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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
聖都の光と闇と
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第68話 VS悪魔イーエム

「何だかよくわからんが……武器を向けた以上死なない以上の手加減は期待するなよ!」


 明らかに正気を失っている神官兵数十人。それがいきなり武器を向けて襲い掛かってきたため、俺は拳を握って構えた。

 俺の背後にはカーラちゃんもいる。この子を巻き込まないためにも、人間相手とは言え加減は最小限に抑えさせてもらう!


「死ねぇェェェ!」

「――フンッ!」

「ぐぼっ!?」


 連携も技も何も無い、理性を失った攻撃。それでも鍛え上げられた神官兵なだけあってそれなりに早いが、流石に本職の俺を倒せるほどじゃない。

 神官兵は手にしていた武器、メイスを振りかぶって突進してきたが、俺は一歩踏み込んで神官兵の懐に入り、どてっぱらに手加減少な目の鉄拳を叩き込んでやったのだ。

 その一撃で、狂った神官兵は悲鳴とともに吹き飛ばされる。経験上、腕自慢の盗賊レベルなら三日は何も食べられなくなるくらいの力は込めたつもりだ。

 だが――


「……平然と立ち上がってきたか。思ったよりも頑丈……いや、守りの魔法か」

「殺せぇぇ!」


 殴り飛ばした神官兵は平然と――口から血を流しながらではあるが立ち上がり、今度は複数人で殴りかかってくる。

 その反応から、俺は恐らく何らかの防御魔法に守られているのだと感じた。どうも殴った感触が少しおかしかったのだ。


(打撃ダメージ軽減。種はあの法衣か?)


 神官兵は揃いの法衣を身につけている。布製で、本来ならば戦闘にはとても向かない代物だ。

 しかし、あの法衣は恐らくマジックアイテム。守りの魔法をかけることでそんじょそこらの鎧よりも堅い守りを装備者に与えるものだ。


「それにしたって、ダメージはあると思うんだけどなっ!」


 防御魔法の感触から逆算し、さっき以上に力を込めて殴りかかってきた神官兵数人を殴り飛ばしていく。

 この手の防御魔法は一種の結界のようなものであり、法衣に守られていない顔などを殴ってもきっちり防御してくる。それを破る一番簡単な方法は、より強い攻撃あるのみなのだ。


「だらぁぁ!」

「ぐべっ!」

「ぶぼっ!」

「べぼっ!」


 今度のパンチは、対吸血鬼用くらいの威力だ。今くらいの威力がないと、下級の吸血鬼にすらまともにダメージを与える事はできない。

 普通の人には危なすぎる威力――今のパンチを人に当てた場合、人体を拳が貫通しかねない――だけど、鍛え上げた神官兵が防御の法衣を着ているんなら大丈夫だろう。


「あ、ああ……」

「ぐぅ……」

「……やっぱり正気じゃないな。人の言葉を喋ってくれよ」


 殴り飛ばした神官兵は地面に転がって悶えながらも立ち上がろうとするが、ダメージが大きすぎて立つことができない。

 と言うより、単純な肉体能力では騎士に劣る神官兵なら気絶して当然だと思うんだけど、こいつら全然戦意が薄れていない。これだけの痛みを与えても微塵も揺らがないとか、これはもう精神力とかそんな話じゃないぞ。


「んー? そいつら、操られてるみたいよ?」

「どういう事だ?」

「さっきから見てたけど、そいつら自身の魔力はもう動いてないわ。でもへばりついてる方の魔力が無理やり身体を動かそうとしてるみたい」


 カーラちゃんがその特異な目を持って、俺にそう教えてくれた。

 できれば俺も魔力を直接見たい。その方がいろいろわかるだろうし、対策も練れるだろう。でも、そうはできないんだよなぁ。


(浄化結界の中じゃ吸血鬼化はできない。別に悪いことじゃないんだけど、まさか不便に思うときが来るとはなっと!)


 そもそも操られているからと言って、俺に開放する手段など無い。

 人を無理やり操作して戦わせるとか十中八九闇系だと思うけど、俺の使える光術って攻撃魔法オンリーなんだよね……。

 と言うわけで、殴る。とにかく殴る。動かなくなるまで殴る。そんで、こいつら纏めてそれ系対策の専門家である神官に任せるとしようか。まあ、俺が今殴ってるのも神官っちゃあ神官なんだけどさ。


「どせいっ!」

「……ねぇ?」

「せいやっ!」

「ちょっと」

「よいしょっ!」

「聞きなさいよ」


 景気よく神官兵を五分の四殺しくらいにしていたら、後ろからカーラちゃんに服の裾をつかまれた。

 いや、危ないんだけど。いくら神官兵の切り札である神聖魔法が人間には効果ないと言っても、戦いのプロが武器構えていることには変わりないからね?


