第74話 戦いの終わり
「うっわ、すげー……」
アレス君をぶら下げたまま、教皇様とやらは二つの魔法を組み合わせ、無数の聖なる刃の弾幕を放っている。
ありゃ、カテゴリわけでもするんなら殲滅魔法ってところか? 攻撃範囲の話なら俺じゃ足元にも及ばない恐ろしい威力だよあれ。
あの若さで教皇って地位にいることといい、まさか、親父殿と同じ英雄級――逸脱者か?
「い、いかん!」
「ん? どうしたんですか?」
まさに獅子奮迅の活躍と言うべき戦果を上げている教皇さんに対し、メメーラルさんは血相を変えて叫んだ。
しかし、何がいけないんだろうか? この瞬間にも懸念していた北側の悪魔たちの気配は次々と消滅しているし、何も問題ないだろう。いや、確かに教皇さんがあんな感じの――奇声を上げながら殺意溢れた殲滅魔法ぶっ放す人だとは思ってなかったけど。
「ば、ばかもの! 見て分からんか!」
「え? 何がです?」
メメーラルさんは今までのキャラかなぐり捨てる勢いで取り乱しているが、しかし見て分からんかと言われてもなぁ。
戦局を見る分にはどう見ても好転しているだろう。このまま勝てるんじゃないかと思うくらいに。
でも、メメーラルさん的には全然安心できる状況ではないみたいだ。何かあるのか、あの人?
「いいか! 教皇様はなぁ……生まれも育ちも教会である純粋培養の神官なんだ!」
「あ、はい。両親も神官なんですね?」
「そうだ! だからなぁ……あのお方は、決して戦士ではないのだ!」
……え? あんな『歴戦の勇士』的な殺気ばら撒きながら暴れてるのに?
そんな俺の困惑を余所に、メメーラルさんは今までの冷静さをどこかに忘れてきたかのように更に捲くし立ててきたのだった。
「教皇様は天才だ! おおよそ、人が天に望む才の全てを持って生まれたお方と言っても過言ではないだろう」
「は、はぁ」
「そして長年の修練の末、治癒と守護の聖術に関してこの聖都で右に出る者はおらん! まさに至高の神官と言っていい!」
「……えっと、じゃあ、あの全てを殲滅するといわんばかりの弾幕攻撃は……?」
「あれはただの護身術だ! 決して戦うために身につけられたのではなく、威嚇用なのだ!」
「いや、あんな威嚇されたら大抵の人間も魔物も消し飛びますけど?」
あの刃一発当たるだけでも普通の人間なら死ぬだろう。そんなのを無数に作り、圧倒的優位に立ち回れる上空からの面制圧……そんな威嚇があってたまるか。
「確かに威力は凄まじいだろう! あの天に愛されたお方の全力だからな!」
「ええ、このまま行けば最悪は回避できると確信できますよ?」
「そう言う問題ではない! 教皇様のあの攻撃はなぁ……ただのストレス発散なのだよ!」
「……ん?」
はて? 今何を聞き間違えたんだろうか? 俺の耳がおかしくなっていなければ『ストレス発散』とか聞こえたような気がするんだけど……。
「おいたわしや教皇様……。毎日毎日自称英雄やら自称勇敢な貴族やらのおべっかと自慢話と嫌味を聞き続けているせいですっかりおやつれに……」
「はぁ」
「教皇になられる前から人々の治療に魔物退治にと幅広くご活躍なされていた方だったが、教皇職についてからというものの神殿の中で仕事するばかりになってしまったのでなぁ。日々ストレスを溜め込んで……限界になるとああなられるのだ……」
「えっと、つまり……」
「元々戦う術など習ったわけではない、後方で神官兵に守られながら遠距離攻撃魔法を撃つだけしかあの方にはできん。その類稀なる才能によって一人で固定砲台ができるような火力こそあるが、敵に合わせた加減とか制限とか、そんなものストレスで暴走したあの方の頭の中にはない。よって――」
「よ、よって?」
「暴走状態になられたが最後、一方的に攻撃できる位置から全身の魔力を使い果たすまで止まらんのだ!」
「えぇ……」
俺はメメーラルさんの悲痛な言葉を聞き、再び空中で殲滅弾幕を張っている教皇さんを観察する。
……うん。確かに、人間があんな魔力の使い方してたらあっという間に底を尽くな。あまりにも奇抜な登場のせいで、つい吸血鬼とかその辺の人間とは根本が違う化け物基準で考えちゃったけど……言われて見れば、後先全く考えずにひたすら攻撃しているだけのようにも見えるな。
「しかも今回のは鎧まで付けられた完全武装状態! もう自分があんな天高く飛んでいることすら忘れているに違いないのだ!」
「確かに、武装すると性格変わる人っているよね……」
その手の人は大抵の場合、武装することで気が大きくなるのが原因だけど……見た目の印象とさっきの話をあわせて考えれば、我慢ができなくなるのかな?
