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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
高すぎる壁
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第84話 決戦準備

(……お、終わった……)


 師匠に『日ごろの修行は手を抜かないからね』と言われて出された数日分の基礎トレ課題がようやく、今終わった。

 流石師匠の実家というべきか、修行道具の充実っぷりが半端じゃない。道具が充実している分いつもよりもきついがいい修行が出来たと自分でもおもうくらいに凄い。今まさに指先一つ動かす力すら残さない修行が出来たってくらい凄い。

 本当なら師匠について行きたかったのに、気がついたら翌日の夜になっていたくらいには凄かったよ本当に。


(師匠本人は上級騎士試験のための最後の修行ってことでメイ上級騎士と王都から山三つはなれた修行場に行っちゃったけど……どうしようかな?)


 今の僕でも山三つくらいなら……ちょっと休めば何とかなると思うけど、見に行っちゃおうかな?

 見ることも修行だ。新しい武器を使いこなすためだとかでメイ上級騎士と戦っている姿を見られれば、きっと糧になるに違いない。

 試験では何か事情があったのかよくわからないくらい高速で勝負がついちゃったから、イマイチわからなかったしね。


(……後数日で、僕ももう12歳になる。師匠はその頃にはもう騎士の称号を得たっていうし、ちょっと疲れたくらいで休んでいる暇なんてないよね!)


 30秒くらい休んで多少は回復した。と言うことで僕は立ち上がり、利用した修行器具を片付けていく。

 見た目からは信じられない重量を持つ、全身に巻きつける強力バネ。見た目どおりの超重量を持ち、腕を鍛える重り。持つと魔力を奪われる鉄棒。立ち止まっていると電流鉄板に叩きつけられる動く床。ランダムなタイミングで石を発射してくる像など、非常に厳しい修行道具たちを元あった場所に返していく。

 どれも見た事無い凄いアイテムだけど……流石、僕でも知ってた超名門のシュバルツ家だなぁって感じだ。……今更だけど、僕って本当に運がいいな。偶々村に来た騎士様に弟子入りしたら、師匠がまさかあのシュバルツだなんてミラクル起きるんだから。


「よし、これで終わりだ。早速行こう!」


 全部片付け終わってから、僕は寝袋を持って急いで山の方へと走りだした。今の時間からだと夜遅くになっちゃうだろうし、今日は山の中で寝ることになるかもだから準備は万全にしておかないとね。

 地図で見せてもらった、今師匠たちが戦っている『何をやっても周囲に被害はでない場所』って話の山の中でどんな戦いが繰り広げられているかとても楽しみだな――




(……そろそろかな?)


 いいランニングだと心に言い訳して山を一気に駆け抜けたけど、肺の辺りが引きつって死にそうだ。やっぱりダッシュで山越えとか流石に厳しい。師匠たちはこれを涼しい顔してやった挙句模擬戦するんだから本当に凄い。

 僕も、もっと頑張って体力つけないとな――あれ?


「……何も無い?」


 何とかたどり着いた修行場――のはずの場所で、僕は唖然と立ち尽くした。

 地図上では確かに山になっているはずの場所なんだけど、何も無いのだ。ここから山の中に入る道があるはずなのに、何故だか谷が広がっている。

 ……道、間違えたかな? 慣れてない山だからそれも不思議じゃないんだけど……ッ!?


「――クン流! 急襲弓肘!」

「うわっ!?」


 急に悪寒がして、全身の師匠に磨かれてきた危機感知センサーが全力で警報を鳴らしてきた。

 僕はその勘に従って飛行魔法を発動させ、素早く空に上がる。何故だかわからないけど、地上にいたら危険だと感じたんだ。


 その勘の答えは、すぐにでた。メイ上級騎士が遥か空の上から降ってきて、そのまま地面に右肘を叩きつけたのだ。

 その一撃で地震でも起きたのかと思うくらい地面が揺れ、地響きが起きる。まるで自然災害だ……!


(な、何事……?)


 流石上級騎士ともなると凄いなと驚愕で麻痺した頭で思うけど、師匠はどうしたんだろう?

 今の一撃は僕を狙ったものじゃないだろうし、メイ上級騎士がいるなら師匠も側にいるはずなんだけど……?


