第52話 奥義
今章ラストです。
――――奥義・刃輪舞
これは八王剣を極めるべく、加速状態のままで精密な動きを可能にしようと鍛錬した結果生み出された俺のオリジナルだ。
最大加速状態の限界時間は五秒。その五秒の間、本来の能力を遥かに超える性能を見せる肉体を制御し、通常状態と変わらない精度で連続の斬撃を繰り出す速度任せの連撃。
敵が反応できない速度で、本来隙にはなりえないような守りの浅い部分を斬りまくる。立ち止まることなく敵の周囲を何度も何度も周り続け、その度に斬りつけバラバラにする技だ。
まあ要するに、最大加速状態の速度でひたすら斬りまくるだけなんだけどさ。
今の俺なら、六倍速状態で五秒間におよそ百回ほどの攻撃を加えられる。加速法で限界突破している体で無理やり方向転換から剣を振ることで体への負担はでかいが、これだけ斬ればよほどのことがない限りは必殺の技となりえる奥義だ。
その剣を、俺は大分はなれた後ろの方で隠れているアレス君に見せようと開帳したのだ。
まったく、ダメじゃないか言いつけを無視したら。俺の言いつけを破り、そして発揮できる能力の全てを出し切らなきゃ置いてけぼりにされる速度でここまで来たのに、今にも死にそうな荒い息で最後までついて来るんだもんな。
更に今のアレス君では到底勝ち目のないモンスター、アクアバジリスクが出てもなおこっちを見ることを止めない胆力まで見せられたらそりゃ、テンション上がって奥義とか見せたくなるじゃないか。
まあ、命令無視に違いはないから明日の修行量二倍にするけどさ。何事もけじめは大切だ。
「――ハッ!」
「キシャァァァァ!?」
数えたわけではないが、多分100回ほど斬りつけた辺りで加速法の限界時間がきた。最高速を限界まで保つと流石に反動がでかいから、斬りつけた姿勢のままで一旦距離をとる。
大体、加速法を使用してから次の加速法を発動できるようになるまでには十秒かかる。狂わせた魔力バランスを元に戻し、再び崩すにはそのくらいの休憩時間が必要なんだ。
しかもその間、体内魔力が狂っている影響で動きが鈍る。俺を殺すならこのタイミングしかないってくらいのでかい隙だ。
だから――この蛇のバケモノが俺を殺したいんなら、今がチャンスなんだよなぁ……。
「【グルアァァァァ】!!」
全ての攻撃は間違いなく命中した。しかし、アクアバジリスクは未だ健在であった。
そんなアクアバジリスクの咆哮と共に湖の水が意思を持ったように浮かび上がり、弾丸の如く俺に向かって飛んでくる。
流石に、強力なモンスターだな。モンスターレベルで言えばノーマル吸血鬼を越えているだけのことはある。どう考えてもこんなところで水泳を楽しんでいていいレベルじゃない。
その上、鱗は下手な鋼鉄よりも硬い。実際斬った俺だからよくわかる。これに魔力障壁まで加われば、攻城兵器持ち出しても倒せないだろう頑強さと生命力となる。実際、百回斬ってもあちこちから軽度の出血が見られる程度のダメージでしかないからな。
むしろ、ニナイ村からの戦いで酷使している俺の剣の方が折れそうだ。元々武器の修復を兼ねて町に寄ったのに、いろいろあって点検に出す暇もなかったからな。この蛇の相手が終わったら鍛冶屋に持っていこう。
(……水の魔法か。移動するだけで人を殺せそうな巨体に魔法を操る能力とか、確かに強力すぎる相手だよなぁ……)
亜種として水の属性を持っていることで、こいつは魔法まで使える多芸っぷりを見せている。対策なしだと開幕石化眼でゲームオーバーなのに、素の能力ですらここまで高いとかマジで勘弁して欲しい。
せっかく弟子に初めて見せた奥義なんだから、ここは素直に倒れて欲しかったぜ。予想通りの頑丈さを見せ付けてくれやがって。
「フッ!」
水の弾丸を、跳躍で回避する。更に腕輪の魔力を開放し、風を操ることで空中でもう一度大きく跳躍。更に距離を取る。
それに対し、アクアバジリスクも更に水を操って追撃を仕掛けてくる。あの水弾の威力はまあ、人間の体をミンチにするくらいは楽勝かな……?
