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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
騎士のあるべき姿
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第51話 VSバジリスク

「では、約束の報酬をいただきましょうか!」


 花が開くような笑顔で、ロクシー・マキシームは俺にそう告げた。

 ゴルド組に関する情報提供料と、借金契約を好条件で結んでもらう代価を今払えと。


(もうもろもろの雑用は済んだから問題ないんだけど、やっぱ憂鬱だなぁ……)


 既にこの町の守護騎士は動いている。誘拐された子供らの保護と合わせて俺の身分を明かし、速やかに行動するよう掛け合ったのだ。

 その後の動きは迅速で、制圧したアジトに転がっていたゴルドとその手下達は全員お縄についたし、この町でゴルドがやらかした犯罪についての証拠もガンガン掘り出していることだろう。

 もしサボるなんて勇気あることやらかしてくれたらただじゃ済まさないってほぼ下級騎士で構成されているこの町の守護騎士たちに言い含めておいたし、俺のいろんな意味で問題のあるネームバリューもこんなときは便利なのだ。


 そんなわけでやるべきことを終えた俺は、アレス君をリリーアちゃんのところに残してロクシーの泊まっている中堅以上高級以下の宿にやって来ていた。貴族としてのプライド的にあまり安宿には泊まりたくないが、商人としての性で無駄遣いはしたくないって二つの感情の妥協点がこのランクらしい。

 そんな貴族と商人の狭間にいるお嬢様は、俺に一枚の書類を渡してきたのだった。


「……これは?」

「うちの商会で取り扱っているとある獣の皮の在庫状況です」

「ほぼ品切れ状態じゃないか」


 渡された資料によれば、ほとんど在庫がない状態であると明記されていた。諸事情でマキシーム商会のこういった資料の読み方に慣れている俺は、これは中々に問題のある状態だとすぐに理解する。

 見たところ近日中に注文も大分入っており、このままでは在庫がないせいで商会として契約違反を犯す破目になると。


「問題についてはご理解いただけましたか?」

「ああ。それで、俺に頼みたいのは? この獣を狩って来いって話か?」

「いえ、そうではありません。ワタクシの商会には腕の立つ狩人も多数在籍していますので、狩るだけならばそちらのお手を煩わせる必要などないですからね」

「……つまり、狩りに行く前段階で問題が起きているってことか?」

「その通りです。ご理解が早くて助かります」


 ロクシーは手にもったカップの紅茶を一口飲み、話を続けた。


「シュバルツ様にお願いするのは、我々の動きを抑えている原因の排除です」

「……言っておくが、絶滅寸前とかそんな話なら俺にもなんともならんぞ?」

「ご心配なく。そこを忘れて乱獲するほど我々も愚かではないので」

「じゃあ、どういう事だ?」

「……この獣は、この町の近くにある湖付近にのみ生息する希少種なのです。逆に言えば、湖周囲には唸るほど生息しているのですが。なにせ繁殖力が異常に高く、成長も早い種ですからね。極端に生息可能な環境が制限されていなかった場合、この南の大陸を制圧していたのではないかと思うほどに」


 ロクシーの無茶な言葉を、俺は何の疑問も抱かずに納得する。この世界、そう言ったどんな原理で進化したのか不明な不思議生物の例には事欠かないのだ。

 ゲーム時代にも『何とか山の山頂にしか生えない花』とか『何とか荒野の岩の下にのみ生息する虫』とか、そんな何を考えて進化したのか不明な生物の捕獲クエストとかもあったし、何億体乱獲しても絶滅しない生物なんて珍しくもなかった。だから、もうここはそう言う世界なのだろうと納得している。


 とりあえず、今聞いた話からロクシーの頼みも大体理解できたしな。


「要するに、その湖で何か問題があったんだな?」

「ええ。その湖に我々が獲物として欲しがっている獣を食料として認識した大型の魔獣が住み着いてしまいまして。かなりの大型魔獣が満腹になるまで食べても問題なく次の日には数が増えているあれらは、さぞ食料として便利なのでしょう。……生憎、人間の口にはとてもではないですが合いませんけど」

