表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
見習い騎士試験 第一次
8/241

第6話 流浪の行

 流浪の行。代々優秀な騎士を輩出しているシュバルツ家伝統の修行法。

 こう言うとなにやら凄い秘伝のような物があるのかと思うかもしれないが、その前にシュバルツ家と言うものについて知らねばならない。

 シュバルツ家――それは代々剣を武器にする肉体派を産み育ててきた剛の家であり、基本思考が脳筋であると言うことを――。


「加速法!!」


 俺は全身を活性化させることで速さを飛躍的に上昇させるアビリティを使い、野山を駆けずり回っていた。

 何でそんな事をしているかと言うと……野生の虎っぽい猛獣に追いかけられているからである。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅっ!!)


 自分を餌として見ている猛獣に追い掛け回される。これ以上の恐怖はそうそうないと確信できる。

 俺はそれほど動転しながらも、猛獣と命を賭けた短距離走に興じていたのだった。剣を振ったくらいではどう考えても勝てそうにない、全身から雷撃を放ちつつ迫る虎型のモンスター相手に。


「誰かぁー!! もう無理助けて限界ですぅっ!!」


 俺は限界を超えた速度で走りつつ、全力でSOSを叫んだ。しかしこんな人里はなれた山の中に助けてくれる誰かがいるわけもなく、ただ空しく俺の叫びは木霊となって消えていったのだった。

 いや、厳密に言えば助けてくれる人は近くにいるはずだ。それは俺をこんな魔物の巣窟に放り込んだ親父殿か、あるいはグレモリーのジジイだ。


(でも助けてくれるわけないよね! だってあんたらが諸悪の根源なんだもん!)


 心中で親父殿たちに思いつく限りの文句を言いつつ、俺は更に肉体活性を行い慣れない山道を走り続ける。

 流浪の行。それを簡単に言うと、山篭りである。それも、一切事前準備することなく身一つで山に入る自殺志願スレスレの荒行だ。

 何でも『何が起きるかわからない自然の中で己を追い込むことにより、全ての感覚を極限まで研ぎ澄ます』とか何とか言っていたが……要するに危ない目に合えば火事場の馬鹿力的パワーを発揮できると言う事らしい。

 親父殿としてはサバイバルを要求される見習い騎士試験に向けてサバイバルの予行練習をさせるつもりだったようだが、これ絶対本番より危ないよコンチクショー!


(ああ、母上。もうダメかもしれません……)


 俺は走馬灯のように母上の顔を思い出す。何となく俺をこんな死地に送り込んだ親父殿達のことは思い出したくなかったので、母上のことを思い返して気力を振り絞る事にしたのだった。

 ここに(強制的に)送り込まれる前に頑張れと言ってくれた母上を悲しませない為にも、俺は死んではいけないのだと気を高める為に。


「ええいっ! こんなところで死んでいられるかぁー!!」


 母上を悲しませない為にも、そして俺が死んだら世界が滅ぶと言う問題の為にも死ねない。俺は自分にそう言い聞かせ、更に速力を高めて自分の限界を超えていく。

 そして都合一時間に及ぶ命がけのレースの果てに、俺は無事自らの生存権を勝ち取ったのだった。


「ブハァ……ハァ、ハァ、ハァ……」


 もう無理。これ以上一歩も動けん。今更ながら俺の肉体能力は人間超えてると改めて実感させられるなこのやろう。

 つか、マジで誰も助けに来てくれないのな。間違いなく俺の様子をどこかから監視しているはずなんだけど、手は貸さないって言葉をとことん守るつもりなんだな親父殿は。


(まあ、そうだと思ったけどさ。本当にやばくならない限り、絶対に手は出さないと思ってたけどさ)


 流浪の行は、日頃屋敷の中で修行している俺が外の世界になれる為、と言う目的もある。そのため自分達の存在を俺に感知されないように隠し、一人で生き延びなければならないと言う状況を作り出しているのだ。

