第88話 昇格
「……ん?」
泥の中から這い上がるような、重苦しいものに包まれているような感覚の中俺はゆっくりと意識を取り戻していった。
まず最初に感じたのは、ふわふわとしたさわり心地のいい布の感触。そしてその次に感じたのは独特な薬品の匂いだ。
(ここは……医務室か? 俺は寝ていたのか?)
そんなことを直感的に考え、俺は異常なまでのだるさに耐えつつ両眼をゆっくりと開ける。
目に入ってくるのは医務室特有の清潔な白い壁紙。そして自分の身体にかけられた白のシーツだ。やはりここは医務室で、俺はベッドの上で眠っていたらしい。
「……久しぶりだな、眼が覚めたら医務室ってのも」
俺は上半身を起こし、周囲を見渡しながらもそんなことを呟く。
子供の頃は日常茶飯事だったけど、旅に出てからは目が覚めたら医務室ってことはなくなった。大抵野ざらしだったからな。
それに比べれば随分気楽な状況ではあるんだけど……はて? 俺は何故こんなところで寝ていたんだろうか?
「あ、目が覚めましたか師匠?」
「ん……? ああ、アレス君」
ボーっとしていた俺に、医務室の入り口あたりから声がかけられた。
いつの間にかアレス君が入ってきていたらしい。そんなことにも気がつかないとは、どうやら洒落にならないレベルで疲労しているみたいだ。
「えっと、アレス君? 俺なんでここにいるんだ?」
「え? 最終試合が終わってすぐに闘技場の医務室に運ばれてそのまま寝てたんですよ?」
「最終試合? ……ああ、そう言えば、俺親父殿と闘ってたんだっけか」
ぼんやりとしてイマイチ機能しない頭であるが、徐々に思い出してきた。
俺は親父殿と闘って最後の勝負に出た。ふんわりと掴んだ新たな領域――覚醒。そこに一瞬だけ足を踏み入れて、それから……?
「そうだ。俺は確か、親父殿の攻撃にカウンターで全力をぶつけたんだったな。それから? それからはどうなった?」
「……はい。最後の瞬間、僕にはほとんど見ることもできない一撃でしたけど……ガーライル様の剣が師匠の反撃を飲み込み、そのまま……」
「……そうか」
アレス君は言いづらそうにしながらも最後の顛末を教えてくれた。
そうか、最後の一撃は親父殿の力に負け、そのまま俺は気絶したわけか。つまり――負けたわけだな。
それを改めて自覚し、俺は軽くため息を吐いてから再び上半身をベッドに預けるのだった。
「実は結構自信あったんだけど……はぁ。現実は妄想より遥かに厳しいってことだな」
正直、案外勝てるんじゃないかなんて内心思っていた。今の俺ならいくら親父殿相手でも勝利できるんじゃないかなんて。
……まあ、それは完全に妄想でしかなく慢心でしかなかったわけだけど。
「で、でも師匠も凄かったですよ! 途中から完全に目で追うこともできないような凄い強さを見せてくれましたし!」
「ははは……ありがとうアレス君」
アレス君は落ち込む俺を励まそうと慌ててフォローしてくれた。
やれやれ、俺もまだまだだな。親父殿なら何があっても俺に――弟子にこんな姿を見せることも弱音を言うこともなかっただろう。
……もっと修行して強くならないといけない。人類が置かれている状況を知った今、俯いているヒマも寝ているヒマもない。俺に何ができるかはわからないけど、とにかく無駄にしている時間が無いのだけは確かなはずだ。
「なあアレス君。俺ってここに運ばれてからどのくらい経つんだ?」
「えっと、最終試合があった日から数えて……三日ですね」
「み、三日? 俺三日も寝てたのか?」
「はい。ガーライル様が言うには『初めて覚醒を使った反動』だそうです」
アレス君は親父殿の言葉を俺に伝えるが、正直三日はショックだ。
身体作りができてからはどんな疲労でも一日寝ればそれなりに回復するようになったんだけどなぁ……。戦闘の疲労で三日も寝込むとかガキの頃以来だよ。
「あ、そうだ師匠。そのガーライル様から『起きたらすぐに連絡するように』って言われてるんですけど、大丈夫ですか?」
「ん、ああ。もう大丈夫だ。問題ないよ」
