第76話 劇団ムーンライト
新章開始。今章は短め(全4話)の息抜き回となっています。
「平和ですねー」
「そうだなー……っと、アレス君、そこもうちょっと締めたほうがいいよ」
俺、アレス君、カーラちゃんという、傍から見たら何の集まりなのかわからない三人組となって王都を目指して既に一週間。
俺たちは、聖都から乗合馬車や街から街へ移動する商人の護衛の名目などで少しずつ進んでいたのだった。
「……この内職、終わりませんね」
「そりゃまあ、大分頑張ったからね」
今俺たちは、とある一座の大型馬車のお世話になっている。
今借りているのも一台で10人以上が乗れるような大型で、俺たちはそれを三人――事実上二人――で利用している。こんな言い方をすると強権でも発動させて豊かな空間を強奪したように思えるけど、まあ実際の事情はこれを見ればわかるだろう。
この、数多の道具に埋め尽くされた馬車を見れば。この……荷物運び用の大型馬車を見れば。
「おっと、崩れないように気をつけてね。大惨事になるから」
「わかってますけどねー。はぁ……。最近、何か身体が鈍っちゃってる気がしますよ」
「まあ、流石に旅に同行させてもらってる身分じゃ自由に修行時間取れないしね」
アレス君は積んである荷物を支えながらため息をついた。精神的に疲れているようで、ちょっとグレーだ。
……まあ、当然だと思う。気が滅入るよね、俺たちを乗せてくれている一座――劇団『ムーンライト』。一座が所有する積み重ねられた道具を崩さないように注意しつつ、狩った魔物の皮から脂肪やら肉やらをこそげ落とす作業は……。
「……そう言えば、師匠は王都に試験受けに行くんですよね?」
「ああ、そうだよ」
アレス君にはさらっと上級騎士試験を受けることを伝えてある。自慢したと言っていいかもしれない。
上級騎士試験を受験するには、幾つかの条件がある。中級騎士資格を持っていること、実力を証明できるだけの実績があること、そして国王からの許可だ。
特に最後の国王からの許可が曲者で、人格やらその他もろもろが認められないといけない――つまり明確に条件が開示されていないのだ。最悪いくら頑張っても手に入らない称号って恐れもあるわけで、同じ中級騎士でも受験資格を持つものと持たないものでは事実上階級が変わるってくらいの差があるのだ。
「試験って、何をするんですか?」
「んー、詳しい事は実際に行かないとわからないけど、例年の試験だと純粋な戦闘だね」
「戦うんですか?」
「ああ。詳しい条件は秘密らしいけど、何でも現役の上級騎士と五回戦って、総合的な実力を判断されるらしい」
ちなみに、その試験戦闘は一般公開されている。そうすることで『我々の最高戦力はこんな強さをもっているのだ』と国民にアピールしているのだ。
そんな戦いにヘボいのを参加させると逆に国民に不安を与えかねないって理由で受験資格が厳しいんだよね。
「現役上級騎士って……大丈夫なんですか? それって、相手も滅茶苦茶強いってことですよね?」
「まあね……でも、上級騎士になるのに同じ上級騎士以下の実力じゃダメなのは確かだろうな」
人類最強の称号……。ちょっと前に元上級騎士を名乗った犯罪者と戦ったけど、間違いなくあの程度ではないだろう。
今の俺の、正真正銘の全力をぶつけて挑まないとな……!