 そう親父殿自らが言った以上、それは絶対に守られる。マジで命を落とすとなれば助けに来てくれると信じているが、しかし腕一本へし折れたくらいでは絶対に手を貸してくれないとも信じているのだ。


「とりあえず、しばらく休もう。もう一回襲われたら今度こそ死ぬ……」


 こうして身を隠し、無事朝を迎えれば俺の勝ちだ。本来流浪の行は自らの足で長時間山に篭るんだけど、俺にはサバイバル特訓以外にもやるべき修行が沢山ある。

 そこで、グレモリーのジジイの空間魔法を使って短期間の山篭りとしているのだ。具体的に言うと、日が落ちてから登るまでの時間は山篭りである。


「朝になったら迎えに来るが、その間の食料調達や睡眠中の安全確保は自分でやれ、か。それができなきゃ見習い騎士試験なんて受けるに値しないってのはわかるけど、もうちょっと手心加えて欲しいよ本当に……」


 シュバルツ家的には、極限状態に追い込まれてこそ人は自らの力を120%発揮するというのが正しい考え方なのだ。

 そんな考え方のせいか、とりあえず壁にぶつかってから試行錯誤すると言う過程が何事にも適用されているのである。今回の場合、壁にぶつかるというか壁に叩きつけられたという方が正しい気もするけど。


「こんな生活二ヶ月も続けてたら……本当に死ぬかも。常に極限状態に追い込まれて殺されかけるのはもう慣れたけど、今回ばかりはマジで死ぬかも」


 ちょっと余裕ができたせいか、俺の心は段々不安に染まっていった。

 そりゃ今現在死にかけていることへの不安ももちろんあるが、何よりも俺自身の役割を果たせるのかに関しての不安だ。


(本物なら、きっとこんな弱音は吐かないんだろうな……。こんなダメダメな俺がレオンハートを名乗り、そして本物以上に上手くやってみせるなんて息巻いてるんだからお笑いだぜってとこか)


 前に進めば進むほど、今の自分と知識の中のレオンハートとの差に圧倒される。

 例えばついさっきまで一方的に追い掛け回されていた雷を纏った虎。俺の本能が絶対に勝てないと告げていたモンスターだが、実は俺はあいつを知っているのだ。

 あのモンスターの名は雷虎。雷の属性を持つ獣型モンスターだ。ゲーム風に言えば、レベル15くらいで戦うことになる雑魚モンスターである。


(雷虎……ゲームだったら開始三時間くらいで倒してるよな……)


 はっきり言って、それほど強い敵では無い。多対一前提とは言っても、第二ステージの道中で出てくる序盤の敵なのだから。

 だが、今の俺にはそんな雑魚にすら勝つ術がない。ジジイが間に合わせで作った魔物ゴーレムには勝てても、本物には未だ歯が立たないのだ。


「これで魔王相手に立ち回ろうってんだから、我ながら冗談が過ぎるぜホントに……」


 もしかしたら、実際に戦えば勝てるかもしれない。そんな幻想を抱く事すらできずに、俺は対峙した瞬間に敗北を悟らされた。

 その事から考えても、今の俺はゲーム風に言えばレベル10以下なのは間違いない。あれだけ鍛錬してもこの程度じゃ、俺が当初求めた力を得るには何十年かかるんだよって感じだな。


「ま、こんなちんちくりんのがきんちょが何を分不相応なこと悩んでんだって事なんだろうけどさ」


 俺はまだ12歳のガキだ。体もできていないし、力だって弱い。精々握力で石を握りつぶすのが精一杯の力しかないくせに、素手で鉄の塊ぶち抜くくらいは当たり前のようにできる親父殿より更に強いんだろう勇者一行と比べる方が間違っているんだ。

 俺はそう思うことにし、今の自分ができることをやるんだと気持ちを切り替えた。今の俺になって落ち込む事も増えたけど、その分立ち直るのが早くなったのも修行の成果なのかな。