「あたし暇」

「いや、そんなこと言われても……」


 平時なら適当な本とか遊具でも用意してあげてもいいんだけど、流石に状況を見て欲しい。

 対悪魔やアンデッドに特化しすぎてそれ以外の存在にほとんど効果がなくなった神聖魔法メインだからこんなに圧倒できてるけど、こいつら普通に強い方だからね?

 って、そんなこと言ってる間にまだ数人つっこんできたし。しゃあない、無理やりにでもカーラちゃんを引き離して――え?


「というわけで、混ぜなさい!」

「ちょ、おま!?」


 カーラちゃんはいい笑顔で、こんなときじゃなければ「子供は笑顔が一番」とか言いたくなるような笑顔で、突っ込んで来た神官兵に逆に突っ込んで行った。

 いやいや、それは流石にないよカーラちゃん。こうなりゃ、加速法で救助を……お?


「食らいなさい!」

「ぐばは!?」

「……何者だよ、あの子」


 ヤバイと思ってすぐに構えたけど、カーラちゃん普通に神官兵ぶっ飛ばしてしまった。

 何の技術もない、素人丸出しの振りかぶりパンチで。ただ、異常なほど高い身体能力だけを頼りにして。


(見たところ、あの子は素人だ。身体の動かし方も満足に知らないってレベルの。でもあの身体能力は何だ? 何かのスキルか?)


 身体能力だけで言えば、今のカーラちゃんの動きは人間を超えた域にあった。それこそ、スペックだけなら俺を散々襲ってきたノーマル吸血鬼にちょっと劣るってくらいはあっただろう。

 まあ逆に言えば吸血鬼級ほどではないってことなんだけど、吸血鬼の従者以上ノーマル吸血鬼未満ってとことかね? いや、人間としては規格外の能力を持っていると言っていいだろう。


「どこをどう見ても努力のあとは見られない……。それでもあの能力って、生まれついた才能だけであの領域ってことか?」


 俺も肉体のスペックだけならかなりの自信がある。なんせ、あのレオンハートの身体なんだからな。

 それでも、俺があの領域にたどり着いたのは修行を始めてかなりの時間が経った後だ。正直、騎士試験受けてたころに肉体能力だけを比べたら負けてるかも。

 ……いるもんだなぁ、天才ってのは。


「でも、危ないことには変わりないっての!」

「ダイジョーブ! この程度の敵、あたし一人で全部やっつけてやるわ!」


 カーラちゃんがまた無茶苦茶な体勢で蹴りを放ち、神官兵を吹き飛ばした。確かに、それだけ見ていれば大丈夫なようにも思える。

 しかし、相手は正気を失っているのだ。だからこそ技術も何も無いカーラちゃんでも倒すことができているが、何か一つでも違えばその前提は変わる。

 もしこの中に技術を残した形で正気を保っている奴がいればそれだけで危険だし、身体能力で超えられればカーラちゃんはあっという間に大ピンチなんだから。


「それ、次はあんた――え?」

「ころ、ころころころころころ――ッ!」


 カーラちゃんは調子に乗って突っ込み、神官兵の中でも一際立派な服と武器を身につけている大柄の男に拳を向けた。

 しかし、その男はカーラちゃんの拳を真正面から受け止めたのだ。やはり正気を失っているようで狂った叫び声を上げながら純粋な腕力だけで受け止めているが、ありゃ他の神官兵よりも一回り、二周りは上だなっと!