「後8秒……」
水弾を、風の操作によって自分を吹き飛ばすことで回避する。正直、魔法で防御するのは自信がない。
そんなちょっと情けない理由での回避だが、一撃たりとも掠ることすらなくやり過ごす。正直魔法は計算外だったけど、俺の空中移動はそこそこ優秀なつもりだからな。普通に空飛ぶ能力を持っている吸血鬼の爆撃戦法に対処する為に編み出した対空スキルだ。
……まあ、本当に浮いているわけじゃないからすぐに着地しないといけないんだけどさ――ッ!?
「キシャーッ!」
「ぐぅっ!?」
水弾を避けて地面に着地した俺に、アクアバジリスクはその巨体による突撃と共に鞭のようにしなる何かを飛ばしてきた。
まだ動きの鈍っている俺は、その何かを回避できなかった。ヌルッとした気色悪い質感の何かを左腕で受け止めることはできたが、踏ん張りきれずに吹き飛ばされる。
その一撃で、俺の左腕は関節が一個増えたようにぽっきりと折れてしまったのだった。
「痛っ……! 骨が皮膚を突き破って貫通……出血も酷いな」
「師匠っ!?」
腕から上がってくる激痛を感じつつ、自分の状態を把握する。隠れてみていたはずのアレス君はつい大声を出してしまっているが、ちょっとそっちに構っている余裕はない。
今にも泣き出して転げまわりたい痛みなんだけど、弟子の前で師匠が格好悪い姿を見せるわけにもいかないしな。
それに、何故か俺って一線を超える激痛はすぐに痛覚が遮断されたように感じなくなるんだよね。それに伴う恐怖まで、まるで精神支配でも受けたかのように霧散していくし……精神を守る為の脳の防衛機能って奴なんだろうか?
(まあいい。吸血鬼の心臓発動。【部分鬼化・吸血鬼の左腕】)
心臓より吸血鬼の血を生成する。そして、自らの血流を操作して左腕のみに魔物の力を宿す。
血を操るのは吸血鬼の基本スキルの一つ。俺でも自分の体内の血液くらいなら操作できるし、左腕だけを吸血鬼に変えるくらいは可能だ。
まあ別に全身吸血鬼にしてもいいんだけど、所詮モドキである俺はいろいろ負担があるからな。正直体内魔力が乱れた状態ではなりたくないし、再生はアホみたいに魔力を取られるからできるだけ節約したいのだ。
「再生完了……加速法待機時間残り4秒……!」
「シャリュアッ!」
骨折と皮膚の裂傷くらい、吸血鬼の再生能力ならば3秒で元に戻る。大部分の魔力を持っていかれはしたけど、もう何ともない。
そんな、人間としては流石におかしい俺の回復を見てもアクアバジリスクは怯むことなく再び突撃を仕掛けてきた。
何が起きたのかを考える頭がないのか、それとも死ぬまで叩けばいいとでも思っているのか。いずれにしてもはっきりしているのは……いくら俺でも、同じ手を二度食うほどマヌケじゃないってことだな。
「よっ!」
「シャッ!?」
「一度見た奇襲なんざ、ネタバレした手品でしかねぇよ」
アクアバジリスクの攻撃のタネ。それは舌だ。先が二つに割れてる異常に長い舌を鞭のように使っているんだ。
その威力は驚嘆に値するが、所詮一発ネタだ。動きが鈍っていようとも、予め分かっていれば避けることは容易い。せめて武器術の心得でもあれば話は変わるんだけど……所詮獣だしな。
「後1秒……ゼロッ! 加速法準備開始」
舌の鞭を避けきったところで体内魔力の調整が終了した。
再び加速法を使用できるよう魔力を溜め、斜め前に頭から飛び込むようにしてアクアバジリスクの側面に入り込む。
