第73話 教皇
「……そうか、わかった」
メメーラルさんは、悪魔イーエムが死亡した後急いで神官団と連絡を取っていた。
そして、連絡員と思われる人からの報告を聞き、表情に影を落とした。……どう見ても、敵の大将を倒した後の雰囲気じゃないな。
「……あの悪魔の自らを生贄にした最後の呪い。それによって、浄化結界は完全に沈黙した。既にこの聖都を囲んでいた100の悪魔たちはこちらに向かって進撃を開始しているらしい」
メメーラルさんの言葉、それが暗い顔の答えだ。せっかく敵の大将を倒したのに、戦況が悪化してしまったんだから。
厳密に言えば、今も天空で光っている精霊竜が働いてくれれば一瞬で解決できることではあるんだけど……まぁ、期待するだけ無駄だよな。
『人の子よ……。アナタは私の期待に応えました……。アナタの望みを叶えましょう……』
「望み? それじゃあ手っ取り早く結界を再生してくれないか?」
『私の元に来るのです……。さすれば、アナタの願いを叶えましょう……』
「やっぱり、人の話全く聞いてないな」
相変わらずの大音量に耐えつつ何とかしてくれと空のドラゴンさんに頼んでみるも、無視された。やっぱ、精霊竜は人の街一つが落ちたところで微塵も興味が無いのだ。
今にして思えば、悪魔たちの侵略もその辺の精霊竜の思考を読んだものだったように思う。まずこの大陸の精霊竜を倒す為に邪魔になる聖都を攻略し、その上で自分達に有利なフィールドを作ってから戦うつもりだったんじゃないだろうか。
何故か今回は外に出てきたけど、この分じゃ聖都の人間が殺しつくされて死の都にされても精霊竜は干渉しないだろうし。
(魔王復活の前の下準備ってところか? 魔王が復活したとき手っ取り早く最大の脅威である精霊竜を倒せるように地盤を固めに来た――ってところかね?)
直接精霊竜を叩くのではなく、精霊竜との戦いに邪魔になる聖都を破壊する。それなら確かに精霊竜を倒すのには不足な戦力で攻めてきたのも納得できる。
そして、その計画は未だ潰えていない。イーエムがいなくなったとは言え、下級悪魔を連続召喚できるような中位悪魔が100もいれば、まあ確かに街一つ落とす程度のことには過剰すぎる戦力だよな。
『では、さらばです……。アナタが私の前に現れるのを待っています……』
「やっぱり帰っちゃうのね……」
精霊竜は薄情にもその翼を休め、水聖山に戻ってしまった。あそこで俺がやってくるのを待っている……のか?
結局、人間の営みに微塵も興味が無いあのドラゴンが何しにきたのかはわからないけど、攻め入る悪魔の脅威に対しての力添えは期待できそうに無い。まあ、精霊竜からすれば脅威でもなんでもないんだろうけどさ……。
「はぁ……。それで、どうします?」
「……戦うしかない。悪魔の一匹でも聖都に入られれば罪のない者達に甚大な被害が出るだろう」
「ま、それしかないですよね」
戦い終わってすぐなのに、もう次の戦いを考えないといけない。まあ、敵は初めから一人じゃなかったってだけのことだけどさ。
しかし戦うにしても……なぁ?
