第37話 旅人のパウル
「私がニナイ村長のカスモです」
「俺がこの村の防衛隊長、ジールだ」
「あ、どうもご丁寧に」
俺は、まず予定通りに村長宅へと訪れた。そして、そこにいたのはもう頭髪と潔い別れを済ませている枯れ木のような老人。それと、いつでも抜けるように腰に剣を携えている屈強なおっさんだった。
村長の家なのに明らかに家族ではなさそうなおっさんがいるのは、俺がここに来ることを商人のおっちゃんから聞いていたためだろう。アポなしで訪ねて不要な警戒をされることがないよう、俺がおっちゃんに頼んだのだ。
つまり、正式に挨拶したいと言っている旅人を無視することは村長の立場上できないが、俺が客人を名乗る強盗の類でも対処できるように準備しているわけだ。まあ、旅人に対するスタンダードな対応だな。
姿は見えないけど、気配から察するに後五人は武装した若者が近くに潜んでいるみたいだしね。
「それで戦士様。お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「ええ。私の名はレオンハート・シュバルツ。騎士をしています」
「おお! 騎士様でしたか。それはそれは、わざわざこんな辺境までようこそいらっしゃいました」
流石に、村長クラスに対して身分詐称はできない。だから俺は、最初に名乗ってからは護衛として彫像のように黙って立っているおっさん――ジールさんや、その他の伏兵の存在を無視して正直に名乗った。
これが下手に俺の間違った噂を聞いている人の場合は変な勘違いをしてくるのだが、流石にこの南の大陸の最北端、俗に言う辺境の村であるニナイ村まではまだ広まってなかったみたいだな。
「それで? この村に何の用ですかな?」
「いえ、少々この近くを調査しようと思いまして。それで、しばらくの間はこの村に滞在させていただけませんか?」
「この村にですかな? そうですな……」
俺の目的は、ゲーム知識や地道な聞き込み、果てには古文書何かからこの村の近くから行けると推測した“聖剣の神殿”を下見することだ。
ゲーム通りならば、その場所にこそ聖剣が安置されている。まあ俺には絶対にその剣を手にする事はできないのだが、せめて剣の存在だけでも確認しておきたいってのが俺の目的なわけだ。
しかし、はっきり言って正確な位置はわからない。所詮ドット絵でしかないゲームの地図では大まかな位置しかわからないし、如何せん聖剣の勇者の存在自体が御伽噺としか思われていないのがこの世界だ。
つまり、この辺りにあるのは間違いないはずなのだが、後は自分の足で虱潰しに探索するしかない。その為にも、拠点としてこの村に滞在したいわけだな。
「では、騎士章を見せてもらえますかな? それを持って、この村の村長として客人用の家屋の使用を認めましょう」
「ええ。わかりました。えっと……これです」
俺は懐から手のひらに納まるサイズの紋章を取り出し、村長へと渡す。この手順を踏まないと、野宿する破目になるからな。
何故ならば、こんな小さな村の場合、外から人が来る事はまず無い。ならば当然、よその人向けである宿屋なんてものが存在するわけもないのだ。
だから、各村は来客があったときの為に空き家を作っている。もちろんそれを使わせてもらう為には村長の許可が要るわけだけど、こう言うとき騎士の地位は便利だ。
何せ、騎士である証――騎士章を見せるだけで、表の世界でならば無条件の信用を得られるからな。
「ほお、これは素晴らしい。まさか中級騎士章をお持ちとは、その若さで大したものですなぁ」
「いや、まあ、大したことではありませんよ」
今の俺の肩書は、中級騎士だ。普通ならば、中級騎士になるのは20代後半くらいなので、まだ10代後半の俺がこの騎士章を持っているのは結構凄いことなんだぞ。
正式な騎士になるためには試験がある――まあ、俺は免除されたけど――が、それ以降の昇進は全て実力と功績によってのみ行われる。つまり、この旅の間にいろいろやった功績が認められて中級騎士となったわけだな。
まあ、本物のレオンハートの場合は、18の頃には中級どころか上級騎士だったらしいけどさ。
「……はい、では、お返しします。確かに本物でした」
「ええ。では?」
「はい。どうぞ、小さなところですが、お好きにお使いください」
これで村長の許可はとれた。後は寝床の確認をした後、いよいよこの辺り一帯を徹底的に調べるとするかな。
「では、このジールに案内させましょう」
「そうですか。ではジールさん。お願いしますね」
