだ。手を胸元のネックレスにかける。

「もう、どうにでもなれ!! 今だけキリスト教!!」

そう叫びながら、十字架を引き離すと、アガレスさんがあたしに衝突した。衝撃に一瞬よろめいた後、急に輝き始めた体が浮かび上がり、加速する。

視覚と聴覚だけが感知できる体は、風を切り裂き、トラックに迫っていく。恐怖で涙が止まらない。

『あっ! あ! ぶつかるぅううう!!!』

曲がってくるトラックと衝突寸前で、体は急停止し、悪魔の意思で、あたしの左手はトラックに向かって差し出された。瞬間、トラックは衝撃波で五メートルほど、後退した。運転手と目があう。運転手は恐ろしいものでも見たように、口をあんぐりと開けていた。あ、あたしじゃないんです!

空いた右手で悪魔は少年を拾い上げ、急いでその場を飛び立った。

内臓が定位置を求めて彷徨う浮揚感。そして、瞳に映る遠景のような街並みに、夢でも見ているように思えた。唯一、現実感を取り戻させているのは、流れていく、涼しい風。少し離れた公園まで飛んだのち、降り立つも、しばらくは、背筋の寒さと、妙なうわつきが体を支配する。例えるなら、ジェットコースターのあと。まだ、地面が沈んていくかのような感覚だ。

地面に降り立っても、少年は泣きじゃくっている。アガレスさんがあたしの口を使って優しく英語で声をかけると、泣き止み、おとなしくなった。お母さんのところまで行こうとアガレスさんは少年の手を取り、歩きだす。

取り憑かれると、取り憑いた者の感覚が共有されるのだろうか、妙な違和感を覚えた。優しさ、というよりは興奮。悪魔に渦巻く感覚は、どちらかというと少年が救われたことへの安堵というよりは、少年と手をつなぎ、歩いていることへのいやらしい幸福だった。もしや…。

そんなことはさておき、そろそろ体を返してもらおうと思ったあたしは、悪魔に返還を要求する。

『いつまであたしの体を弄んでいるんですか』

『いいではないか。少年はかわいいもんだ』

この言葉が決め手となり、あたしはある単語を口にした。

『まさか、ショタコ…』

『違う! 断じてそんなことは』

ショタコン。すなわち、少年が好きで仕方ない性癖。あたしの言葉に、悪魔は動揺する。これは間違いない。とにかく、体を奪い返さねば。

『とりあえず、もう離れてください!』

『嫌だ! お母さんのところまでだから! いいだろう!』

そうだ。十字架は落としてしまったけど、乗り移った時にキリスト教徒宣言したしたってことは! あたしは強い思いを込めて宣言する。

『あたしは仏教徒! 南無!』

その瞬間、体から粘性の何かが取り外される感覚が伝った。まるで、毛穴パックや保湿パックが剥がされるようなスッキリするような快感を孕んでいた。アガレスさんは吹き飛んでいく。奪取成功だ。

除霊された一瞬、あたしの震えたので、少年があたしを気にかけてくれた。

「Are you ok?」

「ノープロブレム、サンクス」

あたしはショタコンではないけど、少年の無垢な笑顔はやはり天使の贈り物だなと思った。

本通りに到着し、母親の姿を探す。婦人は、先ほどの場所で待っていてくれた。

「ルック、マムイズオーバーデアー!」

「True! Oh, what's your name, sis?」

「アミ、アイムアミ!」

「Ami! Thank you Ami! Bye!」

あ。これってもしかして、アガレスさんが教えてくれた言葉が使えるんじゃ。

「バイバイ! テイクケアー」

言えた。でも、聞こえたかな。

「Hey, mom!」

笑顔で手を振ってくれた少年は、嬉しそうに母親の元へと走り去っていった。お母さんのところに行っても、話せないし、ここでお別れかな。あたしは、手を振ったあと、踵を返し、飛んで行った悪魔の回収に乗り出した。