「――咆えろっ!」

「え? えぇぇぇ!?」


 降って来たメイ上級騎士に向かって、山に広がる森の中から何かとてつもないものが飛び出してきた。

 あれは……風? でも何か違う魔力の渦が、全てを破壊せんと言わんばかりに放たれたのだ。


「――空砲連拳!!」


 対して、メイ上級騎士は両腕を使ってその場で拳を連続で打ち出した。すると、拳圧が凄まじい豪風となって風の塊とぶつかったのだ。

 パッと見の威力ならどう見ても風の塊の方が上なんだけど、まとまりが無かった風は拳圧によってあっさり分散させられ、激しい突風を生み出すだけで終わってしまった。

 空にいた僕をついでに吹き飛ばして。


「ぐふっ!?」


 空中で体勢が整えられなくなった僕は、発生した突風によって近くの木に叩きつけられた。余波だけでとんでもない威力だ……。


「……やっぱまだ練りが甘いか」

「そのようだな。武器から放たれる魔力は凄まじいが、収束率が低いせいで簡単に砕けてしまう」

「ま、要練習だな……って、ん? アレス君?」

「ん?」

「ど、どうも……」


 当然と言うべきかやはりと言うべきか、今の風の魔弾を放ったのは師匠だったらしい。

 師匠は森の中からぽりぽり頭をかきながら現れ、そして僕に気がついてくれた。……木にたたきつけられたままの格好はちょっとかっこ悪いかもしれない。


「来たんだ。見学していくかい?」

「え、ええ……そのつもりです」


 正直、見ているだけで死ぬかもしれないと今のやり取りで思わされたけど。


「そっか。じゃあそこで……はちょっと危ないけど、まあ見てなさい」

「は、はい!」


 それだけ言うと師匠は剣を構え、メイ上級騎士に向けた。

 メイ上級騎士もまた拳を構える。一見して普通の女性よりもちょっと太いくらいの腕だけど、そこに秘められた力が規格外なのはさっきの大地を割った一撃でわかっていることだ。

 僕はその激突の被害から逃れつつ見るために、再び飛行魔法で空に上がる。今度は余波でフッ飛ばされないようにより高度をとる。

 そして――


「――ハッ!」

「――フッ!」


 文字通り、目にも留まらない速度で二人の戦士がぶつかった。

 必死で目を凝らしてその動きを追うけど、ほどんど見えない。辛うじて、単純な速度ならば師匠の方が上だとわかるくらいだ。


「――【雷纏(ライテン)】!」

「ぐっ!?」


 だが、メイ上級騎士も負けてはいない。なんと全身から雷を放ち、その電撃で師匠の動きを一瞬止めたのだ。

 どうやら、メイ上級騎士の属性は“雷”らしい。雷の魔力を全身に纏い、特に両拳に集約することで師匠を止めつつ強力な威力を引き出しているのだ。


「属性魔力と格闘技の合わせ技――流石にやるな!」

「ム――ぐっ!?」


 電撃で一瞬動きが止まった師匠だが、すぐに瞳を真紅に染めることで動きを取り戻した。

 あれは、確か師匠の切り札の一つ【モード・吸血鬼(ヴァンパイア)】。体内に宿している吸血鬼の力を解放することで一時的にその力を得る――らしい。

 何でそんなことができるのかはわからないけど、師匠は凄いってことだろう。そして吸血鬼とは生体活動を停止したアンデッドであるため、生身で受けるよりは電撃の効果も少なくなるはずだ。完全に無効化することはできていないものの、師匠は一瞬で体勢を立て直してメイ上級騎士に蹴りを叩き込んだ。

 だが――


「――痛っ! ホント、お前の身体は何でできてるんだよ!」

「動きを殺さぬよう極限まで凝縮した筋肉――クン流の鍛錬の賜物だ」

「……生身の人間とは思えないよな、本当に!」


 ギリギリで防御が間に合ったメイ上級騎士は、師匠の蹴りを右腕で受け止めた。

 すると、何故か師匠の方にダメージが入ってしまった。全身に纏った雷の魔力で感電したのは当然として、メイ上級騎士の腕が固すぎたらしい。……師匠って、普通の状態でも鉄製の扉を蹴破るくらいは簡単に出来たはずなんだけどなぁ……。


「流石に凄まじい身体能力だ……だが、それでも私を相手に肉弾戦闘を挑むのは愚策だぞ!」

「そりゃ、そうだ! ――もういっちょ行け!」

「――クッ!?」


 材質不明の腕によるガードで優位に立ったメイ上級騎士だったが、そこで師匠は止まらずに手にした剣の魔力を開放した。

 そこから放たれたのは、さっきと同じ風の魔弾。いや、よく見れば水も混じっている? 風と水の、複合魔力波――ッ!?


