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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
聖都の光と闇と
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第71話 水の精霊竜

「メメーラル様……!」

「クッ! 後退するぞ! ここはもう危険だ!」


 小さな悪魔たちと戦い始めてしばらく、始めは優位に戦いを進めていた我々だったが、徐々に劣勢に追い込まれていた。

 始めはぽつぽつと数体づつ攻めて来ていただけだったのだが、今や小悪魔共の軍勢と言っていい数が集まっている。目算で既に千体は超えているだろう。

 しかも、悪魔が一匹倒れるごとに、他の悪魔が強くなっているのだ。まるで倒れた同胞の力を吸収しているかのように……。


(いや、そうではないな。いつも感じている聖なる力が弱まっている。恐らくは、悪魔の死によって結界が穢されているのだろう)


 結界周辺に展開している悪魔の軍勢。その目的はこの小悪魔共を連続召喚し、その呪いによって結界を弱めること。

 このまま行けば、一時的に結界は消滅するだろう。そうなれば外の悪魔共を止める手段はなくなり、街に闇の軍勢が攻め入ってくる。

 結界が破られようが聖都が落ちようが、決してこの地が真の意味で闇に落ちることはない。この地が聖地と呼ばれる真の理由――マーシャルの奥に聳える水聖山がある限りは。

 だが、それは決して安心していい理由にはなりえない。この地に眠る究極の光に頼っていては人など滅んでしまう。人を守るのは、人でなければならんのだ!


(だが……倒す度に相手が有利になっていくのでは……)


 撤退命令を出しながらも、私はちらりと神官兵の軍勢を見、その声に聞き耳を立てた。

 すると……。


「何なんだよ、あいつらは……」

「この聖なる結界の中で悪魔が現れた上に、どんどんパワーアップするなんて……」

「神は、我らを見捨てたのか……」

(……やはり、士気の低下が激しいな)


 私はいくらでも自分に喝を入れられる。だが、兵達はそうもいかない。敵が強くなっているのは、戦っている神官兵達が一番よくわかっているのだから。

 このまま戦い続けても無意味なのではないか。そんな空気が軍全体に緩やかに蔓延しているのが手にとるようにわかってしまう。

 何かこの戦局を打開できるような奇手を。私はそう考え、一つ喝を入れてやることにした。その場しのぎにしか過ぎんが……目の前の敵が滅びれば少しは指揮も上がるだろう。

 ……ここまで結界が穢されてしまった以上、撤退するのは確定だがな。


「皆の者に告ぐ! 今より私が敵軍勢に一撃を加える! その隙に撤退を進めよ!」

「りょ、了解!」


 私の号令と共に、正気を取り戻したように神官兵たちはようやく足並みを揃え始めた。

 さて、それでは私も仕事するとしよう。光を束ね、神聖なる奇跡を齎す――!


「我らに勝利を――【聖術・大浄化光ディバインズ・シャイン】!」

「お、おお……これが……」

「メメーラル様の上位魔法……!」


 私から放たれた神聖なる魔力が天に昇る。そして、天空から太陽の如き浄化の輝きが降り注いだ。

 小悪魔どもはその輝きに焼かれ、次々と崩れ落ちていく。そしてその残骸は呪いを残そうとするが、それすら許すことは無く輝きによって消滅させられた。

 この聖なる輝きの中では邪悪なる者は存在できない。そう何度も使えはしない大技だが、呪いを残すことすらさせずに完全浄化する我が最高の秘術の一だ……ん?


(何だ? この胸騒ぎは……?)


 周囲の闇を祓ったというのに、闇の気配は何故か強まっている。一時的にでも呪いごと全てを浄化してやったはずなのに……どこから来るのだ? この闇の気配は――ッ!?


「随分できるようになりましたね!」

「フンッ! いつまでも余裕でいられると思うな」

「な、何だあれは!」

「空で化け物が戦っているぞ!」


 濃密過ぎる闇の気配を纏った二つの影。それが突如、とんでもない衝撃音を鳴らしながら空を舞いつつ現れた。

 何だ、悪魔の仲間割れなのか!?


