第77話 平運・強運・奇運
「……オープン。プレイヤー4番フラッシュ。プレイヤー2番フルハウスにより、このゲームはプレイヤー2番の勝利となります」
「……フッ」
俺は勝負の結果を見届けた後、俺的に思うニヒルな笑みと言うやつを浮かべながら席を立った。
そして、ここに来る前は手にあった金の輝きをテーブルに残したまま、その場を立ち去るのだった。
(……コイン1000枚。全部すっちゃった)
自分を誤魔化すのは止めて現状を正直に言えば、つまり負けたのである。
最初から最後まで、これなら勝てるだろと上限まで賭けては敗北を繰り返すこと10回。つまり-100枚×10=-1000枚で、見事に一枚も残すことなく完全敗北したのだった。
「やっぱり、ギャンブルって怖い……」
俺は肩を落とし、弟子には見せられない威厳もへったくれもない姿で小さく呟く。
やっぱり、俺はギャンブルの才能がないのだろう。今回のことでよーくわかった。運だけで勝負しても俺程度の人間に勝利が微笑みかけることなんて無いんだ。
……でも、偶には夢見てもよくね? 俺、結構頑張ってるつもりなんですけどねどっかの神様。こんなとき以外祈ることも思い出すこともないとは言え、偶には微笑んでくれよ……。
(……さて、カーラちゃんはどうなったかな?)
俺は一通り後悔を終え、見事にすっからかんになったところでカーラちゃんの様子を見に行った。
いや、別にコインの無心に行くわけじゃないよ? ただポーカーよりもワンゲームの時間が短いルーレットで遊んでいるカーラちゃんも、負け運ならそろそろかなと思って……。
「ムキッー! 何でそこに入るのよ!」
(あ、カーラちゃん……負けたか)
ルーレット台にたどり着いたとき、丁度カーラちゃんが真っ白な肌に青筋立てて興奮していた。
コインを置いておく場所に残っている枚数はゼロ。そして今の声から予想すれば……うん、見事にすっからかんだね。
「カーラちゃん、終わったかい?」
「……あ、アタシは負けてないからね。このルーレットがおかしいのよ!」
「うん、そうだね。本当におかしいよね……」
正直、俺的にも「イカサマだー!」と叫びだしたいくらいに負けた。でも、んなわけないんだよね。
だって、周囲の客は普通に勝ってるし。ディーラーが延々一人勝ちってわけではなく、他の客は勝ったり負けたりを繰り返しているのだから。
まさかここにいる客全員がカジノ側の仕込だーなんてアホなこと言うわけにもいかない。俺一人から毟るのにどれだけ大掛かりに金かけていると言うんだって話だ。
……なんて一般論、カーラちゃんに言っても無駄だろうけどね。
今の俺にはこの子の気持ちよーく分かるし、怒らせてあげよう。それもきっとカジノの楽しみ方だよ……。
「ふぅ、ふぅ……」
「はいはい。それじゃ、そろそろアレス君の所に行こうか」
気がすむまで怒った――と言うか俺への愚痴が終わったあたりで、そろそろアレス君のところに行こうかと提案した。
多分一番長く楽しめるゲームであるスロットマシーンで遊んでいるはずのアレス君だけど、俺たちと同じ敗北の神様に愛されていればそろそろ終わっているころだ。
……コイン3000枚、か。うん、別に問題ないよ。多少借金抱えているとは言え、偶の遊びくらい豪快に行ってもいいじゃん。どうせ後で苦労するのも俺なんだしさ……。
「ねぇレオン? あのコイン、追加はないの?」
「……残念ながら、お金ってのは稼がないと追加されないんだよ」
しかしカーラちゃんはまだ未練があるのか、追加資金を希望しているらしい。
確かに、今度こそとリベンジするのもまたカジノの楽しみ方だ。しかし既に結構な散財だし、これ以上は流石に……。
「……レオン? 何で文句言いながらコイン買いに向かってるの?」
「え? あ、あれー? 何でだろうねー」
……うん、だって悔しいじゃない。負けたんだもん。
次勝負すれば勝てる気がするし、きっといけるよ。何だかそんな気がするから。
ああでも、これ以上の散財は……ん? 何だか騒がしいな?
