第72話 未知の力
「精霊、竜……?」
俺は背中の痛みに朦朧としながらも、遠くの山の上で青い波動を放つ一体の竜を見た。
その姿は、身も蓋もない言い方をすれば巨大な青いトカゲに翼が生えたような姿だ。その神威とでも言うべき威圧感を前にして、そんなこと口にできる奴はいないだろうが。
「ば、馬鹿な! 何故こんなに早く精霊竜が現れる!?」
悪魔イーエムは、精霊竜の登場に今までの余裕を失ってうろたえている。
まあそりゃそうだろう。俺の背中に刺さっていた分も含めてあの数の悪魔の槍が一瞬で完全浄化された上に、あれだけ穢された浄化結界が瞬く間に復活しているんだから。流石は聖域の大本ってところか。
俺も身体がビリビリバチバチ電流が走ったようになったが、俺の体内の吸血鬼の血が先に浄化されてしまって吸血鬼モードが強制解除されてしまった。
まったく、ピンチを救ってもらったのには感謝するけど、もうちょっと手加減して欲しいぜ精霊竜さん。傷の蓋として機能していた悪魔の槍が消滅したせいで血が噴出している上に、人間の身体に戻ったせいで回復すらできない……ん?
「動くな。今治療する」
「あんた……」
「精霊竜様のご加護だ。辺り一帯の聖なる力が復活したおかげで私の力も少し回復した。人一人を回復させるくらいのことはできる」
咄嗟に守った人……確かメメーラルさんが俺の穴だらけの背中に手をかざし、治癒の魔法を使ってくれた。
思えば、モード2まで行ったのにこの人を守れたのは奇跡と言っていいことだろう。やっぱり理性がほとんど飛んでしまって、俺はついさっきまでこの人を見殺しにする気満々だったんだから。
ギリギリで踏みとどまれたとは言え、やっぱりこの力は危険すぎだ。これからは極力使わずにいきたいところだな。記憶がおぼろげだけど、何か凄まじく恥ずかしいこと口走ったような気もするし……。
「ふ、フフフ……。むしろ好都合! 我々の目的のもう半分……それがキサマだ精霊竜!」
治癒を受けている俺を無視して、イーエムは精霊竜をにらみつけた。
半分……確か、あいつがここを襲ったのは俺の持っている転移玉を入手するのが半分とか言っていたな。残り半分は精霊竜を倒すことだったってことか?
……いや、いくらなんでも無謀すぎるだろそりゃ。
「精霊竜に喧嘩売りに来たのか、あいつ?」
「……女神様と精霊竜様を崇める我々としては、身の程を弁えろとしかいえないな」
「俺も同意見ですね。騎士としての意見で、ですけど」
イーエムがここを襲ったのが精霊竜を狙ってのことなのだとしたら、どう考えても戦力が足りていない。
精霊竜ってのは、この世界でもトップクラスの強者なのだ。あくまでも世界のバランスを保つ存在だからか人や魔物と積極的に争うことはないが、それでも圧倒的に地力で劣る人類が魔物に滅ぼされていないのは精霊竜がいるからだなんて言われるほどに。
ゲームではとあるイベントで聖剣強化をしてくれるだけの存在だったけど、設定上は魔王こと魔王神の配下である四魔王と同格の力を持っているらしいし、一介の上級悪魔が戦いを挑むのは無謀を通り越した自殺だろう。
結局、魔王軍は魔王復活まで四精霊竜に守られていたから決定的な侵略を行うことができなかったってくらいなんだからな。そんなの倒したければ、最低でも四魔王を連れて来いって話だ。
「――【高速詠唱・悪魔の歌】!】
「ん? あれは……?」
イーエムの口が表現しづらい不可思議な動きをし、聞き取れない不思議な言葉を――歌のようなものを紡ぎだした。
あれは、もしかして強化詠唱か? 魔法名の宣言に加えて特殊な呪文を唱えることで魔法の効果を更にアップさせる技法のことだけど、確か完成に最短でも5分くらいかかったはずだ。
当然実戦で使うには長すぎるし隙もでかすぎるから、大勢の前衛に守られて安全を確保できるような状況か、さもなきゃ敵なんていない実験や研究を主体にする学者魔術師以外はまず使わない技術だけど……。
いや、もしかして――
「感覚加速法」
身体は動かさずに、感覚だけを一時的に加速させる。ぶっちゃけ加速法を使いながらじっとしているだけなんだけど、これなら今も治療中の身体に負担をかけることなく加速法状態に入れる。
そして、加速状態の耳でイーエムの言葉を聞いた結果、予想通りのことがわかったのだった。
「加速解除――。やっぱり、あの歌は強化詠唱。それも一つの音に複数の意味を持たせることで詠唱時間を大幅に短縮する、人間にはまず不可能な高等技術を使っているようだな」
「高速詠唱――話だけは聞いたことがあるな」
「人間じゃ構造的に不可能ですけどね、あんな声の出し方は。まあ事前に魔法で準備すればできないことはないとか聞いたことありますけど」
メメーラルさんと話しつつ、イーエムがやろうとしていることを整理していく。
イーエムは肉体を再構築し、喉を改造したのだろう。それによって普通の生物では不可能な発声を行い、これから放つ魔法を強化しようとしているのだ。
だが、恐らくそのターゲットであろう精霊竜は青い波動を放つだけで微動だにしない。何をされても恐れることはないと思っているのか、それとも他に理由があるのか……?
