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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
高すぎる壁
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第89話 最後の修行

今章ラストです。

(人類が他の種族と対等に接することができるようにしろ、か)


 王様との話を終え、俺は上級騎士章を受け取って王城から自宅への道を歩いていた。

 隣には堂々と歩く親父殿。久しぶりに親子二人で歩いている状況である。とはいっても、俺の頭の中は王様から出された課題のことでいっぱいなのだが。


(この場合は俺や親父殿みたいな極少数の英雄を作れって言う話じゃなくて、より多くの戦士の底上げをしろってことだよな? 最高値じゃなくて平均値を上げる……どうすりゃいいんだ?)


 鍛えていない人間はゴブリンにも勝てない。その現状で外陸種と毎日戦っているような種族に同盟持ちかけても相手にされない。それが王様の意見だ。

 それを覆すためにはより多くの強い戦士を用意する必要がある。人間と手を組めば戦力アップになりますよって向こうさんに納得させねばならないのだ。

 それは納得したが、じゃあどうすんだといわれれば明日考えようとしか言えない。まさか俺と同様の修行を全国民にやらせるとか不可能だし、流石にそんな真っ当な方法で三年以内に結果を出すとか無理だ。俺が何年かけて最低ラインの合格点もらえるようになったと思っている。


(こんなときは馬鹿正直に真っ向からやっても無理だよな……やっぱりロクシー辺りに相談するか)

「――オン」

(確かロクシーも俺の試合に合わせて王都に来てるって話だったし、会うくらいはできるだろう。流石に三日で移動してるって事はないはず……)

「レオンッ!」

「ッ!? は、はい?」


 ボーっと歩きながら考え事をしていたら、親父殿に割りと強めに声をかけられた。

 ついビクッっとなって心臓縮んじゃったぞ……。親父殿の一喝はわりと洒落にならない。多分即死効果ある。


「戦時のように気を張っていろとは言わんが、そんな気を抜いて歩くと危ないぞ」

「は、ははは……すいません」


 ちょっと呆れ顔で説教されてしまったが、普通に俺が悪いなこれは。

 街中で馬車が走っているのが普通の王都。異世界だろうが交通事故には気をつけなければならないのだ。

 ボーっとしたままついうっかり反撃して馬を潰したりしたら、罪悪感と弁償代で割と死にたくなるだろうから。


「それでなレオン。お前は陛下から出された課題について考えはあるのか?」

「い、いやー……まあ、ないわけではないですよ?」


 ロクシーに相談するって考えがな。口には出さないけど。


「そうか。ではお前のやりたいようにやるといい。それ以外の事に関して、私からお前に言っておかねばならないことが二つあるのだが……まあ歩きながら聞いてくれ」

「何ですかいったい?」

「まずは業務連絡だ。これは父としてではなく騎士団副団長として話すと言うことを念頭に置いておいてくれ」

「はい」


 騎士団としての連絡……上級騎士の任務とかそんな感じか?

 まさかいきなり竜でも退治しに行けとか言われるんじゃ……。


「……そう身構える必要はないぞ? そもそも、今のお前は出動できる状態ではないからな」

「……?」

「上級騎士は部下を持つことが義務付けられているのだ。お前は特例で外されていたが、本来中級以上の騎士には部下がつけられ、チームで行動すると共に部下の教育および指導を行うのだ」

「というと、俺……私に部下をつけると?」

「些か不安ではあるがな。通常中級騎士には下級騎士が数名つけられ、上級騎士は見習いクラスの者を数名つけられることになる」

「見習い?」

「上級騎士は一人でも大抵のことはできると判断されるものだからな。中級騎士は最低限ではあるが一人前と見なされる下級騎士と組むことで戦力を補う目的でチームを組むが、上級騎士は任務をこなしつつ未熟な見習いを一人前に育て上げる役目も負うのだ。もちろん任務をこなす為に戦力が必要だと判断されれば中級騎士以下の者を更に部下に着けたり上級騎士同士でチームを組んだりすることもあるが」

「……なるほど」


 つまり見習いはベテランである上級騎士に面倒を見てもらいつつ経験を積み、正式に下級とは言え騎士になったら自分も部下としてではあるが戦力として扱われる。更に経験を積み中級に登ったら今度は部下を背負いつつ戦力の核として働き、上級まで極めたら今度は自分が指導者として動くシステムか。

 先人の教えを受けつつ実戦経験も積める。そんな騎士の育成システムが団の中で構築されているわけだな。

 ……何故か俺は上級になるまでずっと一人で活動してたけど。


「今までずっと一人で活動していたお前に部下の指導ができるのかは少々不安だったが、弟子を――アレスをあそこまで育てている実績がある。ならば大丈夫だろうと判断した」

「はぁ。では、既に私の部下になるものは決まっているのですか?」


 正直騎士として部下を持つなんて初めての経験なのでうまくやれる自信はないが……まあそれは皆同じだろう。俺のやり方でやらせてもらうまでだ。

 ……死なないで欲しいなぁ、いろんな意味で。アレス君と同じ要領でやっていいのかね?

