第42話 VSアハロン
「【呪術・速度低下の呪い】!」
「っと、そう来たか」
ヴァンパイアの男は、接近戦ではなく魔法戦を選んだようだ。それも、相手の能力を低下させる呪術の使い手だったらしい。
確かにまあ、それなら俺が剣士だろうが魔法使いだろうか関係ないな。あらゆる能力を低下させちまえば、敵の手札は無関係だ。
だが、それを素直に受ける義理はない。ゲームだったら成功判定に耐性と運で打ち勝つしかなかった非ダメージ系魔法だけど、この世界なら普通に避けられるからな。
まあ、“魔力を見る”なんてことができなきゃ完全回避は難しいけども。
「チッ! 運のいい奴が! 【呪術・睡魔の誘い】!」
「ちったあ遠慮しろよな!」
今度は眠りの魔法。命中した相手を強制的に眠らせる魔力の光線が俺に向かって飛んでくる。
ゲーム時代だったら、睡眠の状態異常はそう怖いものではなかった。確かに拮抗した戦いの中で数ターンとられるのは痛いが、一撃攻撃されれば解除される状態異常なんかよりも厄介なのはいくらでもあったからだ。
だが、現実に置いてはほとんど即死魔法と変わらない効果と言える。どんなに実力差があろうとも、流石に敵の前でグースカ寝てしまえばナイフ一本で殺されるだろう。生きた人間には急所って奴があるからな。
(ま、避けるけど)
「クソ、またか!」
こう言った状態異常系魔法は、光線状の形態をとる。そして、そのまま真っ直ぐ進んでくるのだが、ある程度の追尾効果があるのだ。おかげで、適当に勘頼みで避けるのは非常に難しい。
そんな能力を連発してくるヴァンパイアか。実に面倒だな。ヴァンパイアならヴァンパイアらしく、ゲーム時代と同じ能力しか使わない量産型みたいな動きであって欲しいものだ。
「ま、実際には一人一人の個性で能力にも大きな差があるわけだけど」
「何をぶつぶつ言っている! 【呪術・麻痺の呪い】!」
「いや、呪術師とかマジで面倒くさいって思ってるだけだよ?」
ゲーム時代にもあったクラス、呪術師。その名の通り呪いの魔法を専門とするクラスで、徹底的に敵を弱化させたり状態異常にかけたりする事に特化したクラスだ。一応攻撃魔法も習得したはずだが、まず火力として運用する事はなかったな。
状態異常耐性のないボスなんか相手のときは、呪術師がいるといないで攻略難易度が雲泥の差って感じだったけか。
「クソッ! なんでこうも避けられる――」
「そろそろ反撃いくぜー」
「なにぃ!?」
俺の宣言に、ヴァンパイアの男は表情を怒りで更に歪める。攻撃宣言とか、どう考えても舐めてるとしか思えないもんな。
まあ、本気で攻めるんだったら俺もそんな宣言はしない。これは、単に呪術師で9割がた確定のヴァンパイアに、他の手札がないかを確認するための挑発なのだから。
(ヴァンパイアは強い。だからこそ、ダブルクラスはありえないからな……。ただ、クラスに頼らない裏技なんかを持っているかもってのが危険なんだけど)
ダブルクラス。それは、諦めた者達の妥協案だ。
今までの旅の中で何人も見てきたダブルクラスの持ち主。そいつらは、その名の通り二つのクラスの恩恵を受けることで高い汎用性を持った戦士なのだ。
だが、決して上に上がる事はできない。クラスを二つ持つと言う事は、つまり才能の限界――本人のリソースを多く使うと言うことなのだから。
はっきり言って、ダブルクラスとして修練を積めば、本人の限界値がかなり下がる。
よほどの才能があれば話は別なのかもしれないが、二次クラスに進むなど夢のまた夢、一次クラスの中でも精々中堅にしかなれないことが確定するのだ。
故に、これは最初から天辺を目指せないと諦めた者がせめて手札を増やそうと選ぶ選択肢なのだ。自分の力に驕りと言ってもいいくらいの自信があるヴァンパイアが選ぶわけない選択肢と思っていいだろう。
俺だって、結局魔術師のクラスは持っていないから魔法関係で苦労しているわけだし。
……ちなみに、腕輪のビックリ芸もこの知識を生かすことで効果倍増が望める。最初に剣士一本でやってなければたどり着けない力を見せた後でインチキ魔法を使うと、より混乱させられるわけだな。
「ク――その言葉、地獄で永遠に後悔しろ!」
「そうだねぇ。後70年くらい生きて、大往生したときまで覚えているといいね」