「おいおい、上限100枚だと? 私は子供の遊びに来たのではない。せっかく有名なカジノと聞いて来てやったのだ。最低でも1000枚ベットくらいはしてもらわねば困るよ」
「い、いえ、しかし法律で……」
「私はギャンブルにはかなりの自信があってね。社交界ではちょっとした話題になるほどなのだよ。その私に今更子供の小遣いを賭けさせるなど……恥ずかしいとは思わんかね?」
「は、はぁ?」
「そもそもだ、ゴーマ家の次期当主たるこの私は、いわばこの街の法だ。その私が問題ないと言ってるのに、何か問題があるのかね?」
……野次馬の中で、なにやら声だけで性格の悪さが伝わってくるような声がしている。
俺とカーラちゃんが8割くらい好奇心でちょっと見に来たら……変な奴がいた。身を包む金色の衣服。首から下げられた安っぽい輝きを放つ宝石のネックレス。と言うか全身にジャラジャラ宝石をつけている、ザ・成金って感じの男が横柄な態度で座っていた。
「おい、あれを持て」
「ハッ!」
まだ若い――俺の予想だと、多分20代前半――の成金男は、背後に控えていた強面の大男になにやら指示を出した。
どうやら、あの強面のおっさんは成金男の部下らしい。その指示に従い、いかにも重そうな袋を持ってきたのだった。
「あの、これは……?」
「私の軍資金だ。ああ、交換などせんでもよいぞ? 既に別のカジノで交換済みだからな」
「……ッ! なっ!?」
スタッフのディーラーは、袋の中身を見て思わずと言った感じの声を出した。
俺もちょっと首を伸ばして袋の方を見てみると……中には、大量の、恐らく100000枚は軽く超えているだろうカジノコインが輝いていたのだった。
(な、なんだあの量……どう見てもまともなカジノで使う量じゃないだろ……)
あれだけあれば、王都の最高級ホテルのロイアルスイートにでも泊まれる。庶民の遊びって立ち位置である一般カジノで用意すべき金額ではない。
あんなの、もう一般用じゃない……富豪専用の特別許可を受けたカジノか非合法の裏カジノくらいしか使うところないだろ。
嫌がらせか? あの成金男、こんな大衆向けの遊び場に大金見せびらかしに来たのか? ドサクサに紛れてあの金貨袋奪ったろかコラ。
「私は今日、これを使い果たすつもりで来たのだよ。それが一回の上限100枚? もはや勝っても負けてもどうでもいいとしか言いようがないな」
(じゃあ帰れよ)
何となくだが、今この会話を取り囲んでいる野次馬達と心が一つになった気がする。
「わかったか? では遊びではない……勝負と行こう。今日はポーカーの気分だな。最低ベットは1000枚といったところで、上限は10000枚。まあそれでもそれほどスリルは味わえないが……子供の遊びよりはマシだろう」
「で、ですから法律で……」
「この街の法とは我がゴーマ家のことを言う。すなわち、ゴーマ家次期当主である私の言葉こそが法だ。文句はないな?」
(いやあるに決まってるよね?)
またまた野次馬とシンクロした気がするが、実際ありえない要求だ。
いやだって、特別な認定を受けたカジノ以外、賭け額の上限は国法で決まっているのだ。高々街の偉い人――多分貴族――風情の言葉で曲げていい訳がない。
もしそんな要求を受け入れれば、ムーンライト一座は営業権を失うだろう。最悪投獄だ。そしてもちろん、そんな勝負を持ちかけたあの成金男も相応の罰が下る。
……と言うか、もうこれ罰与えていいよな? 騎士位を持つ俺には貴族相手でも逮捕権があるし、堂々と法律破ろうとしている以上、適当にボコっていいだろう。
見たところ屈強な護衛を何人か連れているみたいだけど、まあこの場じゃ大して強くないっぽいしね。
「おい、その辺に――」
「あーら、お客様ぁん。どうかしましたぁん?」
「うっ!」
「な、なんだ貴様は!?」
前に出ようと思ったところで、きつい香水の匂いを撒き散らしながらここの最高責任者――自称ミス・ムーンことムーンライト座長が現れた。
その存在感と言ったら、取り囲んでいた野次馬が自ら道を譲るほどである。なんと言ったか……モーゼだったか? 確か海を割ったとか、そんな感じの人を連想させる見事な動きだった。
「アタクシはミス・ムーン……一座の座長をやっているものよぉん。仲良くしてねぇん」
「う、うむ。そうか、責任者……か? 通りすがりの変態ではないのか?」
……あの貴族らしい成金男がドン引きしている。あの、ある意味一度見たら一生忘れることを許されない存在感は、芸人としては宝なのかもしれないな。
腹芸に慣れているんだろう人間でも、もう強制的に素を出させる破壊力があるのだ。あの甘ったるい風なのにドスの聞いた声と、ゴリゴリでモジャモジャの胸板を見せ付けられながら迫られると。
「そ、それで……あー、ムーンとやら。話は聞いていたな? 私の要求、受け入れるんだろうな?」
「うーん、そうねぇん……」
(っと、いかん。つい座長ショックで立ちすくんでしまった。さっさとぶちのめ――ん?)