「一応聞きますけど、そっちの戦力はどのくらいあるんですか?」
「うむ……」
「あえて正直に言いますけど、相手は強力な悪魔。下手な戦力じゃ犬死するだけですよ」
「わかっている」
……メメーラルさんは、俺に言葉こそ返してくれるが暗い表情だ。
元々、神官団は炸裂する小悪魔と戦っていた。その消耗もあるだろうし、戦力はもう残っていないのかもな。
しょうがない。とりあえず、俺のできることだけは言っておくか。
「……50」
「なに?」
「50体までなら、何とかできると思います」
俺は、メメーラルさんに今の自分ができることを伝えた。
強力な悪魔を一人で50体も相手にするなんて自信過剰にもほどがある発言だけど、今の俺ならそれくらいはできると思っている。いや、この不可思議な光と闇の混合魔力なら100体全部纏めて相手にする――なんて妄言も現実にできるかもしれない。
でも、それは不可能だと俺は思っている。結局この力は俺が鍛錬によって身につけたわけではない以上、いつ霧散してもおかしくないんだ。だから、もし途中で俺の力が失われてもいいように『全部俺に任せろ』なんてどこぞの英雄譚の主人公みたいなことを言うわけにはいかない。
更に、時間と数の問題もある。悪魔たちは360度この周囲を包囲しながら進軍している上に、100体の中位悪魔に加えて召喚されるだろう下級悪魔まで戦線に加わるのだ。
基本的に一対一が専門である俺じゃあ、100の悪魔を全滅させている間に聖都が壊滅的被害を受けること間違いなしって時間がかかるだろう。敵全てが俺に向かってきてくれればまだいいけど、そんなことありえないしな。
その辺を考えて、聖都にたどり着かせずに俺一人で何とか出来る数が50体。この魔力が最後まで持ってくれるって希望的観測込みでその数になるんだ。
だから、後半分。今俺がいるのが聖都から見て南の位置だから、北からやってくる悪魔たちを倒す――最低でも足止めしてくれる戦力が必要なんだ。
それをメメーラルさんにお願いしたいんだけど……難しいか?
「この際、はっきり言おう。貴殿ほどの戦士が力を貸してくれるのはありがたいが、既に神官団の戦闘を専門にする精鋭のほとんどは力を使い果たしている。私も先ほどの戦いで多少回復したとは言え、悪魔相手にどこまでやれるかはわからん」
「戦闘に参加しなかった、予備戦力なんかは?」
「いることはいるが……行方不明なのだ。頭の中身はともかく、戦闘力だけでいえばそこそこのものを持っていた若い世代の者達がいたんだが……連絡が取れないんだよ」
「若い世代……?」
メメーラルさんの話を聞いて、イーエムと戦う前にやりあった操られた若い神官兵たちのことが頭に浮かんだ。
ひょっとして、あれか? 第二陣を担当するはずだった若い連中ってのが……どう言うわけか悪魔に操られて俺に叩きのめされちゃったのか?
「ってことは、この戦力不足もまた、悪魔たちの計画通りってことか……。自分の敗北も計算に含めている辺り、流石は狡猾な悪魔ってことかね」
イーエムは負ける気なんて欠片もなかっただろうけど、しかし奴を倒したにも関わらず人間は劣勢だ。敗北した場合のことまで考えておくのは、まあ戦争の基本だよなぁ。
「……仕方がない。俺が全部倒せるかって賭けに出るしかないか……」
「なに?」
「俺一人じゃ、奇跡が起こっても聖都を守りきることはできない。それでも、敵を全滅させることならできるかもしれない」
「た、確かに、精霊竜様の力を受けた貴殿ならあるいは……」
「その“力”がいつまで俺の味方をしてくれるかは謎ですけどね。……ですから、貴方達にお願いしたい。俺がそっちに行くまで、何とかして悪魔たちを足止めして欲しい」
「……うむ、当然のこと、だな」
俺たちは頷き合うが、しかしその内心は暗い。
元々、悪魔ってのは一体で軍勢が動くレベルの強者なんだ。それが数の力で攻めてきたとなれば、疲弊した神官兵団では到底押し留める事はできないだろう。
彼らもこんな仕事についた以上覚悟の上だろうが、相当数の被害者が出るのは間違いない。言ってしまえば、俺の要請は街を守るために死ねといったようなものだ。
(ったく、嫌になるな。結局、俺は肝心なところで凡庸だ……!)
本物の英雄なら、誰一人の犠牲者も出さずに勝利できる何かを持っているんだろう。
でも、俺では少なくない犠牲を前提にした作戦が精一杯だ。この辺が、本物と偽者の違いなのかね……ん?
「………………ウフフ……ウフフフフッ! アーッハッハッハッ!」
「何だ……この声?」
暗い気分になりながらも急いで悪魔に特攻しかけようと準備を始めたとき、空の向こうから誰かの高笑いが聞こえてきた。
声の感じからして女性のものみたいだけど……誰だ? こんな非常時に陽気な笑い声なんてあげてるのは?