自分の状態を客観的に判断するならば……万全の状態の半分ってところだろう。そのくらいには全身がだるい。
しかし日常生活を送る分には問題なしだ。何の用があるのかはわからないけど……って、試験の合否のことだよなそりゃ。
俺負けたわけだし……ダメだったのかなぁやっぱり。
「それで、連絡方法は?」
「念話筒もらってます」
「ああ、そう」
そう言って、アレス君は二つの筒を取り出した。
その外見はまあ、はっきり言えば糸なし糸電話とでも言ったところだろうか。リリスさんに俺が糸電話について構想だけ話したところ、どんな過程を経たのか不明ながら完成した魔力を使った通信機だ。
糸電話っては二つの筒を繋いでいる糸を振動させることで音を伝える小道具だが、この念話筒は片方の筒が受話器、もう片方がマイクの役割をもっている。まあ要するに、片方を自分の耳に当ててもう片方を口の辺りに当てながら対になる念話筒の持ち主と会話できるマジックアイテムである。
結構凄い発明な気がするんだが、通信できるのが対になっている念話筒を持っている相手のみ――作成時に対として作った念話筒以外とは通信できないのだ――で、有効範囲も狭いことからイマイチ不便な代物である。
まあ、王都内にいる相手と連絡を取るくらいは楽勝であるが。
「はい、ええ。……そう伝えればいいんですね?」
(つか、初めからその念話筒俺に渡してくれればいいんじゃないか?)
通信相手は親父殿であろうが、そもそも俺に用があるのだから俺が直接話した方が早い気がする。
アレス君は張り切って親父殿に頼まれた仕事をこなしているようだし、今も一言一句聞き逃さないって気迫で念話筒から聞こえている声を聞いているみたいだから言わないけども。
「はい、了解しました。……師匠。話し終わりました」
「ん、ご苦労様。それで……なんだって?」
アレス君は通信を終え、一仕事したといった具合に満足げな表情だ。
まあ、アレス君からすれば憧れの――それも実際にその力を眼前で見せ付けられた最強の騎士から直接頼まれごとをされたのだ。テンションが上がるのも無理はないだろうね。
「えっと、ガーライル様は師匠に『目が覚めたのならば王城へ来い』と伝えてくれって言ってました!」
「ん、了解……ん? 王城?」
王城ってのは、この王都で一番目立ってるあのお城のことだろうか?
つまり所謂、王族の住居。世界一の権力者がその威信を誇る為に造り飾り立てているあの……。
(俺、王城に呼び出されるようなことしたか? 試験の話なら騎士団詰め所でも十分だと思うんだけど……いや、これは深読みか? 王城に呼ばれたからって王族関連の厄介ごとに関わるとは限らないし、騎士団副団長として親父殿が偶々王城に用事があったからついでに呼ばれたって線も……)
そんな風に自分を誤魔化していろいろ考えてみるが、結局のところ行かないなんて選択肢はない。
それだけは確かなので俺はベッドから嫌々立ち上がり、アレス君にお礼を言って外に出る。流石に今の服装――入院患者が着る薄手のズボンとシャツ――で入城するわけにもいかないし、とりあえず着替えかな?
◆
「このたびの試験試合、見事であった。褒めてつかわす」
「……ハッ!」
俺が目覚めてから30分ほどたった頃、王城に入った俺は何故かそのまま謁見の間に案内された。
一番無難だろうと思って騎士団のほうから支給されている騎士服を着てきて正解だったよ。まさかいきなり国王陛下の御前とか……。
「我が国の――人類の中でも文句なく最強クラスであるお前の父、ガーライル副団長と互角に戦ったその実力は見事であった」
「もったいなき御言葉」
この部屋には玉座に腰かける年老いた王様。その右腕である宰相のギシャ様。御付の人が数人と少しはなれたところに親父殿が立っている。
そんな場所に俺は何の説明もなく呼び出され、跪いているわけだが……いったい何をどうすればいいんだろうか。
ある意味親父殿と戦う以上に大苦戦。次にどうすればいいのかさっぱりわからない。王様の側に親父殿がいる理由も不明だし……本当にいったい何の用事で俺は王様の前に出されたんだ?
