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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
平穏な運試し
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第78話 ギャンブルの掟

(……これは……凄いな)

「ジョーカー込みで……ファイブカード? です」

「ぬ、ぬぅぅぅ……!」


 アレス君と成金貴族のポーカー勝負。ポーカーとは心理戦である――なんて言葉を鼻で笑うように、アレス君の恐ろしい幸運が次々と大役を作り出して一方的なワンサイドゲームになっていた。


 いや、自信満々にギャンブルには自信がある――なんていいながら傍若無人に振舞っていたのにこれは恥ずかしい。既にアレス君の獲得コインは40000枚に膨れ上がっているし、もう公開処刑である。

 成金貴族は既に顔真っ赤。まあ、ここまで異常な幸運を見せられたら当然だと思うけど。


「……ぐ、ググッ! つぎだ! 早くしろ!」

「は、はいっ!」


 残りのゲーム数も少なくなってきた。ここからあいつが言い出したルールに沿って勝利するには、全ゲームマックスベットで勝利しないといけないくらいだ。

 つまり、後はアレス君が全ゲーム即降りを宣言すれば終わっていると言っていい。まあアレス君はこの勝負の本当の賭け――カジノ側が高額レート勝負を受ける――を知らないわけだから、そんなことする必要ないんだけどさ。


「カード交換一枚だ!」

「は、はい!」


 随分と熱くなって、成金貴族は叩き付けるようにカードを強引に指名されたディーラーに渡した。

 そしてディーラー役の一般人は山札のカードを一枚渡す。大変だね、いろんな意味で……ん?


(気のせいか? 今一瞬……?)


 いつもカードを扱うたどたどしいディーラーの動きに気を取られてたけど、今何か視界の端を掠めたような……?


「オープンだ! 俺の役はフルハウス!」

「……スリーカードです」

「ふん、俺の勝ちだ。賭け額10000枚は貰うぞ」

(うっ、初敗北か……)


 今のは場札的に、フルハウスが最強の役だった。それを揃えられた以上仕方がないんだけど……まだまだアレス君の優位に変わりはない。

 にしても、今の勝負以外では全敗なのに、よく毎回毎回マックスベットできるよな? まあそれに毎回乗っかるアレス君も異常なんだけど、流れが悪いんだから普通抑えるところだと思うんだけど……。


「次のゲームを始めよう。さて――」


 初勝利で気を良くしたのか、成金貴族は畳み掛けるようにゲームを続けた。

 逆に初敗北となるアレス君の表情は、少し悔しそうだがそれほど引きずってはいないってところか。気にしすぎても問題だし、まあそのくらいがベストだろうな。


「……ねえレオン」

「ん? どうしたの、カーラちゃん?」

「さっき、あの男の手が変な動きしたわよね?」

「……変な動き?」


 カーラちゃんが、なにやら目を細めて成金貴族の手元を睨みながら俺に話しかけてきた。

 ……変な動き、か。確かに俺も一瞬違和感を覚えたし、まさか……。


(……【感覚加速法】)


 俺は一切動かずに加速法を発動させた。そして、奴の手札交換を他の全てがゆっくりと流れる世界の中で見つめる。

 もし俺の想像通りだったら……今度こそ、乱入確定だぞ?


「ふふふ、一枚交換だ」

「はい――」

(ムッ!)


 ディーラーからカードを受け取った瞬間、確かに成金貴族は不自然に腕を半回転させた。まるで、袖口に受け取ったカードを隠すかのように。

 今の動きは……間違いなく、あれだな。袖の中に受け取ったカードを隠し、同時に仕込んでおいたカードを手元に引き寄せやがったな……。

 見事な、何で貴族がそんな技を身につけているんだってツッコミ入れたなるくらいに素早いカード捌きだったけど……流石に加速法の使い手は想定していなかったようだな。俺もこんなことに使うことになるとは思ってなかったけど。


(加速終了。さて、さっさと踏み込むか)