「さて、雷虎がいるって事は……ここはマール山道ってことでいいのか? まあそれだけとは限らないんだろうけど、そうだとしたらいろいろ手に入らないか調べてみるか」


 どの道、俺には強くなるしか選択肢は無い。ならばと俺はゲーム知識から現在地を割り出し、少しでも強くなれるように行動を開始する事にした。

 現実化した影響でゲーム知識がほぼ役に立たなくなっているのは既に百も承知だが、だからってせっかくのアドバンテージを放棄するのも馬鹿らしいしね。


「マール山道だとすれば、雷の原石とか低級薬草とか手に入ったよな確か。こんな機会でもなけりゃ採取なんてできないし、メシ探しがてらあちこち探してみるとしようかな」


 こうして、俺は自分より強い魔物が生息している危険地帯にいることにもめげず活動を開始した。

 その後何度も何度も死にかけ、何故か厳しさ五割り増しになった修行に軽く記憶が飛んだり精神の外れちゃいけないリミッターが外れたようなハイテンションになったりもしたが、俺がダメなんだからと言い聞かせて必死に耐え抜いた。と言うか辛いと言う感覚がなくなるくらいきつかった。

 それでも、俺はいろいろヤバイ状態ながら地獄のような修行を耐え切った。二ヶ月と言う途方もない時間を、奇跡的に耐え切ったのだった。



「本当にやるのだな?」

「もちろんです」

「気をつけるのですよ。いざと言うときは、父上の教えを強く思い出しなさい」

「わかっています、母上」


 私はわが息子、レオンに最終確認をとる。私としても妻としても行かせたくはないのだが、ここまで固い決心をした男を止める術など持ち合わせは無い。

 既にそれは散々話し合ったことだ。そしてその決意を尊重しようと決めた以上、私達にこれ以上言うことなどない。


(一体、何故こうも生き急ぐのだろうな? あれほど過酷で危険な修行をこなし、何度も怖い目に合っただろうに諦めないとは……)


 私が見習い騎士試験に向けてレオンに課した修行、流浪の行。アレは本来、あと五年はしてからやるべき荒行だ。

 本来ならば見習い騎士試験だって後五年は修行してからやるべきだと思っているのだし、これができないのなら無理に試験など受けるなと言うつもりだった。

 いや、むしろ自分から止めたいと言い出すのが当然だと思っていた。私の目から見てもまだまだ難易度の高い修行であったはずだしな。まだ幼いこの子でも、命の危険に何度も晒されれば自分がどれだけ無謀なことをやろうとしているのかを理解し、怖気づくとばかり思っていたのだ。


(だが、この子は耐えた。理不尽とも言える厳しい修行にも、大人でも根を上げる荒行にも耐え切って見せた。それどころか、コレクションのつもりなのか現地の石やら草やらまで持ち帰る余裕まで見せた)


 それはつまり、生き残ることだけに集中し、一切の余裕を失ってもおかしくない状況に追い込まれてもレオンの心は決して折れないと言うことだ。私から見れば大半がガラクタであるが、不要なものを持ち帰る余裕を持って挑み、そしてその心を最後まで捨てなかった強さこそを評価すべきなのだろう。


