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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
聖都の光と闇と
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第67話 悪魔の侵攻4

「祈りを捧げよ!」

「神の奇跡を――【聖術・浄化の矢(セイントアロー)】!」


 私の号令とともに、神官兵達が光の矢を放つ。

 悪魔やアンデッドといった不浄な力によって動く怪物を清め、消滅させる神聖魔法。その中でもっとも簡単であり、小回りの効く術を集団で放っているのだ。

 狙いは小さな悪魔たち。浄化結界の効力によって大きくその力を落としているようだが、それでも悪魔は悪魔。放置する事はできない。


「ギィ……!」

「第二班! 守護の結界を!」

「【聖術・魔よけの障壁(セイントウォール)】!」


 あの悪魔たちは倒されるとともに呪いを撒き散らす。しかし、それがわかっていれば予め防御すればいいだけの事。

 悪魔の呪いの力など、我々にとっては大した問題ではない。こうして浄化の力をもった壁を事前に張っておけば何の問題もないのだ。


「メメーラル様。このままならいけそうですね」

「うむ、皆よくやってくれている」


 副官の男の言葉に、私は強く頷く。実際、皆悪魔相手によくやってくれている。そう、都合よく行き過ぎているくらいに。


(悪魔共……いったい何を考えている? どんな呪いを撒き散らそうが、ここは浄化結界の中だ。守護結界に比べれば効力は弱いとは言え、それでも結界内ならばこの程度、何の問題もない)


 この程度の相手ならば何の問題もなく征伐することは可能だ。

 だが、本命である100体の悪魔たちには全く動きが無いとの報告が来ている。この小悪魔共は全て外の悪魔共がスキルによって召喚しているらしい。つまり、召喚に多少の力は裂いているだろうが、こいつらを幾ら倒しても悪魔たちにダメージを与える事はできないのだ。

 このまま続けてもこちらが消耗するだけ……いや、しかし結界を破られなければまだこちらの優位に変わりはないか。


「……とにかく、戦線は維持し続けろ。決して聖都の中に入れるな!」


 敵の狙いはわからないが、まだ我々には教皇様が居る。ならば、敵悪魔共の力を少しでも削いでおくのは決して無駄ではないだろう。

 私はそう信じ、聖水によって清められた我がメイスを握るのだった。



「っしゃあ! それじゃお前ら、俺たち神下浄化神官団の真の精鋭、真浄化団の力、ここに見せ付けるぞ!」

『おぉぉぉ』


 団長の掛け声とともに、真浄化団の団員達が手にした武器を突き上げて雄たけびを上げた。

 本来なら俺もそこに加わってともに力を示そうとすべきだ。すべきなのだが……俺は今、俺の中に入り込み、俺の身体を意のままに操っている邪悪に全てを握られている状態なのだ。


「フフフ……団長? 少しよろしいですかな?」

「ん? どうした?」


 我ら真浄化団は、今枢機卿メメーラルの命令である『町に近づいてきている小悪魔を撃退せよ』を無視して行動している。

 近くに大物がいるのに雑魚を相手にする。そんな消極的な策に反発したのだ。だから我々真浄化団だけで行動し、敵を殲滅して見せようと団長は動き出した。もはや吸血鬼一匹に構っているほど暇な状況ではないと。


 その意見には我々全員が賛同するところだが、しかし俺の身体は団長に声をかけた。俺の意思を介することなく。


「団長。直接悪魔の元に行くよりももっと効率的な手があります。どうか『お聞きください』」

「何? どういうことだ?」

「……お耳を」


 一度団長が決めた決定に異を唱えるなんて、通常ならありえない行為。しかし団長はそれに対して怒るわけでも疑問に思うわけでもなく素直に俺に、俺を支配する邪悪に耳を近づけていた。

 そして――


「『私に従いなさい』」

「なっ……ッ!? 何を!」

「『動くな』」

「ぐおぉ!?」


 俺の中から邪悪な力が団長に移っていく。こいつ、これが狙いで……!