「……ああ。生憎丁寧な言葉って奴には疎いんで、無礼するかもしれやせんが勘弁してくだせえよ」
……ふむ。案内役はジールさんか。どうやら、この村長はただの盆暗ではないようだ。
俺は騎士章を見せて信用を得たが、その騎士章が本物である保障は無い。一応偽造は難しい作りをしているはずだが、やろうと思えばできないこと無いはずだからな。
もちろん騎士章を偽造し、騎士を語るのは死刑ものの重罪であると定められてはいるが、最初から死刑級の犯罪――村を襲うなどを企てている者ならば、そんなことでは止まらないからな。
ジールさんが案内役なのも、俺が偽者だったときの保険として見張りの意味を兼ねているのだろう。
「では騎士様。こっちだ」
「ええ。では村長殿、失礼しますね」
俺は椅子から立ち上がり、最初から立っていたジールさんの後ろについて行った。
村の最奥にあった村長の家からしばらく歩き、村の一番端っこに立てられた小屋の前までやってきた。
……うん。この位置ならば村の櫓からよく見えるし、いざと言うときの避難所でもあるのだろう村長宅からも離れている。全くよその人間を信用しない、村特有の立地だな。
「じゃあ、俺はここで失礼する。中の物は自由に使って構いやせんから」
「……うむ。ご苦労」
俺は、背を向けて去っていくジールさんに、急に言葉遣いを偉そうにして礼を言う。
騎士ってのはそれなりに偉い立場なので、さっきの村長みたいな権力者相手ならばともかく、そうでない人には偉そうにしなければいけないらしいのだ。
正直自分でも違和感全開なのだが、騎士は凄くて強いと思ってもらう為には必要なこと……らしい。
(さて、とりあえず、この小屋に荷物を置いてから、さっそく調査開始と行くか。とりあえず、村人から聞き込みでもするかな……)
◆
「うーん。青い空。最高だね!」
「殿下。できれば馬車に戻っていただきたいのですが……」
「こらこら君、殿下じゃないでしょ?」
「……失礼しました。パウル様」
「様もいらない……ま、いっか」
僕はパウル。ただの旅人だ。そして、このそんな格好で僕の周りをうろつくなと言っているのに『警備の為には最低でもこのくらいはお許しください』なんて言って、その辺の冒険者としては不釣合い極まりない鎧と槍を持っている連中も、あくまでもこのパウルの仲間の冒険者でしかないのだ。
そう振舞えと言っているのに、何でこう一々堅苦しい上に口うるさいのだこいつらは。まったく、どこの世界に馬車の外にでるだけで注意される冒険者がいるって言うんだよ。
「とにかく、馬車にお戻りください。遠距離から狙撃される恐れがあります」
「そんな、ちょっと外の空気を吸うだけでも危ないのかい? と言うか、それを防ぐために雁首そろえて僕の周りをうろついてるんだろう、君らは?」
一介の冒険者として振舞うために、僕はこの着慣れない地味な服を身につけている。だと言うのに、そんな逐一暗殺を警戒して引きこもっていたら本末転倒だろう?
できればこの護衛騎士……ではなく仲間達にも、もうちょっと設定に見合った装備をして欲しいのだがな。流石に正規の物ではないとは言え、こんな上等な鎧を身につけた戦士が五人も僕を囲んでいたら、目だって仕方が無いと言うのに。
大体、僕なんてこの王都の武器屋で手に入れた剣一本くらいしか武器を持っていないんだぞ。
「パウル様……」
「あー、わかったわかった。戻ればいいんだろ戻れば」
せっかくのお忍びだと言うのに、まともに日の光を浴びることすら許されないのか僕は。
それもこれも、数年前から国中を騒がせている吸血鬼とか言う連中のせいだ。おかげで僕は、お忍びの旅の最中にまで暗殺を警戒しなきゃいけなくなってるんだからな。
(ふぅ。それにしても、この馬車ももうちょっと何とかならなかったのか?)
僕は仕方なくまたこの馬車の中に戻ったが、そもそもこの馬車そのものにも不満があるのだ。
なんだ、この過剰な装備は。その側から見ればただ布で壁を作っているようには見せているが、その実全面鉄板張りの重装備。しかもその天辺には鋼鉄製の矢を発射するための固定台が付けられている。
更に、その重装備の分重量が普通の馬車に比べて大幅に増えているため、この特別製馬車を引ける立派過ぎる馬が二頭並んでいるのだ。
……どこの世界にこんな馬鹿みたいな馬車に乗ってる冒険者がいるんだよ! それとも僕が知らないだけで、世の中の冒険者は皆王族用に作られている重馬車を愛用しているとでも言うのか!?