「ほざけ! 【魔眼・魅了の目】!!」
(ん、切り札は魔眼か)
ヴァンパイアの両眼が輝き、強い魔力を帯びて俺を睨みつける。
これはスキルに属する能力で、ヴァンパイアの基本能力の一つだ。ヴァンパイアの赤い目は、眼力だけで魔法に等しい効果を発揮させることが出来る。
もし魅了なんてされれば、その時点でアウトだ。相手を洗脳するスキルと言っても過言ではないスキルが通れば、実力差無関係に勝敗が決まる。
ヴァンパイアは生来のスキルが多彩すぎて絞ってる奴が多いけど、呪術といい魔眼といい、コイツは直接攻撃ではない状態異常系に絞ってるみたいだな。
「確かに、恐ろしい能力だ。でも――今回ばかりは相手が悪かったな!」
「なっ!? 馬鹿な! 無効化しただと!?」
魔眼の影響下に入っても、俺の動きは全く変化しない。奴の切り札であろう魔眼は、俺には何の効果も発揮しなかったのだ。
これには、流石のヴァンパイアも慌てふためいている。切り札が全く通用しない絶望感、よくわかるなぁ。
「ぜ、絶対に命中したはずだ! 人間如きが耐えられるわけ――」
「そうだな。魔眼はほぼ回避不可能の技だ。だが、対抗手段がないわけじゃない」
魔眼は、目と目を合わせて発動する能力ではない。魔眼の持ち主がターゲットを視認することで発動するため、ほぼ回避不可能なのだ。
だが、俺は回避をそもそも選択せずに、ヴァンパイアの両眼を睨みつけた。奴と同じ色をしている、真紅の瞳で。
この真紅の目こそ、ヴァンパイアの魔眼に対抗するのに一番有効な手段だからな。
「――その瞳、まさかキサマは……!」
「テメェらの同胞には、昔痛い目を合わされたことがあってな。これは、そのときの戦利品だよ」
魔眼系のスキルは、同系統の魔眼に弱い。同士討ちを避けるためなのか、同じタイプの――吸血鬼の魔眼は、吸血鬼の魔眼を持つものに対して効果が薄いのだ。
散々吸血鬼と戦ったから、その特性は身をもってよく知っている。初めて魔眼を食らったときは敗北寸前まで追い込まれたけど、全力で抵抗した結果吸血鬼化が一番有効だって知ったんだよな。
正直吸血鬼化は好きじゃないんだけど――自覚ないけど、性格変わってるとか言われたことあるし――吸血鬼相手に戦うときは、最初っからこの状態でいることにしているのだ。
「キサマ、誰かの眷属だったのか!? 私は正式な命令によって動いているのだ! 邪魔するな!」
「断る。俺は吸血鬼の力の一部を持っているが、お前らに従うつもりはない!」
この、俺が吸血鬼の従者だと気づいたら命令してくるの止めてくれないかね。
そりゃ人間が吸血鬼の特性をもってりゃ自分達の下僕だと思うのは当然なんだろうけど、一応俺がその例外になってから結構経つんだけどねぇ。
ったく、俺を殺せって指令を受けない限り、人間の情報なんてどうでもいいってことかな。
「じゃ、そろそろガチで行くか」
「ム――」
「【加速法・四倍速】」
「――ガハッ!?」
常態加速法を、本式の加速法に切り替える。そして、俺の本気に近い速さを見せる前に胴体を一文字に斬り裂く。
ヴァンパイアは全く反応できなかったようで、綺麗に一本決まった。これが剣道の試合だったら俺の勝ちで間違いないな。
まあ、ヴァンパイア相手じゃこの程度では決まらないだろうから、ここで止めないけど。
「減速――三倍瞬剣!」
「ガッ!?」
「二倍!」
「グゥ!?」
「――加速終了!」
「ブハァ!?」
瞬間の加速を少しでも延ばす裏技その二、逆八王剣でヴァンパイアを滅多切りにした。
この技は、徐々に加速していく八王剣の逆だ。最初に高レベルの加速をやっておき、通常状態に戻る過程を少しゆっくりにすることで加速状態を引き伸ばす俺のオリジナルだ。
その高速剣の連弾で、ヴァンパイアはズタズタになった。そして、抵抗することもなく大量の血を噴出しながら地面の上に倒れた。
「すっげぇ!」
「なんと……あの若さで、ここまでの剣技を身につけるとは……」
本当に遠慮なく、加速状態で前後左右を斬りまくった。その動きは自分で言うのもなんだが、そん所そこらの一般人が見切れるものではない……と思う。
それを当然のように観察し、速さではなく剣技を褒めるとか、本当に何者だあの村長?