日々のストレスで破壊欲が増幅し、それがこの戦闘ってシチュエーションで暴発するんだろう。それだけ普段の仕事を真面目にやってるってことなんだろうけど、偉い人ってのは大変だねー……あ。
「落ちた」
「きょ、教皇様ぁぁ!?」
突然鳴り響いていた大地をも抉る爆音が途絶え、次の瞬間には教皇さんは落下して行った。遠目にも分かる、まるで悟りを開いたようないい笑顔で気絶しているなあれ。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「いやー、アレス君も中々の大音量だねぇ」
教皇さんにぶら下がっていたアレス君は、揃って落下している。さっきの教皇さんの狂乱にも負けない大音量の叫びを上げながら。
さて、あの高さから地面に叩きつけられたりすれば……まあ、普通に考えれば死ぬかな。
「い、いかん! 教皇様は鎧の加護で無傷だろうが、あの少年は――」
メメーラルさんが、教皇さんと未だに手を繋いだまま絶叫を上げているアレス君を見てそう叫んだ。
ふむ、なるほど鎧か。確かに、あの竜燐の鎧からは凄い魔力を感じる。あれなら高いところから落下した程度のダメージなら無力化できるだろう。理性を振り切っての暴走とは言え、それくらいは考えていたってことか。いや、むしろそれで身の安全だけは確保したからこその殲滅絨毯爆撃だったのかね。
「な、何を冷静に見ているのかね!? 何で教皇様に掴まっていたのかはわからないが、あのままでは少年が――」
「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても」
流石はいい人だなメメーラルさん。偉い人になるとその辺の庶民の一人や二人どうなっても気にもしないって人が増えるけど、この人は本当に人を守る為に戦っているんだな。
でも――心配しなくても、俺は自分の弟子をこの程度で壊れるほど柔に作った覚えはないんでね。
「さてアレス君、お前はこの状況をどう解決する? この程度で死んでたら、この先幾つ命があっても足りないぞ?」
本当なら助けに行くべき何だろうけど、位置的に俺ができることはない。この扱いなれない魔力じゃ加速法も使えないし、風の魔法もエネルギー切れだしな。
でも、俺は心配なんてしない。弟子は師匠を信じてここまでついて来てくれた。その日々が間違いじゃないんなら――この程度、何とかしてみせろ!
「ク……うおぉぉぉぉ!」
「む!? あの少年、何をするつもりだ!?」
アレス君は教皇さんを引き寄せ、しっかりと抱え込んだ。どうやら、まず意識を失った教皇さんを守れるようにしたらしい。
鎧の加護で守られているとは言え、その判断はナイスだ。将来騎士になるんだったら、いつ如何なる状況でも自分のことだけを考えているようでは失格だからな。
(だが、そこからが問題だ。一体どうやって落下の勢いを減らす?)