「うぉぉぉぉ!?」

「クゥゥゥゥ!?」

「えっ!? 師匠も!?」


 放たれた魔弾はメイ上級騎士を消しさろうとしているとしか思えない威力を見せていたが、何故か師匠までそれに巻き込まれていた。

 確かにお互い肉薄している状態だったから、その可能性はあっただろう。でも、本当にそうなっちゃうとは……って、ひょっとしてこれ……僕も危ない?


「う、うわっ!?」


 膨張した魔力は被害を拡大させ、僕の方まで延びてきた。急いでもっと上へと飛び上がるけど……あ、危なすぎる……。


(……ちょっと待てよ……? よく見たら、この場所って……!)


 被害から逃げるために高く上がったから、僕はこの辺り全体の地形を見ることができた。

 まず目に入ったのは、むき出しの土壁だった。本来は草木が生い茂ったり岩に覆われていて当然の地形のはずなのに、今掘り返したばかりって感じの土で周囲一体が覆われていたんだ。

 これ、もしかしてこの二人の戦闘の余波でこんなことになったの? 昨日まで山だったはずのこの場所が谷になっているのは……この災害みたいな戦闘の被害で山一つ消滅したってことなの……?


「お、恐ろしすぎる……」


 武器の性能を試し、扱えるように訓練する。それが師匠の目的だったはずだ。

 それなのに一日で山が一つ消えるって……これ、最終日にはどうなっちゃうんだろう……?


「……これは、見ているだけで最高の修行になりそうだよ」


 見稽古、なんて生易しいものではないけどこれは確かに凄い修行だ。文字通り命がけの。


「痛てて……制御失敗したか」

「まだまだだな」


 唖然としながらこの戦いの結果を眺めていたら、いつの間にか魔剣の力で吹っ飛んだ二人が平然と立ち上がっていた。

 師匠は特殊能力による超再生能力で、メイ上級騎士は格闘家のスキルである治癒気功を使って既に今のダメージを回復し終えているみたいだ。

 そして、また何事もなかったかのように自然災害もビックリな戦いが再開された。師匠の目で追うことすらできない高速移動に、メイ上級騎士の人間とは思えない剛力と雷撃をあわせた格闘術。

 はっきり言って、今の僕とはレベルが違いすぎる。以前襲ってきた吸血鬼ほどでは流石に無いはずなんだけど、拮抗しているからこそ被害って膨れ上がるものなんだね……。


「と言うか……お二人とも昨日から戦い続けているんですよね? 何で動けるんですか?」


 今までは普通に休憩しながら修行していたと思っていたんだけど、この惨状はそんな緩いやり方では絶対にできない。

 と言うか、今まで師匠と修行してきてこんなことも察せ無かった自分が恥ずかしい。師匠なら当然本当に不眠不休で戦い続けて当然だよ。


 でも、だからこそ気になる。いくら何でも体力的に限界だと思うんだけど……二人とも元気だよね?


「……それは簡単なことだ、アレス」

「そうそう。一言で説明できることだよアレス君」


 ボクの呟きが聞こえたのか、お二人はお互いに構えながら答えてくれた。

 ……息、合ってますね。でも簡単なことってどういう事だろう? ポーションか回復魔法……でも、あれ傷は治せても体力は戻せないよね?


「いいかアレス君。戦士の価値ってのはね――」

「――もう動けん。そう思ってからどれだけの力が搾り出せるかで決まるものだ!」

(あ、ただの根性ですか)


 一見いいことを言っているような気もすることを叫びながら、またお二人は目で追うのも難しい、見ているだけで死にそうな激闘を再開した。

 ……うん、僕も死なないように頑張って見学しよう。根性がない奴は騎士に相応しくないみたいだし、今は死なないことだけを考えよう。


「にしても、ここまでしないと倒せないって師匠が考える『最高の騎士』ガーライル様か……。一体どんなことになるんだろうなぁ……」


 とりあえず、街が消滅したりしないと嬉しいかなぁ。流石に見物料に命出す気はないんだけど……。

 そんなことを考えつつ、僕は自分の命をかけて未完成なはずなのに人類最強レベルの戦いを目に焼き付けたのだった。



「――『武帝』様。お言いつけ通り、闘場結界の強度を上げておきました」

「ん、そうか」


 見るのも嫌になる書類の束。そんな、ワシにとってもっとも相性が悪い敵を自分の部屋で相手していたとき、闘技場のチャンピオンであり管理人でもあるワシに闘技場専属魔術師の長が報告に来た。

 魔術師長はいかにもと言った感じの衣服を身につけており、頭からすっぽりと黒いローブを被っている。手にはこれまた『魔法使いの杖』と聞けば誰でも連想するのではないかと言えるくらい定番のねじれた木の杖を握っており、普通に街を歩いていたら騎士に呼び止められても文句は言えないくらい分かりやす過ぎる格好だ。