同時に、剣の方にも魔力を流す。俺のオリジナル奥義は速さを活かしてとにかく斬りまくると言う技だが、これとあわせることで最大限に効力を発揮するのは剣技系スキルだ。
例えば、さっきのは魔力障壁を崩す効果のあるスキルを剣に纏わせて百回切り刻んだ。それでも殺しきれなかった頑強さを誇る怪物が相手だったわけだが、流石に完全耐性もないのに百回も判定を受ければ限界まで効果を受けるはずなのだ。
(ま、加速法使用中に他のスキルを使うのはそれなりに難しいんだけどさ)
魔力バランスを無理やり崩した状態で普通にスキルを使うのはそれなりに大変なのだが、まあそこは反復練習でクリアした。無茶な魔力を使ったせいで体が自壊し、その度に吸血鬼再生で蘇るとか繰り返したおかげで形になった技だが……うん、修行に便利な点だけはミハイの奴に感謝してもいい。
とにかく、既にアクアバジリスクの魔力障壁は消滅している。俺のスキル効果が切れるまで、もう魔力による防御を自分に施すことはできないってくらいにな。
そんな状態でも鱗だけで攻撃を弾かれたんだから泣けてくるけど、既に下準備は整っているってわけだ。
後は、かすり傷でも問題ない取っておきの裏技を使うだけってね……。
「スキル【死刃】」
自分で言うのもなんだが、禍々しい魔力が今も悲鳴を上げている俺の剣を覆う。信念を貫いて勝つのが対人間における俺の流儀なのだとすれば、これは手段を選ばず勝つことだけを考えた技だ。
これは通常攻撃に即死効果を持たせる剣士クラスのスキル。ぶっちゃけ普通のダメージ攻撃系スキルで倒した方が速いと言う事でゲームでは使うことのないスキルだったけど、現実となった今ではとてつもなく恐ろしい能力と化している。
かすり傷一つで死ぬかもしれない剣。魔力抵抗に失敗すればそれだけであの世行きになる剣。それが恐怖でなくてなんだ。
こんな闇属性一歩手前の邪悪さ満点スキルを騎士が使うのもどうかと思うけど、魔物相手に手段なんて選んでいられないんだから。
欠点としてはアンデッド系には全く効果がないことや、通常時よりも攻撃力がやや下がる上にノーダメージだと即死判定すらない為無力化するだが……真っ当な生物相手ならば最強の切り札となるし、何よりも既に奴の鎧は既に剥いだ後だからな。
「さて……言葉が理解できるかは知らんが、最後通告だバケモン。大人しく元いた場所に帰れ。どうやって来たのかも知らんけどな」
「【シャァァァァ】!!」
「……そりゃそうか」
当然と言うべきか、アクアバジリスクは俺の声を無視して再び水弾を作り出した。
交戦の意思を見せるのならば、俺にこれ以上考えるべきことはない。俺は騎士として、レオンハートとして人を守ることに決めている。ならば、化け物相手に一切の慈悲はありえない。
それを認識すると同時に、心の中から哀れみとか慈悲とかが消えていく。自分でも驚くくらい冷酷に、人格が変わったと言われても思わず自分で納得してしまうくらいに敵の死を容認する。
さて……行くかっ!
「加速法――」
「シャッ!」
加速状態となり、死の魔力を覆わせた剣を再び構える。
アクアバジリスクは水弾で俺の周囲を包囲すると共に自らは突進と、少しは考えているのか戦法を変えてきた。
だが、加速状態にさえ入れば――もはや、包囲されている気すらしないな。
「もう一度食らってみるか? 今度は、さっきとはちょっと違うけどな」
再び最大加速。今度は刃に死の魔力を纏わせた状態で、再び限界を迎えるまで連続で斬りつける。
一度でも抵抗に失敗したらあの世行き。それが瞬時に放たれる恐怖。精々死んでからかみ締めろ!