「し、師匠! やっつけたの?」
「んー、どうだろうな? 普通の吸血鬼なら確実に殺したはずだけど……」
吸血鬼とは戦いなれてる。だから、再生力が追いつかない勢いで殺しきることにも慣れている。
まあそれでも個体差はあるから、倒しきれなかった場合でも有利になるよう、なるべく力を削るために出血が派手になる斬り方をしているけどさ。
そして、その吸血鬼を斬りなれている俺の感覚で言わせて貰えば、今の感触はどこかおかしかった。こう、まるで見えない鎧越しに斬ったような感覚が……。
「が、ハハハ……アッハハハハアアァァァハハッ!!」
「ん?」
「な、何事じゃ……?」
「アハハハハーハハハッ!」
ヴァンパイアは地面に倒れたまま、狂ったように笑い声を上げている。
さて、これはどういう事だ? 人間に負けた屈辱で本当に狂ったのか、それとも何か隠し玉があるのか……。
「お前は強い。認めてやるよ。でもなぁ、俺も失敗はできないんでな!」
「思った以上に元気。防御系の装備を持っているのか?」
ヴァンパイアはあっさりと立ち上がり、そして不敵な笑みを浮かべている。ここまでダメージが少ないとなると、何かしらの防御系魔法かアイテムがあると思った方がいい。
それにしても、何を狙っているんだ? 流石にただのヴァンパイアに負けるほど俺も弱くないが……。
「この使命は至上のものだ! だからこそ、作戦の責任者である私にも相応の武器が与えられていてな!」
「武器?」
「今見せてやろう! みよ、この秘宝の力!」
「……ネックレス?」
ヴァンパイアが右手に掴んで掲げたのは、奴が最初からしていたネックレスであった。
ネックレスといえばアクセサリー系列の魔法装備である場合がほとんどだけど、奴の自信を見る限りそうじゃないな。多分、何かしらの魔法を発動させるタイプのマジックアイテムだろう。
……止めるか。明らかに使わせても俺に得はないだろうからな。
「格好つけているところ悪いが、腕ごともらう!」
再び加速し、ネックレスを掲げている右腕を斬る。ほぼ全力で、確実に斬りおとす為に。
その一太刀は奴に反応すら許さない速度だったのだが、そこで俺の想定外のことが起きた。まるでバリアでも張ってあるかのように、奴の30センチくらい手前で剣が弾かれてしまったのだ。
「んっ!? これは……」
「愚か! 我らが支配者より託されたこの秘宝、そんな単純な手で妨害などできんわ!」
どうやら、あのバリアはあのネックレスによって張られているらしい。そういや偶に見るな、発動を邪魔されないように使用者を守る機能がついているマジックアイテムって。
ならば今度はバリアごと斬ると再び構えるが、流石に遅かったらしい。周囲に嫌な黒い霧が漂い、それが倒れ伏していたボーンソルジャー共に吸い込まれ始めたのだ。
「……おいおい、何の魔法だよ?」
「聞いて驚け! これこそが高位の術士にしか使用することのできない上位魔法【闇術・不死者強化】だ!」
黒い霧を吸い込んだボーンソルジャーは、破壊されていたにも関わらず立ち上がった。
いや、ただ立ち上がっただけではない。先ほどまでとは比べ物にならないほどに禍々しく、そして強そうな黒い鎧に身を包んでいるのだ。
「……ボーンソルジャーじゃないな。上位種……スカルブレイカーか? それに、亜種のボーンガーディアンまでいるのか」
「ほう、よく知っているな。だが、ならばわかるだろう? もはや、貴様一人ではどうにもならんぞ?」
アンデッドブーストって魔法については知らないけど、それによって現れたモンスターのことはわかる。