座長のオーラにやられていた俺は、ようやく再起動した。
そして前に出ようと思ったのだが、一瞬だけど座長から流し目を――アイコンタクトを受け取った。
どう言う意味だ? あの感じだと『助けて』ではないのは確かだな。座長から出て行ったわけだし『手は出すな』ってことかね?
……考えてみれば、せっかく街の人たちが集まって楽しく遊んでいるのだ。そこのトラブルを暴力で解決したらまあ、盛り下がるだろうな。
座長達もまたプロ。この程度のいざこざ、ショーに仕立ててしまおうって考えているってところかね?
仮に暴力で片付けるのならば、正義の味方が悪人を倒すってくらいわかりやすい状況を用意する必要があるわけか……。
「アタクシたちにも事情があるのはご存知ですわよねぇん?」
「う、うむ。カジノ法だろう? しかしここは私の街。ならば何も問題はない」
「でもねぇん。アタクシたちにも事情がありますのぉん。そこでぇ……ゴーマ様も勝負師ならぁ、ギャンブルで決めませんことぉ?」
「ぎゃ、ギャンブルだと?」
……ギャンブル、ダメ、絶対。
「聞けば、ゴーマ様はかなりの腕前とのことですわねぇん? ならば、受けていただけませんこと?」
「……ほう、つまり、そのギャンブルとやらで私が勝てば受けるというのかね? 高額レートの勝負を……」
「ええ。そのときはアタクシもカジノの経営者。真正面から勝負を受けることをお約束しますわぁん」
クネクネしながら、実に男らしい勝負宣言を座長は行った。
……これ、放っておいていいんだろうか? どう見ても馬鹿貴族の坊ちゃんとは言え、それでも貴族と正面から事を構えるのは避けたいのはわかるけど……本業ではないとは言え、治安維持も職務の一つである騎士の前で堂々とそんな話しないで欲しいんだけど。
「では、勝負はポーカーだ。そちらは誰が出るのだ?」
「そうですわねぇん……」
座長は一瞬だけ今までのふざけた雰囲気を消し、周囲のスタッフを鋭い目で見た。
しかしすぐにその眼光は消えうせ、再び何とも不気味なクネクネとした動きを始める。……油断を誘っているのかな?
多分、この場にいる者の中で一番のプレイヤーを考えているのだろう。それ以外にもいろいろ考えているのかもしれないが、少なくともこの人は外見通りの変な人ではない。絶対に敵に回してはいけない人の一人なのだから。
だが、成金男はそんな座長を無視して勝手に話を進めるのだった。
「いや待て、よく考えたらそちらの用意したディーラーとやるのは私に不利すぎるな」
「……どう言うことかしらん?」
「ここはそちらのホーム。いざと言うときのためのイカサマの一つや二つ、仕込んでいてもおかしくはない」
「あら、随分な言い草ねぇん。アタクシ、そんなことは死んでもしないわよぉん?」
「それはまあ、そうだろう。しかしイカサマ師とは、皆がそう言うものだ。せっかくギャンブルに興じるのなら、そんなくだらないことを気にせずにやりたいと思うこの気持ち、わかってはくれないか?」
成金男は全身の宝石をギランギラン輝かせながら、足を組み、髪をかきあげるポーズを決めながらそう言い放った。相手がムキムキモジャモジャの性別不明じゃなければ少しは絵になったのかもしれない。
そんな成金男の要求に、座長は少し考える素振りを見せる。まあ、一応言っている事はわかるので否定しずらいのだろう。
堂々と『お前らイカサマしているかもしれないから』なんて言われて気分を害しているんだろうけど、その手の苦情はこの手の遊戯ではお約束のようなもの。感情的になるようなことはないだろうしね。
「では、どうするのかしらぁん?」
「なに、簡単だ。この中の客の一人から私の対戦相手を選ぶのだよ。一対一形式の高額レートポーカーだ」
「……お客様の中から?」
