第63話 女神教
主人公登場しない回。
「……はい、この件はこれで問題ないでしょう」
「ありがとうございます、教皇様」
教皇様はその美しいお顔に笑みを浮かべつつ、渡された資料に判子を押して法衣を身に着けた男に渡した。
あの男はこの聖都マーシャルの警備を担当している文官だ。彼本人に戦闘能力はないが、神官兵達への給金の配布や装備の支給といった内政面の責任者である。今日はなにやら面倒が起きたらしく、その解決策を実行に移す許可を求めて教皇様に面会を求めていた。
「……最近の魔物被害、酷くなっていますね」
そしてそんな男が部屋を出てから、教皇様は笑顔を曇らせてしまった。笑顔であることに変わりはないのだが、僅かに明るさを損なってしまわれているのだ。
教皇様は御歳25になられる若き女性。本来ならば教皇という地位に登ることなどありえない若さではあるが、その美貌と頭脳。そして何よりも人望の高さによって異例の出世を遂げられたお方だ。
教皇になるには選挙制を採用しており、このマーシャル大神殿に住まう多くの神官たちはもちろん、聖地在住の全女神教徒の投票によって決定される。すなわち、女神教を導くものとしてこの大都市に住まう全ての教徒の中でもっとも優れていると判断されたということだ。
ならばこそ、その地位は決して飾りではない。彼女は教皇の地位に踊らされるような愚物ではなく、自らの才覚と頭脳によって女神教の指揮をとっているのだ。
通常ならば、このような若い者がトップに立ってもできることは少ないだろう。大抵の場合、古株の老人なんかに傀儡にされるのがオチだ。
しかし、教皇様は違う。元よりフィール王国の上層部とも深い関わりがある神殿に腐敗はそうそうありえないのだが、それでも確かに古株の大幹部なんかは存在しており、女神教を自分の意思で動かそうと教皇様に擦り寄る者は少なくない。だが、彼女は自分を曲げずに清らかに、そのお心を誤ることなく女神教の頂点を勤められているのだ。
「……あの、聞いていますかメメーさん?」
「おお、これは失礼いたしました教皇様」
なんと、今の呟きはこの私、メメーラルに語りかけておられたのか。
まさか教皇様のお言葉を無視してしまうなど、不敬の極み。この命を持って謝罪するほかない……!
「メメーさん。貴方の自害用――贖罪用ナイフならここにあります。ちょっとボーっとしたくらいで一々死なれては困りますよ」
「なんと慈悲深い。このメメーラル、今後もより一層の忠義を尽くしますぞ」
いつの間にか、私がいつでも禊を行う為に携帯しているナイフは教皇様の美しいお手の中にあった。
流石の技のキレ。心技体の全てを認められて教皇になられたお方。一応教皇候補に挙がっていた程度の中年男とは比べ物になりませんな。
いや、むしろこんな小汚い中年男が側にいるだけでその美しさに陰りが生じるのでは? ああ、そうに違いない!
よもや私の存在そのものがお美しい教皇様の妨げになっていたとは。こうなれば木っ端微塵になって謝罪するほか――
「メメーさん。貴方の自爆用――贖罪用携帯小型爆弾もここにあります。何があったのかは知りませんが、いきなり自爆しないでくださいね? 危ないから」
「なんと! よもや私風情の贖罪で教皇様を傷つけるようなリスクを犯すなど……! かくなる上は!」
「メメーさん? いい加減にしてくださいね? 話が進みません」
「あ、はい」
教皇様のいつもより二割り増しのいい笑顔をいただき、私もひとまず矛を収めた。仕方がないから、この罪はまた後で改めて滝行でもして清めるとしよう。
それよりも、今は教皇様の話だ。確か、次の予定は清めの儀式だったかな? 対象者は確か、地方領主の――誰だったか。まあ、名前などどうでもいいか。
「次の予定は、地方領主が謁見を求めてきているのでしたな」
「ええ。なんでも領地に悪魔が現れ、それを退治したので私に穢れを祓って欲しいとのことです」
「教皇様に清めていただければ、憂いも晴れるでしょうからな」
と、一応したり顔で頷いておくが、私の内心はその名も忘れた領主とやらへの苛立ちでいっぱいである。
そもそも、領地に悪魔が現れたというのは同情に値する事件であるが、それの浄化を教皇様に頼む理由はない。確かに悪魔の類は死に際に呪いをかけてくる者も多いし、そうでなくとも縁起が悪いと思うのは仕方がないだろう。だから神に仕える神聖なる神官の清めを受けたいという申し出はわかるのだが、領主本人が受けてどうするのだと声を大にして言いたい。