「こ、この声は……!」
「知ってるんですか?」
謎の声にとりあえず警戒していると、メメーラルさんがまるで雷でも落ちてきたように驚愕し、硬直した。
そして、そのままブリキのオモチャみたいにぎこちない動きで空を見上げ……やがて、一点を見て再び固まってしまう。
俺もそれに釣られて空を見上げてみると……なにやら、大きな何かを左手にぶら下げている女の人がいたのだった。
「誰……って言うか、何? あれ?」
今の聖都は危険。それなのに堂々とあんな天高く飛翔するとは、随分度胸がある。
と言うか、空飛んでいる時点で何だあれなのだが。俺みたいにお高い魔道書使って一時的に飛んでいるのかもしれないけど……どっちにしても只者じゃないぞ。
メメーラルさんは、あの人が誰か知っているのか?
「きょ、教皇様! いったい何をやっているのですかぁ!?」
「へ? ……教皇!?」
メメーラルさんの叫びに、俺もマヌケ面で驚いてから再び空を凝視した。
……その女性は、遠目に見ても美しい顔立ちをしている。その腰まで伸びた空色の長髪もまた、魅力を後押ししているようだ。
そして、全身を覆う聖なるローブ――みたいなのを着ているんだろうなってイメージをぶち壊してくれる、最高位の防具である“竜鱗の鎧”の青バージョンに身を包んだ凛々しい姿。あの鎧、ゲーム時代基準でも高ランクの防御力があるけど、この世界ではかなりの修練を積んだ戦士じゃないとまともに動けないくらいの重量あるって聞いてるんだけど……。
(そ、想像とは大分違うな。確かに綺麗だけど、もっとおしとやかなのイメージしてたよ。と言うか、あれは……!)
バリバリの武闘派としか思えない重装備に高笑いを添えた教皇様とやらは、なるほど印象的だ。宗教の神輿としてはこれ以上ないくらい相応しいだろう。
もし道を歩いていたら、つい目で追ってしまうオーラがある。
が、俺とメメーラルさんはそんな教皇のカリスマなど無関係に大口を上げて見つめるしかなかった。
メメーラルさんは、自分のところの教皇が突然危険な戦場の空で高笑いしていることに対して。そして、俺はその教皇が左手にぶら下げているモノに対して、だ。
「な、何やってんの? アレス君……?」
教皇の左手には、俺の弟子であるアレス君が死んだ目でぶら下がっていたのだった。
◆
(な、何でこんなことに……)
僕は、僕を拉致って天高く飛翔し、そして興奮を抑えられないといわんばかりに高笑いをあげている綺麗な女の人にぶら下がりながらそんなことを思った。
少し前の出来事を思い出す。そう、あれは僕が師匠に連れられて神殿に呪いの治癒を受けていたときのことだ――
「いやー、キミ凄いねー。ここまで聖なる力と相性がいい人は珍しいよー」
「そ、そうなんですか?」
僕はそのとき、小さな悪魔の群れから受けた呪いの治療を受けていた。患者用のベッドにうつぶせに寝転んでいたんだ。
最初は街の病院を兼任した神殿で治療を受けてたんだけど、小悪魔とは言え三体同時の呪いはちょっと荷が重いとかで本神殿に移されて治療してもらったんだよね。
「うん。普通なら、このレベルの呪いを完全に解除するのは三時間くらいかかるものなんだけどねー。わたしの力が凄くよく馴染んでくれるおかげで、一時間もかからずに終わりそうだよー」
「へー。そう言えば、随分楽になった気がします」
「でしょー? キミ、将来神官さんになってみるー? きっといい神官さんになれると思うよー」
「は、はは……どうも……」
ちょっと語尾が間延びしている、何となく安心できる雰囲気をもった女の神官さん。その人の手によって、僕の中の呪いは凄いスピードで浄化されていった。
そんなときだったんだ。あの、悲鳴とも怒鳴り声ともつかない叫び声が聞こえてきたのは。
「お、お待ちください! あなた様が前線に出るなどありえませぬ! 万が一のことがあれば――!」
