第75話 目的の達成
今章ラスト。
「ここが精霊竜の住処か……」
俺はカーラちゃんとアレス君に一緒に待っているように言った後、一人水聖山へと入っていた。
本当は一緒に連れて行ったほうがいいんだけど、立ち入り許可とったのは俺だけだしな。元々吸血鬼の力を持ってしまっているカーラちゃんを精霊竜の住処なんて聖域中の聖域に入れるわけにもいかないし、アレス君に丸投げした。あの子境遇のせいかちょっとおかし……いや不思議な思考回路を持っているようだし、是非頑張ってもらいたい。
……多分アレス君のほうが2、3歳年下だと思うんだけど、何故かアレス君に子守押し付けた気分だな。
「……ここかな?」
俺は山中を適当に走った末、洞窟を発見した。清浄な……あの時感じた魔力がここからあふれ出ているし、きっとここが精霊竜の住処なんだと思う。
と言うわけで、俺は洞窟に入り、一応警戒しながら進んでいく。少しでも知恵のある生物ならこんな生存本能を刺激される場所に入ろうとは思わないだろうけど、まあ警戒するに越したことはない。
そして、俺はそのまま何事もなく最奥まで進んだ。天井に空いた大穴から光が降り注ぐ、巨大な地底湖へと。
「ここは……」
見渡す限り透明な、これ以上はないと断言できるほどに澄んだ湖。ここまでくると逆に魚の一匹も生息できないだろうなこりゃ。生きる為に必要なものまで浄化されそうだ。
そんなことを思いながら、実際底まで見えるくらいに透明なのに小魚一匹見えない地底湖を覗いていると……突如、そこら中に反響しまくる巨大な音が俺の耳にダイレクトアタックしてきたのだった。
『よく来ましたね、人の子よ……』
「あっ! 止めて! こんな閉鎖空間でその大音量はっ!?」
この爆音。間違いなく例の、獣の咆哮にしか聞こえないのに何故か意味が分かる精霊竜の声だ。
一応上の方に精霊竜が出入りできる大穴が開いているとはいえ、声がガンガンに反響する場所でこの大音量はもはや立派な攻撃だ。マジで鼓膜破れる……。
『人の子よ……汝の願いを述べなさい……』
「あ、相変わらず人の話ガン無視だなクソッ! これだよ! これをそっちで預かってくれ!」
この無自覚な音量兵器に耐えながら、俺は転移玉を手にした。
精霊竜がどこにいるのか何故かわからないけど……早くこの拷問を終わらせてやる!
『…………アークへの道、ですか』
「……そうだ」
アーク……聖剣アーク。女神の聖剣の名前だ。
流石は精霊竜。見ただけで理解したか……できれば俺の言葉も理解して欲しいんだけど。
『わかりました。私が責任持って預かりましょう』
「た、助かるよ……。じゃ、俺はこれで」
思った以上に物分りがいい。やはり最初から俺の目的を理解していたんだろう。
……なんて考察を知的に決めたいところなのだが、俺はそんなことよりも早くここを去ろうと、さっさと受け取ってくれと転移玉を持った方の腕を突き出した。
すると転移玉は光に包まれ、ふわふわと独りでに飛翔し、地底湖の中へと入っていったのだった。
(ふぅ、これで肩の荷も下りたな。こいつが守れないなんて事態、マジで魔王復活でもしない限りありえないだろ)
俺は地底湖に転移玉が飲み込まれたのを見て、心の中でホッと一息ついた。
まあ、魔王が復活しなくとも四魔王が徒党を組んで襲ってきたりすれば破られるかもしれないけど……そんな戦力どうしようもないので考えても仕方がない。
ここは偉大な精霊竜様を信じて、所詮バンビーである俺は退散させてもらいますよっと。
『待ちなさい、女神に創造されし人の子よ』
「え? どういうこと?」
また頭と耳に大ダメージを受けつつも、俺は精霊竜の言葉につい反応してしまう。
何のことだ? 女神に創造されたって……?