「父上? どうかしましたか?」

「ああ、いや、なんでもない」


 おっといかん。つい感傷に浸って気を抜いていたらしい。息子の前でこんな醜態を晒す等、後で素振り二万本だな。


「父上も心配なのですよ。しかしもう決まったことですからね。……頑張ってきなさい」

「はい!」


 うむむ、気の迷いを見抜かれてしまったか……。我が妻ながら大した洞察力だ。

 しかしこのままでは父の威厳に関わる。気を引き締めねばならんな。


「あー、ゴホン。では、行くがいい。既に手続きは済んでいるから、お前は指定の場所にこの書類を持って向かえばよいからな」

「ありがとうございます」


 私は受験許可証をレオンに持たせ、地図を頼りに行くように指示を出す。

 基本的にこの屋敷から外に出ないレオンが無事にたどり着くのか少々心配ではあるが、まあそんなことで気をもんでも仕方あるまい。

 グレモリー先生に頼んで送ってもらうことも考えたが、見習いとは言え騎士になろうとする者をそんな子ども扱いするのもよくないしな。


「では、行ってまいります」

「ウム。十分気をつけて行け」


 二人でレオンの旅立ちを見守る。いくら心が強く、そして過酷な修行に耐えたといってもまだ12歳の子供であることに変わりはない。

 この戦いは厳しいものになるであろう。()()()()()()()の鍛錬を積ませたとは言え、あの年頃における年齢差のハンデは大きいものだ。


「なんだ、もう行ってしまったのか?」

「おや、先生。いついらっしゃったので?」

「グレモリーさん。いつも息子と主人がお世話になっています」

「いやいや、気にする事は無いぞご婦人」

「……そこは、寛大に受け入れるところなのですかな……?」


 レオンを見送る私達の後ろから、グレモリー先生が現れた。何故屋敷の出入り口を見ていた私達の後ろから声がかけられるのかはあえて問わないが、相変わらず自由なお人だ。


「今日は例の試験の日だとついさっき思い出してな。とりあえず飛んできてみたのだが……ちと遅かったようだな」

「なに、アレも立派に一人で戦おうと言っているのです。見送りなど――」

「あいや、そう言う用件では無い。昨日完成させた新作の試運転をしておきたかったのだが、試験に出向いたとなるとしばらくお預けになってしまうと言う話だ」

「……先生らしいお話で」


 まあ、そう言う破天荒さもまた、グレモリー先生の魅力の一つだ。どんなありえない事態に遭遇しても冷静に対処せねばならぬ騎士にとって、先生の下で学ぶことは大きな財産になるからな。

 ……少なくとも、私は先生以上の理不尽に出合った事は無い。


「レリーナ。お前は屋敷に戻ってなさい。私はしばらく先生と話してから戻る」

「わかりました。では先生、ごきげんよう」

「うむ。達者での」


 レリーナを一人屋敷に帰らせた私は、先生と共にしばし歩く事にした。無論、レオンの事を話すために。


「……先生は、此度の試験をどう思っていますか?」

「ん? どうとは、どう言うことだ?」

「レオンの受験は、明らかに早すぎます。確かに現法では12歳からの受験が許可されていますが、アレは深刻な騎士不足で悩まされた大戦期に作られた基準です」


 見習い騎士試験受験資格は、12歳以上であること。確かにそう明記されている。

 だが、それは騎士の総数が著しく減少した戦時に制定された規準だ。今の平和な時代に適用するべきではない。

 今まで試験項目が改正されていなかったのも、まさかこの時代にそんな若いうちから命がけの試練に臨むものがいるわけない――と言う楽観から来る怠慢が原因だ。もし私が試験監督員であったならば、即刻改正する愚法なのだ。


「全く、そんな眉間に皺を寄せても何も変わらんぞ。第一、あやつが今日の試験に臨むのはお前も認めた事であろうが」

「認めたくて認めたのではありません。私ですら知らなかった見習い騎士試験についての資料を盾に強行されただけです」

「……じゃが、それでも拒絶することはできたであろう? 受験料を払うのはお前さんなのだから」

「試験監督部の怠慢が原因とは言え、私が国の定めたルールを頭ごなしに否定するわけには行かないでしょう!」


 つい声を荒げてしまったが、私はそのくらいこの受験に反対なのだ。だが、それを感情以外で否定する手段がないのである。

 まず前提として、自慢するつもりは無いがシュバルツ家は裕福だ。それも、国内有数と言っても過言では無いほどに。

 そんな家の当主として、まさか金がないなどと白々しい嘘など通用するはずがない。いや、それ以前に騎士として、王命でもないのに虚言を吐くなどできるわけがない。

 だからこそ『危険だ』とか『まだ未熟なのだから時期を待て』といった事しか言えない。事実、それが本音なのだからな。

 だが――


「あれはお前の課した無理難題を見事乗り越えた。これでは実力不足を理由にすることはできんか?」

「……その通りです」


 流浪の行を始め、私はレオンに歳不相応な鍛錬を積ませた。まあシュバルツ家嫡男として騎士を目指すと自ら口にしたのだ、常人の三倍努力するのは当然と言える。

 だが、見習い騎士試験を受験したいと言い出してからはそれを更に超える鍛錬を課したのだ。正式に騎士として認定されている者共にやらせても、それなりにきついであろう過酷な鍛錬を。