「【四倍速】!」

「ちょ、離しなさい――え?」


 加速して接近、カーラちゃんを捕まえている手を弾く。同時に蹴り飛ばして距離を取るとともに、カーラちゃんを掴んでその場から離脱した。


「え? え? 今何が起きたの?」


 どうやら流石に四倍加速は目が追いつかなかったようで、カーラちゃんは混乱した様子だった。

 まだまだあの強いのを除いても敵は残っているので相手にしている時間はないが、とりあえずもう大人しくして――いや、無理か。この子の性格上、何を言っても聞いてくれる気がしないし。

 アレス君は聞き分けいいんだけど、カーラちゃんはあの怪力娘、メイの奴を思い出させるお転婆みたいだし……よし、ガキのころのメイを相手にするつもりで誘導してみよう。


「ねえカーラちゃん」

「な、なによ?」

「何で前に出たいの? 危ないよ?」

「だって暇なんだもん。それにあたし強いし、敵が来たならぶっ飛ばすのが礼儀なんでしょ?」

「誰の教えだ……まあ、否定しないけどねっと! ……でもさ、あれは俺がやっとくから後ろで見ていてくれない?」

「嫌よ。今度こそあいつぶっ飛ばしてやるんだから」


 ワンパターンに襲い掛かってくる狂った神官兵を殴り飛ばしながら説得するが、予想通り俺の言葉なんてカーラちゃんは全く受け入れる気が無いようだ。

 言う前からわかっていたことなので、ここからが勝負どころだな。俺は名も知らない神官兵の鳩尾に蹴りを入れながらカーラちゃんの説得を続けた。

 しかしどうでもいいけど、この子結構律儀だな。俺の言葉に従う気はないみたいなのに、会話の最中に無視して動いたりしないし。実はいいところのお嬢様なんじゃないか?


「まあ、その気持ちはわかる。しかし最強のカーラちゃんがこの程度の連中に出向くことはないんじゃないか?」

「そ、そうかしら?」


 あ、高感触。やっぱりこの子お世辞に弱いタイプだ。


「軽く戦ってわかったと思うけど、この連中なら簡単に倒せる。そんなのを一々相手にしていたら最強の名が廃るんじゃないか?」

「うーん……そんな気もしてきたわ」

「だろう? だからここは俺に任せて、後ろでのんびり見物でもしていてくれ」

「そうね、わかったわ。サイキョーのあたしは後ろで……えっと? タカナの見物? でもしているわ!」


 高菜(タカナ)? ……ああ、高みの見物か。すっかりその気になって安全な後ろに引っ込んでいく姿をみて、内心で扱いやすい子だと苦笑する。

 同時に、正直物凄い失礼なこと言っちゃった操られた神官兵の皆さんに心の中で謝罪しつつ、俺はない胸を張ってふんぞり返っているカーラちゃんを背にし、再び構えた。

 話している間にもそこそこ叩きのめしちゃったし、残りは後数人か。一人だけ強いのがいることだし、まずは一般兵っぽいのからやるとしますかね。


「一度使ったんだ。二度も三度も大して変わりないだろ――【二倍速】」


 すっかり使い慣れてしまって忘れがちだが、加速法は身体に負担を強いる自爆技だ。負担を最小限に抑えた常態加速法ならともかく、通常の加速法は温存したかった。

 なにせ、この後悪魔との戦いが控えているからな。この連中も十中八九それが原因だろうし、こいつらを倒して終わりなんてことはまずないだろう。

 でも、強いのが混じっている以上下手な温存は逆効果。さっきついつい使っちゃったことだし、こっからは倍速で相手させてもらう――ぜ!


「はっ!」


 俺はまず、残った連中の中で一番弱そうなのに速度任せの突進をかけた。見よう見まね以下の、一緒にしたら怒られるかもしれないがメイのクン流を手本にさせてもらっている。

 そして、そのまま倍速パンチを顔面に叩き込む。グゴッ! と言う固いものがひしゃげたような嫌な音と感触が伝わってきたが、神官のくせに悪魔に――ってのは俺の勘でしかないが――操られた罰だと思って治癒魔法を待っていてくれ。


「【追加速・三倍】!」


 そのまま更に速度を上げ、全く反応できない様子の集団を纏めて殴り飛ばす。

 加速した分更に手加減少なめになってるけど、俺を恨まないでくれ。相手が強い以上余裕とかそんなもん捨てないと危ないんだよ。


「加速、終了――さて、これで残るは後一人、と」


 一番強いのを残し、取り巻きの神官兵はこれで全滅だ。

 正直、メインウェポンである神聖魔法が意味を成さない人間相手に神官兵じゃきついんだろうけど、可哀想なくらいにボコっちゃったな。おまけに身体の自由を奪われて暴れることしか出来ない状態で戦わされるとか、どんな罰ゲームだよ。