「――完成です。【強化召喚術・悪魔界招来】!」
「っ!? これは――」
発動されたのは召喚術。しかし魔物の類が現れるわけではなく、あた辺り一帯に重苦しい空気が流れるだけだった。
――いや、“だけ”なんて甘いものじゃないな。この空気、重苦しいなんてレベルじゃない。精霊竜の光の中ですらこの息苦しさ……普通に吸ってたら、人間なんて即死しかねない邪気が周囲を覆っているのか……?
「これは、まさか精霊竜様のお力を撥ね退けようとしているのか!?」
「……召喚術で、空間を呼び出したってことか!」
俺はそう叫び、空のイーエムを睨みつける。
するとイーエムは、にこりと嫌らしく笑って俺の言葉に応えたのだった。
「その通り。我々悪魔が住む異空間を召喚しました。流石に聖なる結界の中に怨念と邪気が満ち溢れた我々の世界を呼び出すのは一苦労でしたが、今までの戦いで準備は整っていた。本来はこの術でこの地の人間を皆殺しにした上で精霊竜をおびき出すつもりだったのですが、順序が変わってしまいましたね」
「異空間……となると、術はまだ不完全らしいな」
俺は辺りを見回し、そう結論付ける。まだ、奴の魔法は本当の意味で完成したわけではないと。
「どういう事だ?」
「……俺は前に、同じように異空間を作り出す技を見たことがあります。そのときは文字通り異世界にでも飛ばされたように景色も何もかも変わったのに、ここは何の変化もない。つまり、今この辺りは悪魔の世界と精霊竜の聖域が混合したような状態なんでしょう……多分」
「なるほど。しかし精霊竜様が負けるわけも無い……何故拮抗状態なんてことになっているのだ?」
「さあ……?」
精霊竜が本気になれば、この異空間を消し飛ばすくらいのことはできるだろう。
悪魔だって本来の計画ではこんな真っ向勝負ではなく、この聖都周辺を死と苦痛で満たすことで邪気を強め、自分達に優位なフィールドを作った上で事を始めるつもりだったんだろうからな。
精霊竜は人の守り神ではなく、世界の守護者。人間が何人死のうがまず手助けなんてしてはくれない超常の存在。それを踏まえると……精霊竜が何もしないのは当然なのか?
そもそも聖域の結界自体精霊竜から漏れ出た清浄な魔力を利用したものだし、精霊竜からすればこの土地が悪魔の生息するような魔界にならなきゃ後はどうでもいいのかもしれないな。
「――よし、とりあえず傷は塞いだ。まだ完全ではないが、もう出血で死ぬ心配はないだろう」
「ありがとうございます。――んじゃ、行きますか!」
そうこうしている内に治療は終わり、俺は再び闘えるようになった。
最低限命に関わる重要な器官優先でやってくれたらしく、まだほんの僅かに痛みは残るが全然許容範囲内だ。さすが聖都でも一二を争うって話の神官さんだね。
「行くとは、まさか貴殿、また戦うつもりか?」
「ええ。何を考えてのことかはわからないけど、精霊竜の奇跡なんてことで拾った命だ。これ以上奇跡に期待してたら本当に命を落としかねませんからね」
心配そうに、もう存在意義が無いかもしれない服越しに俺の背中を見るメメーラルさんに、俺ははっきりと闘う意思を告げる。
精霊竜は女神のシモベ。女神の意思を持ってのみ動く存在であるため、明確に女神の敵である魔王自らが動き出したりしない限りは能動的に悪魔を滅ぼしたりはしてくれないだろう。
ここに現れて邪気を祓ってくれているだけでもありがたいんだ。人を守るのは俺の、騎士の仕事だしな……!
