第86話 覚醒
(モード2……嵐龍とのリンクは正常に働いているな)
俺は不本意ながら発動させられた吸血鬼モード2を発動しながらも、自分に悪影響がないことを確認する。
嵐龍は聖なる力の塊である精霊竜の鱗から作られた刃。その嵐龍が持つ聖なる力を俺自身に流し込むことにより、吸血鬼の血から受ける精神への影響を遮断するのだ。強化率を下げずに精神への影響を抑える匙加減が難しいのだが……聖都での戦闘経験の賜物だ。正直、かなり助かる機能だな。
「より闇の魔力の力強さが増したな。そこまでの力は聞いていなかったが……」
「つい最近、ちょっとしたアクシデントから身についた力でしてね。可能な限り隠しておきたかったんですけど……」
いくらなんでも、この状態ならば俺は親父殿の身体能力を確実に超えているはずだ。
さっき見せた炎のブーストにも、今の俺ならついていける。親父殿の力の底がどこにあるかで大分変わるが……どうせ暴かれたんだ。こうなったら、いけるところまで突っ込むしかないか!
「【嵐龍】、開放っ!」
「来るか――!」
俺は手にした嵐龍の魔力を高め、圧縮する。これから放つのが、メイと長時間戦った末にものにした本来の一撃。
リリスさんが長年研究して作り上げた風の魔法刀の技術に、水の精霊竜の力を合わせた一撃。全てを穿つ、風と水の複合魔力砲。
嵐の一撃――
「――【嵐龍閃】っ!」
「ッ!? これは――」
俺は嵐龍の力を解放すると共に、大きく青い刀身を一振りした。
そこから放たれたのは、全てを引き裂く自然の暴威。風と水の力によって起こされる、竜巻の槍。風の刃が渦巻く竜巻の中に高密度に圧縮された水の弾丸が無数に飛び交うことで、どんなものでも粉々にする嵐龍の力を限界まで引き出した一撃だ。
こいつさえあれば、俺は一振りで100を超える魔物の軍勢すらも滅ぼせるだろう。そう確信できる一刀を前に、親父殿はどうする……?
「ならば、私も見せよう。――これがシュバルツ当主に代々伝わる一振り、紅蓮の本領よ!」
「ッ!? 炎の、魔力砲――」
「――【火竜紋】っ!」
紅蓮から放たれた多量の炎が、竜の頭部を象る。先ほどまで俺を苦しめ続けた業火が一点に集まったのだから、その威力はもはや測定不能だ。
その豪炎は、親父殿の掲げる刃と共に放たれる。一振りと共に開放された世界一凶悪な頭突きともいえる砲撃は、真っ直ぐの俺の放った嵐龍閃と激突するのだった。
(激突! どっちが勝つ!)
俺の嵐の槍と、親父殿の業火の砲弾。二つの魔剣から放たれた技は闘技場の中央でぶつかり、激しい衝撃波を巻き起こす。
水の属性を持つ俺の技が優位かとも思ったが、しかし相手は歴代シュバルツが研鑽の果てに生み出した一撃。会得して数日の俺とでは年季が違いすぎる。
だが、武器として【紅蓮】と【嵐龍】の性能を比べればはっきり言って嵐龍の方が上だ。紅蓮は火竜の素材から作られた最強クラスの一振りとは言え、嵐龍はそれすら上回る最上位素材である精霊竜から作り出した刀。
悔しいが、技を発動する術者としてはここでも親父殿の方に一日の長がある。しかし得物の性能では俺のほうが頭一つ上。
この二つの超技の激突は――双方激しい破壊を残した上での消滅に終わるのだった。
「互角、か。本当にいい剣を作ったものだ」
親父殿は素直に賞賛の言葉を送ってくれたが、しかし俺としては満足の行く結果ではない。
今の嵐龍閃は、文句無く俺の使える中でも最強の破壊力を持っている。何せ、威力がありすぎて吸血鬼モード2じゃないとまともに制御できないってのが最終結論の大技だからな。
それが真正面から打ち消されるとなると、こりゃ力押しは無理そうだ。
『な、なんと言う一撃だぁぁぁぁ! ガーライル選手もレオンハート選手もとても人間とは思えない圧倒的な力をぶつけ合っているぞぉぉぉぉ! しかしその余波で闘技舞台が崩壊したぁぁぁ! そして結界班の魔術師たちが次々と限界を迎えているぞぉぉぉぉ!』
ちゃっかり結界外に避難している司会の解説というか悲鳴を聞きつつ、親父殿に向かって再度構える。
技の性質上溜めが必要な嵐龍閃をただ撃つだけじゃやっぱり倒せない。となれば――また接近戦の中に隙を見出すしかないかっ!