一応、俺の中には回答例がある。少なくとも、今のアレス君の能力なら落下ダメージを軽減するくらいは余裕で出来るはずだしな。
ちなみに、俺はこの類の紐なしバンジージャンプを8歳のころに経験している。当時まだ親父殿とジジイの庇護下で修行していたころ、ジジイの転移魔法で天高く飛ばされてそのまま落とされたのだ。
そのときは『全身の魔力を開放し、地面に放つことでクッション代わりにする』と言う手段をとった。当時の俺でもそれで何とか生き延びたんだから、今のアレス君ならそれでいけるだろう。
問題はそれを思いつくかだが……って、お!
「魔力――開放!」
「ムッ!? あの少年、魔力の扱いを知っているか!」
アレス君の全身から魔力が噴出してくる。その量と扱いの巧みさにメメーラルさんが驚いているが、ここまでは俺の想定内。
後は俺と同じように、魔力でクッションを作るつもりか……えっ!?
「フ――【付術・飛行】!」
「なんと、空を飛ぶ魔法を?」
驚いたことに、アレス君は魔力で空を掴んだ。
全身から放出された魔力にしがみ付くように、アレス君は空中に留まる――というほどの効果は得られなかったようだが、落下速度を大幅に落としてゆっくりと降りていていた。
(い、いつの間にフライの魔法なんて覚えたんだ……?)
俺は、そんなアレス君の対処法に唖然となった。俺、あの魔法未だに魔導書頼りなんだけど……。
アレス君があの魔法を学べる機会というと……まさか……
(教皇さんの魔法を肌で感じて学習したのか? 確かに、魔法を覚える方法の一つに他の人が発動している魔力に触れる事があるけど……)
魔法の伝授法として、魔法を使っている人に直接触れ、その魔力の流れを感覚で覚えるというのがある。
本来魔法って奴は小難しい理論の元に魔力を運用することで発動するが、別に頭で理解する必要はないと言えばない。つまり『原理なんて知らなくても道具は使える』理論だ。
他の魔術師が発動した魔力の流れを感覚で理解し、模倣する。これで魔法を発動させることはできる……らしい。
いや、そんなことできるの一部の天才だけだよもちろん? 俺が同じことやったらどうなるかはお察しだ。そもそも、そんな繊細な魔力の流れを感覚だけで理解するとか普通不可能だよ。
(たった一回、指導目的ですらない魔法をコピーしたってか……。やれやれ、俺の弟子は本当に優秀だ)
魔法を理解したのも凄いが、実行に移せる魔力コントロールもまた見事だ。毎日毎日やらせていた魔力操作トレーニングが活きてるな。
俺はそんな弟子の成長を目の当たりにし、ちょっと笑ってしまう。優秀な奴は一人でも成長するって言うけど、あの子は俺の想像以上に進化しているようだ。
となれば、俺も頑張らないとな。しっかり教皇さんを抱えたままゆっくり降りているのを見る限りもう大丈夫だろうし、俺も師匠の面目を立たせられるように最後の一仕事と行きますか!
「メメーラルさん」
「な、なにかね?」
「今の教皇――様の攻撃で、北の悪魔たちは壊滅状態に陥りました。今なら神官団で十分対処できるはずです」
長旅で磨いた俺の感覚による魔力センサーによれば、向こう側の悪魔たちの気配は大分弱まっている。まあ、悪魔たちからすればさっきの聖刃の雨は猛毒を撒き散らす爆弾でも落とされたようなものだからな。
これなら満身創痍の神官団でも対処できるだろう。こっちは疲労だが向こうは致命傷に等しいダメージを多くの悪魔が負っているだろうからな。
まったく、恐ろしいストレス発散もあったものだ。
「そうだな。……よし、これより私は全神官団員を率いて北の悪魔討伐に向かおう」
「よろしくお願いします。……俺は、南の悪魔をやりますよ」
それぞれが均等に円を作っていたため、悪魔たちは北に50南に50といった配置になっている。つまり、ボロボロの悪魔50を神官団に任せ、俺は無傷の50を相手にするわけだな。
「しかし……大丈夫なのか? いくら精霊竜様の加護があったとはいえ、あれだけの敵を相手にしたと言うのに……」
「……本音を言えば、今すぐ宿に戻って熟睡したいですけどね。でも、俺しかいないんだからやるしかないでしょう」
弟子に格好悪いところを見せるわけにもいかないし、こんな謎パワーまで持って引っ込むわけにもいかないだろう。降って沸いた力に頼るなんて危険極まりないけど、まあ何とかするしかない。
それに――一度倒した奴よりも格下が相手なら、数なんて問題じゃない。英雄の戦いにおいて、雑魚は数に数えないなんて言うし、俺も一瞬だけその領域に上がって見せるさ!
