第38話 辺境の元騎士
(うーん。やっぱりちょっと少ないかな。こんな村で補給は無理だろうから、悩んでても仕方ないんだけどさー)
ニナイ村に謎の二人組を連れ帰ってから、俺はあの二人を警備隊長さんに任せて貸し小屋に戻ってきた。
そして、そこにあった粗末な――なんて、好意で借りてる身分で言ってはいけないのだが――テーブルの上に、私物を幾つか並べていた。
これはリリスさんの実家から偶に送ってもらってるもので、冒険者御用達の戦闘アイテムだ。もちろん有料だけど、これが結構立派な品なのにかなりお得な値段で売られている。
……友情価格ではなく、正規の値段で買っているんだぞ? こんな安値で売っているからあの店はいつまで経っても青息吐息なんじゃないか?
まあ、あのリリスさんを育てた両親なだけのことはあると言うところかな。人柄の良さでご近所さんの助けは借りられるみたいだし、もう俺が文句言うことでも無いんだろう。
(ま、それはともかくいい加減に数がやばいな。この村の所在を掴んですぐに出発したのはちょっとまずかったかも……)
ゲーム時代では、戦闘用アイテムなんてほとんど出番の無い道具袋の肥やしであった。そんなもん使うよりもキャラクター自身が魔法やらスキルやらを使った方が遥かに強かったからだ。
でも、これが現実世界となると一気に重要性が増してくる。引き出しの多さはそのまま強さの一つだからな。自分に出来ないことがアイテム一つ持ってるだけでできるようになるってのは、予想以上に大きな力となるのだ。
(手持ちの道具だとちょっと心配だな。リリスさん製のマジックスクロールが幾つか残ってるのがせめてもの救いってところか……)
考えていても仕方が無いと、俺は在庫の確認を終わる事にした。
錬金術師として仕事を頼んでいるリリスさんが作った、魔力さえあれば心得がなくても魔法が使える便利アイテムをもっとも取り出しやすいように腰のバッグに入れる。
続いて投げナイフ、煙球、火薬球、閃光玉、治癒のポーション、強化のポーション、解毒薬などをこの小さなバッグに詰めていく。
(しかし本当によく入るな。入れ方を間違えるとどこにあるか分からなくなる欠点はあるけど、旅の上では非常に便利なバッグだ)
俺は様々なアイテムを、どう見ても許容量オーバーしているのに飲み込んでいくバッグを見ながらそう思う。
これは、あの魔法狂いジジイが何の脈絡もなく転移魔法で送ってきた腰カバンなのだ。原理はさっぱり分からないが、何でも見た目を遥かに超える収納力があるマジックアイテムらしい。
実際、一緒に送ってきた魔法の教科書と合わせてすごく便利だから、珍しくあの爺さんに感謝している。
……まあ、『試作品だから、もしものことを考えて本当に大事なものは入れないほうがいいぞ』と言う注意書きが気になってもいるのだが。
(便利だから文句は言わないけど、絶対これも弟子を実験台にしてるだけだな、うん)
「おお、君もここにいたのかレオンハート」
「ん? ああ、えっと……パウルか」
ジジイへの感謝と、どうせまた人を実験台に使ってるなと言う限りなく確信に近い予想をしていたら、入り口から謎の二人組の内の細い方、パウルが入ってきた。
「しばらく僕達もこの村に泊めてもらうことになったよ。だから、しばらくキミとも共同生活だね」
「あー、許可、出たんだ……」
ニナイ村のような小さな村には、来客用に幾つも建物を用意するような余裕は無い。つまり、こんな風に複数の来客が一度に来た場合は共同で借り物の小屋を借りることになるのだ。
……しかし、あくまでも好意で借りているものに何度もこんなことを思うのは失礼なのだが、ここは本当に小屋だ。正直、宿として評価するのなら『屋根と壁がある分野宿よりはマシ』が精一杯の賛辞と言えるくらいだな。
つまり、大の男が三人も纏めて生活するのはちょっと無理があるサイズなのだ。特に、もう一人の人――ガハムさん、2メートルを軽く越す大男だし。