ボーンソルジャーを単純に強化した、禍々しい鎧とでかい剣を持つスカルブレイカーと、攻撃力を落としている代わりに防御能力に長けた盾を持つスケルトン、ボーンガーディアンだ。
どっちも、ボーンソルジャーよりも遥かに強い。と言うか面倒くさい。ブレイカーは単純に強いし、ガーディアンは特殊能力の関係上倒しにくいのだ。
それが、倒されていたボーンソルジャーと同数。つまり合計100体並んでいる。アンデッドブーストってのは、下位のアンデッドを強化して使役する魔法と見て間違いないか。
「そうだな。流石にこの数を相手にするとなると――」
「その通り、勝てるわけが無い! 故に、私も慈悲をくれてやろう。大人しくしていれば、せめて楽に殺して――」
「――ちょっと賭けにでなきゃいけないね」
「――やる……なんだと?」
「信じますよーリリスさん。最低限、一回戦うくらいのことができる仕上がりになってますように」
流石にこの質のアンデッドを同時に百体相手にするのは骨が折れる。だから、とりあえず数を減らしてやらなきゃいけない。
その為の手札は、錬金術師リリスさんの技術と好奇心と才覚で作られた各種アイテム。そして、とっておきしかないな。
……っと、その前に一応確認しておくか。もし俺の思い込みだった場合、洒落にならないからな。
「ほいっと」
「……? 何をしている?」
俺は足元にあった石ころを二、三個拾い、骸骨の集団に向けて投げた。文字通り石を投げれば骸骨に当たる状況だが、投げた石は全て骸骨に、より正確に言えばボーンガーディアンに命中した。
そんな俺の行動に、ヴァンパイアは困惑の表情を浮かべる。まあ当然だな。石がぶつけられたくらいじゃこの魔物相手じゃかすり傷にもならないんだから。
だけど、確認はできた。やっぱり、俺の予測どおりのスキルを持ってるな。
「じゃ、まずはガーディアンからだ。魔道書【炎術・三連火球】」
「なっ!? 強化魔法の魔道書だと!?」
まずはリリスさんが作った三連火球の魔道書をジジイ製のマジックバックより取り出す。これにより、俺の頭上に人の頭よりも一回りでかい火の玉が出現し、三つ同時に飛び出した。
魔道書は、魔法の心得がほとんどない俺でも魔力さえ流せば魔法が発動できる優れものだ。それも、強化魔法――普通の魔法に工夫を加え、威力を上げたもの――を発動できるものである。
普通はこんなもの作れないのだが、リリスさんが独自の創意工夫で火球の魔道書作成法からこれを作り出したんだよね。
それも、大量に。そりゃもう、思いついた理論を実証する為のデータが欲しいと欲望に身を任せたマッドサイエンティストのように。
「魔道書【炎術・三連火球】魔道書【炎術・三連火球】魔道書【炎術・三連火球】魔道書【炎術・三連火球】魔道書【炎術・三連火球】」
「い、いくつ持っているんだキサマ!」
火球を大量に浮かべる俺に、ヴァンパイアがちょっと引きつった表情で叫んだ。
しかし幾つ持っているかだと? ……知らん。俺も知らん。これの作成にかかった費用も知らん……と言いたい!
いやね、感謝はしてるよ? 魔法の扱いが苦手な俺にとって、魔法攻撃の手札を増やしてくれるこれらは非常に重要な武器だ。幾つあっても困るものじゃない。
ただ――できればその費用を用立てるのが俺だってことと、実験段階だからって当然のように欠点があるのを何とかしてくれぃ!
そりゃ製作費用は俺が用意する条件で契約しているし、失敗を重ねた先に成功があるってことくらい俺にもわかるけどさ!