「ああ。そうなれば、どんな仕掛けがあっても意味をなさないだろう? ああそれと、使うカードはこちらが用意したものを使う。それならば絶対に安心だ」
……無茶苦茶言い出したぞ、あの人。カードから対戦相手まで勝手に指定しての勝負って……もはやあいつに有利すぎるだろう。
と言うか、何故客の中から選ばれた対戦相手に店側が命運託さなくちゃいけないんだ。本当に、若い貴族ってのはどうしてこう自己中心的な思考の奴が多いんだ……。
「ですがねぇん? これはあくまでも、アタクシたちの勝負なのよぉん? 無関係なお客様にご迷惑をおかけするわけには――」
「なに、問題はない。ここにいるのは、誰しもがギャンブルを楽しみに来ているのだろう? ならば、当然思っているはずだ。それに……カジノ法は、店側が定めるべきルールに関する法律。店を挟まない勝負には関係ない、だろう?」
「…………」
成金男の言葉に、座長の表情が一瞬固まった。あまりの傍若無人っぷりに、少々イラっと来たんだろう。
……それに、成金男の言葉が、法律上正しいってのもあるな。カジノ法で定められた賭け額の上限は、あくまでも賭博場を経営する側がルールとして定めなければならないものとされている。
つまり、カジノで勝負するのではなく個人的な勝負ですよーと言ってしまえば、賭け額の上限はなくなるのだ。まあ、許可を受けたカジノ以外でギャンブルを行うこと自体が違法――それが合法なら、そもそも誰もカジノになんて行かないだろう――なので、別の意味で非常に問題なのだが。
「ああ、個人でのギャンブルは禁止されている。そんなつまらないことを気にしているのかね?」
(……心を読まれた……違うな。最初から、そんな当然のことくらいは想定しているのか)
「心配は無用だ。我ら貴族には幾つもの特権がある。その一つを使い、ゴーマ領では個人でのギャンブルを合法としているのだよ。青天井でね」
「……随分と、強引な法令を定めていらっしゃるのねぇん」
「なに、このくらいの融通は利かせねば、日常の些細な娯楽まで奪ってしまうからな。そこは領主の裁量と言う奴だよ」
座長の呆れたような視線に、次期であるはずの成金男は何故か偉そうにふんぞり返った。
俺は専門家ではないから詳しくないけど、確かに大枠を定める国法の下に、各領内で独自に定められた法律と言うのが存在している。
この国では、最低限全人類が遵守しなければならない基本ルールを国法として定め、細かい部分は臨機応変に領ごとの特色に合わせて決められることになっているのだ。
何せ、ちょっと地区が変わるだけで環境がガラッと変わることも珍しくない世界だからな。こうしないと遵守不可能な法律を量産することになってしまうのだ。
ルールを、法律をある程度なら好きなように変える事ができる領主特権の力は強い。強すぎて貴族の腐敗が進んでいるのが現状な気がするんだけど、今は政治批判はとりあえず置いておこう。
とにかくあの領主の一族らしい成金男がそう言っている以上、それがこの地のルールとして認められているんだろう。これを否定したきゃ、嘆願状を国王の所に持って行って判子押してもらわなきゃいけない。
つまり、どんなに無茶苦茶でも、この場に限ってはあの成金男の言葉が正しいってことになっちゃうんだな、これが。
いや、そもそも領内限定のローカルルールよりも上位に設定されている国法に違反しようと言っている時点で捕まえていいんだけども。
「師匠ー。どこですかー?」
「ん?」
緊迫感ある成金と性別不明のにらみ合いの中、急に気の抜ける子供の声が聞こえてきた。
これは……どう聞いてもアレス君だな。スロット、終わったのかな?
「……子供か? 丁度いい」
(あ、嫌な予感)
一方、成金男はアレス君の声を聞き、ニヤリと悪そうに笑った。
これはもしかして、もしかするのか?