「皆さーん。そろそろ到着ですよー」
そんなことを思いながらも黙々と二人で作業していたら、外から声がかけられた。どうやら次の街に着いたらしい。
俺たちはそこで会話と作業を中断し、馬車の外に出る。いやー、やっぱりこの作業は肩こるね。
「へー、いい場所じゃないか」
「風が気持ちいいですねー」
馬車団は、広い草原に止まっていた。すぐ近くに街が見えるし、今度の公演はあの街の住民がターゲットなのだろう。
更に周囲を見渡してみれば、既に大勢の劇団員が準備を始めていた。それぞれの馬車から荷物を取り出し、テントを立てているのだ。
「みなさぁん。開幕は二時間後を予定してるわぁん。頑張ってねぇん」
「はーい。ミス・ムーン!」
大勢の劇団員――見栄えのする美女、美少女達が大勢で働いている。驚くべきことに、女性率99%だ。
その中央で指揮をとっているのが、煌びやかな露出の多い女物の舞台衣装を身につけているミス・ムーンこと一座ムーンライトの座長だ。
……なお、体躯ムキムキ、体毛モジャモジャ、性別――男、である。本人曰く、男でも女でもない性を超越した存在らしいが。
(一座唯一の男性構成員……それだけ聞くと怪しい集団だけど、あれは性別を超越した存在だから問題ないのか? いや、別の意味で怪しすぎるんだけど)
座長さんは……まあ、所謂男女と言うかオカマと言うか……そっちの人なのだ。女物の衣装がこれ以上に合わない人は早々いないだろう。いつあの筋肉が膨張して脆そうな衣装が粉々になるか非常に不安だ。
別に俺は人の趣味に口出しするつもりはないけど……うん。いい人だよ、間違いなく。団員たちからも信頼も厚いしね。
……なんて思っていたら、座長は俺たちに気がついたらしく、こっちに固そうな胸板を見せ付けるようにクネクネしながら歩いてきたのだった。
「あーらレオンちゃん。お手伝いしてくれるのぉん? アレスちゃんはこっちで一緒にお茶しなぁい?」
「はいはい、手伝わせてもらいますよ」
「ぼ、僕は師匠についていきます!」
俺よりもでかい毛むくじゃらの大男に甲高い声でお茶に誘われる。まあ、普通に恐怖だ。アレス君も顔を引きつらせて俺の後ろに隠れている。
決して悪い人ではなく、昔世話になったことがある人ではあるんだけど……お願いだからその図体でクネクネしないでくれ……。
「あらぁ残念。でも助かるわぁん。レオンちゃんが手伝ってくれると作業が進むのよねぇん」
どこまで本気かわからないこの座長――本名不詳――は、アレス君の素振りに笑みを浮かべながらもすぐ作業の話に戻した。まあお茶してる時間なんてないだろうし、冗談だったんだろう……多分。
もしアレス君が頷いていたら、そのまま拉致っていた可能性はあるけどね。俺は座長曰く『二枚目と三枚目の中間』なので大丈夫……だよね?
なんて貞操の危機をちょっと感じつつも、俺は真面目な顔を作って座長の言葉に応えるのだった。
「それじゃ、いつも通りでいいんですね?」
「お願いねぇん」
俺達――正確には俺だけ――は、この一座『ムーンライト』の護衛として同行している。
それなのに、俺の主な仕事は人間重機。まあ運動になるからいいんだけど、やっぱこんな大荷物と人数で旅ができる人らに護衛とかいらないよなぁ。
「にしても師匠? こんなにのんびりしてていいんですか? 試験受けるために呼ばれてるんですよね?」
手伝いをしようと指示された場所に向かう途中、アレス君がふと思い出したようにそう聞いてきた。
「大丈夫だよ。急ぎならもっと速い方法で行くしね」
「何で大丈夫なんですか?」
「んー、正直俺もよくわかんないんだけど、手紙にそう書いてあったんだよ。試験開始は三ヶ月後だから、それに合わせて来るようにって」
実のところ、試験開始までの期間が非常に長いのだ。何でそんな悠長なのかはわからないけど、王印つきの手紙に逆らうわけにもいかない。
だからこそ、こんな風にのんびりと金を稼ぎながら王都に向かっているのだ。丁度ムーンライド一座も王都に行く途中だったらしいしね。
まあ聖都から走っていれば十日以内に王都に着く自信あるけど、途中で商売挟む劇団についているなら一ヶ月ってところだろう。
それでもそこそこ時間余るけど、まあ偶には実家でのんびり……いや、激しく修行するのも悪くない。あの家でのんびりとかありえないな、うん。
「あ、レオン。それにアレス」
「ん、カーラちゃんか」
話を終えてさてお仕事だと、資材やらなにやらの運搬係を始めたとき、向こうのテントからカーラちゃんが現れた。
服装は俺の知らないものであり、なにやら可愛らしいフリルのついた……ワンピース? になっている。髪もリボンで纏められていて、ポニーテール? というんだろうか?
