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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
騎士のあるべき姿
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第49話 元上級騎士ベルトルト

(教えてもらった場所はこの辺だが……)

「師匠、あそこじゃないですか?」


 薄汚れた石造りの建物を小声で指差すアレス君に、俺も声を出さないで頷く。

 恐らく、あの建物に犯罪者ゴルドとその手下がいるはずだ。誘拐されたリリーアちゃんを含めてな。


 俺はロクシーからゴルドの詳細な情報を聞いた後、目を覚ましたアレス君と一緒に現ゴルドの隠れ家へと向かっていた。気絶からの回復が大分早くなってきたなと、個人的にちょっとアレス君の成長が嬉しかったりする。

 場所はこの町のスラム街。入り組んだ構造をしており、そこらにゴミやら排泄物やらがある為に汚い印象を受ける。

 さらに周囲には柄の悪いチンピラやらならず者やらが屯していて、チラチラこっちを伺っている。多分、子供連れの俺を獲物として見ていいか判断しかねているんだろう。


 そんな風に治安最悪の場所であり、王国管理下にあるとは思えない場所だ。

 まあ、こう言ったスラム街でなければ生きていけない人間がいるのも事実。ある程度は必要な場所なんだろうけど、それでもここまで荒れているとこの町の騎士が仕事しているのか気になってくる。

 今はそれどころじゃないし、俺が首を突っ込むことでもないけどさ。


「マキシームさんの話だと、あの建物って言ってましたよね。早くリリーアちゃんのところに行きましょう」

「ああ。まずは人質救出が第一目標だ。だから――」

「はい、こっそり忍び込むんですね?」

「ん? いや、正面突破」

「え」

「すぅぅぅ……セイヤッ!」


 唖然としているアレス君を尻目に、俺は入り口の鉄扉へダッシュで近づき、思いっきりぶん殴った。

 騎士(おれ)の拳の威力にたかが鉄の扉で耐えられるわけも無く、轟音響かせて鉄の扉はそのまま室内へと吹き飛んだのだった。


「な、なんだっ! 何事だ!」

「扉が……!」


 俺の華麗なる扉開けに驚いたのか、入り口から最初の部屋隅にいた男たちがぶっ飛んだ鉄扉を見ながら唖然としている。手にはカードが握られており、両者を挟んでいるテーブルの上には小銭が数枚。どうやら暇をもてあまして賭けゲームでもしていたらしい。


「な、何してんですか師匠!?」

「ん? いや、中に入るのに扉開けなきゃいけないだろ? でも鍵とか持ってないし、鍵開けとか俺できないし、俺にできるのはこれだけなんだよ」


 何故かアレス君までもが扉を吹っ飛ばされたチンピラと同じくらい驚いているが、これしか手段がないんだから仕方がない。

 鍵を開けるとか、盗賊の分野だしな。ゲーム時代にも鍵付き宝箱とかを開けられる盗賊がいない場合は、罠で吹っ飛ぶなんてリスクを背負っての力ずくだったし。

 そう説明したのに、アレス君はもう気配を消すなんて忘れて思いっきり大声を上げるのだった。


「中にはリリーアちゃんが捕まってるんですよ!? 僕達が助けに来たのがばれたら人質にされたりとかするかも! それに、今ので怪我とかしてたりしたら――」

「ああ、それなら大丈夫。ちゃーんと中の気配を読んでからやったから」


 気配を探る限り、扉の直線上に人間はいないと俺は確信していた。気影洞察技術を磨けばそんなことも出来るようになるのだ。

 だから、俺は鍵開けとして一番簡単な扉破壊で行くことにしたんだ。決して考えなしってわけではない。


「で、でもこれで僕達が来たのは――」

「何だ今の音は!」

「入り口だ! 急いで向かえ!」

「ああっ! やっぱり!」


 部屋の中にいた今も唖然と突っ立っている男達だけではなく、更に奥からも複数の男の声と足音が聞こえてくる。

 それを知ってアレス君が叫び声を上げているが、敵に自分の存在をアピールするのは最初から予定通りだ。何の問題もない。

 いや、最初からじゃないか。正確には、敵の切り札さんとやらの存在を知ってから、だな。


「さて、アレス君」

「な、なんです?」

「俺から離れるな。危ないからね」

「……はいっ!」


 本当は連れてくること自体危ないんだけど、まあ何事も経験だ。騎士を目指すんなら犯罪者を相手にすることなんて日常茶飯事だし、命がけの場所に立ち続けるのは必要な経験だろう。

