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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
光と闇の進化
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第60話 胎動する悪意

「これは何の冗談だ?」


 通信魔法によって送られてきた、急いで書いたために少々字が汚い報告書を読んで私は戸惑いの声を上げる。

 内容は、私がイビルとして下した命令、実験中の部隊を使ってレオンハート・シュバルツを捕縛せよとの作戦の結果だ。現段階であの半人間とも言うべき怪物がどのくらいの力を持っているかは不明だったが、こちらの戦力を考えれば作戦失敗にしても有意義なデータを得られる作戦だったはずだ。

 だというのに、これは何なんだ? この、改造魔術師と強化魔物は全滅。支部の責任者は意識不明の重体であり、戦闘経過の大半は詳細不明と言うコメントに困る戦果は。


(……資料を読んでいても埒が明かん。直接連絡を入れるか)


 意味のない予想をやめ、私は直接の報告書を書いた人物――コードネーム“リップ”へと連絡をとることにした。

 私特製の通信魔道具を起動させ、連絡を入れる。接続に時間がかかるのがこれの欠点だな……。


『――――はい、こちらリップです』

「ム、繋がったか」


 起動させてから約五分。ようやく向こうの声が聞こえてきた。


「早速だが、報告を命じる」

『はい。先ほど通信で送った報告書についてでしょうか?』

「その通りだ。一通り目を通したが、不鮮明な点が多い。一から説明せよ」

『畏まりました。まずは――』


 それから、私はたっぷり30分は使って報告を聞いた。

 突如として現れた謎の男、推定吸血鬼。空間を遮断する超高位結界。捕縛に向かった支部長が返り討ちになったこと。その全てをだ。


「……なるほど、よくわかった」


 一言そう呟き、思考の海に精神を委ねる。

 まず、正体不明の吸血鬼についてだ。画像データは入手できたとのことなので、今後は警戒令を組織に流しておこう。入手経路上、一般ルートは無視だがな。

 さて、次に考えるべきなのは、その吸血鬼が何をしに来たのかだ。レオンハート・シュバルツは吸血鬼と血生臭い縁のある男。とすれば、敵対関係にあったと考えるのが自然か。恐らくはその吸血鬼がレオンハートに攻撃を仕掛けようとしたところで、運悪く我らの軍勢とかち合って争いになったといったところかな。

 戦略的に考えれば敵の敵は味方となるはずなのだが、吸血鬼という連中の思考は人の思考とは少々違うと言われている。故に人である私が考察しても無駄かもしれんが、とりあえず目障りだったとか邪魔だったとか、あるいは何らかの理由で多くの死が必要だったといったところか。


「吸血鬼は……自然災害のようなものだ。現状の戦力で歯が立たなかったことを責めるつもりはない」

『ありがとうございます』

「加えて、データの入手に失敗したこともだ。空間遮断結界――小型の世界を構築するに等しい大魔法を破れなかったことも、それを為す化け物の情報を得られなかったことも仕方がないとしか言えんだろう」


 本当ならここまでの大損害を出したのだ。その責任を追及して支部の構成員を全員人体実験の材料にでもしてやりたい。

 だが、今回のイレギュラーは私でも手に余る問題だったと認めざるを得ない。となれば、問答無用というのは私の沽券に関わるからな。


「とりあえず、少なかろうが得られたことから改善点を見つけ出せ。指し当たっては、勝機のない敵と出会った場合は逃走するようにプログラムを書き換えねばならんな」

『了解しました』


 改造の際に脳を弄って恐怖も苦痛もなくした戦闘兵器と変えられる強化魔物や改造魔術師であるが、勝てない相手に無謀な特攻をされては経費の無駄だ。組織の運営資金の捻出は中々に苦労しているのだから。

 今回の失敗は、そのように前向きに捉えるしかないだろう。損失は大きいが、組織規模で言えばたかが450程度だからな。


「それで、責任者……ヘッドはどんな様子なのだ?」

『はい。目を覚ましたレオンハート・シュバルツに手も足もでないまま捕らえられそうになったので、こちらの判断で事前に埋め込まれた自爆魔法を発動させました』

「よろしい。いい判断だ」

『ありがとうございます。それで、爆発の威力でシュバルツが怯んだ隙に空術を発動、体を回収しました。爆発の威力で内側から吹き飛んでいましたが、一応息はあったので回復魔法を複数人がかりでかけて延命中です』