 なんてことを思いつつ、俺は恐らくこいつらのリーダーだと思われる神官兵に向かって構えた。

 こいつは……武器いるか? いや、理性を失っている相手に使うのは危険だな……。


「凄いじゃないのレオン! あんた本当に速いわね!」

「アハハ……どうも」


 後ろで微塵も空気を読まずに興奮しているカーラちゃんの声をBGMに、俺と神官兵のリーダーはにらみ合う。

 ……こりゃ、こいつだけは多少の理性が残っているな。目には狂ったような殺意が浮かんでいるとは言え、他の連中と違って駆け引きができるようだ。


(右からメイス、回避させて左の膝と魔法か? 神聖魔法以外も習得している武闘派か)


 戦えるだけの理性があるが故に、俺の目にはその気影が見えてくる。

 その殺意に満ちた気影は必殺に偏りすぎているが、それでもこの男が実力者だと理解させるだけの鋭さをもっている。

 こりゃ、正気で戦ってたらちょっと危なかったかもね。


「来い」

「ぬあぁぁぁぁ!」


 俺はあえて気影の流れに乗り、敵が攻撃しようとしている場所に隙を作ってやる。

 するとこの神官兵は、罠かもとか一切疑うこともなく、ただ真っ直ぐ素直に行動に出た。やっぱり、重要な部分の理性が飛ばされているな。


「らぁ!」

「――【二倍速】!」


 気影による先読みを、加速することで覆す。この強い神官兵は手にした鈍器、メイスで読みどおり右半身を狙って来たが、加速することで狙いをずらして回避する。

 これであっさり敵の隙を見せてもらったわけだな。この後左膝を放つために左足を引いて、右足だけで立っている不安定な姿勢……狙わせてもらう!


「シッ!」

「がっ!?」


 倍速足払いによって、敵は盛大にこけてくれた。やはり何の対策もしていなかったようだ。

 正気ならもっといい勝負になったと思うんだけど……悪いがここではあっさりと倒させてもらう!


「敵の前で寝ちゃ、危ないぜ?」

「がふっ!?」


 倒れこんだところを狙い、背中に向かって思いっきり勢いと体重を乗せた踏み潰しを放つ。

 ある意味最強の攻撃だ。全体重と重力を味方につけた踏み潰しは、そのまま神官兵を中心にした小さなクレーターを作るとともに敵の意識を刈り取ったのだった。


「ふぅ、これでお終いかな?」


 俺の周りには『死んではいない』状態の神官兵が沢山転がっているが、とりあえず勝利だ。

 こいつらを操っていた何者かの正体がわからない以上は本当の意味での勝利宣言はできないけど、とりあえず誰一人死なせずにカーラちゃんも守りきったんだから問題ないだろう。


「それじゃ……あー、どうしよ」

「どうしたのよ?」

「いや、この人達どうしたもんかと思ってね。流石に一人で運ぶのは無理だし……」


 俺一人で倒れた神官兵達を運ぶのは無理だ。ついうっかりぶっ倒した後のことを考えるの忘れていた。

 俺の手で半殺しにした以上、放置って訳にも行かないだろう。死なないように手加減したとは言え、このまま野ざらしにしたら本当に死にかねない。と言うか、今も悪魔が攻め込んでいるような危険地帯に気絶した人を放置なんてありえない。

 恥を忍んで見た目からは想像もできない腕力の持ち主であるカーラちゃんに頼んだとしても、やっぱり無理だ。一人が二人になったくらいじゃ流石にどうしようもない。

 せめて荷車でもあれば……まあいいか。こうなりゃ一旦聖都まで戻って人手を集めるしかないかな。聖都も自分らの戦力の為に人を出すことを嫌がるってことはないだろうし。


 なんて思っていたら、カーラちゃんが不思議そうな表情で俺に声をかけてきたのだった。


「ねえ? 何でそんなので悩んでるの?」

「え? そりゃまあ、放置ってわけにもいかないでしょ?」

「何で? 別に死んでないんだし、そのうち勝手に立ち上がるでしょ?」

「うーん、それは難しいと思うぞ?」


 仮に俺ならば、まあこの程度のダメージ少し寝ていれば回復するだろう。吸血鬼の力込みで考えれば文字通り秒単位で復帰できる。

 しかし、普通の人は流石にそこまで頑丈ではないのだ。毎日毎日身体を苛め抜いて身体を作り上げたならどこまでも頑丈になるのがこの世界の人間だけど、殴った感触的にそこまで肉体面では鍛えてないっぽいんだよね、この人達。


「……あ、そう言えばそうだったわね。あたしと違うんだっけ」

「ん?」


 ふいに思い出したかのようにカーラちゃんがなにやら頷いている。

 あたしと違うんだっけって……この子、回復力にも自信あるのか? 全然修行とかしてる感じないのに、本当に凄いな。わりとマジで実は吸血鬼なんじゃないの?