「……さて、前置きはこのくらいにしておこう。お主も暇ではないだろうからな。……あれを」
「ハッ!」
王様が命じると、親父殿よりも更に後ろにいた御付の人が一歩前に出てきた。
そして、王様から一本の巻物を受け取る。……いったい何なんだろうか?
「レオンハート・シュバルツよ。受け取るがいい」
御付の人が持ってきた巻物を、俺は王様に言われたとおり受け取る。
……一見して普通の紙だな。マジックアイテムの類や懐かしき鉄火巻きではないようだ。
「開くがよい」
「ハッ」
頷いてから俺は渡された巻物の封を切る。
中身は……認定書? 王の名において、レオンハート・シュバルツを上級騎士に認定する……?
「え、マジで?」
「マジだが?」
「あ、すいません」
いかん、つい気を抜いて素で喋ってしまった。不敬罪とか言われないよね?
にしても……合格したのかあれで? 親父殿にものの見事に完全敗北だったのに……。
「いったい何を驚いているのだ?」
「えっとその、負けたのに合格なのかなと思いまして」
「……ふぅ。ガーライルといいバースといいお前といい、その敗者は何一つ得る事はできないという思考は戦士としては正しいのかもしれんがもう少し常識で考えてくれ」
「は、はあ?」
「……ギシャ、説明してやれ」
「畏まりました」
王様はちょっと呆れたようにため息を吐いた後、隣で立っていた宰相のギシャ様に説明を任せた。
あれ? 俺なんかまずいこと言った? 負けた以上死んで当然、命があればそれだけで感謝せよってのが俺の常識なのだが。
なんて思っていたら、王様と同年代であるため皺だらけではあるが鋭さを感じさせる眼を俺に向けてきたのだった。
「まずは試験合格おめでとう、レオンハート君」
「あ、はい。ありがとうございます」
「さて、キミにまず教えて欲しいのだが、何故勝たねば合格ではないと思ったのかね?」
「そ、それはやっぱ勝たなきゃ……」
「栄光は勝者のもの。なるほど道理です。しかしこれは試験であり、あの試合に出てきたのは全て上級騎士です。お分かりですね?」
「は、はい」
「その時点でわかるでしょう。そのうちの一人に勝利する時点で奇跡の大金星なんですよ普通は。貴方の様な異常なレベルの戦士にはわからないかもしれませんが、彼らの一人に真っ向から勝利した時点で上級騎士に求められる基準は問題なくクリアです」
「あ、そうなんですか」
「そうなんですか、ではありません。普通に考えればわかるでしょう。どこの世界に新人にベテランよりも高い能力を望む組織がありますか。貴方たちは超人的な力を持っているのですから、もっと常識を身につけてもらわねば困ります。大体――」
「……相変わらずギシャ殿の話は長いですな」
「ギシャのアレは50年前から変わらん」
親父殿と王様がのほほんと会話しているが、延々説教されている俺はどうすればいいんだろうか?
反論することなんざ不可能な正論の嵐だし、もう小さくなって黙っていればいいんですかね? 何この公開処刑……。
「――以上のことから言っても、あなたはあまりにも常識が不足しています。ここにいるのは全員が国家運営に携わる重責を担うもの。本日は皆にシュバルツ家の抱える問題の再確認も含めてこのような場所で苦言を呈しましたが、次からはもう少し考えてくださいね」
「……はい、ワカリマシタ」
……俺ってそこまで非常識なんだろうか?