(全く、こいつら、本当にお忍びの旅をやる気あるのか? 何か騙されているような気がするぞ……)
まあ、護衛団長の性格から考えて、多分大真面目にこの武装を整えたんだとは思うけどさ。
奴は『常に全力を尽くす』が座右の銘らしいが、時と場合ってのをイマイチわかってないみたいだからなー。
「不満か? バーン殿下?」
「……お前に言っても無駄かもしれんが、ここにいるのはフィール王国王家のバーン・フィールではない。一介の冒険者、パウルだ。言葉遣いは合格だが、呼び名を変えねば意味が無いだろう」
「ん、そうだったな。だが、この中ならばバーン殿下に戻っても何の問題も無いぞ?」
「……鉄板張りの壁に、かのグレモリー大魔導師が自ら手がけた対魔法防壁があるから、か?」
「うむ。通常の攻撃魔法はもちろん、あらゆる諜報系魔法を遮断する無敵の砦。そう聞いておる」
……まあ確かに、この馬車の中でならば、どんな話をしようが外に漏れることはあるまい。
だが、だからと言ってせっかくのお忍びの旅をぶち壊すような真似をして欲しくは無いのだがな。ただ一人私の要望に従って――と言っても、これが本人の全力スタイルであると言うだけの話だが――鎧も武器も持っていない、この護衛隊長は。
「隊長、パウル様。もうじき目的の村につきます」
「ん、そうか。では、引き続き周囲の警戒を怠るな」
「はっ!」
「……ふう。せっかく冒険者の振りをしてゆるりと国を見て回るつもりだったのに、結局こんな護衛つきのままで終わるとはな」
「そうは言っても仕方あるまい。ここ数年の吸血鬼騒動でどれだけ民が不安を感じているのかを知りたいと言うその志はワシも高く評価するが、だからこそ警備は厳重にせねばな」
「……普段は騎士の任務を離れているお前が呼び出された時点で、こうなる事は予測してしかるべきだった、と言ったところか」
王都から始まったこの国内視察。既にその終点、人の世界である南の大陸の最北端である王国防衛ライン付近にまでたどり着いた。
となれば、後は幾つかの村を回ってこの旅の目的は達成となる。私――僕が本来考えていた、一介の旅人として国民の声を聞くという目的をほとんど果たせないままに。
(まあ、どこにでもいる旅人とは思ってもらえなかったが、流石に王族であるとはばれていなかったはずだ。本来の身分のままで視察に行くよりは自然な声を聞けたとは思うが、やはり計画当初ほどの効果があったとは思えないんだよな……)
お爺様――陛下や父上は私の旅を許しはしたが、大方旅の中で苦労をすることで王族としての成長を、くらいにしか考えていなかったのだろう。
だからこそ、私が本来望んでいた旅をするのはほぼ不可能な装備を整えたのだ。ご丁寧に、いざと言うときの為の王都守護を任されたかの王国騎士最強の男に匹敵すると言われる男を呼び出し、護衛につけることまでやってな。
(だが、このままでは安全であっても真に目的を達成できたとは言えん! どこかでこいつらを撒いて一人の人間として国民に触れて見せるぞ……!)
決意を新たにし、同時に私の隣に座る筋肉の塊のような大男にばれないように視線をやる。
この男、警備隊長こそが、この国でも最強と呼ばれる益荒男の一人。かのシュバルツ家当主に匹敵する数少ない男。
この男が私の護衛についたからこそ、父上は私が旅に出ることを許された。それほどに王家からの信頼も厚い、生きる伝説。
味方としてはこの上なく頼もしい男だが、さて、コイツを撒くとなるとどうしたものか。正直、気配だけで町中の人間の居場所を探れるなんて眉唾な逸話まで持っているこんな男を出し抜く方法など全く思いつかん。
……ならば、発想を変えるか。こんな規格外の怪物の分野で戦ってもどうせ勝ち目は無いのだし、一つ別の可能性で行ってみるとするかな……。
◆
(うーん。確かゲームだと、聖剣の神殿への転移門は森の奥深くの廃墟の中にあった。だからとりあえず適当に森歩きしてみてるけど、出てくるのはモンスターばっかだな)
俺は、村人にこの辺り一帯で怪しい建造物なんかを見た事が無いか聞き込みをした後、結局何の収穫もないままゲーム知識だけを頼りに歩いていた。
しかし、案の定何の収穫も無い。ゲームだったら長くとも30分もあれば森一つくらいは抜けられるのだが、この世界の人間として言わせてもらえば森の探索なんて作業が一日やそこらで終わるわけが無いのだ。
そりゃただ森の中をわき目も振らず全力で駆け抜けるのなら半日もかからないとは思うが、周囲を探索しながら自分の足で森を巡るとなるとあっという間に一日が過ぎてしまうからな。
しかも、そんな森の中で、魔物的に言えばエサでしか無い人間が一人でうろついているのだ。そりゃもう、生きた魔物ほいほいと言っても過言ではない勢いであちこちから魔物が襲ってきた。
獣系モンスター、植物系モンスター、亜人系モンスター、虫系モンスター、後偶に何らかの悪意を感じるアンデッド系モンスターなどがな。
俺もすっかり――決して自慢することではないが――魔物を斬ることに慣れてしまったため、もう手当たり次第にそりゃ斬りまくった。多分、この森に入ってから既に小規模の魔物の巣を三つは壊滅させただろうなってくらいに。
……村に戻ったら武器の点検しなきゃな。いくら魔力強化のおかげで常識では考えられないほどに長持ちするとは言え、流石にここまでやると刃こぼれが心配だ。
「……はぁ。そろそろ戻るか。あまり遅くなっても迷惑だろうしな」
もちろん有料だが、俺のメシその他もろもろの世話を村の人に頼んである。だから、頼んでおいて当人がいないってのは迷惑極まりない話だ。
正直一日二日で森の探索なんてできるとも思っていないし、今日のところは戻るとするかな……?