 とは言え、成功するもしないも見習い本人の要素も大きいだろう。冒険者の中には始めて実戦に出てそのままビビッて引退する奴も結構いるらしいし、戦闘には本人の資質も大きいからな。


 だから俺は親父殿に俺の未来の部下とやらについて尋ねたのだが、親父殿は首を横に振るのだった。


「残念ながら未定だ。というのも、既に現在の見習い騎士は全員指導者がついている。丁度そろそろ見習い騎士試験の時期だしな」

「ああ、そう言えばそうですね。と言う事は……?」

「ウム、お前の部下は次の試験の合格者から選ぶことになるだろう。いきなり大人数は無理だろうから、まずは二人くらいと考えている。合格者の数にもよるがな」

「なるほど。……しかし、見習い試験とはまた懐かしいですね」


 ふと気がつけば意識が昔の思い出、見習い騎士試験に飛びそうになって――すぐにやめた。何が悲しくて当時の実力的に遥か格上だったマッドオーガやらキルアーマーやらにボコられた過去を思い出さねばならないのだ。


「とりあえず、以上が業務連絡だ。具体的な内容を現段階で告げることはできないが、覚悟だけはしておくように」

「わかりました」


 そこまで言って、親父殿は少し肩の力を抜いた。どうやら上司として接するのはここまでということらしい。


「ではもう一つの話だが……こちらは父として聞こう。お前は本当に外の大陸へ出向き、異種族との交流を成功させるつもりなのか?」

「…………ええ。もちろん」


 親父殿は真剣な表情で俺にそんな確認をしてきたが、そこは曲げないと俺も強い意志を持って頷く。

 今の俺に、人類戦力だけで魔王軍の侵攻を食い留める方法など見当もつかない。俺の中にある知識のように勇者が現れて魔王を倒してくれたとしても、それでも人類は壊滅的なダメージを受けるのだ。

 この世界の住民ではないどこかの誰かとしての視点から考えればそれでもいいかもしれないが、ここにいる一人の人間としては許容できる話ではない。

 勇者は強大な魔王を打ち倒すことはできるかもしれないが、しかし全てを守れるわけではない。ならば勇者が取りこぼす命を守ることこそがきっと――俺の役割なんだろうと思う。俺一人じゃそんな大規模な取りこぼしを何とかするなんて不可能なのが困りものだけど。


 とにかく、そのためにも異種族との同盟は必須だ。人類をいくら強化したとしても無理なもんは無理って話なので、強い人には是非とも助けてもらいたい。

 それが俺の考えなのだが、親父殿は渋い表情なのだった。


「正直に言えば――私にはそれが可能なことなのかわからん」

「え?」

「私も数多くの戦いを経験してきたが、この大陸の外は未知だ。どれほどの危険と強敵が待ち受けているのかわからん。だから……お前ならば大丈夫だ、などと無責任に背中を押してやることはできない」

「……でしょうね。でも――」


 親父殿の言葉は、理解できる。この世界の人間は南の大陸に引きこもって暮らしているのだ。

 外からやってくる強力な魔物を討伐できる戦士はシュバルツやクンくらいしかいないのならば、当然その代えの効かない任務についている親父殿が大陸から出て行くことなどできはしない。

 だから、親父殿からすれば息子が自ら死にに行こうとしているようにすら感じられるのだろう。それでも進もうとする俺は親不孝者なのかもしれないけど、それでも――


「だからなレオン。私はお前にできうる全てを教えることにした」

「――それでも行く……え?」

「今のお前は強くなった。しかしまだまだ限界に当たったわけでも私を超えたわけでもない。ならばお前が旅立つその日まで、ほんの僅かでもお前の力を高めてやることが父として私ができる全てであると考えたのだ」

「……別に止めはしないんですね」


 考えてみれば、親父殿に危ないからやめろなんて思考回路があるわけなかった。

 障害は筋肉と根性で破壊する。不可能ならば可能になるまで鍛え上げる。それが親父殿だったよ。


「だからレオン。これより、私はお前に与えられる最後にして最大の試練……英霊の行を課すこととした」

「え、英霊の行……? なんと言うか、そこはかとなく嫌な予感しかしないんですけど……」

「本来ならばまだ早い。まだ早いと私は思う。これはシュバルツ家の教えとして成人したら……20歳を超えたとき初めて許可が下りるものなのだ。まだお前がコレに挑むのは若すぎ、危険であると思うのだが……三年の期間でお前が私を超え、安心させてくれる可能性があるとしればこれしかない」

「……すいません。逃げていいですか?」


 あの親父殿が『危険』なんて言葉を使う修行? シュバルツ家の教えで20歳まではやっちゃいけないとされている?