 役割は終えたので、加速法を終了させて一歩前に出る。こんな場所で暴力を振るっては店に迷惑をかけてしまうし、事実座長もそれを嫌って俺を制したのだろう。

 だが、イカサマだけはダメだ。こんな場所でイカサマを働く……それは、殺されても文句は言えないクラスの大罪なのだから。


「オープン。私の役はストレートフラッシュ!」

「うっ……! 普通のストレート、です」

「ふふふ、また私の勝利。コインは貰って――」

「ちょい待ち」


 俺はコインに手を伸ばそうとする成金貴族を制し、前に出る。

 こう言う場面ではアレス君がイカサマに気がついて反撃するべきかもしれないけど、まあ俺が気づいたんだから別にいいだろう。


「師匠?」

「少々失礼。な――貴族殿。両手を上げていただきたい」

「何だ、貴様は?」


 成金貴族じゃ流石に無礼だなと、適当に言葉を変えて俺は詰め寄った。

 しかしゴーマ家の坊ちゃんとやらは俺を鬱陶しそうに睨むだけで動きはしない。

 と言うわけで、俺は予定通りゆっくりとテーブルに近づく。そして、伸ばされた状態で固まっている腕を優しく掴み――ディーラーの手元にあった山札をもう片方の手で素早く回収するのだった。


「え?」

「――貴様、何をする!」


 突然の暴挙――と言っても、既に終了したゲームのカードを取っただけだが――に、貴族さんは顔を真っ赤にして糾弾してきた。

 しかし俺はそんな声を無視し、腕を開放した後その場で山札を確認する。今貴族さんが公開した手札。それと同じカードを探して――!


「あった」

「どうしたんです? 師匠?」

「これだよこれ」


 俺は周りの野次馬にも見えるよう、今使われ、テーブルに置かれているはずのカードと同じ模様が描かれているカードを掲げた。

 このゲームで使われるカードの中で、同一のものなど一枚も存在しない。すなわち、山札に眠っているカードと同じものが場に出ていたってことは、このカードはゲーム外から持ち込まれた不正なものってことになるわけだな……!


「イカサマだ……」

「イカサマだ!」


 野次馬達も状況が飲み込めてきたのか、徐々にイカサマコールが響いてきた。わかっていないのはカーラちゃんと、当人であるはずのアレス君くらいだろう。

 多分、他の客達も薄々感づいていたはずだ。あれだけ負けていたのに勝負にでる姿勢。それは、次は絶対に勝てる確信が、イカサマと言う確信があったからじゃないかと。

 稀にどこかの誰かのように素の運命力で似たようなことをやっちゃう人もいるが、そう考えることはおかしくない。ただ、その割りに連敗していたから誰しもが薄々以上のことを感じなかっただけで。


「……貴族様ぁん? これは、どう言うことかしらねぇん?」

「いや、それは……」

「代理戦とは言え、これはアタクシの勝負……サマやっといて五体満足で帰れるなんて思ってんじゃねぇだろうなぁ?」


 座長がイカサマ疑惑濃厚の貴族さんに語りかけ――恐ろしいくらいにドスの利いた低音ボイスを披露してくれた。

 地声なだけかもしれないけど、あのどっから出してるのかわからない甲高いキンキン声から一瞬にして筋もんを連想させるドスの利いた太い声に変えられるあたり、さすが芸人である。


「く、くぅ……こ、これは事故だ! 俺に責任はない!」

「事故ぉ?」

「そうだ! 俺は何もしていないのだ。偶々偶然山札に別のものが混じっていただけで……」

「このカード用意したの、貴方ですよね?」

「だ、だからこそだ。いやーうっかりしていた。まさかカードが混じっていたとは……」


 ……言い訳始めたぞ。いろいろ苦しい内容で。

 そもそも、ゲームを受ける前にカジノ側がカードデッキの確認くらいは当然している。それなのにその言葉は……流石に無理あるぞ?