「ふむ、再起できるのか?」

『回復魔法の効果はでているので、このまま治療を続ければ命は助かるでしょう。その後元のように働けるかは本人の努力次第、でしょうか』


 ふむ、生存率10%の自爆魔法を使えばそうなるのも必然か。即死していないだけでも幸運だろう。

 となれば、とりあえず治癒は続けるべきか。この先も役に立てばそれでよし。そうでないのなら実験台にでもすればいい。いずれにせよ、あれでも一流と呼ばれる術者。このまま死なせるのはもったいないな……。


「ヘッドの治療は続けよ」

『了解しました』

「それで……一番肝心な話題だ。目を覚ましてヘッドを圧倒したと言うレオンハート、どんな様子であった?」


 私の予想では、恐らくレオンハート・シュバルツは吸血鬼よりも弱い。現在の実力がどれほどなのかは未確認の部分も多いとはいえ、改造軍団450を無傷で殺しつくすような化け物と同格ではないだろう。

 そうなればもう、人間の枠組みを超えているのだからな。かつて数回程度しか私も見たことのない『人を超えたもの(英雄)』の領域には流石に至っていないはずだ。


『どう、と仰いますと?』

「変化がなかったかということだ。特に精神面でな」


 だというのに、隔離結界の中で何が起きたかは不明ながらも、出てきたのは半死半生の吸血鬼と気絶しただけのシュバルツの息子だった。つまり、結果を見れば勝者はレオンハート・シュバルツであったということだ。

 確かに奴は強い。吸血鬼の血という人間を超えた力を自らに加算している以上、普通の人間では勝ち目の薄い吸血鬼にだって勝利できるだろう。

 だが、今回現れたのはそんな考えの枠組みを越えた強者であると私は考えている。吸血鬼であっても個体によってその力は様々であるのは当然だが、恐らくこの吸血鬼はこちらがデータとして保有しているようなレベルではない。進化種や亜種などと呼ばれる、通常種とは比べ物にならない強者のはずだ。

 そんな相手に勝利することなど、人間には不可能。私が戦うのならばまず撤退を選び、その後に数で削って後方から魔法を撃ち続けるのを選ぶくらいだからな。


(つまり、結界内で起きたのは通常ではない事態。おおよそ人間の一人や二人ではどうにもならないような敵を相手に、勝利してしまえるような何かが……)

『使い魔越しに見た限りでは、異常は見当たりませんでした。事前の情報どおり吸血鬼としての特性を見せていましたが……』

「それはわかっている。その上で、今までの情報とは違う何かがなかったかと聞いているのだ」


 隔離結界内で起こりえる、人間の上位者が敗北するような何か。

 今の情報では想定しようが無いイレギュラーの可能性ももちろんあるが、今はそれは除外する。その上で考えれば、そこまでの急激なパワーアップなんて一つしか考えられん。


(恐らく、新たな吸血鬼の血の投与。一人の人間に吸血鬼の血が二重で与えられたデータなど歴史を遡っても残っていない。所詮連中からすれば使い捨ての駒の一つでしかない以上、そんな過剰強化を行う理由もないからな。だからこそ……そうなればどれほどの力が得られるのかは私にもわからん)


 一回でも生物の根幹を破壊する劇薬、吸血鬼の血を二度も投与されたらどうなるのか。それを知っているのは、恐らく吸血鬼だけだ。

 しかも、その対象は世界レベルで稀有な『吸血鬼の血に耐えた人間』なのだから、その結果は更に未知数。人の知識にないだけで吸血鬼からすれば珍しい現象ではないと言うことでもなければ、もはや回答は世界の誰も持っていない正しく未知のものとなるだろう。

 そんな未知ならば、ありえるのかもしれない。純正の吸血鬼の中でも更に上位と思われる個体を、紛い物でありながらも超える異常個体の存在が。


『いえ、その……』


 だが、私の思いは全く伝わっていないのか、通信魔道具越しに戸惑う声しか返ってこない。事実この予測が当たっていたとしてもどうなるのか私にすらわからんのだから、当然かもしれんが。