「……もう貴方に構っている暇はありません。転移玉は後でまた取りに行かせて頂きますよ」
「そんなつれないこと言うなよ。俺はお前にまだまだ用があるんだからさ」
「私にはありませんよ。既にただの人間にまで戻ったその身体で何ができると言うのです? 私はこれから大きな仕事があるのでね」
イーエムは、どうやら完全に俺に興味を失ったらしい。まあ、いきなり精霊竜が現れれば吸血鬼モードが解かれた俺なんてそんな脅威でも無いだろうしな。
だからって諦めたり逃げたりってわけにはいかないのが、俺の辛い立場だね!
(真っ向勝負で勝てるわけが無い。奴は召喚術で自分に有利な空間をわざわざ呼び出した。となるとさっきよりも強い。ならば、精霊竜に気を取られているその油断を突くしか――)
どうするかと足りない頭で考えつつ、剣を握る。
向こうはパワーアップ。こっちはパワーダウン。さてどうするか――ッ!?
『人の子よ……』
「な、だ、誰だ!? つかうるさい!」
さてまた戦うかと気合を入れたとき、突然聞きなれない声がそこら中に響き渡った。声がでかすぎて思わず耳を塞ぎたくなる音量だ。近所迷惑にもほどがあるぞおい。
「せ、精霊竜様の御言葉か……?」
「え? これ竜の鳴き声なの?」
後ろでメメーラルさんが戦慄している。どうやら、このクソ馬鹿でかい声は精霊竜の鳴き声だったらしい。
いや、竜なのに人間にもわかる言葉で話せるのは凄いけど……もうちょっと神秘的にテレパシーとか使えないんだろうか。連絡手段アナログ過ぎるだろ……。
『アナタは己の道を示しました。我々が力を貸すに相応しい、英雄の道を』
「な、何のことでございますかね……?」
とりあえず、うるさいので両手で耳を押さえる。失礼かもしれないが、一声発するだけで大気が揺れるような化け物である方が悪いと俺は思う。
それでも、そんな不敬な態度をとる俺を叱りそうな敬虔な信者であるメメーラルさんはいつの間にか跪いて祈りを捧げているし、もうこのスタイルで行かせて貰おう。正直、両耳ふさいでいても音波攻撃食らってる気分だよ……。
『我々は女神の意思なくして動く事はありません』
「し、知ってるよ! 助けてくれなんて言わないから! お願いだから音量下げてくれ!」
『しかし、アナタは邪悪な力に打ち勝ち正義を示しました』
「……ねえ? 人の話聞く気ある? それとも自分の声量で俺の声なんてかき消されてるの! それとも単に遠すぎて聞こえないの!?」
『それを私は女神の意志と捉え、アナタに一筋の光を授けましょう』
「おーい……」
精霊竜は人と言葉を交わすことなどないってことなんだろうか。何か思いっきり無視された気がする。
と言うか、俺はいつ正義とやらを示したんだ? 生憎俺の辞書には存在していない言葉なのだが……って、ん!?
「な、なんだこりゃ!?」
精霊竜との言葉の砲丸投げを行っていたら、空から俺を目掛けて突然青い光の柱が降ってきた。
これは……精霊竜の魔力か? 俺に魔力をぶつけてどうする気って、おおぅ!?
(力が漲ってくる……! これは、光の魔力を大量に注がれてるのか?)
