第46話 事件の匂い
新章 何だかんだで仕事してるんです編
「アレスくーん。そろそろ次の街だから頑張れー」
「ぜは、ふは……。し、師匠! そのセリフ、もう五時間くらい前から聞いてます!」
「なーに、長い旅の中、たかが五時間くらいは誤差の範囲だよ」
今日も疲れきっているアレス君の叫びをスルーして、俺たちは広い草原を走っていた。軽いランニングを兼ねて、アレス君の体力満タン時での全力七割くらいの速度でな。
ニナイ村を出発して早一週間。貰った地図は技術レベルに見合った大雑把さで、大まかな方角くらいしか分からない代物。一応軍用の奴なんかはもうちょっと精度いいんだけど、民間用なんてこんなもんだ。
結果的に、この世界での旅は数少ない整備された公道――領主に通行料取られる――を通らない場合、己の勘と根性で目的地を探すことになる。
毎度のことなので、俺はすっかりそれになれて一日二日彷徨うくらいならなんとも思わない。でも、生まれて初めて村を出たアレス君には衝撃がでかいみたいだな。訓練がてら移動は全部ダッシュでやってるくらいだし、むしろ普通に旅するよりも早く進んでるんだけどねぇ。
「師匠! も、もう限界!」
「そっか、じゃあ後一時間くらいはいけるね」
「いや、もう限界なの!」
「叫ぶ体力があるなら大丈夫! それに、経験上もう限界と思ってから三時間は走り続けられる!」
ちょっと生命力の限界に挑戦しているような様子のアレス君だけど、この程度ならまだ大丈夫。俺は親父殿にもう無理と言って休ませて貰ったことなんて無いしな。
むしろたった一時間で休憩すると言ってあげる俺って、やっぱ師匠として甘すぎるのかな?
「きえぇぇぇぇ! いっそ置いていってくださーい!」
「おいおい、こんなところに放置したら死んじゃうよ?」
悲痛な叫び声を上げるアレス君だが、速度は落とさない。まあ、落とせないと言った方が正しいかもしれないけど。
本当ならば、速度を落としたら何かしらのショックを与えるくらいのことはしなきゃいけないのだ。でも、ここは安全が確保されているわけでもない草原だ。だから、まさかいざと言うときに動けなくなるようなダメージを与えるわけにもいかない。
そこで、俺の体とアレス君の体をロープで結んで無理やり残り体力で出せる限界速度を維持させているのだ。本来ならば自分の精神力で走り続けないといけないわけだけど……まあしょうがない。
しかしこれじゃあむしろ、俺の走りこみに重りをつけているだけなような気がしてくる。まあ、まだまだアレス君は自分の足で走っているからとりあえず大丈夫だろうけど。
「……でもまあ、正直そんなに一時間も二時間もかからないと思うよ?」
「な、何でですか!?」
「ほら、その辺の草を見てみなよ。車輪の跡があるだろ? 方角だけはあってるはずだから、これを辿っていけば間違いなく次の街にたどり着くはずだからさ」
道筋さえあっていれば、その内着くだろう。当面の目的地は聖地マーシャルではなくその途中にある宿場町だから、そこまで時間はかからないはずなのだ。
「……お、言ってる側から見えてきたぞアレス君。よかったな、一時間どころか後10分くらいで着きそうだ」
「あ、後10分……! そ、それくらいなら……」
「ああ。じゃあ、距離が短くなった分ちょっと速度を上げようかー。加速法習得の為にも、自分の限界を超えたスピードの世界を体験しないといけないしねー」
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」
アレス君の現体力で出せるギリギリの速度を維持してきたけど、まあ限界なんて超えて何ぼだ。この世界の人間は鍛えれば鍛えるだけ強くなる謎の肉体を持っている――ソースは俺――し、とりあえず残り10分は今までの1.5倍くらいで行こうかー……。