「――双牙!」
「鋭さも増したな」
すっかり砕け散ってしまった舞台の破片を煩わしく感じつつ、俺は再び親父殿に斬りかかる。
さっきまでと違い、今の俺は吸血鬼モード2。しかも思考をクリーンな状態に保っている最高の状態だ。その力を存分に使い、俺は親父殿に猛攻を仕掛けるのだった。
「ハァァァァァァッ!」
親父殿の剣を、守りを無視しての速攻。増大した力で押し切ろうとする俺の連撃の前に、親父殿はどこまでも冷静に対処している。
流石人類最高の騎士ガーライル・シュバルツだ。単純な能力値で上回っても巧みな技で対処されてしまう。
ただ強いってだけじゃ親父殿に勝つ事はやはり不可能。しかしそんなことは、初めからわかっていることだ――ッ!
「――【光術・光弾】っ!」
「ムゥ」
腕輪の魔力を開放し、攻撃と攻撃の間の一瞬で一番簡単な魔法をほぼゼロ距離で発動させる。
光属性の魔力を固めて弾丸として飛ばすだけの魔法は、真っ直ぐ親父殿の腹に向かって飛んでいく。そんなの親父殿なら目を瞑っていても弾けるだろう。
しかし、力任せのごり押しラッシュの間に撃てばその効果は劇的に変わる。魔法対策に一手使ってくれれば斬撃を直撃させられるし、刀ばかりを相手にしていれば魔法の直撃を受ける。
さあ、どうする――ッ!
「――【特殊技能・魔法反射】っ!」
(防御系スキルかっ!)
親父殿は俺の剣を捌きながらスキルを発動させた。
アレは確か、鎧や剣といった装備に対して発動させるスキルで、一度だけ魔法攻撃を反射させる効果がある。あれで光弾を弾き返し、逆に俺を攻撃しようということだろう。
――だったらこっちもっ!
「【特殊技能・魔力解体】っ!」
正道に真っ直ぐ剣で切り込むと同時に、魔力をかき消すことでスキルや魔法の効果を無力化するスキルを発動させる。
要するに全身から魔力波を叩きつけて相手の魔力を打ち消す力技だが、だからこそ対処は難しいはずだ。
「ならば【炎術・迎撃の炎剣】っ!」
親父殿が魔法を発動した。
この魔法は迎撃剣シリーズと呼ばれるもので、比較的使い勝手がいい割に習得難易度が低い魔法として有名だ。接近戦も行う使い手が好んで使用し、その効果は読んで字の通りに術者の側にいる外敵に魔法で生み出された剣がオートで攻撃するというものである。
これで俺の攻撃の手を緩めるつもりだろう。しかしそんなことよりもこの魔法の発動速度は――かなり前から準備してたってことか?
ようするに、ここまでの展開も親父殿の想定内ってことか。……ならばその想定、食い破ってやる!