「し、師匠! 炎が滅茶苦茶な方向に飛んでいきます!」
(そうなんだよねぇ。このトライファイアボール初号は、狙いをつけられないんだよねぇ)
二号三号になるとその欠点もある程度解消されているのだが、この初号は本当に狙いがつけられない。方向の指定すらできない。
だから、ぶっちゃけ使い物にならない。それこそ、周囲に何も無くて八方敵だらけ。そんな状況にならない限りは。
……でもまあ、この敵に関しては問題ないんだけどさ。だって、狙わなくても勝手に当たるんだもん。
「む、村が燃えて――え?」
「スキル発動。堅固なる盾ってね」
敵も味方も村もお構いなしに焼き尽くすと思われた炎弾は、突如瞬間移動でもしたかのように掻き消え、次の瞬間には骸骨の守護兵、ボーンガーディアンを焼いている。
ボーンガーディアン。その特性は頑丈さであり、一つのスキルを持っていることだ。
そのスキルの名は堅固なる盾。その効果は、味方への攻撃を自分に向けることだ。文字通り、仲間の盾になる能力ってことだな。
この世界の魔法は物理法則無視だけど、スキルも同じくらい無茶苦茶だ。このスキルを前に相手にしたときの経験で言えば、スキルの持ち主と完全に引き離した状態で後衛を攻撃したのにいつの間にか俺の目の前にスキルの持ち主がいたって感じか。より正確に言えば、俺がスキルの持ち主の前に移動していたんだが。
つまり、このスキルの持ち主は、自軍への攻撃を自分の目の前にテレポートさせてしまうのだ。どんな反則だとあの時は困ったものだな。
(でも、逆に言えば当たらない攻撃にまで当たっちまうってことなんだよねぇ)
俺は、勝手に燃えている骸骨を見ながらそう考える。これはアンデッドならではの弱点だな。
通常なら、スキルのオンオフくらいは可能だ。仲間にすら当たらない攻撃なんて、無視すればいいだけの話のはずだ。
でも、こいつらにそんな判断力はない。何せ、吸血鬼のような上位種で無い限り、アンデッドに自由意志なんてないからな。ただ本能のままに暴れるだけで、戦況を見極める能力なんて最初から持ち合わせちゃいないんだ。
だからさっきの投石も、あえて誰にも当たらない位置に投げたのに、全部ボーンガーディアンに命中なんて結果になった。
それと同じだ。俺が魔道書の力で適当に撃ちまくった炎弾は、すべて炎属性を弱点とするアンデッドの守り手に自動的に命中したってわけだ。
「く、クソッ!」
「さて、お次はこれだ。……頼むから暴走しないでくれよ?」
俺は自分の剣を地面に突き刺し、代わりについさっき受け取ったばかりのリリス式魔法刀13代目を手にする。この剣に込められる予定の力が正常に機能すれば、このくらいの数なら何とかなるはず……。
「魔剣開放――吹っ飛ばせ【中位風の魔法】!」
風属性を秘めた魔剣――刀の力を解放し、基礎の中位の魔法を発動させる。まだまだ器用に変換とかできないので、まさに強風をぶつける魔法だ。
この基礎の魔法。要するにゲーム時代にあった魔法だ。
この世界の魔法使いはあれやこれやと魔法に手を加えて発動しているが、ゲーム時代にあったのはファイア、ハイファイア、メガファイア、フルファイア、ウィンド、ハイウィンド、メガウィンド……といった感じで、滅茶苦茶シンプルだったのである。所詮容量の少ないレトロゲーなんで当然だけど。
で、よくよく魔法について学んでいけば、ぶっちゃけこの世界で俺が知らない数々の魔法も、炎術風術と言った基本属性魔法はこのシンプル魔法が基本なのだ。
これで炎を球形にして密度を上げたら火球の魔法に、矢の形状を取らせれば炎の矢にと言った感じで、用途に合わせて工夫しているのが多種多様な種類の秘密らしいのだ。他にも追尾機能を持たせてみるなどと言った性質を加えるなんてのもあるか。
まあとにかく要するに、俺がこの刀の力で放ったのは、何の工夫も無い風魔法ということだ。単に、下位の魔法よりも出力に優れていると言うだけの。
だが、中位魔法を舐めてはいけない。上位の魔物とかからすれば失笑ものだろうけど、人間の中に中位魔法を使える奴なんてほとんどいない。まあジジイクラスなら上位魔法とかもいけるんだろうけど、剣士が手札の一つとして持つには十分な威力を誇るのだ。