「み、ず……」
「はいはい」
無事街の中に入ると共に、アレス君は糸が切れた人形のようにぶっ倒れた。まあ、当然と言えば当然だななんて、俺はアレス君に水筒を渡しつつ思う。
ぶっちゃけ、限界だったんだもんね。正直途中で倒れるくらいは仕方が無いよなと思ってたんだけど、結局ゴールまで持つんだもん。やっぱり、この世界の人間を前の常識で考えちゃいけないね、うん。
「はー、はー、はー……」
「落ち着いたかい? しばらく休んでいるといい。俺は適当な宿を探すから、この辺にいてね?」
「わ、わかりました……」
本当は走った後はゆっくり歩いて心臓を落ち着かせたほうがいいと思うんだけど、この世界の走りこみは文字通り一歩も動けなくなるまでやるのが基本だし、仕方が無いだろう。
と言うわけで、俺はこの宿場町の入り口付近にあるベンチにアレス君を座らせ、一人で適当な安宿を探しに行くことにする。近くに憲兵もいるし、子供一人残しても問題はないだろう……。
「で? この子は誰なの?」
「この町に住んでるらしいんですけど、困ってるらしいんですよ」
「ああ、そう……」
ちょっと一人にするくらい大丈夫だ。そう思ってたんだけど、どうやらアレス君はトラブル吸引体質だったらしい。
確かにチンピラにかつあげされたり犯罪者に誘拐されたりみたいな、俺が当初想定していたトラブルには合わなかったらしい。ただ、代わりに俺が宿を見つけて今日から補給の為の時間を過ごすためにしばらく部屋を借りますと契約している間に、どこからかアレス君と同年代くらいの女の子を、しかも泣きじゃくってる子を連れてきたのだった。
「えーと、キミ、名前は言えるかい?」
「うぅぅ……」
(アレス君の後ろに隠れられた)
唸り声のような泣き声を上げる少女は、膝をついて目線を合わせた俺から逃げるようにアレス君の背後に回った。
俺、そんな怖い顔してるのかな? 一応イケメン設定のレオンハートなんだし、これでもちょっと顔には自信があったんだけどなぁ。いやまあ『パーツはいいんだけど顔に締りが無いのよねぇ。二枚目と三枚目の中間ってところかしらねぇ』って旅のオカマに言われたことあったけど。
「えーと、あー……」
「師匠。この子はリリーアちゃんって言うそうです」
「り、リリーアです……」
「そうか、よろしくリリーアちゃん」
「ひっ!」
(……俺も泣きたくなってきた)
アレス君の通訳でようやく顔を出してくれたリリーアちゃんだけど、声をかけたらまたアレス君の後ろに引っ込んでしまった。小さな悲鳴つきで。
……何か、子供とか動物とかに怖がられるのって無性に傷つくんだよね。何故かはわかんないけど、自分が穢れているような気がして。
「……アレス君。それで、リリーアちゃんは何があったんだ?」
「リリーアちゃん、お母さんと二人暮らしらしいんですよ。でも、最近お母さんの体調が悪い上に怖い大人の人が家に押しかけてきているそうです。ついさっきもガタイのいい男が二、三人で家の中で怒鳴り声を上げて行ったらしく、それで泣いているみたいです」
「ほう、そうなのか」
なるほど、父親に何があったのかはわからないけど、母子家庭で唯一の拠り所である母親が体調不良。しかも大人の怒鳴り声なんてこんな子供が聞かされたら、そりゃまあ泣いて当然だな。
……にしても、この短期間で泣く子からここまで聞き出したのかアレス君。本当に多彩な子だ……。
「えっと、それで、何でアレス君と一緒にいるんだ? それも、そんな服を鷲づかみにされるくらいに懐かれて」
「……ベンチで休憩してたら、リリーアちゃんが反対側のベンチで泣いてたんです。それで声をかけたら、大泣きされちゃって」
(俺なら泣いている女の子に声をかける時点でアウトだな)