「ぜりゃぁ!」
「――ム、魔法を無視したか」
本職が剣士である親父殿の魔法は剣ほどの脅威ではない。まあそれを言ったら俺の魔法なんてそれ以下なわけだが、俺は迎撃剣を無視して攻撃を続けたのだ。
当然俺の身体は炎の剣によって焼かれ、ダメージを負う。炎の指輪による防御だけでは流石に防ぎきれるものではない。
しかし、吸血鬼モード2の再生力は先ほどまでの比ではない。魔力の消費と引き換えに火傷程度なら負うと同時に治癒されてしまうのだ。
何よりも、今の俺は人間として消すことはできない反射を無視できる。本来痛みの概念を持たないアンデッドの肉体には、痛みを受けたから身体がこわばるといった生物として当然の機能を持ち合わせていないのだ。
それはつまり、半端な攻撃なら無視して攻撃できるということ。ごり押しそのものだが――この差はでかいぞ親父殿っ!
「クッ! まるで上位の魔族を相手にしているかのような理不尽さよな」
「本当に、こうなると人間のひ弱さがよくわかりますよ!」
光弾は親父殿に命中し、一瞬その動きを止めさせる。
俺の魔法弾なんて気にするほどの威力ではないだろうが、純粋な人間である以上親父殿とはいえ痛みを完全に無視する事はできない。いくら訓練の経験によって痛みに耐性があるとは言っても、これは人体の構造的の問題なのだ。
俺のように人外の力を発揮することで反射を完全に無視できるってことは、いくら親父殿でもない。痛みによって発生する隙はもちろん刹那で消えてしまうだろうが――この速度での戦闘ならば大きすぎるだろ!
「今なら行ける――【加速法・六倍速】!」
「ヌゥゥ……! 加速――」
「間に合わないぜ――【嵐瞬剣・竜鱗ノ払】!」
放つのは、全速の斬撃と共にゼロ距離で嵐龍の力を解放する必倒の一撃。
その直撃を受ければ、いくら親父殿でもノーダメージなわけねぇよなっ!
「ヌゥゥゥゥッ!?」
親父殿は回避を諦め、魔力を集めての全力防御へと切り替えた。
そんな親父殿に、嵐の一撃が解放される。加速状態の一刀が親父殿の鎧に直撃し、その身体を大きく吹き飛ばす。同時に開放された魔力が竜巻を発生させ、風の刃と水流の多重攻撃を仕掛けるのだった。
「ハァ、ハァ、ハァ……。流石に、これは効いただろ……?」
俺は息をきらせながらも吹っ飛ばした親父殿がどうなったかを注視する。
全力での駆動と、不慣れな魔法にスキルの多重使用。そして高出力の加速法に嵐龍のフル開放。一度に手持ちのほとんどを使い切った一撃だけに、俺の身体が悲鳴をあげている。本物の吸血鬼には疲労なんて縁がないことだろうが、あくまでも本来は人間である俺にはきつい消耗だ。
だが、その成果はあった。あの親父殿に、完璧に直撃を食らわせた。流石に今のを受けて完全に防ぎきれるわけがないし、もしかしたら今ので決まったなんてこともありうる……?
「……鎧が大破してしまったな……」
「……え゛?」
魔力の暴風が消え去った場所から、何か親父殿が物凄く余裕っぽい様子で現れた。
言葉通り火竜の鎧は随分悲惨なことになって地面に散らばっているけど、親父殿自身はほとんどダメージがない……いや、まさか無傷なんじゃ……。
「い、いったい今のをどうやって……?」
俺は動揺を隠すことも出来ずに、唖然としたまま馬鹿正直に親父殿へ問いかける。
いくらなんでも、ありえないだろ。親父殿がどんなに強いと言っても、今のは直撃さえさせれば吸血鬼だろうが悪魔だろうが致命傷に近いダメージを与えられる自信ある一発だぞ?
絶対何かトリックがあるだろ?