「……やはり素晴らしい戦士だな、お主――っと、そう言えば、まだ名前も聞いていなかったな」
「あれ? そうでしたっけ?」
そう言えば、俺はあのお喋りなおばさんからメメーラルさんの名前を聞いただけで、お互いに自己紹介とかはしてなかったな。
これはうっかりしていたよ。
「でもまあ、今はのんびりと話している場合でもないですし……俺の名前は、お互い生きて帰った後でってことでどうです?」
「なるほど、それはいい。ここまでの戦いを見せてくれた英雄殿の名も知らずに死ぬ事はできんな」
「ええ。俺も、戦死者名簿に名無しで記載されたくはないですからね。これは頑張らないと」
お互いに、声に出さずに小さく笑う。
そして。同時に背を向けて動き出した。メメーラルさんは手勢を集めに、俺は単身で残りの悪魔を殲滅しに。
(あ、ついでにカーラちゃん回収してこないとな。あの子、一時的な結界の復活で倒れてるんじゃないか?)
走っている途中で吸血鬼の力を持っていると思われる少女、カーラちゃんのことを思い出したりしながら俺は悪魔の軍勢へと向かっていったのだった。
「……血、吸わせて」
「あー、我慢してね。これが終わったら何とかするから」
道中で、やっぱり精霊竜の魔力によって全身の闇属性魔力が浄化された影響で倒れていたカーラちゃんを拾った。ここまで吸血鬼の特徴を色濃く持っていると、むしろ外見的特徴がないのが不思議なくらいだな。
なんて思いつつ、俺は作業のように悪魔を潰していく。こいつらはイーエムよりも格段に弱い。この平時でも多分問題ないくらいだな。ましてや、精霊竜のせいなのか謎魔力の力で強化されてる今の俺の敵ですらないってところだ。
この魔力がいつまで続くのかは不安だが……何かよく馴染んでいるし、多分大丈夫だろ。ここは一つ、このプチプチ潰しみたいな作業をこの魔力を使いこなすための修行だと思って頑張るとしますか。
弟子の成長が見られて気分もいいし、派手にやろうぜ!
「バ、バケモノ……!」
失敬な。俺は悪魔に化け物呼ばわりされるほど人間離れしてない。
なんて内心で抗議しつつ、その悪魔の頭を握りつぶすのだった。
◆
「この度は、ご協力ありがとうございました」
「いえ、騎士として当然のことです」
戦いは終わった。俺は数十体の悪魔を全滅させ、神官団も無事に勝利を収めたのだ。
そして、俺はメメーラルさんの紹介で『この戦い最大の功労者』として教皇との謁見を許された。メメーラルさんが激しく複雑な表情なのは謎だけど。
「しかし、お主があのレオンハート・シュバルツだったとはな」
「流石はかのシュバルツ家の次代ですね。素晴らしい御活躍だったと聞いておりますよ」
メメーラルさんとは無事に再会し、そこでお互いに名乗ったのだが……俺がレオンハートだと聞いて大層ビックリしていた。
この世界、写真とかないもんね。生憎自分の肖像画を書かせたりなんてしたことはない俺の顔形を初対面の人が知るためには、噂話クラスの信憑性のない特徴の箇条書きくらいしかないのでわからなかったのも当然だ。
「そしてアレス様。アナタにはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「い、いえ、気にしないでください教皇様」
教皇さん――ボロが出ないように心の中でも様付けでいくか。教皇様は俺の後ろでガチガチになっているアレス君にも声をかけた。
……完全に声が上ずってるな。まあ、アレス君の人生で出会った一番偉い人って村長やってた自分の祖父か大商人兼貴族のロクシーくらいだろうしな。国教の最高責任者にいきなり謁見とか、確かにハードル高い。
俺は何だかんだ言ってお偉いさんと会うのも慣れてるし、同じ境遇の仲間でもいれば少しは緊張紛れるんだろうけどな。生憎カーラちゃんを結界の中に置いておくわけにもいかないから、アレス君と俺だけでここに来たわけだけど。
(しかし……本当に別人みたいだねー。一応面識あるアレス君なのに、やっぱり同一人物だと認識してないのか?)