悪魔と戦い、滅ぼした者がこなけりゃ意味ないだろう普通に考えて。
大方領主などは命令だけして安全な後方でふんぞり返っていると相場が決まっておるし、極稀にいる武勇に優れたタイプではないのは私が名前も覚えていないことから明白だ。
つまり、仮に誰かが呪われているとしても、それはここには来ない名も知らぬ勇敢な戦士なのだ。お祓いにしてもお褒めの言葉にしても、賜るべきなのはその戦士であって領主ではない。
更に言えば、その辺の領主が個人戦力で討伐できる程度の悪魔なんぞは格下で確定だ。そんな下級悪魔の残した呪いなんぞ、多忙な教皇様にご足労願わんでも祓える神官は山のようにいるだろう。
(大方箔をつけたいだけだろうが、教皇様の時間を無意味に奪うなど私直々に祓ってやろうか……)
偉大なる女神教教皇様。そんなお方に清められたとあれば、社交界の話題にするにはもってこいだろう。
そんなことの為に、日々忙しさに疲れている教皇様を使うなんて極刑に値する。そうだな、そうしよう、うん。
「メメーさん。顔が怖いですよ。また碌でもないこと考えていますね?」
「おや、これは失礼を。教皇様を不快にさせるようなこの顔など……」
「メメーさん。自分の顔に向かって炎の魔法を発動させようとするの止めましょうね? 【封術・魔法封じ】」
微笑を浮かべたままの教皇様の魔術によって、私の魔法が封じられてしまった。うむむ、流石のお手並みですな。
体内魔力を外に出せなくする魔法。教皇様は流石、魔法使いとしても一流であらせられるお方だ。
「それよりもメメーさん。今話したいのは今後の予定ではなく、魔物被害についてなのですが」
「む? どういうことですかな?」
「ええ。先ほどの報告書にも書いてあったのですが、近頃魔物による旅人や商人の皆さんへの被害が増えています」
「むむむ、それは由々しき事態ですな」
確かに、最近魔物による被害の増加――というよりも、魔物の凶暴化が問題になっているとは私も思っていた。
今までならば攻撃してこなかったはずの魔物までもが人を襲うようになり、エサに困っているわけでもないのに好戦的になっている。その結果、被害が増大しているのだ。
その対策としては、単純に警備戦力の増強くらいしかないのもまた現状だ。国の騎士や我々女神教専属の神官兵達が頑張ってはくれているが、元々頑張っていた彼らが更に頑張ってもあまり変わらないのだよな。下手に頑張りすぎて壊れられるともっと困るわけで、あまり無理をさせるわけにもいかんし。
「その問題で、ちょっと気になることが」
「気になること?」
「ええ。さっきの報告書に書かれていたのですが、年々酷くなる被害がここ数日に限って減少しているようなのですよ」
「…………ほう、何故でしょうな?」
何か知っていますか? と言いたそうな教皇様であるが、私は何も知りませんと無表情を作る。
もし教皇様がそのお言葉を私にかけてくださったのならば、私はそれに空言を言うことなどできるはずもない。しかし目線だけで問いかけてくるのであれば、私は貴方様のために、そしてこの町の為にも沈黙を守りましょう。
教皇様もそれを察し、言葉にはしないのでしょうからな。
「貴方も知りませんか」
「…………」
「まあ、いいでしょう。では、そろそろ次の方が――例の領主殿が見えるころですかね」
教皇様はそれ以上の追及はなさらなかった。ありがたいと思う。もし今一歩踏み込まれれば、私にはもう話してしまう以外の選択肢がなかったから。
そう、私は全てを知っている。最近起きている、魔物被害へ尽力している一人の男について。
かの最強最高の騎士の一人息子であり、自身もまた英雄としての道を歩んでいる男、レオンハート・シュバルツがこの町に滞在している事実を知っているのだ。
(あの男の存在を教皇様に知られるわけにはいかん。あれは危険だ)
レオンハートとやらは、吸血鬼と呼ばれる魔の眷属の力を持っているという。話によればそれを完全に制御し、自分のものとしているらしいが……信用などできるはずもない。
仮に今まで制御に成功していたとして、明日も制御できる保障はどこにある? ある日突然暴走して人喰らいの怪物に堕ちない保障は?