(なんだ? この足音は? 数は二つ。またモンスターか……?)
森の向こうから、ガサガサと落ち葉を踏んで歩く二種類の足音が聞こえる。
音の感じからして、二足歩行生物だ。それもかなりでかい。恐らくは人間の成人男性くらいはあるな。
生命反応は感じるから、ヴァンパイアの類ではない。考えられる可能性を挙げれば、亜人系のモンスターか?
しかし二種類の内の一つ。これ、とんでもない化け物だぞ。この距離からじゃ生命力を大まかに感じ取ることしかできないが、今までこの状態で感じた中で文句なく最高レベルの、まるで太陽が歩いているみたいな圧力を感じるな……。
(どうする? 逃げるか?)
この足音の主が敵か味方かもわからないが、敵だとするとちょっとやばいかもしれない。
ただでさえここは人間の世界ではなく、魔物の領域だ。そこでこんな化け物みたいな生命の波動を放つ魔物と戦ったら、命にかかわるかも……ん?
「ほらほら! どうしたへばったのか! 自分の足で歩きたいと言ったのはお前だぞ!」
「いや、だからって、何でこんな森の中を通るんだ!?」
「そりゃお前、せっかくあいつら撒いてきたのに普通の道を通ったらあっさり見つかるだろうが」
「ぐ、ぐぅぅ……」
(……男性の声が二つ。声の感じからして敵意や邪悪さは感じられないな)
……こりゃ、まさかこんなところで人間と遭遇か?
まあ言葉を喋れる魔物って線が無いわけじゃないんだけど、それにしては微塵も危機感を抱けない声色だ。
……とりあえず、普通に戻るか。このままの状態ではあまり人前に出たくないからな。
「んん? 向こうに誰かいるぞ?」
「ああ、気がつかなかったか? 大分前からこちらを警戒していたようだが」
どうやら、向こうもこっちに気がついたらしい。そろそろ視認できる距離だし当然か。
まあ、正確に言えば二人組の男の内の一人――この暑苦しさと闘気と筋肉の塊のような大男は最初から俺に気がついていたようだが、とにかくお互いにその姿を確認したわけだ。
(うん、人間だな。人間に化けたモンスターって線もなさそうだ)
俺は二人組の男を近くで観察し、そう結論を出した。
旅をする上で、何かにつけては命を狙われる日々。それに対抗すべく、幻術なんかに対しては耐性を持てるように魔法のアイテムを揃えてある。
市販品なだけにゲームの常識で言うと大した物では無いが、少なくとも現状で手に入れられる中ではかなり高性能なアイテムのはずだ。
その力を信用すれば、とりあえず目の前の二人は敵ではなさそうだ。残念ながら、人間であれば味方であるなんて言えるほどこの世界は平和ではないが、とりあえず敵意も感じないしな。
「やあ、始めまして。僕はパウル。見ての通り冒険者さ」
「ワシはバ――、あー、何だったか?」
「……この脳みそまで筋肉で出来ている大男は、ガハム。よろしく頼む」
……このパウルと名乗った男性、多分年は俺と同じくらいだな。見事な金髪碧眼の美男子だ。
だが、今はその端正な顔立ちをいろんな意味での疲労で歪めている。この自称……いや、他称ガハムさんとやらにその原因がありそうだな。
とりあえず、訳ありなのはわかった。まあこんな森の中をうろついているんだ、訳の一つや二つあって当然だろう。
だから俺も、確実に偽名であろうこの二人の事情に突っ込むのは止めておくことにする。こう言うのに関わってると、とにかく面倒ごとがやってくるからな。
「えーと、よろしくお願いしますね、パウル、ガハムさん」
「む、よろしく頼む。それで? 名前を聞いてもいいかな?」
見たところ同い年くらいのパウルは呼び捨てで、多分40を過ぎている頃だと思うガハムさんは敬称付きで呼ぶことにしよう。
……にしても、名前か。どう見ても訳ありとは言え、一応こんなところまで旅をして来たんだよなこの人たち?