「あ、カーラさん」
「ふふん。しっかり働きなさい」
俺とアレス君が働いているところを見て、カーラちゃんは薄い胸を張った。ちょっとムカつくが、この子に仕事をさせると全てを破壊するだけなので見ているだけが最善なのだ。
実は俺の個人的な仕事である皮をなめす作業も最初は手伝ってもらってたんだけど、穴だらけにしてくれたしね……。
「それで、カーラちゃんはうまくやれているのかい?」
「ええ。ここのニンゲンは美味しいものをくれるから好きよ」
「そりゃ、よかったね……」
カーラちゃんは、今美食に嵌っているらしい。
最初はそんなものいらないと食事そのものを拒否していたんだけど、一座の女の子たちが食べているお菓子を一つ摘んでからはもう暴走。目を輝かせて食料庫を空にする勢いで食べまくり最後は倒れてしまった。
食べすぎかと思ったんだけど、突然血が欲しいと呻きだしたので俺の血をあげたんだよね。流石に直接噛みつかれるのもいろいろあれだから、ナイフで軽く傷つけてコップに入れたんだけどね。
……なお、その食道楽の料金は全て保護者扱いとなっている俺に請求される。世のお父さんお母さんがどれだけ苦労しているのか身にしみるよコンチクショウ。
なんて思いつつも、この子もここに馴染んでくれているようでよかったよ。
生い立ち的にトラウマとかそんなの抱えてるかもと心配していたけど、普通に楽しんでいるみたいだしね。
いやまあ、俺の買って来たこの子用の衣服を見た一座の女の子達に『こんな可愛い子にこんなもの着せるなんて何考えてるんですか!』って怒られたりしたけど。
……そんなにダメなのかな? 俺のファッションセンス……。
「それじゃアレス君。カーラちゃんと遊んできていいよ。後は俺がやっとくから」
「え? でも……」
「ここで力仕事しててもつまらないでしょ。子供は自由に遊ぶのが一番だよ」
なんちゃって子供だった俺には当てはまらないけど、子供のころ自由に遊んだ記憶ってのはきっと将来の糧になるだろう。
俺がレオンハートになる前も……あれ? よく思い出せないな? まあ、どうでもいいけど。
「それじゃアレス! アタシについてきなさい!」
「え、ええ? ちょっとま、あぁぁ!?」
俺が許可を出したら、カーラちゃんはアレス君を引っ張って空に上がってしまった。俺の血をあげてから絶好調なんだよね、あの子。
さて、さっさとテントを立てて荷物を出さないとな。公演までリハーサルの時間なんかも考慮に入れたら、あんまり時間ないらしいしね。
「それでは、開演でーす」
手際よく建てられた即席の街。そう呼んでも過言ではないくらいに、ここには様々な娯楽が集まっていた。
演劇、手品、ダンス、サーカスなどなど、いろいろな出し物がある数々のテント。いつの間にか戻ってきたアレス君とカーラちゃんを連れて、俺も楽しませてもらっている。何かあれば警備として動くことになるけど、何もないうちは楽しんでくれと事前に言われてるしな。つまりは金を落として行けってことなんだけども。
いやー、この世界でこの手の娯楽は希少だからね。数時間前の宣伝で一座の存在を知った近くの町の人たちも大勢集まっているよ。
「ふーん、ニンゲンって大変ね。アタシなら直接ぶっ飛ばしてやるのに」
「……豪気な意見だね」
今はカーラちゃんが好きかなーと思って、三人で恋愛ものの劇を見ている。
内容は王道というか、対立している貴族家の子弟が恋に落ちた……という感じの物語である。最終的にお嬢様が悪漢に攫われ、それをお坊ちゃんが助け出したことで二人の愛が認められましたというお話だ。
それを見たカーラちゃん的には、お嬢様が自分で誘拐犯を叩きのめせばいいと思ったらしい。その辺の人間に捕まるようなお嬢様に価値はないとのご意見である。
……正直同感なのは、俺もいろいろ染まっているんだろうか。貴族の坊ちゃんなんて重要人物が単身で乗り込む前にもっと動くべき奴がいるだろとか思っちゃうし、仮にも人の上に立つ人間なら悪漢の一人や二人自力で何とかして見せて欲しいものだと思ってしまう。
別に本人が強い必要はないんだけど、例えばロクシーの奴なら誘拐犯をそっくり自分の傘下におさめるくらいのことはするだろうしな。
なんて思っている内に劇は終わり、俺たちも外に出た。
「さて、次はどうする?」
「そうねー。見世物にはちょっと飽きちゃったし、何かもっと遊べるものはないのかしら?」
「んー、それならあっちにいいのがあるよ。……ところでアレス君? 何か意見はないの?」
「これを、外して、欲しいです!」
カーラちゃんは楽しそうにこの一座の出し物を見ているのに、アレス君は汗をたらして死にそうな顔をしている。
何だか最近身体がなまっているとか言ってたから修行用の重り(スペシャルデラックスバージョン)をつけただけなのに、何をそんなに疲れているのやら。