「ま、とりあえず俺と一緒に聖都まで来てくれる? 人を呼ばなきゃどうしようもないよこれ」

「やっぱり行くのヤダな……」

「わがまま言わないでくれ頼むから。わりと忙しいんだ」


 自分に襲い掛かってきた神官兵の救助なんて余計な仕事も増えたしね。


「はぁ……って、あら? また誰か来たわよ?」

「え? ……確かに誰か来るね。まさかこいつらの同類じゃないだろうな……」


 ようやく終わったと一息ついたら、また誰かが近づいてくる気配を感じる。

 まさか第二弾がやってきたのかと流石にため息吐きたくなってくるが、よくよく気配を探るとこいつらとはどこか違う感じだな。

 ……主に、悪い意味で。


「この感じ……闇属性の魔力だな」

「そうねー。そんな感じね」

「浄化結界なんてものの中でここまでの闇を放つとか、ついに悪魔本体でも出てきたのか?」


 何故かカーラちゃんが頷いているが、多分知ったかぶりでもしているんだろう。普通に生きていればそうそう闇の魔力なんかに遭遇することはない。一応希少魔力なんだから。

 じゃあ近づいてくるのは何者なのかって言うと、正直わからない。一番俺が見慣れている吸血鬼の魔力とは何かが違う感じなのだ。

 吸血鬼の魔力に比べて、近づいてくる魔力はより陰湿な感じがする。自分でもよくわからないが、吸血鬼の闇が赤黒いって感じなら、この魔力は黒一色の漆黒って感じだ……。


「カーラちゃん。ここにいて」

「ん? なによ」

「俺は今から近づいてくる奴のところに行く。キミはここで隠れてるか――あるいは一人で聖都に逃げ込んでくれ」


 浄化結界を無視してここまでの闇を放つような奴、どう考えても吸血鬼級かそれ以上だ。恐らく爵位持ち吸血鬼と思って相手にする必要がある。

 そして、この魔力の持ち主が味方だって考えるのもありえない。少なくとも、この感じは人類に出せるものじゃないからな。


 そんなのを相手に、荷物を抱えてなんて危険すぎる。今度はカーラちゃんを心配している余裕はないかもしれないし、気絶している神官兵を守りながらなんて流石に無理だろう。

 だから俺は、自分からこの魔力の持ち主の下にいくことにした。まず間違いなく、神官兵達を操って俺を襲わせた元凶である存在の下に。


「えー。せっかく強そうなのが来たんだから今度こそあたしの出番でしょー」

「ダメだ。相手は濃厚な闇の魔力を隠しもせずに放っているような相手だぞ」

「そんなの……って、あー。闇魔力とあたしが戦うのはまずい……かも。おとー様怒るかしら……」


 今回ばかりは怒鳴ってでも言うことを聞かせなきゃとも思っていたが、カーラちゃんは突然何かを思い出したかのようにぶつぶつ言いながら俯いてしまった。

 お父様とか聞こえたけど、父親に言われてるのかな? 闇の魔力――最近そこらで主に俺を狙って暴れてる吸血鬼関係からはすぐに逃げろ、とか。


「はぁ、しょうがないわね。ここで待っていてあげるわ」

「……それじゃ、ここで隠れてるんだよ。他に怪しい奴が来たら出来れば逃げてくれ」

「はいはい。あたしも闇属性持ちと戦っちゃいけないくらいのことはわかるわよ」


 カーラちゃんの返事を聞き、俺は軽く頷いて走り出した。

 狙いはこっちに向かって歩いてくる闇の存在。多分悪魔だとは思うが……そういや初めてだな。本格的な悪魔と戦うのって。南の大陸にも雑魚いのは結構いるけど、その手の奴を相手にするのは騎士の仕事じゃなくて神官の役目だし。


(強い悪魔か。あんまり嬉しくはないね――って、ん? 人間?)


 そうしてしばらく走った後、俺の視界に入ってきたのは普通の人間だった。

 服装はあの神官兵達と同じ法衣。装備からして一番強かった人よりも弱く、他の神官兵と同列だろう。

 そのあまりの普通さに一瞬また操られた神官兵か何かとも思ったが、すぐに思い直す。こいつの身体から迸る嫌な感じ……これが普通の人間なわけが無いってな!