「ん? その顔は部屋が狭くなるとか、そんなことを考えているのかい?」
「いや、そんなことは」
「安心したまえ。僕はこの小屋に泊まるが、ガハムは村長の家に泊めてもらうこととなったからね」
「え? 村長の家に?」
それはまた、珍しいな。まさか初見の旅人が村長の家に泊めてもらえるなんてさ。
こんな村じゃ、あくまでも旅人ってのはよそ者で、警戒の対象だ。だから、よほどの信用を得ない限りは監視の目が届く場所に置かれることとなる。
それがまさか、やろうと思えば村の指導者である村長の寝首をかける位置に置かれるなんてな。あの村長、そんなに危機意識の低い人には見えなかったんだが……。
「……どうやら、本当に訳ありらしいな。悪い意味ではないみたいだけど」
「うん? 何か言ったかい?」
「いや、何にも」
おそらく、この二人は騎士の肩書き以上に人の信頼を得られる何かを持っているのだ。
そうじゃなければ、初対面の旅人にそんな対応ありえないからな。
「えっと、でも仲間と離れていいのか? 村長の家を貸してもらえるんだったら二人一緒でも大丈夫だと思うんだが……」
「ああ、そのことか。小さな村だし、多少離れていても問題ないとガハムも言っていたし大丈夫だよ」
「ふーん……」
ま、決定だな。こいつ、明らかに何か隠している。
だって、普通の冒険者の場合、可能な限り仲間とは一緒にいようとするからな。いつ突然外敵に襲われても不思議じゃあないこの世界を生きる以上、少しでも敵の脅威から身を守ろうとするのは当然の判断なのだ。
だから、仲間と離れてまで騎士と名乗っただけの見知らぬ他人と同じ屋根の下に寝るなんて選択肢、まともな冒険者ならありえないんだよねぇ。
(まさか、狙いは俺の首か? でもだったらこんな優男よりも遥かに強そうなあっちのおっさんが来るよな。と言うか、あのおっさんなら俺を正面から倒せそうだし)
とりあえず一番危ない状況を思い浮かべるが、状況的にそれはなさそうだ。
騎士なんてやってると、いろいろ危ない人達からの逆恨みも日常茶飯事だからな。偶に過激な奴らが偶然を装って暗殺者を差し向けてきたことだってあるくらいだ。
だから、こいつもその類かと警戒してみたけど……どうもそんな感じじゃないんだよなー。
「ところでレオンハート。お前は旅をして国土の治安を守る遊撃騎士でいいんだよな?」
「ん、まあ、そうかな」
厳密に言うと、吸血鬼問題を解決する為に動いている大勢の内の一人なのだが、まあ確かに遭遇すれば吸血鬼無関係の罪人や魔物とも戦うからな。
結果的に、巡回遊撃騎士と言っても間違いでは無いだろう。
「だったらさ、是非旅の話を聞かせてはくれないか?」
「え?」
「僕はそういう話を聞くのが大好きなのさ。是非キミの旅の中で起こった出来事を聞かせて欲しいんだ!」
……あー、ひょっとして、そういう人か? よくいる『騎士様の武勇伝を聞かせてください!』って感じでやってくるあれか?
この世界、騎士ってのは子供達の憧れランキングナンバーワンだからな。ミーハーな連中は、騎士の戦いの話を本でも読むくらいの気持ちで聞きたがるのだ。
それを踏まえて考えると、この目を輝かせた美男子の目的は騎士そのものか? 冒険者なら騎士に出会うことも珍しくは無いと思うのだが、持ってる話なんてのは十人十色だしおかしな話でもないか。
「んー。あんまり面白い話に持ち合わせなんてないぞ?」
「構わない。僕はただ知りたいのだ!」
「……一応言っておくが、機密情報は話せないぞ?」
「いや私相手なら何の問題も――あ、いやいや。それは当然だな、うん」
「ん?」
何か早口に言っていたが、何が問題ないんだ? 自分は口が堅いとかそういう話か?
まあいずれにしても、騎士の活動ってのは人においそれと喋っていい話じゃないのは間違いない。例外なんて王族くらいだろ。
だから、話せるのは騎士としてと言うよりは個人として仕事したときの話ばかりになるのだが……わかってるのか、こいつ?