『アナタにこれを授けましょう……』
「相変わらず俺の質問は無視なのねって……なにこれ?」
疑問を与えるだけ与えて無視された後、湖の一箇所からぶくぶくと何かが浮かび上がってきた。
あれは……なんだ? 転移玉と入れ替わるように、何か巨大なモノが現れ――っと、俺の方に飛んできたな。
俺はその、両腕じゃないと抱えられないくらいの大きさがある何かを正面から受け止めたのだった。
「これは……精霊竜の……鱗?」
俺の両腕の中にあるのは、規格外なサイズではあるが鱗のように見えた。凄まじい魔力を感じられることから考えても、これは間違いなく精霊竜の鱗だと思う。
でも、何で俺にこんなものを渡すんだ? と言うか、こんなもんをどうしろと言うのだ? 盾にでも使うのか?
『持っていきなさい……きっと役に立つでしょう……』
「や、役に立つって、言われてもね……」
鱗を持っているせいで、今俺の両耳はフリーだ。おかげで精霊竜の咆哮をもろに受け、軽くよろめいてしまう。
とりあえず、これの有効利用についてはまた今度考えよう。そうだ、あの教皇さんの鎧みたいに加工するのが一番簡単な発想だし、これは王都にいるリリスさんに丸投げするのが最善だな、うん。
ここの信者の人たちからすれば博物館にでも飾れとか言いそうだけど、あの人どんなものでも実験に使うしな。この前処理に困って送った、見るだけで呪われそうな邪悪な装飾がなされた剣とかも一切躊躇なく溶かして材料にしたらしいし。
『では、さらばです……』
「あ、ああ。転移玉のこと、よろしくね」
俺はこの地でもっとも神聖と呼ばれる存在との対話を終えた。我ながら微塵の敬意も示していないダメな会話だったとは思うけど、それ以上に俺の耳がもうダメなんだよ……。
◆
そんなわけで、俺はここに来た役割を終えた。
そしてアレス君とカーラちゃんのところまで戻ってきたのだが……なんだこれ?
「ふふん。今日からアンタはアタシのシモベよ! いいわね?」
「はーい……カーラさん……」
「よろしい!」
何か、カーラちゃんが薄い胸を張って威張っていた。アレス君の目は死んでいる。
どうやら、お子様達の間での格付けが完了したらしい。まあ年齢的にカーラちゃんの方が上だし、妥当なのかな?
……やっぱり、アレス君が面倒見てあげているように見えるのは気のせいだろうか?
「あ、師匠」
「今戻ったよ」
「あらレオン。早かったわね」
二人は俺に気がついたのか、ゆっくりとこっちに歩いてくる。アレス君は非常に疲れているようだが、カーラちゃんはご機嫌だ。同年代の友達ができたからかな?
……さて、アレス君はともかく、カーラちゃんどうしようかな? 今まで集めた情報的に保護者なんていないだろうし……いたとしても他人の振りをされるんだろう。
職務的にも心情的にも放置するわけにもいかないけど、異能児で吸血鬼の力持ちとか気軽に扱えないよなぁ……今の世情だと特に。
(吸血鬼連中、あちこちで人攫いのついでに破壊活動とかやってくれてるからな。世間知らずっぽいカーラちゃんが一人で放り出されたのも、そんな背景があるからかもしれん)
吸血鬼たちは、この南の大陸の人間にあまり興味がない。
やろうと思えばいつでも殺せると思っているのもあるし、西の大陸の鳥人族や東の大陸の山人族を攻めるのに忙しくてこっちに戦力を回している余裕がないらしいのだ。それもあって、今回の悪魔騒動は相当珍しい事件なんだよね。
その代わりと言うわけではないが、吸血鬼たちは戦力調達の為に南の大陸にやってくる。俺が始めにミハイと出会った事件も、何だかんだ言って吸血鬼の従者を作る材料――つまり人間――を調達しに来てたみたいだしな。
そんな事件がここ最近増えているせいで、吸血鬼の悪名は人間社会全体に広がっている。そのせいで俺の恥ずかしい二つ名もまた広まっているんだけど……まあそれはとりあえずいい。
とにかく、そんな状況で『この子は吸血鬼の力を持っています』なんて言えばどうなるか。俺みたいに騎士って称号とシュバルツの名前があるのならともかく、普通の子供では虐めなんて軽いものではすまないだろう。最悪集団で処刑とかされかねない……そして返り討ちにしかねない。
まあ、つまりはその手の問題に一番耐性がある俺が保護するのが無難なんだろう。……もちろん、全てはカーラちゃんの意思次第だけどさ。
「えっと、カーラちゃん?」
「なによ?」
「キミはこれからどうするつもりだい?」
確か、この子はハクションさんとか言う奇抜な名前の持ち主を探しているとか言っていたが……今から思うと嘘だったんだろう。
行き場がないから適当なことを言っていたんだと思うんだけど、さてどうするのかな?