そのリスクが0.001%でも残っている限り、教皇様の前に出すわけにはいかない。国王も、そんな考えがあるからこそ準英雄級と謳われるほどの力をもっているレオンハートを上級騎士に上げないのだろうからな。
(それに、その目的も実に不穏当だ。到底見過ごすことなどできない)
レオンハートはこの町に来てすぐに教皇様への謁見を求めている。それを受けたのは私の部下だが、何でも吸血鬼共が狙っているとあるものをここに保管して欲しいとのことだ。
……教皇様がこの話を聞けば、恐らくすぐにでも話を聞こうと仰るだろう。少なくとも、対魔族に関して言えば聖地であるマーシャル以上の守りはないからな。
だが、それはこの町を守護する者として許容できない。確かにこの聖地の結界は人の領域を超えた一級のものだが、それでも魔族は恐ろしいのだ。そんな者共が狙っているものなど、そう簡単に懐に入れるわけにはいくか……!
「失礼いたします。クラメス地方領主様がお越しになりました」
「そうか、通せ」
「はっ!」
(もうきたか。さて、せめて少しでも時間を短くして、教皇様の負担を減らさねばな)
私は警備を担当している者の言葉に心を現実へと戻し、ひとまずレオンハートの件は忘れることにする。
一応理由をつけてレオンハートの要望は通すなと命令していることだし、何とか諦めさせる手立てを考えねばならんからな。
「これはこれは教皇様。ご機嫌麗しゅう」
「この度は大変でしたね、クラメス殿」
案内の者と共に入ってきたのは、でっぷりと膨れ上がった腹が目立つ中年オヤジであった。
纏う衣服は無駄に装飾過多な煌びやかなもの。貴族として最低限の身だしなみなんだろうが、基本的に清貧、実用性重視を掲げる女神教の神官としては下品にも見える。この辺りは神官と貴族の価値観の差としか言えないが、個人的には好かん男だな。
「本日は、悪魔討伐の清めをお願いしたく参上いたしました」
「悪魔……それはどのようなものだったのでしょうか?」
「ええ。とても恐ろしい怪物でしたとも。身の丈が三メートルは超えている巨体の悪魔で、邪悪な魔力で辺り一帯を破壊して回ったのです」
「ほお、それは大変でしたな。それで、その悪魔を見事討ち取った勇者はいずこに?」
「おや、何のことですかな? 悪魔討伐を成し遂げたのはこの私率いる領主軍。個人の力で討ち取ったのではないのですよ」
……ふぅ。ものは言いようだな。個人ではなく軍で討ち取った。だから自分も悪魔討伐の英雄の一人だと、そう言いたいわけか。
この肥満体型の素人が前線に出るわけもないし、出ていたのなら邪魔だから帰れといわれるだろう。ほぼ間違いなく後方でふんぞり返っていただけだと思うのだが、勇名は自分のものにしたいというわけか。
まあ軍そのものは領主であるこの男の命令で動いたのだから、この男が討ち取ったと言っても間違いではないのかもしれない。しれないが――わざわざ教皇様のお手を煩わせておいて、直接戦った兵士を連れてこないでどうするのだ!