いや、ゲームと現実の区別もつかなかったガキの頃にやらかした数々はそう思われても仕方がないけど、今はもう大丈夫なつもりなんだけど……。
「……さて、その辺でいいだろう。改めてレオンハートよ。お前に上級騎士の称号を与える。不要な忠告だろうが鍛錬に励み、その名を穢すことなく勤めよ」
「……はい、もちろんです」
うん、まあいいか。何だかんだ言っても試験には合格したんだし、細かい事は気にしない方針で行こう。
頭脳労働は俺の仕事じゃない!
と言うわけで、鍛錬に励むことだけは森羅万象に誓っておこう。少なくとも世界が平和になるまでは鍛え続けるって宣誓でいいかね?
「本来ならばこのような場で説教するのはマナーに反することだろう。しかしギシャの言葉は全てが正論。お前はこれから上級騎士として名実共に人類最高戦力となるのだ。くれぐれも、くれぐれも――くれぐれも、自分の力を基準に他の人間を判断することなきよう注意せよ」
「は、はい」
念押しというかもう怨念に近いものを感じさせる勢いで王様は俺に再三忠告してきた。過去に何かあったんだろうか?
……何故か親父殿が若干視線を逸らしているような気がするんですけど、気のせいですよね?
「ふぅ……。それでレオンハートよ、これからは上級騎士として任務についてもらうわけだが……何か希望はあるか?」
「希望ですか?」
「上級騎士には今までとは比較にならない自由な裁量が与えられる。もとより騎士とは“駒”ではなく“将”となるべき存在であるのだが、それがより顕著になるということだ。この先お前は人類の守護者たる上級騎士として何をするつもりなのかと……つまり決意表明でもしてもらいたいと思ってな」
「決意表明ですか……」
俺がこれから先上級騎士として何をするのか。それを今言えということだろう。
まあこんないきなり言われたことに理路整然とした具体的な計画を求めているわけではないと思う。多分大雑把な抱負でも言えばそれでお終いだろう。
だが、俺には一つの考えがある。人類とは俺が思っていたよりも遥かに弱い――それを知ったからこそ至った考えが。
それを口にするのは早計かもしれないが……じゃあいつ言えばいいんだよって言えば何の考えも無い。
だったら、言っちゃっていいかな?
「……一つ、考えていることがあります」
「ほう? 何だ?」
「他の大陸の――西と東の大陸に住む鳥人族と山人族との同盟です」
「……なんだと?」
これが俺が考えた、弱すぎる人類勢力でもう十年と経たずに訪れるだろう魔王の侵略に対抗する策だ。
今のまま各種族が個別に戦った場合、最後は現れてくれないと困る勇者一人に全てを託すことになるだろう。それならそれで構わないといえば構わないのだが、その前段階で人類は壊滅寸前まで追い込まれる。今の人類に勇者が成長して魔王を倒すまでの時間を稼ぐことすら困難だと分かってしまったのだから。
しかし、人類よりも強いとされる――実際強いはずの二種族の力を借りられれば話は変わる。要は自軍の戦力を強化すればいいんだから、強いところに頼るのは当然のことだろう。
自分では結構いい案だと思うんだけど……何か王様は渋い顔だ。というか、よく見るとこの部屋の賢そうな偉い人全員に複雑な感情が見え隠れしている気がする。
「……レオンハートよ、お前の考えは理解できる。だが……許可できない」
「……何故ですか?」
「簡単だ。その策が成ったにしても成らないにしても、人類は滅びるからだ」
王様は断言する。俺の考えはそのまま人類の破滅に繋がると。
「簡単な例え話をしよう。お前が何かの事情で人を雇うとき、優秀な人材と劣った人材、どちらを優先させる?」
「それは……まあ優秀な方ですね」
「当然だな。となれば当然優秀な人材は富み、劣った人材は飢えることになる。これは世の摂理だ。これを悪と言ってしまえば世は成り立たん」
「そりゃそうですね」
優秀だから仕事にありつける。優秀だから食い扶持を得られる。それは異世界でも変わらない法則だ。
何もできない人間は何もできないんだから何も得られない。それもまた不変の法則であるように。
「交流があるわけではないが、ドワーフもバードマンも優秀な種族であると伝えられている。我々が外陸種と恐れるモンスターが平然と生息している地で生きていけるほどにな」
「そうですね。だから欲しいわけですけど」
「そのような種族と手を結びたい場合、二つの課題があるのだ。……まず我々からすればかの種族が持つ力は欲しい。しかし、こちらから提供できるものはない。戦闘力以外の分野でという話ならば可能性はあるが、より過酷な世界で生きる彼らに我らが勝る保証はない。つまり同盟という対等な関係が築ける保証はないのだ」
「それは……」
世界の危機なんだから手を取り合おうよ! なんて理論で和解できるのならこの世に戦争はない。
と言うか、よく考えたら今の状況で同盟結びましょうって向こうからすれば『俺たち何の役にも立たないけど守ってね!』って言われているってことになるのか?