精霊竜の力で、俺は魔力が一気に回復していく感覚を味わった。
こりゃ、もう注がれた魔力をどうにかしないと吸血鬼化は無理だな。全身から神聖な気が立ち上っているようでちょっと気持ち悪い。
「ま、まさか、精霊竜様が人間に直接力を渡された……!? こ、これは紛れも無く奇跡だ……!」
メメーラルさんがなにやら興奮している。やっぱ、精霊竜が直接力を渡すなんてありえないよな。基本人の営みにも魔物の攻撃にも無関心な存在だし。
いや、本当に何を考えているんだあの精霊竜は? とりあえず、どいつもこいつも俺に魔力注ぎ込み過ぎだと思う。俺は魔力の貯蔵タンクでもなければ増幅装置でもないんだけどな……。
「……精霊竜、よもやこの人間を使って私を倒すつもりですか? それは――舐めすぎです!」
「ッ!? やっぱ、強化されてやがる……!」
イーエムは魔力を開放し、周囲に自らの凄まじい魔力を見せ付けた。
空間召喚によって、イーエムの力は増幅している。いや、空間の召喚そのものは精霊竜の力で妨害されているから、むしろ浄化結界の影響を受けていない本当の力が出せるようになったって言うべきか。
それでも精霊竜には全然届かないだろうが……まあ、俺を殺すだけならできるだろう。生憎与えられた力なんてものをすぐに使いこなせるほど器用じゃないし、いつもの自分のバランスをガタガタに崩された状態でどうすっかな……!
『人の子よ……アナタが本物ならば、きっと勝てるでしょう。私は見守っています……』
「つまり手伝ってはくれないわけね!」
精霊竜を当てにするのは最初から諦めて、俺は改めて剣を握る。
手持ちの力は膨れ上がりすぎて扱いづらい光の魔力のみ。吸血鬼の血は俺の心臓で完全に休眠状態に入ってしまったらしく、身体能力はモード2とは比べ物にならないな。
(悪魔に有効な光属性をフルに使えるのはありがたいけど、実力差はまだまだある。メメーラルさんと共闘……難しいな。俺、集団戦闘苦手だし)
一瞬メメーラルさんの力を借りられないかと思ったけど、俺は仲間と共に戦うのが苦手なのだ。何せ、実戦経験の大半が俺一人で戦うものだったわけだし……。
つっても、一人で何とかできるってほど甘い相手じゃないのは確かだよな。……仕方がない、メメーラルさんには聖術でのサポートをお願いするか。吸血鬼化してないんなら神聖魔法は人間に全く害を与えないからな。
「メメーラルさん。俺があいつに向かって突っ込みますから、遠距離魔法でサポートお願いしていいですか?」
「……構わぬが、精霊竜様の加護を受けてなお私の力など必要なのか?」
「……申し訳ないですけど、俺はいきなり渡された力をいきなり使いこなせるほど器用じゃないんですよ」
自分の光の魔力すらまともに扱えないせいで苦労しているのに、精霊竜から説明なしで譲渡された魔力なんて簡単に扱えるわけ無いだろ。
肉体から作り変えられる吸血鬼の力なら何とか勢いで使えたけど、さっきまでが信じられないくらい頭が冴えてる今じゃ普通に失敗する未来しか見えない。
とりあえず、一週間くらい修行する時間が欲しいよホントに。
「それじゃ、行きます!」
もう、強敵を前にして気合十分のイーエムに一切遊びはないだろう。精霊竜相手にどんな隠し玉があるのかは知らないけど、少しでも消耗を抑えるべく瞬殺を狙ってくるのはほぼ間違いない。
故に、俺が取るべき戦術は――敵の速攻を上回る攻撃を置いて他にはない!
「援護しよう――【聖付術・聖戦士の気】」
「助かります!」
俺は自分に再び魔道書を使って飛行の魔法をかけつつ、補助魔法をかけてくれたメメーラルさんにお礼を言う。
対象者に光属性を与え、闇系統からのダメージを軽減する魔法……この状況では百人力だな。元々光を持っていると言うか押し付けられた暴れ馬の魔力のせいで光には困ってないけど、防御力が上がるのはありがたい。
「転移玉を残して消滅せよ! 【邪炎術・灼熱地獄】!」
(前に見たのとは比べ物にならない巨大な黒炎! 突っ切るしかない!)
イーエムから放たれたのは、少し前に見た合成魔法とは比較にならない巨大な黒い炎だった。
あれを避けるのはほぼ不可能だ。せめて地上戦なら何とかできるだろうけど、吸血鬼の飛行スキルを失って魔法頼りの空中戦しかできない今の俺では無理。
だから、真っ直ぐ突っ切ることにした。メメーラルさんの守りの魔法を信じて、炎をぶった斬る――あれ?