「……あの、それなら浄化は貴君の軍全員に行ったほうがいいのでは? 悪魔の呪いは死の間際に近くにいた者全てに降りかかるのですよ?」
教皇様も同意見か。領主として悪魔討伐に成功したことを褒めてほしいのなら国王のところにでも行けばいいのだ。
ここは女神教の総本山。もっとも神聖なる教皇様の御技が振るわれるところなのだ。断じて貴族の売名行為をやるところではないと言うのに全く……。
「ご心配には及びません。我が軍の兵士達は既に浄化を受けております」
「え?」
「我が領内にも神官はおりますからな。その者達に浄化をさせました」
「あの、ではアナタは?」
「ああ、私は少々特殊なので教皇様のお力に縋りたく思いましてな。何せ、悪魔にトドメを差したのはこの私自身。その分呪いも強かろうと、並みの神官では心もとないと思いましてな」
……嘘、だな。例え死に掛けにまで追い込まれても、悪魔ほどの上位モンスターが素人にやられることはない。相応に魔力を込めねば生半可な武器では通らないだろう。
と言うか、悪魔に常人が直接トドメをさして呪いを受けたのなら……こうして目の前でくっちゃべること自体不可能だ。今頃はベッドの上で生死の境を彷徨っていなければならないのだから。
「そうですか、勇敢ですのね」
そんなことは教皇様もわかっていらっしゃるだろうが、それでもこの方は心が清められるような笑みと共にこの肥満貴族を褒め称えた。
それができなければこんな役目につく事はできないのでしょうが、本当に健気な方だ。その心労を少しでも軽減する為にも、この無駄な時間はさっさと終わらせねばならんな――
「た、大変です!」
「む? 何事だ? ここは神聖なる場、騒々しくすることは――」
「あ、悪魔です! 悪魔なんです!」
「ん? ああ、悪魔討伐を成功させた者のことか? それならここにいるぞ?」
領主の謁見の最中だというのに、連絡員が慌てた様子でこの部屋に飛び込んできた。
一体なんだというのだ? ここは教皇様がその権威を誇る場所。汚していい場所では――
「この聖都周辺に悪魔が出現! 数はおよそ100ほどであります!」
「……詳しく聞かせてください。領主様、しばらくお待ちください」
「は、はぁ。構いませんが」
連絡員は息を整え、そして大きな声でそう叫んだ。
その一言に私と教皇様は心を変え、緊急を要すると判断し、その話を聞くことにした。もはや名も忘れた領主のことなどどうでもよい。
領主自身も、突然のことにフリーズして壊れたオモチャのように頷いている。仮にも悪魔討伐の英雄としてここにいるというのに……まったく。
「報告します――」
それから語られたのは、この聖なる結界に守られた聖都周辺に邪悪の権化といっても過言ではないモンスター、悪魔が多数出現したということであった。
聖なる結界の影響を受けないギリギリの範囲に悪魔が展開しているとのことであり、その動きには明らかな統率が見られるとのこと。
目的は不明であるが、恐らく悪魔の上位存在のようなものが指揮をとっている。現状では結界の効力のおかげで被害は出ていないものの、放置はできない。早急な対策を求める、というのが報告の概要だ。
「なんと、言うことだ……」
突然の凶報に、私は意識が途切れそうになるのを留めるので精一杯になるほどの衝撃を感じたのだった……。
◆
「今日も来てたな、あの騎士」
「それを今日も今日とて門前払い。いや本当に格好いいなーお前は」
「茶化すな、それよりも仕事しろ」
ボクは騒ぐ同僚達に、一言だけそう言ってすぐに資料にサインする作業に戻る。
本当に、人事だと思って軽く言いやがって。ボクは毎回毎回怖くて仕方がないんだよ!
(メメーラル枢機卿の命令とは言え、騎士の要求を拒否するとかマジで怖い。強硬手段に出られたら勝てないし)
ボクはメメーラル枢機卿の極秘命令『騎士レオンハートの要求は何とかして却下しろ』を任されているしがない下っ端だ。普段の仕事は女神教の総合窓口担当の事務員なのだが、そんな仕事の関係上部外者と一番最初に接触する担当と言っていい。
だから、本来なら口を聞くこともできない天上人から命令を受けることが偶にある。その大半は教団を通さずに直接自分に話をもってこいとかそんな感じなのだが、今回は特定の個人を徹底拒否しろなんて恐ろしい話なのだ。
しかも――
「あの騎士ってアレだろ? レオンハートだろ?」
「ああ、あの吸血鬼殺し様だ」
そう、同僚達が言っているように、この命令で僕が相手にしているのはあの有名人。レオンハート・シュバルツなのだ。人類の新たな救世主なんて呼ばれるような実力者と話が出来るのは家族へのいい土産話と言いたいところなんだけど、そんな人物の要求を却下しなければならないボクは日々胃を痛めている。
しかも、レオンハート殿の要求――教皇様への謁見を拒絶する理由をボクは知らないのだ。枢機卿も詳しい事は語らずに『とにかく却下してくれ』としか言ってくれないから、ボクはなんだかんだと理由をつけて先延ばしにするくらいしかできない。
しかも『人を守護し、癒しを与える』――が教義である女神教としては、次代の英雄候補と呼ばれるレオンハート殿はむしろ敬意を持って迎え入れるべき立場な訳で、申請却下の言い訳を考えるのも一苦労だ。結局教皇様はお忙しい、くらいしか言えないボクがいたりするわけである。
だから最近は「魔物被害が多くて大変なんですよ」とか「近頃だと人食いの狼魔物が繁殖期で大変なんですよ」なんて世間話で誤魔化すしかなくなっている。何故かレオンハート殿はそれを聞いて頷いたりしているけど、ボクの咄嗟の世間話、別名仕事の愚痴に何か思うことでもあるのだろうかと密かに不思議に思っていたりする。
「本当に、気楽でいいよね君らは」
「ん? なんだって?」
「なんでもないよ」
ボクとしては、そんな愚痴こそ誰かに聞いて欲しいと思っている。でも、枢機卿からの密命を誰かに愚痴るなんてできるわけもないわけで、結局小声で一人愚痴るしかない毎日だ。
思えば、ボクは新人の頃からずっとこんな性格だった。何があっても文句は言わず、自分の心の中だけで愚痴る日々。外に漏れるときなんて、会話に困ったときくらい。
そんな性格で続けてきた仕事が堅実だとか評価されて、気がついたら天上人達の密命なんて受けるようになってしまった小心者。それがボクだ。
本当に、どうしてこうなったんだろう……?