 死ぬ。何をされるのかはわかんないけど……きっと間違ったら死ぬなんてレベルじゃない。間違いが起きなければ死ぬような何かをさせるつもりだ……!


「安心しろ。逃げても無駄だから」

「……はい」


 昔を思い返して鬼ごっこしてもいいが、まだ身体がだるいのだ。今の状態で何をしても親父殿から逃げられるわけがない。

 ここは大人しく、死ぬ前に強くなろう。なに、いつものことさ。どうせ逃げても足腰鍛えれるだけだし……。



「ここに入るのは初めてだったか?」

「そうですね……」


 俺は屋敷に戻り、そのまま親父殿に地下室へと案内された。

 ここは通称、儀式の間。シュバルツ家の後継者が成人したときに立ち入りを許可され、今後の勝利を願う儀式をする場所……と聞いている。俺の知識で言えばここで祈れば聖騎士になれますってお手軽パワーアップゾーンでもあるのだが、覚醒という上の領域に上がる為の力を知った今ではそんなわけないと鼻で笑う話しだな。


「父上。ここで何するんですか? ここは成人したときのお祝いの場でしょう?」


 そう言って、俺は儀式の間を軽く見渡す。

 この部屋は地下にあるので当然窓はないが、光源として部屋の四隅に魔法の光を灯すランプが設置されている。

 部屋の中央には特大サイズの――三メートルはある水晶のように透き通った物体が置かれており、それ以外の場所には高さ10センチほどの水が溜まっている。この水も何か不思議な光を宿しており、恐らく何かしらの魔法が込められているのだろう。やや高い位置に階段を設置することで水が外に漏れないようにしている辺り、長時間この風も通らない地下室に溜められていても腐ったりしない特殊な水なのは間違いないな。

 そんな具合にファンタジー感全開の不思議な雰囲気の場所ではあるが、しかし修行に向いているとはとてもいえない。そんなに広いわけでもないし、障害物も多いこの場所でできることなんてそれほどないだろうし。

 いったい、親父殿はここで何をするつもりなんだ……?


「レオン。聖騎士の紋章は持っているな?」

「え? ええ。いつも肌身離さず持ってますよ」


 親父殿に言われ、俺は服の下に通していた首飾りを取り出す。

 これは俺が産まれたばかりのときに渡され、今までずっと持ち続けているお守りでありシュバルツ家の長男である証。そして――将来勇者に渡ることになるかもしれない貴重品だ。


「よろしい。では、それをもってあの霊碑に触れよ」

「霊碑? あのでかい水晶ですか?」

「そうだ。……くれぐれも気をつけるのだぞ。意識を強く持ち、生を諦めるな」

「……本気で何が起きるの?」


 親父殿の不穏すぎる発言にちょっとビビリながらも、俺は不思議な水に足を浸しながら進む。

 ……とりあえず何の問題もない。しばらく進んだら突然水が意思を持って襲ってくる――くらいのことは警戒していたが、何事もなく俺は霊碑と呼ばれる水晶の元までたどり着いた。

 ここまできた以上、覚悟を決めて俺は霊碑に手を伸ばす。さて、後は何が起きるか出たとこ勝負か……!


「うっ!?」


 霊碑に手を触れた瞬間、俺の視界は白一色に染められた。



「い、いったい何が……?」


 霊碑に触れた一瞬、意識が途切れたように感じた。しかし頭を振って心を建て直し、周囲の状況を確認する。

 すると――さっきまでいたはずの儀式の間とは似ても似つかない、見たことのない建造物の中に俺はいたのだった。


(何だ? さっきの光は転移魔法だったのか? でもシュバルツ家に張られてる結界を打ち破って……いや、この事態の仕掛け人が親父殿ならそれは問題ないか。でもここどこなんだいったい……?)


 とりあえず周囲を見渡して情報を得ようと努力する。

 パッと見の印象としては、闘技場に近いかな? 試験で使った場所とは全く内装が違うからなんともいえないけど、雰囲気は似ている。

 しかし闘技場とするとやや不自然なところもある。あちこちに障害物と言うか邪魔なオブジェが置かれており、部屋全体の横幅も狭い。はっきり言えば長物を扱うには適していない場所だ。どちらかと言うと整備された洞窟って言う方が正しいか?