「それでしばらく大丈夫って言い続けたら事情を話してくれて、気がついたらこんなことに……」
「なんか、大切な部分がいろいろ省略されてる気がする」
まあ、つまり外敵に怯えていたところに優しそうな仲間が現れ、依存されちゃったってことかな。
俺が怯えられたのも、大人だったからだろう。年齢的にはまだ成人しちゃいないけど、体だけなら立派な大人だからな。きっとそうだ、うん。
「ぐす……たすけ……言った……」
「へ?」
「アレスくん、助けてくれるって、言った……」
何となく納得していたら、リリーアちゃんがようやく口を開いてくれた。いくらか予想できた内容だったけど、やっぱそんな英雄染みたセリフ吐いてたか。
「言ったの? アレス君?」
「言いましたよ? 困っている人を助けるのは騎士として当然でしょう?」
「ああ、うん。そうだね、当然だね」
ああ、こんなに真っ直ぐな目で言われると、自分の心の穢れが悲鳴を上げている気がする。生まれる前から純粋な子供の心を失っていた俺にはきつい攻撃だぜ……。
「ふぅ。まあ、リリーアちゃんのお母さんのことも気になるし、その大人たちについても気になるしな。とりあえず、リリーアちゃんの家に行こうか」
確かに、困っている人を救い、守るのが騎士の務めだ。このフィール王国は人間達の国であり、全ての人間は一致団結して他種族の脅威に備えているわけだしな。
単純に、もしその怒鳴っていた大人たちが抵抗できる人間のいないリリーアちゃんの家に暴力で恐喝を行っているんなら罪人として捕らえないといけないし。
「ここがキミの家? リリーアちゃん?」
「うん。そうだよアレスくん」
と、言うわけで、俺は……と言うかアレス君とリリーアちゃん、そしてそのおまけの俺って感じのままリリーアちゃんの家の前までやってきた。
そこは……なんと言うか、町の裏だった。所謂スラムって感じだろうか? かなり粗末な掘っ立て小屋で、雨風を防げる以上のことは期待できそうに無い場所だ。
「おかあさん、ただいま……」
「あら、どこ行ってたのリリーア……ゴホゴホッ!」
「むりしないでおかあさん! ねてないとダメだよ!」
(……想像以上にやばそうだな。ありゃ、体調が悪いなんてレベルじゃないだろ)
中に入ってみると、一部屋しかない家の中でボロボロの布団に一人の女性が寝ていた。髪の色がリリーアちゃんと同じ金髪で、顔立ちもどことなく似ている。間違いなくあの女性がリリーアちゃんの母親だろう。
でも、その容体は思っていたよりも遥かに悪そうだ。体調が悪いなんていうから精々風邪引いたくらいだと思ってたのに、頬は痩せこけ生気も薄い。医者じゃない俺があまり偉そうな事は言えないけど、いつあの世からお迎えが来てもおかしくないような雰囲気を醸し出している。
「はいはいリリーア……あら? お客様?」
「うん。アレスくん!」
「そうなの。お友達?」
「うん!」
「それは、わざわざこんな汚いところにようこそ……。それで、そちらのあなたはどちら様でしょうか?」
……どうやら、リリーアちゃん的には招待したのはアレス君だけだったらしい。まあ、俺の存在なんて怖い大人の亜種でしかないんだろうけどさ。
「私はこのアレスの保護者……のようなものです」
「まあ、そうですか。ようこそいらっしゃいました。こんなお茶も出せないところですけど、ごゆっくり……ゴホゴホッ!」
「ああ、どうか寝ていてください」
見ているこっちまで死にそうになるくらい儚い人だなホントに。とても客に茶を入れろなんて言えんぞ。
「あ、お茶なら僕が入れますよ。まだ残ってますし、いいですよね師匠?」
「そうだな。せっかくだし、四人分入れてくれる?」
「わかりました!」
アレス君、お茶淹れるの本当に上手なんだよな。おかげで、ニナイ村で扱ってた茶葉と携帯お茶セットをつい買ってしまったんだよね。
