第54話 暗躍する敵2
「第35番から78番まで、正常起動を確認」
「改造魔道士部隊、全員の編成を完了」
「そうか……ターゲットの移動予測は?」
「現在、先行させた強化魔物軍を蹴散らしながら移動中。方角から考えて、目的地は聖地マーシャルだと思われます」
「……あれら一匹に予算いくらかかってると思ってんだよホントに。そんなぽんぽん壊さないでくれよなぁ……」
真の誇り幹部イビル様の強権発動により、現在冴えない中間管理職である僕は長い年月と多額の資金をかけて作り上げた戦闘部隊の編成を行っている。
ここはプライドが保有する研究所の一つであり、強化魔物――コンバートモンスターと改造魔術師の研究開発を行っている。
そして、目下その中で動かせる全てを使って要注意人物兼サンプルに認定されているレオンハート・シュバルツへの攻撃態勢を整えている最中なのだ。
「結局どのくらい出すことになりそうなんだ?」
「改造魔術師が150人。強化魔物、オーガ型を50、オーク型を30、アーマー型を20、ゴブリン型を200ほどです」
「戦争でもする気か?」
助手のリップちゃんにこちらの最終兵力を確認し、思わずつまらない冗談を言ってしまう。にこりともされない。
とは言え、全部合わせて450の改造兵士。それぞれが最低でも下級騎士と相打ちくらいなら狙える戦力をそれだけ出して、狙っているのがたった一人の中級騎士だってんだから笑いが出てくる。
改造魔術師は人間の魔術師の肉体を弄り、普通の人間では不可能な術式運用を可能にした次世代型人類。そしてそもそも人間種では比較にならない潜在能力を秘めた魔物を更に強化、制御した化け物共。
そのどちらも、脳に手を加えることでこちらの命令に絶対服従させると共に恐怖心といった力の妨げになる感情や機能を排除した正真正銘の戦闘兵器だ。
そんなのをたった一人の為だけにこれだけの数出すとか、本当に我ながら気が狂っているとしか思えないね。
「戦争でしょう。相手は準英雄級とも、英雄の領域に足を踏み入れているとも言われる本物の怪物です」
「だな。我々の傑作でようやく数の優位が作り出せる怪物なんだ、相手は」
そう、リップちゃんの言うとおりだ。普通の騎士相手であるならば僕は今すぐ最高の医療チームに身をゆだねるべきだが、敵があのシュバルツの後継者ならばまさに正常な判断となってしまう。
いや、むしろ逆の意味で気が狂っていると言われてしまうかな。あのシュバルツ家に武力で喧嘩を売ろうとしているなんてさ。
「とは言え、我々の研究成果は当初の目標を大きく上げて成果を出しています。事実、シミュレーションでは後2年もあれば王国騎士団の戦力を超えると出ていますからね」
「シュバルツ・クン両家の当主の老いによる弱体化まで考慮に入れてね。本当に人間か怪しい魔法ジジイを戦力に入れてないし」
もしイビル様ことスチュワート現当主様の耳に入ったらその場で処刑されかねないことを小声で言いつつ、手は休めずに作業を続ける。
いや本当に、人間ってのは大なり小なり年老いれば衰えるものだ。生物として間違ってる構造をしているモンスター以外ならどんな生物でもそうなんだけど、とにかく怪物そのものである人類のバグ、英雄だって歳をとればその能力も消えてなくなる。
最近シュバルツの当主は『歳のせいかスタミナが落ちている』と、付き合わされた騎士が生死の境をうろうろする破目になるようなランニングを終えた上で軽い調子で言ったそうだし、クンの当主は頭髪と潔い別れを済ませたそうだ。バケモンは老いてもバケモンなのかもしれない。
なんて、持論をちょっと撤回してしまいたくなる報告を思い出してしまったが、それでも弱体化することは否定しようのない事実。だと言うのに、何故最強の魔術師と呼ばれるグレモリーは老いてなお最強なのだろう。
もはやその出生を調べるには歴史を調べることに等しいとまで言われるほどに長命な人物だとも知られているが、実は人間じゃないってのがオチじゃないのか? 本人曰く、高レベルの魔法で延命しているとか言ってるらしいけどさ。
「……さて、これで全ての作業は終了かな?」
「ええ。目標の予測ルート上に全兵士を配置。万が一目標がルートを外れてしまった場合の保険も含めて全て完了です」
