第82話 試験官
それは、今から二ヶ月ほど前の出来事だった――
(ようやく仕事が片付いたか。急な召集をかけられてから引継ぎに一ヶ月もかかってしまったが、一体何の用なんだ?)
私が商業都市トトイルの守護任務を一時中断し、王都に帰還せよと命令を受けたのが一ヶ月前。
上級騎士としてトトイル守護隊長を任されている身としては、当然「はいそうですか」とすぐに移動するわけにもいかない。もろもろのスケジュール調整にかなりの時間をかけてしまったが、それは上層部も理解している。
故にいろいろ調整した結果、本日この王都で新たな任務について聞くことになったのだ。
そんなことを考えながら、私は王都騎士団詰め所へ足を踏み入れた。
ここに来るのは……三年ぶりほどかな?
「おお、お前も来たのか『城壁』」
「ム、『山崩し』か」
詰め所に入ってから、私は指令書に従って一つの会議室へと入った。
するとそこには先客がおり、私を『城壁』と呼んだ。この男もまた上級騎士であり、かつてとある町を襲った、岩の身体を持つ山のような巨大なゴーレム系モンスターを討伐したことから『山崩し』の異名を持つスキンヘッドの戦士だ。
本名は確か……ガルバン・ゴレストだったな。もはや『山崩し』の異名が有名すぎて本名忘れかけていたのは内緒にしておこう。上級騎士クラスになると皆が皆二つ名や異名を自然とつけられ、そしてそれが浸透すると本名で呼ばなくなる慣習があるのだが、実際に自分がその立場になるとちょっとつらいのは上級騎士共通の感覚だろう。
「お前まで呼ばれるとは、よほどの用件なのか? 上級騎士の中でも最高レベルの防衛能力を持つトトイルの守護からお前を抜くとは」
「うむ……まあ解任ではなく臨時の任務だそうだがな」
「予定調整をする余裕はあるらしいがな。何かの祭りでもやるのか?」
「上級騎士を二人も集めるような大きな祭事などあったか? 私とお前を集めるような……む?」
「おや、私以外にも呼ばれてたんですね」
部屋の中で久しぶりにあった同僚と世間話をしばらくすると、私の入ってきた扉からまたもや一人の男が入ってきた。
「お前は……『軍勢』か」
「そんな物々しい名を名乗ったことはありませんけどね」
入ってきたのは、前衛として武器を握る私や『山崩し』と違い、魔力を宿すメガネをかけた優男だった。
私達前衛戦士に比べれば、その身体は細いの一言だ。最低限鍛えられてはいるものの、肉体能力では私や『山崩し』とは比較すること自体間違っているというレベルだろう。
だが、それはこの男の戦闘力の低さを意味しない。この男は武器を使わない戦士――魔術師なのだから。
かつてゴブリン種が人の入らない地で繁殖し、5000を超える軍勢を構築したことがあった。ゴブリン軍は数に任せて人の町に進行、大きな被害が出る大惨事になったのだ。
そこで活躍したのが、今は『軍勢』の異名をとる上級騎士であるこの男、名前は……えーと……トーラ・ケルムだったか?
とにかく、この男は召喚系の魔法の使い手であり、一人で何百と言うゴーレムを召喚、ゴブリン軍の本隊を一人で止めた偉業を持って上級騎士となった経歴を持つ実力者だ。
「それにしても……『城壁』に『山崩し』のおふた方まで呼ばれているとは、何事なのでしょうね?」
「そうだな……自分で言うのもなんだが、我々三人は上級騎士の中でもかなりの精鋭……。魔物の巣でも攻めるのか?」
「そうさなぁ……ゴブリンの1000匹程度ならこの中から一人出せばおつりが来るし……亜種の群れでも出たか?」
「しかしそれなら我々の耳にはいるのでは? 我々三人の耳に入らない重大事件など……」
「四人だ」
「ム」
三人で話し込んでいたら、またもや一人の男が入室してきた。
……何故気配を消していたのかは気にしないほうがいいだろうな。きっとただの職業病だ。
この、全身黒尽くめで影の薄い男に関しては考えない方がいろいろ幸せになれるだろうから。
「……『影槍』か? お前まで呼ばれたのか」