  数分後、道端で仰け反って、すねる悪魔を発見し、起こす。あたしは吹き飛ばしたことを一応謝罪し、帰宅するために、駐輪場に向かって歩き出した。

「何で、人を助けようと思ったんですか、って聞こうとしたんですけど、もう答えを聞いていました。ショタコンだったんですね!」

無垢な笑みを浮かべて見せると、動揺を抑えきれない悪魔は、手を左右に振り、まだ足掻きをみせる。

「違う! 断じて違う! 子供は悪に染まってはおらん。けがれた人間が居るから悪魔がいるのであって、けがれを知らん子供を呪おうなんて…」

「まぁ、確かに子供は悪くないですもんね」

「なんだ。突っかかった割には理解がいいな」

「まぁ、『ショタコンであること』、以外はその通りですからね」

「その言葉が納得いかんのだ。撤回しろ!」

「イヤです」

「めんどくさい娘だな。…あぁ、ひとつ言い忘れてたが」

「何ですか?」

「さっきの親子、幽霊だから」

親子、幽霊。十回ぐらい反芻してようやく意味がわかった。瞬間、声が漏れ出ていた。

「は、はぁあああ?」

うそでしょ。あれほど慌てふためいていたのに、あれが幽霊? どう見たって足はあったし、手も繋いでたじゃない。

「私がいつ人間に優しくするなんて言った?」

「本当に言ってるんですか?」

「よく考えてみろ。お母さんとちゃんと口で話していたら、子供を呼び止める時に声がかすれるわけないだろう」

ということは、あたしはテレパシーで幽霊と会話していたってこと、なのか。

「まず第一に、他の人が外国人の慌てる様子に気がつかないほうがおかしいじゃないか。どう見たって、声をあげて非常事態だと言っているのに、誰も助けようとしないなんて、君の言う日本人ではないだろう?」

確かに。あの時、アガレスさんが、もし言葉が通じなかったらどうすると言っていたが、外国人だったからではなく、この世の者ではないから、話が通じないかもしれない、と言っていたのか。それに、子供と手をつないでいたのは、アガレスさんが乗り移っていた時だけ。お母さんが、その場を動かずにいたのは地縛霊だったから。色々と辻褄が合い、考えると寒気がしてきた。

 しかし、アガレスさんがショタコンである事実は変わりない。

「色々まとめると、アガレスさんは幽霊のショタコンとかいう特殊性癖なんですね」

正直、寒気を取るために言った言われても、嘘とは言えないが、あんなに子供と手をつないで嬉しそうな感覚が伝わってこれば、明らかなのだ。

「はぁ!?  いつ私がそんなことを言った?」

「今までの言動から明白です」

「ふざけるな!」

往生際悪く悪魔が否定したその時だった。聞き覚えのない少年の声が聞こえる。

「おにーたん。もう認めたほうがいいよ?」

おにーたん? 聞こえてくるのはアガレスさんの肩から。そう。その声の主は、肩に止まったタカのぬいぐるみだった。

「え。あなた喋るの!?  てか、おにーたんってなんですか! アガレスさん!」

笑いが止まらない。まさか、使い魔にそんな呼ばせ方をしていたなんて。腹がねじれて千切れそうだ。

「にいにいは小さい男の子が好きでしかたがないんだ、おねぇちゃん」

立て続けにワニのぬいぐるみがしゃべった。

にいにい…。やめて、もうお腹が真っ二つになっちゃう。

「お前たちぃ…」

顔を真っ赤にするアガレスさんは、憎しみを込めて呟いた。

「あははっ。…あたしも、おにーちゃんっ、って呼びましょうか?」

「も、もうしらん!」

アガレスさんは半泣きになると、勢い良く飛び去っていった。

 残されたタカとワニさんが挨拶をしてくれた。

「ぼくはアレックス。よろしくね、おねーちゃん」

タカのアレックスは翼を差し出してくれた。

「ぼくはクロールズ。よろしく」

ぬいぐるみとなった小さな手と握手を交わした。

「それにしても、あなたたちのご主人様、変人だね」

「うん。少し、フェチの度が過ぎているというか。しゃべりかけると、『おにーちゃん』とか『にいにい』って言わなきゃいけないから、口を紡いでたんだ。ごめんね、おねえちゃん」

アレックスとクロールズが頭を下げた。

「ううん。それは仕方ないよね」

「そうだ! これからはおねぇちゃんについて行こうよ、クロールズ」

アレックスがクロールズに向かって言った。

「そうだね。そのほうが賢明だ!」

クロールズもうんうんと大きく首を縦に振った。

「おねぇちゃん。これからお世話になっていい?」

「いいけど、二人は怒られないの?」

「いいよ。実はね、おにーたんは、ぼくたちがいないと、破壊の能力しか使えないんだ。他は僕たち二人がいないと使えないの」

あっさりと爆弾発言をするアレックスにあたしは口が開いたままになった。なんだそれ、悪魔としてどうなのよ。

「え、そうなの!?」

「ほら、さっき乗り移ったときとか浮かび上がったでしょ?  あれは僕が飛んだからだったんだ!」

「あと、逃げた人を捕まえる能力も、実は僕ら二人の視力を使って見つけて、アレックスが瞬時に連れてきてるんだよ」

容赦なく明かされるトリックに、少しアガレスさんが可哀想になってしまった。

「ぼくら、いろんな言葉が使えるから、おねーちゃんに英語、教えてあげるね!」

「本当?  助かる! アガレスさんが教える時はお母さんみたくて、ちょっとあれだったから」

「にいにいはいっつも召喚者にあんな感じなんだ」

「ショタコン悪魔かぁ。 …ないなぁ」

「あ、そうだ」

アレックスが何かを思い出したようで、あたしの肩に飛び乗った。

「お姉ちゃん。ひとつ忘れてた」

「ん、どうしたの?」

「おにーたん、機嫌悪い時、地震起きるかも」

瞬間だった。視界がブレる。地面が大きく鳴動を始めたのだった。


後編に続きます。

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