「うーん……特に考えてないわよ?」
「えっ?」
あれ? 一応探し人がーみたいなこと言われると思ってたんだけど、何もないの?
まさか自分の発言をこの短期間で忘れたわけじゃないだろうし……やっぱその場しのぎに適当なこと言ってただけってことか。
「それじゃ、どこか行く当てはあるのかい?」
「そうねぇ……せっかくだし、いろいろ見てみたいんだけど……」
「つまり何もないのね」
何か観光に来た学生みたいなこと言ってるけど、ドンだけ余裕なんだこの子は。この物騒すぎる世界を子供一人で歩き回るとか……ああまあ、吸血鬼のスキルがあれば何とかなるのか?
どっちにしても、こりゃやっぱり強引にでも干渉しないとダメだわ。最悪俺のところに討伐依頼がきかねないし、もう話を進めよう。
「カーラさん、行くところないんですか?」
「うーん、そうねー。何かあったような気がするんだけど……まあいいわよ。ああでも、やりたいことならあったわね!」
「え?」
「ん?」
丁度よくアレス君がカーラちゃんに聞いてくれたけど、何かあるのか?
何かこの後の予定のヒントになればいいと耳を傾けたら、カーラちゃんは俺の方に向かってビシッっと人差し指を突きつけたのだった。
「レオン、アンタよ!」
「……何が?」
ゴメン。何を言いたいのかさっぱりわかりません。チラッとアレス君の方に目線で助けを求めてみるが、アレス君も半笑いで困っている。
いや、もうちょっと言葉を尽くしてくれないかい? 俺、生憎心を読む系の超能力者じゃないんだけど……。
「うるさいわね。アタシはアンタが欲しいのよ。それに、せっかく出来たシモベもね!」
「……はい?」
これは、アンタってセリフの後ろに何かがくっついているって奴だろうか?
これが同世代から言われたセリフなら勘違いしてちょっとドキッってなるのかも知れないけど、微塵もそんな雰囲気じゃないしね。そもそも俺はまな板は専門外です。
シモベってのはまあアレス君だと思うんだけど、まあ仲良くなったから離れたくないってことかな?
アレス君、本当に短期間で人と仲良くなるな。いい才能だとは思うけど、女の子限定で発動しているのは気のせいだよね?
いや、本人に自覚も悪気もないのはわかってるけどさ。もしそうなら、その死んだ魚のような疲れきった目はしないだろうし。
……とりあえず、死因が夜道で刃物で刺されたってことにならないことを師匠として祈っておこう。
さて、それよりも今はカーラちゃんだな。この子の考えはイマイチ理解できないけど、頑張ろう。
「えーと、要するに俺たちと一緒に来たいってことでいいのかな?」
「うーん……そうね。それが一番いいかしら? 食事のためにもね」
「食事? まあメシ代くらいは何とかするけど……はぁ、わかった。それじゃ、一緒に来る?」
この子に関しては放置も丸投げもできない以上、俺が何とかするしかないだろう。本人も望んでいるならもうそれでいいや。
……面倒見るのは大変そうだけど、精神修行も大切だよアレス君? 『何事も経験』って、言う方からすれば便利な言葉だと思わない?