「いかにも」
入ってきたのは、大きな槍を背中に背負った小柄な男だった。
この男は『影槍』の異名を持つ槍使い。その名の由来は、まるで影のように実体を掴ませない変幻自在の槍捌きと手にする武器から来ているとされる。
私も何度かこの目で見たことがあるが、槍を振るう速度と技量が合わさって全く予見できない一撃を繰り出す巧者だ。その極限まで存在を薄くする気配遮断技術もあわせれば、この男の攻撃を見切る事は不可能だろう。
かつて罪のない村を壊滅させた罪で上級騎士の資格を剥奪され、お尋ね者にこそなったがその腕前は今でも語り草になっている男に勝るとも劣らない実力を有しているとまで言われる実力者。無口なのが玉に瑕だが、集まっていた私を含めた三人にも決して劣らない実力者だろう。
「……この四人が集まるとは、本当に何事だ?」
「どんな任務でも、上級騎士として臆するつもりはない。ないが……私は何故か非常に嫌な予感を覚えるのだが」
「奇遇ですね、私もですよ。……まぁ、逃げるなんて選択肢はありませんけど」
「同意」
集まったメンバーだけを見ても、言い渡される任務の難易度が予想できる。
恐らく、敵は最低でも上位種の魔物……もしや外陸種か? いずれにしても、我々を集めなければ対処できない強敵がいるのは間違いないだろう。
この中のいずれもが、上級騎士の任を勤めて五年は経過しているベテランばかり。その力だけではなく、心意気まで完成された騎士だと自覚している。
だからこそ、我々はお互いの眼を見て笑いあう。どんな困難が待ち受けていようとも、民の為決して敗れぬ騎士の姿を体現して見せようと。
そんなとき、またもやドアが開く音がなった。
まさか五人目も来るかと思ったが、どうやら違ったらしい。確かにまた一人の男が入ってきたことに違いはないが、入ってきたのは私もよく知っている武とは縁遠い文官の――騎士団の人事を担当している人間だったのだ。
「やあやあどうも。みなさんお忙しいのによく集まってくださいました」
「なに、任務とあればいつでも駆けつけるとも。……それで、何事だ?」
『山崩し』が鋭い目で文官殿を睨む。いや、正確には睨んだのではなくただ目配せしただけだろう。その強面と文官殿の口から出るだろう高難易度ミッションへの気合のせいで威嚇しているようにしか見えないが。
ともあれそこは流石の文官殿。戦場に出る事はなくとも歴戦の騎士を相手にしているだけのことはあり、全く怯えることなく素晴らしい笑顔を浮かべたのだった。
……素晴らしすぎて寒気を覚える笑顔を。
「はい、私も皆さんならどんな過酷な任務でも達成してくれると信じていますとも」
「当然のことだろう? 俺たちを誰だと思っている?」
「我々が任務を拒否することなどありえません。お話をお聞かせください」
「ありがとうございます……少々長い話になりますので、お茶でも飲みながらどうぞ。……おーい、頼むよー」
「畏まりました」
文官殿が声をかけると、部屋の外からメイドが紅茶入りのカップを四つ持ってきてくれた。
随分準備がいいが、外で待機していたのか? 文官殿と一緒に入ってくればよかったのに……。
「ご丁寧にどうも」
「感謝」
私達は、それぞれ出された紅茶に口をつけて文官殿の言葉を待つ。しかし、文官殿は茶菓子まで用意してニコニコ笑うばかりだ。
こちらの気を落ち着けるのが目的なのか、紅茶を飲むまで話を始めてくれそうにない。
仕方がないので、とりあえず口の中に広がる上品な味わいを楽しむ。それと同時に、私達クラスの騎士を四人集めるほどの問題とは何なのかを心の準備つもりであらかじめ予想してみた。
(上級騎士――その中でも上位の四人を集めるほどの問題となると……上位種ゴブリンを代表とする、オーガやトロールと言った亜人種モンスターの軍勢。アンデッドモンスターの大量発生。遺跡の上級マジックアイテムの暴走。外陸種の侵攻。種のボスクラスモンスターの人里への侵攻。犯罪組織によるテロ……辺りか?)