「な、なに!?」
「黒炎が、消えた……?」
守りの魔法と剣に込めた光の魔力に任せて突進したら、俺に触れると同時に黒炎は消えてしまった。流石に予想外だったのか、イーエムの奴は戦場にいるとは思えないくらいの隙とマヌケ面を晒している。
しかし今の何だ? メメーラルさんの魔法と精霊竜の力がそこまで凄かったのか?
でも、今の感じは消えたというよりも――
(まさか、あの魔法を吸収した……?)
俺は、今の現象をそう理解した。今のは力と力をぶつけ合って消したのではなく、俺の中に食われたのだと。
何でそんなことになるのかはさっぱりだけど、今の感じは間違いない。俺は黒炎と光の魔力が衝突させて消したんじゃなくて、抵抗すらせずに吸収したんだ――っと、そんなこと考えてる場合じゃないか!
「――隙あり!」
「クッ――なにぃ!?」
「へ?」
俺は呆けているイーエムに先手を打つべくそのまま真っ直ぐ突っ込み、一太刀浴びせた。
そう、一太刀浴びせただけだ。それなのに――咄嗟の防御で出したのだろう右腕が、さっきまでよりも遥かに強力な魔力で覆われていた右腕が木っ端微塵に消し飛んでしまった。
今のは純粋な威力によるものに見えた。俺の剣の威力が強すぎて、単純にイーエムの守りを突破した結果だと思う。
何なのこれ? 俺に一体何がおきてるの? イメージしている力と実際の力が全く合わないなんてありえないだろ。
「こ、これが精霊竜様のお力なのか……?」
メメーラルさんはこの現象を精霊竜が俺に与えた力だと思っているらしく、感極まって涙を流している。
しかし、実際に力を受け取った俺としては否定的な意見を持ってしまう。いやだって、あくまでも俺の消費した魔力を強引に補給したってだけで――総量自体は大して変わってないんだぞ?
感覚的にも使っている魔力量はちゃんと把握している。だから、こんな力なんて出せるわけがないんだよな――っと!
「――アナタ、危険です! 【邪炎術・地獄炎の槍軍】!」
(……黒炎でできた槍。それを複数発射……?)
イーエムは腕を再生する時間も惜しいといわんばかりに、超高速で距離を取りつつ再び魔法を放ってきた。今度は槍を象った黒炎を連射してきたのだ。
恐らく、その威力は俺を殺すには過剰すぎるものがある。普段の俺なら、あの黒炎の槍に掠るだけでも灰になりかねないくらいに。
でも、何でだ? 何の根拠もないのに――全然脅威に感じないぞ?
「……それ!」
「なっ! 腕の一振りで、かき消した……?」
普通に腕に魔力を集め、振る。それだけで多数発射された黒炎の槍は全てかき消されてしまった。
いや、かき消したってのは少し違うな。今のは、また俺の中に吸収されたんだ!
……よし、確かめてみるか。
「魔力、全力開放!」
「ッ!? こ、こんな馬鹿な――!」
俺は違和感の正体を確かめるべく、制御していた魔力を全力で開放した。
これで何か、俺の魔力に異常があれば分かるはずだ。とりあえず注ぎ込まれた過剰な光の力に偏っているんだと思うんだけど、何がどうなってる……ん?