「我が手に剣を――【闇術・悪意の断罪刃(ヘイトブレイド)】!」

「――唸れ【中位風竜の牙(ガルウィンド)】!」


 一見紳士のようにも見える、背中から蝙蝠のような翼を生やした黒尽くめの男が闇を凝縮した剣を作り出し、全身に黒い魔力を纏った男が青い刃の刀から風の弾丸を放った。

 どちらも濃厚な闇の気配を感じる危険な存在。今まさに大きな力を使った私はもちろん、ここにいる誰もがあの二つの闇を止められるものはいないだろう。

 何なんだ、あの化け物どもは……!


「その程度の魔力で私に勝てるとでも?」

「安心しなよ、初めから今ので勝つ気はない!」

「フン、ただの目くらましですか」


 並みの……いや、一流と呼ばれる戦士ですら死亡してもおかしくない豪風の一撃が、ただの目くらまし?

 信じられないことを叫びながら戦う二つの闇だが、その言葉は真実らしい。風の一撃は闇の剣であっさりと霧散させられ、それがわかっていたかのように青い刃の男は突っ込んでいったのだから。


「加速法――」

「ワンパターンな。『止まれ』!」

「無駄だ! ゴースト共、身代わりになれ!」

「なんだ、何をしているんだ?」


 黒尽くめの男が闇の波動を感じさせる叫び声を上げると共に、青い刃の男の中から邪悪なモンスター――アンデッドモンスターのゴーストが苦痛の声を上げながら出現した。

 そしてそのゴーストはピタリと空中で動きを止め、停止してしまった。黒尽くめの男の命令に従っているのか?


「憑依を利用した精神スキル耐性……面倒な」

「同じ手はくわねぇよ! 瞬剣・唯一!」

「その技は既に見ましたよ!」

「追加速――双牙!」

「む、スピードの急激な変換――」

「三倍――」

(は、速い、速すぎる!)


 遠くから観察しているというのに、徐々に動きを早めていく青い刃の男の飛行速度はもはや異常だ。速すぎて見ることも困難になってきた。

 そして、反応するだけでも至難であろうその超高速の一撃を前にしても、黒尽くめの男は手にした闇の剣で弾いていく。更に反応しづらいよう、相手の反射能力と適応力を逆手に取った異常なまでのスピードチェンジがかけられているというのに、それでも致命的な一撃を受けないで凌いでいるのだ。


「四倍――四肢断!」

「クッ、【肉体変化・翼の鎧】!」

(何だ、翼が全身を覆った?)


 見事な防御を見せていた黒尽くめの男も、ついに対処しきれなくなったのか翼を変形させた。

 あれは悪魔の能力か? 変形した翼はまるで鎧のように黒尽くめの男を覆い、上段から叩き付けるように手足を狙った剣は鎧によって弾かれてしまう。

 人間であれば、今の一撃で確実に勝負はついていただろう。あの男達が何故戦っているのかはわからないが、これは人の領域を遥かに超えた戦い。闇の力を纏う、あんな化け物が二人もいるのでは我々の軍の士気は……!


「対処しきれずに全身防御――それもまた、八王剣の計算の内! 追加速――瞬剣・五月雨(さみだれ)!」

「ぬ、うぅぅ……!」


 凄まじく速い連続突きが、翼の鎧を打ち据える。更に青い刃の男は翼の鎧に閉じこもった男の周囲を高速回転し、方向すら絞らせずに全方位からの連撃を叩き込んでいるのだ。

 恐ろしいことに、速すぎて切っ先が分裂しているかのように見える刃の雨。私にはわかる。その一撃一撃が盾を貫通する特殊な力の練りが加えられていることが。貫く力が反対側に抜ける前に別の一撃で向かえることにより、威力をより増大させていることが。


(恐ろしい技量……一体どれほどの修練を積めばあれほどの剣を身につけられるのか……)


 剣士としての技量。門外漢の私でもわかる、精錬された技。

 誰だかは知らないが、さぞや名のある剣士なのだろう。全身から闇のオーラを放つなんて、危険人物としか思えない波動を放っていなければ是非親交を持ちたいものだと思うほどに。


「クソ……!」

「追加速――チッ! 逃がすか!」

(消滅した? 倒した……いや、身体を精神体に変えて逃れたのか)


 黒尽くめの男――悪魔は身体を分解し、黒い粒子のようなものとなって怒涛の攻撃から抜け出した。

 それを追い青い刃の男も剣を構えなおし、左腕をやや引いて構えをとった。あれは、魔法の構えか……?