頭の中に思い浮かべるのは、いずれにしても街単位で人が犠牲になってもおかしくないレベルを想定した事件だ。仮に予想が当たった場合、下手をすれば数千規模で民の命が失われるだろう。
いずれにしても、我らは騎士としての誇りを持って立ち向かう。我らが逃げれば人は滅びる。その覚悟を胸に戦ってこその騎士。そしてその中の最上位戦力である我ら上級騎士の務めだ――
「実は、二ヶ月ほど後にレオンハート・シュバルツ中級騎士の上級昇格試験を予定しています」
「トトイルの警備状態に穴があるのに気がついたから急いで帰還しなければ多分半年くらいかかるだろう」
「実は先日腰を痛めたから病院に行かねばならないのを今思い出したからちょっと行ってくる多分完治には三ヶ月くらいかかるかなー」
「そういえばそろそろ息子の誕生日だった早く帰らないといやー家族は大切にしないといけませんよね」
「急用」
文官の言葉を聞いた瞬間、私達四人はそれぞれ超早口でまくし立てつつ席を立った。そういやこの人、昇格試験責任者でもあったか。
そんなことを思い出しつつ、まるで打ち合わせでもしたかのようにお互いに目配せしつつ部屋の出口を目指すのだった。
だが――
「逃がしませんよ」
「うっ! こ、これは……」
「即効性の痺れ薬です。命に別状はないのでご安心ください。……と言うか、皆さん言い訳が雑すぎるでしょう。堅実さで知られる『城壁』殿の仕事にそんな大きな穴があるわけないですし、超重量の武器を扱う『山崩し』殿の腰がそんなに脆いわけないでしょう。それに『軍勢』殿に至ってはそもそも子供いないでしょうに。『影槍』殿に至ってはそもそも言い訳になってませんし」
くっ!? さっきの紅茶に痺れ薬が……!
私達四人は身体の自由を奪われ、膝をついてしまう。いくら騎士でも薬物の類は天敵だ。身体を鍛えているから抵抗力も高い、だから毒物なんて大丈夫――なんて素で豪語するクン家とシュバルツ家と違って、私達はまだまだ人間なのだから。
「お、おい……まさか俺たちを集めたのは……!」
「はい、皆さんにはレオンハート中級騎士の試験相手をお願いしたいと思っています。試験は二ヵ月後ですので、今抱えている仕事はそのときまでに区切りをつけてください。試験は最長で10日なので、まあそのくらいの時間を確保できれば問題ないでしょう」
「こ、断る! 誰が副団長の血族の相手なんてするか!」
痺れてうまく身体が動かないにも関わらず、『山崩し』は必死の形相で吼えた。
気持ちはよくわかる。私だって同じ気持ちだ。確かに私達は騎士団の中でも一握りの精鋭を自負するだけの力はあるが、本物の人外一族と戦えとかそれただの公開処刑だ!
「す、少し前にクン家のお嬢さんが受験してましたね……。そのときのことを、私が知らないとでも?」
「……上級騎士の、三大武家の後継者に相応しい力を見せた素晴らしい戦いっぷりだったと認識していますが?」
「素晴らしすぎるんですよ! 一日で五人抜きした挙句、対戦相手軒並み死なないギリギリでぶちのめされたって聞いてますよ!?」
……それは私も聞いている。クン家の一人娘、メイ・クンの試験のときも当然上級騎士五人が試験官を勤めたのだが、全員叩きのめされて終わったのだ。
上級騎士として新人に敗北するなど恥であるが、人外に人間が負けることは当たり前だ。そんなの魚に泳ぎで負けたことを悔しがり、鳥に空中戦で敗北したことを屈辱と思うようなもの。クン家とシュバルツ家の人間に戦闘で敗北するのはそのレベルの話なのだから、恥だなんだと思う方が間違っているという次元の生き物なのだ。
そんなのと戦いたいかと言われれば……断固拒否である。騎士として民を守る戦いに臆する事はないが、別に自分じゃなくてもいい処刑なら避けたいと思って当然だ!
「ま、正直それはこちらも思っていることです。三大武家が一、クン家当主の『武帝』殿の力はよく知っていましたが、まさか娘まであれほどとは。おかげで国民への上級騎士の信頼度がちょっと下がったなんて報告も出たくらいです。……まあ、その分メイ上級騎士の力が知れ渡ったので問題はないんですけど」
「こっちからすれば問題大有りだ!」
「だ、断固拒否……!」
三大武家の人間相手の試験。そんなもの、一度でも副団長の戦いを見たことのある者なら私達と全く同じ感想を持つだろう。
今回の試験対象だという副団長の息子、レオンハート・シュバルツに関しても情報は入ってきている。外陸種である吸血鬼と一人で互角以上に戦い、各地で伝説を残している強者。人の領域を突破している副団長の血をしっかりと受け継いでいるシュバルツの後継者であると。
そんなののかませ犬になれなど、誰がどう考えても拒否するに決まっている!