「それでは、機密以外ならば話してくれるのだな?」
「まあ、いいけど」
「では早速頼む! ああ、しかしただ話すのではやり辛いか。ではそうだな……チェスでもしながらでどうだ? 何なら酒もあるが」
「あー、いや、酒は結構だ」
まだ未成年だしな。とは言ってもこの国は15から飲酒を許されるが、身に着いた常識的に受け付けん。
でもまあ、遊びながら適当に話すと言うのも悪くは無いか。生憎吟遊詩人ではないので、自分語りなんてやり難いことこの上ないしな。
そのゲームがチェスと言うのは、本来将棋派の俺としてはちょっと不満だけどな。……この世界、将棋無いんだよなぁ。
「ふむ、酒はいらんか。まあいい。では、ゆるりとゲームでもしながら話を聞かせてくれ」
「はいはい。……ゲームか。考えてみれば、随分やって無い気がするな」
本来は生粋のゲーマーだったはずなのだが、レオンハートになって以来、完全にアウトドア派の肉体派として生きてきた。
だからかな。こうやって屋外で人とゲームするだけで懐かしさを感じるのは。
そんなことを考えつつ、俺はパウルの持参した、冒険者が持ち歩く事は絶対にありえない立派なチェスセットでゲームを始めるのだった。
◆
「……この度は、ようこそおいでくださいました」
「よしてくだされ。アナタにそんな頭を下げられるほどワシは偉くは無い」
「何をおっしゃいますか。今や人間の希望、世界最強の一人と謳われるアナタ様に敬意を払わぬような者がおりますか」
ニナイ村村長の家。そこのある、地下深くの秘密の部屋。そこでワシは、村長と二人っきりで話をしていた。
身分を気にせずに人と話したがっていた殿下はガーライルの息子の元へ向かわせたし、とりあえずは放っておいても問題ないだろうからな。
護衛としては些か不安もあるが、この村にいる限りは大丈夫だろう。それに、あの若いのもなかなか実力がありそうだしな。若いころのガーライルを思い出させる気迫を放っておったわい。
「アナタこそ、ただひたすら王家の命を忠実に守り続けた忠臣。ワシではまだまだ及ばんよ」
「……そのお言葉だけで、今までの人生が報われる思いです」
ニナイ村村長のカスモ殿。この方は、ワシがまだ下の毛も生えとらんようなガキの頃からずっとこの地で暮らし続けている。
このような、王都から遥か離れた辺境で、まともな物資を得ることにも一苦労するような村でだ。
「確か、あなたがこの村の長として生きることとなってから丁度40年でしたかな?」
「ええ。当時はまだ20そこそこの若造でしたが、その時に陛下よりこの地を守るように命じられたのです。それ以来、ただひたすらこの地で生きてきました」
カスモ殿は、当時優秀な騎士だったそうだ。忠誠心に溢れ、才もある、強い騎士だったのだ。
だが、そんなカスモ殿を、若かりしころの陛下はこの辺境へと向かわせた。しかも、南の大陸最北端のこの場所で敵対勢力へ対処しろと言うのならまだわかるが、ただこの地で生きろとだけ命じられたらしい。
そんなわけの分からない命令をただ忠実に守り、この方は鍛え上げた肉体がやせ細り、しわくちゃになるまでひたすら忠義を守り続けているのだ。
そんな御仁を、何故ワシ如きが見下せようか。尊敬などと言う言葉では足らない、真の忠義に生きたこの男を。
「それで、此度王都に連絡を入れた理由は何なのですかな?」
「はい。それは……」
カスモ殿は、少し躊躇した。どうやら、これから口にする事は彼にとって非常に言いづらい事らしいな。
まあ、時間はたっぷりあるのだ。カスモ殿の任務は超機密事項である為に、殿下の我がままを利用する形でここまでやってきたわけだが、そのおかげで殿下の気が済むまでここに滞在できるわけだからな。
「実は、陛下に伝えて欲しいことが二つあるのです」
「ほう、二つ。何ですかな?」
しばしの沈黙の後、カスモ殿はゆっくりと口を開いた。そして、当初の予定通りワシに伝言を伝えようとする。
そう、伝言だ。ワシを使ってまで求められているのは、ただカスモ殿の言葉を陛下に伝えることなのだ。
何故ならば、カスモ殿は存在そのものが秘匿されているからだ。この村はただの辺境の村であり、王の命とは何の関係も無い。そう思わせるために。
それ故に、緊急時以外は定時報告すらされていない。そして、その緊急時の連絡は特殊な方法により『報告したいことがある』とだけ陛下に伝えられ、その後信頼のある騎士が直接メッセンジャーを勤める形式となっている。
ワシが見てもちと回りくどすぎる方法だが、ここまでやらねばいけないほどの秘匿情報。それがカスモ殿が守るものなのだ。
「まず一つ目。私が守っているものに異変が生じている、です」
「……異変?」
ワシはカスモ殿の言葉にちと考え込む。いったい何が起きたと言うのだろうかと。
とは言え、超機密情報なだけに、ワシ自身もカスモ殿が真に守っているものの正体は知らん。これでは考えるだけ無駄か。
と言うかそもそも、ワシは考えることが苦手なのだ。殴るか蹴るで解決できんことは専門外なのでな!