「では、質問を変えよう。結界から出てきたレオンハート・シュバルツの身体に変化はなかったか?」

『変化ですか?』

「ああ。吸血鬼としての特性を表に出していたんだろうが、その変化に異常はなかったか?」

『そう言われてみれば、情報よりも肉体の変化が激しかったような気も……失礼。私の主観などではなく、実際に映像データを送ります』


 混乱しながら見た映像の考察では自信がないのか、少し高度な術式を使って映像をこちらに送ってきた。

 私はそれを無言で受け取り、自室の水鏡に映写する。するとそこには、人ならざるものであることを証明するような真紅の瞳に切り替わったレオンハート・シュバルツが浮かび上がった。

 ……なるほど、な。


「変化しているな……」

『はい?』

「不鮮明な映像でははっきりしたことは言えんが、筋肉の張り方、爪、牙など、人では見られない特徴が現れている。これは今までの情報にはなかった変化だ」


 人を改造することを数十年続けているのがこの私だ。故にわかる。この男の肉体は人のものから離れている。こいつの父親のように人間のまま人間止めている筋肉発達を遂げている化け物は存在するが、これはそう言う話ではない。

 この発達の仕方は、人ではありえない。人にはない何かが作用して初めて到達する肉体だ。ほかの身体変化から見ても、間違いなく我々が把握している以上に深い吸血鬼化が行われている。

 興味深いデータだな。


「状況は理解した。報告は以上でよい」

『わかりました。それで……追撃はかけますか?』


 少し言いよどみながら、通信機越しの声がかけられた。

 ふむ、追撃か。確かにこのサンプルは非常に捕獲したいが、さてどうするか。攻めるのならば疲労しているだろう今だが……うむ。


「止めておこう」

『よろしいので?』

「ああ、現状では不確定要素が多すぎる。ここは監視に留めておけ」

『畏まりました』


 私の命令を承諾する言葉と同時に、通信も終了する。これは魔力をそこそこ消耗するのであまり長話はしたくない。だというのに、報告の全てを確認するのにかなりの時間を使ってしまったおかげで少々魔力不足ぎみだ。

 故に私は部屋に置かれている最高級のソファーに腰掛け、人払いしていた使用人を呼び出す。此処は一つ、紅茶でも飲んで体を休めるとしよう。


「……吸血鬼が何を思って来たのかはわからんが、また来るのか? だとすれば……そのときがチャンスかもしれないな」


 未来の成功を掴む為の、プランを考えながらな。



「……重傷だな」


 吸血城。我ら吸血鬼の王が住まう地で、私は目の前のベッドに寝ている半身が吹き飛んだミハイを見ながらそう呟く。

 彼の戦いは、一応監視していた。私が彼に戦いを任せた立場であるし、あの人間の居場所を教えたのも私だからな。今のミハイの実力的に心配する必要などないと思いつつ戦場を見て――隔離結界の中は流石に無理だったが――いたのだ。

 それが、結界が力で破られたように思える膨大な魔力と共にミハイはこの惨状で姿を現した。全く、信じられんことだ。

 慌てて私自らが空術を使ってミハイを回収したが、何があったのか本当に疑問は尽きん。


「ぐぅ……ああぁぁ……!」

「苦痛の声を上げることはできるか。お前が生き残るか否かはお前次第。精々頑張ることだな」


 体が半分吹き飛んだ痛みに苦しむミハイを前に、私は特に何もしなかった。いや、何も出来ないといったほうが正しいか。

 我々吸血鬼には、再生能力がある。その力は力の源である心臓を破壊されない限りはどんなダメージからでも再生できるほどに強力なものだ。

 それ故、我らには医術と言う概念がない。そもそも生命活動を停止しているアンデッドであるから病気とも無縁だし、怪我だって放っておけば治るのだから当然だろう。

 更に、回復魔法の類もアンデッドであるが故に逆効果だ。正の生命エネルギーを注ぎ込む回復魔法など、我らからすれば猛毒を流し込まれているに等しい行為だからな。


(だからこそ不可思議。何故ミハイの傷は治らないのか……)


 今のミハイならば、四肢の欠損だろうが問題なく再生できるはずだ。ならばこの重傷も時間さえあれば完治できるはずなのだが、再生が始まる様子はない。傷が広がることもないが、回復しないのだ。


(いや、原因はハッキリしているか。その原理が理解できんだけでな)


 そう思考を正し、私は苦しみの声を上げるミハイへそっと手を伸ばす。すると、触れるか触れないかのところで魔法障壁でもあるようにバチッ! と言う音と共に弾かれる。

 その弾かれた手を見てみれば、大したものではないが負傷している。この私が、伯爵級吸血鬼たる私の体が未知の力で傷つけられたのだ。


(我らに対する特効属性……光属性か?)