 ……じゃ、いくか。


「さて、正門から正々堂々入るぞ。裏に隠し通路とかあるって言ってたけどさ」

「え? それって……」

「いたぞ! 男一人とガキ一人だ!」

「たった二人? それもガキ? 何者だ?」

「何でもいい! 生かして返すな!」

「……三人か? 襲撃者の撃退にはちょっと少ないな」


 建物の奥から、困惑気味な男が三人現れた。手には剣を持っており、雰囲気はまさにチンピラといったところ。

 ……ま、つまり敵だな。全部合わせて五人っと。とりあえず殴っとこう。


「――ぶぼっ!?」

「ガピィ!?」

「げばっ!?」


 特に何の工夫もなく、普通に走って近づいて殴る。荒くれ三人は、そんなただのパンチで宙を舞い、壁に叩きつけられて気を失う。

 ……いつも思うが、何でこんな弱いのに犯罪者になるんだろうな? いや、弱いから真っ当に生きられないのか。


「流石ですけど師匠、武器使わないんですか?」

「あぁ。騎士の剣ってのはな、簡単に抜いちゃいけないものなんだよ」


 騎士は人の守り手。だからこそ、その剣を考えなしに抜いてはならない。それが親父殿の教えだ。

 アレス君は俺の言葉に首をかしげているが、それどころではないと思ったのだろうか。顔を引き締め、男達が出てきた扉の方を睨みつけた。


「……あの奥、ですか?」

「ああ。門番がやられたのに気がついて慌てているみたいだね」


 派手に音を出してやったんだ。侵入者の存在はこの中にいれば誰もが気づいただろうし、様子を見に行った仲間が戻ってこないこともすぐに気がつく。

 少なくとも、チンピラ数人では歯が立たない侵入者が来たってさ。


「……師匠?」

「何かな?」

「逃げられちゃいません? こんな正面から派手にやったら」


 アレス君は不安そうな表情で俺に問いかけた。まあ、当然だろうな。

 この子の目的はあくまでも攫われたリリーアちゃんの救助であって、小悪党を捕まえることではないんだから。

 そんな思いを、できれば俺は永久に持ち続けて欲しいと思う。偶にいるんだよな、人を守る為の騎士なのに、守るべき人を放置して戦いたがる戦闘狂って奴は。


(実力をつけ始めた辺りの騎士は特にその傾向が強い。アレス君には、何の為に剣を取っているのか忘れないでいてもらいたいな)


 俺はそんなことを思い、僅かに微笑む。そして、アレス君の不安に答えるのだった。


「いいかアレス君。俺は今、こそこそ隠れている犯罪者の隠れ家に真正面から突入した。思いっきり派手にな」

「え、ええ」

「仮に自分が犯罪者……ゴルドとか言う奴だったらと考えたら、この状況をどう考える?」

「えっと……敵が来たから逃げなきゃ、ですかね?」

「正解だ。少なくともゴルドは逃げようとするだろうな」


 戦闘に関して欠片も自信が無いと言うか、そもそも戦闘者ではないゴルドは一も二もなく逃げたいと思うはずだ。それ自体は全くおかしい話ではない。

 だが、相手は逃走によって今まで生きていた男だ。だからこそ必ず考えてしまう。自分が選んだ逃げ道は、本当に安全なのかってな。


「ゴルドは間違いなく逃げ出そうとする。じゃあ、どこに逃げる?」

「どこって……さっき師匠が言ってた隠し通路じゃないんですか?」

「そうだな。そう考えるのが自然だ。でも……この状況でそれを使う度胸が有るかな?」

「え? 安全に逃げる為の道なんですよね? だったら当然使うんじゃ?」


 アレス君は益々わからないといいたげな表情を作る。実際、逃走用ルートなんて用意しているんだったらそこから逃げるってのは普通に考えれば当然のことだからな。

 まあその逃走ルート自体は既にロクシーの“影”に発見されていて、俺も知っていたりする不完全なルートだったりするんだけども。


「じゃ、ヒント。ここで気をつけなきゃいけないのは、向こうには戦闘能力に絶対の自信がある用心棒がついているって点だ」

「例の元騎士ですか?」

「そっ、元上級騎士様だよ」


 元とは言え上級騎士に上り詰める実力があるとすれば、相当な(つわもの)だろう。他の大陸の強者や親父殿級がでてこない限りは無敵と言っていいレベルで。

 ……だからこそ、その戦力をゴルドは絶対視しているはずだ。無数にあるはずのルートを、一つに絞ってしまうほどに。


「……つまりな――」


 なんていろいろ言ってみたが、やっぱりアレス君はわかっていないようだ。まだまだ経験不足だな。まあ、最近運動を始めた村の少年でしかないアレス君があっさり見抜いたらそっちの方が怖いけど。