それを手に持つからぱっぱと取り出して、手際よくお茶を入れている。しかも病床の身に気を使ってか、体にいい薬草まで配合しているな。
「はい、どうぞ。リリーアちゃんもね」
「いいの……? おかねないよ?」
「いいんだよ、気にしないでも」
こんなに切羽詰っているのに、リリーアちゃんはまず金の心配をした。
……やっぱ、この家を見ても分かってたことだけど、この家の問題の根幹は金かな。となると、俺にできることはなさそうだ。
にしても、やっぱアレス君のお茶はうまい。こう、体の芯からホカホカしてくるね。加えた薬草もいいアクセントになってるし。
「ありがとうねアレス君。……まあおいしい」
「それはよかった。……それで、お話を伺ってもいいでしょうか?」
お茶を飲んだらちょっと回復したらしい。まあ、魔法でもない薬草ブレンドを飲んだだけだし、気分的な話かもしれないけどさ。
とにかく、今の内に話を聞かないとな。最低限、立場上謎の大人たちが何用なのかだけでも聞かないことには帰れん。
でもその前に、子供らは外に出すか。もしかすると、子供には聞かせたくない話が出るかもしれないし。
「アレス君。ちょっとリリーアちゃんと遊びに行ってきなさい」
「え? どうしてですか師匠?」
「……頼むよ」
「はぁ?」
アレス君は首を傾げるも、師匠命令に従ってリリーアちゃんの手をとった。
リリーアちゃんは母親と俺を二人きりにするのを嫌がって抵抗するも、アレス君が「僕を信じて」なんて言うとゆっくりと頷き、二人は手を繋いで外に出て行った。
アレス君、やっぱり将来がちょっと不安になる才能を持っているんじゃないか……?
……まあいいか。今はこっちの方が重要だよな。
「あー、コホン。それでですね、ついさっきも来たらしいですが、あなたを恫喝していたと言う数人の男達について聞きたいんです」
「え?」
アレス君の将来の不安は横に置いておいて、話を始めるとしよう。とりあえず、この家の問題とやらを把握しないとな。
まあ、リリーアちゃんの母親は俺の質問に懐疑的な表情を見せているんだけども。
「特に、一体何の目的で来たのかをお聞かせ願いたい」
「……何故、あなたに話さねばならないのでしょうか?」
「話さなければならない理由はありません。ただ、もしあなたが不当に苦しめられている場合、私は力になれるかもしれない人間です」
そこで言葉を切って、俺は懐から騎士章を取り出した。これは身分証明としては最高の物だ。これを見せれば、俺がどんな立場の人間なのかを一発で証明できる。
その力はきちんと発揮されたようで、リリーアちゃんの母親ははっきりと生気の薄い顔に驚きを浮かべたのだった。
「まあ、これは、騎士章ですか?」
「ええ。中級騎士章です。そして、騎士として、もしあなた方が不当な暴力に晒されているのならば力になりましょう」
今までの俺は、見知らぬ冒険者だっただろう。はっきり言って、謎の武装した男が娘と共に家に入ってきた時点で警戒心バリバリだっただろうしな。
でも、騎士と分かれば話は別のはずだ。騎士の身分を聞いてなお印象が上がらないのは、相手が犯罪者である場合だけだからな。
「……娘の言う男たちは、借金取りです」
「借金取り?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、私には借金があるんです。その返済が遅れていまして……」
……まあ、ここまでは予想できた話だ。問題はここから、その借金取りが合法か違法か、だ。
「借金とは、どのような理由から? どこにどんな理由で?」
「……実は、夫が行方不明なんです」
「旦那さんが?」
「はい。数年前に行方がわからなくなって、それからは娘を育てるために私一人で働きました。でも、やはり無理でした。私はやがて過労で倒れ、貯蓄は底をつき、やむを得ず借金を」