そんな俺のマヌケな質問に、本来なら無視して隙を突くべき親父殿はあえて答えてくれるのだった。
「スキルの一つだが……【超撃流水】と呼ばれるものを知っているか?」
「え、ええ。相手の攻撃を自分の魔力の流れに乗せてやり過ごす、受け流し系防御スキルの最上位ですよね?」
「私が使ったのはそれの改造版だ。名を【超撃集約】といい、相手から受けるダメージエネルギーを己の一点に集めるというものだ」
「己の、一点に……?」
「そうだ。どんな防御も粉々にするような、【超撃流水】でも流しきれないほどの一撃に対して発動する私の隠し玉の一つだな。相手の攻撃を身につけた防具一点に集約させ、身代わりとするスキルだ」
「って、ことは今の俺の一撃は……」
「全て家宝の鎧に引き受けてもらった。中途半端な防御能力しか持たない防具で発動すると受けきれずに直撃を受けるから、火竜の鎧クラスでなければほとんど意味が無いのだがな」
親父殿はそんな風に自分のしたことを軽い調子で語り、肩をすくめた。
……いやいや冗談じゃないぞ。確かに超高性能の防具がなければ使えないのかも知れないが、逆に言えば発動できる防具さえあればどんな一撃でも一度だけとは言え完全無効にできるってことじゃないか。
つまり、本気の親父殿を倒すには、二回の決定打が必要ってことだ。加速斬撃と魔剣の魔力を同時に放つ俺の切り札【竜鱗ノ払】ですらダメって事は、複合多段攻撃すらも完全に受けきれるってことで……何をしようが親父殿を二回も倒すのが前提条件ってことじゃないかっ!
「高度な武具系マジックアイテムの類は破壊されても自動で修復される。だが、それも数時間では不可能だ。つまりこの防御法は一度の戦闘に一回しか使えない。二度目はないということだな」
「二度目、か」
さっきのは、吸血鬼モード2の身体能力と理不尽な回復性能によるごり押しだった。
だが、親父殿ほどの使い手に二度同じ手で行けばどうなるかは火を見るよりも明らかだろう。
ここまでで俺の持っているカードはほとんど場に晒してしまったも同然。後残っているのは、アレしかないけど……せめて息を整えないと何もできないぞこれ。
「……父上は、本当に強いですね」
「ん? どうしたんだいきなり?」
俺は新しく適当な話題を用意し、親父殿に話しかけた。
会話で時間稼ぎなんてせこいが、せっかく親父殿が話しに乗ってくれているのだ。無理な連撃で消耗した体力を回復させる為にもできる限り長引かせてもらいたいのだ。
「いえ、先日戦った試験官殿四名はいずれも相当試験用に手を抜いてくれていたのでね。それに比べて親父殿は本当に容赦がないと思いまして」
……俺は何を言っているのだろうか? 勝負なんだから容赦がない方が普通だろう。疲れと生来の喋り下手のせいで言ってることが支離滅裂な気がする。
そんな俺の適当な時間稼ぎの口実に、親父殿は何故か真剣な表情で答えたのだった。
「お前は、あの四人が手加減したように思っているのか?」
「え? ええ、まあ。正直真剣勝負の場で手加減なんてして欲しくはないですけど、試験だからそれに合わせたのかなーと思ってますけど?」
所詮まだ中級の俺に一瞬で倒される上級騎士なんているわけないしね。
……俺、間違ったこと思ってないよな?
「……はっきり言うぞ、レオン。あの四人は手加減などしてはいない」
「へ? でも勝負始まる暇もなくあっさりぶっ飛ばされて――」
「あっさりぶっ飛ばされるのが彼らの実力なのだ。今までの戦いでよくわかったが、先日の戦闘でお前は実力の半分も――いや四分の一も出してはいまい。それですら手も足も出ないのが、彼ら普通の上級騎士のレベルなのだ」
……何を言っているのだろうか親父殿は? 豪く真剣な表情で言っているが、そんなわけないだろう。
あの力量で全力だというのなら、普通吸血鬼にギリギリ勝てるかも……ってところだぞ? その程度の実力が人類最高峰なら、とっくに人類なんて滅びているはず――
「お前の考えていることはわかる。人類最強の上級騎士がそんなに弱いわけがない。そんな実力で人類が今まで滅ばない理由がない、と思っているのだろう?」
「え、ええ。まあ」
「その疑問は正しい。そしてその答えは――その通りだ。魔の勢力が、他の種族が本気で人類を攻撃してくれば滅びる。それが現実だ」
「……え?」
「今この世界で人類が生き残っているのは、偶然が占める割合が大きい。私――シュバルツやクン家といった一部例外を除いて、人類では他種族に対抗できない。上級騎士と呼ばれる存在でもそれは変わらないのだ」
親父殿はきっぱりとそういいきり、俺の反応を待っている。
……いや、マジで? まさかこの場で冗談を、俺にしか聞こえないよう声を抑えてまでそんなこと言うとは考えにくい。
しかし人類が本当にそんな崖っぷちの、言ってしまえば敵の気まぐれで生かされている状態だなんて――ん? そういわれてみると全然否定できる材料がないような……?