 そんな弟子に対し、俺はロクシー協力の下に組み立てた敵の行動予想を語って聞かせるのだった――



「ボス、逃げなくていいんですかい? 侵入者のようですが……」

「そ、その通りだな。……なあベルトルトくん?」

「………………」


 部下のチンピラの言葉を受けた俺の依頼人(クライアント)、ゴルドが不安そうに俺に声をかけてきた。だが、俺はその言葉を無視して使い慣れた得物(やり)を座ったまま点検し続ける。

 そんな俺の態度にビクビクとしながら様子を伺ってくるのはうざったいが、同時に快感だ。この俺の力を恐れている。それが肌で感じられる恐怖の視線は心地いい。

 その俺を見る目として正しい態度に一つ、ご褒美でもやるとしようか。奴が今欲している、迫り来る敵への対処法って奴をな。


「……今逃げ出すのは危険だぜ? 特に、そこの隠し通路を通るのはな」

「な、なぜかね? これは私がここを隠れ家にしてから独自に作り上げたもので……」


 あーあまったく、ぶよぶよ肥えた体から冷や汗噴出しながら無様に震えちゃってるねぇ。

 大体、小心者の小悪党のくせに犯罪組織のボスなんて分不相応な地位を名乗るからこんなことになるんだっての。

 ま、その地位も俺の力あってこそだってことを思えば俺が否定することでもないがな。


「なあ、その通路は本当に誰にも見つかってないのか?」

「そ、それはもちろん……」

「本当に? 絶対に見つかっていないか? 魔法的な手段による探索まで考慮して守りを固めたのか?」

「い、いや。そこまではしていないが……」


 それじゃダメダメだ。隠し通路なんざ、盗賊系のスキルの持ち主なら見ただけで見破る。隠蔽の魔法でもかけてあれば話は別だが、ただ穴空けただけなんて本当にいざと言うときの最後の逃げ場くらいの価値しかない。

 そんなことゴルドだってわかってるだろうに、本当にポコポコ穴を空けるのが好きな奴だよ本当に。


「いいか? 今回の侵入者の目的は不明だが、何故堂々と正面からこんなに分かりやすく攻めてきていると思う?」

「それは……入り口しか知らないからではないのかね?」

「ふぅ……。それにしたって窓とかいろいろあるだろう? それなのに、何故こんなアピールするように大暴れをする?」

「いや、それは……むぅ」


 ゴルドは何も言えずに押し黙る。この男、本当に無能だ。俺が力を貸してやっているって一点を除けば、手下のチンピラ共と大して変わらない頭しかもっちゃいねぇ。

 仕方ないから俺が教えてやる。この謎の侵入者に対し、どうすればいいのかをな。


「一言で言えば、敵はお前に逃げて欲しいんだよ。入り口から以外のルートでな」

「逃げて欲しい? どういう事だ? ここをかぎつけた騎士が私に協力しているのか?」

「違う違う。本当に逃げて欲しいんじゃなくて、逃げ道を誘導しているってことだよ」


 まだ理解が及ばないか。汗まみれの豚面を歪めるゴルドは、俺の言葉を黙って待っている。


「いいか? これはあくまでも侵入者がここをゴルド組の隠れ家だと知ってて攻めてきている場合の話だが、犯罪者のアジトに攻めるまえに隠し通路の類を考慮しないと思うか? ありえないね」


 元騎士として断言すれば、人間の罪人を相手にする場合、まず逃走ルートを潰すのは基本中の基本だ。

 この侵入者が何しに来たのか、犯罪者であるゴルド一味を捕らえに来た騎士なのか、それともゴルドの首にかかっている賞金が目当てなのかは不明だが、いずれにしても逃がさないように手を打っているのは間違いないだろう。