「そりゃ残念。要するに、その大型魔獣を倒せってことか?」

「ええ。お願いできますか?」

「そりゃま、受けるしかないだろう。そんなの放っておいて、もし興味が湖の獣とやらからこの町の人間に変わったら一大事だしな」


 基本人の生活圏に入らない魔物は無視だ。相手が人間族よりも凶悪で強力なのが分かっているのにちょっかい出す意味が無い。

 でも、流石にそんな大食らいの魔獣が町のすぐ近くに住み着いたってのは許容できない。いつその獣に飽きて、次の獲物を人間に決めるかわかったもんじゃないからな。

 ……でも、気になるな。なんでロクシーはそんな話を俺に持ってくるんだ? この内容なら俺をわざわざ契約まで持ち出して引っ張り出さなくても、町の守護騎士が動いてくれるはずだぞ?


「その顔、何故この仕事をワタクシがアナタに持ってきたのか分からない――と言う顔ですわね」

「……まあ、そんなところかな」

「それは簡単です。この仕事を達成できるのはアナタくらいだからですよ」

「なに? どういう事だ?」


 騎士は人類の精鋭だ。それでは対処できないとロクシーは考えているのか?

 ……だとすれば、それは人類にとっての危機だ。世界に親父殿クラスの英雄なんて片手の指で数えるほどしかいない以上、一般騎士では対処できない怪物なんて町一つ滅ぼす力を秘めていると言っても過言ではないのだから。


「確認された大型魔獣。恐らく、あれは外陸種であると我々は考えています」

「なに? 外陸種だと?」


 ロクシーが淡々と口にした言葉に、俺はいよいよを持って契約云々を抜きにしても動かなきゃいけない相手なんだと確信する。

 正直、ゴルドなんて小物に構っている暇なんてなかったんじゃないかと思ってしまう言葉なのだから。


(外陸種……南の大陸の外からやってきたモンスター、か)


 外陸種ってのは、人間の住む南の大陸には生息していないモンスターのことだ。その全てがこの大陸で出会うモンスターよりもワンランク上の力を持っていると思っていい。


 この世界は大まかに四つに分けられる。

 世界地図――ゲーム時代の魔法の地図でもない限り南の大陸以外の地形が記された地図なんてないんだけど――の中心にある、聖剣の神殿がある霊山。そこを基点として東西南北四つの大陸って感じにな。


 その四つの内の一つが、人間たちが住む水の加護に守られた南の大陸。恐らく世界で一番暮らしやすく、そして弱い大陸だ。

 ちなみに加護ってのは、聖剣を作った女神の遣いである精霊竜が住んでいるって意味だ。この大陸には水の精霊竜がすんでいるから清らかな水に恵まれているってことらしい。

 ゲームでは聖剣強化イベントで会いに行くだけの存在だったから、詳しいことはわかんないけどさ。


 とにかく、その南の大陸と海を挟んで北のほうに並んでいるのが東の大陸と西の大陸であり、それぞれ土の加護と風の加護を受けている地だ。

 東西の大陸にはその加護に適合した種族、山人族(ドワーフ)鳥人族(バードマン)がそれぞれ暮らしており、そのどちらもが基礎の段階で人間よりも強い。

 他の生物を殺し、食らい、征服することを最大目的にしていると言われている魔物はこの2種族にも当然攻撃を仕掛けており、相手が人間よりも強いからか南の大陸に生息しているモンスターとは比べ物にならない凶悪な魔物が多数生息していると聞いている。


 そして、最後が南の大陸と対極に位置する北の大陸だ。

 そこは火の加護……と言うかほとんど呪いを受けており、並みの生物では生存も不可能な灼熱の大陸となっている。だからなのかは分からないが、その北の大陸こそが魔王軍の本拠地のある地であり、そして現在でも強大な魔物達が住む最強の大陸だ。