「――【死刃輪舞・百】!」
魔力の守りを失った鱗の肌に、死の刃をたたきつける。その度に火花が散り、剣が悲鳴のような軋みを上げる。同時に、ほんの僅かながらも血飛沫が舞う。
攻撃さえ通れば、この技は確実な死を相手に与える。超がつく幸運の持ち主でもない限り、俺の加速速度についてこられないものは確実に死ぬ。
さあ、後は剣が折れる前にくたばってくれ――――
◆
「片付けてきたぞ」
「ご苦労様です、シュバルツ様」
即死の連撃でアクアバジリスクの命を刈り取った後、俺は報告のためにロクシーがとっている町の宿に戻ってきた。今度はちょっと魂が抜けかけているアレス君も一緒だ。
事がすんだ後「あの技は何なんですか!?」とか「見ることすらできなかったけど凄いです!」とか「うで大丈夫なんですか!?」とか言って興奮気味だったけど、今はすっかり大人しくなったな。
言いつけを破った罰として町まで戻る間限界突破マラソン重りつきをしただけだけど、報告が終わるまではこのまま寝ていてもらおう。
「湖に巣くっていたのは蛇系モンスターのアクアバジリスク。仕留めた後素材なんかは剥ぎ取らせてもらったけど、構わないよな?」
「ええ。それに関してはご自由になさってください。当然の権利ですわ」
一応、俺は容量無視袋に突っ込んである鱗とか目玉とかの所有権を確定させる。倒した魔物から取れる素材なんかは倒した奴が取るって暗黙のルールがこの世界にはあるけど、やっぱり所詮暗黙のルールなので確認は大切だ。
バジリスクの鱗や眼球は錬金素材に使えるからな。後で転移郵便でリリスさんに送っておこう。このクソ硬い鱗は加工するのも難しいかもしれないけど、武具素材としてはかなり優秀なはずだからな。
「じゃ、俺は行くぞ。もう仕事は済んだし、武器を鍛冶屋に預けないといけないからな」
「ええ。武具の手入れは大切でしょう」
俺が仕事は済んだと席を立つと、ロクシーも満足気に微笑んだ。
……なんだろうか? この、微塵も安心できない笑顔は。ロクシーの後ろが定位置の護衛さんも妙な微笑みを浮かべているし、何故か無性に逃げたくなってきた……。
「せっかくですから、剣の手入れはワタクシ達に任せてもらえませんか? この町で最高の職人を手配しましょう」
「ええっと……。気持ちは嬉しい、嬉しいけどまたの機会に……え?」
カチッっと言う音がした。あの音は、鍵がかけられた音か? 多分“影”の人だ。
俺を閉じ込めたってことか? 一体何のつもりだ? アレス君を抱えて使える逃走ルートは……窓か。いざと言うときはあそこから……。
「残念ながらシュバルツ様。ワタクシの話はまだ終わっておりませんの」
「何かな? 俺もちょっと事情があってあまりのんびりはしていられなかったりするんだけど……」
「あら? 武器の修復が終わるまではこの町に滞在するのでしょう?」
「いや、そうなんだけど……」
まずい。俺の今後のスケジュール、ばれてる。と言うか、ゴルドの調査依頼のときに自分で言ったんだもんな。三日間ほどの拘束は受け入れるって。
これは……間違いなくあれか……。
「既に依頼を一つこなしていただきましたし、二回分で三日と言うのは取り消しましょう。ですが、きっちり残り一回分の仕事はしてもらいますわよ?」
「…………はい」
あー、結局ロクシーの仕事からは逃れられないのか。まあ、そう言う約束なんだから仕方ないんだけどさ。
しゃあないからアレス君を覚醒させて、今度こそ宿に戻っておいてもらうか。一日二日、宿で自己鍛錬していてもらうとしよう。
「シュバルツ様。こちらが今回お任せする分でございます」
「ご丁寧にどうも……あー、数字がいっぱい」
ロクシーの命令通り、俺は仕事用として別に借りているらしい部屋で鎧と剣を置いて机に向かっていた。
そして、執事のようにロクシーに使える戦士のおじさんから渡された分厚い書類の束を一枚一枚確認していく。
これらの正体は、マキシーム商会の会計書類だ。あれを買ったこれを売ったみたいな、商会としての金の流れがわかるって代物だな。
こんなもんを部外者の俺に見せてもいいのかと最初の頃はガチで心配だったけど、会長様曰く、俺に渡しているのは調べようと思えば調べられる重要度の低いものばかりだからいいそうだ。職員の賄い代だとか、買い換えた机の代金とかみたいな商売そのものには影響しない類のな。商会自体がかなりでかいもんで、量は膨大にあるけど。