 このおっさんが必死に掘った最後の保険。裏口を罠に使うとかな。


「む、むぅ……」

「恐らく盗賊系の技術の持ち主が事前に下見をしているんだろうよ。隠し通路ってのは、外からの進入口にもなるしな」

「で、ではこの通路は……!」

「暗殺者の刃に繋がっているくらいは想定した方がいい。分かりやすく残っている逃げ道が罠の入り口になってるってなぁよくある手だ」


 わざと分かりやすく正面突破を仕掛けてきたのもそれが狙いだろう。ゴルドに隠し通路を通らせるのが真の狙いであると思った方がいい。

 ここまでの分かりやすい攻撃は、全て陽動であるってな。


「では、ではどうすればいいのかね!? 敵はすぐでもここまで来てしまうのだよ!」

「心配しなさんな依頼主様。アンタだけだったら詰みでも、俺がいれば万事解決さね」


 俺はうろたえるゴルドを安心させるように立ち上がり、そして愛槍を振りかざす。

 元上級騎士。そんなクソみたいな肩書の力を見せ付けるように、お前の目の前にいるのは人間の領域を超えた超越者であると改めて認識させる為に。


「この手の奇襲攻撃を相手にする場合、一番危ないのは想定されやすい逃げ道を使うこと。じゃあ破り方はって言うとな、一見もっとも危険な場所こそが最大の隙になりやすいのよ」


 確実に得物を仕留める為にも、本命は逃げ出すと予想されるポイントに配置する。

 だったら、一番確実な出口は今まさに仕掛けてきている侵入者そのものだ。もちろん侵入者もそれなりに強いんだろうが、武力に関しては絶対である俺がいる以上そここそが何よりも安全なポイントとなる。

 味方を配置しなければならない以上は罠の類を敷くことすらできないし、そもそもこの建物自体こっちのホームだしなぁ。


「で、ではベルトルトくん? キミが行ってくれるのかい?」

「そのつもりだ。一つ、その侵入者さんと遊んでくるとしようかねぇ」

「よ、よし! わしらもベルベルトくんと共に行くぞ! 武器と金、それと商売道具を急いでかき集めろ!」

「イエス、ボス!」


 やれやれ、こんなときに組織最強の俺と離れるのはゴメンだってか。ま、気持ちはわかるがな。

 侵入者の目的が不明な現段階じゃあ、何が起こるかもわからないしなぁ。


「ボス? 攫ってきたガキ共はどうしましょうか?」

「あ? そんなもん放っておけ! 邪魔だ!」

「……待て、ガキだと? 何の話だ?」


 俺はゴルド組に雇われている用心棒だが、こいつらの商売には関わりがない。まあ仕事内容が犯罪行為であるのは知っているから、別に人攫いをしていようと構わないんだけどな。

 そんな俺のスタンスはお互いに認識しているから、人攫い発言に言葉を挟んだ俺をゴルドが怪訝な顔で見ている。

 まったく、少しは頭を働かせて欲しいもんだぜ。


「何の話とはどう言う意味だね? いつもと同じだが……」

「つまり、いつもと同じように子供を攫ってきたんだな? そして、それがここにいるんだな?」

「そうだが……だからなんだね?」

「いや、あくまでも可能性の話だが、この侵入者の目的はそれかもしれないってことさ」

「なっ! まさか、攫ったガキを取り戻しに来たと!?」

「かもしれない、の領域からは出ないがな。……だが、いずれにしてもそのガキは使えるかもしれんぞ? 相手が攫われた子供を助けに来た場合はもちろん、迫っているのがお優しい正義の騎士様だったならば罪なき一般人というだけで人質として機能する」

「な、なるほど! おい! 今すぐガキ共を全員連れて来い!」

「イエス、ボス!」


 クククッ……! こいつはあくまでも予測の域を出ない話だが、もしそうならいいなぁ……!

 お優しく、気高い正義の執行者。もしそんなもんがここへ攻めてきたってんなら、俺も最高に楽しめるぜぇ……!