「なるほど。しかし、その体では借金返済など不可能でしょう。一体どんな契約を?」
金貸しが返済能力のない人間に金を貸すはずがない。話を聞く限り借金をした時点でこの親子は経済的に破綻していたようだし、何かしら貸した金を回収するあてがあったはずだ。
まあ、相手が母一人娘一人の環境となれば、何となく胸糞悪い回収方法は予想がつくけどな……。
「その、私はそのような知識がないのであまり詳しい事は……」
「あー、では、借金取りはどのような要求をしているのですか? まさか暴れて帰るだけだと言う事はないでしょう?」
この世界、一般庶民の知識レベルは高くない。だから悪徳商人が不法な契約を交わしていろいろ騙し取るって事件は珍しくない。
中には字が読めないのに契約書にサインしちゃう人とかもいるからな。もし不法な契約だった場合、ごり押しで何とかできる可能性はあるのだ。
「そうですね……。借金の利子だとかで、家の物はほとんど持って行かれてしまいました。ついには家そのものの権利も借金の利子だって追い出されて、それからはこの借家で暮らしています。ここに来てからも、僅かな蓄えを利子だ利子だと言って持っていかれてしまい……」
「……あの、利子って、一体いくら借りたんですか?」
「ええっと……大体生活費三ヶ月分くらいだったと思いますが……」
(三ヶ月分の利子で家財全部と家そのものとか、どんだけ資産価値のない不動産なんだよ……)
ぼったくりだ。明らかに悪徳高利貸しだ。暴力をちらつかせて、利子の名目で弱い人の資材全てを奪うなんて最悪の部類の悪人だ。
これ、間違いなく正当な取引だったらとっくの昔に借金完済してるよ。借金総額の10倍くらいとられてるよきっと。
それで気づかないこの人にも問題ある気もするけど、商人でもなければ利子計算なんてできないもんなぁ。家そのものにもいくらの価値があるのかすらよく分かっていなかっただろうし、賢そうな人間にこれで計算が正しいと言われればそうなんですかと言っちゃうタイプの人なんだろうな。
「それで、最近はもう返済もできていないからと、このままでは私も娘の犯罪者になると言われていて……」
「……で?」
「もっと稼げる仕事を紹介してやるって言われているんです。でも私はこんな具合ですし、娘もまだ働けるような歳じゃないと断っているんですが……最近は強引にやれって集団で詰め寄ってきて……」
「絶対イエスなんて言っちゃダメですよ。明らかに違法な何かしらの匂いがするから」
その仕事、町を訪れる冒険者と言う名の荒くれ者を相手にする夜の仕事か、さもなきゃ禁止されている薬物の運び屋とかだろ。どっちも使い捨てられた挙句のバッドエンド一直線だ。
しかも、話しぶりからして幼いリリーアちゃんまで道具にしようとしている。こんな人の出入りの激しい町は闇も深いと相場が決まっているが、こりゃかなり血も涙もない悪辣な連中に目をつけられているみたいだな。
「……大体分かりました。恐らく力になれるでしょう」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、興奮しないで。お体に障りますよ」
俺はリリーアちゃんの母親を改めて布団に寝かせ、携帯食料を幾つか取り出す。多分この体調不良の根本的な原因は栄養不足だろうから、とにかく栄養とってもらわないとな。
そんな思いで恐縮するリリーアちゃんの母親に手持ちの食料を渡した後、俺は外に出てアレス君達と合流し、一旦その場から去った。
俺もあまりゆっくりはしてられない身分だけど、何とかしなきゃな。
(とりあえず、その悪徳高利貸しの手先とやらを締め上げて大本に案内させるのが手っ取り早いか?)