……なんでこの過酷な世界に生きていくのに荷物抱えなきゃいけないんだ――って、塩まかれても文句言えないな。
「そしてその問題を解決したとしても、根本的に向こうの方が優秀であることが前提だ。つまり先の例え話が種族単位で起こる。何か利益を得られる出来事があったとして、それにありつけるのは優秀な他種族であり人間ではない。それが幾度となく繰り返され、人類は平和的に衰退していくことになるだろう」
「それは……」
「弱い者は強い者に従わなければ殺される。そんな法則が適応されれば人類は奴隷だ。そしてドワーフ族やバードマン族に慈悲があり、弱い人間でも保護してやろうという考えがあれば――人間は他種族の慈悲と管理によって生きることを許される家畜となる」
「う……」
「無論、これは最悪の事態を想定した場合の話だ。もしかすると人類の方が他種族より勝っている分野があるのかもしれないし、そう言った点から対等な関係が築けるかもしれない。だが――ゆっくりと人類と言う種族そのものが奴隷か家畜に成り下がるかもしれない恐れのある考えに賛同する事はできん。わかるな?」
「…………」
人と人が手を取り合えるのは『対等』だから。王様が言ってるのはつまりそう言う事だ。
どこの世界に自分に何の利益も与えることができない相手と対等に語る奴がいる。明確に差があれば上下関係が生まれるのは避けられないことで、劣った種族である人間はほかと関われば悪意なく滅びる。人間が尊厳を保って生活できるのは、対等な存在である同族だけで狭いコミュニティを築いているからなのだ。
つまりは、そう言う事なのだろうか?
……うん、多分王様は正しい。正しいけど……じゃあ今の状況が正しいのかって言えば、それは決してイエスではない!
「……俺は、きわめて強力な悪魔からとある話を聞いたことがあります」
「悪魔? それはもしや、聖都に出現したというあの悪魔か?」
「ええ。その内容は――魔族の王にして神、頂点たる王の復活が近いということです」
魔王復活。それは既に俺の妄想ではなく、すぐ近くにまで迫った現実なのだ。
もはや魔王は己の意思を配下に伝え、行動するところまできている。封印が解けて魔王本人が動き出すのはまだ先のことのはずだが、時間の問題なのだ。
だから、人類強化はもはや必須事項。動けば人類はゆっくりと破滅するのかもしれないが――動かなければいつか来る破滅によって滅びる。そんな薄氷の上に人類は立っているのだと、俺は知ったのだ。三日ほど前に。
「魔族の王……魔王か。……御伽噺か?」
「現実ですよ。それも、目の前にあるね」
「……それで? 何が言いたい?」
「何もしなければ人類は――世界は近い未来に滅びます。変化を恐れて動かなければ、それは間違いなく現実になるでしょう」
「ふむ……」
王様は初めて考え込んだ。見れば他の賢そうな人たちもひそひそ話をしているようだ。
唯一不動なのは親父殿くらいだが……さて、どうなるかな?
「なるほど、お前の意見はわかった」
「分かってもらえましたか?」
「ああ。だがなレオンハートよ、それは強者の理論なのだ。多くの国民は賛成しまい」
「へ?」
強者の理論? どういうことだろうか?
