第44話 聖地
『なんだ? 何が起きている……?』
気配を探っただけだが、今までの旅の中でも出合った事の無い、しかし同等の気配ならよく知っている怪物が近くで暴れている。
かなり距離があるはずなのに聞こえてくる打撃音。つい先ほど現れた凶悪な闇の気配を飲み込んだ絶対的な生命の波動。間違いなく、あの謎の筋肉大男がアンデッド軍団と戦っているんだ。
どうやらこの声の主はここの映像は見ているようだが、アンデッド軍団は転移させただけで視認する事はできないらしい。そして当然遠くにいるために気配を読むこともできないから、何故か手駒がどんどん数を減らしているとしか思えないんだろうな。
まったく、自分だけ安全な場所に引きこもるなんてことするからこうなるんだよ。
「さて、よくわからんだろうが、お前の大切な兵力は皆壊れたみたいだな」
『……チッ、一体何がどうなっているのだ』
「知りたきゃ自分でここまでこい。……さて、後はお前の改造したシャドウアサシンを倒せば全て終わりだな」
間違いなく、俺が目にする前に壊滅させられたのだろうアンデッド軍団はコイツの切り札だったはずだ。実際、最後に現れた魔力は俺一人じゃ勝てるかは五分五分って感じの力を感じた。
仮にも中級騎士である俺が一対一でギリギリの相手を含んだ軍団。どう考えても村一つ落とすのには過剰戦力だ。さっきから言葉だけ出てきている『聖地落し』とやらがどれだけこいつらにとって大切なことなのか何となくわかるな。
(しかしシャドウアサシン、どこにいんだ? このままここで長期戦に入られるのが嫌なことに変わりはないんだけどなぁ……)
もうアンデッド軍団による時間制限はなくなったけど、それでも負傷した村人達を背にして警戒を続けるのは神経削られる。
できれば早く出てきて欲しいんだけどな……ん?
(おかしい。敵意が完全に消えた。どういう事だ?)
いくら気配遮断系の技能に長けた暗殺者モンスターでも、所詮は無理やり強化した紛い物だ。あのシャドウアサシンは、本当に気配を殺す術を身につけたプロには一歩劣る技量しかもっていなかった。
それでも位置の特定はできないくらいに忍んでいたんだけど、ここにいたってことくらいは、気配を殺す気配なら俺でも感知できた。それなのに、その気配がここから突然なくなってしまった。
「諦めたのかな……? おい、どう言うつもりだ!」
考えても分かりそうにないので、あのシャドウアサシンを操っている謎の声に問いかけてみた。
でも、無反応だ。さっきまでは声をかければ何かしらの反応が返ってきたのに、何の返答も無い。
アンデッド軍団が撃退されて不貞腐れて通信切っちゃったのか? それとも、返事ができない理由がある……?
「……もしかして、あの通信魔法、配下が近くにいるのが条件なのか?」
そう考えれば納得できる。俺がこの声を届ける魔法を見たのは昔ミハイと戦ったときと今回の二回目だけど、どっちにも配下というべき吸血鬼が側にいたからな。
如何せん情報が無いから勘の域をでないけど、何となく正解な気がする。
何の道具もなしに遠距離に声そのものを届けるなんて魔法は、人間社会には多分ない。会話だけならリリスさんとやったようにできないわけでもないけど、声だけを届ける魔法は聞いたこと無いんだよな。
だから、あれは多分吸血鬼一族かその眷属に伝わる魔法なんだと思う。その発動条件が配下が近くにいること。もしかすると、こっちを見るのも同じ条件なのかもな。
それならアンデッド軍団の方が見えてなかったことも説明つくし、多分本来は部下の監視とかを目的にした魔法なんだろうな。
「ってことは、本当にシャドウアサシンがここからいなくなったのか? 監視される視線もそういや無くなってるし、こんな中途半端な段階で撤退したのか……?」
まあ、勝ちが無くなった時点で素早く撤退するのは指揮官として当然の行動だ。
少なくとも俺がここで張っている限りはシャドウアサシンにできることはないだろうし、確実に俺よりも強い筋肉親父がいるところはなおさらだ。
だったら、無理な強化を施しただけとは言え、兵力として使えるシャドウアサシンだけでも回収してもおかしくはない。おかしくはないんだけど……何か引っかかるんだよなぁ。こう、諦めがよすぎるって気が……。
「……失礼しますぞ、シュバルツ殿」
「何ですか、村長さん?」
「私の感覚では、この場から敵は消えた。違いますかな?」
「……ええ。私の感覚でも同じ結論です」
本当に何者だ? この村長は。暗殺者としての能力を持つモンスターが消えた気配を感じ取ったのか?