 まあとりあえず、俺が来た事のない場所であることは間違いないだろうけどさ。


「――ん? 誰か来たか?」

「ッ!」


 俺は神経研ぎ澄まして周囲を探っていたというのに、極自然に誰かから声がかけられた。

 俺が探しても見つけられないほどに気配を消せる使い手? でも、どっちかって言うと隠れていたというよりは今まさに現れたといった感じが……?


「うん? ガーライルじゃないな? もしかして息子か?」

「……親父殿?」


 声がかけられた先にいたのは、親父殿……によく似た人だった。

 何で俺がこの人物を親父殿ではないかと判断したのかと言えば、若いからだ。俺よりは年上だが、多分20代後半くらいだろう。

 しかし全体的な顔形が親父殿とそっくりなんだ。まあつまり俺に似ているとも言えるわけだけど……本当に誰だこの人?


「親父? でもお前はガーライルじゃないな?」

「え、ええ。俺はガーライル・シュバルツの息子のレオンハートですが」


 何故か敬語になってしまう――まあ年上に敬語を使うのは当然なのだが――雰囲気を持った男性に対し、俺は自分の素性を正直に答える。

 すると男性は嬉しそうに頷いた。そう、本当に嬉しそうに。


「そうかそうか。あいつも無事に子を授かったか。頭の中戦いばかりだったから嫁さんもらえるか心配だったんだぞ?」

「そ、そうですか」

「それで相手は? ガーライルの嫁は誰だ? やっぱりレリーナちゃんか?」

「あ、はい。俺の母はレリーナ・シュバルツですが……」

「そうかそうか! いや安心した安心した。あの子なら問題ないだろうな。昔からしっかりした子だったし、不器用なガーライルをしっかりサポートしてくれるだろう」


 満足そうに俺の両親の縁を喜ぶ男性。とりあえず年齢的にはどう考えても家の両親の方が上なのだが、この話しぶりはまるで俺の両親が子供の頃から見守っていましたとでも言いたげな感じだ。

 ……所謂長命種とかだろうか? でもそんな感じでもないんだよな……?


「おっと、そう言えば自己紹介をしていなかったか? 俺はジークロイド・シュバルツ。ガーライルの父だ。つまりお前の祖父ということになるのかな?」

「え……? ええっ!?」


 この目の前の20代男性は、しかし全く冗談でもなんでもないと言いたげに高らかと俺の祖父を名乗ったのだった。



「……そろそろ始まったか?」


 私は霊碑に触れ、意識を失ったレオンの側に腰掛けながら小さく呟く。

 シュバルツの直系が成人するときに受けさせる究極の修行――英霊の行。既にその過酷な修行は始まっているはずだ。


(順番で言えば、まず初めに会うのは父上だろう。私とは全く違うタイプの達人――レオンにはまだまだ早いだろうが、無事に戻れるか?)


 今更ながら不安になってくる。この英霊の行……今のレオンで耐えられるかに。


 英霊の行とは、歴代のシュバルツが守りとして継承してきた――初代シュバルツが聖騎士として覚醒したときに手にした首飾りを媒体として発動する秘術を用いたものだ。

 原理は私にはさっぱりわからないが、首飾りの中に秘められた魂を呼び出す超高位幻術……らしい。


 首飾りは長年――最低20年以上身につけた所有者の魂と記憶を宿すマジックアイテムだ。20年以上身につけた所有者と魂にラインを繋ぐ古代の魔法が首飾りには秘められていると聞いている。

 その魂を呼び出し、持ち主を霊碑に込められた魔法によって幻術空間に誘い込むことで聖騎士の紋章に込められた歴代の所有者との対面を可能にするのが英霊の行だ。

 その性質上、今も現世に生きるものは呼び出す事はできない。幻術空間で出会うことができるのは現世で死亡し、その魂を首飾りに移した者だけなのだ。

 ……昔その話を聞かされたときには死後をこの道具に縛られるのかと唖然となったものだが、それは心配しなくてもよいと先生に言われたのだったな。あくまでも首飾りに残るのはコピーだから問題ないとかなんとか……まあその辺の原理はどうでもいい。


 とにかく、首飾りを所有した状態で幻術発動の媒体である霊碑に触れれば歴代のシュバルツに会うことができる。

 それもその人物の歴史の全てを宿した、つまり老成した経験と技術を持ちながらも人生でもっとも肉体が充実していた時期の身体で現れる。いわば現世でも存在し得なかった理論上最強の状態で現れるのだ。

 おまけに、覚醒なしで人間の限界を軽く超えてくる。覚醒は人間の肉体では耐えられない力を発動できるようにする技だが、彼らは死者であり魂でしかないので元々縛りがないのだ。


(父上が亡くなったのはレオンが生まれる数年前……享年50歳だったか?)