あの空で高笑いしながら気絶するまで魔法使ってた人と同一人物とは思えないくらい、今の教皇様は完璧な淑女であった。
こっちが素なのかあっちが素なのかは微妙なところだが……うん、こっちを素だとしておこう。俺の精神衛生のためにも。
「さて、あなた方には本当にお世話になりました。何か報酬をとは思っているのですが……」
「人を守るのが騎士の役目です。個人的に依頼を受けたのならともかく、こういった事情でお礼なんて貰うわけにも……」
「はい、分かっております。ですが、せめて感謝の気持ちだけは受け取ってください」
「はい」
俺は半ば台本に従うように報酬を拒否した。立場って辛いね。
本当はがっつりマネーを要求したいんだけど、流石にダメなんだよ。こんなときに戦うから給料貰ってるわけだし。
一応騎士団のほうから“聖都防衛”って手柄で特別手当は出るだろうし、ここは我慢しよう。
……それに、ここに来た目的も既に叶ったようなもんだしな。
「シュバルツ殿」
「何でしょうか? メメーラル枢機卿」
メメーラルさんが話しかけてきたので、俺は畏まって応える。
こういった公の場では言葉遣いに気をつける。ここでの一挙手一投足が将来の個人評価に繋がると思うと気は抜けん。
「貴殿は以前より教皇様への謁見を望んでいたようだが、何用だったのだ? せめてもの礼として、我らにできることならばやるつもりであるが」
「それは……」
うん、流石にメメーラルさんは知っているみたいだな。俺がここに来てから教皇様に会いたいと願い出てたのは。……門前払いされてたけど。
なんて事は今はもうどうでもいいんだけど、とりあえず言っておいた方がいいかな? 後腐れない方がいいし。
「お願いしたかったのは、これについてです」
「む? これは……」
「転移玉ですか?」
取り出したのは、聖剣の神殿に繋がる道を作り出す転移玉だ。元々、俺は修行の為とか悪魔退治とかのためではなく、この転移玉を聖域で守って欲しいと頼みに来たんだからな。
「ふむ、それをどうしろと?」
「はい、これはとある場所に繋がる転移玉なのですが、魔の勢力が狙っているのです。それを守っていただきたく……」
「……うーむ」
メメーラルさんは俺の要求に目を閉じ、腕組みして考え込んでしまった。
……なんだろうな? 何故だかは知らないけど、俺が言う前から同じような空気だったのは気のせいか?
「やはりか……」
「え?」
「いや、なんでもない。しかし困ったな……」
「何がですか? メメーさん?」
メメーラルさんは大変心苦しいといった様子でそう呟いた。教皇様はそれに小首をかしげているが……これはどうなんだろう?