「ふ、ふざけるな! キサマ、何者!」

「フフフ……多少は耐性がありますか。しかしまあ、無駄ですがね」


 超至近距離から『声』を利用した魔力の伝達。その声の魔力は確実に団長を蝕んでいく。

 こいつ、今も俺を支配している能力といい、人を支配するスキルの使い手か……!


「お、お前何をやっている!」

「団長から離れろ!」


 ようやく現状の深刻さに気がついたのか、真浄化団の団員たちも武器を手にして俺に向かってきた。

 そうだ、早く俺の中の邪悪を滅ぼせ。俺を、殺してでも……!


「既に遅い――『跪きなさい』」

「なっ!?」


 走っていた浄化団の団員達は、俺の口から放たれた言葉に従ってその場に膝をついてしまった。

 何なんだ、何なんだよこの強力な能力は……。こんなの、どうしようもないじゃないか……!


「キサマ、邪悪だな。悪魔、か?」

「いかにも。貴方は流石に少々強力な力と精神の持ち主のようだ。まだ支配しきれませんか。まぁ、時間の問題ですけどね」


 既に団員達は皆この邪悪――悪魔の声によって支配されてしまった。

 しかし団長だけは至近距離の命令を受けたにも拘らず、抵抗している。頑張ってください、団長!


「グ……! 対闇の能力に特化した俺たちをあっさりと、だと? キサマ、いったいどんな力を……!」

「残念ながら教えられませんね。私の名を知るのに、貴方達程度では不足が過ぎる」

「舐める、なよ……!」


 団長は鬼のような形相で俺を睨みつけている。

 だが、動けないらしい。俺や他の団員のように身体の支配権を奪われているわけではないらしいけど、それでもこの邪悪の力は強すぎる……!


「何故だ、何故この浄化結界の中でこれほどの闇の力を……!」

「ああ、それなら簡単ですよ。完全支配が終わるまでのほんの僅かな時間。教えてあげましょうか」


 邪悪は俺の口を使って、団長に魔力を注ぎながら嘲笑うように話し始めた。


「この地には闇を消し去る忌々しい結界が張られている。流石にその中では我々悪魔は満足に動けない。まぁ私ほどの力となれば短時間の間、人の精神に潜む形でなら活動できますがね」

「人の精神の中、だと……?」

「ええ。なるべく陰湿で自分勝手で、その上傲慢。そんなのが理想ですね」

「クッ! まさか、俺の部下にそんなクズがいたとはな……!」

(えっ!? いやちょっと、そんな勝手な!?)


 俺は別に陰湿でも自分勝手でも傲慢でもありません! 一心不乱に女神様への信仰を捧げ、邪悪を滅する神官兵の一人ですよ!?

 邪悪を前にすれば命を捨てる覚悟もありますし、女神様の威光を理解しない愚か者を成敗する覚悟もあります!


「……まあ、別に理想そのものじゃなくても何とかなるんですけどね。そして結界の中ででもこうして能力を使えるのかですが……そろそろわかりませんか? 空気が変わってきたことにね」

「なに……これは!? 浄化結界の力が薄まっているだと!? いったい何が!」

「答えは簡単です。この世に無限の力など早々無いというだけのことですよ」


 邪悪に身体を乗っ取られている俺にはわからないが、団長には結界の弱まりを感じ取ったらしい。

 いったい、何が起きているんだ? この結界は人の手ではなく、より強大な力を起源にしている。とても破壊なんてできるようなものでは……!


「この結界、闇属性の魔力を消滅させる効果があります。逆に言えば、闇を浄化するのに結界のエネルギーを消耗しているということでもありますよね?」

「……まさか!」

「そう、今も私の配下が召喚し、結界の中に送り込んでいる炸裂する小悪魔(ブラストインプ)……アレの撒き散らす呪いを今もここの結界は律儀に浄化している……有限の力を使ってね。この結界を消滅させるのは難しいですが、一時的に効力を薄れさせることならば可能、というわけですよ」

「そんな方法で……!」

「あなた方はただの愚か者ですが、その判断自体は間違っていなかったということです。まあ、偶然ですけどね」


 今も本隊はその小悪魔を討伐している。とすれば、時間が経てば経つほど結界の効力は弱まっていく。

 ならば、こちらの優位が残っている内に召喚を行っている悪魔本体を滅しなければならない。団長の判断は正しかったのだ。

 だからこの悪魔は我々真浄化団を狙ったのか……! 自分達唯一の障害になるだろう我々を……!