「そうね、いいわよ! それじゃ、アタシについて来なさい!」
「はいはい。……アレス君もそれでいいかな?」
「大丈夫ですよ……たぶん」
「よし、それじゃ行くか。と言っても、俺も特に予定があるわけじゃないんだけど……」
話が纏まったところでそろそろ旅を再開しようとは思うけど、特に予定はない。
いや、これからのことを考えると、俺も何かしなければならないんだけどさ。魔王復活が刻一刻と迫っているのもわかったことだし、少しでも戦力増強を図るべきだろうし。
となると、今までどおり修行しながら各地の遺跡めぐりでもするかな。まだまだ回収できてないアイテムも沢山在るし。とりあえず狙いは試練の腕輪でも……ん?
(誰か来るな? それもかなりの速さだ)
敵意は感じないので大丈夫だとは思うが、一応構えておく。
そのまま数秒待ったところ、遠くから法衣を身につけた若い男性が走ってきたのだった。
「もし……レオンハート・シュバルツ様でよろしいでしょうか?」
「え、ええ。俺がレオンハートですが?」
カーラちゃんに合わせて結界の外に、つまり街から離れた場所にいたというのにわざわざ来たのかこの人?
見たところ、神官の青年かな? でも、街を歩いている神官さんの法衣とはちょっとデザインが違うな。
普通の神官の法衣はゆったりとして通気性も利便性も悪そうな感じなのに、この人のはぴっちりとしているというか……運動性に優れている感じがするな。俺が着るなら断然こっち派だ。
「申し遅れました。私、教皇様のご命令でアナタ様にお届け物を届けにきた者です」
「教皇さ――まから? なんでしょうか?」
何かお礼の菓子でも送ってきたのだろうか? 金銭的なやり取りはまずいから、せめて気持ちだけでもって奴で。
ああそういや、女の子を連れ歩くんならお菓子とかも常備した方がいいんだろうか?
弟子にしたならともかく、あくまで同行者であるカーラちゃんに野生動物の丸焼きとか野生の勘で選んだ野草とか食わせるのも問題かね?
「こちらです」
「ん? 手紙――げっ!?」
「ど、どうしたんです、師匠?」
俺は余計なこと考えながらも使いの兄さんから手紙を受け取り、封がなされている裏面を見てつい内心の声を出してしまった。
その様子をみてアレス君はちょっと驚いて、カーラちゃんは……もう飽きたのか地面の花を興味深そうに眺めている。女の子だね。何故か微妙に闘気を感じるのが不思議だけど。
っと、そんなことよりも手紙だ手紙。この『レオンハート・シュバルツへ』って書かれている封筒に押されてる封蝋……非常に見覚えがあるんだよ。
「これ、俺の記憶違いじゃなければ王族印じゃないでしょうかね……」
「お、王族ぅ!?」
あら、アレス君が硬直した。人間ってコミュニティの中では最高ランクに当たる人らの証だからなー。ちょっと前まで辺境の村の村長の孫やってたアレス君には刺激が強いみたいだ。
王族の手紙とかって、王族本人と同等に扱わないといけないって慣習もあるしね。粗末に扱うと不敬罪で首が物理的に飛ぶことすらありえる超危険物と言っても過言ではないだろう。
それを知っているのか、アレス君が硬直しながらジリジリ距離をとるという高等技術を披露しているし。
「はい、それとは別に教皇様に宛てられた連絡によりますと、間違いなく国王陛下よりシュバルツ様に宛てられたものだそうです」
「そりゃ、どうも……」
うわー……見たくねー……。絶対厄介ごとだろそれ。
生憎国王様と私的なやり取りなんて立場じゃない以上、これは間違いなく命令書だ。しかも女神教教皇を経由するほどのな。