 かすり傷が再生していくのを眺めつつ、私は今起きた現象に関しての考察を行う。

 今のミハイの体には、恐らく攻撃を受けた際に残ったのであろう敵の魔力が残留している。我々吸血鬼からすれば触れるだけで火に焼かれているようなダメージを負う力によって、ミハイの体は今も蝕まれているのだ。

 恐らく、再生が始まらないのもそれが原因。一見傷は塞がりも広がりもしていないが、正しくは再生もダメージも両方起きている。つまり、回復量とダメージ量が釣り合っているために何も起きないのだろうな。


「攻撃後も残り続け、蝕む光、か。悪辣だな」


 人間共は光の力を高尚なものとして崇めているらしいが、これのどこが高尚なのだ。光属性を模倣して神聖属性とやらまで生み出してしまう人間共に見せてやりたいものだ。

 こんな、毒にしか見えない魔力の働きをな。


「おとー様! おとー様ぁ!!」

「ん? カーラか?」


 ミハイの状態を確認していたら、病室には相応しくない――この吸血城に病室などないので、客間を利用しているだけだが――甲高い大声が聞こえてきた。


「あ、おとー様! こんなところにいたんですか!」

「静かにせよカーラ。重傷者がいるのだぞ」


 私の後ろから近づいてきたのは、小柄な少女だ。

 外見年齢は、人間で言えば十代半ばといったところ。腰まで伸ばした銀髪と、吸血鬼特有の真紅の瞳が特徴的だな。

 そして何より――この私から派生した、我が娘であることこそが何よりも重要な情報か。


「重傷? なんですかそれ?」

「……酷い怪我をしているものがいる、という事だよ」


 私の娘、カーラは吸血鬼として誕生してからまだ二十年と経ってはいない。しかも行動範囲は私の屋敷の中か、この吸血城を含めた吸血鬼の寄り合い所くらいだ。

 それ故、この子には重傷と言う概念がわからないようだ。我々にとって、怪我など放置すれば治るものでしかないからな。


「うわぁ、ひっど……。ねえおとー様? この人、吸血鬼じゃないの?」

「いや、立派な吸血鬼だぞ。お前よりも格上のな」

「えー? じゃあ何で治んないの?」


 カーラは不思議そうに首をかしげ、苦しむミハイをしげしげと眺めた。

 まったく、この子には少し外の世界を見せたほうがいいのかもしれん。吸血鬼は不死の一族であるが故に年齢はあまり関係がないが、それでも経験と言う奴はどうしたって長いときを生きたものの方が深まるものだからな。


(強大な力を持つが故の弊害、と言う奴か)


 我ら吸血鬼は、アンデッドだ。それ故に、通常の生物が行うような『繁殖』と言う奴を行うことはできない。我らが数を増やす方法は少々特殊であり、同時に我らが吸血鬼であることを示すものだ。

 その方法とは、吸血。通常は下等種を、あるいは従者を作り出す為に使われる技術だが、そこから一歩発展すると同族を増やす技術となる。

 とは言え、通常の吸血と違ったことをするわけではない。普通に吸血鬼の血を吸血によって送り込み、吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントを作るだけだ。

 我らの血によって侵された生物は、魂が歪められる。それを適当にやると理性も何もない下等種になってしまうが、そこを調整すれば理性を残したまま完全なるシモベを作ることができるわけだ。

 そうして作られた従者は、一般的に魔物と呼ばれる生物に等しい。我ら吸血鬼も広義で言えば魔物の一種だからな。

 そんな魔物達だが、彼らには他の生物と決定的に違う点がある。それこそが、進化。普通の生物が何代もかけてゆっくりと変化するのに対し、魔物共は過酷な戦いを生き抜くことで凄まじいペースで変化していく。

 よく亜種だとか進化種だとか呼ばれるのがこれだ。つまり、我ら吸血鬼の繁殖法とは作り出した従者が進化することで本物の吸血鬼へと位を上げることだと言うことだな。

 だが――


「何で再生しないの――キャァ!?」

(はぁ、気づきもしないか。これだから産まれたての子供は……)