今もアレス君に支えられて何とか立っている姿だけを見ればただの老人だけど、目の奥の気迫だけなら親父殿級だぞ。
やっぱり、この村には何か秘密があるのか? ここまでの人物が一介の村長に身を窶してまで守らなきゃならない何かが……。
「敵の居場所に心当たりはありますかな?」
「いえ。この場に村人は全員集まっているのでしょう?」
「ええ。そこの村一番の倉庫に女子供は皆集まっています」
「となると、他に魔物が狙うような獲物があるとは思えません。恐らく撤退したのだろうな、くらいしか思いつきませんね」
この村の財宝なんて、精々細々とした食料くらいだろう。とても狙いたくなるような物があるとは思えない。
まあ、高々人間数十人を狙ってヴァンパイアとスケルトン軍団100匹に、アンデッドモンスター軍団500匹なんて使うわけが無いって違和感があるんだけどさ。
「……一つだけ、心当たりがあります」
「じいちゃん?」
そんな俺の考えを否定する村長に、孫であるアレス君が首をかしげた。多分、この村にそんな宝の類があるなんて聞いたことが無いんだろうな。
でも、俺はその言葉に内心納得している。だって、何かあるからこそこんな大軍団がこのニナイ村に攻め込んできたんだろうからな。
「シュバルツ殿。私の家に向かってください。入ってすぐ……あなたと話をした部屋に飾ってあるツボの下に地下への隠し階段があります。恐らく、敵の狙いはそこです」
「地下への隠し階段?」
「じいちゃん!? 僕そんなの知らないよ!?」
アレス君が自宅に隠されていた秘密にビックリしているが、悪いが無視する。
今は時間が無い気がするんだ。何かこう、すごい嫌な感じに胸騒ぎがするんだよな。特に“ツボの下”って辺りに。
「村長、恐らく時間が無いから手短に聞きます。その隠し階段、隠し部屋に罠の類は? そこにあるものの正体は? 特に危険度を中心にしてできるだけ簡潔にお願いします」
「心配はありませぬ。そこに罠の類はありません。地下にあるのも粗末なテーブルとイスくらいなものです」
「なるほど。それで?」
「はい。隠し地下室自体には何もありませぬが、そこの壁の奥、つまり隠し部屋の更に奥にもう一つ隠し部屋があります」
「……そこへの入り方は?」
「位置としては、地下室に下りて真っ直ぐ進んだところです。丁度突き当たりの床に小さなスイッチがありますので、それを押せば壁が開いて本当の隠し部屋が現れる仕掛けです」
……どんだけ隠してんだよ!