俺はアレス君と一緒に歩きながら今後のことを考える。でも、その案はすぐに却下した。
何せ、ここまで見る人が見れば一発で分かるような不正を働いているんだ。多分強引に家財を奪って素早く現金化。ばれたらトカゲの尻尾きりで自分達はトンズラって流れができているんだろうな。
となると、あの家に来るチンピラ共を辿っても本命にはたどり着けないようになっているはずだ。あの母娘を救う為に必要なのは金であり、そしてそれは不当に取られた分を取り返すって手段しか俺にはない。
単純に真正面から権威で攻めるのは悪手。やっぱり、ここはこの町の守護騎士と連携をとるのがベストか?
しかし大きく動くとすぐに逃げられてしまうだろうし、あまり俺がこの町にいることを宣伝したくもないしなぁ。どうすりゃいいか……ん?
「おや、シュバルツ様ではないですか。いつもお世話になっております」
「師匠、知り合いですか?」
悩む俺に、一人の女が声をかけてきた。この世界の富裕層の女性が好んで身につける毛皮のコートを羽織った美女であり、その身を飾るアクセサリーの一つ一つが高級品。まさに、私は羽振りがいいですと宣伝しているような女だ。
当然のようにその背後には一人警備兵を引き連れており、お変わりないですねって感じだ。
「ま、知り合いと言えば知り合いだな」
「あら、そちらの子はお初ですわね。ワタクシはロクシー・マキシームと申します。マキシーム商会の会長をやっておりますわ」
そう言って、ロクシーは優雅に一礼した。美女の微笑みという奴はそれだけで一つの武器になっちまうと証明するような優雅さであるが、その腹の中を知っている俺としては警戒心しか沸き起こらん。
まあ、初対面のアレス君には多少効果があったみたいだけど、どっちかって言うと初めて見る金持ちオーラに当てられてる感じだな。
生まれも育ちも辺境の村であるアレス君の場合、最近急成長を遂げているマキシーム商会自体を知らないだろうけど。
「それでシュバルツ様。こんなところでどうしたのですか?」
「ただの補給目的だよ。そっちはどうしたんだ? 天下のマキシーム会長がこんなところにさ」
「ワタクシもただの旅の途中ですわね。ちょっと大きな商談が上がりまして、ワタクシ自らが出向かなければならなかったので」
「そりゃよかった。じゃ」
「あら、ちょっとお待ちくださいなシュバルツ様」
これで世間話は終わった。さっさと帰ろう。
そう思ったのに、ロクシーは優雅に笑って俺を引き止めた。こやつ、また何かあるのか……?
「ねぇシュバルツ様? ちょっとお願いがあるのですが」
「断る。俺は忙しい」
「そう言わないでくださいな。……契約、変更しますよ?」
「ぐっ! またそれか……」
人を和ませる営業スマイルを浮かべたまま放たれた一言に、俺はぐうの音も出なくなる。
ロクシー・マキシーム。現役の下級貴族マキシームの一族であり、現当主。そして、自らの才覚を武器に起こした商会をあっという間に巨大な組織へと成長させた才女だ。
おかげで最近では貴族と言うよりも商人としてのほうが有名かつ強力な人間として認知されているくらいで、本来ロクシーよりも格上の貴族ですら彼女からの借金のせいで頭が上がらない奴も珍しくない。
その見事な商才と手腕によって法的にも一切悪びれるところのない仕事をしている為、権力では絶対に崩せないコネを国中に持つ勝ち組。
そして何よりも、数年後の未来では、つまり俺の知るゲーム知識では世界の至るところに商会支部を置くことに成功していた原作キャラって奴なのだ。
……ついでに、王都で今日も頑張って俺の依頼をこなしているリリスさんに送る研究費を捻出する為に金を求めていた俺がゲーム知識を頼りに訪ね、結果として破格の好条件で金を貸してくれた俺の借金主でもある人だ……。
町に入って10分で泣いている女の子を落とすアレス
金持ち女商人に借金抱えているレオン
どっちが師匠なのだろうか?