聞こえてきたのは、老人特有のしゃがれ声の叫びだった。老人とは思えないくらいに切羽詰った大声ではあったけど。
「黙りなさい。もはや猶予はないのです。精霊竜様が降臨されるほどの一大事――私が出ないわけにはいきません」
「しかし――」
続けて聞こえてきたのは、若い女の人の声だ。ピンとはったその声色は、何故かよく響いて耳に入ってきた。
「と、とにかくなりませぬ! あなたは我々の象徴! おいそれと戦場に出ることなど――!」
どうやら、女の人が外に戦いに出ようとしているらしい。そして、それを老人が止めようとしていたみたいだった。
外の戦場って言うと……僕も戦ったあの小悪魔かな? でも、自爆にさえ気をつければ師匠がいるんだからあの程度どうにでも出来ると思うんだけど……。
「では、アナタに聞きましょう。私と精霊竜様。どちらが教団にとって大切ですか?」
「そ、それは……」
「聞くまでもありませんね。私が死んでも代わりは幾らでもいる。しかし精霊竜様に代わりはいない。そんな精霊竜様が出ているのに、私が引っ込んでいる理由がどこにありますか?」
「せ、精霊竜様は特別です! あの力なら危険など――」
「これはそんな話ではありません。矜持の問題です!」
部屋の中にまで聞こえてくるその声は、人を従わせる迫力を持っていた。老人も迫力に負け、息を呑んで黙ってしまったくらいだ。
どうやら女性は戦場に――外に出るみたいだけど、いいのかな? 僕も行った方がいいんだけど……やっぱり、まだ身体がうまく動かないや。まだ呪いの影響は残っているんだな……。
「教皇様……」
「え?」
神官さんは僕を治療しながらも心配そうな声を出した。
教皇様? それって、この街で一番偉い人のことだよね? 師匠が会いたいって言ってたけど……本物?
「で、では! ではせめて供の者をお付けください! お一人でなどありえませぬ!」
「供? 役立たずは……じゃなくて、今ここにいるのは聖都を守る為の最低限の戦力。連れ出す事はできません」
「ですが――」
「……では、私が一人選定します。その者を連れて行くとしましょう」
「え? い、いったい誰を連れて行くというので?」
「そうですね……」
老人と、教皇様と呼ばれた女性は徐々にこっちに近づいてきていた。まあ、この治療室の前を通ろうとしているだけで、僕たちに用があるわけじゃないだろうけどさ。
「おや?」
「どうなされました?」
「いえ、こちらから強い聖なる力を感じたもので」
「強い……ああ。ここは治療室ですからな。強力な神官が術を使っているのでは?」
「いえ、この感じは……」
……あれ? なんだか、真っ直ぐこっちに来てない?
最近師匠に拉致されて魔物の巣に投げ込まれることを繰り返したせいで、僅かな足音や息づかいなんかで生命体の位置が何となく把握できるような特技が身についちゃったんだけど……気のせいじゃなければ、ただこっちの方向に歩いていただけの教皇様達はこの部屋に真っ直ぐ歩いているような気がするんだけど。
「ここですね」
「きょ、教皇様! どうしてこちらに!?」
僕は感じられる気配にまさかと思っていたら、予想通り治療室のドアが開かれた。
その事実に、のんびりした雰囲気だった神官さんの背筋はピンと伸びた。まあそりゃ、いきなり教皇様なんて偉い人が現れたら緊張するよね……。
「ほう、マリーですか。彼女はまだ年若いですが、優秀な神官ですよ」
「……なるほど、優秀なようですね。ですが、私の感じたのは彼女ではないようです」
教皇様と思われる綺麗な人は、一緒に入ってきたおじいさんに言われて神官さん――名前はマリーって言うらしい――を少し眺めた。その表情には満足そうな笑みを浮かべたけど、しかし口から出てきた言葉は否定。優秀な神官ではあるけど、教皇様が探しているのとは違う人らしい。
いったい、誰を探しているんだろうね? って、ん? 気のせいじゃなければ、僕を見てない?