(旅の途中であった冒険者の人たちなら……吸血鬼に蹂躙されているシーンしか思いつかねぇし、腕に自信がある盗賊とか最強クラスを思い出しても3秒あればお釣りが来るよな? と言うか、考えてみれば騎士だって弱い魔物に勝利したシーンしか見たことないような気がして来た。自称元上級騎士とかいう詐欺師の用心棒もただの雑魚だったし。他の知り合いと言うと、ロクシーのところの“影”の皆さんは直接戦闘能力皆無だし……ひょっとして、俺が今までに強敵と思ったのはメイを除いて全部人外だったのか?)
いやでも、それならアレス君やカーラちゃんはどうなる? アレス君ももう下等悪魔くらいなら複数体相手にしても勝利できるくらいには腕を上げているし、吸血鬼の力を持っているカーラちゃんは文字通り身体能力だけならそのくらい強い。
英雄を除く人類の実力頂点があの程度だとするのなら……多分あの二人でもいい線行くぞ?
(後は教皇様とかは……火力はともかく戦闘者じゃないか。メメーラルさんとかはかなり強そうだったけど、直接実力を見たわけじゃないしなぁ)
最近出合った実力者を思い浮かべてみるが、親父殿クラスとまでは言わないが魔族との戦闘してもこの人なら大丈夫と確信をもって言える人がでてこない。
正直あれだけの人数いて面倒な能力持ちとはいえ下級悪魔に苦戦していた聖都の神官兵は基準を絶対満たしてないだろうしなぁ……あ。
(そういや、アレス君と出合った村で見た禿頭のおっさんはきっと強かったぞ? 多分俺以上なんじゃないかと感じるくらいには――)
と、俺はまだまだ人類にも強者はいると視線を宙に漂わせながらも考える。
あの禿頭の人は確実にこの前戦った上級騎士以上だったと思い、人類もまだまだ捨てたもんじゃないと希望を持つと――何か視界の中に輝くものが見えた。貴賓席、と言うか王族専用席に。
こう……見覚えのある輝く頭を持つガタイのいい大男が……。
(あれは……クン家の家紋? しかも当主印? と言う事はもしかしなくても……)
必死に考えた人類の強者が何故か近くで真剣に試合を見ている。しかも見覚えのある家紋をつけた服を着ていた。より正確に言えば、ここ数日見続けた家紋より更に豪華な奴が。
クン家後継者であるメイ以上の位を持つとなれば、そりゃもう一人しかいないだろう。あの禿頭の大男こそがメイの父であり、親父殿と唯一同格である拳士、バース・クンなんだろうなぁ……。
(……そりゃ、数少ない英雄だったら例外だよな。だって英雄なんだもん)
唯一の希望はただの例外だった。それだけのことだ。
そんな英雄級を除いて俺が旅の間に出合った人間を一通り戦闘力で並べてみたら、なんと言うか……うん、戦闘になったら傷一つ負うことなく制圧できる自信あるわ。
俺が人間の中で勝てないかもしれない、もしくは勝てないと思う人って言えば、目の前の親父殿、貴賓席にいる『武帝』バースさん、それとあの魔法狂いのグレモリージジイくらいだったという衝撃の事実が今明かされちゃったよどうしよう。
逆に俺よりも強い魔族を考えれば、魔王を頂点としていくらでも考えられる。はっきり言って、今すぐ全面戦争でも起きれば完全なる蹂躙になるだろう。英雄クラスだけなら生き延びることもできるかもしれないが、人間って種族は確実に壊滅だ。
「理解したか? ……その上で問う。お前はこの先、シュバルツの騎士として生きていく覚悟はあるのか?」
「……覚悟?」