 ぶっちゃけ人間側の資料に北の大陸についての情報はほとんどないからこれは俺がゲーム知識によって得ている情報だけど、概ね間違っていないと思ってる。

 現に俺を襲ってくる吸血鬼も本来はこの南の大陸に根を張る種族ではなく、遥か遠い北の大陸から飛んできた種のはずだしな。そう言った渡来者兼侵略者がいるからこそ、人間が足を踏み入れることができない過酷な大陸の情報が僅かながら残されているのだ。


 そう、この南の大陸でも人間は常にモンスターの脅威に怯えているが、実のところそのモンスターはどれも世界でもっとも弱い種類のばかりだ。

 外陸種と呼ばれる外の大陸からやってきたモンスターに比べると、その力は一回りも二回りも劣る。だからこそ、偶に何らかの方法で海を渡ってきた外陸種は危険度最大の魔物として知られており、騎士クラスでも手が出せないことが多い。

 ……まあ、その珍しいはずの外陸種である吸血鬼に日常的に襲われている俺としては今更と言えば今更な話なんだけども。


「外陸種が相手では、並みの騎士では対処できないでしょう? 早急に対処可能な最上の英雄級の要請をしなければと思っていたところに丁度シュバルツ様が通りかかってくれたのは幸いでしたわ」

「何のヨイショだよ? いやまあ、外陸種戦はある程度なれてるけど」


 吸血鬼討伐でな。あいつら偶に自前の戦力として外陸種級モンスターを兵隊として連れてくることがあるんだよね。

 まあそこまでレベルの高い奴は連れてこないけど、外陸種との戦闘経験だけで言えば騎士の中でもかなり上位にいる自信はある。

 反則的な知識のおかげで、人間世界の常識ではありえない凶悪能力なんかにも心の準備できてるしな。


「まあいいや。引き受けるよ。生憎英雄級には届かない未熟者だが、無視するわけにもいかないからな」

「……相変わらず自己評価の低いお方ですね」

「そりゃそうだろ。自分の弱さなんて旅してれば嫌でも思い知る」

「それはアナタの旅が特殊だからだと……まあいいでしょう。これが発見された外陸種のデータです。とは言っても外見情報くらいしかありませんけど、何かの足しにしてくださいな」


 ロクシーが渡してきた資料はたったの一枚。マキシーム商会所属の狩人が目撃した魔物について纏めただけのものと、“影”が出来る限り近づいて調べた情報だ。

 ……全長は不明であるが、人一人を丸呑みにするくらいは簡単にできるだろう巨体。手足はなく、蛇のように見えた細長い体。体色は青。湖から出現したことから水中に生息していると思われる。これが狩人の目撃情報か。

 それに“影”が調べた追加情報として、目が異様に光っていたってのもあるな。自然な動物の瞳ではありえない、まるで宝石のような光の反射が確認できた。また、長距離からその光を僅かに見ただけで体が重くなった為、何らかの状態異常効果がある魔眼であると思われる、か。


「なるほど」

「何か思い当たることが?」

「確証はないけど、心当たりがある。こりゃ確かに一般の騎士に任せるのは危険だな」


 実力無関係に、対策していないと一発で死亡する恐れがある反則級スキルの持ち主である恐れがあるからな。

 この目撃情報を見る限り、ゲーム時代にはよくあった初見殺しモンスターの一体かもしれないし。


「それで? 大丈夫ですか?」

「問題ない……と思う。俺の思っている敵なら、対策は持っているからな」


 俺が旅を始めて真っ先に始めたのは、各状態異常への耐性装備だ。状態異常無効化装備を持っていないと一瞬でゲームオーバーってのが珍しくなかった聖勇の知識の持ち主としては、絶対に外せない作業だったからな。