「やれやれ。今度はこんな大部隊を転移で送るなんて無理難題にならないよう指示がほしいものだね」
イビル様が思いつきとしか思えない速度で命令してくれたおかげで、魔力振り絞って転移魔法連発する破目になってしまった。
そのほとんどを魔道具に頼ったといっても、もうくたくただ。責任者として眠るわけにはいかないとは言え、勝利報告以外が来たら不貞寝しちゃうかも。
「……あの、支部長。報告が」
「ん? 何かな?」
支部長なんて大層な肩書きで呼ばれるとむずかゆいんだけど、態度には出さないで余裕溢れる上司の顔を作る。
リップちゃんだけになら素を出しても問題ないんだけど、こんな不安が顔にありありと浮かび上がっている若い子の前では頼りがいのある大人を演じないとね。
「部隊を展開したポイントに、人影が迫っていると報告がありました」
「人影? 人数は?」
「一人らしいです。恐らく旅人ではないかと……」
「ふーん……。そりゃ、ご愁傷様だね」
こうしてのびのびと勢力を伸ばして自由に研究開発してるから忘れがちだけど、僕らは犯罪者だ。王国法で禁止されている人体改造を始めとして、ここでやっていることがばれたら即座に騎士が群れをなしてやってくるだろう。
だから、そんな僕らの研究の集大成の前に現れた哀れな旅人の処遇なんて考える必要すらない。死人に口なし、だ。
「さて、監視用の使い魔の調子は?」
「良好です。映像も出せます」
「んじゃ、お願い」
使い魔との視覚共有によって遠距離の情報を得るのは魔術師にとって基本中の基本だ。今回も、当然複数の使い魔を飛ばしてデータ収集の構えをとっている。
更に僕らはその技術を一歩進め、魔力を込めた水鏡に使い魔の視界を映し出し、複数人でその映像を共有する技術を開発した。グレモリーの開発した魔法に同様の効果を齎すものもあるんだけど、イビル様の機嫌が物凄く悪くなるからわざわざ作ったオリジナルだ。一応原材料が水だけで済むお手軽さって利点もあるしね。
「じゃ、しっかりと頑張ってくれ。僕らの作品よ」
◆
「ほう、似合っているじゃないかミハイ」
「今までの服はもう使えないですからね。お心遣い、感謝します」
伯爵殿の賞賛に、素直に頷いておく。血の棺に入ってから体の組み換えを決めたせいで服の用意がなかったからな。彼の服を借りられなければ城内でストリーキングする破目になるところだ。
今までの子供用の服は、もう僕……私の体には合わない。サイズを合わせてくれる魔法のかかったものは問題ないが、普通の私服はもう破棄だ。
体の成長なんて今まで考えたこともなかったとは言え、やはり貴人としてはまず服選びから始めるべきかもしれん。
「それで? これからどうするのかね?」
「無論、かの人間の下に向かいます」
「それは結構だね。居場所の割り出しは私に任せてくれて構わないが、他に何か準備はいるかい?」
「……では、少々時間を頂きたい。武装を整えます」
以前は丸腰だった。吸血鬼として、たかが人間を相手にするのに武器なんて不要だからだ。
だが、今回は侮ることも加減もなしだ。正真正銘、私の持てる全てをぶつけなければならない。一度敗走した以上、挑戦者はこちらだからな。
「武装……武装か。何か持っているのかね?」
「ええ。ここ数年鍛錬の合間に見つけ、ついに交渉に成功した一品が」
吸血鬼専用の武器。私がこの世に誕生するよりも遥か前に創造されたと言う、伝説の武器。
たかだが男爵の私が手にすることなど本来不可能な物だが、持ち主は条件付きで私への譲渡を認めてくれたアレを取りに行かねばな。
「ふむ。どうやらよほど自信の持てるものらしいが、よくそんなものを見つけたね」
「ええ。所持者は公爵のお一人でしたが、交渉を重ねて……」
「デュークッ!? ……キミ、よく生きてるな?」
「……まあ、何度か生死の境を彷徨いましたが」
伯爵殿が驚きを露にしているが、気持ちは分かる。私も同じ立場ならその馬鹿の頭をかち割って調べたくなるだろう。
吸血鬼社会では、力の差による絶対の上下関係がある。階級がそのまま個人の力を意味する我らにとって、下位の者が上位の者に無礼を働くことは死を意味する。