「元々、騎士に敗北は許されん。騎士の敗北とは、背後にいる者の死を意味するのだから。だが――シュバルツの名を継ぐのならば、その責任は普通の騎士であったときとは比較にならん」
「……背負ってるのは、人類の命運ってことですか?」
「その通り。自惚れた発言になるが、シュバルツは人類の中でも極僅かな異種族と渡り合うことができる戦士の一族だ。その我らが倒れれば――それは人間という種そのものの存亡すら危うくなる。お前に、その責任を背負う覚悟はあるのか?」
親父殿は今まで見たことがないくらい真剣な声色で俺に問いかけた。お前に、人類を背負う覚悟はあるのかと。
この問いに、俺は自分にそんな覚悟があるのか考える。回復の時間稼ぎではなく、目を瞑って本気で考えた。
元々俺は、もろもろの露払いだけして後のことは勇者に丸投げしようとか、そんな他力本願全開な考えから始まった。最強の敵は勇者に任せて、俺は適当に頑張ってあとはゆったりと三食お昼寝つきの生活を送るのが理想だったはずだ。
親父殿の問う覚悟ってのは、その真逆。死んでも死なずに戦い抜き、勝利する。ただそれだけが求められる英雄の道だ。
英雄とは全人類の希望を背負う者――なんていえば聞こえはいいが、ようするにそれは大勢の見知らぬ命の責任を負うってことだ。まさに他力本願の集大成。全部お前に任せるって信頼という名の無責任な重圧を人類全てからかけられる存在ということだ。
他力本願が行きついた先に生まれる英雄……ね。全く、人に責任を任せて何とかしようなんて思っていた俺にそんな大役が務まるなんてとても言えないよ。
と言うか、うん……
「いや、できるわけないですよね。人類の命運なんて人類全体で決めるべきでしょ。俺は神様じゃないんですよ?」
世界は俺が救ってやる。俺に全部任せていろ――なんて本気で抜かす奴がいたら、そいつは頭おかしいと思う。世界を救う力を持った勇者ですら仲間がいて当然なのに、一人で人類全ての命握るとかどこの魔王だ。
俺はそんなイカレタ存在にはなりたくない。俺の最終目標はどんな力を使ってでも魔王とかその辺を全部倒して悠々自適な生活を送ることなのだ。そんな現実感の欠片もないセリフは物語の主人公にでも任せておいてくれ。
そう、俺に言えるのは――
「俺に出来ることなんて、強くなることだけです。父上の――親父殿の息子として、シュバルツの後継者として、レオンハートの名に賭けて、誰にも負けないって言うくらいのことしかね!」
俺がレオンハートとして生を受けてから積んできた訓練。何度も死に掛けた死闘。それに背を向けることはできない。俺にあるプライドなんてそのくらいだ。
みみっちい自尊心って意味のプライドじゃない。決して譲れない、何があっても揺らがない誇りって奴で語れるのは俺一人が精一杯。多少増やしても精々背中に隠せる人数が精一杯だよ。
それ以外のことなんて、できなきゃできないで平然と人に丸投げする。それが俺って人間の基本だからな。
そんな正直な気持ちを語ったら――何故か親父殿は戦士に相応しい凶悪な笑みを嬉しそうに浮かべるのだった。
「そうか、安心したぞ」
「え?」
「もしお前が『俺の手で人類の未来を守ってみせる』なんて言い出したらどうしようかと内心不安だったぞ? 背負うものが大きいほど死力を尽くせるのは確かだが、そんな思考の者は視野が狭いと決まっている。人を見る余裕を失った者に、人を守ることなどできるわけもないのにな」
……何か知らんけど、親父殿は嬉しそうに笑った。
そして、ゆっくりと剣を構える。殺気や怒気は全く感じられないのに、異常な迫力を感じさせながら。