って、言いたいところだけど、予感的中だな。十中八九、その隠し部屋の奥の隠し部屋――隠し隠し部屋にあるのは俺が予想しているものだ。
「了解しました。その中にあるのは、希少な金銀財宝の類ではありませんね?」
「ええ。そこにあるのは、封印された扉です」
「そこまで聞ければ十分。ようは、その封印を破らせなければいいんですね」
俺がこの村に来た理由でもあるんだろう、その封印をな。
ったく、廃墟の中の転移門か。そりゃ、いくらこの辺りの森を探し回っても見つからないわけだ。
「し、師匠! 僕も一緒に……」
「いや、アレス君。キミはここに残りなさい。ここでまだ動けるのはキミだけなんだからな」
「でも!」
「いいかい、アレス君。目的を間違えるなよ? 騎士ってのは、敵を殺す殺戮者じゃあない。人を守る守護者なんだ。敵を追うことばかり考えて守るべき人を、おじいさんや村の人たちを放って行くなんて間違っている。わかるね?」
「……はい」
「よろしい。怪我人もいることだし、アレス君が村長さんの言うことを聞いて治療してやってくれ。幾つかポーションをおいていくから、飲めそうな人にはこれを使ってやってくれ」
アレス君は俺に、まだ敵を追う俺についてこようとした。でも、流石にそれを認めるわけにはいかない。
怪我人を放置するわけにも行かないし、今のアレス君じゃ戦力にもならないのだ。だから、治癒のポーションを手持ちの数だけ渡して宥めた。
こんなことを言っても聞き分けの無い子供だったら引かないことも多いんだけど、アレス君は優秀だな。ちゃんと自分が本当にやるべきことが見えている。俺が同じくらいの歳だったときよりもずっと優秀だ。
この子はきっと、もっと強く大きくなるんだろうな。今から将来が楽しみだ。
「じゃ、俺は行く。後の事は任せますよ、村長」
「ええ。自分の体一つ動かせない老骨ですが、これでもこの村の代表なのです。意地でも村人は守って見せます」
俺は村長の言葉に頷き、そして周囲を最後に確認する。
目に付くのは、さっそく怪我をしている自警団の人のところに走って行き、そして気絶しているところに無理やりポーションを流し込んでいるアレス君くらいだ。もう敵の気配は感じない。
それを確認した後、俺は全速力で村長の家に走り出すのだった。
(しかし、このニナイ村が“朽ちた聖域”だったとはな)
走りながら、俺はこの村に来てからずっと探していた“朽ちた聖域”について考える。
朽ちた聖域。ゲームで聖剣の神殿へ向かう為の転移門があった場所だ。
昔魔物によって攻め滅ぼされた廃墟と言う設定で、物語中盤で訪れることとなるダンジョンだった。
すっかり魔物の巣になっている廃墟の中にある一番大きな家の跡地。そこにあるツボを調べると地下への階段が現れ、更にその下には何も無い小部屋。そこにある隠しスイッチを押してようやく本当の目的地へたどり着けるって嫌がらせのような仕掛けが施されているポイントだ。
しかも、その奥にある扉の向こうにはやっぱり何も無い。別の場所で起こるイベントをクリアした後に手に入る“聖地への転移玉”と言うイベントアイテムがないと本当に何も無い廃墟としか言えない場所だった。
まあとにかく、きっちり必要アイテムを入手し、隠し部屋の奥にある壊れた扉――転移門にそのアイテムを使うことで、四つの大陸に分かれているこの世界の中心にある霊山へと転移することができるようになるわけだ。
その霊山の山頂、辺りを岩山で囲まれているせいで終盤で手に入る移動用の飛竜を除いて転移門でしか行けない場所に聖剣の神殿があるってことだな。
その聖剣の神殿に入る為にはまた別のイベントを複数攻略した末に手に入るイベントアイテムがないと入れない辺りRPG特有の面倒くささが出ているが、今は別にいい。
とにかく、奴らの言う“聖地落し”ってのは、間違いなくその転移門を使えなくすることだ。魔王に対抗できる唯一の力である、聖剣が人の手に渡らないように。
方法は、恐らく“聖地への転移玉”の奪取と、村そのものの破壊により転移門の存在を瓦礫の下に隠してしまうことだろう。
ゲーム時代は最初から廃墟だった。その先入観のせいで今まで考えもしなかったけど、そういや廃墟が廃墟になる前の姿だってそりゃあるわな。それがニナイ村だったってわけだ。
今日の侵攻のせいでニナイ村は廃墟になり、そして本来転移門とセットであるはずの転移玉が別の場所に移されるわけか。
つまり俺の仕事は、それの阻止。恐らく俺を無視して直接転移門に向かったのだろうシャドウアサシンを倒し、転移玉を死守することだ!
「ツボツボ……これか?」
俺は何の妨害を受けることも無く村長宅に到着し、さっそく言われた通りにツボのしたの隠し階段を見つけた。
何故か俺より先行しているはずのシャドウアサシンがこの下に行った形跡がないけど、隠し階段が見つからなくてその辺で迷ってるのか?