「俺を相手にそれは悪手だってわかってたと思ったがなぁ。光術――え!?」


 頭の横辺りに構えた左手に視認できるほどの黒い魔力を集めた青い刃の男は、しかしそこで固まってしまった。

 邪悪な力とは言え強力な魔力を一瞬にして溜めたというのに、驚いた表情で動きを止めてしまったのだ。


 そんな一瞬の間に悪魔は再び身体を構築し、青い刃の男から少し離れた場所に出現した。

 その顔に、愉快で仕方がないとでも言いたげな笑みを浮かべながら。


「――く、ククッ! やはり思ったとおり、ですね」

「何?」

「そのお力、人とは思えない素晴らしいものです。ですが、やはり本来持ち得ない力を持てば不具合がでる――当然のことです」

「――! そうか、このモードのせいで光術が……!」


 なにやら意図しない問題が発生したらしいな。その事実に悪魔は勝ち誇り、青い刃の男は悔しそうな顔をしている。

 ――っと、見入っている場合ではないな。あれらが味方とは限らない以上、こちらも避難しなければ。


「とは言え、少々本気で焦りましたよ。ここは手を抜かずに行かせてもらいます。――【悪魔の号令・眷属の槍】」

「武器の姿をした悪魔を召喚する技か? くだらねぇ」


 黒尽くめの男が腕を振り上げると、これまた真っ黒な槍が空中に現れた。

 あの槍からは邪気を……悪魔の気を感じる。恐らく、あの槍もまた悪魔の一種なのだろう。あれが倒されれば、またしても結界が穢れるのか……?


「――フンッ」

「流石ですね」


 私と同じく上空で行われている戦闘に見入っている神官兵団たちに早く逃げるよう指示を出している間に、悪魔の槍はあっさりと青い刃の男によって砕かれた。

 その瞬間、やはり槍から邪悪な呪いの力が噴出し、さっき浄化したばかりの周囲一帯を穢していく。だが戦っている当の本人達はそんなこと全く気にならないようで、更に激しく戦うのだった。


「一本では効果なし、ですか。今のでもその辺の人間の腕自慢くらい殺せるんですがね」

「壊されたら呪いをぶちまける奇襲武器がか? あまり舐めない方がいい」

「フフフ……いや失礼。人間を侮っているわけではありません。ただ――事実を述べているだけでね!」


 悪魔の身体の輪郭が崩れ、黒い粒子と身体が中途半端に存在しているような状態になった。

 そして粒子となった部分がそれぞれ独自に集まりだし、それぞれ小さな黒い球体を作り出した。さらに黒い球体は見る見るうちに巨大化して行き、先ほどのような槍に変わる。

 数はおよそ10ほど。一つ一つの正確な威力のほどはわからないが、恐らく対抗できるのは私か教皇様くらいだろうと言えるほどの力を感じるぞ……!


「一つじゃダメだから数で勝負ってか? あまりかわらねぇよ」

「フフフ、そうは言っても攻撃に移らないのは警戒しているからですか? それとも――先ほどの連撃の後遺症ですか?」

「フン、さあな」

「まあ、どちらでもいいでしょう。では行きますよ――【悪魔の武装・代償の槍軍(サクリランサーズ)】!」

「ご丁寧に攻撃宣言までして正面からか? たかが10本程度の槍、対処できないわけがねーだろ。――【下位死霊創造(クリエイトアンデッド)骸骨の糸人形(ボーンマリオネット)】!」


 黒い10の槍を同時に発射する悪魔に対し、青い刃の男はこれまた邪悪なモンスターを召喚した。

 何も無い空中から垂れ下がった糸によって操られる骸骨――アンデッドモンスターのボーンマリオネットだ。確か、禁じられた邪法を使う死者使役術士――ネクロマンサーがよく使う化け物だったはずだ。

 ……やはり、あの二人は共に敵と思っていいんだろうな。理由はわからんが、闇と闇が潰しあっているんだろう。


「壁ですか? 無駄ですよ。――我が力の片割れを代償に命じる。我が呼びかけに応えよ【悪魔の号令・眷属葬送槍軍】」

「召喚術――なっ!?」

「馬鹿な! 槍が増殖した!?」


 10本の槍はそれぞれが生贄召喚術の媒介となり、無数の悪魔の槍を召喚した。

 一瞬で空は漆黒の槍――槍を象った悪魔で埋め尽くされる。神聖なる聖域の空が悪魔で覆われるなど、なんと言うことだ……!