人間の社会では公爵とは王家の血縁者を指すらしいが、我ら吸血鬼の社会ではただただ王に続く実力者である以上の意味はない。故に、私が交渉を持ちかけたお方はそれに相応しい実力を持っておられるのだから。
当然、武装としてはもちろん、純粋な物としての価値にも優れるアレを圧倒的に下位である私に譲れなんて最上級の無礼に当たる言葉だ。我々は貴人としてそれに相応しいコレクションを求めるところがあり、それを狙う賊など殺して当然なのだから。
事実、私がその旨を告げたとき、とりあえず殺された。吸血鬼でも即死する心臓や脳の破壊ではないとは言え、胴体を上下真っ二つに斬られたのだ。
恐らく、そこで叫び声の一つでも上げていれば本当に殺されていただろう。攻撃前に「弱者の声など私の耳に入れるな」と、吸血鬼の貴人らしい傲慢極まりない一言を放っていたために無言で再生したのだが、そこまでやってようやく会話の権利を得たくらいだったから。
「しかし、そこまでやってでも欲しがるとは、相当強力な武器なんだろうね?」
「ええ。間違いなく、吸血鬼の振るうものとしては最上位の物でしょう」
幾つもの死線を潜り抜け、最上位の試練である吸血王の血を受ける継承の義まで突破したのだ。
かの方の最後の試練『吸血王より継承の義を受けよ』を無事に攻略した今、アレは私の所有物となったのだ。人間と違い、吸血鬼は約束を絶対に守るからな。
「では、失礼します。これよりすぐに行動を開始しますので」
「ああわかった。かのレオンハート・シュバルツの居場所に関しては使い魔蝙蝠を飛ばして調べているから、すぐに分かるだろう。人間の村での戦いのときに入手しておいた魔力の匂いを辿れば時間はかかるまい」
「……感謝します。【空術・次元門】」
魔力を練り上げ、目の前に地面から湧き出す半円型の門を作る。空間転移魔法の一種だが、広い大陸を移動するには欠かせない術の一つだ。
転移阻害をかけてあるような場所には繋げられないが、この城は出入りはともかく中を移動するのには妨害がかからない。この吸血城は二本の足で端から端まで歩いて行こうと思ったら二日くらいかかる巨大さなので当然だ。魔法なしで移動するには些か以上に不便なのである。
故に城門まで魔法で向かい、再びゲートを開いて今度は公爵殿の屋敷へと向かうのだ。
公爵殿の屋敷も吸血城同様、敷地内に転移系の魔法で入ることはできない。その為、そのすぐ近くに座標指定を行う。
そしてゲートを抜けた先に見えたのは、魔法金属によって作られた立派な屋敷だ。この火の呪いを受けた大陸では草木一本生えない荒野が広がっている為、正直周囲の景色は殺風景ながら屋敷の見事さで言えば文句のつけようがない見事なものである。
「……公爵殿は、ご在宅か?」
「おや、どちら様でしょうかな?」
私は正面から屋敷に近づき、門番をしている普通吸血鬼に話しかける。流石に公爵級の吸血鬼ともなると、使用人に従者ではなく本物の吸血鬼を使っているのだ。
だが、その優秀なはずの使用人は私を見ても首をかしげているだけだ。どうやら強さだけは感じ取っているらしく礼儀正しい態度を崩してはいないが、一度でも訪ねたことのある客人を忘れるなど使用人失格だな。
まして、私がこの屋敷を訪ねたのは一度や二度ではない。公爵殿の無理難題を攻略するたびに訪れたのだから、もはや魔力だけで気がつかねばならないくらいだと思うのだがね。
「ミハイだ。公爵殿にお目通りを願いたい」
「ミハイ……? 失礼ながら、私の知るミハイ様と貴方様はまったくの別人なのですが?」
「何? ……ああ、そう言う事か」
何を言っているのかと一瞬殺意を持ってしまったが、そう言えば体を組み替えて成人した肉体にしたのだったな。しかも血の継承を終えたことで魔力が爆発的に高まったことで別人と思われてしまったわけか。
公爵殿クラスならば外見はともかく魔力的に見誤ることはないと思うが……流石に貴種でもない者では巨大すぎて見誤っても無理はないというべきかな。
「証明することも出来るが面倒だ。とにかく公爵殿に繋いでくれ」
「しかし……」
「連絡を入れてくれるだけでいい。ああ、その際には『貴方が出した試練を乗り越えたミハイが』と付け加えてくれればお前の疑問の答えにもなるだろう」
「はあ……」