そんな書類を前に俺がやらされることは……ただひたすら単純計算だったりする。この電卓もない世界で、仮にも日本の義務教育を突破した俺みたいな人間は貴重らしいんだよなぁ。
「頑張ってくださいねシュバルツ様。ワタクシはもっと重要度の高い仕事がありますが、それだって間違いは許されない大切な作業なんですからね」
「へいへい。必ず検算まで忘れずにやらせていただきますよ」
ロクシーはそんなことを言った後、部屋から出て行った。珍しいな? いつもは俺の隣で嫌味言ってるのに。
……まあいいか、少しは気が楽になるし。しっかし単純計算を大量にやらされるのって結構脳に来るんだよな。正直、アクアバジリスクと戦ってた方が気が楽だよ本当に……。
◆
「それで、あの件はどの程度調べがついたの?」
シュバルツ様にいつもの仕事――将来の為の修行を含む――を任せた後、ワタクシは隠れていた影の一人に問いかける。
内容は、シュバルツ様の報告通りならば冗談抜きでこの町を完全に殺しつくすことも出来ただろう魔物がどこから来たのかについてが一つ。そして、あのゴルドがいったい何を企んでいたのかのかが一つね。
「魔物の足取りについては依然不明です。ですが、ゴルドに関してはアジトに残されていた資料からある程度の情報が得られました」
「そう。資料として残しておくわけにもいかない話だし、ワタクシの部屋で聞かせてもらいましょうか」
この宿は、中堅どころながらいいサービスをしてくれる。ちょっとした諜報系魔法も使える影が軽く手を加えただけで諜報に対する簡易要塞になるくらいには。
この宿を借りたときからすぐに守りを固めてもらったワタクシの部屋は、魔法で覗き見でもしようとでも思わない限りは極普通の部屋だけど、魔法的に手を出せば無茶苦茶な情報を与えることとなっているほどにね。
そこでならばどんな話でもできる。本来騎士に押収されている書類をこっそり覗き見してきた、なんて話でもね。
そんなことを考えつつ、ワタクシは自分の借りている部屋へ一人歩く。実際には影が後ろからついてきているのですが、傍目には一人で歩いているようにしか見えないでしょう。
もちろん隠れている従者の努力を無駄にする気はないので、ワタクシも何も知らない振りをして、壁にかけてある酷評はしないけど取り立てて褒めるところもない絵を眺めながら歩く。
そして、影に調べさせていた気がかりについて軽く自分の脳内で復習しておくことにした。
(きっかけはそう、シュバルツ様の報告でしたわね)
ゴルドは子供を誘拐していた。そして、そのまま素早くこの町から逃げ出すつもりだった。
シュバルツ様が襲撃をかける前に言っていたことに、ワタクシは特に疑問を抱かなかった。今まで集めていたゴルドと名乗る小悪党のイメージにも合致しましたし、何より攫われたのはリリーアと言う少女一人だと思っていたから。
でも、シュバルツ様が言うには攫われていた子供は全部で七人もいたらしい。これは明らかに不自然なことなのだ。
(子供とは言え、人一人となればかなりのお荷物になりますもの。魔物が蔓延る外とは、決してそんな荷物を抱えていいような温い世界ではありません)
一人二人ならば、縛って荷台にでも積んでおけばいい。が、数が増えれば増えるほど監視も難しくなるし、逃げられる隙を晒しやすくなる。
元々外敵への警戒を怠れない外での移動中に、そんなことに気をとられるのは自殺行為だ。はっきり言って、いくら元上級騎士を連れているとは言っても誘拐してきた子供七人なんて荷物を抱えていれば死のリスクが跳ね上がると言っていいでしょう。
もっとも、人外の怪物がうろつく外でも平気で鍛錬を行い、子供を抱えながらでもノリが変わらない化け物もいることはいますが。
(……ま、そんな例外のことは忘れるとして、やはり気になるのはゴルドが誘拐した子供をどうするつもりだったのか、ですわね)
今すぐにでも逃げ出さなければならなかったゴルドの立場に立って考えれば、人質や脅迫の材料と言う線は消える。当初は他の町で幼女趣味の変態を相手にする娼館にでも売り飛ばすつもりなんだろうと考えていましたが、町の外に連れて行けない以上その線も消える。
一体何のつもりなのか。ワタクシでも明確な答えが出せない。この町の中で子供を処分するのは必須事項であり、同時に不当に誘拐した子供を同じ町で買い取るような愚か者もありえない。その前提を覆す何かがあるというの……?