「おい、そこの少年」
「え? 何ですか?」
「キミもここに遊びに来たのかい? しかし、こんな小レートじゃつまらないだろう? どうだい? 私と勝負しないか?」
「え? え?」
アレス君は、いきなり変な人に声をかけられて混乱している。当然だろう。
ここは保護者の俺が出て行くべきだな。いくら法的に問題ないと言っても、超高額レートなんて恐ろしいものを11歳の少年にやらせるわけにはいかん。
と言うか、アレス君に渡した軍資金はコイン1000枚。あいつの望んでいる勝負の席に座ることもできない――
「キミ、今いくら持っているのかな? 場合によっては貸してあげてもいいよ?」
「ちょ、おま!?」
ま、まさか高額レートのギャンブルの資金に借金させる気か!?
これはいかん。人生破滅ルートまっしぐらじゃねぇか! 絶対に止めさせないと――
「えっと、今は……コイン32000枚くらいです」
「ほお、見た目よりも随分持っているな」
「ふわっ!?」
え? 今アレス君なんて言ったの?
気のせいだよね? 文字通り桁違いの戦闘力を耳にした気がするんだけど……。
「ならば問題はない。さあ、勝負と行こう。いいな、座長よ」
「うーん、アタクシとしてはぁ、この子を巻き込むような真似はしたくないわねぇん。本人の了承なく勝負の場に呼ぶのは違法のはずよぉん?」
「ふむ、確かにその通りだが……少年? やりたくはないか? 手に汗握る高額レートのギャンブルをな」
「え、えっと……? よくわからないんですけど、つまり勝負しようってことですか?」
「ああ、その通りだ。私と差しでの勝負をしよう」
「……勝負なら、受けます! 師匠にも、闘いからは逃げちゃいけないって言われているので!」
「ほう、豪気な師匠だな。ならば何も問題はない。さあ座長よ、テーブルに案内せよ。カードはこれだ」
「……仕方がない、わねぇん」
……ハッ!? 放心している間になにやら話が纏まってしまった!?
と言うかアレス君、俺はそう言う意味で行ったんじゃないよ! 闘いにも時と場合があるからね! とりあえずギャンブル勝負なんてものに簡単に乗っちゃいけません!
「では、ゲームスタート……の前にルールの確認だ。まずレートは通常の100倍。そして……そうだな、10回勝負でいいだろう。10回ゲームを行った後、より多くのコインを獲得した方が勝ちだ。流石に総資産では勝負にならないから、ゲーム中に動いたコインのみを勝敗に扱う。いいな?」
「わかったわぁん。こうなったら仕方がないわねぇん。……ところでアレスちゃん? ポーカーのルールは覚えたかしらぁん?」
「えっと、はい。大体は……」
外野の野次馬の中で俺が一人テンパっている間に、アレス君は勝負の席に着いてしまった。
こうなったらもう、止められない。一度席に着いたらゲームが終わるまで退席を認めないってのは世界共通のルールだ。今まさにポーカーのルールを説明してもらっている姿からは不安しかないけど、こうなりゃ信じるしかない……。
「アレスー。負けたら承知しないわよー!」
「あ、カーラさんに師匠」
(カーラちゃんはすっかり観戦モード……気楽でいいね)
子供相手なら楽に勝利をもぎ取れる。そんな思惑が透けて見える勝負。
それなのにカーラちゃんはお気楽に楽しんでいる。そして、当人であるアレス君も全くプレッシャーを感じていないようだ。
……この二人、高額レートの意味わかってないんじゃないだろうな……。
「では、まず親を……あー、そこのお前、ディーラーをやれ」
「え? 私ですか?」
まず、場代として――この勝負にカジノは絡んでいないため、場代も勝者に渡される――二人は1000枚のコインを場に置いた。恐ろしい勝負だ。
その後で、成金男は勝負開始寸前に近くの野次馬の一人に声をかけた。なんとカードを配るディーラーをやれと言うのだ。……カジノ側の人間では信用できないと言う事かね?
その声をかけられた野次馬は、成金男の要請に戸惑うこともなく素直にテーブルに置かれたカードを配り始める。不自然なくらいに適応力のある人だな?