 その過程で、多分この外陸種の切り札であると思われる魔眼へ対処できるアイテムを俺は持っている。作者は当然リリスさんだけど。


「じゃ、行って来る」

「お一人でですか?」

「本当ならアレス君を連れて戦いを見せてやりたいところだけど、ちょっと危険そうだからな。町からでないように言い聞かせて俺一人で行って来るよ」

「……そうですか。では、勝利の報告を期待しておりますね」


 俺はそこでロクシーと別れ、とりあえずリリーアちゃんの家に向かうことにした。

 あそこでアレス君が待ってるはずだから、先に宿に戻っておくように言っておかなきゃな……。



「じゃあアレス君。リリーアちゃんと遊び終わったら先に宿に戻っておいてくれ。俺はちょっと町の外に用ができた」

「……わかりました」


 師匠の命令でリリーアちゃんを家まで送ってから、僕はリリーアちゃんのお母さんに感謝されるは泣かれるは、その途中で目を覚ましたリリーアちゃんまで混乱したまま泣きつかれて服をびちょびちょにされたりしていた。

 その恐慌状態がようやく落ち着き、お母さんの胸の中で泣き疲れて再び眠ったリリーアちゃんに一安心していたところで師匠が戻ってきた。そして、何をするのかは教えてくれなかったけど僕に一人で宿に戻るように言ってから町の外に向かってしまったんだ。


「……よし、後を追おう!」


 でも、僕がそれを素直に聞く必要はないよね? 師匠が何をしにいくのかはわかんないけど、多分戦いに行くんだろうし。

 師匠、纏う空気が違ったもんね。いつもはどこかのんびりとした雰囲気なのに、あのきりっと引き締まった表情を見れば誰にでも分かると思うけどさ。


「じゃあ、僕はもう行きます」


 一応リリーアちゃんのお母さんに一言告げて、僕は師匠の後を追うことにした。弟子として、師匠の戦いは余すことなく見ておかなきゃいけないし。


 そう考え、僕は師匠の背中を見失わないように、そして見つからないように気を付けながら外に出たのだった。




「ほっ! はっ!」

(は、速いっ!)


 そうして外に出てから10分ほど。街中では普通に歩いてたのに、外に出た途端に走り出した師匠の後を僕は必死に追いかけていた。

 丁度僕が出せる()()()()()()()()()()()()くらいの速さだから見失わずについていけるけど、これじゃいつもの走りこみだよ!


「ここか」


 そんな、僕からすれば後先考えない全速力、師匠からすれば軽い運動程度なんだろう速度で走り続けたところにあった湖。

 そこで師匠は立ち止まり、僕も少し離れたところでぜはぜは言いながら息を整える。心臓がバクバク言って、今にも死にそうだ。少し休まないともう動けない……。


「……さて、始めるか」


 でも、師匠は全然元気らしい。あの元上級騎士との戦いではついに抜かなかった剣をあっさりと抜き、湖に対して構えた。

 何をする気なんだろうとまだ元気にはねまくってる心臓を押さえつつ、僕は師匠を観察する。すると、師匠から背筋が寒くなるような強烈な魔力と闘気が放たれたのだった。


(こ、これが本気の師匠なのか? 僕の村で見せたのよりも強烈だ!)


 僕の村で戦ってたときは、ここまで震えが走る気迫を放ってはいなかった。

 でも、今の師匠は怖い。まるで挑発でもするように、そこら中に喧嘩でも売っているみたいに殺気が溢れ出ているんだ!


「……来たか」

(え? ええっ!?)


 そんな師匠だったけど、何かに気がついたのか急に闘気が掻き消えた。せっかく収まりかけてた心臓がまたバクバクうるさいけど、そんなことよりも何が来たのかの方が気になる。

 そう思って僕も緊張しながら巨大な湖を見ていたら……突然、湖が割れたように中から巨大な何かが出てきたのだった。


「……蛇の体を持ち、目が宝石のように輝いているモンスター……やっぱり蛇王(バジリスク)か。耐性装備は石化と毒で間違いなさそうだな」

(バジリスク? それがあのモンスターの名前なの……?)