「ええ、異変です。封印が弱まっている、とでも言うのでしょうか」
「ふーむ。申し訳ありませんが、ワシはそう言った魔法的な話は完全に専門外ですからなー」
「私もですな。生憎、私にできるのは農業と剣術くらいなものですからな。……ですので、陛下にはそのままお伝えください」
「うむ。了解しましたぞ」
まず一つ目は『守りに異変が生じている』だな。正直何がどうなっているのかはさっぱりわからんが、まあ陛下ならわかるのだろう。
「では次に、第二の報告なのですが……そろそろ私の代わりを用意していただきたいのです」
「む? それはどう言う……?」
「私は老いた。もはや何年生きられるかもわかりません。そんな老人に、陛下の任務を全うすることなどできないのですよ」
「な、なにを言うのだ! 貴殿はまだまだ――」
「いえ、もう無理です。……正直、もしかしたら明日にも倒れかねませんからな」
「……もしや、お体が?」
ワシがカスモ殿と直接会ったのは、これで五回目ほどだ。極まれに、他の用事があったときに様子を見に来る程度の間柄だが、言われてみれば少々生気が弱弱しい気がする。
ただの加齢かと思ったが、これが病によるものであると言われれば納得してしまうな……。
「……数年前から、咳き込むことが増えましてな。それに体がどんどん衰え、気がついたらこんな、枯れ木のような細腕になっていたのですよ」
「むぅ……。医者には?」
「ええ。先日ちょっと町に行き、そこの医者に見てもらったのですがな。……単に加齢による体力の低下と、それに伴って病にかかりやすくなっているだけだと言われましたよ。当然、根本的な解決法などありませぬ」
「む、むぅぅぅ」
どんな人間も衰える。ワシだって最近は髪の毛が薄くなってしまったから、いっそのこと全部剃ってしまったくらいだ。
そんなワシよりも更に長い時間を生きたカスモ殿の肉体は、確かにもう限界なのかもしれない。年齢的に考えても、そろそろ王国民の平均寿命に達しているからな。
だが、それはあくまでも一般人の話だ。全身に魔力を滾らせ、より強くなった者ならばまだまだ生きられる。生きられるはずだが……自然の摂理には逆らえんと言うことか。
「後継者はおられないので? 確か息子さんがおりましたな?」
カスモ殿がもうお役目を果たせないのだなら、後継者にそれを任せるのが通例だ。
だが、息子と言う単語を口にした瞬間、カスモ殿の顔が歪んだ。これは、もしや……
「……確かに、私には息子がいました。ですが、昨年……」
「亡くなった、のですかな?」
「ええ。享年30の短い命でした」
「……何故?」
「どうやら、村の外で狩りをしていたところを魔物に襲われたようです。珍しくもありませんな」
「むぅ……」
魔物に襲われて命を落とす。こう言ってはなんだが、よくあることだ。特に、人の集落の外に出る者の6割はそれが原因で命を落とす。
本音を言えば、自分の息子に自分の後を任せたかったのだろう。だが、もはやそれは叶わない。
そのつらさが、悔しさがカスモ殿の心に濃い影を落としているようだ。もしかすると、急に弱ったのもそれが原因かも知れんな。
しかし、だとすれば、カスモ殿の血は絶えてしまったのか? 30ならば子供の一人くらいいても不思議は無いのだがな。
……かなり無作法ではあるが、一応聞いておくか。これも任務だ。
「孫は、いないので?」
「孫ですか? ええ、一人だけいますが、それがどうしましたかな?」
「……いえ、孫ならば、と思っただけですが」
どうかしたのか、か。必死に心の苦しみを外に出さないようにしているようだが、やはり冷静ではないようだ。
だから、なるべく言葉数少なく聞いてみたところ、カスモ殿はちょっと考えてから首を横に振るのだった。
「ふぅむ……。無理、とは言いませんが、ちと間に合いませんな」
「む? 何故ですかな?」