……あるいは、盗賊系の技能で痕跡を残さないように移動しているとも考えられるか。とにかく、まずは行ってみよう。
「……罠はなしか。敵の気配もない。俺のほうが先についたのか?」
村長が仕掛けた罠は無くとも、シャドウアサシンが即席で作ったトラップの一つや二つはあってもおかしくないと思ったんだがな。
こりゃ本気でここには来ていないのか? まさか実は逃げ出しただけだったなんてオチは――
「……扉が開いている?」
隠し地下室の更に奥に進んだら、頑丈な封印に守られていたと思われる鉄の扉があった。恐らく人間が施したものではない、清浄な魔力による封印だ。
でも、その封印は既に破られていた。それも力ずくでぶち壊したのではなく、長い時間をかけて封印を弱らせていたのだろう。残り香のように残っている神聖な魔力を、真反対の性質を持った闇属性の魔力が今も蝕んでいるのが見えるのだ。
(なるほど、呪術師か。何であんな大部隊の隊長に個人戦闘能力は高くない呪術師を収めたヴァンパイアが来たのか不思議だったけど、この作戦の最功労者だったから一番おいしいところをもらえたってことか)
スキルで強化すれば、遠距離の相手を呪うことができる。ゲームでもイベントで出てきた呪術の使い方だけど、それを使って気長にこの特殊な封印を破ったのだろう。
そんな鉄の扉を、俺は警戒しながら潜る。すると、そこには思ったとおり転移門と転移玉があった。壊されることも無く、しっかりと安置されていたのだ。
少々居心地の悪い、どこか神聖な空気を醸し出しながら、空間を繋げる転移門としての機能を発揮しながら。
「まさか、シャドウアサシンは聖剣の神殿に向かったのか?」
吸血鬼化している、半魔物とでも言うべき俺でも居心地が悪い神聖な魔力が転移門から漂ってきている。
そんな門の中に、邪悪100%で構成されているような原料吸血鬼の暗殺者モンスターが入り込んだのか?
どうせ中に入っても神殿の中には入れないから問題ないといえば無いんだけど……やっぱ無視って訳にはいかないよなぁ。
「とりあえず……吸血鬼モード解除っと。これで俺も中に入れるな」
心臓に供給している魔力を止め、封印する。これで俺は普通の人間と変わらない体質となり、むしろ光属性のおかげで神聖な聖域との相性がよくなった。
我ながら、わけのわからん体質だな……。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
こんな魔の者を殺しつくすような聖域に、闇属性のアンデッドが入るなんて自殺行為だ。
そう思いながら空間を繋ぐ門を潜ると、そこには白で統一された巨大な建造物があったのだった。
「うわぁ……これが聖剣の神殿か……。体内の魔力が強引に光属性に変換されているような気がするな」
まさに、ここは聖域だ。聖剣の女神が作り上げた、聖剣を守る為の聖域。邪悪な者を寄せ付けず、聖剣に相応しい者以外の全てを弾く結界のような強烈な魔力に守られている。
この神殿自体も立派だ。材質不明な上に、建築学の知識なんて欠片もない俺でも美しいと思う白い城。しかも、やらなくても破壊不可能だと確信してしまうような威圧感を放っている気がする。
そして、転移してすぐに目に付くのはこれまた純白の巨大な門。この神殿への唯一の出入り口であり、そのすぐ隣には三つの何かをはめ込む窪みがある。
これもまた、ゲーム通りだな。
「――【風術剣】」
俺は扉の巨大さと、それを覆う強烈な魔力を感じ取る。
そして、とりあえず剣を構え、扉に対して風の魔力を込めた一撃を叩き込んだ。
「……これは、やっぱ破るのは不可能だな。流石魔王でも手が出せない神殿……」
俺の一撃は、あっさりと跳ね返された。なんと言うか、この神殿が放つ清浄な魔力に全ての力を一瞬で浄化されてしまったのだ。
今のはそれなりに本気の一撃だったが、当然と言うべきか神殿の門には傷一つついていない。圧倒的強度といえる。
予想はしていたけど、やっぱり三つの鍵を用意しない限りこの中に入るのは絶対に不可能だ。
まあ、この結果は当然の事とも言える。何せ、ゲーム通りならば世界最強の魔王ですら手が出せない領域なんだから。
ゲームでは、転移玉を含めて魔王はこの地に来る手段を持っていた。でも、聖剣はここに壊されることも持ち去られることもなく安置されていた。
それは、魔王の力でもこの神殿に無理やり入る事は不可能だったからだ。ゲーム序盤から中盤のメインストーリーとなる聖剣の神殿の鍵を求める物語から考えてもわかるように、魔王は鍵を手に入れる事はできていなかったからな。
だからこの神殿に転移できないように転移玉を持ち去り、その上でこの神殿に入る為の鍵を奪い取ろうと暗躍していた。
この聖剣の女神が作った聖剣の神殿に関わる物、つまり転移玉とか転移門とか、あるいは入る為の鍵まで全部女神の力で守られている為に魔王には絶対破壊不可能な徹底振りだからな。
「……これで下見の目的は済んだけど、シャドウアサシンはどうしたんだ?」
俺は聖剣の神殿が知識通りの姿であることを確認し、そして本来の目的であるシャドウアサシンの気配を探る。
だが、何も感じない。まさか、聖域に浄化されて消滅したか? 周囲はむせ返るような神聖な気で満ちており、邪悪な魔力なんて欠片も感知できないしな。
一体どう言うことなんだ……?