 湖から現れたのは、巨大な体を持つ蛇の化け物だった。

 師匠はあのモンスターのことを何か知っているみたいだけど、僕は何も知らない。ただわかるのは、あのモンスターに今の僕じゃ絶対に勝てないってことだけだ。

 あのモンスターは、強すぎる。前に僕の村を襲ってきた吸血鬼って奴よりも、きっと強いっ!


「しかも青くて水中に生息しているってことは……亜種のアクアバジリスクか? おいおい、普通に死の危機だろこれ」


 師匠は何かため息をついて、当然のように死ぬかもしれないと呟いた。正直、僕もそう思う。

 でも、何で師匠はあんなに落ち着いているんだろう? 自分でも負けるかも何て言ってるのに……。


「シャーッ!」

「ん、魔眼か」


 バジリスクの宝石のような目が輝き、そこから強烈な光が放たれる。

 魔法やスキルは、単純に術者から離れれば離れるほど威力を落とす。僕は師匠からそう教わった。

 だから今も、僕は声が聞けるギリギリの距離を保ってかなり離れている。それなのに、今の目の輝きを見た瞬間体が物凄く重くなった。全身から力が抜き取られたみたいに、上から何かが乗せられているみたいに重くなったんだ。


(これがあの魔物の能力……っ!? こ、これは!)


 体が重く、鈍くなる。それがあの蛇の能力なのかと思ったのに、どうやら見当違いだったらしい。

 距離があるのにこんなに効果があるなんて凄まじい力だなんて思ったけど、違った。体の機能が低下するなんて、師匠の言ったとおり弱まった効果でしかなかったんだ。


「皆……石に!?」


 あの湖の周囲には、いろいろ生き物が住んでいた。そのどれもがさっきの師匠の挑発で逃げ出しちゃってたんだけど、逃げ遅れた動物が皆石像のように固まっていた。

 他の生物を石に変える。それが、あの蛇の怪物の能力なんだ……!


「そうだ、師匠は!?」


 師匠は僕と違って、あのバジリスクに近い場所にいた。魔力によって発生するスキルは魔力によって無効化(レジスト)できるけど、あんな化け物相手じゃいくら師匠でも……え?


「石守りの首飾り……石化状態になる確率を下げるマジックアクセサリだ。完全耐性を与えてくれるほど上等なものじゃないけど、この程度なら後は自前の魔力で完全に防御できる」


 師匠は、何事もなかったかのように剣を構えたままだった。変化があるとすれば、師匠の首から下げられているネックレスが淡い光を放っていることくらいだ。

 ……状態異常を無効にする装備。師匠は予めここにいる魔物を知っていたわけだから用意していても不思議じゃないけど、何でそんなの持ってるんだろう?

 生物を石に変えるモンスターなんて、僕は初めて見たのに……。


「南の大陸では出会うことがまずないとは言え、まともに受ければ敗北確定の凶悪スキルは結構ある。それに対応できる装備を揃えておくのは基本中の基本だ。まあ、できればあらゆる状態異常を全て無効化する最上級の守りをつけたいところなんだけど……今はこれが精一杯でね」


 あの蛇に語りかけているのか、師匠は自分が対状態異常に関しては万全に備えていると宣言した。

 確か、マジックアクセサリは同時に発動させるとお互いが干渉しあって効果を阻害してしまう為、魔力の扱いが上手な人でも同時に三つしか装備できないって師匠は言っていたはず。

 その制約があるから、本当に全部の状態異常を無力化できるわけじゃないんだろうけど、あのバジリスクってモンスターが使う能力への耐性は万全なんだろう。

 だから、師匠だけはあの怪物と戦えるんだ。あのモンスターを見たときには何で師匠一人で戦おうとするのか不思議だったけど、あの化け物に真っ向から立ち向かえるのは師匠だけだからなんだ……。


「さて、バケモン。俺は人に対しては極力命をとらないようにする主義だが……生憎、バケモノにかける慈悲は欠片も持ち合わせてねぇぞ。今すぐ故郷に帰らなければ、死以外の結末はないと思え!」