「皆さーん! 一座名物、ムーンライトカジノオープンでーす! どうぞ遊んでいってくださーい!」
「ん? カジノ?」
息も絶え絶えでプルプルしているアレス君をどうしようかと思ってたら、遠くまで響く女性の声が聞こえてきた。
そっちを見ていると、扇情的と言うか色っぽいというか、アレス君の教育に悪い衣装を着た美少女が宣伝しているのだ。カジノ――賭博場の宣伝を。
「あらパーチェ? 何しているの?」
「カーラちゃん。遊んでいかない?」
宣伝しているきわどい服の女性――パーチェさんとカーラちゃんは知り合いだ。手持ちの衣装を使ってカーラちゃんのファッションショーをやっている内の一人であり、俺を叱った人でもある。
更に『野郎だらけの荷馬車に寝かせるなんて可哀想』と言って、俺達が使っている圧迫感半端ない馬車からカーラちゃんを救助した人でもある。
本当はアレス君も一緒に連れて行くつもりだったらしいのだが、女性だらけの馬車で寝るのは嫌だと本人が拒絶したって経緯があるんだよね。後数年もすれば今日の選択を後悔することになることは間違いないと男性代表として言っておく。
なお、俺も含めて全員が別の馬車に移るって選択肢は最初からない。
まだ成人してないとは言え身体だけは育った俺が他の女性だらけの馬車に移るのは大問題だし、唯一の男性である座長の寝床にお邪魔するくらいなら野宿の方がマシである。まだ本物の狼に襲われた方が対処できるし。
なんてことを思っているうちに、巧みな話術でパーチェさんがカーラちゃんを特別派手なテント――ムーンライトカジノに誘い込んでいた。
子供にそんな場所を紹介するなといいたいところなんだけど、法的には年齢制限ないんだよね。賭け事とは言え、実のところはゲームみたいな認識なんだろう。
「……レオン! ここに入るわよ!」
「……いや、でもここは……」
「いいから行くの!」
カーラちゃんは、見事に魅了されてしまったらしい。やれやれだね。
しかし俺個人としては、ここにいい思い出がない。賭博場の運営はきちんと許可さえ取れば合法だとは言っても、やっぱり賭け事はいかんよ、うん。
大体、賭け事なんて貴重な金をどぶに捨てる行為だ。汗水たらして稼いだお金をそんなことに使うなんて罰が当たる――
「はーい、コイン3000枚お買い上げ、ありがとうございまーす」
「……ハッ!?」
き、気がついたら俺はテントの中に入っていた。そして、今の資金で出せるギリギリの金を払ってカジノコイン3000枚――現金でゲームするのは難しいのでカジノ用に国が発行しているものであり、これ自体が通貨としての意味合いも持つ――を購入していた。
何が起きたのかはわからないが、これだけはわかる。俺って、やっぱり根源はゲーマーなんだ……。
「……ま、まあ偶にはこう言うのもいいよね。と言うわけで、一人コイン1000枚でいいかな?」
「よくわかんないけどいいわよ。それで、どうやって遊ぶのかしら?」
「ディーラーの人に聞けば説明してくれるよ」
俺は開き直り、素直に遊ぶことにした。ようは勝てばいいのである、勝てば。
そんなわけで、俺はとりあえずカーラちゃんにコイン1000枚を渡すと、テント内に置かれている遊戯台を指差した。
ここで行われているゲームは三つ。ルーレット、ポーカー、そしてスロットマシーンだ。……スロットマシーンがどんな原理で作られているのかは知らない。多分魔法的な何かで動いているんだろう。
そんな三つのゲームのうち、カーラちゃんはフラフラと周りを見つつもルーレット台へと向かっていた。多分クルクル回って目立っていたからだろう。
「アレス君も遊んできていいよ?」
「……じゃあ、座っていられそうなあれにします」
「ああ、スロットね」
まあ確かに、コイン入れて回すだけだ。一番疲労は少ないだろうね。
マジでやるなら台の回転率やらなにやらを気をつけながらやるらしいけど……まあ、偶の息抜きには丁度いいかもしれない。
しかしちょっと重りの重量と数を増やしたくらいであそこまで疲れなくても……まだまだ修行が足りないね。磁力的な力で気を抜くと蓑虫みたいにされるおまけ機能があるとは言えさ。
(んじゃ、俺はポーカーでもやるかな)
俺はせっかくなので、二人が選ばなかったゲーム台に向かうことにした。
……でもその前に、一応カーラちゃんが大丈夫か見ておこうかな? 迷惑かけないように見てないとまずいだろうし。
「ふんふん。この内のどこに玉が入るのか当てればいいのね?」
「はい、賭け額の最高値はコイン100枚ですよ」
カーラちゃんはルーレットのルールを聞いて頷いていた。
本当にわかっているのかは微妙なところだが……さて、どうなるかな?