「孫は今年で11になったばかりの子供です。才はある……と、まあこのジジイの目では思いますが、とても私が倒れるまでに一人前になるのは無理でしょうな。息子にこそ隠れて私の技を教えていましたが、孫は私が騎士であることすら知らぬ身ですので」
……11、か。ワシにも一人娘がいるが、確かにその頃と照らし合わせても、少々厳しいだろうな。
あの子が11の頃だと、まあその辺のチンピラ程度なら難なく倒せたとは思うが、密命を受けるのは流石に無理だろう。
もっとも、ワシの娘の場合、そもそも密命にはまったく向いておらんのだがな。内面がワシに似てしまったあの娘は、性格的に隠密行動に向いておらん。
「では、後継の者を呼ぶ、と言うことでよろしいので?」
そんなことを考えているとは悟られぬように、表情筋を無理やり制御して真面目な顔を作る。
そして、カスモ殿の返答を待った。
「ええ。まだ倒れるつもりはありませんが、できれば年内に人を寄こしていただきたい。もちろん、名目は新村長ですな」
「わかっています。しかし、この任務を務められるような者がカスモ殿以外にいるかどうか……」
この任務は、騎士としての名声も武勇も全て捨て、一介の村長として生涯を生きる覚悟が求められる。
その対価は陛下の感謝のみ。多大な謝礼を出せばその分密命がもれる危険性が高まるために、本当に感謝以外の何も受け取れない任務なのだ。
だからこそ、この任を任せられるのは真の忠誠心を持つ者のみ。国のためになるのならば自らの利益など気にもしない。そんなことを、心の底から本気で言える者以外には勤まらないのだ。
「まあ、私の限界は陛下もわかっていることでしょう。恐らく、何らかの手立ては考えてあるはずです」
「そうか……?」
正直そんな都合のいい人材がいるとは思えないのだが、それはワシの考えることではないか。
陛下も、本音を言えばこのままカスモ殿の血族に任務をついで欲しいと思っているような気がするしな。
「では、話は終わりですかな?」
「ええ。この話、確かに陛下にお伝えください」
「了解しましたぞ」
ワシらは椅子から立ち上がり、この極限られた者しか知らない地下室を出る。
この場所は、恐らくカスモ殿の家族すら知らないのだろう。ワシにも見せていない部分があるのだろうが、この地下室こそがカスモ殿が守り続けてきた場所なのだからな。
さて、後は今までの話など全くなかったかのように振る舞い、カスモ殿もただの村長に戻られる。ワシもそうして振舞わねばならんな。
……っと。そう言えば、この家の住民の名前をまだ聞いていなかったか。息子さんは亡くなったとしても、お孫さんは一緒に住んでいるのだろうし。
「一ついいですかな?」
「おや、なんでしょう?」
「ええ、せっかくですので、お孫さんのお名前をお聞かせ願いたい」
「ああ、そう言えば、まだ孫は紹介してませんでしたな」
地下室から出ようとしていたところで呼ばれたために、カスモ殿は一瞬硬直した。やはり心の傷が開いてしまったのだろう。
だが、ワシの問いに納得したと一回頷いた後、お孫さんの名前を聞かせてくれたのだった。
「ワシの孫の名前はアレス。元気盛りの男の子ですよ」
◆
「ねえお兄ちゃん、騎士様なの?」
「ん? そうだけど、君は?」
「僕、アレスって言います!」
パウルとチェスを指しながらの雑談を始めてしばらくしてから、あいつは一人で酒を飲んで眠ってしまった。
……俺に完全勝利しながら。なにやら楽しそうに酔いつぶれるギリギリまで手も足も出ないとか、かなりショックなんだけど。あいつ強すぎだろ。
とまあ、そんな敗北のショックと久しぶりに思いっきり何の心配もなく遊んだ心地いい疲れを癒すべく、夕日を見ながらボーっとしていたら、小さな少年に声をかけられた。
正直ちっこい男の子には若干のトラウマがあるのだが、まあこの際それはいい。あいつは金髪だったけど、この子は昔を思い出す黒髪だしな。
「それで、アレス君。何か用かな?」
騎士足るもの、子供には優しくあれ。……なんて心得があるかは正直記憶に無いが、俺自身は別に子供嫌いではない。