自己証明を行える物も幾つかあるが、一々普通種如きに語りかけてやるほど私も暇ではない。公爵殿ならば魔力だけで判断できるのだから、とにかく繋いでさえくれればこの男には用などないのだから。
「……旦那様からのお許しが出ました。どうぞ、ご案内します」
「ああ」
どうやら公爵殿は察してくれたらしく、門番の男はそのまま道案内を買って出た。入れ替わるように別の者が門番に入る辺り、流石教育が行き届いているというべきだろう。
そして、別に案内されなくとも知っている屋敷の中を無言で歩き続け、公爵殿の執務室の前へとたどり着く。そこでこの普通種の男は頭を下げつつ後ずさりし、後は自分でやれと態度で示してきた。
せめてドアを開けるくらいは使用人としての勤めだろうといいたくなるが、これは間違いなく公爵殿の指示だ。これと言って恨みも興味もないこの普通種を殺す理由もないのだから、やはりここは私の手でこの取っ手を回すべきだろうからな。
「――――ッ!」
意を決してドアを開けた瞬間、普通種ならば即死できるだけの魔力が込められた魔弾が100発ほど飛んできた。
私はその全てに同威力の魔弾を瞬時に構成し、迎撃することで対応する。この、手荒い歓迎への返答として。
「ほう、どうやらハッタリでも嘘でもなかったようだな。ようこそミハイ君。歓迎するぞ。我は強者に敬意を払う」
「……相変わらずですな、公爵殿」
執務室内で朗らかに魔弾を放った痕跡を隠そうともせず私を歓迎してくれたのは、この屋敷の主だった。
私はそれを当然認識しつつ、礼儀に乗っ取って頭を下げて挨拶する。今の魔弾の洗礼は、決して試練を乗り越えた私にあの武器を渡すことが惜しくなって抹殺する為のものではないと確信しているから。
「さて、今までの君ならば確実に死んでいただろう、生き残ったとしても死に等しい無様を晒しただろう魔弾を見事に消して見せたのだ。どうやら、本当に陛下の血を受けることに成功したようだな」
「ええ。本当に死ぬかと思いましたが、無事にここへ戻ることができました」
「よろしい。我もかつて陛下の血を受けたから分かるぞ。今そこで生きていることこそがお前の強さの証明だとな」
先ほどの魔弾は、ただただ今の私の力を計るためだけのものだ。数日前の私ならば死かそれに等しいダメージを覚悟しなければどうしようもなかっただろうあれほどの攻撃を前に、一体どのくらい抵抗できるのかを見るために。
もし私が吸血王の血を受けたと、その条件はクリアしてきたと嘘を言っていた場合、即刻吸血鬼でも再生できないほどの威力で殺す気だったと言う事だな。
「では、例の物を頂きたい」
「了解したとも。我の条件をこなした者への褒美を与えよう。我は約束を守るぞ」
そう言って公爵殿は、空間に手を突っ込んだ。アレもまた空間を弄るタイプの魔法のはずだ。
恐らく、魔法で作った異空間に所持品を入れておくものだろう。その予測は正しかったらしく、公爵殿は虚空から私が所望した赤黒く輝く一本の槍を取り出したのだった。
「血を支配する魔槍――吸血牙槍。かつて陛下自らが振るわれたこともある至高の一品だ。例え消滅しても再生する最上級の魔力を宿した武器であり、現存する神の武器の一つともされている。遥か太古の時代に我ら魔の者の神たるお方が創造され、陛下に与えられたものらしい」
公爵殿はまさに血を固めて作ったような歪な棒――武器と呼ぶにはあまりにも精錬されていない、血液を無理やり武器の形に固めたような物体を手にそう語る。
だが、私もその伝説に文句をつける気は一切ない。公爵殿の手から離れてなお落下することなくふわふわと独りでに浮遊するアレが魔法の力を宿しているのは誰がみてもわかることとは言え、そんなこと気にもならない威圧感をあの槍は放っているのだ。
そう、とても武器とは思えない形状であるのは間違いないが、実際この目で見ればわかる。アレに内包されている力は、私が知るほかの何よりも上のなのだと。力を解放しているわけでもないのに、魂が押しつぶされそうになるほどの力を宿しているのだと。
あの、牙とも呼ばれる赤黒い棒の先にとがった何かをつけただけの武器には、伝説と呼ばれるに相応しい力があるのだと触れずとも理解できるのだ……!