 カーラは倒れたミハイに無造作に手を伸ばし、ある程度覚悟していた私よりも随分と大げさに弾かれた。

 私から見れば、種族としての魔力視によってミハイを覆う忌々しい魔力ははっきりと見えている。先ほど手を伸ばしたときも確認目的であり、きっちり防御の魔力で手を覆っていたからこそ何の問題もなかったのだ。

 だが、カーラは吸血鬼なのに再生しないと言う、不可解な現象を前に無警戒で手を伸ばした。私と同じく見えているはずなのに、伸ばしてしまったのだ。

 その結果大きくその小さな手は弾かれ、火で炙られたようになっている。あの程度ならすぐに再生するだろうが、目に涙を浮かべている辺り痛かったのだろうな。


(進化によって吸血鬼になる。そうなれば能力は大幅に上がるのだが……記憶が完全に消去されるのは何とかならないのだろうか)


 通常の魔物の進化ならばそんなことはないのだが、吸血鬼への進化は魂が初期化されてしまう。従者として仕えるために作られた存在から転身したのが原因なのだが、それ故に産まれたての赤子のようになってしまうのだ。

 とは言え、生まれた時から強者であることは間違いない。より上位の存在である私からすれば弱いが、それでもこの世界の大半の生物よりも生まれた時から強い。しかも種族的なスキルまで完備されているのだから、大半の外因は脅威にならないのだ。

 それが原因で、人間の幼児でもやらないようなことをやらかし、更に脅威でないから学習しないのだかな。はっきり言えば、警戒心と言う奴がほとんどないのだ。


「いったーい! もう、何するのよ――キャァ!?」

「はぁ……」


 どうやらカーラは今の現象を、苦しむミハイからの攻撃であると判断したらしい。そこでカーラは短絡的に拳を振り上げ、動けないミハイへ殴りかかったのだ。

 まだまだ脆弱な戦闘未経験者であるために、その力は吸血鬼としては弱い。吸血鬼は獲物の血で強くなるのだが、この子はまだ狩りをしたことがないからな。

 それ故に、ミハイを蝕む魔力は結界のような役割を果たし、カーラの拳を迎撃した。さっきとは比べ物にならない力を込めていたおかげで怪我は少ないようだが、泣く寸前だな。


「お、おどー様! アタシ、痛いです!」

「すぐに治る。我慢しなさい」


 どうやら流石に苦手意識が出来たらしく、カーラは私の後ろに隠れてしまった。

 昔は吸血鬼の従者が本物へと至ったところで、基本的には放置であった。元々真の吸血鬼からすれば従者など量産が効く駒であるし、同族の誕生を祝うだけで後は不干渉だったのだ。

 だが、今の我らは戦力を求められている。その為に進化できるような強力な従者を作ることを種全体で行っているし、その為の素体集めも行われてる。更に放置すればもろもろ学習してまともな戦力として使えるようになるまでざっと百年はかかると言われる産まれたての吸血鬼たちへ親として接し、その成長を手助けしているのだ。

 正直死者である我らに親の真似事なんてできるのかと当初吸血王様に命じられたときには思ったものだが、最近ではまあ悪くないかなと思っている。子を育てると言うのは、中々に楽しいものだ。


「うー……。それでおとー様? いったい、これ何なんですか?」

「うむ。この者の名はミハイ。現在認定としては男爵(バロン)級であるが、実力的には伯爵(カウント)級に達していると見ている」

「ええっ!? まさか、おとー様と同じくらい強いんですか?」

「さて、どうだろうな」


 実際に戦えば私が勝つだろう。魔力量だけなら並ぶものがあるが、積み重ねてきた経験が違う。

 あの武装まで考慮に入れるとまたわからなくなってくるが、いずれにせよ伯爵(カウント)級に進化したばかりの若造に負けるつもりなど微塵もない。

 口に出すのも少々大人気ないので、適当に濁すがな。


「じゃあおとー様? なんでこの人そんなに強いのにこんなバラバラになっちゃってるんですか? 公爵様に戦いでも挑んだんですか?」

「いや、こやつが戦ったのは人間だ。かなり特殊で、本当に人間と呼んでいいかわからんがな」


 人間。その言葉を聞いた瞬間、カーラは大層驚いて目を見開いた。

 直接見たことはないはずだが、人間が弱いくらいは知っているのだろう。それを相手に吸血鬼の中でも上位である伯爵級相当の実力者がやられたとなれば、それは驚いて当然か――ッ!?