 それを毎日毎日死に掛けながらもやり遂げられては、もはや止めることなどできるはずもないではないか。


「もはや、私にレオンを止める術はありません。我が子ながら、一体どれほどのスピードで力をつけているのか……」

「まあ私が修行をつけているのだし、並みで収まらんのは当然だがな」


 ……先生の自画自賛はともかくとして、レオンは確かに強くなっている。先生のマイブームであるゴーレムの相手をすることでそれなりに実戦経験も積んでいることだし、基礎能力もかなり上がっているのは間違いない。

 欲を言えば本物の殺し合いを経験していないが故の甘さが残っているが、それはまだ不要だろう。この先の戦いの中で身につければよい。

 だが、それらはあくまでも12歳の子供としてはの話だ。一人前の戦士と比べてしまえば、まだまだ力も技術も劣るのは間違いないはずなのだ。とても命を賭けた戦いになど安心して送り出せるわけが――


「だから、そんな眉間に皺をよせるでない。お前の息子は、しっかり成長しておるからの」

「成長はしていても、まだまだ未熟であることに違いは無いでしょう」

「そりゃ一流どころと比べれば未熟じゃし、まだまだ子供であることも事実。じゃが、それでも未熟者の集まりの中で活躍するくらいのことは十分できるじゃろうて」

「むう……」


 そう言うものなのだろうか? 私としては未熟な自分を鍛えないうちから実戦に出るなど無謀にもほどがあると思うのだが……。


「大体、学生時代から“修行馬鹿”として仲間内からも恐れられていたお前の指導を今の今まで受けてきたんだろうが。2年や3年程度のハンデ、容易く跳ね除けるわい」

「そうでしょうか……?」


 ムムム。私としては、騎士としてやるべき鍛錬を行っているだけのつもりだ。他のものが訓練をサボりがちなだけで、私はきちんと鍛錬を積んでいるだけに過ぎんはずなのだが……修行馬鹿などとは心外だ。


「ガー坊よ、騎士学院の『伝説の木』を焼き払った事件をもう忘れたか……?」

「ぬっ!? あ、あれはバースの馬鹿が原因で」

「そうだな。お前のチームメンバーだった“決闘馬鹿”バースが何故かその下で告白すれば恋が成就すると言う伝説があった木の下を決闘場所に選んだのが原因だな」


 全く、先生もまた懐かしい話を持ち出してきたものだ。

 あれは学院卒業が決まってすぐのころ、最後の腕試しだと言ってバースに決闘を挑まれたのが原因だ。断じて私が修行で燃やしたわけでは――


「だが、その決闘で炎獄陣なんつうベテラン騎士でも使えないような奥義クラスの技を使ったのもまた、やはり原因の一つだと思うが?」

「騎士たるもの、決闘で手を抜くなど――」

「その心構えは立派だが、そもそも騎士になったわけでもない学生がそんな奥義を使える時点でおかしいのだよ」

「……修行の成果ですな」


 私も若かったのだ。確かにあの場面で広域殲滅技を使うのは誤りだったといえる。あの場面では一点集中系の炎術・滅却轟弾でも使っておくべきであった。

 ……ウム。若かりし時の失敗を忘れないように、初心にかえって日課の素振りを更に一万増やすとしよう。

 だが、しかしそれでも言われっぱなしなのは心外だ。特に、この手の話題で先生に非難される謂れは無い。


「しかし私が修行馬鹿ならば、“魔法狂い”と学院中から恐れられた先生はどうなのですかな? 先生に比べれば私など全然問題ない部類でしょう」

「何を言うか! 魔道を極めることこそ我が生きがい! 人の事など知ったことかぁ!」

「……はぁ」


 ……こう言う事を心の底から本気で言えるからこそ先生は“魔法狂い”などと言う称号を得てしまうのだ。はっきり言って、その所業を一から纏めれば十分牢獄に入れることが可能だろう。