「ん?」

「中級騎士、レオンハート・シュバルツだ。そこで止まって武器を捨てなさい」


 全く意味があるとは思っていないが、一応降伏勧告は出しておく。外見は普通の人間なので、流石に不意打ちで殴りかかるのはちょっとまずいかなと思ったのだ。

 だが謎の男はこちらを安心させるような笑みを浮かべ、よくわからないと言いたいかのように首をかしげたのだった。


「私は聖都に所属する神官兵です。何故騎士殿が私に武装解除を求めるので?」

「……はい?」


 まるで普通の、本当に普通の神官兵のようなことを言う謎の男。

 全身から恐ろしく気分が悪くなる邪気を放ちながらそんなことをのたまう男に俺は思わず呆れてしまうが、同時に一つ確信する。

 こいつには確かな理性がある。少なくとも、さっきの連中と一緒にしてはいけないんだと。


「私が武装するのは聖都を守る為! ならばこそ、いくら騎士殿とは言え管轄が違うのですからとやかく言われる謂れは――」

「いや、そう言うのいいから。そんな邪気バンバン出しながら何言っても意味ないから」

「――なに?」


 俺は思ったことを正直に言ったら、男は貼り付けたような笑みを若干ではあるが歪ませた。

 何だ? まさか気がついていなかったのか? 自分がかなりの距離からでもわかるような闇の気配を出していたってことに。


「……普通気がつかないはずなんですがねぇ。結界を無力化する程度に、相殺する程度に放出している魔力なんかにはね」

「相殺?」

「ええ。私の活動に影響を与えないように、周囲の結界を無力化できる程度にね。しかし貴方、闇の魔力との親和性でもあるんですか? ほとんど相殺によって中和されておりますから、外からでは普通だと――闇の魔力の使い手でもない限り気がつかないはずなんですがねぇ」

「……心当たりはあるよ。それよりも、正体現したってことでいいのかな?」

「ええ。それでいいですとも。ばれてしまった以上、仕方がない。ですがもう少しこの寄り代には役立って貰いたいのでそうですね――『ここで見た事は忘れなさい』」

「んっ!?」


 一瞬、頭がボーっとなった。まるで寝起きみたいに思考が纏まらなくなっていったのだ。

 しかし俺は軽く頭を振って意識を覚醒させる。今のは何かしらの精神系攻撃か?


「……おや、抵抗されましたか。思ったよりもずっとお強いようだ」

「魔眼とかの、この手の能力にはなれていてね」


 昔とある下っ端吸血鬼の魔眼を食らったときはやばかったからな。あれ以来精神に介入するタイプの能力に対抗するための修行は欠かしていないのだ。

 まあ、その方法は『気合で意識を繋ぐ』ってシンプルな内容なんだけど。修行方法は、意識が飛びそうになるくらいのダメージを受けても正気を根性で保つって感じだけど。


「言霊が通じない以上、戦うほかありませんね。となればこの寄り代はもう邪魔なだけですか。既に魔力だけで中和できる程度に結界を弱体化させることもできましたし……まあ大丈夫でしょう。それでは改めて、自己紹介と行きましょうか」


 そう言った瞬間、男の身体から黒い霧が噴出してきた。

 その霧は空中で徐々に形を作っていき、やがて人型となる。第一印象はメガネをかけた優男といった感じで、胡散臭い笑みが大変警戒心を引き起こさせてくれる。

 だが、それが普通の人間ではないことは一目瞭然だ。全身を露出がほとんど無い黒一色の衣服で覆い、頭にはやはり黒のシルクハットのような帽子を被っている時点で十分怪しいが、それ以上にこの男を人外だと認識させる特徴がある。

 その背中からは蝙蝠のような羽をはためかせ、尾てい骨のあたりからは刺々しい尻尾が生えているのだ。よく見れば耳がとがっており、それらのパーツを総合すればこう言うしかないだろう。

 悪魔、と。


「それでは騎士殿、全ての魔の頂点たる偉大なる魔の神にして王に仕えし悪魔が一柱、序列20位に座すイーエムがお相手しましょう」


 悪魔イーエムは、宙に浮かんだまま優雅に一礼したのだった。

ついに総合評価10000越えしました。

これからもよろしくお願いします。

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