「……フン。確かに凄い数だな。多少の壁なんて簡単に食い破れるだろう。だが――一度に襲いかかれる数には限界がある。全て弾けばいいだけのことだ」

「でしょうね。貴方はこれを前にしても何とかできるでしょう。ですが――下の雑魚共は諦めていただく」

「なに?」


 下の雑魚共――私達のことだ。私達、神官団のことだ。

 まさか、あの槍の真の目的は我々を殺すことなのか? 青い刃の男を牽制しつつ、我々を全滅させることが真の目的だというのか?


「クッ! 総員、全力で離れろ!」

「う、うわぁぁぁぁ!」


 半ばパニックになったように、神官兵たちは一気に走り出す。そこに統率も何もあったものではない。

 しかしそれでいい。今は一分一秒でも早く逃げなければならない。あんな悪魔の攻撃、防げるのはこの場で私くらいのものなんだから。

 私はこの場で全力の防御結界を構築し、悪魔の攻撃を少しでも止める。その隙に皆を避難させ、体勢を立て直さなければ――!


「くだらん。俺には関係ないな」

「おや、冷静ですね」


 我々が必死の行動に移ろうとしたとき、青い刃の男は冷たい目でそういいきった。悪魔も当然かと頷き、全く動じた様子はない。

 ――やはり、あれらは敵。人の命なんて何とも思っていない悪鬼なのだ!


「さあ、蹂躙せよ。そしてこの地を死と苦痛で穢せ!」

「大魔法を連続では使いたくないのだが――【聖術・退魔の大結界】!」


 空から漆黒の雨が降ると同時に、体内に残った魔力全てを開放して聖なる結界を広範囲に、屋根のように張り巡らす。

 それによって悪魔の槍を押し留め、攻撃範囲にいる部下達が逃げ出せればそれでいい。私も早く逃げねば――グッ!?


(あ、足が動かん……! 無理をしたせいか)


 歳も考えずに高位の聖術を休みなしで連射。魔力欠乏症――とまでは行かないだろうが、体力が持たなかったのだろう。

 これでは逃げられんな。足も満足に動かせない上に、胸も苦しくなってきたようだ。……ならば、この命が続く限り結界を維持し、神官団を逃がしきってみせる!


「なるほど大した威力だ。壁なしだときついかもしれないな」

「アンデッド使役を見事に使いこなしている。もうほとんど本物と言ってもいいんじゃないですか?」

「何を言うか。俺こそがレオンハート。吸血鬼風情と同列に考えられては困る」

「おや、何とも傲慢な。まさに吸血鬼に近づいていると思いますがね」


 青い刃の男は、眼下の我々のことなど気にもせずに剣を振るい、骸骨を操って悪魔の槍を砕いている。

 しかし、その数は全体の一割にも満たない。大半は青い刃の男に当たることすらなく素通りし、我々に向かって降り注いでくるのだ。

 それは全て私の結界に命中し、一撃一撃の威力に軋みの音を上げる。これは、あまり長く持たないかもしれん……!


「め、メメーラル様!?」

「私の事は、気にするな! 走れ!」


 その場に跪き、身動き一つしない私に背を向けて走っていた何人かの神官兵が声をかけてくるが、黙って走れと命令を飛ばす。

 もう私は助からないだろう。ならばせめて、一人でも多く逃げる時間を稼がねば……!