 確か私が25歳かそこらのときに命を落としたはずだ。

 つまり、今の私より更に戦闘経験が豊富だった。それが全盛期の肉体と人間の限界を無視した霊体で戦えるのだ。その力は今の私を超えているのは間違いないだろう。


「父上は小刀を両手に持った双剣士であり、私とは180度違う軽戦士。レオンとはある程度共通点がある。学ぶものも多いはずだが……」


 父上は威力より手数を重視し、軽装で高速戦闘を行う戦士だった。

 私は父を超えようと一撃の威力を重視するスタイルをとったが、それでも父の影響は大きい。どちらかと言えば私よりも父に近いスタイルのレオンならば、同じ高速型として学ぶものは多いはずだ。

 意識を取り戻せば、だが。


(限りなくリアルな幻術空間。魔法を受ける側が条件を満たしているからこそ実現する圧倒的リアリティは本物の実戦と変わらない経験を与えてくれるが、真に迫りすぎて幻術空間で死を認識すれば本当に死ぬ恐れもある危険な行。首飾りの中の歴代たちはそれぞれ自分の意思と記憶こそ持ってはいるが、自分の技を後世に伝える為に用意された人形でしかないのもまた事実。故に容赦など一切ないからな……)


 死者に劣り、死を与えられるのならばそれまで。未来に進むものは過去を超越してしかるべき。

 それがこの英霊の行だ。故に最低でも歴代当主と戦闘になるだけの力があること、そして死を突きつけられても足掻ける経験が絶対条件。今のレオンならば大丈夫だと信じたが……生きて戻るのならばそろそろ……。


「ブハッ!」

「お、目覚めたか」


 いろいろ考えているうちに、レオンがまるで溺死寸前で水中から顔を出したかのような勢いで息を吹き返した。

 とりあえず幻術空間で殺されてそのまま死ぬことはなかったようだが、さてどうだったのかな?


「お、親父殿!」

「ん? どうした?」


 父上ではなく親父殿になっているということは……冷静さはかなり失っているな。昔からこんなところは変わらん奴だ。


「何なんですか今のは! 左腕斬りおとされて両目潰されて喉かき切られたんですけど!」

「ほう、随分派手にやられたな」

「糞はやい上にこっちの武器が封じられる狭苦しい場所での奇襲……酷いでしょいくらなんでも!」


 幻術空間は各歴代当主が得意とするフィールドとなる。父上の場合は速度と武器の小回りを活かした屋内戦がもっとも得意だったから、恐らくは障害物が多く狭い場所だったのだろう。

 速度を活かす為に多少短めとは言え長物を使うレオンには不利な戦いだったな。それもまた英霊の行の素晴らしさだが。


 死して完成した達人がフルパフォーマンスを見せてくれるのだ。それ以上の教本はあるまい。


「って、あれ? ここは儀式の間? 今のはいったい……?」


 レオンは叫ぶだけ叫んでようやく冷静さを取り戻したのか、辺りを見回して今更そんなことを言った。

 さて、とりあえずレオンにはこの英霊の行について説明してやるとしようか。思ったよりも遥かに元気であることだし、上出来と言える結果だろうと付け加えてやるとしよう。


(恐らく吸血鬼の再生を持っているからだろうな。傷を負った後の精神の建て直しが早い。思った以上にこの修行はレオンに適しているようだがこの英霊の行……完遂できるかな?)


 今首飾りの中にいる歴代のシュバルツは10人を超えているはずだが、その全ての技に打ち勝つのは至難。私も全ての歴代当主に勝利したわけではないほどだ。

 だが、レオンならばあるいはできるかもしれないと思っている。一日二日では絶対に不可能だが、三年の期間があればあるいはな。




 上級騎士としての任務に通常の鍛錬、そしてこの英霊の行に陛下からの課題解決。それに弟子の面倒まで見なければならん。

 この三年は、レオンにとってもっとも忙しい時間になるだろう。しかしそれを乗り越えたときこそ――レオンは文句なくシュバルツ家次期当主としての力と経験を得ることに成るだろう……。

おそらく誰もがその存在すら忘れていただろう首飾り再登場。

生前でもありえない最強モードの歴代当主と一人ずつ、勝利するたびに歴史を遡るように戦えるお得な修行プランです。


次章は上級騎士の仕事編を予定しています。なれない仕事に四苦八苦する……程度で済むといいね。

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