この旅だって元を正せば国王命令であり、王印がばっちり押された命令書を持ち歩いている俺からすれば今さらかも知れないけど……やっぱり面倒くさいことになる未来しか見えないよなぁ。
「はぁ……。まあ、無視するわけにもいかないしね」
本当は王印の押された手紙を開封するのにはややこしい手順があるんだけど、こんな場所で固いこと言っても仕方がない。
本来なら王の手紙を届ける役目を負った者は王の代理人として扱い、受け取る際に跪かなきゃいけないとかいろいろあるんだけど、今回は普通に渡されたしね。きっとこの人も気にしないだろう。
と言うわけで、俺は腰の道具袋からペーパーナイフを取り出し、封筒を斬る。そのとき封蝋も一緒に砕け散ったけど、これは俺が悪いんじゃないからね? 封蝋ってのはそう言うものなのだ。
「ああ、私はこれで失礼させていただきます。既に使命は果たしましたし、王命を無関係の人間が知るわけにも行きませんからね」
「あ、はい。ご苦労様です」
封を開けたところで、使いの兄さんは帰ってしまった。まあ、当然なんだけど。
しかし、やっぱ速いなあの人。あの速さなら魔物と肉弾戦も普通にやれそうだ。……服装といい、教団の中でもそっち方面の人なのかな?
「さて……えーっと……?」
俺は使いの兄さんが離れたのを確認した後、封筒の中から一枚の……ん? 二枚入ってるな? 普通の紙のと固い紙だ。
俺は二枚入っているうちのどちらを取るべきか一瞬悩んだ後、分量が多そうな普通の紙で書かれた手紙を取り出した。何事も嫌な事はさっさと片付けるに限る。
(えーと、なになに……?)
取り出した、なにやら金色の装飾がなされた非常に豪華な便箋に書かれた文字を読んでいく。見慣れない手書きの文字って、読むの結構しんどいんだよね。
「何が書いてあるんですか、師匠?」
「んー……。長々しい社交辞令と、聖都防衛に力を尽くしたことへのお褒めの言葉だな」
王侯貴族の手紙と言う奴は、まず前置きにダラダラとよくわからないことを並べ立ててくれるおかげで非常に読みにくい。
これが上流階級のたしなみという奴なんだろうが、一応上流階級であっても“質実剛健花より団子”気質のシュバルツ家で育った俺からすると、嫌がらせにすら思える。親父殿の手紙なんて前置き『元気か?』の一言で終わることすら珍しくないってのにね。
まあそんな美辞麗句なのかもよくわからない小難しいお言葉を流し読みした先には、今回の戦いの功績を褒め称える文章が続いていた。まあ、悪い気はしない。
しかしわざわざ国王様なんて多忙を極めている人が一介の中級騎士にわざわざこんな手紙書くのかと疑問に思っていたら、最後に非常に気になる言葉が出てきたのだった。
褒め言葉の後に『――以上の功績を持って、レオンハート・シュバルツに上級騎士試験受験資格を与える。試験実地日は未定であるが、王都に帰還せよ。交通手段は問わないが、転移陣は使用は許可しない。なお、王都入りは二週間以上の時間を空けるべし』って一文がな。
「……マジか」
それを見た俺が言えたのは、それだけだった。今まで散々申請して却下されてきた上級騎士試験……ついに俺にも受験資格が!
俺は、わざわざ国王様が伝えてきたニュースに外には出さないように舞い上がり、そしてすぐさまもう一枚の、固い紙を取り出した。
その正体は俺の想像通り、上級騎士試験の受験を許可するって許可証だ。国の顔であり人類の希望である騎士団の中でも最高ランクである上級騎士。それを志すにはまず国王陛下の許可が必要と言う物凄い高いハードルを越えなければならなかったんだけど……ついに俺にもこのときが来たか!