だったら、俺の変な噂聞いてるかな? いや、別に犯罪者じゃないんだから後ろめたいわけじゃないんだし、別にいいか。どうせそんなに一緒にいることにはならないだろうし。
「俺はレオンハート・シュバルツ。騎士をしています」
「……騎士! そ、そうか、騎士か……」
「ん? シュバルツ? 今シュバルツと言ったか?」
「え、ええ。言いましたよ」
パウルは“騎士”と聞いた途端に挙動不審になった。……まさか、訳ありの“訳”って、騎士のご厄介になる類のものじゃないよな?
後、ガハムさんはシュバルツの性に反応した。まあ、こっちは珍しいことでも無いけどな。多分王都でも屈指の有名人、王国最強の騎士と呼ばれる親父殿関係で知らない人の方が珍しい話だし。
「ほう、そう言えばこのくらいの年になっていたか。なるほどなぁ」
「いや、あの、勝手に納得されても困るのですが」
「おお、すまんすまん。ついな」
何が『つい』なのだろうか。
……まあ、何はともあれガハムさんは納得したらしい。何をどう考えたのかはさっぱり分らないが、別に分らないままでもいいだろう。
それよりも、問題なのはもう一人の方だな。
「あー、その、本当に騎士なのだな?」
「ああ。それで、俺が騎士だと何か問題でも?」
「いや、あれだ。もしかしてわた――僕の顔に覚えが無いかな?」
「え?」
んー……顔ねぇ?
そうだな、とりあえず、一目見たら忘れられない、何か不思議な魅力を感じる顔立ちをしているとは思う。もしコイツがちょっとおしゃれな酒場にでも行けば、たちまち五、六人くらいの女の子をはべらせるくらいはできそうだ。
男の俺からすると、その整いすぎた顔になにやら苛立ちと理由なき怒りがこみ上げてきそうでもあるが、何故か敵意を持てない魅力があるのも確かだ。
何かこう、逆らってはいけないような気になってくるオーラがあると言うか……。
(……新興インチキ宗教の教祖とかか?)
「キミ、何か失礼なこと考えてないかい?」
「いや、そんなことは」
……昔から思ってたけど、俺って考えてること顔に出やすいのか?
偶に旅先でメイと出会ったとき何かも、とりあえず出会いがしらに心読まれて殴られてるしな。
「まあ、いい。僕に覚えは無いんだね?」
「うーん……。昔会ったことがある、とか?」
「いや? 初対面だよ?」
「じゃあ知らないな。実は手配書にでも載ってるのか?」
「……やっぱり失礼なこと考えてたね」
美男子に軽く睨まれるが、笑って誤魔化そう。旅の間で身につけたスキル、愛想笑いだ。
……しかし、んなこと言われてもなぁ。個人的な知り合いではなく、そして騎士であるなら知っているかも知れない顔なんて、犯罪者しか思い当たらんぞ。
「ハッハッハ! 安心しろ坊主。コイツはやましい事があるわけじゃない。ワシが保障してやる」
「えっと、そうですか……」
あいも変わらず正体不明の大男の保障。何か意味があるのか?
……まあ、俺自身こんな特徴的な犯罪者に心当たり無いしな。ほぼ勘だけど悪い人にも見えないし、別にいいか。
「それでな坊主。この辺りに村や町は無いか? すっかり迷ってしまってな!」
「あー、しばらく滞在させてもらうことにしている村ならありますよ」
「へぇ、そうなのかい? だったら、是非僕らも連れて行って欲しいんだけど」
「……連れて行くまでは構いませんが、滞在許可なんかは自分でとってくださいよ」
とりあえず、犯罪者と断定された者以外が困っていたら助けるのが騎士の務めだ。迷子の案内くらいはやらなきゃ職務怠慢で怒られてしまう。
そう言う事にし、この正体不明の二人組と一緒に、俺はニナイ村へと引き返すのだった。