「……ついたわね」
考え事をしている内に、ワタクシの借りている部屋の前まで到着した。
そのまま自然に中に入り、影にも一緒に入ってもらう。そして扉を閉め、ワタクシは執務用に置いている机の前の椅子に座り、するっと姿を見せた影に報告を促した。
「それで? ゴルドの資料には何が書いてあったの?」
「はっ! こちらが写しにございます」
影が差し出してきたのは、家で開発した時間経過で消えるインクによって書かれたメモだ。ちょっと残しておくわけにはいかない情報を伝えるときに便利なのよね。
それによれば、ゴルドはとある組織と取引があったらしい。商品名は歪曲に誤魔化されているけど、恐らくその正体は子供でしょう。事情をしるワタクシが見ればすぐに分かる程度の暗号だ。
つまり、この町で人身売買組織が動いているということ? それはワタクシですら初耳だけど……。
「この取引相手についての情報は?」
「不確定ながら、恐らく“プライド”と名乗る者達かと思われます」
「ぷらいど? ……ああ、最近偶に聞く連中ね」
秘密結社『真の誇り』。その思想、規模、構成員一切不明の非合法集団。
ワタクシの情報網でもその全貌がつかめないながらも、多数の武器や魔法具の類を集め、力をつけていると噂されるテロ組織まがいの連中ですわね。
あくまでも現状では、と言う但し書き付きですが、何一つ声明の類を出したことがない為に国家転覆を目論んでいるとか、そんな罪状はついていない。でも、裏でこそこそと国と戦う気だとしか思えない物資が動いているのは紛れもない事実なのよね。
その『プライド』が、ゴルドから子供を買い取っていた。一体何の為に? 洗脳して自分達に忠実な兵士として育てる……それはないわね。時間がかかりすぎる上に、リスクばかりでメリットが少ないもの。
少なくとも、もっと安全確実な方法はいくらでもある。誘拐してきた子供らをその町で受け取るなんてリスキーなことしないでもね。
「何を考えているのかは不明。ですが……気に入りませんわね」
ゴルドを商売相手とした『プライド』が何を考えているのかはわからない。でも、間違いなく奴らは非合法に攫われた子供だと知っていて買おうとしていたのでしょう。
それが気に入らない。まるで、ワタクシの人生の汚点である父親や祖父を思い起こさせるそのやり方が。
「その存在だけで罪人の烙印を押される子供をわざわざ買う? 何を考えているのかしらねぇ?」
「……私の私見でよろしければ、思い当たることがあります」
「……言って御覧なさい」
「恐らく、子供らはその場で使い潰すつもりだったのだと。悪魔召喚の儀式など、人間を生贄とする邪法は幾つかありますので」
「そうね。その辺りがまあ、妥当な線かしらね」
誘拐されてきた子供を、その場で何らかの魔法儀式の生贄にしてしまう。死人に口なしと言うことで、その出自なんて無関係に扱えるってわけね。
そう考えると、最近この町で起こっていた行方不明事件にも繋がってくる。生気の強い成人男性が数名行方不明になっていると報告がありましたけど、既に生贄に使われているとも考えられますか……。
……しかし悪魔、ね。“影”は代表的なものを言っただけでしょうけど、これはまさに悪魔の所業としか言いようがない。まったく、一体何を考えてリスクを犯してまで邪法の類に手を出そうとしているのやら。
……そう言えば、『プライド』にはモンスター使役の技術があるとか聞いたことがありますわね。
「確か、あのシュバルツ様が見習い騎士になったときに起こったイレギュラー。あれが『プライド』の関与であるとされているのでしたっけ?」
「……そもそも、公式には問題が発生したこと自体発表されておりませぬ」
「そんな表向きの話はどうでもいいでしょう。問題なのは、『プライド』がモンスター使役、あるいは改造に手を出しているという事実です」
シュバルツ様を婿候補に挙げた後、とりあえず一通りその来歴を調べました。
するとまあ、いろいろ冗談みたいな事件がわんさか出てきたわけですが、その中の一つに何者かが操る改造モンスターに襲われた、と言うのがあったはず。
その何者かの最有力候補が『プライド』であると騎士団の方でも考えられているはずでしたし、今回の事件もその方面かもしれないわね。
「人の命や魂を使った外法……無垢な子供を使えば、さぞ邪悪な何かを呼び出せるでしょうね」
知らず知らずの内に、手にしていた資料に皺を作ってしまう。つい力を入れすぎましたわね。
「……邪悪な化け物と言えば、今回シュバルツ殿に退治を依頼した化け物もかなりのものだったとか」
「え? ええ。正直シュバルツ様がいなければ相当数の犠牲が出ていたかも……ん?」
結局シュバルツ様が『アクアバジリスク』と呼んだ超強力モンスターがどこから来たのかは不明のまま。
確実にこの南の大陸に生息している魔物とは桁が違うから外陸種であるのは間違いないんだけど……もしかしたら、この線は繋がるのかもしれない。
他の大陸から生贄を使った代償召喚魔法で強大なモンスターを呼び寄せ、しかし使役しきれずに放逐した。十分ありえる線ね。
そう考えれば、最近偶然によってのみ現れるはずの外陸種の目撃情報が頻発している理由にも説明がつく。『プライド』が実験の為に他の大陸から召喚しては放逐を繰り返しているのだとすれば……『プライド』の危険レベルは、今までワタクシが想定していたものとは比べ物にならないほどに跳ね上がる……!