「なるほど、ここが聖域か。確かに、王の仰るとおり無視する事はできんな」
「っ!? 誰だ!」
誰もいない。そう確信していたのに、背後から声をかけられた。
俺は慌てて振り返る。すると、そこにはどこかで見たような黒のマントと貴族的な装飾過多なシャツを着て、恐ろしく怪しい意匠を施された仮面を被った長身の男が立っていたのだった。
「おや、これは失礼したな。顔を合わせるのは初めてであったか。私は、先ほどキミに『自分でここまで来い』と言われたから、代償魔法を使ってここまでやって来た者だよ」
「……あの吸血鬼、アハロンの親玉か」
「ああ、まあな。わけあって名の名乗る事はできないが、ここでは吸血鬼の伯爵と名乗ろうか」
「――ッ! なるほど、そりゃまた大物だ……!」
伯爵……貴族級五段階の三番目か。ゲーム時代ならともかく、この世界で人間が一人で相手にしていい魔物じゃねぇな……!
「まったく、よくもまあ人間の挑発にのって伯爵なんて大物がこんなところに乗り込んできたものだな」
「まあな。無理やりな改造を施した愚かな部下に、せめてもの役割をと思ってこの聖地の観測をやれと命じてみたはいいものの、あっさり聖域の魔力で消滅しかかってしまってな。まあそれだけでもこの地が聖域であると確認できたと言えなくもないのだが、どうせならもう一仕事させてやろうと思ってな」
「……さっきの、代償魔法って奴か?」
「ああ。詳しい事は秘密だが、アハロンには最後にして最高の栄光を与えてやったとだけ言っておこう」
……何があったのかはわからないけど、とにかく骨の髄まで絞られたわけだ。吸血鬼の価値観は知らんからアハロン自身がどう思っているのかはわからんけど、とりあえず同情でもしておくとしよう。
……しかし、吸血鬼の伯爵なんて上位種のわりに、全然魔力を感じないな? 気配を殺しているってことなのかもしれないけど、何故だか全然強者を前にしたときの震えが来ないぞ……?
「さて、では私は帰らせてもらおう。ここは居心地が悪い」
「……え?」
「聖域とは聞いていたが、ここまで強烈な聖なる力に包まれているとはな。実に気分が悪い」
……ひょっとして、コイツ聖剣の神殿の魔力に当てられて弱ってるのか?
まあ、下級の魔物なら一歩足を踏み入れた瞬間に消滅しそうな力が充満している地だ。まさに聖なる力を一番の天敵としている闇属性の持ち主であり、不浄なる生命体であるアンデッドには一番きつい世界だろう。
だからここまで気配が薄いのか? 本来ならば俺よりも強いはずなのに、全く力を感じさせないのは聖域のせいなのか?
「……なあ、もしかしてだけど、俺はこの場でお前に斬りかかった方がいいのか?」
「試してみるか?」
「そうだな。ちょっと、試してみたい――なっ!」
強敵の一人が目の前で勝てるレベルまで弱体化しているのならば、とりあえず倒しときたい。
この上には更なる化け物がいることを知っている身としてはちと情けない話だが、とにかくやってやろうと俺は剣を抜いて駆け出した。
この聖域の中じゃ吸血鬼の力は全く使えないけど、その分本来の、レオンハートとしての力が漲ってるしな!