「よし! アタシは1番に全部よ! 1番のアタシには1番が来るに決まってるわ!」
「……カーラちゃん? 掛け金の上限は100枚よ?」
(あ、やっぱり説明聞いてなかったか)
通常のカジノでは、ワンゲームで賭けられる金額の上限はコイン100枚と法で定められている。
ゲーム的に言えば、最悪の禁じ手『セーブ&ロード』で簡単にコインを増やさせない為の縛りなんだろうけど、それを現実の法で当てはめると安易に大勝負して破産する人間を減らす為の制度らしい。あくまでも娯楽なんだから、そんなのに人生賭けるんじゃありませんってことだ。
……ちなみに、コイン100枚ってのは、大体ちょっと高級なレストランでの食事一回分くらいだ。高級取りの騎士ならともかく、一般民衆からすると失っても死にはしないがかなり痛い出費……といったところだろうか。
まあ、明日一日の食事を井戸水だけにする覚悟があれば一般人でもマックスベットにトライできるだろうね。
「100枚ね。それじゃ、1番に100枚よ!」
「はい、それじゃあ、ゴー!」
カーラちゃんは、初っ端っから一般人からすれば断腸の思いといったところであるマックスベットで勝負。しかも36倍の数字当てでいった。
ルーレットってのは、1~36に0マスを加えた37マスある中からどこに投げた球が入るかを当てるゲームだ。
“0”のマスを除けば2分の1の確率で当たる奇数偶数当てや赤黒当てなら配当2倍、1~12、13~24と言った3分の1なら配当3倍と言った具合だな。最高配当36倍の数字当てってのは、つまり0マスを含めて37分の1の確率でしか当たらない超ギャンブルってことだ。
まず間違いなく爆死すると思うが……どうなるかな?
「………………はい、番号は黒の2番でーす」
「ムゥーッ! 惜しいわね!」
(ま、当然の結果だな)
カーラちゃんの賭けは見事に失敗し、あっさり100枚のコインを失った。カーラちゃんにあげたのは1000枚だから、残り900枚。このペースじゃすぐになくなりそうだな。
まあ、それもまたギャンブルの楽しみ方だろう。俺の金で……と思わなくもないが、偶の贅沢にせこい事は言いっこなしだ。万が一……いや、37分の1で勝利すれば一撃で3600枚の非常に美味しい話だし……。
(さて、それじゃあ、俺も勝負に行くか)
カーラちゃんは大丈夫そうだし、アレス君は最初から問題ないだろう。
俺はそう判断して、ポーカーテーブルへと向かった。過去のリベンジ……果たさせてもらうぜ!
「ここ、いいですかね?」
「はいどうぞ……あらレオンハートさん。勝負ですか?」
「ええ。……前回のリベンジ、果たさせてもらいますよ」
「畏まりました。それでは、プレイヤー番号4番です」
ポーカーテーブルを担当しているお姉さんから、四番の名札を貰って俺は席についた。懐かしいね。
そう、俺は以前ムーンライトに立ち寄ったとき、同じようにポーカーで勝負を行ったのだ。この世界特有のルールもあって楽しかったのを覚えている。
まあ、その結果は大変不服なものだったわけだが……一度の敗北で諦めるような男じゃないんだよ俺は。騎士に諦めは禁物って偉い人も言ってるしね!