「これは、ちょっと本腰を入れて調べてみるべきかもしれないわね」
「ご命令とあらば、我ら“影”、ロクシー様の為にこの命を使い潰す所存です」
「ありがとう。なら、早速頼むわね。かなり危険度が高いかもしれない話だから、とりあえず様子見で行きましょう」
「御意」
ワタクシは商人。ならば、どんな危険な相手だろうが関わる理由にはならない。
でも、同時にワタクシは貴族。民を守り、国を守るのはワタクシが今ここで生きている理由の一つ。だったら、ここは多少の危険は容認して進むとしましょう。
商人としてもお客様がいなくなったら困るしね……。
◆
「あー、いろいろあったけどようやく終わった。これでまた先に進めるな」
ロクシーのところで缶詰になること一日。書類の山を片付け終わり、そして執事戦士さんから手入れ済みの剣を受け取り、俺は自由の身になって戻ってきた。
しかし流石はマキシーム商会の紹介だったな。俺が想定していたよりも遥かに早く武器の手入れが終わったよ。となれば、さっさと聖地目指して旅に戻るとしようか。
俺があの転移玉を持っている限り、一箇所に留まり続けるのは危険だからな。結果論だけど、ロクシーには感謝しておこう。
さて、アレス君を回収して早速旅の支度を……ん?
「ひっく、グズ……」
「ほ、ほら泣かないで。落ち着いて何があったのか話を……」
「もう! アレスくんからはなれてよ! こまってるじゃない!」
(……またかい!)
ほとんど俺が滞在することはなかった宿に戻ってみれば、その近くで泣いている女の子に引っ付かれているアレス君と、その側でむくれているリリーアちゃんの姿が。多分、アレス君目的で遊びに来てこの状態に出くわしたんだろうな。
これはあれか? 幼いながらも修羅場なのか? 青春してるのか? 女難体質とか言う気かこの野郎。
周りの野次馬は面白そうに見ているだけだし、完全に見世物になってるよおい……。
結局、両手に花……と言っていいのかわからない状態で、一番困っているらしいアレス君はゆっくりと泣いている女の子の事情を聞き、一人で何とかしてみせると人助けに行ってしまった。
今回は騎士が出張るようなことじゃないみたいだし、もうアレス君に任せよう。自分で吸引したトラブルなんだから、俺が買い物している間に終わらせてくれ……。
「なんと言うか、もてるねアレス君」
「い、いやー……騎士を目指すものとして当然のことをしただけで……」
「いっちゃやだー!」
「ここに住もうよアレスくん!」
そんな風に放任し、順調に準備を整えて俺とアレス君はこの町から旅立つこととなった。
だが、そこで予想していなかった最強の障害、泣く子に阻まれてしまう。町を歩けば困っている女の子に当たると言っても過言ではない運命力の持ち主らしいアレス君を慕って昨日作られたらしいファンクラブメンバーが、アレス君と離れたくないと泣き喚いているのだ。ちなみに、ファンクラブ会長はリリーアちゃんらしい。
しかしまあ、本当によくやったよ。見かけたトラブルを見事解決したと思ったらまたまた女の子に救いを求められるーなんてことを嫌な顔一つせずに使命感ばりばりにこなして、あっと言う間にこの人気者っぷりだもんな。
そんなことを考えている間に泣く女の子の説得にも成功しちゃったみたいだし、なんと言うか師匠は君の将来が別の意味で心配です。
いつか刺されないように注意しなよ、アレス君……。
何だかんだあった後、二人は無事に旅立ちました。
地道に未来の商会長伴侶として鍛えられていたり、将来に妙な不安を抱かせる性質を見せたりしながら。
今日中に今章の人物設定も上げる予定です。