「師匠? どうしたんです? ……顔がにやけてますよ?」
「あ、ああ。ちょっといいことが書いてあってね」
おっと、弟子の前で威厳を保とうとポーカーフェイスを保ったつもりだったんだけど、見破られてしまったか。いやー、アレス君は鋭いなー。
「レオン、気持ち悪いわよそのニヤケ面」
……はい、すいません。全然隠せてないんですね。俺って、考えてること顔に出やすいらしいし。
「それで、これからどうするんですか?」
「ああ、これから王都に向かうよ」
「王都? 王都って……」
「俺の実家がある街だな」
「おもしろい場所なのかしら?」
「うーん……まあ、少なくとも聖都よりは楽しいと思うよ? 娯楽関連も充実しているし」
清貧こそ正義! みたいな人で構成されているあの聖都よりも子供がつまらないと思う街なんてまずないだろうけど。
教皇さんも、あの街で育っているからあんな風になったんじゃないのか? 人生には娯楽も大切だよ?
「よしっ! じゃあ行きましょうか!」
「ちょっ! カーラさん! どこ行くの!?」
楽しいといった途端、カーラちゃんは目を輝かせて早く行こうと言い出した。
それは全然構わないんだけど……いきなり空飛ぶのはやめようか? 異能力者としての力を持っているキミからすれば産まれた時からできることだろうけど、普通の人間空飛ばないからね……ん?
「【付術・飛行】!」
(あ、そう言えばここにももう一人飛べるのがいたか)
もうすっかりマスターしたのか、アレス君はカーラちゃんを追って空を舞った。この子ら、当たり前のように多くの人間が渇望する空の旅を満喫しよってからに……。
はぁ、まあいいか。カーラちゃんはそもそも王都がどこにあるか知らないんだろうし、そのうち戻ってくるだろう。どっち道ここからじゃ王都は遠すぎるし、街に戻って寄り合い馬車でも探すとしよう。
走って行ってもいいんだけど、あんまり急いでないみたいだし、流石に疲れたしな。途中までは楽して行くとしようか。
「それじゃアレス君。カーラちゃん捕まえてここで待っててくれ。俺は聖都に戻って荷物とか持ってくるから」
「あ、はい! わかりました!」
今日旅立つのも予定外だったので、荷物なんかはまだ聖都の中だ。
荷物の大半は俺の異次元道具袋に入っているとは言え、出しっ放しの生活必需品とか着替えとかを置いていくわけにも行かない。あ、ついでにカーラちゃんの着替えとかも買っておいたほうがいいかな? あの子ここ数日同じ服だし、着替え無いんだろう。
聖都に戻ったらその辺の買出しをして、それと今までに俺とアレス君で狩った魔物の素材とかも纏めないとな。
肉はもう家畜用のエサとして売っちゃったけど、道中で皮はなめして骨を加工してとやることは沢山ある。専門家に頼むと金かかるし……節約しないとな。
……しかし、何で騎士である俺がそんな作業できるようになってるんだろうか? いや、マキシーム商会のせいなんだけど。あそこで押し付けられた仕事のせいでそんな技術身につけちゃったのは、喜ぶべきことなのだろうか?