「おい、今の話は本当か?」
「え? ええっと……」
「我々は神下浄化神官団。今の、レオンハートがこの町に来ているという話は本当なのか?」
自己嫌悪に沈んでいたら、急に声をかけられた。
神下浄化神官団を名乗る三人組の男達。顔のなり形は見目麗しいといえなくもない感じはするけど、目の奥の狂気の光みたいなのが何か怖い。
「ええ、ここ数日こちらに来られていますよ、レオ――」
「やはりか」
「あの悪魔に魂を売ったとされる悪逆の徒」
「我らが浄化する必要があるな……」
ボクの話を無視して、自称浄化団の人達がなにやら決意表明している。
ボクはこんな冴えない下っ端ではあるけど、密命を受けたりする事務員でもあるわけで、各組織の裏事情なんかにも結構詳しかったりする。別に知りたくて知ってるわけじゃないけどさ。
そんなボクの知識から神下浄化神官団の名前を、この舌噛みそうになる語呂の悪い組織について簡単に思い出してみると、女神教の固有戦力部隊のことだ。
神官の中でも戦闘に特化した者達が集められた部隊で、その任務は人を脅かす魔物の討伐。世間では冒険者とか騎士とか、そんな人達の仕事を女神教として行う人達だったはず。
「おい、悪徒レオンハートは今どこにいる?」
「え? さ、さあ?」
「隠し立てするならば、貴様も浄化するぞ? 神聖なる女神教に属しながら悪徒に傅くようならば――」
「いやいやいや! 本当に今どこにいるかなんて知りませんって! ただ、最近はこの町の外で魔物討伐を行ってくださっているようで――」
「なるほど、町の外か」
「よし、団長に報告だ」
(あ、帰ってくれた)
三人の男達は、頷いて帰っていった。怖かった……。
「いや、やばかったなお前」
「まさか浄化の連中にあんな怖い顔で睨まれるとは……」
危ない雰囲気を察していつの間にか奥に引っ込んでいた頼りがいのない同僚達が戻ってきた。
浄化団は女神教屈指の戦闘集団であるために、ボクら一般の教徒には結構恐れられている。いつもボクらを守るために戦ってくれている人達にそんなこと思うのはよくないと思うんだけど、怖いんだよあの人達。
でも、その裏を知っているボクはもっと怖い。
今の浄化団は派閥が二つに割れていて、純粋に魔物を討伐して人間を守ろうとする穏健派と、人類以外を皆殺しにして人間の天国を作ろうと画策し、現フィール王国国王ではなく亡国レイックの狂王を称えている強硬派に分かれているなんて裏事情を知っているボクにはね。
穏健派の人達は、人間への被害を抑えることを最優先に考えて行動してくれる。でも、強硬派の人達は人を守ることよりも人外を殺すことを最優先に考えて行動するんだよ。
しかも、信仰心って強い心でそれを正義と疑わない。おかげで強硬派が動くとすぐに殲滅戦を始めてそこら中に被害が広まると問題になっているくらいだ。
今の浄化団団長は穏健派だって聞くからあの人達は穏健派なんだと思うけど……でも、会話の雰囲気とかからしてどう見ても強硬派だったよね?
(でもなんでレオンハート様が浄化対象? むしろもっとも憎むべき吸血鬼を狩りまくってる人間の守護者だと思うんだけどなぁ)
所詮事務員でしかないボクは、それで考えを打ち切った。今ボクがしなければならないのは、レオンハート様の謁見申し込みを断ること。
そして、やってきたお客さんの対応をすることだからね……。