「ふむ、人間の中にもそれなりに使える者がいるものですね」

「ん?」

「下の結界、かなりのものです。貴方を足止めして下の雑魚共を殺しておこうと思ったのですが……当てが外れてしまいましたね。もうほとんどが広範囲に散ってしまいました」

「そいつは、残念だったな」

「いえいえ、大した問題ではありません。全ての槍は貴方に砕かれ、結界に消されると同時に呪いを撒き散らしている。あの結界を張れる術者さえ消えれば、他の人間など呪いの余波だけで十分でしょう」


 私一人で皆を守る事は、どうにか成功したらしい。どうやら皆は槍の範囲外まで逃げられたようだ。

 今もなお空中で生成され、そして発射される槍の雨は止む気配すら見えないが、それでもとりあえずはよかった。呪いによる二次被害がどれほどかはわからないが、我々にはまだ教皇様がいる。

 きっと、あの方ならば何とかしてくれるだろう……。


「いや、言ってる側から限界みたいですね。もう結界が罅だらけだ」

「……」

「あそこで蹲っている人間がこの結界の術者ですか。確実にあれは死ぬでしょうし……ま、いいでしょう」

「……関係、ない」


 悪魔の言う通り、もう魔力が残っていない。あんなのを真正面から受け止めるだけでも無茶なのだ。皆を逃がせただけよかったと思うしかない。

 これで戦力は残せた。後は頼みます、教皇様……。


「さあ、ショータイムです」

「――ッ!」


 パリーンと、ガラスが割れるような音と共に私の結界は砕け散り、私の身を守るものは無くなる。

 黒い悪魔の槍は、当然一切の容赦なく降り注いでくる。命中するのだけでもざっと8本。私を殺すだけが目的だからか槍の雨はそこで終了のようだが、あれだけあれば人が死ぬには十分だろう。

 やれやれ、こんな私だが、少しは教皇様のお役に立つことができたでしょうかね……?


「クソッ! 【加速法】――」


 死を受け入れ、私は目を瞑る。そして次の瞬間に襲い掛かってくるだろう痛みを覚悟していると、グチュリと肉が抉れるような音と共に私の顔に生暖かい液体が降り注いできた。

 だが、私に痛みはない。一体何が――なっ!?


「ぐ、うぅぅ……」

「お、お前は……!」


 目を開けたら、青い刃の男が私に覆いかぶさるように立っていた。

 悪魔には背を向け、私と向かい合う形だ。そしてその背中には悪魔の槍が複数刺さっている。さっきの液体は、彼の血液だったのだ。


「な、何故?」

「し、知るか……。気がついたらここにいただけだ」


 男は悪態をつきながらも、私が無事なことにホッとした様子を見せた。即死していてもおかしくはない傷を負っているのにだ。

 背中のダメージは深刻らしく、未だ流血は止まっていない。当たり前だ。悪魔が放った槍を身体で受けて無事なわけが無い。


 この男ならば、自分ひとりなら助かったはずだ。事実、自分でそのつもりだと言っていたのだから。

 なのに、何故私を庇った? 私を助けた? 私は闇の力を振るうこの男の仲間などではありえないというのに。


「これは意外ですね。まさかそんな愚かな行動に出るとは。まあ、好都合ですけど。――我が眷属に命ず、その者を縛れ」

「ぐぅ!?」


 背中に突き刺さった槍が脈動し、身体に黒い筋のようなものを浮かび上がらせた。

 それによって彼の身体は痙攣したかのように動きを止め、痛みに歪んでいた表情が余計に歪む。一体何が――そうか! 槍の姿をしていた悪魔が変形し、彼の身体の中に入って蝕んでいるのか!


「流石に支配するのは難しいでしょうが、動きと再生を封じるだけで十分。これでトドメです。再召喚」

「なに! またしても同じ槍を出現させただと!?」


 せっかく雨のような攻撃が終了したと思ったのに、再び空が黒い槍で覆われてしまった。それも、一瞬でだ。

 あの悪魔の力は私の想定の外にある。あんなものに狙われては、人間の力では……!