 と言うか、仮にその言葉が真実でも十分責任あるだろう。理科に冠を正さず? だっけ? 何で学校の科目が出てくるのかって気もするけど……とにかく、そんな疑わしい真似をしたってのはほぼ黒と言っていいはずだ。


「それで通用すると思ってんのかぁ? あぁん?」

「ぬ、ぬぅ……! いや、そうか! そう言う事か!」


 座長のフリフリムキムキモジャモジャドス声尋問と言う精神攻撃を受けつつも、イカサマ貴族は急に閃いたと叫びだした。

 そして、ニヤリと笑いながら人差し指を突きつける。その先にいるのは……アレス君だ。


「え? 僕?」

「そうだ小僧。キサマがやったのだろう?」

「えっと、何を?」


 突然蚊帳の外に放り出されて混乱していたところに、わけのわからない糾弾。アレス君はすっかり困ってしまっている。

 そんないたいけな少年――ただし、ついさっきまで高額ポーカーで相手をフルボッコにしていた――に、イカサマ貴族はここぞとばかりに言葉を畳み掛けるのだった。


「思えば、キサマは勝ちすぎていた。あまりにも異常なほどに! それはお前たちも見ていただろうが!」

「まあ、確かに……」

「凄い幸運だったわよね……」


 イカサマ貴族の言葉に、野次馬達も少し納得しかけている。まあ確かに、アレス君の異常な勝利こそイカサマ疑われても仕方がないくらいのものだったしな。

 本当にうまいギャンブラーは大勝せずに、毎回小さく勝つ。確かそんなことを聞いたことがある気がする。行き過ぎた圧勝は余計な敵を作るだけなのだって意味だったかな?


「恐らく、このカードはキサマが以前のゲームで仕込んだものだったのだろう? それをヘマして回収できずに山札に紛れ込ませてしまった……そうに違いない!」


 イカサマ貴族の断言に、周りの野次馬達はざわめき出した。まさかあんな子供が、いやしかしありえない話でも……って感じに揺れているようだな。

 このまま責任をアレス君に押し付け、自分の負け額まで強引に奪い返すつもりなのか? いや全く、信じられないね。


「じゃ、袖まくって」

「え」

「だから袖。イカサマしてないんならできますよね?」


 俺が加速法まで使ってみた限りじゃ、こいつは袖にカードを隠し、別のカードを取り出していた。

 その宝石でギラギラ飾っている袖の中に何があるのかはわからないけど……こいつの手品の種は、間違いなくそこにあるんだろう。


「…………」

「袖」

「………………」

「だから袖。黙っていても終わりませんよ?」


 まるで叱られた子供のように固まってしまった。どうしようかこれ?

 一応貴族相手なんだけど、力技で剥いてもいいんだろうか……ん?


「……全身ひん剥いて見世物小屋に縛り付けられたくなかったらさっさと腕捲くりな」

「な、なぁ!? ぶ、無礼だぞ! 俺は次期ゴーマ家――」

「うるせぇ……。イカサマやらかした奴にはよぉ……あらゆる権利が認められねぇのさ。それがこの世界の法、だろう兄ちゃん?」

(……こ、怖い)


 完全に裏世界の人としか思えないセリフと声。しかし出しているのはムキムキフリフリ。ある種のホラーだ。

 やっぱ、この人はいろんな意味で敵に回したくない。そんなこと劇団『ムーンライト』を知っていれば自動的に認識できそうなのに、何でここでイカサマなんて自殺行為を……?


「お、おい! 俺を守れ!」

「……了解」


 イカサマ貴族は、血相を変えて叫んだ。もう最初の余裕綽々な感じは皆無だ。いや、座長に迫られてなお余裕なら、それはもうそっちの性癖があるだけな気もするけど。

 そんなイカサマ貴族の声に応えたのは、最初から後ろに控えていた大男――ではなく、その後ろにいつの間にかいた小さい男だった。

 パッと見、身長はアレス君やカーラちゃんよりもちょっと高いくらい。俺より頭一つ小さいな。代わりに体つきが大分引き締まっているのが気になるけど……とりあえず、今までずっと大男の後ろにいたせいで気がつかなかったみたいだね。


「ふ、フフフッ! こいつは裏社会じゃ名の知れた用心棒だ! お前みたいな変態がどうこうできる相手じゃ――」

「あぁん?」


 なるほど、あの小さい方はそれなりに強いらしい。あのイカサマ貴族がここまで強気だったのも、いざとなれば用心棒がいるからってことなのか。

 しかし……うん。それはあまりにも世間知らず過ぎだなぁ。と言うか、裏社会で名が知れてるって、つまり犯罪者か?