「邪魔をするぞ」

「こ、これは吸血王――オゲイン様!?」


 娘との会話を楽しんでいたら、突如背後から威厳たっぷりの――いっそ威圧されているといっても過言ではない声がかけられた。

 その声の持ち主が我ら吸血鬼の頂点、吸血王オゲイン様と理解するのに時間はかからない。これほどの気配の持ち主など、今の世界には後三人ほどしかおられないからな。


「よい。楽にせよ」

「は、ははっ!」


 条件反射的に跪き、頭を垂れる。だがオゲイン様はそれを手で制し、不要と仰られた。

 カーラなど威圧にやられて硬直してしまっているし、若い吸血鬼への配慮だろうか?


「……失礼ながら、カーラ――この娘の退出をお願いしたいと思います」

「構わん。好きにせよ」

「ありがとうございます。……カーラ。席を外しなさい」


 オゲイン様の圧倒的な魔力は、戦闘態勢に入っていなくとも数多の生者はもちろん、死者ですら震え上がるものがある。このお方に比べれば、私レベルでは何人集まっても勝算はないからな。

 だからこそ、ただの吸血鬼でしかないカーラにこの場の空気は重すぎる。そう判断してカーラを半ば追い出すように追い立て、私はオゲイン様と向かい合った。


「それで、我らが王よ。一体何ゆえこのような場所に」

「なに、少々気になったものでな。我が血の継承を済ませ、更にかつての私の槍まで持ち出してなお人間に敗北したと言う話にな」


 その言葉を聞き、私の背筋に冷たいものが走る。

 まさか、オゲイン様は敗北したミハイを粛清しに来たのだろうか? ここまで育つものは希少であるが、オゲイン様ほどのお方ともなれば有象無象の一つに思えても仕方がない。

 今までの努力を無に帰すようなことにはなって欲しくないのだが……どうなるのだろうか?


「ほう、これは興味深い」

「と、仰られますと?」


 オゲイン様はミハイの半分消し飛んだ体を見て、愉快そうにそう笑った。

 その様子からは怒気を感じることはなく、特にミハイを粛清するつもりはないようだ。考えてみればそんなことで一々王自らが足を運ばれるわけもないのだが、オゲイン様の真意はどこにあるのだろうか?


「この現象……太古の時代に見た覚えがある」

「それは、今もこの者を蝕む光の力のことですか?」

「光……今の時代ではそう呼ばれるのだったな。その問いには、その通りだとだけ答えよう」


 それでオゲイン様は会話を終了させ、ミハイの体に手をかざした。

 そして、そこから濃縮された闇の魔力がミハイの体を覆っていく。すると先ほどまであらゆる闇を遠ざけていた光が徐々に減退して行き、それにあわせてミハイの再生が始まったのだった。


「おお、これは……」

「神の裁き、か。女神の尖兵……この時代にも現れたか」


 私では静観しかできなかったミハイの状態を、オゲイン様はあっさりと対処して見せた。高々一吸血鬼の為にその力を行使なされた事実自体が奇跡だが、それ以上に呟かれたお言葉が気になる。

 しかし、私にそれを口にする権限はない。オゲイン様の背中が、そのことについて喋る気はないと告げているのだから。


「これで問題あるまい。こやつに使われた力は強力で在るが故に意識を取り戻すのは先になるだろうが、命に別状はない」

「は、ははっ! オゲイン様の慈悲に感謝いたします」


 そうして頭を思いっきり下げた私を一瞥し、オゲイン様は転移でこの場を去られた。一体なんだったのかはわからないが、とりあえず嵐は去ったようだ。

 そんなことで安心してしまったが故に、私は気を緩ませた。だからだろうか。いつもならば聞き逃さないはずの、扉の向こうでなにやら叫んでいる我が娘の言葉を聞き逃してしまったのは。


「伯爵級でも勝てない人間……。それをアタシが倒せば、誰しもが私を認めて称えるわよね! ニンゲンってのも見てみたいし、ここはアタシが本気を出すとしましょうか!」

何だかんだ言って生きてた敵二人。それでも敵はほとんど死亡寸前、自分は一晩寝れば回復する疲労。

これはもう完全勝利と言ってもいいのではないだろうか!

……なお、その手柄の大半は未知の力と外付け強化であり、本人が自慢できるものは全く無い模様。


後は人物設定だけで今章終了です。

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