「はぁ、クソッ、一転して追い込まれちまったな」

「す、すまん。私を庇ったばかりに……」


 この男の力もまた、私の常識の遥か上をいく。この男なら、あの悪魔にも勝てたのかもしれないのだ。

 それなのに、私を庇って瀕死の重傷。これでは空の槍を防ぐことなどできるわけがない。いや、そもそもあの傷でまだ生きていること自体がおかしいのだ。


「身体が動かない……背中の悪魔(これ)が原因か?」

「クソッ! すぐに浄化する」


 私は、せめて彼の身を蝕んでいる悪魔を祓おうと背中の槍に手をかざした。

 だが、魔力を使い果たしてしまった今の私にできることはなかった。かざした手は何をすることもなく、虚しく虚空を彷徨うばかりだった。


「ぐ、うぅ……!」


 私は悔しさのあまり、唸ることしかできない。敵だと思っていた男に命を捨てるほどの覚悟を持って庇われ、私は足手まとい。

 これほどの屈辱があるか。せめて、恩を返さねば死んでも死にきれん……!


「クソ……! 我らが救世主たる女神よ、この男にどうか救いを与えたまえ!」

「無駄だよおっさん。神頼みで何とかなるほど世の中甘くはねぇ」

「わかっている! 女神様は救いを求めて祈るだけのものにその奇跡を齎すことなどない! だが、だがな! 己の命を投げ出してまで人を救おうとした男を見放すほど非情ではないはずなのだ!」


 私は神に祈る。この男は救われるべきだと、これほど勇気ある男がここで死ぬべき運命にあるわけがないと!


「よしてくれ。俺はそんな立派な英雄様じゃないよ」

「ならば、ならば何故、私を庇ったのだ?」

「さてねぇ……俺にもわからん。ただまあ、言えることがあるとすれば――」


 彼は空から降ってくる黒い槍を真紅の瞳で睨みながら、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

 こんな状況で笑えるなどどんな胆力なのだと驚いてしまう。だが、その口から出てきた言葉はもっと私を驚かせるものなのだった。


「英雄とか勇者って奴は、どんな困難も弾き飛ばして、荒唐無稽な理想論を、世界の全てを救うなんて夢物語を現実にできちまう奴らの事を言うんだろう。俺みたいな凡人にそんなことできやしないけどさ、それでも――目の前にいる奴くらい救えなきゃ、俺自身に申し訳が立たねぇ!」

「ッ!?」


 彼の言葉に、私は衝撃を受けた。それは……それこそが、何よりの理想論なのだから。

 自分が死ぬかもしれないが、誰かを助けられるかもしれない。そんな状況で動けるものなど、世界に何人いるというのか。

 理想論を、夢物語を現実にできるのが英雄だというのなら、この男こそが英雄だと私は思う。教皇様には劣っても、この男は立派な英雄だ。


 だからこそ、私は祈る。こんな英雄は、ここで死んではならないと。奇跡でも何でもいい、決してここで死ぬべき運命(さだめ)ではないと!

 だが、私の祈りは届かない。無常にも降り注ぐ槍は一切の慈悲を持つことすらなく、私達を今度こそ殺そうとその刃を黒く光らせている。


「さて、最後まで足掻くか!」


 彼は動きを制限されているにも拘らず、震える手で剣を握った。

 まさか、まだ諦めずに戦うつもりなのか? そんな、満足に腕一本動かせそうに無い身体で。


「……奇跡とは、最後まで諦めない者にのみ与えられる」

「あん?」

「お前は立派な英雄だ。このメメーラルが認めよう」

「……そりゃ、どうも」


 我が祈りよ、天に届け。この若き英雄を救いたまえ。

 その念は最後まで通じることなく、ついに彼の元に槍が降り注ぐ。そして――


『GUAAAAA!!』

「ッ!?」


 強大な咆哮と共に暖かな聖なる力が降り注ぎ、この地に満ちた邪気が一掃されたのだった。


「な、何だ!?」

「おお、あれは……!」


 聖なる力により、悪魔の槍は根こそぎ消滅した。

 そして、私はその力の根源を見定める。聖都マーシャルが立つ地の更に奥、女神教でも教皇様以外が立ち入る事は許されない最高の聖地である水聖山より飛翔した、絶対的な存在を。


「おお……奇跡が……」


 現れたのは、この地が聖地となった聖なる力の根源。

 偉大なる女神様の使徒である、この南の大陸に恵みの水を齎す存在――水の精霊竜様であった。

何故この主人公はおっさんを庇って瀕死になっているんだろうか?

書いていて自分でも不思議に思ってしまう今日この頃。

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