何故かメメーラルさんは前々から知っていたような感じがするけど、教皇様はどうなんだろうか? あの二重人格を見たせいか、イマイチ考えていることが読めん……。
「この度の襲撃は、シュバルツ殿の協力もあって被害を最小限に抑える事はできました。一部若いのが自信喪失したりもしていますが……まあ致命的ではないでしょう。ですが、あのレベルの魔物に襲われる火種を抱えるのは危険極まりないと言わざるを得ません」
「なるほど」
……あー、メメーラルさんの渋顔はそれが原因か。元々某吸血鬼に狙われている俺からすれば今更だけど、確かに嫌かもしれない。
あの悪魔たちは精霊竜を狙って来たんだし、これを遠ざけても仕方がないけどさ。
「ならば、そのときは私が最初から前線に……」
「ダメです。ホントに自重してください」
(……やっぱりあっちが素か?)
ちょっと危ない雰囲気を見せる教皇様を止めるメメーラルさんだが、今のうちに俺の要求を言わせて貰おうか。
元々、こんな危険物を普通に預かってくれなんていう気はないのだ。あの神官兵の若者とかを見る限り、まだ俺が持っていたほうが安心だし。
「その心配はないでしょう。私が頼みたいのはこの転移玉の保護ではありません。一つ許可を貰いたいだけなのです」
「む? 許可とな」
「ええ。……水聖山に立ち入り許可をお願いします」
「……ほう?」
俺の要求は唯一つ。唯一教皇職に就く人間のみが立ち入りを許される、精霊竜の棲家――水聖山に入ることなのだ。
その目的はもちろん、精霊竜に直接この転移玉の守護をお願いすることだ。こいつを勇者が現れるまで安全確実に守れるのは誰かって考えた結果、魔王以外なら何とかしてくれるだろう精霊竜しかないって結論に達したんだよね。
いやー、いつまでも自力で守り通すとか、絶対無理だしね。他の人に渡してもそれは変わらないだろうし、だったらもう人じゃない存在に丸投げしようと思ったのである。
……悪魔討伐を丸投げされた恨みもあるし、精々働きやがれ精霊竜。お前らの創造主である女神の聖剣を守るってことでもあるんだし、断れまい。
「水聖山。つまり精霊竜様か」
「はい。間違いなくこの世で一番堅固な守りでしょう」
「それは否定しないが、しかし立ち入り許可……いや、考えるまでもないな。あんなに堂々と精霊竜様の招きを受けたシュバルツ殿を止める権限など我らにはない……よろしいですかな? 教皇様」
「ええ、全く構いませんよ。元々精霊竜様のご機嫌を損ねないよう立ち入りを制限しているだけですし、ご本人が招いているのだから問題ないでしょう」
メメーラルさんの状況解説の後、教皇様はニコニコと許可をくれた。別にこっそり行ってもよかったんだけど、やっぱり正面から行きたいしよかったよ。
まあ、奴らが狙った転移玉と精霊竜が一箇所に集まることで狙われやすくなるかもしれないけど……ちゃんと『守ってください』ってお願いすれば今度は精霊竜自身が戦ってくれるんじゃないかな? 少なくとも向こうはそう思うだろうし、こんな襲撃は当分ないだろう、たぶん。
「わかりました。それでは、此度の活躍への褒美とし、教皇を勤めるコーリアの名においてレオンハート・シュバルツ殿の水聖山への立ち入りを許可します」
「ありがとうございます」
……教皇様って、コーリアって名前なんだ。初めて知った。なんて失礼なことを考えつつ、俺は頭を下げる。
さて、それじゃあ今すぐ水聖山に行きますか。願いを叶えるとか言ってたし、期待してるぞ精霊竜?