「まあまあ、皆さんそう興奮しないで」
「するに決まっているだろうが!」
「し、痺れ薬なんてものまで使っている以上、アナタもよくわかっていることでしょうに……」
「……上級騎士ともなると、危険の感知能力も高いですからね。グレモリー様に特別にお願いした無味無臭の痺れ薬は大変効果があったようで」
……グレモリー老の力まで借りるとか、どこまで本気なんだこいつは!?
確かにあの、三大武家に匹敵するかそれ以上の人外であるあの老人の作った薬なら気づけなくて当たり前だ。一応毒物への対処法も一通り学習しているとは言え、そんなもの何の役にも立たない薬を簡単に調合するだろうからな!
「誤解しないで聞いて欲しいのですが、薬まで使ったのは冷静に話を聞いていただくためです」
「話……?」
「ええ。あのメイ上級騎士の試験のときの惨状は、確かに私も危惧しています。人類の切り札である上級騎士に無様を晒されては困りますからね」
そこで文官殿はにっこりと微笑み、私達四人を一人一人見渡しながら言葉を続けた。
「今回の試験には、上級騎士試験官候補の中から更に選りすぐりの強者を選別したつもりです。そのために試験開催を決定してから三ヶ月もの猶予を設けたのですからね」
「た、確かに……普通ならこの面子が試験官と言うのはオーバーキルだが……」
上級騎士試験とは、五人の試験官と一対一で戦うことになる。そしてその際、試験官側はそれぞれ試すべきテーマに沿って戦術を制限され、受験者が上級騎士に相応しい実力を持っていると判断できるか否かを試すのだ。
そんな形式上、試験官がどれだけ強く、どれだけ本気を出すかでどうしても難易度が上下する。それを思えば、三大武家を除けばトップクラスであるこの場の四人で試験なんて絶対受からせないと言っているに等しい采配だろう。相手がシュバルツでなければ。
「皆さんに言っておく事は、今回の試験――制限はありません」
「な、なに?」
「本来ならば、受験者の『攻撃力』を見極めるときには防御に徹すること、『対処能力』を見たいときは多種多様な攻撃を行うこと、『作戦立案能力』を調べたいときは頭を使わなければ突破できないような戦術をとることなど、試験官側には枷がかけられます。しかし今回の試験では、その手の条件は一切なし。あなた方の全力をぶつけることこそがレオンハート候補者の実力を測るのにもっとも相応しいと判断しました」
「……正真正銘のガチバトル、ということか」
「ええ。『山崩し』殿のパワー、『城壁』殿の防御能力、『軍勢』殿の集団戦術、『影槍』殿の技術。これらの全力をぶつけることで彼の力を見極めるのが今回の狙いとなっております」
……なるほど、本気と言うことか。本気でそのシュバルツの後継者を陛下は評価している、と言うことか。
恐らくこの采配の真意は、我々四人クラスでなければ勝負にもならない。陛下はそう考えているに違いない。
もはやレオンハート・シュバルツの力は人間の最高位、上級騎士の中でもトップクラスに匹敵するのだろうと。
「ふぅ……流石にそこまで言われては断れんな。これで逃げては沽券に関わる」
「是」
「こうなったらやるしかないですね」
皆も諦めたようにため息を吐き、了承の意をしめした。
どうやら痺れ薬はそう長時間保つタイプではなかったらしく、もう身体の自由も戻ってきた。それを踏まえるに、こいつも我々がすぐに了承するとわかっていたな。
少々手のひらの上で踊らされているようで気に食わないが、付き合ってやろう。上級騎士として、最大限の力を尽くしてな。
「やるからには全力……場合によっては命に関わるかもしれんが、構わないんだな?」
「ええ。恐らく、それくらいでないと意味が無いと思われますので」
「わかった……ところで、五人目はいいのか?」
最終確認の後、『山崩し』は最後にちょっとした質問をした。別に試験運営には関係ない我々としてはさほど気にすることではないのだが、ここに四人しかないのは確かに気になるところだ。
ここにいるのは四人。だが試験官は五人必要なのだからな。
「ご心配なく。五人目は既に決定しております」
「ふぅん。ここに集められていないという事は……まさか?」
「ご想像にお任せします」
……ほぼ強制的に、断られることが予めわかっているからこそ今回このような形での要請となったのだ。