「ボス、全員かき集めてきました。荷物も纏まっています」

「よし! では、ベルトルトくん? よろしくお願いするよ?」

「任せておきな。この俺の槍で、最高のショーを見せてやるからさぁ……!」


 手にした魔法の槍に力を入れつつ、俺はゴルド達を先導してこの建物の中で一番広い、戦闘を考慮に入れた大部屋に向かう。

 得物が槍である都合上、狭い場所での戦闘は俺に不利だからな。まあ俺の隠しだまならそれも関係ないんだが、可能な限り手札は隠しておきたい。少なくとも、得物が槍なのに狭い廊下で待ち伏せるなんて罠がありますなんて言っているようなことはしたくねぇんだ。


「キ、キサマ止ま――グハッ!」

「このバケモン――ガッ!」

(順調に近づいてきてるな。ゴルドの手下のチンピラじゃ手も足も出ないレベルか)


 扉の向こうから聞こえてくる打撃音と悲鳴。侵入者は圧倒的にこっちへ向かっているようだ。


 元上級騎士であり、現在は騎士団から除名された俺ではあるが、鍛錬を欠かしたことはない。今でも腕前は現役時代と遜色ねぇ冴えがあると自負している。

 その俺の基準から言えば、まあゴルドの手下なんて雑魚ばかりだ。俺一人でも、逃げた奴を追う時間まで考慮しても五分あれば皆殺しにできる。その程度の奴らでしかない。

 だが、それでも普通の人間からすれば数ってのはそれなりに厄介なはず。それをものともしない力量か……さて、楽しめるかねぇ?


「ん? 広い部屋に出たな」


 ついに待ち構えていたこの大広間まで侵入者はたどり着き、扉を開けて入ってきた。

 ……なるほど、確かに報告どおり、侵入者は二人。若い男とガキだけか。


「……ギラギラと趣味の悪い成金の肥満中年……お前がゴルドか?」

「い、如何にも! 私こそが裏社会でその人ありと謳われたゴルド様である――」

「師匠の言うとおり、本当に逃げてませんでしたね」

「だろ? こう言った手合いの考えそうな事は大体わかるんだよ」


 ゴルドは精一杯虚勢を張っているが、男もガキも全く気にしないでのほほんと会話している。

 まあ、当然だな。俺ほどじゃないにしてもそこそこ腕は立つようだし、所詮一般人でしかないゴルドを脅威に思うわけがねぇ。


「き、キサマら! この私に無礼な……っ!」

「落ち着きなよ。舐められてるときは行動で見返すのが戦場のルールだぜ?」

「べ、ベルトルトくん……」

「さっさと見せてやりなよ、こっちの手札をさ」


 俺の手札は見せないけどな。

 ……さて、このゴルドの用意できる札は、こいつらにどの程度効果が有るのかねぇ?


「そ、そうだな。その通りだ。……おいキサマら! これを見ろ!」

「…………ふん」

「リリーアちゃん!」


 ゴルドの合図で、奥に引っ込んでいた手下共がぞろぞろと入ってきた。

 その手に抱えているのは七人の子供。ほぼ誘拐同然に連れて来たゴルド組の商品であり、同時にこの場における武器の一つだ。


「く、クククッ! どうやら、キサマらの狙いはこのガキ共……いや、この少女らしいなぁ」


 ゴルドの性格の悪さが滲み出ているような笑みに合わせて、侵入者のガキが見た少女を捕らえていた手下がナイフを取り出す。

 そして、そのナイフを少女の首筋に添えた。下手な動きを見せたら殺す、そんなわかりやすい意図むき出しで。


「さあっ! 武器を捨てて両手を頭の後ろで組め!」

「あっ! ヤメろっ! 卑怯だぞ!」

「卑怯? おいおいクソガキ、一つ教えてやろう。この世界じゃなぁ、卑怯ってのは賢いって意味の褒め言葉なんだよ! ブッハッハッハ!」


 下品に笑うゴルド。それを怒りのまなざしで睨むガキと、感情を見せない男。

 ガキの方は問題ない。ゴルドの言葉には俺も賛同するし、こんなことで一々動揺するレベルならば多少使えてもガキの範疇を出ないだろう。背中には身の丈にあわない長剣を背負っていることから考えてもただのガキではないんだろうが、俺の敵と考える必要はないな。

 問題は腰に剣を差している金髪の男の方だ。あの無表情で戦局を観察するあの目。このどうしようもなくムカつくあの目、どこかで見たような……?