 もっとも、一応人を研究の為に殺したという前科はないし、何よりも先生の研究によって魔法文明は100年先に進んだと言われるほどの功績があるのだ。それほどの功績を挙げるかもしれない研究を邪魔するなど、誰にできるわけもない。


「なんじゃそのため息は? 大体、お前なんぞ修行馬鹿でも生ぬるい。お前こそ修行狂いで十分じゃろうが!」

「何を言いますか! 私は日々鍛錬を怠らないだけです! 誰かに迷惑をかけたとでも――」

「10歳で入学した次の日に常軌を逸した修行量で同期も先輩も全員潰したじゃろうが!」

「ムムッ!」


 確かに、私が学院に入ってからすぐにとりあえず振り分けられた班員全員が病院送りになったことはある。

 だが、アレは私のせいではないはずだ。


「アレは先輩方がまだ幼かった私に遠慮して少量の訓練でいいとおっしゃったからです。私に気を使ってくれるのはありがたい話ですが、しかし一人前を目指すものとして訓練量を減らすなどできるはずがないでしょう!」

「いや、アレは10歳で入学してきた生意気なガキをいびってやろうと通常の倍ほどの訓練量を言いつけたという話だったのだが……まあいいわい。この話が平行線なのは昔からわかっとる」

「……? まあ、いいでしょう」


 あの時は『この程度の訓練ではいつまでたっても半人前です!』と啖呵を切って、先輩方を含めた班員全員で当時の訓練量の倍ほどをこなしたのだったか。

 今思うとあれでも少々少なかったと思うのだが、何故かあの一回で私を除いた班員全員が病院送りになってしまったのだったか。今でも謎だらけの事件だ。

 まさかあの程度の訓練で騎士を目指す若者が潰れるはずもないしな。実際、レオンだってあの当時の修行量くらい軽くこなして見せるぞ。


「っと、今話したいのは昔話ではありません。レオンのことです」

「やれやれ。昔話で忘れればよかったものを……」

「そうは行かないでしょう。まだまだ未熟な幼い子供。決意と覚悟を認めはしましたが、しかしそれで死なせてしまっては元も子もないですからね」


 レオンの覚悟はわかった。だが、だからと言って諸手を挙げて送り出せるかと言えばそうではない。

 これが騎士としてのお役目ならば本懐を遂げて来いと言うしかないが、今はまだ急ぐ必要のない戦いなのだからな。

 だが、何故先生はそんな呆れた顔をしているのだ? レオンを弟子に取っている以上、先生だって無関係の他人事だと切り捨てることもないだろうに……。


「あのな、お前を安心させる為……と言うべきかはわからんが、親の不安に曇ったその目に一つだけ言っておいてやろう」

「なんでしょうかな?」

「お前の息子はな、お前みたいな規格外の修行馬鹿の教えを忠実に守っているのだ」

「当然でしょう。騎士を目指すものならば、日々の修行を欠かすなどありえますまい」

「それにしても限度と言うものが……まあいい。とにかくだ」


 そこで先生は一旦言葉を切り、軽く溜めを作ってから最後の一言を吐き出した。これ以上無いくらい、いっそ呆れの感情に到達するような自信と共に。


「お前の息子であり、我が弟子であるレオンハートは……十分化け物じみた成長をしておるよ」

基準の狂った指導者の下で常識を習うと恐ろしいことになる。

しかも当の本人の基準まで『世界を救う英雄』なのでやっぱりぶっ飛んでいることに気がついていない。

非常識の常識がどんどん完成しているのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