まあ尊敬のまなざしで見られるのにはいつまで経っても慣れないが、嫌な気はしないしな。
しかし、アレスね。どっかで聞いたような気がするな。こう、ゲーム時代に出てきた名前のような気が……あ。
(そうだ、確か主人公のデフォルトネームの一つがアレスだったか)
聖勇を起動すると、まず最初に主人公に名前をつけるのだが、そこで一文字も入れずにスタートすると幾つかの候補からランダムで名前がチョイスされる。その中の一つに『アレス』って名前があったんだ。
……まあ、別に名前としても珍しくないし、そもそもデフォルトネーム20種類くらいあるからな。主人公――つまり勇者のデフォルトネームと被っている人なんて、王国中に巨万といるだろう。別に珍しくも無い。
と言うか、名前が勇者探索のヒントになるんだったらとっくに有効活用してるって。候補がありすぎる上に、その候補の中に本物の勇者がいる保障もないんじゃ役に立たないと結論しただけで。
「そ、その、騎士様って、強いんですか?」
「ん、あー、そうだねぇ……強いよ?」
アレス君のキラキラした目から感じる、純粋な尊敬の念。
それを前に、『弱いです』とか『大した事無い』なんて言えるわけが無い。日本と違って、ここじゃあ謙遜は通用しないからな。
「じゃ、じゃあお願いがあります!」
「ん? なんだい? 魔物退治でもして欲しいのかな?」
大抵の場合、こう言う話の入りで振られるのはそんな話だ。そして、それを断る選択肢は騎士としてありえない。
国内の治安維持は、騎士の存在意義みたいなもんだからな。
(ま、だからってどんなお願いでもただで聞いてあげる便利屋にはならないけど)
騎士が剣を振るうのは、任務を遂行するためだ。個人的な感情は別として、王様や騎士団の上司以外のお願いや依頼を引き受ける義理も義務も一応無いんだよな。
だから、その地の治安維持を任務とする守護騎士ではなく、偶々通りかかった遊撃騎士に個人的な依頼を出す場合、他の冒険者同様交渉から始まる報酬を要求されるのが普通だ。俺も、この旅の中で退治した魔物のほとんどは報酬目当てだったしな。
ぶっちゃけ、騎士の価値を貶めないためにも、誰の言うことでも聞いてくれる便利屋みたいな事はしてはいけないのだ。
……まあ、そんな条文は無視して、個人的な感情だけで仕事を引き受けることも多々あるんだけども。
(だって、今にも死にそうな、でも自分なら助けられる人を前に見殺しとか不可能だろ)
結局、便利屋同然に人助けしたことも一度や二度じゃない。そりゃ報酬出せるところからは遠慮なく貰っているが、毎日の食事がやっとなんて人達からはとても取れないしな。
この村を見る限り、確実に後者だろう。どう見ても魔物退治の報酬相場を満たせるとは思えん。こりゃ、またすずめの涙みたいな報酬で、何とか『騎士を安売りなんてしてません』って言いつくろうような感じになるかもなー。
……やっぱり、そんなことしてるから変な噂が肥大するのかな? 美化100%くらいの、誰だよこいつって言うような謎の人物の英雄譚とかが。
「えっと、あの、その……」
(うーん。こんな余計なこと考えてた俺が言うのもなんだけど、この子は何をしているのかね?)
ついつい深く無関係なことを考えてしまったが、その間ずっとアレス君はまごまごしていた。
口を開きそうになったと思えば俯き、急に痙攣したように震え、視線が泳ぎまくっている。
これは……所謂、緊張、と言う奴だろうか?
(しかしいったい、何をそんなに緊張しているんだ? そんなの言いづらいことが――)
「あ、あの!」
「っ!? な、何かな?」
きゅ、急に大声を上げないでほしい。思わずビクッとなってしまった。
まあ、とにかく何かを言う決心はできたらしいな。いったい何を――
「ぼ、僕を、僕を弟子にしてください!」
「……へ? へ? へっ!?」
そして、大声なんて比較にもならない衝撃発言をかましてくれたのだった。