「師匠! リリーアちゃんが!」

「ああ。とっとと救出しようか」

「ああ? 言っておくがな、ちょっとでも妙な動きを見せたらあのガキを――」

「――殺気影!」

「へ――?」


 侵入者の男は、とんでもない眼力と共に一歩だけ前に出た。それと同時に、全身に鳥肌が立つような鋭い殺気が放たれる。

 これは……気影か。本来気影洞察を身につけた者同士の戦いにおいてフェイントとして活用される、あえて敵に見せる自らの未来の行動。

 それを全て、敵を殺す意思の元で奴は放った。俺に対してではなく、俺の後ろでガキ共にナイフを突きつけていたゴルドの手下共に向かって。


「ひ、ひゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 殺意むき出しの気影をぶつけられた手下共は、全員叫び声を上げて倒れた。指一本触れられていないのに、全員気絶したのだ。

 奴らに気影を見切る能力などないが、圧倒的上位者による気影となるほどの殺意を身に受ければ意識を手放すのも道理か。文字通り死を体感させられたようなもんだからな。

 どうやら、雑魚は戦力に数えねぇ。それを実現できるレベルの強者らしいねぇ。


「お、お前らどうした!?」


 気影の標的から外されていたゴルドは、ばたばたと倒れていった手下に慌てた様子で叫んでいる。早く立て、ガキを抑えろ。そう喚き散らしているのだ。

 だが無駄だ。ゴルドは魔法でも使われたのかと叫んでいるが、これは純粋な実力による差によって引き起こされた現象だ。生物としての格の差ってやつによってな。

 言ってしまえば、いきなり目の前に腹をすかした猛獣が唸り声を上げて現れたようなもの。そんな何の細工もない気絶なんざ、叫んだくらいで目覚めるわけがねぇ。


「下がってな。どうやら人質が有効な相手じゃなさそうだ」

「し、しかしベルトルトくん……」

「心配するな。いくら強いと言っても、俺より強いわけがねぇ。アンタは部屋の隅っこでじっとしてな」

「わ、わかった」


 ゴルドに人質のガキを任せるって手がないわけじゃねぇが、危険だ。俺が侵入者の男を抑えるとしても、もう一人のガキがゴルドを狙うことになっちまう。

 俺からすればあのガキは大した脅威ではないが、ゴルド一人倒すくらいの事はできるだろう。人質付きと言ってもあの男がもう一度殺気を放てばあっさり気絶させられるだろうし、ゴルドを攻撃対象にされるリスクをとるほどのメリットを感じねぇ。


「……アレス君。子供達を頼むよ。くれぐれも巻き込まれないようにね」

「わ、わかりました師匠!」


 あの男もガキ――アレスってのに人質の回収を命じている。

 どうやらゴルドは眼中にないようだな。俺を倒してからゆっくりとでも思っているのか、それとも最初からガキの救出以外は興味がないのか……。


(もし俺を倒してからーなんて思っているんだったら教えてやらねぇとなぁ。テメェらが喧嘩売ってるのが、一体誰なのかをよぉ)


 俺は槍を振り、侵入者の男に向ける。さっき奴がやったように、殺意を乗せながら。

 さあ、剣を抜きな。今から本物の強者って奴の力を教えてやるぜ……?


「おい、何故剣を抜かんのだ? ヤル気あんのか?」

「……剣を抜くかどうかは俺が決める」

「はぁ? テメ、マジで舐めてやがるな?」


 どうやら買いかぶりだったらしいな。まさか、ここまで敵の力量を見抜く能力に欠けているとは。

 ここは一つ、自分がとるべき態度って奴を教えてやるか。お前が取るべき態度は、圧倒的な力を前に恐怖することだけだってな。


「いくぜ……!」


 愛槍を構えつつ、足に力を溜める。やや前かがみになっての、突撃の構えだ。

 それを前に、男は右手を突き出して構える。なんだ? まさかマジで素手で戦う気か? 腰の剣は飾りなのか?

 ……まあ、いい。ここは一つ、この一撃で見極めてやるか!


「せやっ!」


 足の力を解放し、一瞬で間合いを詰めると共に顔面目掛けて槍を発射する。騎士時代と変わらない速度と技を持った、必殺の一撃を。


「むっ!?」

「こんなもんか?」


 しかし、男は俺の槍を横から弾いてしまう。突き出していた右腕で払ったのだ。

 まさか、俺の槍を見切ったのか? 全力ではないにしろ、上級騎士として認められていたこの俺の攻撃を?