◆
「行きましたな」
「ええ。実に気持ちのいい騎士様でしたね」
シュバルツ殿が行ってから、教皇様に声をかける。心なしかいつもより心からの笑顔だな。
ふむ……ご機嫌のようだ。いつもは謁見の後はどこか憂鬱になされているが、今日は気分がいいらしい。まあ、シュバルツ殿がいつものおべっか貴族とは全く違うタイプの人間だからだろうが。
「私も久しぶりに楽しめました。あの少年といい、まだまだ世の中捨てたもんじゃありませんね」
「ですな。あのシュバルツ殿の弟子という少年、中々に清い気を放っていました」
シュバルツ殿の強さはこの目で見たが、弟子の少年もまた楽しみだ。自分が危ない状況でも教皇様を守ったその胆力――しかもその危険の原因の九割は教皇様と言わざるを得ないのに――は賞賛に値する。
将来はきっと、よい騎士となって人を守護してくれるだろう。私も楽しみだ。
「ふぅ、あのような方々にこそ私達神官団に入ってもらいたいものです」
「おや? 教皇様はお二人を希望するので?」
珍しいですな? いつもはそんなこと言わないのに。
……はっ! も、もしや教皇様!? いけませんぞそんなふしだらな――
「此度の人間とは思えない強さを持ったシュバルツ様と、その教えを受けた将来有望な少年! もし近くにいてくれれば、訓練の名目で好きなだけ撃てるんでしょうね……」
「あ、はい。そっちですか」
……前言を撤回すべきだろうか?
もういっそ、教皇様の婿探しとかした方がいいのかもしれん。このままだと、生涯純潔を保ってしまいそうだ。
それはそれでいいのかもしれないが、ストレスを発散したいのかひたすら撃ちたいのかわからなくなるまえに、教皇様の負担を担ってくれる強くて頑丈な婿でも探した方がいいのかもしれんな……。
「失礼します」
「む? どうした?」
「はっ! 此度の事件を聞いた王都からの連絡です!」
つい教皇様の将来について考えていたら、伝令兵が転送魔法によって送られてきたのだろう手紙を持ってきた。
私はそれを受け取り、教皇様へ渡す。王都からの連絡は基本的に教皇様へのものと決まっているのである。
「あら、これは……」
「どうしましたかな?」
教皇様は手紙をさっと流し読みした後、ちょっと残念な顔をなされた。
一体どうしたのだろうか?
「ちょっと遅かったですね、と思っただけです」
「遅かった?」
「ええ。社交辞令を除いた内容を簡単に言えば、伝言だったのですよ」
「伝言? 教皇様宛ての連絡に?」
それは……流石に不敬ではないか? いくら王都からとは言え、教皇様をつかいっ走りにするなど……。
「一体誰です? そのようなことを言ってきたのは? 場合によっては抗議する必要も……」
「送り主は国王陛下ですよ、メメーさん。そして内容は、先ほど出て行ったシュバルツ様への伝言です」
「む、国王陛下ですか……」
それは、流石に黙るしかないな。国王陛下は唯一教皇様へ命令を出すことができるお立場の人間なのだから……。
にしても、国王陛下が直々に連絡を入れるとは、一体何事なのだろうか?
「内容は、王都への帰還命令。どうやら此度の聖都防衛の功績によって、王都で上級騎士試験の受験資格を与えるとのことですよ」
「ほう、それはめでたい。でしたら、彼が水聖山から戻ったらすぐに連絡できるよう準備しておきましょう」
国王陛下自らがそんな事務的な連絡をするのに少々疑問が残るが、それでもあの英雄殿が認められるのは嬉しい。
まあ、そもそもあれだけの実力があって未だに中級騎士と言うのがおかしいのだがな。あれなら既に逸脱者と呼ばれる彼の父親とそのライバル以外なら超えているだろうに。
私も始めは警戒していたが、今回の功績で信頼を得たといったところか? 不謹慎な話だが、この一件は彼の将来にいい影響を与えたのかもしれんな……。
戦闘終了。悪魔の群れはレオンハートに蹂躙されました。一方的に勝利しただけなので戦闘シーンはカットである。どいつもこいつも悪魔イーエムの下位互換なので。
しかしまあ、突然空から猛毒(悪魔視点)の刃が雨のように降ってくるのと、人外級の戦闘力を持った怪物に蹂躙されるの。どっちがマシなんでしょうね?
この長い章は次かその次くらいで終わるでしょう。たぶん、きっと。