やらなきゃ死ぬ以上やる以外の選択肢なんてないと思うんだけど……。
「始めにギシャも言ったように、人類は弱い。だから――迷うのだ。お前のように正しいと信じた道をただ突き進むような強さはないのだよ」
「というと?」
「もしかしたら、魔王なんて復活しないかもしれない。もしかしたら、魔王が復活しても他の種族が倒してくれるかもしれない。そんな希望を抱きたがるのが人間なのだ」
……はい? と言うしか俺にはできない。
そんなこと言ってダメだったらどうするんだ。事情を深く知る俺からすればそれは希望として持つことすらない都合のいい妄想の類だし、そうじゃなくてもありえない対応だろう。
100%死ぬと分かっている道よりも、99%死ぬ道を選ぶ。当然のことだろ?
「お前は人間の弱さをわかっていない。今のままでは人類側の視点からみても同盟など不可能なのだ。それを認識せよ」
「しかし――」
「それにだ、お前自身にも経験が少なすぎる。実行するならば最高戦力に、この場合は提案者のお前に人類代表として動いてもらうことになるが、部下一人持った事のない若造にそんなことができるのか?」
「いや、そこは経験豊富な人に……」
「人類は防衛戦力かっつかつなのだよ。ガーライルにもバースにも余所の大陸に出向いてもらう余裕などない。かと言って弱者を送り出しても途中で死ぬか侮られて追い返されるのが関の山。実行にはお前に動いてもらうのは既に決定事項だと知れ」
「は、はい」
……くそう。俺自身の経験不足を理由にされては反論できん。実際俺に人類背負えとかできるとは思えない。無責任な自覚はあるけどさ。
「そこでだレオンハートよ。一つ聞いておくが、その魔王復活がいつになるかはわかっているのか?」
「え? いや、正確なことは……」
一応当てにならない知識で言えば俺が25歳になるころ――つまり7年後に魔王襲撃があるとは予想できる。
しかし根拠は欠片もないので口にはできない。もし俺が予想するよりも遥かに速く魔王が復活して攻め込んでくるとも限らないのだから。
「そうか。しかしまあいずれにしても、一年二年以内のことならば間に合わんから現在の戦力で考えるしかないと諦めだ。だが五年以上の猶予があれば――可能性はあるぞ?」
「え?」
「レオンハート。上級騎士となったお前に任務を言い渡そう。これより――そうだな、三年だ。三年かけて上位者としての経験を積め。つまり今までのような変則的なものではなく、上級騎士としての任務をこなして見せろということだ」
「はい、それはもちろん」
「そしてもう一つ。上級騎士には多くの特権があり自由な裁量で動くことが許されるわけだが、お前はそれを利用して『人類』を強くして見せろ」
「強くする?」
「そうだ。他の種族と交わっても決して一方的に飼われることなどないと、余を含めた人類に証明して見せろ。それがなった暁には――お前を人類代表とし、他の大陸への大使を任ずることを約束しよう」
王様は、不敵な笑みを浮かべて俺に告げた。
俺に上級騎士としての経験を積み、そして――人類の精鋭部隊である騎士をも超えるような新たな戦力を作ってみせろと。
それができて、俺の意見は始めて実現可能になる。ならば……やるしかないだろう。方法は微塵も思いつかないけれど、三年以内に何とかしてみせよう。
人類が安心できる、本当の守護者達を集めてみせよう――。
でも俺が一人で何してもどうにもならないし、まずは経営とかに強いロクシーあたりに相談しようかな。
できないことはできないと諦めるのが強くなる最初の一歩だよね。
三年で結果を出したまえ。
と言うわけでついになろう系主人公の定番NAISEIに手を出す――と思ったら次の瞬間に全力で人に頼っている主人公。
もうちょっと「俺が何とかしてやるぜ」的な傲慢さを持ってもいい気がするけど、できないものはできないのです。
シュバルツ家に異世界で賞賛される謎政策とか考えさせるくらいならサイコロでも転がした方がマシなのが現実。