「さてミハイよ。お前にこれが使いこなせるか? 優れた武器は、優れた使い手の手にあってこそその真価を発揮する。並の者ならばその辺の名槍を振るうのと変わりない力しか引き出せんぞ?」
「……無論、私はその槍の全てを引き出すつもりです」
「よろしい。では、キサマにこの槍をくれてやる。精々飲まれぬように気をつけるのだな」
公爵殿がそう言った瞬間、まるであの血の牙が自らの意思を持っているように私のほうへとゆっくり飛んできた。
私はそれを掴み、そして衝撃を受ける。圧倒的な魔力と、振るわれてきた実戦の中で受けてきた途方もない憎悪の念に対して。
この槍は、歴史の中で数多の命を刈り取り、言葉では語れない憎しみを受けてきた。その槍に刻まれた戦いの経験は、ただの木の枝ですら呪いの武器として生まれ変わるに十分なものだと持つだけで分かってしまったのだ。
(……美しい)
間違いなく、我が手に収まった血の槍は呪われている。人間などはもちろん、魔物ですら、この手の闇の呪いにもっとも適合できるだろう吸血鬼ですら精神を破壊されかねない圧倒的な呪いだ。
もし私が試練を受ける前であれば、吸血王の血を受ける前であれば飲まれていたかもしれない、それほどの呪い。そんなものの輝きに、私は魅入ってしまった。これほどの闇を前に、美しい以外のどんな感想を持てというのか。
「どうやら、気に入ってくれたようだな」
「ええ。まさに、この槍は私にとってもっとも美しい芸術品にして最強の力となりましょう」
「当然だ。それは我のコレクションの中でも最上級の品だったのだから」
確かに、如何に公爵級と言ってもこれほどの魔具はそう簡単には手に入らないだろう。これ以上の品を所持しているとすれば、それはもう吸血王オゲイン様以外にはありえないと断言できるほどの物なのだから。
……改めて、かつて屈辱を味わわされた人間一人に持ち出すようなものではないと実感する。今度こそ完全なる勝利を収めるためにとにかく強力な武器を望んだわけだが、流石にこれはやりすぎだ。
だが、それでいい。私こそがミハイ。いずれは吸血鬼の頂点に立つ男。ならばこそ、求めるべきは常に最強であるべきなのだから。
「……では、失礼します」
「ああ。我も忘れなければお前の勝利を祈ってやろう」
それで、私と公爵殿との交流はおしまいだ。絶対の上下関係を築いているだけに馴れ合いがありえない我らにとって、用事が済めばそれで終わりなのだから。
再びさっきの普通種の男の案内で屋敷の外に出た後、また次元門を起動する。今度の目的地は南の大陸、最弱種族たる人間共が住む地だ。
『ミハイ。聞こえるかミハイ』
「……おや、これは伯爵殿」
私の憎むべき人間、レオンハート・シュバルツ。その所在は未だ不明だったから適当に座標を決定しようとしたところで通信魔法が入った。
そう言えば、伯爵殿があの人間の居場所を追跡してくれているのだったか。この血の槍のインパクトが強すぎてすっかり忘れていたな。
『あの男の所在が大体判明したぞ』
「それは上々。ですが、大体とはどう言うことでしょうか?」
『むこうも移動中らしくてな。それもかなりの速さだ。それ故、完全な位置の割り出しには至っていないのだよ』
……ふむ。高速で移動中とは、一体何をしているのだろうな?
逃走中か、あるいは何か緊急の用事でもあるのか。いずれにしても、追いかける側としては少々面倒だ。
「では、進行方向上に障害物のない平野はありませんか? 少々考えがありまして、可能な限り隠れ場所や盾になるもののない場所が好ましいのですが」
『ふむ。少し待ってくれ………………発見した。レオンハート・シュバルツと思わしき男の進む先に丁度いい場所があるようだ』
「では、そこの座標を教えてください。待ち構えるとしましょう」
『了解したよ。では……ん? どうやら、先客がいるらしいな』
「先客?」
『ああ。正体は不明ながら、有象無象がその地の近くに集まっているようだ。どうするかね?』
有象無象だと? 一体何者だ?
……まあ、関係ないな。この槍の試しには丁度いいかもしれんし、ここは一つ、数年待った俺の復讐の邪魔をしていることも寛大に許してやろうではないか。
「問題ありません。教えてください」
『わかったよ。では、通信するからそこに繋げてくれ』
伯爵殿からの通信魔法を伝って、南の大陸へのルートが頭の中に入ってくる。
転移魔法も距離がありすぎると座標にずれが出ることも珍しくなく、別大陸への転移となると相応にずれてしまうのは仕方のないことだ。
それをカバーするために使い魔を飛ばして少しでも目印として活用するわけだが、さて、今回は無事に成功するかな……?
(……ふむ。どうやら、ほんの少しずれたようだな)
ゲートを潜った先は、伯爵殿から送られてきた映像に近い場所ではあった。だが、完全に同じではない。
少し離れた場所に弱小種族や雑魚モンスターの魔力反応がうじゃうじゃあることだし、恐らくそこが俺の待ち伏せポイントだろう。
どれ、まずはそこを目指すとしようか。メインの前の、前菜を食らう為にもな……!
主人公を狙う二つの勢力が何故か戦い始める模様。