「自分が強くなって全部守る――大いに結構な覚悟だが、それは不可能だ。そんな思想に取り付かれた者の末路は孤独な犬死か新たな人類の脅威になると相場が決まっている。人を信じられないのならば、それはもう人ではない」
親父殿の魔力が変化していく。より熱く、より強く。
実に機嫌良さそうに、ほとんど何も考えない直感での俺の叫びを随分気に入ったらしい親父殿は、どこか神々しいまでにその力を高めている。
「我らの考えるべき事は、一人の人間として己を高めること。そしてより多くの者と手を繋ぐことだけだ」
「ま、まあ、俺はとにかく修行するくらいしかできませんしね」
要するに、自分にできることを全力でやれってことだろう。できないことに挑戦するのは結構なことだが、無理しても悲惨なことになるだけだ。
実際、急に『俺は王になって人類を導く』とかトチ狂ったこと考え出しても不可能だしな。自分のサイフ事情すらまともに管理できない俺に、指導者とかそんな複雑怪奇なことどう考えても不可能だ。
結局、俺に出来るのは少しでも戦いに備えることだけ。人類の追い込まれっぷりを思えばもう一つやるべきだと。俺だからこそできることをやるべきだと今痛感しているが――どっちにしても俺一人で人類の未来を変えてやろうとか絶対やだし。成功失敗無関係に責任とれんよ。
「お前がそれを理解しているのなら、見せてやろう」
「えーと、何を?」
「今の私が見せられる、極限。シュバルツの騎士として、一人の男としてたどり着いた境地をな」
「いったい何を――ッ!?」
「――【覚醒】」
何をする気なのかと口にしようとした瞬間、親父殿の身体が赤く光った。まるで細胞の一つ一つが輝いているように、人間でない何かにでもなったかのように真紅のオーラを纏ったのだ。
しかし感じられる気配で言えば、親父殿がモンスターに変身したとかそんなのではない。人間でありながら人間ではない、そんな不思議な感覚を覚えさせる。
今の親父殿から感じられる気配に一番しっくり来るのは……進化だ。
ゴブリンとゴブリンリーダーを比べたときのような、オーガとマッドオーガを比べたときのような、スライムとヒュージスライムを比べたときのような、小悪魔と大悪魔を比べたときのような感覚なんだ。
人間って種の上位種。そんな存在が目の前に現れたって言うのが、一番正しい気がする。
(でも、いったい何が起きたんだ? 親父殿は何をしたっ!?)
さっきまでで十分化け物だったのに、存在の格が上昇したと言うほかないパワーアップに俺は思わず一歩引く。
今までの親父殿はパワーやスピードと言った単純な能力値の話ならば吸血鬼ミハイや悪魔イーエムには届かないって感じだったのに、今や気配だけでそれと同等かそれ以上だって全身のセンサーが訴えてくるんだから。
「これが今の私の、正真正銘の全力。私は初代が覚醒したといわれる聖騎士にこそ到達できなかったが……力は同等だと思っているぞ?」
「聖騎士――二次、クラス……?」
真紅のオーラを纏った騎士。人間を超えた力への覚醒。
本来のレオンハートがたどり着いた領域である聖騎士と同格の力――存在の格が違う圧倒的な力。剣士や騎士とは文字通り次元が違う二次クラスの力を、親父殿は俺に見せ付けたのだった。
親父殿覚醒。二次クラス【火竜騎士】モードに。
この状態が正史におけるレオンハートの領域になります。
戦闘中に超パワーアップするのは主人公の特権ではない。