何か失礼なことでも……って、僕寝転んでるじゃん。いくら治療中でも、やっぱり偉い人を前に寝ているってのは失礼だよね。
「この少年は……?」
「は、はい! 外に現れた悪魔の呪いを受けたので、今解呪を――って、寝てなきゃダメだよ!」
「え? でも……」
僕は立ち上がって、せめて座るくらいのことはしようと思ったんだけど、マリーさんに止められてしまった。
まだフラフラするけど、もう大分よくなったから大丈夫なんだけどな……。
「呪い、ですか」
「は、はい」
「……少年。名前を教えてもらえますか?」
「え、えっと……アレスです」
優しく微笑みながら、教皇様は僕の名前を聞いてきた。
僕はそれに正直に答えるけど、何故だろう? 何か背筋に冷たいものが走ったんだけど……。
「そうですか。アレス……。ではアレス、少しじっとしていてください」
「え?」
「行きますよ――【聖術・浄化の光】!」
「ッ!? こ、これは!?」
教皇様が呪文を唱えると同時に、僕の身体は暖かい光に包まれた。
そして、凄いスピードで身体が楽になっていく。これは、呪い解除の魔法……?
「す、凄い……。さすが教皇様……」
「お見事です。悪魔の呪いを一瞬にして祓うとは……」
おじいさんとマリーさんは、揃って教皇様に尊敬の念を向けた。
僕も同じく、感謝とともに教皇様に頭を下げる。後数十分はかかるはずの呪いを一瞬で解くなんて、やっぱり凄いんだなぁ。
「いえ、私の力だけではありません。この子の中にある力……それが何なのかはわかりませんが、何かが呪いを弾いていたのです」
「何かって……?」
教皇様は僕を見てそう言った。何か、僕の中に不思議な力がある……とか何とか。
師匠はいろいろ秘密の隠し技とか持っているみたいだけど……僕、そんなのないんだけどな?
「よし、決めました」
「へ? 何をですか?」
「私の供は、この子……アレスにしましょう」
「な、何を言っているのですか! こんな子供にそのようなことは……!」
何のことかはわからないけど、教皇様は僕を指差した。そして、おじいさんは血相を変えて抗議している。
な、何だろう? 非常に嫌な予感がする。目が覚めたら魔物の巣にいたときと同じくらい嫌な予感が……。
「この子は、強い。私が保証しましょう」
「な、何を根拠にそのような……!」
「勘です」
「……はい?」
教皇様は、僕を見つめながら断言した。その根拠は、自信満々に勘のみらしい。おじいさんも思わず絶句しているし。
……あー、うん。流石は教皇様……なのかな? 僕程度には理解できない思考の持ち主みたい。
実際のところは、強いって言ってもらえるのは嬉しいけど、まだまだ師匠の足元にも及ばない未熟者なんだけどね……。
「と、とにかくなりませんぞいろいろな意味で! 神官兵ならともかく、戦場に民間人の子供を連れて行くなど絶対にありえません!」
「うーん……民間人、ねぇ? 私にはそうは見えませんよ?」
「ど、どう言う……」
「ねえ、アレス。アナタ……剣士かしら?」
「え、ええっと……一応」
教皇様は、僕の身体を――特に腕や足を観察しながらそう聞いてきた。
何で分かったんだろ? 僕が剣を使うって事が?
「剣士? こんな子供が?」
「筋肉を見ればわかります。それも、ただの子供の手習いではない。本物の剣術を……戦いの中でのみ研磨される戦う技をかなりの実力者から教えられている。違いますか?」
教皇様は、僕を見透かすような目で見ながら更に言葉を紡いだ。
その言葉は、全て真実。正真正銘の騎士である師匠に、僕は毎日鍛えられているんだから。この観察力は、さすが教皇様ってところなのかな?
「い、いや、しかし民間人を――」
「今は民間人だなんだと、そんなことを気にしている場合ではありません。それに――アレス、アナタは何のために剣を握っているのですか?」
「え? 何のためって……」
「力を求めるのは、ただの自己満足ですか? それとも、自分より弱い相手を痛めつけるためですか? 気に入らない相手を殺すためですか? 女の子にチヤホヤされたいからですか? それともお金が欲しいからですか?」
「い、いや! どれも違いますよ!」
教皇様は、一般的に不純と言われるような動機を羅列した。
でも、僕にそんなつもりはない……と思う。偶に師匠がこっそりサイフを見ながらため息吐いているのを、そして貧しい村での暮らしをよく知っている身としては“お金”に興味がないとは言わないけど……でも、それ以外は本当に違う。
僕が師匠に弟子入りしたのは、騎士になる為だ。そして、騎士になりたいのは……もう二度と、大切な人が無残に死ぬのを黙ってみているのは嫌だからだ……!