そんなことを、いつの間にか空での追いかけっこにシフトしたらしいカーラちゃんの楽しそうな声と、まだまだ慣れない空に悪戦苦闘するアレス君の声を聞きながら考える。
……なお、俺の今後の修行計画に、飛行の魔法について書かれた魔法教本を熟読することが加わったのは言うまでもない。
人生、何事も修行です。決して弟子に負けて悔しいわけではない。
◆
「……今ならお嬢さんを捕獲するのは簡単ですが、どうしますカーネル様?」
「さて、どうするかな」
私は、いつの間にかこんなところまで出かけていた娘カーラを連れ戻すべく、部下の男爵級吸血鬼を一人連れて南の大陸にやってきていた。
あの子を見つけるのはそこそこ苦労を――むかし私が渡してやった気配遮断と情報隠蔽の効果を持った指輪のせいだが、まああの子のことだから偶然だろう――したが、無事こうして見つけることができたのだから問題なかろう。
今は私達の周辺に気配遮断の結界を張り、更に木の上から眺めることで隠れているが、さてどうしたものかな。人間の男の子――ミハイが宿敵と定めている人間の弟子――と楽しそうに追いかけっこをしている娘を。
何がどうなってこんな、吸血鬼にとって相性最悪な場所と言っていい聖域付近にやってきたのかはわからないが、多分何も考えずにここまできたのだろう。あの子に相性が良い悪いなんて気にすることはまだできまい。
「厄介な変異種の人間は立ち去りました。今ならばこの私一人でも奪還することは容易です」
「ふむ、まあ当然だな」
今、カーラと一緒にいる男の子の守りはない。普段はあの極稀に誕生する人間種の亜種が守っているようだが、何か用事があるらしく別行動を取ったのだ。
まあ、彼がここにいたとしても、私ならば倒せるだろう。ミハイが破れた原因が不明の段階では100%の勝利を確信する事はできないが、それでも8割は私が勝つと断言できる。そう言った意味では、別にこれは焦って動かなければならない状況ではないな。
「ご命令さえ賜れば、すぐにでも」
「……そうだな」
親として、私はどうすべきなのだろうな?
吸血鬼の一派としては、あの人間の所持していた転移玉を狙うのが正しいだろう。だが既にあれはあの人間の手元にはない。隠していても感じられる忌々しい聖なる気が感じられなくなった以上、どこか聖域の中に隠したと考えるのが妥当だな。
その第一候補は、精霊竜だろう。人間の住む聖域と言う可能性が無いわけではないが、そんなところに隠しても無意味な事はあやつもよく知っているだろうからな。
流石の私も精霊竜に喧嘩を売る気はない。部下の話ではつい最近まで悪魔が数百体集まって攻めていたらしいが、今なお人間たちが生存している以上あの怪物が動いたのだろうからな。
とまあ、そんな訳で今の私にあの人間と、その関係者を狙う理由はない。ミハイの獲物を横取りするつもりもないし、むしろ狙わない理由の方があると言っても良いだろう。
ならば後は親としての行動なのだが……ふむ。あの子も、随分楽しそうだな。思えば、あんな風に無邪気に笑っている――のはいつものことだが、対等に接することができる相手と一緒にいるなど初めてのことなのかもしれん。
……ならば、構わんか。
「……屋敷に戻るぞ」
「よろしいので?」
「構わん。あれにもそろそろ外の世界を教える必要があると思っていた。人間の寿命など長くて100年といったところだし、丁度良かろう」
吸血鬼として、多くを学ぶには外の世界を知る必要がある。
生まれたての吸血鬼をそのまま野放しにすると“学習”と言う概念を覚えるのに100年くらいかかるが、曲がりなりにも教育を施されているあの子はそこまで幼くはないはずだ。
ならば、人から学ばせるのもまた一興。人は弱い分様々な知恵を司る種族であるし、学習対象としては最適かもしれんな。
いつかミハイがあの人間を倒すまで。その程度の期間、あの子をあの人間に預けてみるのもおもしろいしな。
「精々学び、楽しむのだぞ我が娘よ」
私は、娘の元気な姿――アンデッドである我々が元気と言うのもおかしいが――を見て、そのまま転移魔法によって屋敷へと戻るのだった。
と言うわけで、聖都防衛編はこれにて終了です。
次回は王都で上級騎士試験……の前に、ちょっと短めの閑話(閑章)を挟もうと思います。最近戦ってばかりだし、日常生活編をやってもいいかなと。
章タイトルは……プロットからして『運だけは鍛えられない編』とかになるかな?
あと、本日中にこの章の人物設定上げる予定です。