それなのに既に一人決まっているとは、何か特殊な事情があるのだろう。その事情に思い当たるのは一つしかないのだが……いやしかし流石に……。
「止めましょう。考えると不幸になる気がします」
「沈黙は金」
「……だな。私達は私達の仕事をするとしようか」
当面は、上級騎士試験本番に向けてのスケジュール調整だ。体調管理も当然として、試験期間となる十日は街を留守にできるよう手配しなければならない。
正直激しく嫌な予感しかしないが、やるといった以上やるしかないだろう。そんな具合に私は割り切り、二ヵ月後の試験に思いを馳せた。
――――そうして、今私はここにいるのだ。この、王立闘技場――バトルコロシアムに。
全ては石で作られている闘技場の上に立つ、レオンハート・シュバルツと戦うために――。
◆
「……いよいよ始まるな」
「ええ、陛下も楽しみにされていましたな」
「無論だ。この国を、人類を守護する未来の希望だ。その若い世代がどれだけ育っているのか気にならない王はおるまい」
「では、解説はお任せあれ。ワシの予想では、陛下でも今のガーライルの倅の戦いを見るのは困難でしょうからの」
貴賓席。それも王族のみが座ることを許される特等席に座る老人に、ワシは最大限の礼儀をもって応えた。
老人の名はバージウス・フィール。老いてなお覇気を纏うこの国の、すなわち全人類の頂点に立つ男だ。
今日はガーライルの奴の息子であるレオンハート・シュバルツが上級騎士試験を受ける初日だ。その戦いを自分の目で見るために陛下自身が足を運び、そしてこのワシが――世界でもっとも闘技場のことを知る、このチャンピオンであるバース・クンを解説役に任命されたわけだな。
本音を言えば、ワシもガーライルの倅の力をこの拳で確かめてやりたいところだったが、流石にそれはやりすぎだと止められた。娘も戦いたがっていたところを規則で止められた事情があったので、ここは大人として引き下がるしかなかったのだ。
そんなわけで、せめて特等席で見物しようとワシは解説役を引き受けたのだ。……さて、どんな戦いが見られるのかな?
『それでは、選手入場でぇぇす!』
試合の審判兼司会である、この闘技場の名物男が手にした拡声器を使って闘技場中にその声を届けた。
今、この闘技場にはほぼ満席に近い客が押し寄せてきている。この闘技場は最大5万人を収容できるように作られておるのに、全く大層な人気と言うべきだろう。
これはレオンハートが各地で残してきた戦果の一つとでも言うべきなのだろうが、とにかくそんな事情であの司会も大張り切りだ。何せ、こんな大量に観客が集まることなど、滅多に組まれないワシの試合でも珍しいくらいだからな。
最近名を上げてきているマキシーム商会が事前に席を確保して商売した上で移動手段まで提供した結果とも聞いているが、南の大陸中から試合を見に人が集まっているのだから大したものだろう。間違いなく騎士レオンハートの名は南の大陸全てに広がることになるだろうからの。
『まずは今試合の主役! 知らぬものなど存在しない英雄の一族! あのシュバルツ家の血を引くぅぅぅ――レオンハァァァァト! シュバァァァルツゥゥゥッ!!』
職業病か、一応公的な試験であるが司会は思いっきり観客を煽っている。
まあ、この試験そのものが国の切り札である上級騎士の力を国民に見せつけ、安心させる目的もあるのだから問題はないのだが。
「えーと、はい、レオンハートですが……」
さてその主役だが、こういった場は慣れていないのかちょっと引きつった表情で舞台に上がってきた。
こう言うときは腕の一つでも挙げて観客に応えるべきだと闘士としては言いたいところだが、まあ人のいない場所で戦い続けてきた小僧ならあれが正常な反応か?
「あれがレオンハートか……。昔よりも随分大きくなったな」
「陛下が彼を見たのは……確か12歳の頃でしたかな?」
「ああ。余の命であやつが吸血鬼対策の旅にでたときに一度見たきりだ」
「なるほど。それは驚くでしょうな。子供の成長は早いものです」
ついこの間までオムツしていた娘も、いつの間にか上級騎士になっているくらいだ。
大人と子供の狭間、青年になりかけたくらいの年齢ではあるが……さて、どれほど成長しているかな?