「フッ……」
「――え?」
首を狙って剣を振ったところ、何故か敵は全く身動きすることも無く首を斬られたのだった。
謎の微笑を浮かべた頭はそのまま宙を舞い、地面に落ちる。そして、あっという間に聖域によって浄化されて消滅した。
「な、なんだ? 実は身動き一つできないほど弱ってたのか?」
『ああ、正直情けない話だが、その体はもう一歩も動けなかったよ』
「……あ、やっぱり死んでなかったか」
あまりにもあっさりと死んだから何事かと思ったが、予想通り今度は声を伝える魔法で俺に声をかけてきた。
やっぱり、今斬ったのは身代わりか何かだったか。しかしこの声を伝える魔法が使えるってことは、俺の仮説があっていればまだ奴のシモベが近くにいるのか?
『……やってくれたな、人間。私の聖地落し計画は見事に失敗だ』
「本当にそう思ってるのか? まだまだ手札を隠しているんじゃないだろうな?」
『安心しろ。残念ながら、流石の私もこんな村一つ落とすのにここまでの戦力を投じて失敗するなど考えてもいなかった。流石に聖域に私が直接乗り込むわけにも行かないからその生贄が最後の手だったよ』
その生贄。その言葉にチラッと首なし死体を見てみると、突然死体の表面がバリバリとはがれ始めた。
その奥から出てきたのは、アハロンのものだと思われる体だ。シャドウアサシンではなく、アハロン本来の体であった。
「……これが代償魔法か」
『ああ。他者の体を生贄とし、一時的に自分の意識を移してもう一人の自分を作り出す魔法だな。このように、危険な場所への偵察なんかに便利だぞ?』
「外法って奴か」
『フフ、人間にはわからないだろうな。……さて、ではお別れだ。そろそろその肉体に残った私の魔力も浄化されてしまうからな』
「なるほど、通信もこの死体を使ってたのか」
とことん死体を利用する術に長けた一族だな、吸血鬼って。
『ではさらばだ。……私の攻撃に耐えた褒美として忠告してやるが、この村がこれで助かったとは思わないことだ』
「また攻めてくるってか? でも無駄だぜ。もうこの村を襲ったところで、お前達が得るものなんて何も無いからな」
『ほう、なぜかね?』
「お前がこの村を襲ったのは、転移門を使えなくすることでこの聖域に人が入れないようにすること。その方法は、転移門の動力である転移玉を持ち去ること。違うか?」
『……それで?』
「その動力、もうこの村を襲っても手に入らないぞ? 俺が持っていくからさ」
『その言葉の意味、わかっているかね?』
「ああ。……戦えない村人なんて襲ってないで、転移玉が欲しければ俺の首を取ってみな!」
転移門を破壊する事はできない。だから、この聖地への門を本気で閉じたければ転移玉を持ち去るしかない。
それを俺が先に持ち去ってしまえば、もうこの村に価値はない。転移門を潰すと言う発想が無いわけではないが、それは女神の力で不可能なはず――まあ、その実験をする為に村が滅ぼされるので無意味な仮定だが――だし、そもそも転移装置で重要なのは転移玉の方なのだ。
ぶっちゃけ、門の方は玉さえあれば他で作ることもできる。調整がちょっと手間だけど、転移玉さえあれば門は自作できるのだ。リリスさんとかが。
転移玉ってのは、門へのエネルギー源であり、同時に転移先の情報を込められた物だからな。
だから、こう言っておけばもうニナイ村が襲われることはない。代わりに俺が襲われることになるけど、そんなのいつものことだしな!
『……いいだろう。お前の覚悟に敬意を表し、この村への攻撃は今後行わないことを我が誇りにかけて誓おう。……その首がついている限りはな』
「そうかい。じゃあしっかりと覚えておきな。このレオンハート・シュバルツをな!」
その俺の宣言を最後に、通信の魔力が完全に消滅し、アハロンの死体も浄化された。
これで、この村での戦いは終わりだな。一応神殿に入れないかとか調べた後、俺も急いで村を出るとしよう。
これから先は、間違いなく今まで以上に過酷な戦いになるだろうからなぁ……。
次回で今章最終話です。
 