「……あー、この身体の本来の精神が馬鹿なことを考えているようなので一応。私が貴方がたを狙ったのは優秀だからとかではありませんよ」

「あん?」

(へ?)

「扱いやすい愚か者。ただそれだけです」


 その瞬間、周囲に闇が満ちた。結界の力の弱まりが更に進行し、悪魔の力が周囲に満ちたのだ。


「では、眠りなさい。そして命じよう――『聖域の結界石を破壊しろ』。加えて命じる――『人を殺し、死により聖地を汚せ』」


 その瞬間団員が、そして団長がゆらりと立ち上がった。まるで、意思を持たない人形や亡者のように。

 結界石……結界の要。この聖域の二重結界は人ならざる超越の存在の力を借りて形成されている。そして、結界石はその力を結界という形で利用する為のものだ。

 それを、我々に破壊させるだと? 結界石は本部の神殿の最奥に安置されているが、団長ならそこまでいけるかもしれない。そこに目をつけられたのか……。


「従うがいい、悪魔の囁きにね」


 その言葉と同時に、真浄化団は踵を返して聖都に向かって走り出した。

 俺の身体を乗っ取った悪魔は、ただ笑っている。人間を、嘲笑っていた……。



「ねぇ、カーラちゃん? お願いだから中に入って大人しくしてくれない?」

「いや。せっかくちょっと体調よくなってきたのに」

「へ? ああ、中の居心地が悪いって事ね」


 体内に吸血鬼の血なんて持っている俺じゃなんの参考にもならないけど、確かに聖都の中は清浄すぎて体調悪くなるような気がする。と言うか体内の魔力バランスが強引に整えられているようでなんか嫌だ。

 しかし今はそんなこと言っている場合じゃない。何とかカーラちゃんを説得して聖都に避難させようと、俺はこっそり聖都から抜け出して外で待って――はおらずに近くをフラフラしていたカーラちゃんを捕獲、説得に当たっていた。


「だから嫌なものは嫌なの。いいじゃない別に外でも」

「でもねぇ。何だか知らないけど、この辺り悪魔に囲まれちゃってるらしいんだよ。だからできる限り安全な場所にいて欲しいんだけど」

「あたしはダイジョーブ。絶対にね」

「いや大丈夫じゃないから。と言うか、保護者の方はどこにいるの? その人も普通に聖都に避難した方がいいと思うんだけど」

「え、えーと……あっちにいたような気がするわね」


 カーラちゃんは急に目を泳がせて、聖都とは真反対の方を指差した。

 ……えっと、まさかとは思うけど……この子、実はただの迷子か?


「そういや、キミ最初に会ったとき人を探してるって言ってたよね?」

「え? ええ、言ったわね」

「それじゃあさ、もしかして……えっと? ハクションさん? その人が保護者だったりするのかな?」


 その斬新過ぎるネーミングの御仁が実はこの子の親やそれに類する人物。つまり、この子は単に親を捜していただけ。

 あれ? 何かこの仮説で正しい気がして来た。見るからにプライドが高いせいで自分が迷子だって言えなかっただけ……なんじゃね?


「えっと、ホゴシャ……ホゴシャ? た、多分そうなんじゃないかしら」

「やっぱり……。だったら多分、聖都の中にいると思うよ? 今避難命令出てるし、近くの住民は皆集められてるはずだから」

「え? そうなの? じゃあハクションも……。うー、でもあそこ行きたくない。ハクションめ、あんな気持ち悪い場所に隠れるとは卑怯な奴め……!」


 なにやら気張っているが、この子は俺の説明理解してくれたんだろうか?