「なあ兄ちゃん? ここで暴れるってんなら、アタシ直々に相手してやるぞ?」

「……アンタに恨みはないが、これも仕事だ。悪く思うな――」

「――ドラァァァァ!」

「ッ!? へぶしっ!?」


 何か格好つけてナイフを取り出した小男だったけど、座長の雄たけびを伴った鉄拳一発でぶっ飛ばされた。

 きちんと計算して、周囲の道具を壊さないように配慮までしているらしい。小男は受身すら取れずに高々く吹っ飛び、本人が悲惨なことになった以外の被害は出さない実に見事なパンチであった。


「……は?」

「ま、当然の結果だな」


 イカサマ貴族が唖然として大口を開けるが、俺は当然だろうと頷いた。

 あの小さいナイフ男は、恐らく近くの街の裏社会での腕自慢といったところだろう。

 でも、たかが街の腕自慢が挑むには座長は強すぎる。だって、この人……今でこそこんな感じだけど、昔は腕利きの本物の冒険者としてならした豪傑だもん。


「お、おい! あいつは裏社会でその人ありといわれた凄腕じゃなかったのか! 変質者に一発で伸させたぞ!」

「い、いや、そのはずなんですが……」


 何が起こったのかようやく理解した様子のイカサマ貴族は、部下であろう大男に詰め寄った。どうやら、あのナイフ男を紹介したのはあの大男らしい。


「当然よぉ。アタクシを、誰だと思っているのかしらぁん?」

「ひぃ!?」


 ついに俺が出るまでもなく暴力沙汰になってしまったが、まあこれはこれでおもしろい。

 この、ある意味では凄い外見から放たれた文句のつけられない剛拳。イカサマを咎めるという絶対的な正当性を得た今だからこそできる、野蛮なエンターティンメントと言えるだろう。


(まあ、自業自得としか言いようがないかな。イカサマやらかした上に暴力に頼ったんだし。……旅の一座、この物騒な世界を旅できるような集団にチンピラ連れて喧嘩売ったんだから)


 この世界で旅をするのは非常に大変だ。いつ如何なるときでも自分を殺しに来る魔物の類を警戒し続けないといけないんだから。

 そんな中で、こんな大荷物を持って旅ができる。それはこの一座の戦力の高さをそのまま示していると言っても過言じゃないのだ。

 まあ、常に安全な街中に引きこもっている典型的ダメ貴族――本物の貴族の場合、自分の目で領内を見て回ったりすることで人類が置かれている状況を自然と理解する――にはわからないことなのかもしれないけどさ。


「さて、どうしてくれようかしらねぇん」

「う、うう……。お、お前何とかしろ!」

「ええっ!?」


 イカサマ貴族はあのナイフ男以上の策はないらしく、みっともなく大男に縋りついた。突然の展開についていけてないアレス君が唖然としているよ。

 もはや完全勝利と言っていい状況ではあるけど、しかし座長の表情は余裕そうに見えてちょっと困っているようにも見える。恐らく、この後このイカサマ師をどうするか悩んでいるのだろう。


(普通のイカサマ師なら叩きのめして牢獄行きで終わりだけど、相手は一応貴族。あくまでも一般人でしかない座長じゃあ、まあ手を出すのは躊躇するわな)