『では、ここでルールの説明でぇぇす! 本試験のルールは単純明快! 試験挑戦者であるレオンハート氏に与えられている日数は十日! その間に試験官である五人の上級騎士と戦い! その力を示せ! ただそれだけでぇぇす!』
上級騎士試験では、受験者がその日程を決めることができる。
例外として今日だけは一回戦うことが義務づけられているが、その後どう戦うかは自由に決められるのだ。
何なら今日だけで五連戦してもいいし、休息をかねて一日づつ休みを挟んでもいい。もちろん今日一回だけ戦い、最終日に残り四連戦をこなす――なんてプログラムも自由だ。
これは上級騎士と言う強敵を相手にする場合、どれだけの対策を立てられるかの情報収集能力や危機管理能力を試す意味合いがある。試合終了と共に次の対戦相手が公表される為、今のまま戦うのでは勝ち目が薄いと判断するのならば対策準備期間を制限の範囲内で好きにとることができるわけだ。
最初の一回だけは事前情報がない状態での戦闘力を測るために強制戦闘となるが、その後の思考もまた評価対象になるわけだな。
大抵の受験者は一日おきに試合を行い、休息と情報収集をこなすことが多い。しかしガーライルの倅があいつの血を色濃く受け継いでいるのなら――今日は面白い一日になるかもしれんな。
『次に道具について説明しまぁぁす! 原則として! 武器防具は各自が持参OK! と言うか貸し出ししてくれないのでぇぇ! 持ってこないと裸で戦う破目になりまぁぁす!』
上級騎士の領域まで上がれば、どんな装備を持っているかもまた重要なポイントになる。
ワシのように自分の肉体を武器にする者からすれば大した問題ではないが、やはり良き武装にめぐり合う幸運もまた強者には必要となってくるからな。
『ただぁぁし! アイテムの使用は不可でぇぇす! 能力アップ系のポーション類や魔道書系のアイテムは使用不可なのでご注意くださぁぁい!』
能力を一時的に強化するアイテムや、使用者の能力に関わらず魔法を発動できるスクロール系のアイテムを使われると本来の実力がわからなくなる。
もちろん、上級騎士クラスを相手に雑魚がどんなアイテムを使おうとまず勝ち目などない。ないが……極端な話、都市一つ購入できるくらいの金銭をフルに使ってアイテムを投入すれば、一試合の間だけ一般人を上級騎士に匹敵する戦士に変えるくらいのことはできるかもしれないからな。
そんなことをするメリットなどほとんどないとは言え、まあそう言ったことが起きないようにこの処置が取られている。陛下の許可を得て受験資格を得た中級騎士にそんな雑魚はいないので杞憂かもしれないが、本来は合格に届かない実力をドーピングで一時的に上級騎士相当にしているという事はありうるからな。
『もちろぉぉん! 皆様の安全は万全に確保されておりまぁぁす! 舞台上の騎士たちが皆さんを怪我させるようなことなどしないのはもちろんのことですが! なんと! この会場には優秀な魔術師たちによる結界が張られているのでぇぇす! その強度はまさに最強ぅ! どんな攻撃も受け止める最硬の壁! それが皆々様をお守りしているのでぇぇす!』
これはルールではなく、闘技場のデフォルトだ。観客に被害が行かないように戦場となる武舞台を囲うように正方形の結界術が行使されており、並みの攻撃ならば全て遮断できるようになっている。
本気で壊そうと思えば壊れるが、流石に攻撃の余波程度ならば完全に遮断できる硬度だ。並みの攻撃、ならばな。
『大まかなルールはこの程度! 皆さんはこれだけ理解してくれれば十分でぇぇす! と言うわけで、早速登場していただきましょう! かの勇名高き守護神! 商業都市トトイルを守り続ける守護騎士――『城壁』の――レーガァァァン! デフィィィィスゥゥッ!』
本日の対戦相手は、『城壁』の二つ名を持つ鉄壁の上級騎士――レーガン・デフィースだ。
かつて魔法系外陸種がとある都市に攻撃を仕掛けてきたとき、その守護のスキルを駆使して街に傷一つ付けることなく戦闘終了まで持ちこたえたという伝説を持つ男。まあ上級騎士になればどいつもこいつも伝説の一つや二つ持っているが――さて、どうなかな?
レーガンの奴は自身の誇る最強装備。身体を丸ごと隠してしまうほどの大盾、タワーシールドに魔法金属で作られた全身鎧。
これに奴自身が身につけた数々の技を使ったその守備力は、並みの強者では早々突破できないぞ?
「――よろしく、レオンハート君」
「よろしくお願いします」
『さあ! 両雄が共に戦いの前の挨拶を交わし終えたぞぉぉ! それでは両者、指定の位置へ! いよいよ! 試合――開始ぃぃぃぃぃっ!』
司会の掛け声があがる。同時に、一筋の烈風が走った。