 イマイチ不安だが……まあいいか。とにかくこの子を避難させて、俺も悪魔退治に協力しないといけないしな。細かいこと気にしてる場合じゃないか。


「それじゃ、行こうか」

「……はぁ、仕方がないわね。……大丈夫よ、あたしサイキョーだもん」


 そんなに嫌かってくらいカーラちゃんの顔が引きつってるけど、何かトラウマでもあるんだろうか?

 考えてみれば、南の大陸の中でも屈指の安全と治安が約束されている聖都の近くに住んでるのに中で暮らそうとはしていないんだ。何か、聖都に行きたくない特別な事情があるのかもしれないな。


「んじゃ、ついて来てね。ちょっと聖都から離れちゃったけど、そんなに時間かからないから」

「もう、わかったわよ! ……でも、もうあんたには乗らないわよ」

「はいはい。歩いて行こうね」


 ようやく納得してくれたカーラちゃんとともに、俺は聖都に向かって歩き出した。

 こんなにのんびりしていていいのかって気もするけど、まあ元々ここは俺の管轄外なんだ。黙ってみているわけにはいかないけど、無理に割って入っても神官兵達の邪魔になるかもしれないしな。

 部外者は最初の戦いでは口を出さない方がいい。戦力を補充する。そう言ったときに名乗りでた方がお互いの為って事は多いもんだ。


「あら? 誰か近づいてくるわよ?」

「ん? ありゃ……人間か?」


 カーラちゃんに合わせて聖都に向かって歩いていたら、遠くから聖都に向かって人が歩いてきた。

 何だろう? 避難民……にしては武装が整ってるな。ありゃ神官兵じゃないか?

 でもなんで引き返してくるんだろ? 見たところダメージを負ってる様子もないし、何か足取りがフラフラしてて危なっかしいな。


「ねえ? あいつらおかしくない?」

「おかしい? ……まあ、確かに様子はおかしいな」


 カーラちゃんは気味の悪いものを見る目で近づいてくる集団を見ている。

 その様子は確かに異様で、町ですれ違ったらちょっと距離を開けたくなる感じだ。まさかとは思うが、こんなときに神官兵酒を飲んでたとかじゃないだろうな?


「様子じゃなくておかしいのは魔力よ。レオンは見えないの?」

「魔力? ……もしかして、キミ、魔力が見えるの?」

「見えるわよ? 当然じゃない」

「へー……珍しいね」


 どうやら、カーラちゃんが言いたい事はそんなことではなかったようだ。

 彼女は魔力を見る能力、所謂魔力視を持っているらしく、それで彼らの魔力に異常があることを感知したらしい。


 俺が魔力視と聞くと、まず吸血鬼が出てくる。つい吸血鬼の特徴を全く持っていない女の子相手に『この子実は吸血鬼か?』なんて思ってしまうくらいには馴染み深い能力だ。

 まあ、実際には人間の中にも魔力視を持っているものは珍しいけどいないわけではないんだけどさ。所謂特殊能力者、産まれついて異能を持った人間ってのはな。


「それで? どんな風におかしいの?」

「そうね、簡単に言えば……二種類の魔力が混ざってる状態かしら?」

「二種類?」

「ええ。多分本人の魔力と、その上から別の魔力がへばりついている感じね」

「別の魔力、ね」


 この子の言葉が真実なら、明らかに何かあったんだろう。この状況でそんな状態を問題なしと見るのは楽観的過ぎる。

 しかしじゃあどうするかね? 何かが問題なのはわかったけど、具体的に何が問題なのかって言われると――ッ!?


「人間……殺す!」

「チッ! そう言ことかよ!」


 どうするかと悩んでいた俺に対し、異常な様子の神官兵たちは、いきなり武器を振るってきたのだった。

普段ならこの話も前話にくっつけて投稿していました。

今回は視点変更も多いので丁度いいかなーと思って切ってみましたが、どうでしたかね?

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