 まあ、興行である闘技場の勤め人としては客にわかりやすいことが第一であるため、この格好で問題ないのだがな。


(結界強度の補強か。……うむ、重要事項だな)


 ワシは報告を聞き、来るべきガーライルVSレオンハートの試合を行う為に結界を強化するように命じていたことを思い出した。

 この闘技場には観客に試合の流れ弾が当たったりしないよう、細心の注意を払って幾つかの仕掛けがしてある。

 その代表が闘技場を囲む四方結界。闘技場を上下左右余すことなく囲い、戦闘の被害が周囲に出ないようにするための防壁だ。

 通常レベルの結界ではどうなるかなど火を見るよりも明らかであるために補強せよと命じたのだが……さて、どうなったかな?


「では、見せてもらおうか」

「はい。滞りありませぬ」


 責任者である魔術師長は自信満々と言った様子でワシに結界の様子を確認するように促してきたので、書類の山が積んである机からワシは立ち上がった。

 どうやら、相当念入りに強化したらしいな。魔術師長は一切問題ないと心から思っているらしい。その認識がどこまで正しいのか……見せてもらうとしよう。

 と言うわけで、ワシは書類のチェックなどと言う苦行を一時中断し、闘技場の方へと向かったのだった。

 そして――


「……ふむ、確かに強化されているな」

「はい。通常の結果強度を10とするならば、今の結界強度はおよそ30と言ったところでしょうかな」

「3倍の強化……か」


 ワシは闘技場に張り巡らされた結界を軽く指でなぞり、その力を感じ取る。その結果伝わってきたのは、なるほど確かに魔術師長が自信を持つのも分かると納得できるものであった。

 魔術師長の言葉通り、普段の結界の3倍……低めに見積もっても2.5倍くらいの強度は出ているだろうな。


「これほどの結果強度を持たせたのは初めての経験です。この結界ならば、どんな攻撃が当たろうともびくともしないことをお約束いたしましょう」


 そう言って優雅に一礼する魔術師長を見て、ワシは結界の感触を確かめながら背中越しの状態で見えないように小さくため息をつく。

 確かに、ここの結界は元々どんな激しい試合が起きても耐えられるように設計されたものだ。それの3倍まで引き上げたのだから、これなら何が起きても問題ないと普通に考えれば思うだろう。

 ――普通に考えれば、な。


「魔術師長。ちょっと下がっておれ」

「は? はぁ?」

「……フッ!」


 ワシは魔術師長に下がるように命じ、その後結界に向かって軽く右拳を引いた。

 そして、コレと言った強化スキルを使うことも無く、普段の戦いのときの――エンターティンメントでもある闘技場の頂点としての戦いではなく、一人の拳士バース・クンとして戦うときの力で結界に正拳突きを一つ叩き込んでやった。

 すると――


(……やはり、この程度か)


 ワシにとっては通常攻撃でしかない拳撃。特別強力な魔力を乗せたわけでも三加法を使ったわけでもない、極普通に身体能力と武術家として磨いた技術だけで放った拳によって、魔術師長自慢の結界は大きく波打ち、歪んだ。

 壊れていないだけマシかも知れないが、何があってもびくともしないとの触れ込みだった結界は拳一発であっさり歪んでしまったのだ。


「な……何をなさるのですか!? せっかく張った結界がぁ!?」


 ワシが自慢の結界とやらの強度に首を振ると、魔術師長が悲鳴のような声を上げた。

 ……結界が半壊したことを嘆くよりも、あっさりと半壊させられたことを嘆いて欲しいのだがな。


「……その点ならば問題ないぞ」

「何がです!? 今の結界を作るのに我々がどれだけ苦労したと――」

「今程度の一撃で歪む程度の結界、あっても何の意味も無い」


 普通の人間が、上級騎士レベルが戦うのなら先ほどの結界で十分すぎるくらいだろう。

 だが、今度戦うのはワシと同格の力を持ったガーライルだ。レオンハートがどこまであいつに本気を出させるのかは未知数ではあるが、とてもこんな程度もので防ぎきれるものではないだろう。

 その言葉に対して魔術師長は大口をあける。ワシの言いたい事を理解したのか、魔術師長は先ほどまでの混乱と怒りを混ぜ合わせたような表情から一転して驚愕の感情を見せたのだ。