 自分の能力を受けても平然としている師匠。そんな存在を前に動揺しているバジリスクへ、師匠は叩き付けるようにそう宣言した。

 自分と戦えば、確実に死ぬぞって、そんな宣言を。あんな、人間じゃ勝てそうにもない怪物に対して。


「シャーッ!」

「……ま、そりゃそうか」


 バジリスクは、師匠の言葉を無視して――と言うか、そもそも言葉を理解する頭はないと思うけど、巨体をうねらせて大口を開けながら突撃を仕掛けてきた。

 牙からぼたぼた垂れている紫色の液体を見る限り、間違いなく猛毒を持っている。と言うか、紫色の液体がたれた場所がシューシュー煙を上げながら溶けている。

 人間が食らえば、死因はともかくとして死は免れない。その突撃に対し、師匠はバジリスクを置き去りにする超スピードで駆け出し、バジリスクの頭を軽く追い越して胴体を斬りつけた。


「ッ!? 硬いなおい!」

(弾かれた!)


 見事なカウンター攻撃だったけど、どうやらバジリスクの体は強力な魔力障壁と鱗で守られているらしい。

 速度を乗せた師匠の剣は、金属同士をたたきつけたような甲高い音と共に弾かれてしまったんだ。

 やっぱり、あのバケモノは強い。石化の魔眼が通用しなくとも、肉体だけで並みの――いや、熟練の戦士相手でも殺せてしまう力があるんだ。


「――鎧断ち(アーマーブレイク)!」


 師匠は剣を弾かれた体勢から素早く立て直し、今度は魔力をスキルとして発動した斬撃を放った。

 アレは確か、村での戦いでも見せた魔力障壁を弱めるスキルだったかな? あれでバジリスクの防御力を落とすつもりなんだろう。

 でも――


「……チッ! 失敗か」


 師匠の剣は再び弾かれ、バジリスクに弱った様子はない。師匠のスキル攻撃は失敗したらしい。

 スキルによる弱体化は、ある程度運の要素があるって師匠は言っていた。あの石化の魔眼なんかと同じく魔力で弾くのに失敗した場合に効果を発揮するわけだけど、どんなに実力差のある相手に使ったとしても特殊攻撃への完全耐性を備えていない限り完璧はないって。

 だから、一度失敗しても諦めずに続ければスキル攻撃はいつか成功するはずだ。師匠もそのつもりなのか、再び剣を構えたのだった。


「……あー、せっかくだ。ここは一つ、俺の奥義的なものを見せてやろうかな」

(え? 師匠の奥義? 見たいっ!)


 一瞬、多分偶然だと思うけどこっちの方をチラッと見た師匠は、誰かに語りかけるかのようにそう言った。

 弟子として、師匠の奥義とか興味津々だ。何故かちょっと恥ずかしそうに剣を構えた師匠の姿を、僕は一瞬たりとも見逃さないよう凝視する。


「――まあ、見えたらの話だけどさ。スキル【鎧断ち(アーマーブレイク)】展開。【加速法・六倍速】発動」


 さっきと同じ魔力が剣を包み、師匠の体からも洗練された魔力が噴出する。

 アレは加速法だ。村での戦いでも、元上級騎士との戦いでもちょっとだけ使っていた、師匠の基本戦術にして切り札の一つ。

 ほんの数秒だけの間、自分のあらゆる速度を跳ね上げるスキル。代償とかデメリットとかもいろいろあるって言ってたけど、それでも十分強力な力を与えてくれる能力。

 それを発動した師匠は、初動作ですらぶれて見える速度で剣を腰の辺りで前かがみに構え、この距離で見ている僕の視界から一瞬で消えた。


「――【壊刃輪舞(ブレイクロンド)(ハンドレッド)】」


 次の瞬間、バジリスクを中心として、思わず目を瞑ってしまいそうになる大量の火花が弾けた――。

ちなみに、石化対策してなかったら最初の一睨みで死亡してます。実は全然余裕ぶっこいてる場合じゃない強敵だったりする。


次回で今章ラストです。

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