「さて、親は私に決まった。場札も手札も配られた。次に賭け額の宣言だが、少年、キミはいくら賭けるかね?」
「うーん……じゃあ、1000枚で」
場札――『炎2』『炎4』『炎5』『風10』『水11』の五枚。ストレートかフラッシュが狙い目だろうか――と手札二枚が配られ、最初の賭け額宣言が始まった。親は成金男。よって、最初に宣言するのはアレス君だ。
アレス君が宣言したのは、通常のゲームならばトータルでの最高額の10倍となるコイン1000枚。庶民が泣き出しそうなことしているが、しかしレート100倍ルールでは地味に聞こえるものだった。
「おいおい、せっかくの100倍レート……そんな小額ではつまらんだろう? レイズ、コイン4000枚。マックスだ」
(……ッ! これで、場代と合わせて5000枚……! アレス君の資金は、本人の言を信じるなら何故か30000枚とか言ってた気がするけど、それでも折れてもおかしくないな)
コイン5000枚とか、一般人の一ヶ月の給料に相当する。もう見ているだけで死にそうだ。
ここは降りるってのもありだが……どうする? アレス君。
「えーっと、じゃあ、コールで」
「ほお、強気だな」
そんな俺の心配を余所に、アレス君はあっさりと勝負に乗ってしまった。
ああ、も、マジで怖い……。
「では、次に手札交換だ。最初の権利はキミだが、変えるかね?」
「あ、はい。じゃあ二枚変えます」
に、二枚って……つまり全部じゃん! そんな手札でマックスベットに挑んだんかい!
確かに強敵と戦うときは常に自信を見せ付けてハッタリかませと教えたけど、俺はギャンブルに関しての指導なんてしてないからね!
「ふふ……俺は手札を一枚変えよう。……おい」
「は、はい。一枚ですね」
偶然選ばれてしまったディーラー役の一般人は、この高額勝負に震えているのか少々ぎこちなくカードを一枚渡し、代わりに成金男の手札を一枚受け取った。
「さて、次は再び賭け額の宣言……どうするのかね?」
「……1000枚、です」
「ほお、降りないのか? 何か考えているのか……まあ、いい。では再びレイズ。5000枚だ」
(も、止めて……)
いきなり理論値、マックス10000枚の宣言。そんな額で勝負して負けたら、俺なら一週間無言で内職する自信がある。
アレス君? 今すぐやめてもいいんだよ? と言うかもう止めてくれぇ……。
「はい、コールです」
「なに?」
(受けんのかよぉぉぉ!?)
涼しい顔で、アレス君は10000枚勝負を受けてしまった。
この子の心臓、舐めてたかもしれん。どんな思考の果てに選んだ選択にしても、その涼しい顔は賞賛ものだ。力と技の勝負ならともかく、この手の勝負ではほとんど勝ったことのない俺からするとありえないと断言してやる。
……ああ、もう見ているだけで吸血鬼化しそうだ……。
「ならばオープン! 私の手札は『炎9』と『炎A』! 炎のフラッシュだ!」
(うっ! 中々強い手だ……!)
成金男の手役は、同じマーク五枚をそろえるフラッシュ。場札から考えられる最強の役ではないが、十分強い手だと言っていいだろう。むしろAのフラッシュとか、理論上の二番目に強い手役だ。
アレス君が勝つには……超低確率でしか出せないような大役が必須って苦境だけど……大丈夫か? お願いだから大丈夫だと言ってくれぇ……。
「僕の手役は、えーと、これです」
「……は?」
「名前忘れちゃったんですけど、これでよかったですよね?」
「…………は?」
アレス君が自信なさげに公開した手札は『炎3』と『炎6』。場札と合わせると、2~6のストレートフラッシュ……当然、アレス君の勝利だ。
まさにここしかないって最高の手札。そんな超幸運を、理論上最強の役をあっさりとこの子は引き当てていたのだった。
「う、運が……いいな……」
「すげぇぞ坊主!」
「この超高額勝負でいきなりストレートフラッシュ!」
「凄いわぁん! アレスちゃん!」
アレス君の見せた、滅多に見れない大役を前に、観客は大盛り上がりだ。成金男も思わず頬を引きつらせている。ついでに、俺はその場で崩れ落ちてもおかしくないくらいに足腰ガクガクである。
ともあれ、これで成金男のコイン10000枚がアレス君の物となった。非常に嬉しい話なんだけど……なんだろう。この納得のいかなさは。
「……なぜかしら? 無性に何かを殴りたい気分なんだけど」
「奇遇だね、カーラちゃん。俺もだよ」
圧倒的幸運に恵まれたアレス君を前に、俺たち負け犬は何故か複雑な気持ちになるのだった……。
運だけは鍛えられない。つまり持ってる奴は最初から超強い。