「い、いやしかし……武帝様の一撃を基準にされてはその……」

「次の舞台に上がるのは接近戦で唯一ワシと同格の人間であるガーライルだ。結界強度の基準は上級騎士レベルではなく、ワシらを基準にせよ」

「そ、そんな無茶苦茶な――」

「言い訳は聞かん。それができなければ会場を移動するほか無いわけだが……お前はそれでいいのか?」

「ッ!?」


 ここにまともな結界を張ることが出来ないのならば、場所を移すしかない。

 そんな当然のことを突きつけてやったら、この魔術師長は黙り込んだ。だが、彼の顔には失敗した人間特有の自信を失った表情は浮かんでいない。むしろ、反骨心に溢れたプロの誇りを浮かべている。

 この沈黙は、彼が当然理解しているはずの矜持を確認するための僅かな時間に過ぎないのだ。


「……申し訳ありません、武帝様。肝心なことを失念していました」

「ん」


 誇りを取り戻した男にこれ以上語るべき言葉はない。ワシはただ信頼を乗せて一つ頷き、その場から立ち去るだけだ。

 何故ならば、わかっているのだから。彼らの中には確かにあるのだと。数多の豪傑たちがその勇名をとどろかせるための舞台を作り上げているのは自分たちなのだという誇りがあるのだと。


(闘技場の整備は問題あるまい。後は……戦うもの次第か)


 職員達を信じ、ワシは当日までに問題ないものが出来上がるものとしてこの問題を終わらせる。

 そして、書類地獄に戻る前にほんの僅か空を見上げる。戦う親子が、今どうしているのかと。


(……考えるまでもないか。どうせ修行しているに決まっている)


 考えこそしたが、分かりきった結論にすぐ思考を中断した。

 数日前から娘が帰っていないし、どうせレオンハートのところで戦闘訓練の付き合いでもしているのだろう。奴の戦いを見て本能に火がついていたようだし、理由をつけて戦いに行っているに違いないのだ。

 アレはクン家の本能にかなり忠実に育った。それがいいことなのかワシにはよくわからんが、少なくとも分かっていることが一つある。


 わが娘、メイならば……圧倒的な力を見せ付けた男と拳を交えずにいることなど絶対に不可能と言うことがな。



「8日目、終わりだな……」


 俺は全身に纏っていた暗色の魔力を手放すと共に、すっかり綺麗になってしまった大地に横たわるメイへとそう告げる。

 俺自身も流石に限界だ。もう指一本動かす力は残っていないと、メイと同じく地に伏せている。魔剣の力もいい加減ガス欠だし、明後日の試合の為にも今日はゆっくり休む必要がある。

 だから、この戦いはこれでお終いだ。そう告げたいのだが……メイからまだ納得いっていないオーラを感じるんだよなぁ……。


「……シュバルツ」

「なんだ?」

「この敗北の借りは、必ず返すぞ」

「……何言ってんだよ。お互いにトドメは刺さないよう考慮した模擬戦に勝ちも負けもあるかっての」


 なにやらメイはもう動けなくなりながらも勝ち負けを気にしているらしいが、模擬戦に勝ちも負けも無いだろう。

 お互いにぶっ飛ばされては立ち上がるのを待ち、延々戦い続けていたのだ。それがそんな限りなく実戦に近い訓練である模擬戦である以上、勝ちも負けもないと思うんだけどな。


「最後に、お前の力は確かに私を超えていた。それだけが事実だ」

「……道具ありきの時間制限付きだけどな」

「十分だろう。その力を、お前は確かにお前のものにしたんだ」

「それが目的だった……からな」


 これ以上の問答は不毛だと打ち切り、俺は右手に握ったままの刀を見る。

 内に秘めた力をほどんと使い切ってしまったけど、リリスさんが言うには大気中の魔力を吸収して一日あれば完全回復するらしい。この異常な回復スピードも精霊竜の恩恵とのことだ。

 この刀の力をとりあえずは手にして、俺は明後日親父殿に挑む。どこまで食らいついて行けるのかはわからない。この戦いで会得した力もいつでも使えて絶対無敵だなんて都合のいいものじゃないし、どこまで本番で力を出し切れるかは未知数だ。

 だから、精一杯頑張ろう。ここまでの戦いに、修行に恥じないように。そして――


「……俺の新しい刃【嵐龍】に恥じないようにな」




……………………

………………

…………

……





 ――そして、試合当日。俺と親父殿はついにぶつかる。

 親父殿と俺、【紅蓮】と【嵐龍】、【火竜鱗の鎧】と【アクアバジリスクの鱗鎧】。今持ちうる全てをぶつける戦いが、はじまる。

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