と言うわけで、いざ、勝負!
「それでは、ゲーム参加者はディーラーである私を含めて4名です。まずは全員、場代としてコイン10枚をご提示ください」
ポーカーに参加するには、まず10枚のコインが必要になる。というよりも、自分で賭け金を決めるのではなく対戦方式である関係上、上限であるコイン100枚を持っているのが参加条件だ。
このポーカーテーブルには、俺とカジノディーラー以外にも2人の客が参加している。つまりこの四人での勝負になるわけだから、これで既に場にはコイン40枚が出ていることになる。
なお、この場代がプレイヤーに帰ってくることはない。文字通りの参加費であり、所謂寺銭って奴なのだ。
「では、親をカードにて決めましょう」
ゲーム開始の際、まずこのカジノのポーカーでは親を決めるところから始まる。
俺たち参加者はそれぞれ一枚、山札の上からカードを配られる。そして、それを全員同時にオープンした。
「……もっとも強いカードを引いたのはプレイヤー番号4。親となります」
(うっし。まずは幸先いいな)
このカジノのポーカーでは、親が非常に有利だ。大きい数字のカードを引いたプレイヤーが親になるルールだが、いきなり最強のカードであるAを引き当てたのはラッキーだったな。
「それでは、手札をお配りします」
親になっても、カードを配るのはディーラーの役目だ。俺たち参加者とディーラーの手元に、伏せられた状態でカードが二枚配られる。
これがこのポーカールールでの手札となるのだ。なじみのあるルールだと手札五枚だったけど、ここは違うんだよね。
まあ、異世界のゲームが元いた場所と同じルールな方がおかしいんだけどさ。
「では次に、場札を公開しますね」
次に、山札の上から五枚のカードが表側の状態で提示された。
この世界のトランプはハートやスペードの代わりに『炎』『水』『風』『土』のマークの13枚とジョーカーの計53枚で構成されていて、基本的には俺の知る普通のトランプと同じだな。
そして、今回の場札――全参加者の共通手札――は『炎2』『水2』『風6』『風9』『土10』だ。これに自分の手札2枚を合わせた計7枚の中から好きな5枚を選んで役を作る。それがここのポーカールールである。
「それでは、まず親の隣である私からのベットですね。……ここは据え置きの10枚で行くとしましょう」
俺たちプレイヤーは、まず一番最初に配られた手札2枚と場の5枚を見て、賭け額を決めていく。勝負に乗る場合の最低賭け額は場代と同じ10枚。最高賭け額は40枚だ。
その間の好きな額で決めていいのだが、今回のディーラーの賭け額は最低値の10枚。つまり、手はあまりよくないけど即降りるほどではないと言ったところだろう。
その後、次と次の客もそれぞれ10枚でコール、賭け額そのままで勝負の意思を示してきた。まずは様子見と言ったところかな?
さて俺の手札は、『土2』と『風7』の2枚。つまり場札と合わせて既に2のスリーカードが成立している。
場札的に考えて、このゲームで作れる最強の役は2のフォーカード。次点で2ともう1種類でのフルハウスだな。
今の俺の手札は最強役にも届く可能性があるもの……ここは攻めだろう。
「レイズ、40枚」
「ほぉ、いきなり勝負に来ますか」
「若いのに豪気なお方だ」
俺は他の参加者と違い、ファーストベット最高額である40枚のコインを場に出した。これで、場代と合わせて50枚のコインを出したことになる。
そんな俺の強気に同じテーブルに座っている客たちが感想を漏らしたが……ポーカーってのは心理戦。これがどんな意味を持っているのかはわからないが……さて、どうするのかな?