 十割自分達が正しいと主張できる状況ではあるけど、もしそれでこのイカサマ貴族の父親――ゴーマ家とやらの当主の機嫌を損ねれば死活問題にもなりかねない。

 良いも悪いも吹き飛ばす権力。それが貴族の力だからな。最悪の場合は一座の営業を妨害くらいはしてくるかもしれないし……ここからは、本当に俺の出番だ。


「ここから先は、俺が引き継ぎますよ」

「あらレオンちゃん。どうするのかしらぁん?」

「どうもこうも、普通に役人に突き出せばいいでしょう。現段階でも証人つきの罪があることですし」


 俺がするべき事は至極単純。賭博法違反でこいつをとっ捕まえればいいのだ。

 街の役人に引き渡すと裏取引であっさり出てくるかもしれないから、ちょっと面倒くさいけどな。


「お、俺を突き出すだと! ふざけるんじゃない!」

「ふざけてなんていない。国家公認の証を持っているカジノに違法レートの勝負をするように強制したんだ。十分だろう?」

「お、俺を誰だと――」

「ちなみに、俺はこう言う者です」


 貴族特権を振りかざされる前に、懐から騎士章を出して黙らせる。

 この手の輩にもっとも有効なのは権力だ。あまり矢鱈滅多ら振りかざすのはよくないが、せっかくの肩書はこう言うときに使うのが一番だな。

 その証拠に、今までとは全く異質な驚愕がこの貴族さんの表情に表れたし。


「ッ!? き、騎士だとぉ!?」

「それも今度の上級騎士試験の受験者よぉん。貴方達も知っているじゃないかしらぁん?」

「上級……! ま、まさか……あの吸血騎士のレオンハートか!」

(……今のあだ名は初めて聞いたな)


 何故俺が上級騎士試験を受験すると言っただけで名前が出てきたんだとか、吸血騎士とか初めて聞いたぞとか、言いたい事はいろいろあるが……まあいいか。

 とにかくこれでわかっただろう。目の前にいるのは、貴族の権力ではごり押しできない王直属の人間なんだとな。

 ……虎の威を借りてるようで何か小物くさい気がするけど、気にしないで行こう。権力に頼るのを悪と考えちゃうのは小市民の悪い癖だ。


「さて、それじゃあまあ、拘束させてもらおうか。丁度この一座は王都を目指していることだし、そのまま王都の役人に引き渡してやろう」

「ま、待て! いや待ってください!」

「……何か言いたいことでも?」

「…………しょ、勝負だ」


 ……? 何を言っているんだ?


「ここはカジノ。だったら俺と勝負だ。俺が勝ったら見逃せ……ください」

「いや、何を言っているの?」


 何で俺がそんな勝負を受けなきゃいけないのか。微塵もメリットを感じないんだけど。

 周りのギャラリーも同意見のようで、すっかりこのイカサマ貴族を見る目が可哀想な人を見る目になっている。


「も、もちろん俺が負けたときの条件も――」

「負けたら金払う、とか言ったらこの場で両手両足たたっ斬るぞ」


 犯罪者を前に金に目がくらんだとか最悪すぎるっての。それだけは断固拒否しないといかん。

 事実上の賄賂をきっぱり拒否するように前もって宣言すると、またもやイカサマ貴族は目を泳がせた。どうやら図星だったらしい。


「……ち、父上の機嫌を損ねたくはないだろう?」

「父上……この辺りの領主か?」

「その通りだ。父上の怒りは――」


 この状況で何をどうしようとも、俺には関係ない。目の前の男は明確に犯罪者であり、捕らえるのが俺の役目なのだ。

 いくら領主貴族が出張ってきたとしても、それは変わらない。そこに文句つけたら、それはもう王に反抗するに等しいのだから。


「さて、じゃあ御用だ。神妙にな」

「ま、待て! 俺――私の話を聞いていないのか!」

「聞いてるよ? その上で聞く耳持つ必要なしってだけで」

「し、しかし父上が本気で怒れば――」

「私が、どうかしたかね?」

「ッ!?」


 諦めの悪いイカサマ貴族の悪あがきを見ていたら、急に威厳の塊みたいな声がかけられた。

 思わず俺は声の方を見る。他の野次馬たちも、等しく同じ方向を、同じ人物を見ているのだった。


「ち、父上……!」

「父上ってことは……」

「領主様、ねぇん」


 野次馬をその気迫だけでどけて堂々と現れたその男。イカサマ貴族にどことなく似た顔をしているが、その表情は厳格そうに引き締められ、ところどころ皺が見える。

 全身を包む豪華では在るが下品ではない衣服と装飾品に飾られたこの人こそが、イカサマ貴族の父にしてこの辺りで一番の権力を誇る男なのだった。

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