「……そんな目をしている人、偶にいますよ」
「え?」
「その澄んだ目。そう言った目をしている人は、大抵強い決意をしているものです。それがどんなものかは分かりませんけどね」
教皇様は、今はベッドに腰掛けている僕に目線を合わせるように屈んでくれた。
そして、真っ直ぐ目線を合わせて僕に語りかけてきたのだった。
「今、この街はとあるモンスター……悪魔によって攻撃を受けています。その被害を少しでも食い止めるため、私はこれより戦場に出ます」
「ッ!? そんな! この街は結界に守られているんじゃ!」
「どんなものにも、絶対はありません。敵はこの街の結界を破れるほどの力があった、というだけのことです。……このままでは、多くの被害が出るでしょう。力を、貸してもらえませんか?」
教皇様は、優しく微笑みながら力を貸してくれと言ってきた。
……このままじゃ、罪のない大勢の人が危険に晒される。そんなの、許していいわけ――ない!
「僕に何が出来るかはわかりませんけど、そんなこと絶対にさせません! 僕も戦います!」
「……いい目です。決まりですね」
教皇様は、今までの優しい目から強く、凛々しい目に変わって頷いた。
この目は……師匠の目だ。それも、これから戦いに出向くときの、一番強い目だ。
「さて、これで供の者もできました。神官兵よりもアレスのほうが強いでしょうし、問題ないですね?」
「は……い、いや! あるに決まっているでしょう! 女神教最高責任者であるアナタ様が民間人の子供一人連れて戦場に出るなど、問題しかありません!」
「では、問題もないことですし早速行きますよアレス。時間は有限です」
「教皇様ぁ!?」
おじいさんの身体が壊れそうな抗議を、教皇様は華麗にスルーした。
い、いいのかな? 絶対よくない気がするけど……。
「来なさい――精霊竜燐の鎧」
「ッ!? こ、これは!」
教皇様が天に手をかざすと、その身体は強力な魔力に包まれた。
そして、次の瞬間にはその姿が変わっていた。今までは純白のローブに身を包んでいたのに、一瞬で青い鱗の鎧を装備したのだ。その鎧からはビリビリと強力な魔力が感じられて、とっても凄いものだと僕でもわかる。
やっぱり、教皇様って凄いんだなー。
「フフフ……やっぱり、鎧を身につけると違うわねー……。それじゃ、行くわよ」
「え?」
あ、あれ? 教皇様、何か雰囲気変わりました――って、うわっ!?
「お、お待ちをぉぉぉ!」
「無駄よ無駄無駄! もう私を止める事はできないわよ!」
教皇様は僕の手を掴み、飛行の魔法を唱えた。
そして――部屋の窓を打ち破り、僕をぶら下げたままここまで登ってきたのだった。
(な、何でこんなことに……)
こうして、僕は鎧を装備した教皇様に引きずられてこんなことになっている。
今も教皇様は眼下に見える悪魔の大群を見て高笑い。そこにさっきまでの厳粛な感じなんて全く無い。
僕の教皇様に対する印象は、僅か30秒で180度反転してしまったのだった。
「アッハッハッ! さあやるわよ殺すわよ暴れるわよ! 退屈な時間はもう終わり! ここからは私のターン!」
「あ、あのー」
「【具現術・浮遊する剣軍】! 更に【聖術・刃への祝福】ィ!」
「う、うわ……」
教皇様は、何かの魔法を使って刃渡り10センチくらいの刃物を大量に作り出した。それも、空に浮遊する特殊な奴だ。
更にその魔法の刃に聖術によるコーティングを施して、悪魔への効力を飛躍的に上昇させたみたいだ。そして――
「蹂躙しなさい! 聖剣軍の裁き!」
無数の即席で作られた聖なる刃たちは、眼下の悪魔たちを滅ぼそうと大地に降り注いだのだった。
楽しくてたまらないと言った雰囲気の、教皇様の高笑いとともに……。
(この人、絶対戦闘狂だ……)
僕はその様子をみて、そう確信するのだった。
一応言っておくと、精霊竜鱗の鎧にバーサーク的な効果はありません。
高い防御力、水属性吸収、闇属性半減みたいな優秀なプラス効果がついた聖なる鎧です。