その威力は、実験失敗の暴走で身をもって知っている。だから、ガーディアンの身代わりスキルを失ったのならば、ちょっと上物になったアンデッド如きあっさり吹っ飛ばせることもわかるわけだな。
「ば、馬鹿なぁ!? あ、あの魔物は上位の魔法によって強化されたものだぞぉぉぉ!」
アンデッドの軍勢は、吹き荒れる突風によって吹き飛ばされ、破壊された。全てと言うわけではないが、脅威としてみなせる数は残っていない。後は普通に斬って終わりだな。
そんな自分の切り札の惨状を見て、ヴァンパイアは可哀想なくらいにうろたえている。これに関してはリリスさんの飽くなき探究心と研究欲が生み出した結果なんで、まあ頑張ってくれ。
「つか、あれ上位魔法ではないと思うぞ? ぶっちゃけ中位ですらない。まあ確かに効果自体は凄かったけど、精々下位の改良だろ?」
「ふ、ふざけたことを言うな! この魔道具は私の成功を、このアハロンを信じて託された切り札! それが下位クラスなわけがぁ……」
「ああ、あんたアハロンって言うんだ。そういや、自己紹介してなかったな」
残ったアンデッドを元の剣に持ち替えて切り捨てつつ、叫ぶばかりで何もしないヴァンパイア――アハロンを俺は冷たく見る。
まあ切り札が完全に潰れた以上はその反応も仕方ないのかもしれないけど、ダメならダメで逃げる準備位しろよな。せっかく俺がさっきと全く変わらない骸骨つぶしに時間取られてんだから、そこは活用しなきゃダメでしょやっぱり。
(所詮はただのヴァンパイアか。この村を襲撃して何をしたかったのかは知らんけど、本人の言うような大役じゃなかったんだろうな……? 何だ? ネックレスが……)
ヴァンパイアの勢力の中で言えば、アハロンは間違いなく弱い分類に入る。同じ魔眼を持っているなど俺に有利な要素も合ったが、今まで戦ってきた一般的なヴァンパイアと対して変わらないレベルだ。
貴族級とは比べる気にもならないし、そりゃ一般人には必勝だろうけど、俺みたいな本職の騎士には勝てないだろうって強さ。もし本当にこの村を攻め落としたいんだったら、もうちょっと強いのを寄こすか数を増やすだろう。
そう思ってみていたら、奴の震える手に握られたままのネックレスから妙な魔力が放たれ始めた。アハロンの仕業か?
「ひっ、な、何だ!?」
(慌てている? アハロンの意思じゃないのか?)
「な、何でこんな魔力が! 私は何もしていない――ッ!?」
ネックレスからあふれ出した魔力は、そのままアハロンを覆い始めた。この光景はさっき見たのと同じ、アンデッド強化魔法か?
さっきとは違って、魔力が遥かに濃いけどさ。奴の自己申告ほどではないにしろ、中位魔法は確実のよ……!
『この村を落とす程度、お前一人でもできると思ったがな』
「あ、あなた様は……!」
(この声……ヴァンパイアの通信魔法か)
いつかミハイと戦ったときに吸血王の声が響いたのと同じ方法で、誰かの声が周囲に響き渡った。
アハロンの反応から見る限り、どうやらあいつの上司らしいな。
『この任務、聖地落しは必ず成功させねばならん。これはあくまでも念のための処置だったが……まさかたった一人に敗北するとは思わなかったぞ?』
「お、お許しを! い、今から、今からでもこの人間を始末して見せます!」
『いや無理だ。お前ではその人間に勝てん。だから――勝てるようにしてやろう』
「ぐあぁぁぁ!?」
ネックレスからの魔力が勢いを増し、完全にアハロンを取り込んだ。
そして、アハロン本人は苦痛の叫び声を上げている。ありゃ、どう贔屓目に見ても補助魔法の類をかけてやってるわけじゃないよな……。
『さて、本物をみせてやる。【闇術・中位不死者強化】』
「あああぁぁぁぁああぁぁぁああ!!」
さっきよりも数段上の魔力により、アハロンは変貌する。そりゃヴァンパイアだってアンデッドだから魔法の効果範囲内なんだろうけど、まさかこんな真似をするとは。
魔王を除いてヴァンパイアはヴァンパイアとしかつるまないから、この声の主も間違いなくヴァンパイア。正直、同族に対して少しは慈悲とかもってやって欲しいぜ。
こんな、明らかに狂ってます的な、吸血鬼として正当進化したとは思えない力と狂気を放つ、元アハロンとこれから戦う身としてはさ……。
無双パート2。ただし、敵は三下であった。