「では、レイズ宣言により再び賭け額の宣言となります。私は……ファーストゲームで降りるのも場が盛り下がってしまいますね。では、コールとしましょう」
「うむむ……では、私もコールだ」
「ワシもだ」
「では、ファーストベットは成立。賭け額は確定いたしました」
賭け額の上昇が宣言された場合、再び全員の賭け額を決めるところから開始される。全員が同一の賭け額を承認して始めて次のゲームに進むのだ。
賭け額確定の瞬間、今まで場に出された賭け金はもう勝利しなければ帰ってこない。つまり全員、50枚を失う覚悟で攻めてきたわけだ。
……これはちょっと予想外だったな。最初だから攻めてみるってことかな?
「では、カードの交換です。私は1枚」
「私も1枚だ」
「ワシも1枚」
「俺も1枚で」
次にやるのが、手札の交換タイム。2枚しかない手札を宣言枚数捨て、山札から引いてくる……まあよく知っているポーカーと同じだな。
その後、セカンドベットが行われる。今回も親である俺の隣、ディーラーからだ。この賭け額で相手の手の内をある程度読めるわけで、言ってしまえば最初に手の内を晒す方が不利。つまり最後に賭け額を宣言する親が一番有利ってことだね。
「……賭け額は、最低値の10枚です」
ディーラーの賭け額は、最低の10枚。ちなみにセカンドベットでは最高50枚まで賭けられる。ファーストベットと合わせて計100枚が一度の勝負で賭けられる最高金額ってことだな。
「……無念だが、降りさせてもらおう」
「ワシも降りだ」
続く参加者達は、降りを宣言した。今までに賭けた50枚は諦めて降参したのだ。
最後に俺のターンだが……ふむ。『風7』の代わりに引いてきたのは『土6』。つまり、交換しなかった『土2』と場札の『炎2』『水2』『風6』と合わせて理論上ほとんど最強の手役であるフルハウスが完成したってことになる。
勝負になれば確実に勝つが……ここで何も考えずに最大ベットまで上げるのは決して得策ではない。強気に行き過ぎると、相手が降りてしまうかもしれないからな。
この時点で降りられた場合、ディーラーの賭け金はファーストベットまでの50枚扱いになる。俺もコールを宣言すれば60枚になるわけなんだけど、もっと欲しいよな。ここは、降りさせずにもうちょっと賭け額を上げられるくらいで行くか……。
「……レイズ、20枚」
このポーカーの当然の戦術として、手札が悪くても賭け額をつり上げることで相手を降りさせるというのがある。
今回は手が強いから攻めているわけだけど、俺の状況をハッタリと判断して乗ってきてくれれば嬉しいが……。
「なるほど。では――」
(降りるか? コールか?)
「レイズ、50枚でいかがでしょう?」
「へ?」
最初の額が10枚だったのに、次でいきなりマックスの50枚?
これはどういう事だ? もし乗れば最高賭け額の100枚勝負ってことになるけど……まさか、ハッタリか? 俺の手をハッタリと読んで、降りろと脅してきているのか?
……おもしろい。俺も男だ。ここで降りるって選択肢は――ない!
「コールだ!」
「勝負成立。カードオープン」
俺とディーラーは、同時に手札を晒す。
俺の手役はフルハウス。まず俺の勝利は確実――
「プレイヤー番号4番の役は2のフルハウス。私の役は、2のフォーカード。よってこのゲーム、カジノディーラーである私の勝利となります」
「……へ?」
ディーラーの手札は、『風2』と『ジョーカー』。ジョーカーはワイルドカードであり、全てのカードの代用として扱われる。つまり、場の『炎2』『水2』と合わせたフォーカードとなってしまうのだ。
フルハウスとフォーカードならフォーカードのほうが強いので、つまり俺の負け。最大まで張った100枚のコインが一瞬にして失われたのだ……。
「……レオンハートさん、相変わらずですね。手札は強いのに、何故か他のプレイヤーがより強い役を作ってしまうなんて……」
「……生まれついた宿命です」
決して運が悪いわけじゃない。中々作れない強役をそろえることができる。
でも、何故かそれ以上に相手が強い。奇跡も根性も役に立たないギャンブルにおいて、俺のそんな星の巡りは致命的だ。
今度こそと思ったけど、前回と全く変わらないカードの流れに、俺は思わず肩を落とすのだった……。
運だけは鍛えられない。それがこの世界のルールである。
ちなみにカジノコイン3000枚って実は結構な大金。収入よりも出費が多いだけで、中級騎士の給金は一般人からすればありえない高額だったりする。