 ――いいね! その若さでその力量! 今まで負けたことなんてないだろう才覚! その全てを踏み潰してやったときの顔が今から楽しみだねぇ!


「そらそらそらそらぁっ!」


 一発で終わるほど、俺の槍は甘くない。素早く槍を戻し、連続突きを叩き込む。

 一発当たるだけでも鉄板をぶち抜く威力を秘めた突きの連射。速度は人間に認識できる程度ではない、神速の連打。あまりの速さに槍先が分裂して見えると謳われた、絶技。

 これぞ我が秘儀、数多の強敵を葬ってきた必殺技だ――ッ!?


「ふーん。そこそこ早い……ね!」

「クッ!?」


 男は俺の槍を全て避けていた。間違いなく見切っている。そう確信せざるを得ない紙一重の完全回避。

 この俺の、神技と呼ばれた連続突きをいとも容易く、当然のように避けきっているのだ。回避行動が早すぎて、俺の槍同様、まるで分身しているかのような速度をもって。


「クハハッ! おいおい! すげぇなお前!」


 この連続突きでは倒せない。それを認識した俺は、その場から跳躍して一旦距離をとった。

 素の身体能力で俺の技を殺しきるとか、何もんなのかと考えつつ。


「おい、名乗りな。どうやらお前は俺が名前を覚える価値がある男らしい」

「はい?」

「おっと。その前に俺から名乗っておこうか。俺の名はベルトルト。かつて上級騎士と呼ばれた男よ!」


 これほどの強者、俺の戦いの歴史を思い返してもそういるもんじゃねぇ。

 ならば、その名前くらい聞いておきたい。それが俺の流儀だ。そう思ったのだが――なぜか、この男は無表情の中にほんの僅かな苛立ちを乗せるだけだった。


「おいおい、戦士の流儀がわからねぇ野郎だな。強者を前にすれば名乗りくらい上げるのが礼儀だろ」

「戦士? ただのクズじゃなかったのか? かつて上級騎士なんて栄誉を受けながら、今ではそこの犯罪者の飼い犬なんだろ?」

「……言うじゃねぇか、小僧」


 せっかく俺に名乗りを上げる栄誉をくれてやったのに、このガキはそれを鼻で笑って拒否しやがった。

 ああ、ったくウゼェ野郎だ。あの済ましたツラ、徹底的にぐしゃぐしゃにしてやらねぇとなぁ!


「しゃあっ!」

「……お前みたいな愚か者に名乗る名前なんて持ち合わせはないが、一つだけ言っておこうかな」


 再び槍を放つ。それを、やはり奴は最小限の動きで回避していく。

 さらに、この程度は余裕があるとでも言わんばかりに何か語りかけてきた。


「俺の身分は中級騎士だ。そして、この世界でいつも命張っている騎士の名誉の為にも、その名を汚すお前を排除する」

「――やってみなぁ!」


 なるほど騎士だったか。それで俺に対して嫌悪の念を持っていたわけね。

 正義の味方である騎士様にとって、かつて騎士だったのにも関わらず悪党の護衛やってる俺を許せないってか。

 しかも、中級騎士レベルとは思えねぇ技量の持ち主。所謂天才様って奴かね?

 ……こりゃ最高だ! まさに俺の好みそのものだ! そんな高潔な正義の味方様は、俺にとって嫌悪の対象でしかねぇ!


「決定だ! テメェは殺す! それも楽には死なせねぇ!」

「そうか」

「さあ、ここからは本気だ!」


 全力を出すことを決め、俺は愛槍――【星幽の槍(アストラルランス)】の魔力を解放する。

 だが、一見したところ変化はない。当然だ。この槍の力は、目に見えるものではないのだからな。


「この槍の力を使った俺が負ける理由(わけ)がねぇ! さあ、絶望しな!」


 魔力の流れが変わったくらいは感じ取れたかもしれないが、しかし俺が何をしたのかわかっていないこの中級騎士に向かって、さっきと同じく連続突きの構えをとる。

 さあ、さっきまでとは全く違う技って奴を見せてやるよ……!

上級騎士について。

人類の精鋭である騎士の中でも最上位とされる戦闘者の証。

能力的には一人でマッドオーガを討伐できるくらいで、ノーマル吸血鬼相手だと苦しいくらい。

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