「な、なんだこれ……?」
全力開放した魔力により、俺は今魔力の鎧を身につけているような状態だ。丁度、吸血鬼化して闇の魔力を溢れさしていたのと同じ状態だな。
感覚的な話だけど、俺は普段魔力を全開にするとお湯の中にいるような感覚を覚えていた。吸血鬼化しているとそれがちょっと禍々しくなってヘドロのような感覚になるけどな。
でも、今の魔力は全く違う。例えるのも難しいような、本能的に受け付けられない異質な力。自分で自分の力をそんな風に言うのも何だけど、今の俺の魔力は根本的に何かが違うんだ。
とんでもなく強そうで、異常なほど神聖なのに――何故か禍々しくも感じる。人間の感覚では正しく把握できない、そんな力だ――。
「その力は、まさか――いや、ありえん! 人間がその魔力を持つことなど、あってはならない! 【邪炎術・悪精霊の煉獄一刀】!」
「巨大な黒炎の剣――」
イーエムは左腕を頭上に掲げ、そこから20メートルはありそうな巨大な黒炎の剣を作り出した。
そして、そのまま真っ直ぐ剣を俺に向かって振り下ろしてくる。直撃すれば間違いなく危険なんだけど――何故だか、俺は全く避けようとは思わないのだった。
「ちょ、直撃! 大丈夫か!?」
メメーラルさんの声が聞こえる。どうやら俺の安否を心配してくれているらしい。
黒炎の剣は俺を飲み込み、同時に収束する。その巨大な刀身を構築していた炎全てが俺を焼き尽くそうと中心に集まってくるのだ。
でも――
「今の俺には、エサにしかならないってか」
黒炎は、開放した俺の魔力にグングン飲み込まれていく。当然俺へのダメージはゼロだ。
この現象が何なのかはさっぱりわからないが、一つだけハッキリしたことがある。俺が自分の魔力を神聖なのに禍々しいと感じた理由。それは、俺の魔力には決して交わることが無いはずの光と闇。両属性が混合しているからなんだ。
そして、その割合が極端に光に偏っているせいで闇の属性を吸収している。奴の闇を吸収する度に力が増しているのは、光と闇のバランスがどんどんよくなっているからなんだ。
「あ……ありえんありえんありえん! 光と闇の属性の混合だと! それは、それは――」
イーエムは、酷くうろたえていた。まだ腕も戻していないのに、そこまで驚くことなんだろうか?
確かに、俺もそんなの初めて聞いた。ゲーム時代にはそもそもそんな複雑な定義なかったし、珍しい事は珍しいだろう。
そして、何より強い。本当に強い。今まで使っていた魔力とは質が全く違うおかげで、同量の魔力でも威力が桁違いに違うんだ。
これなら――
(正体不明の扱いなれていない力なんかに頼るのはちょっと悔しいが――ここで決めるしかない!)
俺は剣に再び魔力を込める。この不可思議な魔力を全力の攻撃に注ぎ込めば――上級悪魔であるイーエムだって、きっと倒せる。
まだまだ手札を大量に持っているんだろうイーエムが冷静になれば面倒な事になるのは必至。ここで、決めてやる!
「魔法剣技――」
「その力は、神の――」
「【光魔一刀】!」
俺の不可思議な魔力を込められた剣はイーエムをしっかりと捉え、驚くほど抵抗無く奴の身体を引き裂いた。
そして、さっき奴が使った魔法のようにイーエムの身体を中心に威力を集約させる。これで、奴に残る魔力を全て吹き飛ばす!
「ハァァァァッ!」
「ッ! ぐあぁぁぁぁぁ!?」
今度こそ、俺の剣は悪魔イーエムを存在ごと抹消する威力を叩き出したのだ。
イーエムは残りかすのような状態になり、地に落ちていく。こりゃ、完全に決まったな。
「ま、まさか……私が……」
「何だかよくわからんが――俺の、勝ちだ」
俺は今にも消えそうなイーエムに勝利宣言を行う。正直謎だらけの勝利だが、まあ勝ったんだからよしだ。
「ふ、フフフ……」
「何がおかしい?」
暴れ馬のように今も滾り続ける光と闇の混合魔力を前にどうしようかと思っていたら、もう消滅秒読み段階のイーエムが急に笑い出した。
何だ? 死の直前になっておかしくなったのか?
「まさか、ここで使う事になるとはね」
「ん?」
なにやら不吉なことを言っている。もう戦う力なんて残ってないと思うんだけど……?
「……汝らが将、イーエムが命ず。我が命の呪いを持って、進軍せよ――ハッ!」
「ッ! ま、まさか!」
その瞬間、イーエムの残りの身体が一気に膨れ上がった。
その中に詰まっているのはたっぷりの魔力。邪悪な力を暴発させて、一気に結界の汚染度を上げるつもりか?
自分の、命を使って。
「精霊竜だろうが、我が命を代償にした闇をそう簡単には取り除けん――」
「くそ、この!」
俺は、即座にイーエムにトドメを刺した。この混合魔力を直接叩きつけて消し飛ばしたのだ。
だが、それでも遅かったらしい。既に上級悪魔の呪いは、成就していたのだった――。
理性ある状態でここまで強さを見せたのは久しぶりな気がする。